星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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いやそんなにシリアスダメ…?(お気に入り件数見ながら)

重い、重いよ……我ながら重いんだよ!ギャグしたいんだよ!

はい、どうも作者です(スンッ

今回はおじいちゃんが出るよ。

楽しんでいただけると嬉しいです。


愚かな獣は亡者と躍る

 

三人称 SIDE

 

 

 

 帝都郊外。

 

 

 

 帝城を中心として円形に広がる帝都の東側、ちょっとした丘陵地帯が広がる場所。

 

 なだらかな曲線を描き連なっていた丘は、今はいくつも一直線上に陥没して潰れていた。

 

「ぐ、ぁ…………」

 

 そして、その終着点。

 

 一際大きなクレーターの出来上がったその中心にて、一人の怪物が地面にめり込んでいた。

 

 

 

 鎧は砕け、自慢のチェーンソーは粉々になり、迷彩柄の皮膚は破けて夥しい量の黒い血を流出させている。

 

 明らかな満身創痍。

 

 ほんの数十分前に《傲慢の獣》とシュウジ達に名乗ったその人物は、重傷を負っている。

 

 その原因は、自分とランダの存在を現実から抹消したシュウジの解き放った膨大な破壊のエネルギー。

 

 かろうじて直前に気がついて回避態勢をとったものの、こうして見事に帝城から退場させられた。

 

 

 

「く、ぁ……あ、あはははははは!!!」

 

 

 

 だというのに、獣は笑っていた。

 

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!」

 

 狂ったように、愉しそうに、心底おかしいとでも言うように、高らかに笑っていた。

 

 右半分が砕けた仮面の奥から覗く、絶頂を体現したような美貌に浮かぶ狂笑はとても醜悪だ。

 

 だが、その美貌を、黄金の髪を、翡翠の瞳を血塗れにしても、それでもなお獣は──彼女は笑い続ける。

 

「ああ、ああっ! 何という力! 何という破滅! 美しい! 美しいですわ! その命を削り、燃やすことで滾る炎! ああなんて優美なことかしら!」

 

 仮初の人格を装わず、本来の口調で彼女は嗤いながら言葉を吐き出す。

 

 

 

 悪魔返りの妖美、ネルファ。

 

 

 

 ランダと同様、召喚される際に魂に呪いを刻まれ、《獣》と化した彼女は歓喜に打ち震える。

 

 

 

 死を間際にして気が触れた、というわけではない。

 

 彼女は従える九の眷属の魂をストックとして、その数だけ生き返るというどこぞの大英雄の如き力を持っている。

 

 おまけに《獣》になったことで能力が上乗せされ、より不死性が増していた。

 

 これは、純粋な彼女の喜びから発せられる感情表現だ。

 

「我が愛しき師、最も哀れな極悪よ! 貴方はどのようなものに成ろうとも、その在り方は変わらないのですね! あははははははははははははははははははっ!!!」

 

 彼女は嗤う。

 

 既に他の《獣》達との顔合わせをし、《暴食の獣》紅煉からシュウジの正体は聞き及んでいる。

 

 

 だが、彼女にとっては至極どうでもよかった。

 

 

 唯一した反応といえば、自分でも見抜けないほど見事に作り替えられた人格に驚いただけ。

 

 何故なら彼女にとって、自らの敬愛する師を示すものとはその信念、思想そのもの。

 

 そこに他者の手が介入していようが人格が塗り替えられていようが、根本さえ変わっていなければ別にいい。

 

 

 だからこそ嗤う。だからこそ喜ぶ。心の底から、その絶大な信念と力の揺るぎなさを。

 

 カインや姉妹弟子達、自らそう言うように、彼女は最初から狂っているのだから。

 

「あははははは…………っ?」

 

 不意に、ネルファは笑いを収める。

 

 それは自分を大体の中心として、半径数十メートルにわたる結界が展開されたからだ。

 

 緩慢な動きで横を向くと、地面に青い弾丸が突き刺さっている。

 

「よう、この前は世話になったな」

「……ああ、貴方ですか」

 

 頭上から投げかけられた声に正体を察し、短く答える。

 

「これは〝封界弾〟といって……」

「みなまで言わずとも分かります。この中にいれば、あの粗野な野犬の如き神の目を欺けるのでしょう?」

「おいおい、老人の楽しみを奪わないでくれ」

 

 呆れた口調で言う人物に微笑み、ネルファはゆっくりと体を起こす。

 

 その動きに合わせ、限界を迎えていた外装が枯れ葉のような脆さで崩れていった。

 

 完全に起き上がる頃には、すっかり持ち前の再生力で体を癒したネルファは後ろを振り向く。

 

 

 そこにいたのは、【神山】にてアベルの片腕を吹き飛ばした男。

 

 年齢を感じさせない佇まいでクレーターを覗き込む男に、ネルファは立ち上がって歩み寄った。

 

「感謝しますわ。一時とはいえ、醜い獣としての生き様を止めてくれて」

「まあ、()()()()()()()を気遣うくらいの良心は残ってるさ」

「ふふ。最初からもしやと思っていましたが、やはり貴方は──」

「おっと、名前は出さないでくれ。この時代に留まるための論理に綻びが生まれる」

 

 おどけて頼む男に、普段ならばその類のことを笑顔で切り捨てるネルファは無言で笑んだ。

 

 それほどまでに低俗な神の言いなりになっていたのは、彼女にとって屈辱だったのである。

 

「名を隠してまで、貴方は自らが消えることを望むのですね」

「デメリットだけを示唆すればそうなるな。だが、俺にとっちゃそれが最高の結末なんだ」

 

 もう何度か繰り返した問答に答える男。

 

 

 ネルファの言う通り、この時代に来た当初から比べれば、男の存在は随分と薄れていた。

 

 それでも歩み続ける。

 

 元来た道は一歩進むごとに砕け散り、行く手には真っ暗な大穴しか待っていないような道でも。

 

 それでも、何もかも置き去りにしてきた自分に残ったものは。

 

 たった一つの、我儘だけだから。

 

「……似ていますわね」

「そいつは最高の褒め言葉だな」

 

 どこか、たった先ほどまで文字通り命を削って戦っていた男に似ていると言われ、顔を綻ばせる。

 

「ですが、貴方の目論見通りにはいっていないようですが?」

 

 この距離からでも、ネルファにはシュウジとランダの戦いが聞こえていた。

 

 

 ネルファの権能は《傲慢》。

 

 

 獣としての称号にもあつらえたそれは、血肉の一滴でも摂取すれば相手の肉体情報全てを把握する。

 

 とはいえその力は摂取した量に依存し、たった一滴の血を飲んだ程度ではせいぜい様子を見られる程度である。

 

 故に、その一滴を差し出したランダの全てを彼女は見た。

 

「いいや、計画通りさ。あいつは順調に、()()()()()()()()()()()()()

 

 それは男だって同じことだ。

 

 

 

 ずっと見ていた。

 

 

 

 彼が戦うところを。

 

 

 

 彼が叫ぶ様を。

 

 

 

 彼が仲間たちを置いて、一寸先に終わりしかない道を歩き続けているところを。

 

「面白い言い回しがお好きですこと。それを私に言ってもよろしくて?」

 

 ここで牙を剥いても構いませんのよ。

 

 そう言葉の裏で言うネルファに、しかし男は皺の刻まれた顔で不敵に笑う。

 

「こと誇りを穢された時に限り、お前は義理を忘れないと思うが?」

「……なるほど。確かに私が私である間は、それは譲れません」

 

 自分は、まだネルファという一人の女だ。

 

 たとえ《強欲の獣》の権能で魂を塗り替えられ、同じ《獣》に堕そうとも、まだその誇り高さまでを捨ててはいない。

 

 そのプライドが、おそらく後でネチネチと言ってくるだろう腐れ野郎の目をひと時でも見失わせたことに感謝している。

 

「では見逃しましょう。今夜限り、貴方は私の恩人ですわ」

「おう、そうしてくれると助かる。あの弾はかなり数少ないんでな」

 

 おおよそ微笑みとは言い難い笑顔を向け合い、二人は帝城を見やる。

 

 もう深夜だというのに、城のみならず帝都全体から、心の底から歓喜するような声が丘まで響いていた。

 

 

 それは、咆哮だ。

 

 

 かつて弱さに諦め、けれど力を手にした者達が、遥か昔に定められた悲惨な運命を打ち破ったことへの叫び。

 

 強く、強く夜空へと舞い上がるその雄叫びは、同じように理不尽に抗ったネルファと、過去を変えようとする男には響いた。

 

 何故ならば、彼らはかつてそうした者達であったがために。

 

「彼らのことは認めましょう。弱きに最後までは屈さず、抗い続けた。その生き様は美しい」

「ならなんで何人か殺したんだよ。あれでも可愛い連中だぞ?」

「非常に不愉快ながら、それがあの腐れ外道が私に与えた宿業なのです。人も獣も、等しく傲慢に殺し、食え、と」

「難儀なことだな」

「あら、滑稽さで言えば貴方こそ負けてはいませんことよ? そんな()()()()()()()の体になってまで死に急ぐなんて。死臭が漂いすぎて手を出す気にもなれませんわ」

「どうやらお前らには随分と俺は不評らしい。まあ、どうせ殺し合うのならそれくらいがいいだろうがな」

「ええ、同意します」

 

 軽い口調の裏で、凄まじい殺意を滲ませる。

 

 この場が終われば敵同士。邪魔するもの全てを排除してきた二人は、妙な割り切りの良さを持っている。

 

 だが不思議と、その殺意はみるみるうちに萎んでいき。

 

「……弱音を」

 

 ふと、弱々しい声がネルファの口から溢れた。

 

「ん?」

「弱音を、聞いてくださいますか。今夜限りの恩人、未来から来たりし狩人。獣に二度堕ちた哀れな女の独り言を」

「……お好きにどうぞ」

 

 唐突な、前触れもない申し出に、けれど男は穏やかな顔でそう言った。

 

「……優れたものとして生まれ、けれど欠落を抱えて、堕落して。やっと這い上がり、誇りを取り戻したかと思えばまた堕ちて。こんなに惨めな様がお似合いだとでも、誰かが囁いているよう」

 

 ようやく手に入れたはずのものは、やはり彼女の手から無遠慮にもぎ取られていく。

 

 

 誰よりも優雅に、美しく。

 

 

 優れていたから、求められていたから。そう思って努力し続けたのに、愛するもの全てはたった一つの欠陥で損なわれた。

 

 獣に成り下がり、それでもどこかで微かな希望を抱いて生き延びた先で、誰よりも美しい思念を持った人に出会えた。

 

 失った愛を不器用ながらも注がれ、彼の誇れる、そしてかつてのように自分自身に誇れる女であろうとした。

 

 

 だが、結局のところ。

 

 

 人食いの怪物は怪物のままでお似合いだとでも言うように。

 

 また、叩き落とされたのだ。

 

「私は、自らが何よりも美しいと思っています」

「ああ、あいつにお前のことは嫌という程聞かされたよ。弟子自慢がすごかったからな」

 

 

 

 男は埃のかぶった記憶を思い返す。

 

 

 

 ここにはもういない男。もう自分の隣からは永久に消えてしまった人。

 

 

 

 男の歴史では死ぬ間近まで己の正体を知らなかった彼は、楽しそうに三人の弟子を自慢した。

 

 

 

 だが。

 

「でも、美しくなりたくても、結局は醜いのです。獣のままなのです。何にも抗えずにいるのです」

 

 そんな彼に聞いた話よりもずっと……目の前の彼女は弱々しかった。

 

「傲慢なふりをしても、高飛車な姿勢でいようと、私は……私はただ、拠り所が欲しかっただけなのに」

 

 それは、男が消えることを受け入れているからこその告白だったのかもしれない。

 

 いずれ片方は消える、そして次に出会えばどちらかがどちらかに殺される、そんな一夜限りの関係。

 

 後腐れがなく、自ら名前さえも捨てたこの男はここで何を言おうと誰にも明かさない。

 

 あるいは、自分たちの手で理不尽を乗り越えた兎人族たちを見て感傷に浸ったのか。

 

 それとも、己の嫉妬に身を任せ、未練なくその魂までも消え去ったランダに思うところがあったか。

 

 

 ただどんな理由があろうと──生まれて初めて、傲慢な女は弱音を吐いていた。

 

「何がいけないのでしょう。人を喰らう衝動を持って生まれたこと? 優れていたこと? 人として劣っていたこと? 狂っていたこと?」

 

 何故、何故と。

 

 何度も繰り返すように、自分を嘲笑うように繰り返して。

 

 

 

「どうして(わたくし)は──わたしは、いつまでもひとりぼっちでなければいけないの?」

 

 

 

 ずっと地獄の中にいる怪物(しょうじょ)は、弱々しく呟いた。

 

「……だから、わざわざ()()()()()()()()()()()?」

「……見ていらしたの?」

「首から上ごと食いちぎらなかったことが不思議でな」

 

 度重なる不快な扱いに珍しく弱ったネルファを元気づけるように、若干冗談めかして男は言う。

 

「……ええ、そう。だって、それが一番ふさわしいでしょう? 愚直な若者に、自分のちょっとした過ちで殺される醜い怪物。よくある話ですわ」

「ロマンチストだな」

「一欠片にも満たない可能性のために、人生を賭けたあなたに言われたくはありませんわね」

「もっともだ」

 

 深みのある声で笑い、男はふと帝城の一角を見る。

 

 中身がめちゃくちゃなパーティー会場のある場所を、男は片方が機械仕掛けの赤眼でじっと見た。

 

 一人の傷だらけの男が、呆れたような怒ったような、それでいて悲しそうな顔の仲間に囲まれて眠っている。

 

 もうずっと、遥か昔に男が置いてきた光景だ。

 

「……この世界は、いつだって理不尽だ」

 

 グッと、何十年も前に生身を失った左手を握りしめる。

 

「いつも(ぼく)から奪ってきた。何もかも……そう。何もかもだ」

 

 何故僕だけが苦しまなくてはいけない。何故僕だけが奪われなくてはいけない。

 

 昔、たった一人の穴倉の中で考えた言葉が頭をよぎる。

 

「僕が一体、この世界に何をした。この身に降りかかる全ては理不尽だった」

 

 

 

 神は平穏を奪った。

 

 

 

 醜悪なクラスメイトは希望を奪った。

 

 

 

 怪物は腕を奪った。

 

 

 

 自分はかつて愛した少女の一人の命を奪った。

 

 

 

 そして、真実は親友を奪い去った。

 

 

 

「時間は戻らない。結末は変えられない。過去を書き換えることは許されない。わかってる、こんなのはただの自己満足だ」

 

 薄れたと実感できる自分の存在に、喜びと同時に虚しさを感じた。

 

 だって、どんなに戦ったって。

 

 たとえあそこにいる親友を救ったって。

 

 

 

 ■■■■■の友達は、もう帰ってこない。

 

 

 

「僕が消えても、未来が変わっても、それは別の世界だ。僕の世界はなくならない。僕が失ったものは戻らない」

「それなのに。真実無意味だと知っていても、貴方は人生を費やしたのですね?」

 

 ネルファの問いかけに、初めて男はこちらを振り向いて。

 

 

 

「ねえ、御堂さん。僕はあの時、どうしたらよかったのかな?」

 

 

 

 その寂しげな顔に、ネルファの中に残る僅かな〝御堂英子〟が一人の少年の顔を幻視した。

 

 だから、次の言葉は。

 

 きっとネルファでも、《傲慢の獣》でもなく……他の誰かの言葉だったのだろう。

 

「私たち、惨めだね。──くん」

「おいおい、名前を言うなって言ったろ。ったく……」

 

 そう言いながら、男は元の年相応の顔に戻っていった。

 

 そうしてるうちに、少しずつ半透明の青い結界が薄れ始めた。

 

「……時間切れだ。今回は見逃す、行け」

「ええ……せいぜい惨めな者同士、無様な結末を迎えましょう。過去に囚われた時間の亡者さん?」

「おう、史上最高のクソ映画みたいな終わりを期待してるさ。お前も備えておけよ、愚かな獣さんよ」

 

 挨拶とも呼べない罵りを交わし、そして二人はそれぞれ別れた。

 

 ネルファは踵を返し、その瞬間空間に入った亀裂の中へ消えていく。

 

 

 

「さあ……そろそろ仕上げに入る頃だな」

 

 

 

 そして、残った男は静かに帝城を見つめた。

 




次回は本当の本当にほのぼの幕間です。

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