楽しんでいただけると嬉しいです。
雫 SIDE
「はぁ……まったく、安らかな顔で寝ちゃって」
帝城の一室、貴賓用のスイートルーム。
そこで私は、豪奢なベッドの中で静かな寝息を立てて眠る恋人の顔を眺めていた。
きっと今頃、部屋の外では深夜にも関わらず、てんやわんやの大仕事が行われているのだろう。
ハウリア族の人たちが提示した、今日中での帝都中の亜人奴隷の解放。
これまでのこの世界の常識を思い切り壊すその要求を叶えるために、ガハルド陛下たちは走り回っている。
なんとなしに南雲くんにメールで聞いてみたら、そんなバカなと笑った関係者の首がすでに二桁は飛んだみたい。
情け容赦のない兎人族の人たちには、もう乾いた笑いしか出てこなかった。
そんな中で、私は気絶したまま眠ってしまい、目に見える傷だけは癒したシューの側に居させてもらってる。
ついでに光輝もまだ目覚めず、隣の部屋で香織がついて見守っているはずだ。
私も、目覚めるだろう……そうあってほしいと心から望む、彼の覚醒を待っている。
「目が覚めたら、覚悟しておいたほうがいいわよ。きっと想像を絶するお説教が待っているから」
「ん……」
目にかかった髪を指でどかすと、僅かに身じろぎする。
それでまだ生きていることがわかって、こんななんでもないことで大きな安堵が心を満たした。
「……ねえ、私って意地っ張りなのよ」
不意に、震えた声が口をつく。
「貴方の前だと、貴方にふさわしくいようって。いい女でいようって、そう思って、何を思っても意地を張ってこらえるの」
一言一言、言葉を紡ぐたびに私の余裕は崩れ落ちて。
シューの顔を撫でていた指にも、だんだんと強くなる喉の震えが伝播していき……
やがて、生暖かいものが頬を伝う。
「だから、ちょっとだけ泣いてても許してね……」
ここに香織たちがいなくてよかった。
私は、八重樫雫という女は凛としていなければならないから。
突っ走るところが多々ある幼馴染たちのまとめ役として、八重樫家の長女として……この誰より強く、弱い人の彼女として。
でもそんな小さい時から積み重ねてきた見栄の裏側には、自分でも驚くほど怖がりで臆病な、ただの〝雫〟がいる。
誰にも弱さは見せられない。
まだ私だって子供なのに。それなのに名一杯余裕なふりをして、平気な顔をしてなくちゃいけない。
だから、私は。
この人が、そんな私の二面性を当たり前のように受け入れてくれたこの人が、愛しくてたまらない。
余裕ぶった私も、背負いこみがちな私も、本当は怖がりな私も、全部全部笑って肯定してくれる。
私なんかよりよっぽど裏表があって、だからこそとても大きな心と体で受け止めてくれて。
それが嬉しくて、心地よくて……でも、一見ビクともしないそれが、ハリボテだと知っている。
必死に傾いたそれを引き戻そうとするけど、でも少しずつハリボテは崩れていくんだ。
「なんで、こんなに厳しいのかしらね……」
頬から指は離れ、布団から彼の手を引き抜いて両手で握る。
ねえ、どうして?
どうしてこの人ばかりがこんな目に合わなくてはいけないの?
私の大好きな彼を、どうして奪っていくの?
この人はただ私たちのために頑張ってくれてるだけなのに、なんで傷つけるばかりなの?
なんで──誰も彼を、助けてくれないの?
「もう少し、優しくてもいいじゃない……!」
どんなに口で言ったって、たとえ彼自身がそう感じたって、私たちはこの人に何も返せてない。
私も、南雲くんも、香織たちも、ユエさんたちだって、きっと同じように考えてるはずだ。
それで十分だって、もう平気だって笑ってしまえるこの人は、どこまでだって頑張ってしまうのに。
ねえ、お願いだから。
少しだけでもいいから。
「この人を……休ませてあげてよ……っ」
嘆きは誰にも届かない。
どれだけ嗚咽を漏らしても、言葉を重ねても、誰も応えない。
私自身がそうと望んだはずなのに、それでも他のどこかに救いを求めていることが滑稽で。
もしも、私にもう少し彼を止められる力が……寄り添う以上に、せめて一緒に走ることだってできる強さがあったら。
この涙は、止まるのだろうか?
「ふっ、うぅ……っ?」
ふと、視界にちらりと何かが映り込む。
そちらを見ると、涙でぼやけた視界に白い塊が飛び込んできた。
目元を拭い、視界をはっきりさせてからもう一度よく見ると、それはシューの帽子。
いつもと同じ形で、色だけが白いそれの側面には、見覚えのある飾りがキラリと輝いていた。
「これって……」
帽子を手に取り、それを見る。
それは、いつもの帽子にも取り付けられている三日月型の形をした琥珀色の宝石のブローチ。
神秘的な輝きを放つそれは地球にも、この世界にも存在しない、全く未知の宝石で。
いつもと違う形の髪をとどめていたヘアゴムを取り外して目の前まで持ってくる。
シューに贈られたそのヘアゴムにも、同じ琥珀色の宝石が三日月を象った飾り物がつけてあって。
そうして右手と左手を並べてみると……見比べるでもなく、それらはぴったりと完全な対象の形だ。
「……そういえば。これをもらった時に約束したっけ」
あれは、そう。
そう深く記憶を掘り返す必要もない、少しだけ昔の話。
今から約三年前、中学二年生になってしばらく経った頃の話だ。
●◯●
「……まだかしら」
その日の私は、とてもそわそわとしていた。
休日の昼下がり、午後一時になるかならないかといった時間帯。
愛嬌のある様々なぬいぐるみや、我ながらファンシーなものが溢れた自室でベッドに座り、時を待つ。
何度目になっても、この時間は緊張と期待、そして不安でいっぱいいっぱいになる。
どんなことでも繰り返せば経験となり、余裕が生まれるというが、そんなのはハッタリだ。
だって私は、この家に彼が来るたびにこんなにも溢れる気持ちを抑えるのに精一杯なのだから。
「髪、変じゃないかしら……服も……」
こうして髪型やできる限りお洒落した格好を確認するのももう三度目。
ただの一度でも彼に失望などされたくなくて、毎回必死になる。
私からしつこくアタックしたのだから、その気合いの入れようは自分でも驚くくらいだ。
約束の時間まで、あと五分。
今か今かと待ち続けていると、コンコンと洋式の扉をノックする音が聞こえた。
「雫」
「お母さん?」
「彼が来ましたよ」
わざわざやってきて報告してくれた母の言葉に、私は胸が高鳴った。
はやる気持ちをなんとか押さえて、勤めて「わかった」と平静な声を装い返事した。
遠ざかる母の気配に、妙に軽い腰を上げると部屋を出る。
足早にならないように、はしたなく思われないように、普段の速さで歩きながら玄関へと向かった。
生来慣れ親しんだ八重樫家は、日本屋敷なだけあって比例して廊下もかなり長い。学校の廊下といい勝負だ。
それでも玄関にたどり着くまで、あっという間の一瞬の出来事だったかのように思う。
「すぅ……はぁ」
引き戸の前に立って、一度深呼吸。
それからぐっといつもの顔を作り上げて、私の魅せられる最大限の微笑を浮かべて戸を引いた。
「シュー、いらっしゃ──」
「「「どうか今日こそ技の伝授をっ!」」」
するそこには、低頭平身で拝み倒している(裏八重樫流の)門下生たち。
その頭の先は全て同じ方向を向いており、終着点は私のすぐ目の前に立つ背中の持ち主に向いていた。
「まだ早いのじゃよ。せめてワシの隠密を見抜けるようになってから話を聞いてしんぜよう」
「「「はいっ、今後とも修行に励みます!」」」
うむ、と鷹揚にその人物が頷けば、驚くほどの素早さで解散する門下生たち。
普通ならば怒涛の展開に困惑もするのでしょうが、私はもう見慣れた。
「やれやれ、熱心だねえ。なあ雫?」
最後の一人までいなくなってから、ようやく彼はこちらに振り向いた。
はじめから私がいたことなんて気がついていたように、当たり前に笑顔を私に向けてきた。
すらりと長い足を黒いジーンズに包み、質の良さそうな白いシャツの上に薄手のカーディガンを羽織っている。
片手で肩に引っ掛けた中型のバックパックには、今日ここに泊まるための道具が詰まっているのだろう。
もうそろそろ季節も夏に移りかけるこの頃、涼しげな微笑みを見ていると胸がキュンと鳴るのがわかった。
「……いらっしゃい。今日も大変だったわね?」
「いやー参った参った。お義父さんに頼んでもむしろ推奨されてるし、これどうしたらいいの?」
「ふふ、私と結婚して当主になっちゃえば問題ないわ」
「いやそれ外堀も内堀も埋められて逃げ場がないってことだよね?」
たははと笑う彼に同じように笑って返すが、心の中では叫びかけていた。
どれだけ背伸びしようとも、所詮当時の私は中学生。
あと一年半もすれば高校生になろうかという半端な年齢で、その揶揄いは自分自身をも恥じさせる。
とはいえ、それをもわかっているように彼は私の頭に手を置いて、髪型を崩さないよう優しく撫でて。
それだけで焦った気持ちが解けてしまうのだから、本当にずるい。
「てことで、今日もお世話になるわ」
「ええ、存分に寛いでいってね」
そうして私は、幼い頃から毎週末の恒例となっている一日限りの同居(実家)に顔を綻ばせるのだ。
迷うそぶりすらなく「ほい」と差し出されたバックパックを受け取れば、まるで新妻になったような気分になれる。
その行動が、他人と身内の間に強い線引きをする彼がここに慣れ親しんでいるようで、とても嬉しかった。
「お義父さんは道場か?」
「うん、昼前から行ってるみたい。多分夕食の前にまた組み手に誘われるわよ」
「やれやれ、将来的なことを考えるとあんまり打ち負かしたくないんだけどな」
「かといって父さん、手加減なんてしたら一晩中愚痴を言い続けるわよ?」
当時からもうシューはとても強くて、私の中で最強の代名詞だった父すら倒した。
複雑な気分はあれど、それ以上に魅力の一つとして数えてしまうのだからいよいよ手に負えない。
まったく。自分のことながら、どれだけこの人のことを好きなのかしら?
「ある意味難儀っちゃあ難儀なことだ」
「それだけ気に入られてるってことで、良かったわね? これで一歩近づいたわ?」
「何に? どこに? 最近中学生とは思えないくらい大人びてておじさん怖い」
「ふふふっ」
大人びてる、ですって。
それを貴方に言われることが、言ってもらえることが何より嬉しいって、気付いてないんでしょうね。
「あら、シュウジくん。こんにちは」
顔を綻ばせていると、廊下の先から狙い澄ましたように母が現れる。
しまったと思った時にはもう遅く、ニヤリと笑ったシューは一歩踏み出してお辞儀した。
「おやお義母様。これはこれは、相変わらずお美しいようで」
「うふふ、お世辞がうまいこと。私よりも雫に言ってあげるといいわ」
「ちょっと、お母さん!」
「いやこれがまったく、どれだけ言葉で表そうとしても足りない次第でございまして。不甲斐のない男で申し訳ありません」
「ちょっとシューまで!」
「いえいえ、そんなことないわ。その言葉だけで十分愛は伝わってきたもの……ね?」
これだ。
非常に頭の切れるお母さんと、同い年とは思えないほどに考えの深く、広いシュー。
この二人が合わさると、私が一方的に恥ずかしがるような展開に持っていかれるのだ。
「良かったわね雫、相変わらず熱々で」
「も、もう! いいから早くどこか行って!」
「うふふふ。ではシュウジさん、また夕食の席で」
「ええ。今日こそ雫の幼い頃の写真を……」
「心得ておりますわ」
「本人の前でなんの取引をしてるの!?」
耳の先まで熱くなりつつも叫ぶと、最後まで私を揶揄った母は廊下の向こうに行った。
それを見送り、ジロリと恋人を睨みあげればおおっとわざとらしくおどける。
「……意地悪」
「すまんすまん、ついな。さっ、早く部屋行こうぜ」
「……あとで膝枕して耳かきの刑よ」
「えっ待ってそれ俺の精神とろけちゃう」
お決まりの会話をしながら、シュウジのために用意された部屋に行った。
●◯●
それから二人で読書をしたり、雑談をしたり、剣術についてのアドバイスをもらったりして。
あっという間に半日が過ぎていき、夕食の前に父にシューは連れて行かれるのを見送ったり。
晴れやかな顔で戻ってきた父と、苦笑するシュウジを出迎え、またお母さんにちょっかいをかけられ。
その頃は最近ようやく慣れてきた、といった具合で一緒にお風呂に入ると、シュー用の部屋の縁側で二人で寄り添った。
「おー、今日は月が綺麗だな」
「スーパームーン、って言うのかしら」
その日は一際月が大きく見えて、とても綺麗だった。
シューの方に頭を乗せて、指を絡めて手を繋いで、穏やかに言葉を交わす。
その時間が、どんな時よりも大好きだった。
「これなら……予想通り行けそうだな」
「? 何が?」
「雫、ちょいと離れてくれ」
けれど、その日の彼は真剣な声でそう囁いた。
恥ずかしがってふざけることで逃げていた最初の頃とは違い、何かを覚悟したような雰囲気。
隣を見ると、彼は深い光を宿す紫色に近い瞳で私を見下ろしていて、私はそれに見惚れた。
「……ええ、わかった」
少しして離れると、「ありがとう」と言って彼は立ち上がった。
そのまま下駄を履いて小さな庭に出ると、大きな満月に向かって両手を広げて──
「──月光魔術式、起動」
その時、
驚きに目を見開いて、浴衣を着た彼の足元から広がった魔法陣を注視する。
服装とはミスマッチなそれは白く輝き、複雑に絡み合った記号や文字は何を示しているのかわからない。
でも、それがこの現実には存在しないはずの、空想の中にしかない現象でいることはわかった。
「軌道、光度、術式回路、全て正常……と」
「シュー、これって──」
「見ててくれ、雫」
思わず何かを言おうとした私に、シューは振り返って。
「これがお前に隠していた、俺の一番の秘密だから」
そう言って笑った顔に、私は自然と口をつぐんだ。
それでよし、と微笑んだシューはまた月を見上げて、まるで指揮者のように両手を振る。
すると魔法陣が回転し、光量を徐々に増していき、私は目を瞑りながら両手で顔を庇って──
カッ! と光の花が咲いた。
「っ、何が……?」
目蓋を焼く光が治るのを待って、恐る恐る目を開ける。
すると、そこには。
まるで月の光そのもののような光の粒が、庭全体に満ち溢れる幻想的な光景があった。
「すごい……」
「──よし。これくらいなら地球でも作れたか」
その声に、楽園のような庭に吸い取られていた意識が戻る。
彼に視線を傾ければ──掲げた両手の中で、琥珀色に輝く小さな球体が浮かんでいた。
「それは……?」
「
ゆっくりとこちらに戻ってきたシューは、手の中のそれを私の方に寄せた。
覗き込み、彼の掌に光を反射して緩く回転する宝石に心から魅了された。
「すごく、すごく綺麗ね……」
「だろ? 高度な魔法技術といろいろ自然的なタイミングが最高に合わないと作れない代物だよ」
その説明に聞き入っていた私は、魔法という現実味のない言葉に現実に引き戻される。
今目の前で起こったことは、本来ならば本や映画の中でしか起こらないような奇跡だ。
それをこの人は、いとも簡単に引き起こした。
それはまるで、この世界の他にどこか別の世界を知っているかのような──
「雫。俺には……前世の記憶がある」
「っ!」
だから、そう言われた時に驚くよりも先に納得した。
誰より格好良くて、強くて、優しいこの人は、あまりにも現実にいるには完璧すぎるから。
そう自然と思えてしまうほどに──超常の力を見せられても、私の愛は揺るがない。
「とてもじゃないが褒められた人間じゃなかった。むしろ極悪人、吐き気を催すような野郎だったよ」
「……そう。でも貴方は格好いいわ。誰よりもそう断言できる」
「……だからこそ、だよ」
そう呟いて、彼は片手を傾けると宝石をその上に転がした。
そうするともう一方の手の人差し指をそれに向けて、何かをする。
次の瞬間、パキンと小さな音を立てて宝石が二つに割れた。
平等に、一つのヒビもなく二つに分かれたそれに更なる魔法がかけられて、少しずつ形を変えていく。
やがて、宝石だったものはシューの手の中で二つのブローチ──三日月型の飾りに変わった。
「ほい、プレゼント。付き合って二年目記念だ」
「あら、ありがとう」
その手の中から片方を摘み上げて、月の光に照らしてみる。
すると、キラキラと角度によって輝き方を変えるその中に、不思議な光があるのがわかった。
「この石には、一つのおまじない的な話があるんだ」
「おまじない?」
「そ。二つに分けたこの宝石は、欠けた互いを求めて満月になるため、たとえどんなに時が経ってもいずれ一つになる──そんな実にありふれた話だ」
「とってもロマンチックね」
だろ? と彼は笑って、もう一つを手の中に握ってさっきと同じように隣に座った。
「……俺がこの宝石をプレゼントにしようって、魔法をお前の前で使おうって思った理由はな。お前に伝えたかったんだ」
「私への愛を?」
すかさず言えば、彼はからからと笑った。
「さっすが雫、鋭いわ……さっきも言ったが、俺は元は極悪人だ。人殺しもしたような外道だ。さっきのは一番マシで綺麗な魔法で演出しただけで、本当はもっと酷いものもたくさんある」
「……うん」
「そんな俺に、お前は二年も……いいや、何年も近づこうとしてくれた。隣に来て、愛してると言ってくれた」
それは、そうしたかったらとしか言いようがない。
ようやく繋いだ手。やっと掴んだ心。こうして寄り添える幸せ。
その全てを彼は、今この瞬間に手放そうとしているのではないか。
物憂げな横顔に、そんなとても恐ろしい不安が心をよぎった。
「だからな、俺もこれ以上取り繕うのはやめたよ。愛される資格なんてないと思いながらも、嘘をつき続けるのは正面から想いを伝えてくれるお前に不誠実だと思った」
「だから、打ち明けてくれたのね」
「ああ。そんでこれは、その約束の証明、かな」
シューが手を開いて、月光にブローチを照らす。
さっき私がやったことと全く同じことをしたシューは、こちらを向いてニッと笑った。
「俺はお前が好きだ。大好きになっちまった。ハジメ達以外、誰にも受け入れられちゃいけないと思ってた俺の心を奪ってくれて、ありがとな」
「そのまま一生逃すつもりはないから、覚悟すると良いわ」
「おっと、もう少し初心なリアクション期待してたんだけど……まっ、別に良いや」
ふと、腰に熱が生まれる。
それはさりげなく回された彼の手だとわかって、私は自分から身を寄せた。
「雫、ずっと側にいてくれるか?」
「勿論よ」
「そっか……ならもう一つ約束だ」
腰から左腕に手は流れ、そこに握っていたブローチが彼の握るものと合わせられる。
「この宝石に、お前の気持ちに誓って。俺は必ず、最後にはお前が笑顔でいられるようにするから──」
そう、初めて見る屈託のない笑顔で。
後にも先にもこれ以上ないほど純粋な顔で、彼はそう約束した。
「……ふふ。あれからずいぶん時間が経つのに、鮮明に覚えてるものね」
宝石も、記憶も、いまだに色あせることはない。
あの時感じた感動も、愛情も、嬉しさも楽しさも全部全部、何年経っても覚えてる。
そして、その約束を信じ続ける……自分の気持ちも。
「ねえ、シュー」
私は、もう一度彼の頬に手を添えて。
「約束、守ってね?」
そう、返事を期待しない問いかけを呟いた。
読んでいただき、ありがとうございます。
さてシュウジ。これが最後の安息タイムだ、説教の準備はいいか?(愉悦顔)
感想をくれると創作意欲が湧き出ます。