ハジメ「俺だ。前回は、なんというか色々と気まずかったな」
シュウジ「俺エロ同人みたいなことになってなかった?」
雫「気のせいよ。それより、今回はなんだか不穏みたいね…それじゃあせーの、」
三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」
三人称 SIDE
光が収まると、そこはもはやお馴染みの洞の中。
今度は何が起こるのかと皆が周りを見ると、すでに洞の一部が開いて出口があった。
「今度も……平気だな」
「残りの試練は、そういうのはない。ある意味もっときついけどな」
今度も誰も欠けていないか、偽物が紛れていないかを確認し、そこからようやく外に出る。
警戒しつつ、出口から洞の外に出た一同が見たのは──
「これは……まるでフェアベルゲンみたいだな」
「壮観だな」
呆然、といった様子で呟いたハジメにシュウジが同意し、他のメンバーも同調するように頷く。
洞の先に続いていた通路──それは作られた道ではなく、天然の枝……それも巨大なものだった。
幅五メートルはあろうかという枝の根本を辿り背後を振り返ると、両端が見えないほどの木の幹が存在している。
周囲を見渡すと、同じように突き出した枝が空中で絡み合い、空中回廊を形成している。
無数の木の枝が絡み合っていたフェアベルゲンに対し、一本の木から伸びた枝だけで広大な空間に空中回廊が作られている。
首が痛くなるほど高い上を見上げれば、石壁らしきものが見える。
とすると、前の試練同様ここは地下空間なのだろうと推測し、次にハジメはこの巨木について考えた。
「こんな馬鹿でかい木がそうそうあるとは思えない……ということは」
「
「じゃあ、ここは大樹の真下ってことなんですね」
この中で一番大樹に詳しいと思っていたシアが、圧巻された様子で巨木改め、大樹を見渡す。
「つまり上の大樹は、これの一部?」
「すごく、大きい」
「あれだけのものが一部だなんて……すごい」
「地球じゃ、こんなもの絶対ないよね」
「本当の根本はもっと地下深くにあるのじゃろうな。いやはや、これは驚いた」
ユエ達が大樹の大きさに度肝を抜かれながら、神秘的な光景にそれぞれの感想を言い合う。
雫や光輝達とてそれは例外ではなく、ここまで壮大なものを作り上げた〝解放者〟に改めて畏怖を抱いた。
そしてシュウジは……
「ハジメハジメ」
「ん? なんだ?」
「バジリスク」
「ぶふっ」
いつのまにかギョロリと大きな二つの目玉があるトカゲのようなマスクを被っていた。
某死にゲーの厄介なエネミーを彷彿とさせるそれに吹き出すハジメ。何度も呪い殺された記憶が蘇った。
「た、たしかにこんなステージが一作目にあったな」
「エリンギ親方の着ぐるみもあるけど、いる?」
「いらない」
「そりゃ残念」
お前らの会話の方が残念だよと突っ込まれそうな二人の会話に、放心から我に返って苦笑する雫達。
「……?」
「……」
ふと、シアとウサギが何かを聞きつけたようにウサミミをピクピクと動かした。
カサカサ、ザワザワという耳障りかつ、どこか生理的嫌悪を覚える音がどこからか聞こえる。
聞いているだけで何故か鳥肌が立つその音に、ウサギ二人は顔を見合わせた。
どちらの顔にも何だろう? と疑問が浮かんでおり、確かめるべく枝の淵に行って下を覗き込む。
「んん……暗くてよく見えないですぅ。ウサギさん見えます?」
「見えない……ハジメ」
「ん、どうかしたか?」
手招きするウサギに、ハジメが歩き出す。
それに合わせてシュウジ達も二人に歩み寄り、何かあったのかと下を覗き込みはじめた。
「……あっ」
「あ、ちょっとシュー。どうして後ろに行かせるの」
「いやちょっとコレはNGっていうか」
何かを察した……というより確信したシュウジは、そっと雫を枝の内側に押し返した。
その行動に首を傾げつつも、ハジメはウサギの隣に膝をついて、不快げな顔でいる二人を見る。
「変な音が聞こえるんです。でも、私たちじゃ見えなくて……」
「ハジメなら、見えるでしょ?」
「まあおそらくは……どんな音なんだ?」
「なんというか、嫌な感じ? っていうか」
「何か、蠢いてる」
「……嫌な音ってのはよくわかった」
下を覗き込み、そこにいるという何かを見るために〝夜目〟と〝遠目〟の技能を発動するハジメ。
「ゲコッ!」
「わっ、カエルさん!?」
と、そこでウサギのフードに付与された異空間にいたカエルが飛び出してきた。
そのままピョンと飛んだカエルはハジメの頭に着地し、「うおっ!?」と声を上げて慌てて傾いた体を戻す。
「っぶねえな……どうした?」
「ゲコッ、ゲコッ」
「なんだ、見ない方がいいってことか?」
何かを訴えるように鳴くカエルに、逆に何があるのかという好奇心と警戒心が引き上げられる。
カエルをウサギに受け渡し、ハジメは改めて下を見ながら技能を発動して……
「…………ッ!」
そして、声にならない叫び声を上げた。
技能で見てしまった〝それ〟にバッ! と勢いよく体を後ろに引き、さらにそこから数歩分下がる。
全力で拒絶するようなその反応に、ユエ達は訝しげにした……引き攣った顔を逸らしているシュウジ以外は。
「クッソ、最悪だ……!」
「ど、どうしたんですかハジメさん?」
「今のハジメがそんな反応するなんて……何がいたの?」
「……大丈夫?」
指先で目頭を押さえ、心底キツいというふうに顔を青ざめさせたハジメにユエと美空、シアが近寄る。
光輝や龍太郎達も、傲岸不遜、大胆不敵の代名詞のようなハジメの過敏な反応に何事かと集まった。
「シュー?」
「……なんですか雫さん」
「もしかして……
「うん、そう」
息を呑む雫と、ものすごく嫌そうな顔をしたシュウジ以外は。
「ふぅー…………いいか、落ち着いてよく聞け」
そうして集まった面々の前で、深く息を吐いたハジメは真剣な眼差しで一同を見渡す。
ユエと美空が背中をさすり、シアとウサギが手を握ってようやく落ち着いた彼は、意を決した目で。
「…………奴が、悪魔がいる」
「「「悪魔?」」」
なんとも抽象的な表現に、皆が首を傾げた。
光輝や龍太郎などは先程のことを思い出し、悪魔なら二人いるが……などと内心で思う。
それを察したハジメが指でゴム弾を弾いて粛清したが、ユエ達をもってしてもその意味が理解できない。
「シュウジ。お前は知ってるんだろ?」
「おう丸投げしたなこの野郎」
遠巻きに様子を伺っていたシュウジが、キラーパスを渡された。
全員が振り返ると、ハジメによく似た顔をしたシュウジは雫の手を握りながらやってくる。
いつものバカップル的行動ではなく、まるで恐れを押さえ込むような雰囲気を纏ったシュウジは、重々しい声で告げた。
「ユエ、シアさん、ウサギ。前回ここに来たとき、俺が言ったことを覚えてるか?」
「……ッ!」
「あ……!」
「……あれ、なんだね」
その言葉に、数ヶ月前のことを思い返す。
あれはそう、オルクスから脱出して旅を始め、シアが仲間に加わってから直後のこと。
シュウジとエボルトが悪ふざけで、不正な方法で迷宮に入ろうとした時に告げたのは……
「……ゴキブリ」
「「「「「「ッ!?」」」」」」
当時の話を知らぬ美空、ティオ、香織、光輝、龍太郎、鈴が顔を強張らせた。
一匹いたら三十匹いると思えと言われる、ヤツ。
全ての飲食店と主婦の宿敵、黒い悪魔。恐竜よりも遥か昔から地球に蔓延っていた最恐の刺客。
カサカサと俊敏に動き、影から影へ忍者の如く移動し、尋常ならざる生命力で生き足掻く恐怖の生物。
それが今、自分たちが立っている枝の下にいる。その事実だけでサッと全員の顔が青くなった。
「それだけじゃねえ。いや、それだけならどれだけ良かったことか……」
ハジメがクロスビットを一機下へと飛ばし、それと繋がった小型の水晶ディスプレイを取り出す。
僅かなノイズの後、全員が覗き込むそこに映し出されたのは……
「じょ」 「じょ」 「じょ」
「じょ」 「じょ」
「じょ」
「じょ」 「じょ」 「じょ」
なんというか、もう全力で存在を否定したい何かだった。
黒い波のように蠢くゴキブリの大海、その中にちらほらと混ざる異形。
盛り上がった胸筋、八つに割れた腹に、逞しい四肢──そしてゴリラと猿の中間のような、無表情の顔。
全てがテカテカと黒光りしている、そんな筋骨隆々の生物が数万、数十万──否、測定不能。
皆こちらを見上げ、無機質な目でこちらを見ていたのだ。
「いやぁあああああっ!?」
「何あれ何あれ何あれッ!?」
「落ち着きなさい香織、鈴っ! 目を逸らして構わないから取り乱しては駄目っ!」
錯乱状態に陥った人数、二名。
「……最悪」
「最低ですぅ!」
「ハジメお願い、今だけでいいから痛いくらい抱きしめて……」
「別のシチュエーションで聞きたかったわ……」
「流石の妾もあれはノーサンキューじゃ!」
嫌悪感を滲ませる者一名、ウサミミを閉じて震える者一名、恐怖に恋人の温もりを求める者一名、叫ぶ者一名。
「龍太郎、本当に、本当にすまない……っ! 俺、しばらくお前と目を合わせられない!」
「俺はゴリラじゃねえ! 顔が似てるからってそれはないだろ!?」
正常な判断力を失った者一名、激昂する者一名。
総合判断。全員まともではなかった。
「ゲコッ!」
「これを言ってたんだね……」
ウサギは、だから言ったのに! と言わんばかりのカエルに、いつもより小さい声で呟いた。
「ハジメ、今すぐ消してくれ。マジで頼む、今度飯でもなんでも奢るから」
そしてシュウジは、戻すのをこらえているのか手で口を押さえながら涙目で訴えかけた。
いつになく弱気なその姿に、自分も見ていたくはないので映像を消しながらハジメは訝しむ。
あの時はユエ達の前でエボルトに擬態させたりと、平然としていたはずだ。
「お前、ゴキブリ平気じゃなかったか?」
「それは……っ、わかった」
途中で言葉を止め、かと思えばガクリと項垂れる。
突然様子の変わったシュウジに首を傾げていると、ふらりと顔を上げた。
その目は、赤く輝いている。
「エボルトか?」
「ああ、これ以上は無理っぽいからな。で、こいつがこんな状態になってる理由はな……」
「理由は?」
「こいつ、実は心底ゴキブリが嫌いなんだよ」
「?」
更に首をかしげるハジメ。
彼の記憶では、シュウジは地球にいた頃から平然とゴキブリを退治していたように思える。
それがなぜ今更……と思っていると、香織達を宥めていた雫が振り返った。
「その人、カインさんの記憶で嫌悪感を無理やり麻痺させてるだけで、本当は見ただけで吐くくらい嫌いなの。それで今は……」
「前より精神的に柔くなったから、そっちの我慢も効かなくなったってことか……こんなとこで弱点ができるとはな」
「昔、ゴキブリがうちの屋敷に出た時も根こそぎ殺し尽くして、その後三日間は黒いものを全力で遠ざけていたわ」
本格的な弱点が露呈した瞬間だった。
(思い返せば、家とか美空の親父さんの喫茶店に
流石にこればかりはネタにすることもできず、ハジメは意外な弱点のあった親友を哀れに思った。
「てわけだ。こいつの為にもさっさとどうにかしてくれ」
「……ハジメ、焼き払おう」
珍しく真剣に頼むエボルトに、目の据わったユエがそう主張する。
彼女だけでなく、その場にいる全員が同じ意思なのか、懇願するようにハジメを見る。
「できないことはないが……もし撃ち漏らしたら、とんでもないことになる」
数千のゴキブリが隊列をなし、それをまるでサーフボードのように乗りこなす人型ゴキブリ。
それを想像し、全員一瞬にして闘志を萎えさせた。イメージしただけでブレイクハートしたようだ。
「じゃあ選択肢は一択だな。少しでも早く攻略した方がいいぞ」
「何かあるのか?」
尋ねるハジメに、エボルトはニヤリと笑った。
「奴ら、人型にも羽があるぞ」
「よし聞いたな! 全員休んでる暇があったら足を動かせ! この地獄から抜け出すぞ!」
ハジメの号令に、瞬時に全員が動き出した。
ダウンしているメンバーも青白い顔に決死の表情を浮かべ、太い枝の通路を歩き出した。
龍太郎がグロッキーな鈴を背負い、各々の出せる全力で枝から枝に飛び移ったりなどして移動する。
今にもあの悪魔達と、この世で最も無駄な進化を果たした奴らが飛んでこないかと戦々恐々とした思いだった。
「っと、これでだいぶ上がってきたな」
やがて、大きな足場にたどり着いたハジメは一度大きく息を吐いた。
それなりに本気で移動してきたので、全員息が上がっている。光輝など座り込んでいる始末だ。
下を見下ろすと、最初に出てきた場所から数百メートルは上昇しただろう。
「とりあえず一度休んで、それからまた……」
「ああ、一つ言い忘れてた」
進もう、と言おうとしたハジメの言葉を遮り、エボルドが大きな声で言う。
そして全員に振り返り、ニヤリとシュウジの顔で笑って。
「この試練の始まりはな、時限式なんだ」
『──は?』
ウ゛ゥ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛! ! !
直後、地獄の門が開く音がした。
読んでいただき、ありがとうございます。
結構長引くな、この章。