ハジメ「黙ってたお前が悪いな。八重樫に感謝だ」
雫「自分の行動に責任は持たないとね。今回は光輝の話みたい。それじゃあせーの、」
三人「「「さてさてどうなる大樹編!」」」
三人称 SIDE
ハジメと雫が、シュウジの
「………………」
光輝は一人、部屋の中で正座をしていた。
その表情は平静……とは到底言い難く、顔全体を覆うほどびっしりと冷や汗が浮かんでいる。
硬く握り締めた拳には血が滲み、少しでも気を抜けば意識を失うだろう、そんな状態一歩手前だ。
だというのに、正座という足に悪い姿勢を
ズクッ! ズクッ!
際限なく増していく、肩の痛み。
普段ならば数十分程度で終わるはずのそれは、何時間も光輝のことを苦しめ続けている。
光輝はそれに、習得したばかりの昇華魔法を使いじっと耐えている。
カワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウ
それだけでなく、囁くようにあの声まで聞こえている。
ギリギリ聞き取れないような、神経を逆撫する音量はただでさえ削れた意識を揺らしていた。
それでも光輝が耐えるのには、ある理由があった。
この責め苦と謎の力の具現は、光輝の心が弱るたびに忍び寄ってくる。
それが頻繁に、かつ顕著に起こったのは、圧倒的実力不足を思い知った大迷宮での攻略中のことだった。
そして、あの忌まわしい理想の世界の試練。
あの世界において、〝それ〟は囁くなどという生易しいレベルではないことを仕掛けてきていた。
まるで、最初から光輝自身の考えていることであるかのように振る舞い、操ろうとして。
一番恐ろしかったのは、光輝自身その違和感を全く感じないで受け入れかけたことだ。
〝それ〟の最後の言葉──自分もまた天之河光輝である。
〝それ〟が弱い心の体現であるというのならば、皮肉にもその通りなのだろう。
御堂英子のありえざる幻影を前にしてかろうじて跳ね除けられたが、次はわからない。
その後のスライムの快楽の試練においては、光輝はいっそ左肩から先を切り落とす覚悟さえした。
けれどその時、初めて〝それ〟は抵抗を見せた。
鋭いハジメ特性のロングソードの刃を押し返すように、僅かに内側から赤いオーラが出ていたのだ。
どうやら〝それ〟は、光輝の体から出たくはないらしい。
単独では生き長らえられないからなのか、単に支配したいからなのか。
その辺りは不明だが、そこに付け入る隙があると光輝は考えた。
だからこそこうして、本腰を入れて苦痛でねじ伏せようとする〝それ〟と真っ向から勝負していた。
「ふっ……ふっ……」
一睡もせず、少しずつ昇華魔法に削れていく魔力と精神力。
〝それ〟に加えて、自分からも苦難を敷いているようなもの……光輝はもう限界だった。
(けど……これを手にしなきゃ、俺は…………!)
されど、愚者の意地は底を見せない。
かつての自分本位と理想論、無茶苦茶な理論武装に振り切られた超のつく図太さが発揮されていた。
そんな光輝の意地汚い姿勢に恐れをなしたか、あるいは吹き抜けの窓から差し込む陽光のせいか。
カワイソウカワイソウカワイソウ…………
頭の奥から響いていた声が、徐々に弱まり始めた。
(ここだッ!)
そこで光輝は、残り少ない魔力を全て注ぎ込んで一気に〝それ〟を責め立てた。
すると、〝それ〟はびっくりでもしたように光輝の中で蠢いて逃げようとする。
逃すものかと、光輝は八重樫流の道場で培った精神統一を用い、自分の内側に意識を沈めて追いかけた。
閉じた瞼の裏に、不気味に蠢く血管のような、あるいは蜘蛛の糸のような赤い何か。
真っ暗闇の中、光輝はそれを全力で追いかけていき──徐々に意識が現実から引き離されていく。
ケタケタケタケタケタケタ…………
「待てっ! お前は一体何なんだ!」
思わずと言った様子で
しかし、徹夜の弊害がすぐにでて凄まじい目眩がし、光輝は息を荒げて立ち止まる。
「ハァッ、ハァッ…………あれ?」
ふと、光輝はおかしいことに気がつく。
周りを見渡してみても、そこには暗闇しかない。
おかしい。自分はただ目を瞑っただけのはずなのに、どうしてこんな場所にいるのか。
思わず顔を顰めた瞬間──背後からザザザザッ! と音がして咄嗟に腰の剣を抜こうとした。
だが、そこに目的のものはない。
焦った光輝が後ろを振り返ると──無数の赤い〝左手〟が迫っていた。
「っ!?」
あれに捕まったらまずい。
本能的にそう直感した光輝は、とりあえず反対方向に逃げることにした。
左右上下、全方位同じ黒の中で蜘蛛のような足音? で追いかけてくる左手達。
「くそっ、なんでこんなことに……!」
無闇矢鱈と逃げている自分に対して、目もないのに正確に追いすがる左手の集団。
理不尽な状況に悪態をつきながらも、光輝は走って走って、ずっと走り続けた。
●◯●
決死の逃走が功を奏したのか、少しずつ遠ざかっていく左手達の這う音。
「よし、これなrホブスッ!?」
かと思った次の瞬間、前方不注意によって何かに激突した。
顔だけ後ろを振り返った体勢でいたため、横っ面を何かにぶつけた光輝はうずくまる。
「うぐぐ……な、何が……」
ジンジンと痛む頬を抑えながら、衝突物を見上げる光輝。
それは、古ぼけた木製の扉だった。
上部が半円状で、まるでどこかの建物の一部のような扉一枚だけがぼんやりと暗闇の中に突き立っている。
あまりに不気味な出で立ちに、けれど光輝は目を惹きつけられてやまない。
「これは……」
そっと、ドアノブに手を伸ばす。
その時、この先に行けば取り返しのつかないことになる予感がした。
それを知ってしまえば、もう戻れない。
目を背け、都合の良い言い訳を並べて背を向けるなら今しかない……そう誰かが囁いてくる。
「……今更だ」
だが、光輝はためらわずにドアノブを回し、扉を押し開いた。
ゆっくりと、その向こうに足を踏み出した途端──フッと力をかけていたドアが消え、たたらを踏む。
「っとと……ここは、どこかの城?」
眼前に広がるのは、上質そうな赤いカーペットで覆われた広大な廊下。
ハイリヒ王国の王城のそれによく似た、どこか沈鬱な雰囲気の漂うそこは光輝の知らない場所だ。
またしても謎の現象に首を傾げていると、ヒソヒソとすぐ近く、背中の後ろから声が聞こえてくる。
「ねえ、あの話聞いた?」
「聞いた聞いた。地下に幽閉されてる……」
「うわぁっ!?」
次の瞬間、
驚きに勢い余って尻餅をついた光輝は、目の前を歩いていく二人を呆然と見つめる。
やはり知らない顔の女性二人は、光輝に目もくれず、何かをささやき合いながら廊下の向こうに消えた。
「今のは……幻覚、か?」
立ち上がった光輝は、先ほどの現象から一番可能性の高そうなことを口にした。
そこから更に、この場所が何なのかをその場で立ち尽くして考える。
「……もしかして、アレの記憶か?」
光輝が制御しようとした、〝それ〟が作り出した世界。
ハルツィナの大迷宮の試練の経験からそう判断した光輝は、ならばと探索をすることにした。
服装こそ現実のままだが、丸腰なのでやや警戒しながら、まずは廊下を右に行く。
するとまた、ヒソヒソという話し声が。
「ああ、恐ろしい……この下に、あんな怪物がいるなんて」
「人食いの怪物め……」
「公爵様もおいたわしい……あのような子を産むなんて」
「悪魔返り、恐ろしや、恐ろしや……」
皆、何かを恐れている。
メイド達も、城を守る兵士達も、どこか傲慢そうな煌びやかな衣装に身を包んだ者達も。
皆一様に、その口で、目で、声で、何かを蔑み、哀れみ、あるいは嘲笑っている。
彼らには光輝が一切見えていないようで、それをいいことに様々な場所に光輝は赴いた。
「なんて……酷いんだ」
むせかえるような負の感情に支配されたこの城に、思わず顔をしかめる光輝。
誰もが好き勝手に物を言い、その〝何か〟に怯え、遠慮のない言葉で傷つけている。
やれ悪だ、悲惨だ、忌子だ──この世に生まれてきたことそのものが間違いだと、そう嘲って。
そんなことをしても、結局は少し恐怖が薄れるだけ。あるいは余計に自分を追い詰めるというのに。
まるで、そうすることが正しいんだと。
皆と同じように、皆に同調して、皆に嫌われないよう、皆がしているから──そんな風に、罵声を口にする。
だって、それが正義なのだろう? という言葉が、渦巻く悪意からひしひしと伝わってくるのだ。
それは、あまりにも気持ち悪くて──あまりにも、光輝にとっては身に染みすぎたものだった。
「……探さないと」
その〝何か〟を見つけ出して、この監獄から助けださないと。
それが自己満足でも、
大衆の正義を振りかざした男は彼らにとっての〝悪〟を救うことを決め、彼らの恐怖を頼りに足を進める。
彼らの視線、会話の中でのわずかな言葉、それらから場所を少しずつ特定する。
やがて、その進路は王城の下──そこにある地下へと。
まばらに城内を巡回していた兵や騎士達が、そこに向かうにつれて段々と数を増やしていく。
そのことに確信を深めた光輝は、最初にメイド達にされたように並んだ彼らの体をすり抜け進む。
地下を固く閉ざしていた、重そうな金属の扉さえも通り抜けて、その先にある昏い廊下を歩く。
「……っ」
ひたひたと、自分のブーツがじっとりと湿った床を踏みしめる音。
時折濃い影の中でキラリと光る、コウモリだか蜘蛛だかわからない何かの瞳。
それら全てが酷く不気味かつ不愉快で、自然と表情をこわばらせながら光輝は歩き続けた。
「……ここか」
やがて、岐路のない一本道だった廊下が終わりを告げる。
目の前に聳えるのは、入り口にあった分厚い扉よりもずっと大きく、厚い、鎖で雁字搦めの大扉。
光輝はそれに左手で触れて──その瞬間、視界の中に酷くいびつな、血のように赤い文字が浮かんだ。
ススム? ホントウニ?
「……ああ、そのためにここまで来た」
静かに、揺らぎのない瞳で答える光輝。
クルウ クルウ オマエハクルウ ホントウニ?
今更気遣うようなことを言う〝それ〟に呆れ、光輝はそれ以上問答は必要ないと扉を透過した。
●◯●
中は薄暗く、とても高い天井に等間隔に吊り下げられた蝋燭だけが唯一の光源だった。
しばらく目が慣れるまで待って、光輝はその広大な空間の中心へと目を向ける。
「ぁ……ぅあ…………」
そこに、
壁の至る所から伸びる、尋常な数ではない鎖に縛られ、呻き声を漏らしている。
暗闇に慣れた目には、それが両膝をついてうなだれている人間のように見えた。
あれが自分が望んでいたものだ。そう確信した光輝は、恐る恐るという足取りでそれの正面に回る。
それは、まだ年端もいかない少女だった。
体こそ鎖で覆い尽くされているものの、背が曲がっていることもあって、立っている光輝の腰にも届かない。
(なんて惨いことを……)
あまりに小さな少女に、光輝はこれまでの道中にいた人間達を心の中で非難した。
だが、そんなことをしていても仕方がない。きっとこれは、もう終わってしまったことだ。
「……だれ?」
顔を歪めていると、不意に少女は顔を上げた。
光輝は驚いた。もしかしてと思いつつも扉の方を見るが、そこから誰か入ってくる気配はない。
どうやらこれまでの人間達と違って、この少女は自分のことを認識しているらしい。
「……安心してくれ。俺は君を傷つけない」
光輝は片膝を床について、小さく声を漏らしている少女に目線の高さを合わせた。
そうすると、酷くくたびれていながらも
どうしてかわらかないが、その少女にだけははっきりと光輝は触れることができたのだ。
「君は、誰だ? 一体なんでこんなことを?」
「わたしは……」
問いかける光輝に、ゆっくりと少女は顔をあげ……
「
「ッ!!?」
宝石のような翡翠の瞳に、光輝は全身を強張らせた。
バキンッ!!
甲高い音を立て、彼女を拘束していた鎖が全て弾け飛ぶ。
それに反応をする間も無く、「なっ」と声だけを上げた光輝の顔を少女の両手が包み込んだ。
「あなたはだぁれ? 私を罵る兵士さん? 笑いながらぶつメイドさん? 誰? 誰? 誰?」
「き、みは──!」
「ふふふふふふ、だれでもいいわ、だってここにきたのなら──私の食事でしょう?」
獣のように鋭く伸びた指の爪、至近距離で見えるは裂けるような笑みに瞳孔の開いた怪物の如き瞳。
蛇に睨まれた蛙のように動けない光輝の周囲で、細々としていた蝋燭の光がボッ! と大きくなる。
それによって空間が照らし出され──その天井や壁に巣食う、無数の〝左手〟に光輝は目を剥いた。
(しまった! 誘い込まれたのは、俺の方──!)
自覚した時には、もう遅く。
「ねえ、綺麗なお顔の紳士さん?」
「ッ!」
「あなたの味を、私に教えて?」
ぐぁ、と大きく口を開いた少女は、光輝の左肩に躊躇なくかぶり付いた。
「がぁっ……!?」
僧帽筋を食いちぎらんばかりに食い込んだ歯に、光輝は苦悶の声を漏らす。
同時に、何かが光輝の中に流れ込んできた。
──なぜ、私ばかり苦しむの?
──なぜ、私ばかり奪われるの?
──なぜ、私ばかり嫌われなくてはいけないの?
──なぜ、普通に生まれなかったの?
ああ──憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い────────!
「これ、は……っ!」
とめどなく溢れてくる悲しみ、怒り、そして憎悪。
周囲の悪意によって歪められ、また己が生来抱えたどうしようもない悪意で壊れてしまった心の慟哭。
それを聞くうちに光輝は動けなくなり、それを好機と言わんばかりに左手達が覆いかぶさる。
(こんな、の……俺じゃあ、受け止め、られ……な…………)
これまで光輝が信じてきた善意、その全てを塗り潰すような圧倒的な憎しみに、心が呑まれ──
──もう、たべたくない。
だれか、わたしをたすけて。
「っ!」
カッ! と目を見開く。
目を開いた時、そこはフェアベルゲンの客人用の一室。
いつのまにか取り込まれ、そして戻ってきた光輝は、しばし瞼を全開にして静止していた。
魔力が底をつき、昇華魔法の効果が途切れている。あるいはそうなったからこそ、現実に戻ってこられたのか。
「…………ふぅ」
たっぷり十秒間ほど静止して、光輝は深く息を吐いた。
ふと体の右側に置いてあったロングソードを手に取り、すらりと抜剣して刀身を覗き込み。
「……わかったよ、
そこに映り込んだ
もう魔改造が止まらない。
読んでいただき、ありがとうございます。