星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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祝!200話到達!

いやぁ、随分と長く書いてるなぁと。

今回は某老人の話。

楽しんでいただけると嬉しいです。


【幕間】
孤狼の懐古


 三人称 SIDE

 

 

 

「……心地良い騒がしさだな」

 

 フェアベルゲンの街、その中でも最も高い樹木の天辺の枝に座り込んだ男は優しげに呟く。

 

 ジジ、と音を立て光る錆色の右目は、ここから少し遠く……賑やかに騒ぐ少年少女達を見ている。

 

 

 再び抱きつく兎人族の少女を受け止め、意地悪く笑いからかう女達にそっぽを向く少年。

 

 凛とした少女に寄り添われ、少年を野次馬根性丸出しでニヤニヤと笑う男。

 

 予想外の変化を見せた少年と、もう70に差し掛かろうかという男から見れば可愛らしい恋をする少年少女。

 

 それを見て、ふっと懐かしむように笑った男は片目の機能を停止し、目を閉じて小さく呟く。

 

「……俺は、あの未来は描けなかったな」

 

 古い記憶から呼び起こされるは、結局想いに応えることもできず、置き去りにしてしまった人。

 

 

 いつも快活に、どんなことにもへこたれずに自分にその心を伝えてくれた少女の笑顔を思い出す。

 

 思えば自分がここまで走り続けられたのも、彼女の〝未来は不確定〟という言葉があったからかもしれない。

 

 

 そうしてもう一度先ほどの光景を思い出して……やはり、とても懐かしそうに言うのだ。

 

「この世界線は、俺がなんとかしてやる。だからお前は幸せになれ……シア」

 

 ああ、こうして名前を呼ぶのも随分と久しぶりのことのように感じる。

 

 

 そんな気持ちになったからだろうか。ふと、男は目を閉じたまま左手をこめかみに当てる。

 

 すると左手に幾何学的な赤い線が走り、こめかみに同じ色の丸いマークが表示された。

 

 まるで古いパソコンのように()()()()音を立て、光を増していくマーク。

 

 

 やがてそれが最高潮に達した時、男は周囲の雰囲気が変わったことを体感する。

 

 ゆっくりと目を開けると……そこは霧の向こうから夕陽の降り注ぐフェアベルゲンではなかった。

 

 それとは全く対照的な、薄暗い闇の中。

 

 まるでどこかの地下施設、あるいはそこら中に転がった青写真やアーティファクトの数々を見れば、研究室か。

 

 

 精巧に25年前の記憶を再現したホログラムに、男は部屋の中心にある作業台の方に視線を向ける。

 

「錬成……錬成、錬成……ッ!」

 

 そこに、一人の男がいた。

 

 長方形のテーブルのような作業台の上に乗った()()()()()に両手を向け、必死に言葉を紡ぐ。

 

 随分と錆色に近くなってしまった赤い光を放出しながら、繰り返し繰り返し自分の最も得意な詠唱を口にして。

 

「っはぁ、はぁっ!」

 

 けれど、魔力切れを起こしたのだろう。激しく荒い息を吐いて膝をついた。

 

 光も消え、結局一度も動くことのなかった人型はボロボロと崩れて砂に変わる。

 

「……クソ。クソ、クソ、クソクソクソぉ!!!」

 

 呼吸が落ち着いて、第一声は激しい怒りに満ちた罵倒。

 

 骨格を模した、中身の剥き出しになった左の握った義手を作業台の縁に叩きつけひしゃげさせる。

 

 それさえも今の状態では負担なのだろう。また肩を上下させ、鉄の拳を握った。

 

「……これじゃあ、ダメだ。俺やカインの残留思念から受け取った記憶だけじゃあ、蘇生できない」

 

 独り言のように、失敗を嘆く自分。

 

 それを眺め、こんなこともあったと笑む男。

 

「肉体を錬成しても、中身がなきゃすぐに壊れる……やっぱり、実際に行って記録を取らないと」

 

 ゆっくりと顔を上げる昔の自分。

 

 

 それは……あまりに酷かった。

 

 

 若い頃に色を失った髪も同じ色の髭も伸び放題で、まったく清潔ではない。

 

 ヨレヨレのシャツとズボンは穴が空いていて、もう一着を着回して何十年になっただろう。

 

 左の足は左腕と同じように、根元から骨格を模した義足に変わり。

 

 ……グリグリと動き、錆色の光を放つ金属の目が埋まった右の顔も、同じようになっていた。

 

 

 その飢えた両目は、目の前のものとは別の台の上に置かれた黒い時計型のアーティファクトを見る。

 

「あれをうまく使えば……あいつだけじゃない、あいつに関わる因果全てをコピーすれば……」

 

 作業台を支えに、おぼつかない足取りで台に行って、〝ブランクウォッチ〟を手に取る自分。

 

 

 時間と記憶、魂と過去。

 

 

 25年もの探求と研究の末に行き着き、生み出した概念魔法の結晶体。

 

 最初は、ある男を復活させるために作った無数のアーティファクト、アプローチの一つに過ぎなかった。

 

 最終的には、たった今諦めた〝肉体の錬成とそこからの記憶の再構築〟以外に唯一残った手段になった。 

 

 

 二つの研究のうち一つが失敗したならば、あとはもう一方に賭けるしかない。

 

 そう思った当時の自分は、固く〝ブランクウォッチ〟を握りしめ──

 

「っ!?」

 

 その時、研究室に警告音が鳴り響く。

 

「……来たか」

 

 これは記憶の再生である以上、先を知っている男は監視カメラのモニターを見る。

 

 

 すると、この研究室に辿り着くまでの迷宮のごとき複雑な回廊に侵入者が入り込んでいた。

 

 仕掛けた数々のトラップ、配置したゴーレムや魔物達が、彼女たちによって瞬く間に壊されていく。

 

 

 回廊の中で荒れ狂う()()()()が、トラップをことごとく飲み込む。

 

 一緒に飛び回るうちの一人が()()()()()と共に魔物を粉砕し、続く()()()()()()が道を開く。

 

 黒い極光が後ろから挟撃するゴーレムを焼き尽くし、銀色の雨が残りを分解し尽くしていく。

 

 黄金の戦士と小柄な女が、彼女らの疲労を癒している女をトラップから守って、黒い巨人が暴力を撒き散らす。

 

 ……そして、先頭に立つ女が全ての障害を手に携えた刀で一刀両断し、皆で進んだ。

 

「……はっ、今回は結構長く隠れられたんだが。さすがはあいつらだ」

 

 刻一刻と迫る侵入者に、けれど当時の自分は髭面で少し嬉しそうに笑った。

 

 

 しかし、やるべきことはちゃんとやる。

 

 魔力が回復し、体調が良好になった自分は、先ほどとは裏腹に力強い足取りで室内を歩き出す。

 

 この当時はまだ体は若々しく、四十を超えていてもかつて別の世界で旅をした時と遜色がなかった。

 

 まるで老人のように見えるのは、余裕がないことでまったく気にしていない、この見た目のせいだ。

 

 

 迷いない足取りでテーブルの一つに歩み寄った自分は、そこにあった装置のスイッチを押した。

 

 途端に研究室内が仄かに赤く輝き、次々と物が装置にはめ込まれた指輪に収納されていく。

 

 

 

 ドンッ! ドゴォッ! 

 

 

 

 その間にも、刻一刻と破壊音はここに迫ってくる。

 

 焦ることなく、男は瞬く間に自分の積み重ねた研究物を全て収納し終え、装置から指輪を外し。

 

 

 

 ドッガァアアアアアン!!!

 

 

 

 次の瞬間、凄まじい破壊音とともに出入り口の扉が吹き飛んだ。

 

 殺風景になった室内に、砂埃と一緒に何年かぶりに新しい風が暴力的に吹き込んでくる。

 

 当時の吹けば飛びそうなボロ服と、伸ばしっぱなしの白髪が揺れた。勿論男の方に影響はない。

 

「……激しいノックだな」

 

 静かな声音で呟き、風通しのよくなった出入り口を見る自分。

 

 朦々と立ち込めていた煙が晴れ、侵入者達の姿が露わになる。

 

 

 グラマラスなスタイルをした、流れるような金髪と鮮烈な赤い瞳を持った、天上の美姫。

 

 

 肩に大きな戦鎚を担ぎ、歳を重ねて逞しい美しさを増した、ウサミミの妙齢の美女。

 

 

 姿の変わらない、もう一人の兎耳の女や銀翼の女、着物の女、恋人で幼馴染だった女。

 

 

 黒い巨人の姿とは裏腹に、小柄なスーツ姿の初老の女性に、同じような体格の女と黄金のスーツを纏った男。

 

 

 そして、先頭に立つのは──かつては一つに纏めていた髪をバッサリと肩口で切り揃えた、女侍。

 

 

 彼女らは一様に、隙のない戦闘態勢で構え……それ以上に、悲しそうな目で自分を見た。

 

「5年ぶりね、■■くん」

「ああ。相変わらず若々しくて元気だな」

「そう言う貴方は、随分と世捨て人っぽさが増したわね」

「もう25年だからな。立派な世捨て人だ」

 

 ネビュラガスの影響か、二十代前半に等しい若々しい顔に苦渋を浮かべる女侍。

 

 自分は指輪を握りしめ、いつでも逃げられるよう準備をしながら、作業台に寄りかかる。

 

「いい加減、諦めてくれ。毎回こうも壊されちゃかなわん」

「それはこっちの台詞よ……お願い、■■くん。もうこんなことやめて」

 

 切っ先を突きつけていた刀を下ろし、酷く弱々しい声で訴える女。

 

 まだまだ若かった自分は少しだけ目元を動かすが、髭面を横に振ってそれを拒絶した。

 

「どうして……もう、十分苦しんだじゃない。みんなで頑張って、力を振り絞って……でも、駄目だったじゃない」

 

 度重なる実験で、徐々に機械にすり替わっていく自分の体を見てそう言う女。

 

 当時の自分は、その目線を受けた時こう思ったものだ。

 

 

 

 お前が一番あいつに会いたいだろ、()()()──と。

 

 

 

「だからこそだよ。たとえ俺一人だろうと、あいつは絶対に生き返らせる。そうしてみせる」

 

 どんなにすり減っても、削れても変わることのない強靭な意志で、縋るように言う女を遠ざける。

 

 何度この問答を繰り返しただろうか、女も20年以上変わらない自分の答えに、顔を悲痛に歪めて。

 

 女の後ろにいた……こんな馬鹿な自分を何十年も引き戻そうとしてくれる女達も、同じ顔をする。

 

「あと一歩のところまで来たんだ。過去に戻って、あいつを()()する。そして、あいつを呼び戻す」

「……■■■、やめて。そんなことをしても■■■■は戻らない。たとえ成功しても、それは……」

「別の世界、別の未来になる。そうだろ、■■?」

 

 説得しようとした美姫に先回りして答えを言えば、彼女は口を噤んでしまった。

 

「■■■さん、そこまでわかってるのに、なんで……」

「……諦められるわけ、ないだろ」

 

 絞り出すように、髭の間から怨嗟にも等しい執念を込めた言葉を紡ぐ。

 

 問いかけてきたウサミミの女は、気圧されたように一歩下がって、もう一人に受け止められた。

 

 そんな彼女達を──かつて〝特別〟だった少女達に、敵を見るような強い眼光を向ける自分は。

 

 

 

 きっと、どうしようもない愚か者だった。

 

 

 

「あいつに、何も返せてない。感謝の一言も言えてない。それなのに、どうしてたかが数十年で諦められるんだよ」

「でもっ、■■■くん!」

「お願いだから戻ってきてよ■■■! ■■■■もあんたがそうなることなんか望んでない!」

「そんなことわかってんだよッ!!!」

 

 銀翼の女と、一番最初に〝特別〟になった女に激白する。

 

 

 

 ああそうだ、そうだろうとも。

 

 

 

 あいつはこんなこと望んでない。自分がこんな惨めな姿になってまで蘇らせようとなんてしても、きっと怒るだろう。

 

 何をやっているんだと。お前にゃもっと大切なものが山ができるほどあるだろ? と、笑いながら言うだろう。

 

 

 

()()()()()()()! 

 

 

 

「俺は走り続ける! あいつが生きる未来を掴むまで、たとえこの意思の断片までデータになったとしても! そのためなら、お前達さえ敵に回す!」

 

 指輪から今の愛銃の試作品を召喚し、女達に銃口を向ける。

 

 彼女らは息を呑み……どこまでも追い詰められた自分に、きっと呆れた。

 

「■■くん……」

「■■■……」

「■■■さん……」

「……■■■」

「……わかってる。お前らが俺を同情で助けようとしてるんじゃないっていうのは」

 

 少しだけ、銃を握る手が震えて。

 

 

 

「だけどさ……もう、これしかないんだよ」

 

 

 

 ドンッ!! 

 

 

 

 その言葉と共に、素早く下に向けた銃口から転移弾を発砲した。

 

 床に開いた小型のゲートの先は、あらかじめ設定した新たな隠れ家。

 

 そこに向かって自分は落ちていき、女達は驚きながらも手を伸ばして──

 

 

 

「ぐっ!?」

 

 その時、不意に鑑賞していた男の方に異変が起きた。

 

 突然表情を歪め、それによって異常をきたした義眼はホログラムの投影を中断させてしまう。

 

 周囲の風景が元に戻り、いつの間にか夜の帳が降りているフェアベルゲンが男を出迎えた。

 

「ぐぅ……!」

 

 服の上から右胸を押さえ、痛みに耐えながらシャツのボタンを千切るように外す。

 

 そして顕になった、年齢離れした鋼のような右の胸筋に手を触れると……ドロリと皮膚が溶けた。

 

 

 いや、違う。まるで流水のように皮膚に擬態させていたものが解除され、自ら退いたのだ。

 

 これ幸いと、男は胸の中にあったものを左手で掴み取り、火花を散らすそれを外に出す。

 

 

《デッ、デデデデデテ電王! デッデッデッ、デデ………………》

 

 

 激しく光の点滅を繰り返し、花火のように火の粉を散らす時計型アーティファクト。

 

 男がこの時代に存在するための要の一つであるそれは、今にも壊れそうなことが明らかだった。

 

「くっ、俺の歴史に存在しないことが起こった影響か……!」

 

 悪態をつきながら、懐から取り出した黒いウォッチを壊れかけた〝電王ウォッチ〟に重ねる。

 

 すると、黒い方のウォッチの表面に時計が浮かび上がり、針が回っていった。

 

 そして一周した瞬間光り輝き──半壊状態のウォッチと全く同じものに変化した。

 

 

《電王!》

 

 

 素早く新生したウォッチを起動し、胸の中に戻す。

 

 すると瞬く間に痛みは引いていき、身体中に走っていた虚無感のようなものが薄れていく。

 

「ふぅ……危ない。あと少しで消滅するところだった」

 

 筋肉の擬態を元に戻し、襟元を正した男は手の中で完全に壊れたウォッチを見てぼやく。

 

「崩壊が思ったより早い……つまり未来の変化が加速してるってことか?」

 

 上着のポケットから懐中時計を取り出して蓋を開けば、その針の位置はもう四分の三を超えている。

 

 既に膨大な記録の七割以上を完了していることに笑み、時計を懐に戻した男はふと動きを止めた。

 

「…………そこにいるのはカムか」

「はっ」

 

 姿は見えず、されど男の言葉にはっきりと答える声。

 

「今ので気配が漏れた、か……すぐに攻撃しないということは、俺が誰だかわかっているな?」

「当たり前でございます。我らがボスは、たとえどのような姿になろうともボスただ一人なのですから」

「ははっ。そうだ、お前はそうだったよな……」

 

 また懐かしい気持ちに襲われながらも、男は姿を消しているカムに語りかける。

 

「どんな気分だ? 自分の娘がようやく想いを成就したのは」

「感無量、でございます。この時を()()()待っていましたから」

「ああ。実に幸せそうだ」

 

 もう一度義眼のカメラを起動し、広場にまだいるハジメ達を観察する。

 

 かなり離れているが、カムも同じものを見ているのだろう。嬉しそうな雰囲気が伝わってきた。

 

「このまま、ずっと幸せになれるといいがな」

「ボスならばきっと、そうしてくれるでしょう」

「相変わらず信頼が厚い……昔は妙に感じたが、今や俺の方が年上だからかな。心地よく感じる」

「はっ。ありがたき幸せ」

 

 律儀に答えるカムに、なんだかおかしくなって笑う男。

 

 こうして誰かとなんでもないように何かを話すのは、ほぼ五十年ぶりのことだ。

 

「まあ、せいぜいあの笑顔を絶やさないでくれればいいさ。あいつのためにも、この世界のシアのためにも……俺が全部救う」

 

 独り言のように、この五十年変わらず抱き続けた決意を呟く男。

 

 それに対して、カムは──

 

 

 

 

 

「ええ、我々もお力添えしますボス──()()()()

「っ!?」

 

 

 

 

 

 カムの気配が潜んでいた方を振り向く男。

 

 しかし、そこには既に誰もおらず、気配は最初からいなかったように完全に消えていた。

 

「…………まさか、な」

 

 

 

 

 その場所を、しばし男は見つめていた。

 





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