星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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今回はアベルの話。

ちゃんと敵キャラにも理由付けしないとね。

楽しんでいただけると嬉しいです。


憤怒の根源

 

三人称 SIDE

 

 

 

 ……彼が生まれた時、最初に見えたのは暗闇だった。

 

 

 

 否、何も見えはしなかった。彼は生まれつきその目に光を持っていなかったのだ。

 

 まだ自我すらもない中、最初の産声は原始的、本能的な暗黒への恐怖でさえあったかもしれない。

 

 

 もしも貧しかったのならば、そのまま死ぬ確率のほうが高かっただろう。

 

 幸いだったことは、彼の親がそれなりに高名な学者と魔法使いであり、裕福な家だったこと。

 

 人として最初から欠落を持ち生まれた男は、不自由ながらも恵まれた環境に生まれることができた。

 

 

 

 そうして生まれも育ちも良い男は、目が不自由ながらも心優しく育ちました。

 

 

 

 ──などというのは、とても稀なこと。

 

 たしかに生まれは良かった。父も母も盲目の息子であっても疎うことなく愛そうとした。

 

 だが、()()はそうはいかない。

 

 

 

 あの二人の子供ならば、とても優れた子が生まれるはずだ。

 

 

 

 あの二人の子供ならば、きっとなんの欠点もないに違いない。

 

 

 

 彼らを知る者や友人、親達の抱いた勝手な期待、勝手な願望、押し付けがましい理由。

 

 そんな身勝手な人間達が、目の見えぬ赤子をそれだけの理由で落胆し、見下し、蔑んだ。

 

 

 ああ、あるいは彼らに妬み嫉みを抱いていたものはこう思ったかもしれない。

 

 

 

 ──奴らに付け入る隙ができた、と。

 

 

 

 結局、個人に対する認識とは大衆の意思によって決定され、固着していくものだ。

 

 彼の両親がどれだけ愛を注ごうとも、そんな醜い者達によってそれを上回る悪意を受け続けた。

 

 当時の世界はまだまだ選民意識が抜けず、互いに良家の下に生まれた両親もまたそれに囚われていた。

 

 

 しかし、それでも彼らの育て方が間違っていたわけでは決してなかった。

 

 そんな子を育ててなんになると、いっそのこと殺してしまえと、人とは思えない所業を勧める馬鹿もいた。

 

 だがそんな怪物の心を持つ者達に屈することなく、両親はあくまで普通の子として彼を育てた。

 

 

 おかげで、目が見えないだけで傷つけ、罵る愚か者達に囲まれながらも、彼は人を信じる心を失わず。

 

 ただ常々〝心優しい両親〟と〝醜い大衆〟を比べ、心の中に一つの疑問を抱くようになった。 

 

 

 何故正しき人が傷つき、悪しき者達がのうのうとその悪意を隠すことなく振る舞うのだろう? 

 

 父は言った。人が優しくあるのは、正しく物事を見極め、人と向き合うためであると。

 

 母は言った。己の盲目は欠点などではなく、見てくれでなく心で人を見つめる為なのだと。

 

 

 ……だが両親の言葉とは裏腹に、どれだけ彼が誠実であろうとしても、努力しても、彼らは悪意を止めない。

 

 むしろ、欠陥品が意地汚いと、無駄な努力を重ねていると嘲笑し、踏みにじった。

 

 

 ……本当に、本当に彼の両親は善人であった。

 

 けれど覆い被さるような無限の悪意には、その善意はあまりに少なくて。

 

 だから、呑み込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の両親は、彼らの親によって殺されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夫婦は、彼以外に子供をもうけることをしなかった。

 

 優秀な子を残せと前時代的なことをのたまう愚かな親達の言葉を無視し、彼だけを愛した。

 

 ただでさえ苦悩する息子が、自分の兄弟や姉妹と比べられでもすれば、それはとても悲しいことだ。

 

 

 そんな純粋な愛情故に、彼らは親の差し向けた刺客に殺された。

 

 無残な姿になった父と母を見て呆然とする彼に、その刺客達は凶刃を向けた。

 

 

 

 彼は逃げた。二人の亡骸を置いて、生きるために逃げ延びた。

 

 父と母の親に高額な報酬で雇われた刺客達は、執拗に彼を追ってきた。

 

 

 金のため、家の面子のため、自分達の傲りを保つため、存在を消そうとした。

 

 そんな仕打ちに、少しずつ狂っていた彼の心は……怒りに満ちた。

 

 

 彼は、理不尽な世界に激しく怒った。

 

 自分ではなく、正しく生きていた両親を飲み込んだ理不尽を気が狂うほど嫌った。

 

 同時に悟った。

 

 悪意は消えない。正義は執行されることはない。

 

 

 

 

 

 公平だ! この狂おしいほど理不尽に満ちた世界の善と悪を、公平にしなくてはならない! 

 

 

 

 

 

 故にこそ、粛清を。

 

 一の善を塗りつぶす百の悪を、悉く滅ぼし尽くしてやる。

 

 

 その為に、彼は逃げながら力を付けた。

 

 生前父と母に関わりのあった者は、最も信用できない。

 

 むしろ、祖父母に力を貸しさえするかもしれない。

 

 

 だからこそ、生前の両親に無視できない借りがある人物を見つけ、その下で剣の腕を磨いた。

 

 この諸悪の根源である忌まわしい盲目(欠点)を埋める為に禁書に手を出した。

 

 己の憤怒を糧にライオットを生み出し、何人も悪人を殺して〝人を殺す術〟を高め。

 

 

 悪の粛清という名の復讐が、始まった。

 

 まず自分や父達に対する心無い行いを扇動した者達を、二度と同じ真似ができないように脅し。

 

 また両親の死を利用して利を得た者達、こればかりはどうしても許せずに殺した。

 

 それから、両親を殺した刺客達も殺した。

 

 中には家族を人質に取られ脅されて、と言う者もいた。それが真実の場合のみ見逃した。

 

 

 最後の一人、リーダー格の終わりは滑稽なものだった。

 

 

 彼を殺し損ねたものの、両親を始末して受け取った莫大な金で豪遊に耽り、すっかり鈍っていたのだ。

 

 殺さないでくれと、金ならいくらでも払うと懇願する矮小な悪人を殺した。

 

 

 それは、冷めぬ憤怒の炎を燃やし続けるための自己満足だったのかもしれない。

 

 自分を傷つけていた者達が、大手を振って掲げていたのと同じ、〝正義〟という妄言だったのかもしれない。

 

 

 それでもいい。

 

 自分一人がこの世で最も極悪となろうとも、この悪辣な悪を滅ぼせるならば。

 

 その果て、百の悪人の骸の上に、自分の両親のような善人の命を守れるならば。

 

 進み、悪を以って悪を断罪し、粛清し続けた。

 

 

 そして、ようやくまだ彼が生きていることに気がついた両親の親達、祖父母の前に立った。

 

 

 こんな者達でも、一応はあの優しい両親の親達だ。

 

 たとえ裏で悪逆に手を染め、善良な人々を食い物にしていたとしても、それでも一度は望みをかけた。

 

 

 しかし、返ってきたのは恐怖と侮蔑に満ちた罵声。

 

 

 お前など生まれなければ良かった、お前を産んだ両親は最低の愚か者だと。

 

 そう罵る祖父母の首を跳ねるために剣を振り上げ──けれど、そこで留まった。

 

 

 彼の前に、力をつける中で偶然助け、それから幾度も彼を追いかけてきた女が立った。

 

 両親を思い出させる、か弱くも正しい女は、憎しみに染まった彼に訴えた。

 

 

 

 

 

〝あなたは、この人達と同じようになりたいの?〟

 

 

 

 

 

 その言葉に、両親の顔を思い出した。

 

 激しい葛藤、荒れ狂う負の感情と僅かに残った理性との闘いの末……彼は、剣を下ろした。

 

 それから祖父母を悪党と同じように脅し、女と一緒にその影響が及ばない地に行った。

 

 

 復讐が、終わった。

 

 

 その後は、祖父母の悪行によって人生を狂わされた人々を助けることに邁進した。

 

 

 

 〝弱きに救いを、強きに終わりを。正しきに報いを、悪しきに罰を〟

 

 

 

 かつては憎しみ、変容した信条を胸に、自分の家族が行った所業の償いにできうる限りのことをした。

 

 

 その旅の中で彼はやがて女を愛し、子を設けた。

 

 それは男に愛する心と、両親がああまでして自分を育てた愛情を学ばせることになった。

 

 やがて、その果てのない憎しみをようやく消えた時──ある者が彼の前に現れた。

 

 

 

 そう、〝世界の殺意〟だ。

 

 

 

 〝それ〟は人ではなく、人々に蔑まれ、後ろ指を刺されたはずの伝承の怪物だった。

 

 されど、醜くも美しい心を持った〝それ〟は世界の調停者に選ばれ、そして彼を後継に選んだ。

 

 話を聞き、彼は疑問に思った。

 

 だって自分は悪人だ、とても世界のバランスを保つような仕事のできる人物ではない。

 

 

 復讐と償いに捧げた38年の人生で、彼は人の醜い部分をこれでもかと見せつけられた。

 

 誰も彼もが自分こそが世界で一番正しいという顔をして、平気で誰かの幸福を奪う。

 

 それと同じことだと自覚しながらも、復讐のために手を少なくない血で染めた。

 

 

 そんな自分が、と。

 

 

 だが、〝世界の殺意〟は力ばかりで選ばれはしないことを彼は知らなかった。

 

 彼の悪を憎む心、理不尽を許せぬ義憤の心。

 

 悪という汚名に沈もうとも、決して消えぬ誇り……先代は正確に彼の心の奥底にあるものを見抜いた。

 

 

 結果的に、先代に残された残りの数年をかけての説得に彼は応じ、〝世界の殺意〟を継いだ。

 

 彼を畏怖していた者達の……そして、何より大切な愛する女と子の記憶からも消え、世界の従者になった。

 

 悲しい別れだった。自分を修羅の道から救ってくれた彼女の中から消えるのは。

 

 

 

 それでも決意し、彼がその心の瞳で見たものは──人の、強く逞しい営み。

 

 

 

 屈辱と悪意に塗れた半生が、ただ人の一端に過ぎないことを理解した。

 

 目の見えぬ彼は、暗闇だけが唯一の世界だったが……千年の時が、その価値観を大きく変えた。

 

 一人の女から学び、少しだけ知っていた光ある世界の側面。

 

 

 守らねばならぬ。彼女と我が子が生きる、残酷ながらも美しいこの世界を。

 

 

 彼はそう思った。

 

 醜悪な処刑人に成り下がった自分には都合の良すぎることだが、そうしなければならない。

 

 自分が相手をしていた悪人達よりもっと強大な、この世界そのものの欠陥から、人々を守護する。

 

 そのことに真の存在意義を見出した彼は、世界意思の命ずるままに数々のバグと戦った。

 

 

 そうして100年、300年と経過していき……やがて、彼にも終わりの時がやってきた。

 

 後継者を探し、流浪の旅をして……そして、見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 土砂降りの雨の中、文字通りの血の沼にたった一人で立ち尽くす男を。

 

 

 

 

 

 

 

 初めて男に会った時、彼は心の底から震えた。

 

 見えずとも、それが誰だかわかってしまった。

 

 近づき、頬に手を当てれば、自分と瓜二つの顔にそれは確信に変わった。

 

 

 男は、自分の子孫だった。

 

 その姿はどこまでも機械的、非人間的。かつての自分を見ているような錯覚に陥り、困惑した。

 

 何があった。自分が愛した、あの心優しい女の産んだ子の子孫が、どうしてこのような姿に。

 

 激しく戸惑った彼は、兎にも角にもこの強靭無比な力を持つ自分の子孫を救わねばならぬと思った。

 

 

 そして、自分の血を受け継いだ子孫達がどのような家を作り上げたのかを知った。

 

 まるで、妄執の塊。

 

 傲慢にも自分達こそが正義の執行者だと思い込み、己の手でマッチポンプ式に悪を生み出しては摘み取る。

 

 

 しかも、その家を興したのは我が子であるというではないか。

 

 妻の名前はなかった。

 

 きっと自分が消えた後、どうやったのか祖父母が二人を見つけて、我が子を奪ったのだろう。

 

 

 彼は嘆いた。

 

 あの時確かに彼女は自分を救ってくれたが、それでもあの悪党共は殺すべきだった。

 

 念入りに、執拗に、あの時冷たくなった父母と同じ目に合わせるべきだった。

 

 

 だからこそ、彼は決めた。この子孫を後継者にし──己の最後の血縁にすると。

 

 

 彼は、男に懸命に世界の美しい部分を教え続けた。

 

 かつて妻が自分にそうしてくれたように、先代の〝世界の殺意〟がやってくれたように。

 

 まるで自分でもう一度自分を育てているような気分だったが、それでも彼はやり遂げた。

 

 

 感情を教え、もはや取り返しのつかない自分の子孫達を消し、〝世界の殺意〟を受け継がせ。

 

 

 やっと、終わった。

 

 

 

 最後の瞬間、苦しみはなかった。

 

 

 

 ただ一人の子孫以外の誰からも忘れられたままの最後が、怒りに己を燃やした自分に相応しいと思いながら。

 

 

 

 長い長い、気の遠くなるような粛清と守護の日々に終わりを迎え──だが、目覚めた。

 

 

 

 やっと妻の、両親の元へ行けると思った矢先に呪いで叩き起こされ、別の世界に召喚された。

 

 そうしてみたら、どうだ。

 

 

 

 まだ愚かな、利己的な〝正義〟という名の妄執が続いているではないか。

 

 

 

 たった一人救おうと思った子孫は罪を犯し、その償いとして死して世界を守り。

 

 しかし、その覚悟は未練に取り憑かれた女神に穢された。

 

 あまつさえ、女神は蘇った自分の子孫を好き放題に弄り、別の人間を生み出した。

 

 

 

 

 

 ああ──どこまで、自分は怒ればいいのだ。

 

 

 

 

 

 あとどれほど憤怒に心をくべ、走り続ければいいのだ。

 

 一体いつになったら、自分の祖父母から始まった愚かな行いは終わるのだ? 

 

 

 ……けれど、それが運命というのならば受け入れよう。

 

 この今にも首を撥ねてやりたい、醜悪極まる神の手先となり、獣になろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我が名はアベル。憤怒に焼かれた獣。かつて平等なる善と悪を求めた者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この命の最後の一片、灰と燃え尽きるまで──怒り続けようではないか。

 




読んでいただき、ありがとうございます。
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