星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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今回はメルドさんの話。

楽しんでいただけると嬉しいです。


大義の騎士

 三人称 SIDE

 

 

 

 まるで、湖を揺蕩っているような気分だった。

 

 

 

 自分が大きなものに溶け込んでいくような、自我が薄れていくような、危うげな感覚。

 

 それに引きずり込まれないよう、自分の存在を維持しながら、じっと目を閉じて待ち続ける。

 

 

 こうしていると、彼は自分が背負っているもの全てを忘れられるような気がした。

 

 王国への裏切り、自分のためにスマッシュになってしまった部下達、異界の子供達に拳を向けたこと……

 

 

 そして、自分が何より大切に思っていた女性に、背を向けてしまったこと。

 

 

 この世界の人々の、王国の民の……ひいては彼女のためと、大義の裏に苦悩を隠して。

 

 それでも、たとえこの身を人で無くしたとしても、きっといつか──

 

「ネビュラガスの投与、肉体への浸透、完了しました」

 

 そんな時、ひどく無機質な声が聞こえる。

 

 同時に、自分を包み込んでいた浮遊感が一気に抜け、現実に引き戻される感覚。

 

 泡沫の眠りに別れを告げる時だ。彼はゆっくりと、自らその浅い夢から飛び立っていき。

 

 

 ガコン、と音を立てて何かが開けられる。

 

 それは自分を包み込んでいた物の蓋であり、開封されたことで自分と一緒に詰まっていたものが漏れ出す。

 

 自分の体に収まりきらなかった分なのか、〝箱〟の縁を伝って地面を這い回る紫色のガス。

 

 次の瞬間、ガッとその縁を太い五本の指が掴んだ。

 

「…………」

 

 体を起こしていく。

 

 全身にくまなく紫煙……()()()()()()を浸透させるため、下着一枚しか着けていない。

 

 巌のように鍛え抜かれた肉体の、至る所に残る傷跡は、彼がくぐり抜けてきた戦いの証。

 

 それでもきっと、今この瞬間の方が命を失うリスクは高かったのだろうと思うと複雑だ。

 

「……うまくいったのか」

「はい。高濃度ネビュラガス、完全に定着。あなたはまた強くなりました──メルド・ロギンス」

「……そうか」

 

 ガスマスク、というらしい器具と白衣に身を包んだ研究員の言葉に、静かに頷く。

 

 箱の縁から手を離し、ぐっと握りこぶしを作る。

 

 すると、確かにこの人体実験を受ける前より強くなっている気がした。

 

 

 ふと、あの夜自分に大逆転を見せた一人の少年を思い出す。

 

 年を比べればずっと子供の彼は、愛情一つで絶対に越えられない壁を超え、自分をのして見せた。

 

 初めてのライダーとの戦い、加えてスタークの横槍もあった。

 

 とはいえ、あの時確かにメルドは負けたのだ。

 

「……次に会った時は負けんぞ、龍太郎」

 

 大義を為すまでは、自分に笑顔は許されぬ。

 

 そう決意したはずの彼の口元には、わずかにだが確かな微笑が浮かんでいた。

 

「少しお休みください。自分で感じている以上に、実験で体力を消耗している」

「それには及ばん。すぐにこの力に慣れなくては」

「いけません。休んでください」

「……カイル」

 

 いつの間にか、研究員の声には熱がこもっていた。

 

 ガスマスクで隠されて見えないが、その瞳だけは無機質ではなく、確かにメルドを案じている。

 

「あなたは背負いすぎている。もう俺達が立ち止まれないとしても、それでも休むくらいは許されるはずだ」

「っ……」

 

 かつては騎士団の中でも魔法が得意で、そのために研究班に回された部下の思いに息が詰まった。

 

 しばらく無言で視線の応酬が続き……やがてメルドは、諦めたように息を吐くと視線を落とした。

 

「……わかった」

「着替えはあちらに用意してあります。鎧は一時的に預かっておきますので」

「お節介焼きだな」

「団長ほどじゃありません」

 

 そうか、と短く答えて、立ち上がったメルドは台の上に置かれた服を着る。

 

 

 妙に着心地の良い、黒に赤縁のスーツとロングコートを羽織り、研究室を後にする。

 

 そして扉を閉めた際、ガラスに映り込んだ自分の顔を見てポツリと呟く。

 

「……だいぶ髭が伸びたな」

 

 そろそろ剃らなければいけないか、と髭をさすりながら踵を返そうとしたところで、前から人がやってくる。

 

 その人物を見て、ここ数ヶ月で鉄面皮が板についたメルドも眉を顰める他になかった。

 

「……恵里」

「やっほー団長さん。気分はどう?」

「……お前こそどうなんだ」

「僕? あはははは、そりゃもう最悪に悪いよ」

 

 あの夜の屈辱がまだ冷めやらぬのか、その少女……中村恵里は嗤いながら目を鋭くする。

 

 その後ろには護衛のつもりか、あえて感情を封じた自分や部下と違い能面のような顔の兵士が二人いる。

 

 傀儡。そう瞬時に察したメルドは、色々な意味で無駄な置物だ、と彼らを哀れに思った。

 

「その割に、体の調子は良さそうだな」

「まあね〜。エヒト様にもらった獣としての体とスマッシュの技術、あとはフリードの神代魔法でね〜」

 

 ひらひらとユエの魔法に切り飛ばされたはずの右腕を振る恵里。

 

 女らしい細いその手は、しかし同じようにヒトではなくなったメルドには……怪物の手に見えた。

 

 その視線に恵里は目ざとく気が付き、ふふっと酷く冷たい声で嗤う。

 

「そういえば、あの女……えーとなんだっけ? セン、セン……」

「……セントレアだ」

「あーそうそう、そんな名前だったっけ。どう? 僕の力なら、わざわざ回りくどいことしなくても君のものに──」

 

 ガチャリ、と突きつけられるネビュラスチームガン。

 

 メルド自身が知覚するよりも早くスーツの中にあったそれを取り出し、恵里の眉間に突きつける。

 

 その指はもう引き金にかかっており……だと言うのに、恵里は愉しそうに嗤っているだけだ。

 

「……それ以上は言うな。俺はお前を殺すしかなくなる」

「わからないなぁ〜。エヒトの()()が達成されれば、全部滅んじゃうのに。それなら綺麗なうちに人形にしてあげた方が慈悲じゃない?」

「……頼む。この引き金を引かせないでくれ」

「…………ふぅん。相変わらず反吐が出るよ、その甘さ」

 

 意思を変えないメルドに興味を失ったか、恵里はストンと表情を落として踵を返した。

 

 それに伴いついていく傀儡二人と、一見普通の少女に見える後ろ姿を見送り、銃を下ろす。

 

「……いつから、こうなってしまったのだろうな」

 

 

 セントレアと出かけた日、スタークに目を付けられた時だろうか? 

 

 

 この世界の真実を聞き、仮面ライダーとなった時だろうか? 

 

 

 王都の襲撃にあたって恵里の本性を知った時? 

 

 

 それとも、恵里にも魔人族にも……エヒトにさえも隠した、()()()()()()()に乗った時か。

 

 

「……わからないが、随分と遠くに来てしまった」

 

 セントレアと二人、ただ楽しさだけで剣を振るっていた頃が懐かしい。

 

 出来るならば、何よりも居心地の良かったあの頃に戻りたい……そんな風にさえ思えてしまう。

 

「……何を日和っているんだ、俺は。あいつをこそ守るために戦っているんだろう」

 

 たとえ、騎士として恥ずべき裏切りをしたとしても。

 

 離れてようやく気がついた、愛しい女の悲しそうな顔が頭から離れなくても。

 

 それでもメルド・ロギンスは戦うと決めた。

 

 

 仮面ライダー、ローグとして。

 

 

「……ん?」

 

 センチメンタルな気分になっていると、不意に物音がした気がした。

 

 音のした気がする方を見ると、メルドの視界に廊下の角に消えていく毒針のようなものが映る。

 

「……呼び出しか」

 

 ネビュラスチームガンをポケットに仕舞い、メルドは歩き始めた。

 

 

 カツカツと、緩やかなカーブを描く廊下を歩く。

 

 この場所の形状は謎だ。歩いていると気がつけば上の階にいる時もあれば、出口にいる時もある。

 

 それも仕方あるまい、何せあのような()()()()()()()()の作り出した〝タワー〟なのだから。

 

 

 それでもいつかは着くだろうと前だけを見て歩いていると、突然隣の壁が光り輝く。

 

 足を止め、そちらを見ると、長方形を縦にした形に壁に亀裂が走り、赤い光が漏れていた。

 

 瞬く間にその壁が規則的に崩壊・変形をしていき、上へ登る階段が現れる。

 

「……なるほど、そっちか」

 

 迷いなく中に入り、階段を登り始めると入口が背後で閉まった。

 

 気にすることなく螺旋状の階段を登り続け、メルドはこの先にいる人物の所を目指した。

 

 

 流石に足が疲れてきたところで、ようやく到着する。

 

 

 

 だだっ広く、部屋を支える柱以外は何もない部屋。

 

 

 

 いや、それには多少の語弊があろう。

 

『やっと来たか』

 

 そこにある唯一の立方体、その上に寝転がっていた赤い怪人が体を起こす。

 

 そのままくるりと振り返ると、ダークグリーンのバイザーでメルドの方を見た。

 

『ようメルド、実験はうまくいったようだな?』

「……ああ。代償は高くついたがな」

『せいぜい気を付けろ。龍太郎も同じだが、今のハザードレベルで変身した時、致命的なダメージを受けるとそのままお前は()()()()

「わかっている」

 

 既に覚悟を決めたメルドにスタークは肩を揺らし、それから『よっ』と声を上げて立つ。

 

『今日はお前に面白いものを見せようと思ってな』

「面白いもの?」

 

 スタークは、自分の座っていた立方体に手で触れた。

 

 すると赤い線が走り、変形した立方体は四角柱の形になる。

 

 その上に置かれているのは、全部で三つの色に分かれた六面体──パンドラボックス。

 

『ここに、こいつを使う』

 

 上一枚だけが外れたパンドラボックスを前に、スタークが取り出したのはエボルトリガー。

 

 

 それをパンドラボックスの中に入れると、エボルトリガーが赤いスパークを放ち始める。

 

 やがてそれは形を成していき──新たにあえて失われていた面に黒いパネルが精製された。

 

『久しぶりだな、ブラックパネル』

「それは……」

 

 パネルを外し、手に取ったスターク。

 

 メルドが眉を潜める中で、スタークはどこからともなく取り出した真っ黒なボトルをパネルに挿し込む。

 

 

 すると、漆黒のボトルがにわかに光り始め……黒い靄が弾けると、中央の意匠が黄金に輝く蛇に姿を変える。

 

 息を呑むメルド。そんな彼に構わずに、スタークは次々とボトルを〝ブラックパネル〟に挿入した。

 

 蝙蝠、ハサミ、キャッスル、クワガタ、フクロウ……次々とボトルが姿を変え、ロストボトルになっていく。

 

『そして、ついさっき人体実験で完成したばかりのこいつを……』

 

 最後に取り出したのは、CDの意匠があるボトル。

 

 それを挿入して変化させ、計七本のボトルが〝ブラックパネル〟の上に収まった。

 

『あと少しだ。あと少しで()()()への道が開ける』

「……奴に聞かれるぞ」

『この〝パンドラタワー〟は俺の城だ。たとえ神だろうがネズミだろうが、この塔の内外のことは俺の自由に出来る』

「そうか……だが、準備はできたのか?」

『幸い、()()()()のおかげで座標は特定できた。あとは〝力〟さえ手に入れば、いよいよ決戦だ』

 

 ぐっ、と拳を握るメルド。

 

 ついに来たか、という歓喜の思いと、遂に来てしまったか、という悲哀。

 

 相反する二つの感情が入り混じる中でも、たった一つだけ変わらない思いがある。

 

 

(──セントレアを、守る)

 

 

 たとえ後の世に裏切りの騎士として悪名を刻むとしても、それでも悔いはない。

 

 この時のため、愛するものを守るために大義を掲げ、メルドは力を蓄えてきたのだ。

 

「……俺は何をすればいい。そのために呼び出したんだろう?」

『話が早いな。ああそうだ、見ろこれ』

 

 ボトルの並んだブラックパネルを見せつけるスターク。

 

『まだ三つ空いてるだろ? つまりあと三本必要なんだよ』

「……つまり、俺に龍太郎のようにその苗になれと言いたいわけだな」

『さっきも言ったが、お前は次に負けたら終わりだ。引き際を間違えるな』

「……当然だ」

『いい返事だな』

 

 鉄面皮に鋼の意思を露わにしたメルドに歩み寄り、スタークは容赦なく新たなボトルを握った手を胸に突き入れる。

 

 ぐっ、とメルドは苦悶の声を堪え、スタークがしばらく手を蠢かすのをやめるまで待った。

 

『よし、これでいい。あとはお前に次の任務を言い渡す』

「……なんなりと」

『お前は──』

 

 スタークの命令に、メルドは頷き。

 

 

 

 

 

 そしてまた、大義を背負い戦場へと向かった。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回からシュネー。

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