星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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ども、作者です。

ハジメ「俺だ。ついに9章が始まったな」

エボルト「もう直ぐ終わりだと思うと、寂しいねぇ」

シュウジ「最後まで祭りを盛り上げようぜ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる雪原編!」」」


【第9章】雪原
雪見てると雪見だいふく食べたくならない?


 シュウジ SIDE

 

 

 

 雲海の上を走る、一つの影。

 

 

 

 それは黒くて、太く、とても大きく……この言い方だとイヤらしくなっちゃうね。

 

 とにかく馬鹿デカいワニのような体格の巨大生物……フィーラーが翼を広げ、飛んでいた。

 

 

 向かう先は【シュネー雪原】。

 

 曇天と吹雪に覆われた極寒の地にして、【ライセン大峡谷】にて分かたれた南大陸の東。

 

 大峡谷と魔人族の国ガーランドに挟まれた、そこだけが常に悪天候に包まれた大地の奥にある峡谷。

 

 更にその先に存在する【氷雪洞窟】。

 

 

 最後の大迷宮たるそこが、俺達の次の……そして恐らくは、最後の旅の目的地になる。

 

 当初はハジメのフェルニルで行こうとしてたが、魔力を温存してほしいのでフィーラーに任せ。

 

 

 そしてハジメ達がコテージの中でぬくぬくしてる中、俺だけは外に出て一人で座り込んでいた。

 

「…………」

 

 俺の前に置かれたのは、パンドラボックス。

 

 俺の記憶から60のエレメントを集めて解放したそれは、上のパネルが一枚ない。

 

 パンドラボックスに穴が開くほど見つめながら、俺は逡巡していた。

 

「……よし」

 

 数分。いや、これまで悩んでいた時間を合計すれば一時間も使ったか。

 

 とにかく、しばらくしてやっと覚悟を決めた俺は、異空間に手を入れて物を取り出す。

 

 

 持ち出したのは、赤い災厄のトリガー。

 

 それをしっかりと握りしめ、そしてパンドラボックスの中に自分の左手ごと突っ込んだ。

 

 その瞬間、俺の手が赤く輝いてハザードトリガーに伝播し、パンドラボックスの中でスパークが起こる。

 

「……!」

 

 魂レベルで融合したエボルトの遺伝子がしっかりと反応したことに、俺は目を鋭くした。

 

 手を引き、ボックス内で浮遊するハザードトリガーが発する赤黒いスパークをじっと見つめる。

 

 

 だんだんと数を増やし、光を強くしていくスパークは、やがて形を取りはじめた。

 

 そしてパンドラボックスの上部に集まり──新たに、白いパネルが六枚目として出現した。

 

「……完成だ」

『こいつも懐かしいねぇ』

「聞きたかったんだけど、あの時体内からパネル切り離されてどんな感覚だったん?」

『んー、ケツの穴に腕突っ込まれて腸引き抜かれた感じ』

「いや思ったよりグロテスクな返答!」

『え、クローゼット開いて中で引っかかった服を引っ張り出すって答えた方が良かった?』

「最初からそっちで答えてほしいかったなぁ」

『だが断る!』

「ほんと便利だよなそのセリフ」

 

 ロクな答えをしやがらないエボルトに笑いながら、パネルをボックスから取って空にかざす。

 

 雲海の上であるために、日光を阻むものはなく、純白のパネルは隙間から陽光を差し込ませる。

 

「……これを作った以上、後戻りはできないな」

『それがお前の選択だ。怖気付いたか?』

「まさか。()()()()()()()()()()()に、もう心は決まったさ」

 

 そう、だからこそ俺はハジメ達にああ言ったんだ。

 

 残り少ないタイムリミット、自ら決めたその結末までの短い時間を、精一杯生きたいと。

 

 

 臆病者の俺は、カインのように〝必要な犠牲〟を背負うことはできない。

 

 その重圧は、俺には重すぎるから。

 

「逃げてるだけだとしても、それでも……もう、決めたんだ」

『その愚かな選択の仕方、これだから人間は最高だ』

「おい元ヤン時代が出てるぞ」

『いや表現の仕方ァ!』

 

 いやそんなようなもんだろ。うっすら残ってる桐生戦兎の記憶にあるお前と比べると丸すぎだから。

 

『せめて現役時代と言って』

 

 まさか、肩を壊して引退だなんて……

 

『そうそう、もう二度とボールを投げられないと知った時は……野球選手じゃねえよ!』

 

 よっノリツッコミ宇宙一! 

 

『なんて無駄な称号だ』

 

 光栄に思うがいい。

 

 

「ん?」

 

 ふと気配を感じ、咄嗟に手元に異空間を開いてホワイトパネルを放り込む。

 

 それから後ろを見ると、実はずっとそこに開いてあったブラックホール型のゲートから人が出てきた。

 

 

 顔を出したのは……坂みん。

 

 ほっとする。良かったー、一番目ざとくない鈍いやつで。

 

『地味にディスってて草』

 

 エボルアサシンとは利用目的が比べ物にならないからな。下手したらその場で破壊される。

 

「よう坂みん、特訓はもういいのか?」

「うおっ、いたのか北野。ああ、もう十分だ。ドライバーとツインブレイカーの改良サンキューな」

「なんのなんの」

 

 ハジメが雫の楔丸や自分の装備を強化したように、俺も坂みんのドライバーなどに手をつけた。

 

 神代魔法はカインの記憶にもない、非常に強力な魔法だ。特に昇華魔法は便利さが凄まじい。

 

 ちょちょいと調整しただけだが、以前のグリスよりずっと動きやすくなっているだろう。

 

「そんで、どしたよ? まだ着くまでは時間があるぜ?」

「おお、そうだった」

 

 坂みんはコテージに戻ることなく、俺の前に来るとどっかりと座り込む。

 

 そうすると、ジッと真剣な目で見てきた。

 

『ヤダ告白?』

 

 その場合はお前に流す。

 

『いらねえー』

 

 超興味なさそうじゃん。

 

「実は北野、お前に折り入って頼みがあるんだ」

「何? 恋愛のテクでも教えてほしいの?」

「……実はその通りだ」

 

 ほほう、と自分の顔が意地悪い表情になるのを実感した。

 

 こいつはまた、実にいじりがいのありそうな話題を振り込んできたじゃあないか。

 

 

 坂みんの表情は真剣そのもの、そりゃもう心の底から悩んでるんだろう。

 

 相手は言わずもがな谷ちゃんに違いない。

 

 ここはひとつ、悩める子羊にいたずr……助言を授けてやろうではないか。

 

『性根の悪さが隠し切れてないぞー』

 

 なんのことかわっからないなぁ(棒)

 

「ほら、この前の大迷宮の試練でよ。感情がひっくり返っちまうのがあったろ?」

「あー……うん、あったね」

 

 やっべ。普通に感情がある状態で思い出すと、アレの大群のイメージで気絶しそう。

 

 それは表にはおくびにも出さず、いかにもという顔で坂みんに頷いてみせる。

 

「でよ、その時に心にもないことを鈴に言っちまってよ……ここ数日、ずっと気まずくて」

「互いにごめんなさいしてたよね?」

「そりゃ、ひとしきり反省した後すぐにな。だけどほら、わかんだろ?」

 

 元脳筋のためか、ふわっとした表現で感情を伝えようとしてくる。

 

 その程度は察することができる。

 

 

 いくら言葉で許しを乞うたとしても、本人の葛藤はまた別物という話だ。

 

 相手は表面上は許してくれたかもしれない。だがもしもまだ怒っていたら……そう不安になる。

 

 

 特に今回は、相手の谷ちゃんも同じ状況に置かれているというのがまた気まずさを助長する。

 

 二人ともこれがまともな初恋なのだろう、だからこそ傷つけたくなくて悩んでるのだ。

 

 

 

 ああ、なんて麗しく……実に面白いことか。

 

 

 

 恋愛漫画のようなピュァッピュアの恋愛、ネタキャラとしていじらずになんとする。

 

 こちとらちょっとダークな気分になってたんだ、多少からかっても許されるよな(暴論)

 

「よしわかった。坂みん、お前に秘訣を授けてしんぜよう」

「ほ、本当か! 頼む! 鈴と仲違いしたままは嫌なんだ!」

 

 ガッシリと俺の肩を掴み、声を荒げる坂みん。

 

 うーんこれはからかい甲斐がありすぎて愉悦、さてどう調理してやろうか。

 

『悪魔だこいつ』

 

 ドーモ=クズデス。

 

「いいか坂みん、これは成功したら一発で気まずさはなくなるが、失敗したらもっと仲がこじれる危険もある一手だ」

 

 ゴツい坂みんの両手を外し、真剣な表情を装い、諭すような口調で言い聞かせる。

 

 心底悩んでいる坂みんは、もう笑い転げそうなくらい大真面目な顔で耳を傾けてきた。

 

「それでもやるか?」

「当然だ。心火を燃やしてやり遂げてやる」

「よし、じゃあ実演するからしっかり見とけよ」

 

 エボルトー。

 

『はいはい』

 

 エボルトを分離させ、雫に擬態させると正面から向き合う。

 

 

 そうすると両肩に手を置き、キリッとした顔でその目を見つめた。

 

「しゅ、シュー……? そんなに見つめられると、恥ずかしいわ」

「ぶふぉっ」

 

 無駄に完璧なモノマネに坂みんが吹き出した。

 

 俺も喉元まで笑いがこみ上げてるが、なんとか噛み殺して演技を続ける。

 

「雫。俺はお前のことを心から大切に思ってる。だからどんなことがあっても、俺の気持ちを信じてくれ」

「……ふふ、好き」

「くっ、ふふっ、ふはっ……!」

 

 坂みんが悶絶していた。

 

 つられて口の中までせり上がってきた笑いを全力で飲み込み、エボルトと同時に振り向く。

 

「ってわけだ。こいつをやれば間違いなく関係修復できる(断言)」

「ああそうだ、間違いない(大マジボイス)」

「わ、わかった。お前らがそこまで言うなら間違いないだろうから、やってみるぜ」

 

 まだ笑いが収まらない表情のまま、坂みんは頷く。

 

 谷ちゃんは数十分前に帰ってきている為、そのままコテージの方へと向かっていった。

 

 

「……くっ、ひひひひ」

「ぶっ、ふははははは」

 

 十分に距離が離れたところで、堪え切れなくなって笑った。

 

「おま、無駄にクオリティ高くすんじゃねえよ……!」

「十年間も演技してたんだ、この程度造作もない」

「おいやめろ、雫の姿のままその声で喋るな。脇腹が痛い……!」

「あら、確かにおかしいわね」

 

 ……あっ。

 

 

 二人して横を見ると、そこには坂みん同様に異空間の訓練場から出てきた雫がいた。

 

 エボルトの野郎は一瞬の隙に同化しやがり、俺だけが残される。

 

「どっから見てた?」

「ちょっと前から。また龍太郎がビンタされるまで見えたわ」

 

 会話しながら異空間からテーブルと椅子を取り出し、ついでにタオルと紅茶を差し出す。

 

「ありがと」

 

 座った雫は汗を拭い、紅茶を一口啜った。

 

「ふぅ……」

「坂みんの件怒ってる?」

「怒ってないけど、あまりからかわないであげてちょうだい。鈴の方も一杯一杯だから」

「ああ、中村のことね」

 

 氷雪洞窟の大迷宮もクリアして迎えに行く、か。

 

 あの時の会話を思い返していると、俺の顔を見た雫はなんとも複雑そうな笑い方をした。

 

「わかってる、貴方の言いたいことは……彼女、駄目なんでしょう?」

「……こんな記憶を持ってると、嫌な目敏さも身についちまってね」

 

 ほんと、俺にカインの記憶が目覚めなければまだ希望を持たせてやれたものを。

 

 谷ちゃんや、あのアホタレ勇者達の目指すところの果てはだいたい予測できてしまう。

 

 雫も今、思うところあるって顔してる。あっちではすごい猫被ってたからな、中村。

 

「あっちにいた頃から、貴方と彼女が仲が悪かった理由がわかっちゃったわ。いつからなの?」

「最初からだ。感性が育つ、幼い時に壊れちまったんだろうな」

 

 

 

 何があったのかは知らないし、知ろうとも思わなかった。

 

 

 

 なんなら馬鹿勇者と一緒に、くだらん自己主張押し付けあってろとすら思ってた。

 

「前に、先生から清水くんの時のことを聞いたの。どうにかできない?」

「お前の女神みたいな懐の深さには惚れ直すが、俺にできるのはああいう類の狂人の首を切ることだけだ。すまないが、その期待にだけは答えられない」

「……そう。ごめんなさい、変なことを頼んだわ」

「気にすることないさ」

 

 落ち込む雫にひらひらと手を振り、笑う。

 

 

 そう。いいように操られ、調子に乗ってやらかした清水とは訳が違う。

 

 あれは根っからの狂人。

 

 そこで過ごし、育ってきた環境によって完全に歪んでしまった類の悪人だ。

 

 

 だからこそ組織を作り、その一部に組み込むことでその行動を監視、制限してきた。

 

 しかし、ここまで〝育って〟しまうと、もう刈り取るしかない。

 

 そのことに今更心苦しさを感じるのは、人間の傲慢だな。

 

「それでもあの二人を止めないのは、また嫌がらせ?」

「うん、バカ之河にはそう。けどダチの谷ちゃんには、知っておいてほしいだけだ」

「知る?」

「どんなにやっても救えない、手遅れになっちまった人間がいる、ってことをさ」

 

 ああやって坂みんをけしかけはしたものの、谷ちゃんのことは嫌いではない。

 

 普通に友達くらいには思ってるからこそ、そして彼女にとって中村恵里が大事な相手だからこそ。

 

 

 学んでほしい。この世界にはどうすることもできない悪意があることを。

 

 その悪意に向き合う覚悟が必要なことを。

 

 この世界に来た時、戦うことを選んでしまった意味だということを。

 

「俺は身内には甘いんだ。時にはスパルタにいかないとな」

「辛い役回りね」

「そのうち、こうなるのを知ってたくせにって罵られる覚悟をしとくよ」

 

 ま、多分全然怖くないけど。

 

 

 

 

 

「み"ゃ──────────っ!」

 

 

 

 

 

 乾いた喉を紅茶で潤していると、猫の断末魔みたいな悲鳴が聞こえた。

 

 スパーン!! とここからでも聞こえるくらいの音がコテージから聞こえてきて、雫と顔を見合わせる。

 

「ん、通知だ」

 

 図ったようにポケットが震え、携帯を出して画面を見る。

 

 

『なんてもん見せてくれてんだ(笑)』

 

 

 そんなハジメの一言と共に添えられているのは、一枚の写真。

 

 顔に紅葉を作った坂みんが真っ赤な顔をした谷ちゃんに乗られて、ユエ達が苦笑いしてる。

 

 

『坂上から、〝お前、知ってたくせに騙したな〟だとよ』

 

 

 次のメッセージに、携帯を横から覗いていた雫が小さく吹き出す。

 

「早速言われたわね」

「だな」

 

 

 

 

 

 そんな風に、空の旅は進んだ。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。



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