ハジメ「現実もこっちのいる場所も寒々しいな。引き続き迷宮攻略中だ」
雫「前回お鍋食べてたわよね」
エボルト「寒いと言ったら温まるものだからな。さて、今回からまた攻略再開だ。それじゃあせーの、」
四人「「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」」
三人称 SIDE
「だ、大丈夫かな?」
「香織そわそわしすぎ。雫もいるんだし、心配ないでしょ」
ハラハラとしている香織に、呆れたように美空が言う。
光輝達が四つめの宝珠を回収に向かってから早くも十分以上が経過している。
ユエ達はものの数分であっさり鍵を回収してきたため、それが香織の気をさらに揉ませていた。
そんな中、ハジメはクロスビットに付けた感応石を通して魔眼石に〝遠見〟を発動している。
技能によって戦況を逐一把握しているハジメは、特にこれといって問題があるような表情ではなかった。
「終わったぞ。少々苦戦したみたいだが、全員昇華魔法をうまく使って巻き返した。目立った怪我もない」
数分後、ハジメが告げる言葉にホッと安堵の息を吐く香織。
相変わらず心優しいことにふっと微笑みながら、ハジメはゲートキーを使ってゲートを開く。
一ミリも厚みのない境界の向こう側では、クロスビットと一緒に龍太郎達が満足げにしていた。
「なんかスッキリしてますね」
「多分、フラストレーションが解消できたからじゃろうな」
「ここ、代わり映えしないもんね」
シアやティオ、美空が微笑ましそうに見る中で、その声で気がついたのか雫が振り返る。
こちらを見て手を振る雫のもう一方の手には、例の宝珠が握られていた。
何故か壊れた台座のすぐそばには、番人が無残な姿で転がっている。
ハジメの言葉通り攻略できたようだ。
「南雲くん、終わったわよー」
「ああ、確認できてる。戻ってこい」
ゲートを通り、雫達がこちらへと戻ってくる。
「おかえり雫。いい動きだったな」
「あら、あなたも見てたのね。そう言ってもらえると自信がつくわ」
「ま、俺がわざわざ言うまでもなく雫はいつでも最高だけどな」
「ふふ、言葉にしてもらうのとしてもらわないのでは違うのよ」
帰ってきて、早速イチャつく熟年夫婦。いつものことなので誰もツッコまない。
そして立て続けにゲートを潜ってきた鈴に、龍太郎が少し屈んで通った……光輝を肩に担いで。
「おろ、どったのその粗大ゴミ」
「いや、粗大ゴミじゃねえよ。ちょっと張り切り過ぎちまったみたいでな」
「へー」
雫以外全くカマキリ達に見させていなかったシュウジは、興味ゼロのへーを発動した。
伸びている光輝は実に情けなさそうな顔をしており、ゆっくりと龍太郎が下すと治癒師コンビが近寄る。
「うわ、すごい体に負担が残ってる……」
「これ、どうしたの? ハジメくんは見てたんだよね?」
「あー、またあの力を使って出力を誤ったらしいな。門番ごと台座の一部をえぐり取って、そのままぶっ倒れた」
「バカなのこいつ?」
なんの捻りもない罵倒がシュウジから発せられた。
最近余計に遠慮がなく、いやそれすら面倒なためストレートな罵りに、光輝はバツが悪そうにする。
「さっきので少し加減がわかったから、いけると思ったんだ……」
「見切り発車はバカの常套手段だクソ勇者。お前俺への宣戦布告成し遂げる気あんの?」
「あるさ。だからこそ……」
「あーはいはいお前の熱血理論は聞き飽きた。さっさと復活して、せいぜい肉壁になってくれ」
悪意しかない言葉を吐き、雫から受け取った鍵を手に扉に歩いていくシュウジ。
なんとも言えない表情を光輝がしていると、ポンと雫が肩に手を置いた。
「あれはシューなりの発破だと思うから、気にしないでちょうだい」
「ああ。そもそも、最初から怒ってすらいないよ」
「そう。成長したわね、光輝」
「そうだといいんだけどな……」
落ち込み、考え込む光輝。
それだけのことだが、数ヶ月前までとはまるで違う姿勢に、雫は龍太郎や香織と顔を見合わせ、笑った。
「ひらけゴマ、っと」
光輝の治療もほぼ終わったところで、シュウジが鍵をはめ込む。
直後、氷の壁に掘られた茨が光り輝き、扉全体に巡っていく。
最後に四つの宝珠が一際強く輝くと、荘厳な扉がひとりでに開いていった。
重厚な音を立てて開帳された扉の奥には、一見これまでと変わりのなさそうな通路。
「さて、じゃあ行くか。ほれ勇者(⑨)、置いてくぞ」
「わ、わかった」
ふん、と鼻を鳴らしたシュウジが最初に通路へ入っていき、続けてハジメ達も先に進んだ。
通路の中の壁は、より反射率の高いものとなっていた。
最初から普通の氷でないことは明らかであるが、本当に鏡のように鮮明に姿を映し込む。
「こう、無数にいる自分を見るのは落ち着かねえなぁ」
「うん、酔っちゃいそう……」
左右両面、床に至るまで映し出される自分の姿に、龍太郎や鈴が気味悪そうにする。
ユエ達も、奥の見通せない不思議な氷壁を興味深そうに観察しながら歩き、シュウジが振り返り笑う。
「触ったら吸い込まれて、そのまま飾りになるかもよ?」
「ええっ?」
氷壁に触れようとしていたシアが、慌てて手を引っ込める。
シュウジがケラケラと笑い、揶揄われたと気がついたシアは抗議しようとして……その手をハジメが握った。
「そんなこと俺がさせねえよ」
「ハジメさん……」
「ん、もしハジメも一緒に吸い込まれたら、私が逃がさない」
「お前らどこでもイチャつくな……」
桃色空間を生成し始めた三人に呆れたように龍太郎がぼやく。
しかし、キュッと服の裾を握られる感覚に隣りを見下ろした。
「鈴?」
「……め、迷路の中ではぐれたらいけないから」
なんとなく不安になってしまったとは言えない鈴は、ぽしょぽしょと言い訳がましく呟く。
(何こいつクソ可愛いなおい)
もういっそのことここで告白しちゃおっかなー、とか思いながらも龍太郎は思いとどまった。
そんなこんなで、特にトラップや魔物の襲撃もなく、羅針盤を頼りに進んだ。
時折シュウジが仕掛ける悪戯じみた言葉で退屈さが紛らわされていると、ふと美空が足を止めた。
「どうした美空?」
「……何か、聞こえた?」
「聞こえた?」
「なんていうか、こう囁くような感じで……」
「囁く、か……他のやつは何か聞いたか?」
目線を鋭く、ハジメが各々を見ながら問う。
ほとんどが首を横に振り、特に聴力の良い二人もウサミミを動かしながら眉を下げた。
ならばと、最後にして迷宮に関して最大の情報源であるシュウジを見る。
「シュウジ、既に何か始まってるのか?」
「ああ。気をつけろ、新たな試練は課されている」
シュウジの言葉に、皆が表情を引き締めた。
ふざけもするし虚言も吐くが、こういった時の言葉は何より信頼できるのだ。
「シア、ウサギ。頼むぞ」
「ん」
「はいです」
警戒をにじませた顔で、索敵をウサギコンビを主にして行進を再開した。
ピコピコと二対のウサミミがせわしなく動く中、羅針盤の示す順路を分岐点なども迷いなく進む。
いくつかの分岐点を進んだところで、また美空が止まって周りを素早く見回した。
「やっぱり何か聞こえる! さっきより強くなってる!」
「なるほど、迷路を進めば進むほど強くなっていくタイプか……美空、なんて言ってるんだ?」
シュウジが情報をある程度隠す以上、ハジメは自ら解析をしようと試みる。
不安げな表情のままに、美空は自分の中に先ほどから響くものをハジメに告げた。
「〝ほんとはわかってるんでしょ? 〟って……〝今のままじゃ何もできない〟とかも言ってる」
「不安を煽る言葉、か……シュウジ」
「そうさな、精神系の迷宮はあまり答えを言うと攻略が認められないから……これは探して解決するものじゃない、とだけ言っとくぜ」
「つまり、進むしかないってことか。美空、耐えられるか?」
「うん……でも、どんどん声が大きくなってる。言葉も増えてきて……」
「どうしても辛いなら、俺の手を握れ。絶対離さない」
「美空、私も不安を和らげる回復魔法を最近シューくんに教わったから」
「ありがと、二人とも」
既にかなりのものなのか、少々疲れた表情の美空の手を香織が握り、背中をさする。
ハジメが警戒するように、という旨を視線で全員に伝え、皆頷いてさらに警戒を引き上げた。
三度、足を動かし始めた一行だがその心には既に退屈などという感情はなかった。
周囲の壁に映り込む自分の姿すらも不気味で、なるべく見ないように前だけを見ている。
──あはは、また頼ったね
「っ……!」
「美空、またか?」
「うん」
するりと頭に直接入ってくるような声に辟易としながら、美空は首肯した。
既にこれが試練とわかっている以上、美空は数分前よりもしっかりとした表情でいる。
「こりゃ、そのうち俺達全員にも来るな……時間差なのは徐々に空気を悪くするためか?」
「ま、なるたけ無視してな。俺なんかやかましい宇宙人に四六時中居座られてるんだぜ?」
『おうコラ』
シュウジのジョークに、少しだけ美空が笑った。
(……大丈夫。ハジメもシュウジも、香織やみんなだっているんだから)
気合を込め直し、自分は大丈夫だ、と思い直すことにする。
大樹で散々こういう類の試練は受けたのだ、それに自分は一人で挑んでいるのではない。
この世界でも、地球でも誰より頼りにできる人間が揃っているのだ。
──そう。みんな頼もしいのに、一人だけ弱い
だから、きっと大丈夫。
そう思うとした瞬間、狙いすましたかのような囁きに美空は顔を強張らせた。
その言葉は、その声は、美空の心の奥底の一番触れて欲しくない場所を逆撫でする如きもの。
(それに、この声、どこか聞き覚えが……)
募る不安に、一番近くにいた香織を見て──自分と似た表情をした彼女に驚いた。
「……ねえ香織、あんたもしかして」
「うん、聞こえちゃった……〝こんなこと続くわけがない〟、って。女の人の声だった」
「うひゃっ!」
「「っ!?」」
深刻な表情を見合わせていた二人は、後ろから聞こえてきた声に肩を跳ねさせた。
同時に振り向くと、自分の耳を両手でふさいだ鈴が目を見開いている。
おまけに、隣の龍太郎までもが苦虫を噛み潰したような顔をしているではないか。
「き、聞こえた……」
「ああ、俺もだ……〝本当にやれると思ってるのか〟、だってよ」
「鈴は、〝気がついていたよね? 〟って……」
いよいよ試練が本格的に始まってきた。
そのことを悟り、しかしシュウジのヒント的に周囲を探しても無意味である以上、もどかしく感じる。
ただ、少ない情報と親友からの助言によって、ハジメは漠然と頭の中で焦点を結び始めていた。
「抽象的な内容、人によって違う言葉、そして異なる声……か」
「うん、それに聞き覚えがある気がするの」
「なるほど……」
美空からの新情報を考察の項目に加え、そこでふとハジメはある人物を見る。
このような試練に最も過剰な反応を示しそうな人物。その人物が一切何も言っていないのだ。
ハジメの中で、というかこの場の全員の中でその認識は共通していると言っても過言ではない。
「天之河。お前は何も聞こえないのか? こういうの過敏なリアクションしそうだろ」
「え?」
ハジメの割と酷い指摘に、その人物……光輝は軽く目を見開いた。
それから何かを確かめるように虚空をぼんやりと見つめ……数秒後、ハッとする。
「ああ、これのことか! ここ最近
「「「「え”っ」」」」
光輝のズレまくった反応に雫、香織、龍太郎、鈴の四人がドン引きした。
ハジメ達も声こそ上げなかったものの、いくらなんでもSAN値チェックが必要な内容に引き攣った顔をする。
無理もあるまい。
カワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウ
光輝は〝それ〟を例の幻覚と共に受け入れた時から常に、あの声に苛まれているのだから。
既にそういう類のものに慣れてしまい、気にしてすらいなかったのでその囁きに気がつかなかった。
「こ、光輝、お前……」
「なんというか、妙な耐性がついちゃったわね……」
「大丈夫? 天之河くんまだ正気?」
「これ、回復魔法で治るのかな……」
「い、いや、日常化すると大したものじゃないんだぞ?」
「「「「そんなもの普通は日常化しない!」」」」
身を乗り出しての四連続ツッコミに、光輝はアタフタとする。
それでも全然声に関して気にしていないあたり、この男なかなかシュウジ側に寄ってきている。
「なんだあいつ、前とは別の方向にイカれてたのか?」
「いや、あれは悟りの境地じゃないですかねぇ」
「なんかあたし、深刻な顔してたのが悔しいんだけど……」
「勇者も随分とおかしな方向にいっておるの」
「ん。どっちにしろ、イロモノになってきた」
「これも、シュウジのせい?」
「おいおい、そりゃ心外だぜウサギ。ありゃ奴が自分で選んだ道だ」
無罪を主張するシュウジに、ハジメ達の本当かよという視線が突き刺さるのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
あれ、これ光輝だよね?()