エボルト「よっ。前回からこの迷路の真骨頂が発揮されはじめたな」
雫「気持ち悪いわね、この声…」
シュウジ「そういう試練だから仕方がない。まあエボルトのコーヒー飲むよりはマシだろ」
エボルト「おうコラ。さて、今回は続き…より深刻化するぞ。それじゃあせーの、」
三人「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」
三人称 SIDE
結局光輝のズレた回答によって空気が多少軽くなり、また行動を開始することになった。
ハジメが羅針盤から感じる感覚では、直線にしてあと三キロで迷路を踏破できる。
しかしながら、断続的に聞こえてくる声はその頻度を刻一刻と増していった。
──また裏切られる
ユエには、かつて信じていた叔父や家臣らの裏切りを思い起こさせる言葉が。
──自分のせいで、また失いますよ?
シアは、かつて無力だった自分のせいで死んでいった家族の顔を思い出し。
──どうせ、最後まで一緒にはいられない
ウサギには、まだ誰にも話していない秘密を煽る。
──受け入れられることなど、ありはせん
かつて、エヒトの真実にたどり着いたが故に滅ぼされた里、そして自分を見る無数の蔑みの目をティオが想起してしまう。
──あなたの剣では、彼の宿業を断ち切れはしない
雫は、その言葉にグッと楔丸の柄を握りしめ。
──人殺しが普通の生活なんてできると思ってるのか? 化け物に居場所があるわけないだろう?
「あ、そうか。これ、自分の声だわ」
そしてハジメが、ポツリとそう言った。
多かれ少なかれ、心を摩耗させていた面々は、その言葉にハッと顔を上げる。
「ハジメ、どういうこと?」
「ほら、美空は知ってるだろ? 俺が親父のゲーム会社の臨時バイトみたいなのにしょっちゅう駆り出されてたこと」
「ああ、翌日よく死んでたよね」
思い起こされるは、ある種このような大迷宮よりも地獄であった地球での日々。
父はゲーム会社の経営者、母は売れっ子少女漫画家。
生粋のサブカルチャー家庭に生まれたハジメは、なるべくして様々な技能を身につけた。
その腕を生かし、よく修羅場に突入した会社の手伝いなどにも駆り出されていたのだ。
「で、その時ボイステストで録音した自分の声を聞く機会が何度もあってな。微妙に違うから気付きにくいけど、こんなに何度も聞けば流石にわかるさ」
「ああ、なるほど……」
「確かにこれ、電話してる時に時々向こう側から聞こえる自分の声と同じだ……」
美空の類似的な表現に、ああと納得する残りの面子。
確かに機会を通すと、普段聴いている自分の声より低かったり高かったりする。
この囁き声は、それと全く一緒なのだ。
「シュウジ、答え合わせはしていいか?」
「モチのロンさ」
「予想するに、これは心の奥底にある不安、葛藤、恐怖……そう言ったものを掻き立てる試練だな。そうやって散々心を乱した上で、この先にえげつないレベルでそれと対面する試練が待っている」
「ブラボー! 正解だよハジメ」
拍手をするシュウジ。
果たしてこの試練の概要が明らかとなったが、全員が後に続くものがあると知ってげんなりとした。
しかし、それでこそ最後の大迷宮だろう。そう無理やり納得して、ケロッとしている二人に雫が問う。
「でも、南雲くんもシューも全然気にしてないっぽいわね?」
「あー、化け物が日常に戻れるわけないとかかんとか言ってるが、ぶっちゃけそれがなんだって話だからな」
「その口ぶりだと、気にしていることは認めるけど、あてがあるって顔ね?」
鋭く切り込む雫に少し驚き、ハジメは実に可笑しそうに笑った。
「ハハッ、ほんとすげえな八重樫。そうさ、帰ってみないとわからないことを気にしてもしょうがないし、もしそうなら無理矢理道を切り開く」
「南雲くんらしいわね」
(なるほど……優先順位と目的をはっきり決めているから南雲はブレないんだな。あれが強さの秘訣なのかもしれない……)
ハジメの泰然とした巨木のような揺るぎなさに、雫は苦笑するほかなかった。
また、同じようにそれを聞いて考え込んでいる光輝がいたが、正直ハジメにも今の光輝は予測不能なので放っておく。
「ま、そういうことだ。それでもダメだったら……」
「ダメだったら」
「こいつを頼る。俺ができないことなら、だいたいこいつがなんとかしてくれるからな」
「お、嬉しいねぇ」
「ああ、確かにそれなら確実よね」
ビシッと親指で刺したのは、案の定意味不明なレベルでハイスペックなシュウジである。
いざとなれば他力本願する気満々の姿勢だが、それは確固たる信頼があってこそ。
心から信じるシュウジであるから、自分のこれからを預けられるのだ。
二人の信頼の厚さを知っているため、雫達も呆れよりも「まあそうなるわな」という納得顔になる。
「それで、貴方は?」
「俺にゃカインから受け継いだ精神的拷問への耐性があるからな。どうってことナッシング」
「そういえばそうだったわね」
「おうよ」
安心する雫に、シュウジはニヒルに笑った。
──お前は、何者でもない
脳裏に響く、その言葉を無視して。
「ユエさん達も、比較的平気そうね」
「ええまあ、終わったことを悔いても仕方がありませんし」
「……私も、かな」
「そうじゃのお。さほど気にする内容でもあるまい」
「……裏切る、って繰り返してる。でもそれはありえないし、何より……私が逃さない」
チロリ、と舌を出して妖艶に微笑むユエに、ハジメとシュウジ以外の男性陣が総毛立つ。
とは言えその言葉通りであり、ユエは非常に気難しく、また過去の裏切りで信頼の敷居は随分と高い。
それが家族と言わしめるまで信じているのだ、もはや逃そうなどとは思うまい。
「ふふ、吸血鬼からは逃れられない」
「ま、逃げるつもりもハナからないしな。それより世界が滅ぶ確率の方が高いまであるぞ」
「ハジメ……」
「ユエ……」
「はいはいお二人とも、イチャイチャするのはまた後で休憩した時にしてください!」
「休憩する時にはするんだね……」
もはや見境なしの桃色結界生成に、鈴がげんなりとした顔で突っ込んだ。
なんだかんだと全員メンタルが強いことがわかり、その後もそれなりの速度を維持しながら迷路を進んでいけた。
しかし、いくらタフであっても直接精神に攻撃を仕掛けられるのは負担で、ちょうどあった小部屋で休むことにした。
「ふう。後一息、といったところね」
「そうさなぁ。あと半分ってとこか?」
座禅を組み、瞑目しながら言う雫。
長年続けてきた明鏡止水を行うことで乱された心を正し、律することが目的だ。
そんな恋人をカメラで撮りながら(許可はとっている)、シュウジは答えた。
彼としてはどんな姿だろうと癒しになるので、雫を見ているだけで眼福だった。
対する雫もその反応に嬉しさを覚え、それでいくらか囁きを無視できた。
「まったくもう! 二人とも少し近すぎです!」
「ん。ついハジメが可愛くて」
「ついユエが愛おしくてな」
なお、道中互いへの愛情ゲージが振り切れている二人はイチャついて、シアに説教をされていた。
ぴったりと寄り添って正座しているあたりまったく反省が見られず、シアはウサミミをピン! と立たせる。
「もぉ! 迷宮内だからって言ってるのに! そ、それに私も嫉妬しますよ!」
「……シア、可愛い」
「ああ、抱きしめたいな」
「うっ、そ、そんなこと言っても流されませんからね!」
なお、そう言った2分後に陥落されたのは言うまでもない。
既に恋人認定に入った以上、シアもまた桃色時空の住人なのである。リア充万歳。
「…………」
きゃっきゃとはしゃぐ三人を、ホンの少し離れた場所にいた美空は無言で見つめる。
いつもならばいの一番に間に割り込んで熾烈な正妻争いを始めそうだが、今は動こうとはしない。
「行かなくていいのかの?」
魂魄魔法で全員の精神の安定化を図っていたティオが、隣に座って問う。
「うん、ちょっとね」
「美空、何か悩んでるけど……やっぱりあの囁きのこと?」
「そ。でも一人で処理できるから、気にしないで」
「……無理しないでね」
手を握ってくる香織にニコッと微笑んで、美空はまた難しい顔をした。
ティオと香織は顔を見合わせ、しかし当人しかどうにもできない以上、下手に踏み込むのはやめた。
「……んー」
また、ウサギも似たような表情でいるのだが……元からユエ以上に無表情なので変化は乏しい。
それに気がついているのは遠目にさりげなく見ているハジメ、ユエ、そしてシュウジの三人だけだ。
「鈴、平気か?」
「平気か平気じゃないかで言ったら、後者かな……」
「だよなぁ。これ、キッツいもんな」
「……じゃ、じゃあさ。キツいもの同士、て、手でも握る、とか……どう?」
「ああ、そりゃ不安も和らぐかもな。ナイスアイデアだ」
囁き声を無視しようとしているのか、話半分に聞きながら笑う龍太郎。
鈴はまともに相手されていないのを察し、仕方がないとはいえむっとした。
「龍っちのバカ」
「は? なんでいきなりバカ呼ばわりされんだよ。あとせめて筋肉つけろ」
「バカなものはバカなの。まったく、これだから乙女心もわからないゴリラは……」
「誰がゴリラだ誰が」
平素通りのコントをしているあたり、なんだか平気そうである。
一方、光輝は頭の中に響くその言葉に首を傾げていた。
──お前には何も守れない
──お前には何も選べない
──だから、選べる立場のやつに成り代わってしまえばいい
「うーん……」
チラリ、と雫と一緒にいるシュウジの方を見てみる。
しかし、やはり訝しむ顔で
光輝にとって、自らの声をしたそれは今更気にするようなものでもない。
言葉の内容もとっくに受け入れたものであるし、ある意味ハジメと同じように達観している。
なので、それが唆してくる内容は光輝にとってはいきなりなんだ? としか言えなかった。
「なあ、お前はこの声をどう思う?」
ヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイヨワイ
「確かに、お前に比べたらそうだよな」
頭の中で繰り返すもう一方の声にうんうんと頷く光輝。
既に〝折り合い〟がついてしまったため、光輝としては体の中に同居しているような感覚なのである。
無論他人にはわからないので、独り言を呟く彼に、若干正気を疑う目を幼馴染達が向けていた。
「さて。ご主人様、そろそろ出発しようかの?」
「あー、そうだな。もう直線にしたら一キロくらいしかないし、寝てないことを含めても早めに踏破したほうが安全だ」
ハジメの号令により、各々三十時間を超える探索での疲労で重くなった腰を上げていく。
沈鬱な美空やウサギなど、一部気になるところはあるものの、概ね問題なさそうだ。
あの二人に気を付けておくことを、ハジメとシュウジがアイコンタクトで確認し合った。
小部屋を出て、再びミラーハウスのような迷路を進む。
流石に終盤というべきか、散発的にだが再び氷鬼の集団やトラップが現れはじめた。
前者はユエ達があっさりと倒し、後者はシュウジが勇者を蹴っ飛ばして対応させた。慈悲はない。
──みんな強いね
──でもあなたはただ回復魔法が使えるだけ。香織にも及ばない
──それなのに、今のハジメの恋人として相応しいのかな?
「…………っ」
続く囁き声。
美空は文字通り氷柱を心の柔らかい部分に突き立てられた気分になる。
(いけない。こんな顔してちゃ、ハジメに心配をかける)
ただでさえ戦力にはならないのだ。雰囲気を悪くしてはいけない。
そう思い、美空はふと正面の氷壁を見て……激しい違和感を覚えた。
「……?」
眉根を寄せ、首を傾げる。
鏡面の中の美空も同じ動きをし──いや、違う。
表情が、伴っていない。
「っ、な、なにこれ……?」
眉も目線も、口元も頬も微動だにしない鏡の中の自分。
ひやりと悪寒を覚えつつ、美空は氷壁をもう一度見たら──中の美空が、嗤った。
「ひっ!?」
「きゃっ!?」
思わず後退りした美空は、すぐ後ろにいた香織とぶつかって悲鳴を上げさせる。
異変にすぐさま全員が立ち止まり、香織を大量に冷や汗の浮かんだ顔で見る美空に目を丸くした。
「み、美空? どうしたの?」
「……っ、い、今、壁の中に映った私が笑って……」
「つまり、違う表情をしてたってことか?」
「うん……」
「シュウジ」
「ああ、第二フェーズだ。こっからさらにキツくなるぞ」
「嘘……」
「美空、落ち着いて、ね? 深呼吸して、心を落ち着けて」
「……うん」
香織が美空の両肩に手を置き、魂魄魔法と回復魔法を併用して沈静化させる。
徐々に過呼吸気味な息を整えていった美空は、香織の手を握ったまま俯いてしまった。
香織は困ったようにハジメを見て、彼が頷くと美空の手を握った。
「……ハジメ、ごめんね」
「気にするな。とにかく、ここからもっと難易度が上がるらしいから全員気をつけろ」
険しい顔をするハジメに皆、首肯した。
迷路は……試練は、まだ続く。
読んでいただき、ありがとうございます。