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光輝ぱーとつー。
今年もあと一週間と少しで終わりか……ほとんど家にいたな
エボルト「俺だ。前回はハジメの戦いだったが、全く問題なかったな」
ハジメ「こちとら常に開き直ってるろくでなしだからな」
ユエ「ん、でもそこが潔くてカッコいい」
シュウジ「あれっなんか暖房ついてない?」
ハジメ「おい。で、今回は八重樫の話だな。それじゃぁせーの、」
四人「「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」」
雫 SIDE
私は、試練と相対している。
「『ふっ!』」
斬撃一閃。
繰り出した黒い軌跡は、相反する、されど同じ白の軌跡によって受け止められる。
白く染まった鎖丸を握るのは、南雲くんのように髪を真っ白に染めた私。
綺麗だとシューに思ってほしくて、頑張って保っている私の白い肌とは正反対の浅黒い肌。
刀も髪も、服でさえも白く、だからこそ黒肌と赤く輝く二つの瞳はより鮮烈に写った。
『とても鋭いわね。この一振りならば、どれくらいの魔物を斬れるかしら?』
「さて、ねっ!」
重ね合わせていた刃を、柄の持ち方を変えて刀身の腹にずらし相手の刃を滑らせる。
ギャリギャリと火花が散り、刀身が抜けた瞬間に相手の顎に向けて堅牢な柄頭を叩き込んだ。
白黒の〝私〟は咄嗟に膝を曲げてそれを回避し、私の左足の腱を斬ろうとしてくる。
知覚は一瞬。
それで瞬時に足を振り上げ、その刃を踏みつけて地面に固定した。
「はっ!」
『くっ!』
真上からの振り下ろしを、〝私〟が柄を両手で握って無理やり刀を引き抜き受ける。
私も鞘から手を離して両手で押し込み、至近距離で〝私〟と睨み合う。
『ふ、ふふ。なんて膂力と剣技。まるで女の子じゃないみたいね』
「そうね、我ながら女の子ではないと思うわ。けどそれを良いって言ってくれる人がいるの」
『そう。彼は
……また始まった。
この部屋に来て、部屋の中央の柱から現れたこいつと戦い始めてからしばらく経つ。
その間、何度かこうやって心理的な揺さぶりをかけてきた。
『実は剣術をやりたくなかったと打ち明けた時も、道着や和服より可愛らしい服やアクセサリーが好きだと言った時も、彼は肯定してくれたわ』
「そんなことも、あったわね」
6歳の時に彼に出会って、それから私の世界は鮮やかになった。
そこからの記憶は一つも忘れられるものはなくて。
けれどその前、四歳くらいだった頃の記憶に一つ、同じくらい強い記憶がある。
それは、祖父に戯れで初めて竹刀を握らせてもたった時。
古流剣術である八重樫流の才覚があった私に、普段は仏頂面の祖父が珍しく嬉しそうに微笑んだ。
それから剣術と剣道の稽古が私の日常の一つになって、祖父も父も、道場の皆も私を褒めてくれた。
でも、私はそれが嬉しくなかった。
小学校に上がってからも稽古のために髪は短く、服装は地味で、両手は剣ダコでいっぱい。
顔立ちは周囲の女の子達より大人びていて、彼女達の話題にもついていけなくて……
ある時には、一人の女子から「あんた女だったの?」なんて言われたこともある。
光輝が道場に入ってきて、そこから交流を持ち、同じ小学校に通っていた頃の話だ。
その一言だけでなく、皆の憧れだった光輝の隣にいるのが私だなんて許せなかったみたいで色々とされた。
今でこそ著しい成長をしている光輝は、皆が皆善人と信じ切って何もしてはくれず。
別に光輝に恋愛感情なんて持ってなかったので「は?」という気持ちにしかならなかったけれど。
でも、ずっとその言葉が心の何処かに引っかかって。
けれど私には、そんな環境でも耐えられる理由があった。
『シューがいてくれた。女の子らしくない
「ええそう。チグハグな私を、シューがありのまま受け入れてくれた」
家族の期待を裏切ることが怖くて、それだけの理由で剣術をやめられなかった私も。
光輝を好く女の子達に何様だと言われ、うんざりする心を隠して世話していた私も。
それら全てを放棄して、他の女の子達のように可愛らしいものに目を輝かせたかった私も。
そっか、今日も随分と頑張ったんだなって。
それじゃあ少し、一緒に息抜きしに行くかって。
あの言葉にどれだけ救われたことか。
『彼に出会って、全てがうまく回り始めた』
「彼のおかげで、私は私であることができた」
小学校でいらぬやっかみを受けていたとしても、放課後になれば彼に会いに行けた。
出会った瞬間からの私と違い、彼は別にその頃は恋愛感情なんて持ってはいなかっただろう。
それでも現実と内心のすれ違いに悩む私の不安を、言葉巧みに取り除いて。
甘いスイーツを食べさせてくれたこともあったし、可愛いぬいぐるみを贈られたこともあった。
そんな彼にますます心を奪われて、私は決心して自分の本心を両親に打ち明けた。
祖父や父は驚いたけれど、私を否定したりはせず、お前のやりたいようにやりなさいと言ってくれた。
だからこそ私は、剣術をやめることなく磨き続けることにしたのだ。
この〝女らしくない部分〟も、彼が褒めくれた私だから……それだけの理由。
私にとって、それ以外の理由なんて必要なかった。
そうすると、一つ上手くなる度に嬉しそうにする家族や、光輝のお節介で時折本当に助けられた人の笑顔に気がついた。
それに気がつかせてくれた彼に、そのうち〝女らしい〟私も好きになってほしくなっていった。
髪を伸ばし、体の手入れを怠らずに、格好いいシューの隣にいて相応しい女になるため努力した。
おかげで光輝に目が向いてなことがわかって他の女の子と和解できたのは、なんだか利用したみたいで腹立たしいけど。
それさえも、彼は「俺の存在で八重ちゃんが救われたなら僥倖だ」なんて言って。
私は彼に寄りかかってもいい、甘えていいと言われた気がして、救われた。
『そう。彼は恐ろしいまでに、
「自分でも面白いくらい彼に入れ込んでいったわよね。恋は盲目だなんてよく言ったものよ」
こんなに素敵な人がいるんだって、心の底から惚れ込んだ。
その想いが叶った時はこれ以上ないくらい幸せだった。
彼は私の王子様。
シュー自身は自分のことをピエロだと言うけれど、爽やかな笑顔より彼の笑い方の方がずっと好き。
私の名前を愛おしげに呼んでくれる声が好き。
気をつけても、硬くならざるをえないこの手を包み込んでくれる大きな手が好き。
他のどんなものよりも心を温めてくれる彼の胸の中が好き。
好き、好き、大好き。
自分でも時々ゾッとするくらいに、この想いは底が見えないほどに深く、深く、強く、強く。
私は何があろうとも、これからも彼をずっと想い続けるだろう。
『ええそうね。だからこそ
そう、だから私は怖いのだ。
「『最後まで彼に幸せを与えられ続けたまま、支えられるばかりで何も成せないことを』」
同じ言葉を吐き、ずっと拮抗していた剣を弾き合って後退する。
着地する前に納刀を済ませ、〝無拍子〟で接近するとトリガーを引いて〝音断〟を振るう。
返す刀は、同じ音速の斬撃。
激しく火花が散り、あまりの速度に耳をつんざくような音が遅れてやってくる。
一度で終わらない。刀に付与された再生魔法の副次効果で腕の負荷を軽くしながら、何度も振るう。
『ずっと頼られる存在でいた
鋭い袈裟斬りが飛んできて、咄嗟にもう一度トリガーを引いて〝音断〟を発動して抜刀する。
握った刀の刃ではなく、アザンチウム製の柄頭を相手の刀身の腹に当てて軌道を強制的にずらした。
〝私〟は怯むことなく、くるりとその場で舞うと遠心力をつけて腹を切り裂く一閃を繰り出した。
私はあえて楔丸を手放し、落ちてきた柄を横から蹴り上げることで逆手に握り直してそれを受け止める。
数秒鍔迫り合いを行い、互いに飛び退いてすぐに刀を握り直して激しい剣戟の応酬を始めた。
『魔人族との戦争に行かされると聞いて怯え、けれど彼が戦うのならと、その時は隣で一緒にと自分を鼓舞した!』
「っ!」
そう。私は怖かった。
怖くないわけがないでしょう、人殺しをさせられるというのだから。
それをエボルトの演説でより理解して、だからこそとっくに覚悟している彼を支えたかった。
頼りなく、細々しい自分の剣にできることがあるならって、怯えを抑え込んで頑張ってみた。
『けど、結局また
「そうね! 苦々しい記憶よ!」
今でもあれは嫌な記憶だ。
私の実力不足で御堂さんが一度敗れ、シューに助けられた。
せめて私にできることをと、精一杯意地を張って皆を気遣い、頼れる存在であろうと奮闘したのに。
『自分の無力を痛感した! たとえこうして新しく刀を誂えても、
「──わかってるわ、そんなこと!」
昇華魔法を発動し、大ぶりな一撃で〝私〟を後退させる。
はらりと白い前髪が数本地面に落ちて、言葉を重ねていた〝私〟は目を見開く。
初めて、届いた。
「……分かっているの。自分の力不足も、どうしようもなく醜いこの心も」
こんな自分の〝偶像〟に言われずとも、そんなこととっくに自覚して、自戒した。
最初にシューが、南雲くんを救うために奈落の底に落ちていった時も。
魔人族とキルバスに襲撃された時も、火山でエヒトの眷属達に彼を狂わされた時も。
あの、南雲くんと殴り合って帰ってきた彼を見た時でさえも。
何もできなかった。私はただ見ているだけで、彼をどうやっても助けられなかった。そう思うばかりだった。
「たとえこの刀で百の敵を斬ったって、一度すら彼を助けることもできない。なんて、歯痒いことかしら」
『…………』
頬を涙が伝うのがわかる。
私は一度固く口を引き結び、〝私〟を睨みつける。
「悔しい。悲しいし、辛いし、助けられる力を持つ南雲くんを羨ましいとさえ思うわ」
『
そんな、自分を焦がす醜く激しい感情のうねり。
私は……
「私は、決してその心を否定しない。目を逸らさない。仕方がないだなんて割り切らない。いつまでだって悩んで、苦しんで、それでもこの剣を握り続けるわ」
『──ッ!』
昔、子供心に彼に相応しくなりたいって思ったあの時。
私は〝誰かに守ってもらえる可愛らしい女の子になりたい〟という、その気持ちを捨てた。
そんなか弱いものじゃなくて──もっと強く、折れず、曲がらない、強い心を。
一振りの刀が如く、影法師のように不確かな彼を縫い付けることができる。
そんな女に、私はなりたい。
「そのために、私は諦めない。この自分の醜さを背負って、これからも剣を振るう。いつか、彼の業を断ち切れる日まで」
『……どれだけ時間がかかると思ってるの? ともすれば一生を使うわよ?』
「あら、それいいじゃない。つまりずっとシューといれるってことでしょ?」
『自分は女の子じゃない、って言ってなかった?』
「貴女が私なら知ってるはずよ。恋する乙女は、好きな人の前なら女の子にだってなれるの」
これが終わったら、彼に沢山甘えましょう。それくらいしてもいいに決まってるわ。
たとえその夢を捨てたとしても──私は彼の前なら憚ることなく、ただの〝雫〟になれるから。
「我が心は不動。けれど、この想いは燃え続ける。貴女が負の部分と言えど私の側面というのなら、それをよく自覚なさい」
『……十分見せつけられたわ』
呆れ笑いを浮かべ、〝私〟が刀を納める。
戦うことを放棄したわけではない。その証拠に姿勢を落とし、抜刀の構えをとっている。
私も同じ動きをして、さらに昇華魔法を発動しながら柄に手を添える。
あちらは別の大迷宮の神代魔法まではコピーできないのか、静かな赤眼で私のことを見つめていた。
「終いとしましょう。私は貴女を乗り越えて、これからも彼の隣にいる。いつか寄り添うことを超え、シューを助けられることを目指して」
『ふふ。愛されすぎているのは、果たして私か彼か……どっちなのかしらね』
「それさえも、私の疑問なのでしょうけれど……自問自答は、もう飽きたわ」
だから、次でおしまい。
剣気を練り上げていく。
極限の集中。この一撃を乾坤一擲とすら覚悟し、自分の虚像を打ち倒す。
「フッ!」
『シッ!』
動き出しはまた同時──いや、
僅かに動き出しが遅れた〝私〟に〝無拍子〟で接近し、トリガーを引いて〝音断〟を放つ。
以前よりも鍛錬と昇華魔法によってさらに速くなった一閃が、〝私〟の白い楔丸を抜き切る前に斬り折る。
『くっ!?』
「──昇り纏え、砕いて断ち斬れ」
まだ終わらない。
特殊な一撃を発動するための詠唱を行い、今の楔丸の最大の力を発揮させる。
上へと振り上げたままの刀身が私の紫の魔力に覆われ、物理的に〝重く〟なった。
それをしかと感じ取った私は左手を柄に移動させ、両手で硬く握りしめた。
『っ!?』
〝私〟が目を剥き、半ばから折れた刀で防ごうと頭上に掲げる。
その反応をするには、もう遅すぎる。
──剣術とは今でこそ技の洗練さを競うものであるが、本来は合戦場においての殺人術である。
例えば突きは相手の喉を貫くため。逆袈裟は相手の脇の大きな血管を斬るため、などというように。
であれば、剣道において〝面〟と呼称される、〝振り下ろし〟という技は何のためにあるのか。
それすなわち、〝兜割り〟である。
「──落ちよ、〝壊天〟」
『ガッ!?』
頭頂から股下まで、一直線。
重力魔法によって落ち、刀身の峰から噴き出た衝撃によって勢いを増し、それを昇華魔法で引き上げた膂力で無理矢理御する。
その勢いを保ったままに、空間魔法によって空間ごと切断する一撃。
「ッ……!」
両腕の至る箇所から鮮血が吹き出し、激痛に歯を食いしばる。
致命的な隙だが──もう、目の前には虚空に溶けて消えていく〝私〟しかいない。
『見事』
その一言を最後に、〝私〟は完全に消えた。
「っ、はぁ、はぁ……!」
緊張が途切れて、その場で膝をつく。
無意識に昇華魔法を解除して負担を減らし、鎖丸で体を支える。
「くっ、きついわね、これ……!」
練習こそしたものの、滅多なことでは使わないようにと付与した南雲くんから忠告を受けた。
それでも必要な状況だった、と自分を納得させて、血塗れの震える手を髪飾りへと伸ばす。
「……ごめんなさいシュー、ちょっと汚すわ」
ブローチに触れて、残り少ない魔力を流す。
すると付与されていた回復魔法が発動して、両腕や全身のダメージが癒えた。
「ふぅ……」
体が動くようになってから姿勢を正し、自分の両手を見下ろす。
皮の分厚いこの手。乙女の意地で指こそ細いものの、決して女の子らしいとは言えない。
でも……
「あなたが喜んで握ってくれるなら、私は気にしないわ」
もう一度自分の気持ちを確かめて、ふと顔を上げる。
出口の通路がいつの間にか目の前にできていたので、楔丸を納刀してそちらに向かった。
シューは無事に終わっているかしら?
読んでいただき、ありがとうございます。
ただ雫の気持ちの再確認を済ませただけでしたね。
さて、次誰にしよう。