美空「こんにちは。この前は隠れ家にやってきたところでハジメ達が倒れたんだよね」
香織「三人とも、大丈夫かな……エボルトも硬直してたし」
エボルト「呼んだか?」
二人「ひゃあっ!?」
エボルト「ははは、ナイスリアクション。さて、今回は概念魔法についての説明回だ。それじゃあせーの、」
三人「「「さてさてどうなる洞窟編!」」」
三人称 SIDE
「お二人とも、大丈夫ですかねぇ」
「平気でしょう。あの人も普通に目覚めていたし、すぐに目覚めるわ」
シュネーの住処のリビング、天井を見上げて呟くシアに冷静沈着な声音で雫が答える。
その後に啜るお茶は湯気が立っており、そんな雫に苦笑するシア達の前にも同じものが用意されていた。
当然のように、こんな氷の城でそんなものを用意したのはシュウジである。
そして雫はつい数十分ほど前、目覚めたシュウジに怒りと悲しみのビンタをお見舞いしたばかりだった。
ここまで音が聞こえてくるほどの一撃を受けた後、シュウジは残る二人が目覚めたら連れてくる役目を仰せつかり。
こうしてハジメとユエがシュウジと共に戻ってくるまで、残る面々は待機していた。
「それにしても、何だっんだろう。突然苦しみ始めたからびっくりした……」
「うん。元々かなりダメージが残ってたシュー君はともかく、ハジメくんもユエもああなるなんて……」
治癒師二人が、不可解な昏睡にそうコメントを残す。
試練によって体がボロボロだったシュウジはまだ納得できるが、ハジメとユエは比較的普通だった。
それなのに皆と同じように神代魔法、【変成魔法】を習得した途端に苦しみ、気を失ったのだ。
何か心当たりはないか、と一同を見渡すも、雫やシア、ウサギも首を振るばかり。
当然龍太郎や鈴、光輝にもわからず、原因解明に屋敷内を調べに行ったティオはここにいない。
「シュウジは特に危機的なことじゃないって言ってたけど……」
「いずれにせよ、シューが二人を連れて戻ってくるのを待つしかないわね」
「……ん。噂をすれば」
憂いた表情の二人の隣で、ウサミミを震わせたウサギが唐突に告げる。
同じようにウサミミをピコン! と立たせたシアが革張りのソファーから立ち上がった。
二人の挙動に、残るメンバーも意味を察して出入り口の扉を見る。
その数秒後に、白い扉が開いてシュウジと何故か不満げな顔のハジメ、ユエが現れた。
目覚めたのを喜んだのも束の間、おかしな二人の表情にシアが不安そうに尋ねる。
「お二人とも、どうしたんですか?」
「いや、このバカにユエとの幸せな時間を邪魔されてな」
「ん。二時間後にって言ったのに」
「おいおい二人とも、その通りにしたら俺は確定で死刑だぜ? 勘弁してくれよ」
ハジメとユエの言い分、そしてシュウジがケラケラと笑いながら発したセリフ。
それらからナニをしようとしていたのかを察した一同は、呆れやら怒りやらの表情を浮かべた。
とりあえずハジメは美空に詰め寄られ、シュウジはそれを楽しげに見ながら雫の隣に腰掛ける。
「おかえりなさい。あら、その顔の腫れはどうしたの?」
「あれ、覚えてらっしゃらない? 誰かさんからもらった愛の鞭なんだけど」
「そうだったわね。これに懲りたら二度と不要な心配はさせないでちょうだい」
「肝に銘じます、マイプリンセス」
こちらはこちらで平常運転である。強かになった幼馴染に光輝の微妙な笑いが止まらない。
詰問する美空とユエが睨み合っているのを皆で見ていると、また扉が開いてティオが入ってくる。
「おや、ご主人様にユエ。無事目覚めたようでなによりじゃ。骨折り損でよかったのう」
「お、ティオもお疲れさん。無事お目覚めだぜ」
「の、ようじゃ。この様子を見るに、また二人はナニでもしようとしてたのかの?」
視線で格闘中の二人を見て、ティオはごく普通に結論を付けた。
変態にすら看破されている始末であるが、事実なので誰も二人を擁護しない。バカップルはスルーすべし。
閑話休題。
一通り美空とユエのキャットファイトが終わった後にハジメ達も座り、談義が始まる。
当事者としてシュウジ、ハジメ、ユエが一緒のソファーに。残る面々が対面に。
ちなみにティオは正座だ。雑な扱いにハァハァしているので、多分区別の意味がない。
「それで、シュー達に一体何が起きていたの?」
「ハジメくんたちも、シューくんもああなるなんて余程のことだよね?」
「ちゃんと説明するし」
雫、香織、美空の目線に三人は顔を見合わせ、頷き合う。
それから顔の向きを正面に戻して、まず最初にハジメが口を開く。
「そうだな、簡潔に説明するなら……オーバーヒート、だ」
『オーバーヒート?』
「さてここでクイズターイム。俺達三人と雫達、何の違いがあると思いますか? シンキングタイムは五分です」
どこからともなく見事な装飾の懐中時計を取り出し、告げるシュウジ。
外観に反して開かれた中はデジタル時計であり、宣言通り五分から時間が減り始めた。
唐突な展開だが、いつもの事なのですぐに考え始める一同。
シュウジ達と雫達、一体どこに相違点があるというのだろうか。
タイミング的に今回の失神と関係していることは確実……つまり、神代魔法が重要な鍵。
最初に悟った表情を示したのは、やはりと言うべきか雫とティオ。
遅れてシアとウサギ、次に香織が理解し、続けて美空と光輝が納得した顔を見せた。
最後に、制限時間ギリギリに龍太郎と鈴がやっと分かり、その瞬間時計の文字が0になる。
「はい、終了ー。みんな分かったかな?」
「いいかしら」
「はい雫」
ゆるりと向けられた手で指名された雫は、確信を込めた目で答えを告げた。
「神代魔法を全て習得しているか……でしょう?」
●◯●
「
「そして知ったのさ、魔法の深淵をな。それに精神と体が処理しきれなくなって」
「ん。気絶してしまった」
「全ての神代魔法の先、魔法の深淵……つまり概念魔法じゃな?」
「またまた
パチンと指を鳴らしながら人差し指で刺され、ティオは「やはり、か」と頷いてみせる。
概念魔法。
この場にいる者全員が大樹の迷宮を攻略しており、その言葉の意味を知っている。
リューティリス・ハルツィナは言っていた。全ての神代魔法を手にした先に概念魔法はあると。落書きされながら。
だからこそ、世界の理そのものに干渉できるその力の知識を得たという三人に驚愕の視線を送った。
「だから言ったろ、危険じゃないって。むしろ僥倖さ」
「まあ、さすがに並大抵の負荷じゃなかったからな。心配させたのは謝る」
「ん。私達もいきなりでびっくりした」
素直に謝る二人に、事情が事情なだけに誰も怒れなかった。
それを二人とも理解した上で謝ったので、すぐに顔を上げる。
「俺もいつもなら余裕のよっちゃんイカなんだけど、いかんせん今回は色々とからっけつだったからな。しくじったよ」
「でも、それなら地球へは帰れるの? それとも今すぐ神様の所にいって倒せる?」
「まあ、そう焦るな。そう簡単じゃないんだよ」
思わず身を乗り出した鈴に、ハジメは待ったをかける。
概念魔法を理解したのではないかという視線が注がれ、シュウジに目配せするハジメ。
頷いたシュウジは、早速説明を始めた。
「まず知っておいてほしいのは、俺達が手に入れたのは概念魔法の使い方についての知識じゃない。その前の、そもそも神代魔法とは何たるかという前提の話だ」
「前提?」
「そうさな、例えば
光輝を見ながら言われた言葉に苦笑しながらも、また思考を巡らせる一同。
昇華魔法に続き、新たに手に入れた力。その価値とは……
「えっと、普通の生き物を魔物に作り替える魔法、かな。術者と対象の魔力を混ぜ合わせて、体内に核になる魔石を作って魔物にするの」
「あとは、野生の魔物の魔石に自分の魔力を混ぜて、強化や服従もできるみたい」
「正解。あとはその段階によって知性を持たせたり、より強化を重ねたりできる。フィーラーがその良い例だな」
シュウジは移動し、リビングの窓を開け放つ。
そこから見える湖畔には、湖の底に設置されていた魔法陣でやってきたフィーラーが泳いでいた。
広い湖を悠々自適に泳ぐ漆黒の巨獣は、変成魔法を手にした今となると全く別の見方ができる。
「あれ、恐ろしいくらい強化されてるよね……」
「ああ。元は何の生き物だかわからねえが、少なくともオルクスのやつらと比較すりゃあレベル五千は超えてるんじゃねえか?」
表層の
その龍太郎と鈴の評価は的を射ており、シュウジは軽く拍手を送る。
「良い解析だ。だがフィーラーには、
「え?」
「あいつは失敗作なんかじゃない。全ての神代魔法を理解したことで俺はそれを知った。あいつは最終兵器──
ハジメとユエを除いた、誰もが息を呑んだ。
強すぎる力に欠陥作とされた怪物が、地球帰還への最大の障害たる神エヒトへの方舟。
その意味を問いただそうとするも、シュウジはステッキを弄ぶだけで答えない。
今はそのつもりがないのだろう、と察した面々は、ソファーに戻ったシュウジの話を聞いた。
「さて。それを知った上で、だ。諸君らに変成魔法の真髄をお教えしよう──これは魔物だけではない。あらゆる有機的物質に干渉する為の魔法だ」
「あらゆる、有機的物質?」
なんだか科学っぽい話の仕方に、美空や鈴、龍太郎などが首を傾げる。
あらかじめそれは織り込み済みで、シュウジは魔法を用いて説明を続ける。
「分かりやすく、ファンタジーチックに言えば、これは〝生命を持つものを強制的に変化させる魔法〟。つまり人にだって使える」
幻覚魔法の応用で生み出された人(光輝)の幻が、みるみるうちに猿へと変わっていく。
かと思えば逆再生の如く人に戻り、それどころか神々しい何かへと変わっていった。
光輝が非常に微妙な顔になった。だがまあいつものことなので、今はスルーする。
「ん。ティオの竜人族の〝竜化〟の起源は、多分この変成魔法」
「ほぉ、我が種族の起源は変成魔法とな……ふぅむ」
ユエの言葉にティオは顔を難しいものへと変え、思案に耽る。
その間にハジメがシュウジの説明への追加を行った。
「補足すると、魔石はその際の単なる副産物、余剰エネルギーが結晶化したもの。つまりそれが魔物の証明というわけでもない」
「なにそれ、すごすぎる……」
「では変成魔法の真の力を知ったところで、次といこう」
人の幻が消え、次に現れたのは人が石に手をかざす幻。
すると石は光り輝き、かと思えば爆発した。
「この幻はわかりやすいものとしたが、これが生成魔法。いわば変成魔法の対極、〝命を持たぬ物質を変化させる魔法〟だ」
それから、次々に幻は移り変わっていく。
天体の地脈や地熱、岩盤やマグマなどが可視化され、噴火や地震が起こる幻。
人と獣が一つに交わり、種族的な壁を超越する様や、新たな世界が創造される幻。
死の大地に人が両手を翳し、みるみるうちに草木や水、生命が満ち溢れていく幻。
人の胸から光の塊が現れ、またあるいは人の手の中で生み出される新たな命の光の幻。
そして最後に、細々とした体の人間が力を加えられ、筋骨隆々の超人になる幻。
それら全て、これまでの大迷宮にて与えられた神代魔法、その真価を見せるものだった。
「重力、空間、再生、魂魄、昇華──これが神代魔法の真実だ」
●◯●
「言うなれば〝星のエネルギーへの干渉〟、〝あらゆる物理的、非物理的境界への干渉〟、〝時への干渉〟、〝非物理的な意識体への干渉〟、〝既存の存在の情報への干渉〟、ってとこだな」
「ん。この名称は、おそらく人間の能力で干渉できる限界の概念を指している」
例えば地脈にまで干渉しようと思えば、その緻密な流れ、エネルギーベクトル、抽出量……それらを同時に計算せねばなるまい。
それらの説明を聞き終えた一同は、感嘆とも畏怖とも取れぬため息をついた。
「つまり本当に、人の身を超えた領域の力ってわけね……聞いているだけで恐ろしいわ」
「ああ。俺の
右手の平を見せ、そこに黒々と刻まれた紋章を見せるシュウジ。
一斉にハジメ達の表情が強張るが、「そんな怖い顔すんなよ」と本人は軽く笑った。
「神代魔法とはちょいと違うが、これも根本は同じだ。力を行使した瞬間、世界のシステムに干渉し
もっとも、俺の適合度だと肉体と魂を消すのが限界だけどな、と話は締め括られる。
しかして、その言葉のあまりの深淵さにこれまでその力を見てきた者は身震いした。
「人間は理解できないものを理解した時、壊れる。あまりに脆いほどに。だからこそ大迷宮が用意され、それを扱うにたる力と精神を鍛えさせるんだ」
「簡潔に表現したら実戦前のトレーニングだな。問題は、そこから先もまたトレーニングがいることだが……」
「そりゃあ、すぐにあっちに帰れる概念を作れっつっても無理だよなぁ……」
この世界に来てから一年近く、長い間この場の誰もが切望してきた地球への帰還。
その扉はすぐには開かないと聞き落胆するが、逆説的に時間さえかければ必ず開くということだ。
「相当難易度が高いみたいだけど、大丈夫なの……?」
「まあ、これまでのどんな作業より困難だろうな。だがやってみせる、必ずな」
美空の懸念に、ハジメは豪と炎の燃え盛る瞳と犬歯を剥き出す笑みによって返答した。
地獄よりなお地獄な環境を生き延び、一度たりとて諦めず、挫けずここまでやってきたのだ。
今更難しそうだから無理などという阿呆は抜かさない。何がなんでも必ずやり遂げる、と意気込むハジメ。
その笑みに美空やシア達が一斉にドキリとしたところで、シュウジがカンとステッキの底を床に打つ。
「ま、要するに長時間を要する長い作業になる。何も作り出すだけじゃなくて、形にしなきゃいけないからな」
「そうだな。羅針盤がいい例か? あれみたいに〝世界を超える概念〟を込めたアーティファクトを作らなきゃいけない」
「私の魔法適正とハジメの錬成、概念について深い理解のあるシュウジがいれば、簡単」
力強い三人の言葉に、「ああ、ようやく帰れるのか」という思いが一同に広がる。
胸を締め付ける郷愁の念に涙ぐんでいると、意気込むハジメとユエにシュウジがかぶりを振った。
「すまんが、ハジメとユエでやってくれ。俺は別作業だ」
「別作業だと?」
「ああ。たとえば今後エヒトみたいに俺達を拉致る輩への対策とか、
ちらり、と光輝に視線をやるシュウジ。
「……!」
これまでのものとは明らかに違うその目に、光輝はハッとする。
そして、固く剣の柄を握りしめると深く頷いた。
フンと鼻を鳴らし、そして何より、とシュウジは心の中で一言置いて。
(
その、致命的な一言は心の奥底にしまい込んで。
シュウジはいつものようにふざけた、挑発的な笑みを二人へ向けた。
「それとも何か? このカッコよくて強くて頼りになるお兄さんの手助けがないと、その程度もできない?」
「……上等だ。俺達だけで帰還用のアーティファクトは作ってやる。その間お前は工作でもやっとけ」
「その挑発、乗った。望むところ」
更なる闘志を燃やした二人に、シュウジはよしと微笑んだ。
また分かりやすい発破の掛け方に雫達がやれやれと肩をすくめる中で、ハジメが今一度宣言した。
「どれだけ時間がかかるかはわからない。だが、絶対にみんなで地球へ帰る。これだけは不変の結論だ」
かくして、最大の実験が始まった。
読んでいただき、ありがとうございます。