星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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第九章ラスト。

エボルト「俺だ。前回は神代魔法と概念魔法についての説明回だ」

シュウジ「説明会は筆が乗るねぇ、って作者が言ってたな」

ハジメ「物書きのサガだな。さて、今回はこの章最後の話だ。それじゃあせーの、」



三人「「「さてさてどうなる洞窟編ラスト!」」」


贋作の軌跡

 

三人称 SIDE

 

 

 

 三人が作業を行う間、残りのメンバーは休息に充てることにした。

 

 

 

 特に、魔人族の領域に行くことにしている光輝や鈴は十分な準備が必要だ。

 

 鍛錬に行くと外に出ていった光輝を除き、皆リビングにて思い思いに過ごしている。

 

「大丈夫かなぁ」

 

 その一人、龍太郎と隣り合って紅茶を飲んでいた鈴がぼんやりと呟く。

 

「何がだ?」

「う〜ん、全部かな。また南雲くん達が倒れないかとか、本当に日本に帰れるのかとか……これから向かう魔人領でのこととか……」

 

 既に三人がアーティファクト作製のために出ていってから二時間以上が経過している。

 

 三人が気絶していた時間も踏まえると、この隠れ家に到着してから四時間以上。それなりの休憩時間だ。

 

 

 

 それによって生まれた精神的余裕が、鈴に不安を覚えさせているのだ。

 

「大丈夫だろ、あいつらなら。どんな不可能だって可能にできる、奇跡だって起こせるさ」

「龍太郎くん、ハジメくんとシューくんのことかなり信用してるよね。どうして?」

 

 強い信頼の込もった言葉に、不思議に思った香織が尋ねる。

 

 クッキーをぽりぽり齧っていた龍太郎は、一旦手を止めて気恥ずかしそうに話し出した。

 

「いや、今となっちゃ昔だけどよ。南雲が俺をベヒモスから助けてくれたろ? あの時、俺ぜってぇ死ぬと思ったんだわ」

「それは……」

「なのに、まだそんな強くなかったのに南雲は俺をあっさり助けた。その時思ったんだ、大事なのは力じゃない。強い意志だってな」

 

 あの時、自分を必死の形相で投げ飛ばしたハジメの顔を龍太郎は未だに覚えている。

 

 たとえどんな苦境に立たされようと、絶体絶命でも断固とした意志でやるべきことをやり抜く。

 

 その意思を、奈落の底から這い上がってきたハジメに再会した瞬間より強く感じた。

 

「そんな南雲や、あいつが尊敬して親友って呼んでる北野なら、どんな絶望も希望に変えられる、って思わねえか?」

「……うん、そうだね。ハジメくんはどんな困難だって乗り越えてしまう人だものね。しかもユエだっているし」

「確かに。昔からハジメって、一回やり出したら諦めないもん」

「それにあの人が加わってるのよ。不可能なんて、笑い飛ばせるくらい軽い言葉だわ」

 

 あらゆる状況を乗り越えてきたハジメと、全ての危機を冗談と共に片付けてきたシュウジ。

 

 この場の誰もが知るあの二人の強さに、自然と鈴の表情も和らいでいった。

 

「それに、恵里のことは当たって砕けるしかないよ。うん、突撃あるのみ!」

「「「ぶふっ!」」」

 

 そしてトドメの香織の発言に、三人とも思い切り吹き出した。

 

「か、香織、お前なぁ。俺の話を台無しにするんじゃねえよ」

「男前すぎるよぉ。すっかり南雲くんに影響されちゃってるね!」

「いえ鈴、香織は昔からこうよ。決断=突撃が香織の十八番なの」

「みんな酷いよ! それじゃあ私が昔の光輝くんみたいじゃん!」

 

 さらっとこき下ろされる光輝だった。猪突猛進の具現だったから仕方ないネ。

 

 ともあれ、グッと拳を握った香織は強気な表情で鈴を見る。

 

「とにかく、安心して。恵里のことはどうなるかわからないけど、少なくとも絶対に逃げられるようにするから!」

「私も力添えするわ。また少しシューと離れるのは辛いけど、南雲くんのゲートキーですぐにでも戻れるだろうし」

「あはは、ありがとカオリン。シズシズも」

「それ以前に、俺が絶対に手出しはさせねえよ。鈴を守るのは俺の役目だ」

 

 龍太郎も鈴の肩に手を置き、勝ち気に笑う。

 

 その笑顔にこれまで以上の頼もしさを覚え、鈴はポッと頬を赤く染めた。

 

「あ、ありがと龍っち」

「ん、礼を言われるようなことでもねえがな」

「へえ……」

「これはこれは……」

「ふふっ」

「さ、三人とも、何その顔は!」

 

 うがーと鈴が怒るも、雫達のニヤニヤ笑いはただただ深まるばかりである。

 

 一応、その理由が自分であることを理解している龍太郎は曖昧に笑い、ポリポリと頬をかく。

 

 

 

 和気藹々とした四人の会話を聞いていたシアとティオ、ウサギは和やかな気分になる。

 

 このところずっと精神的苦痛の連続だったので、あんな光景を見ることも懐かしい。

 

「あちらは大丈夫そうですねぇ」

「勇者も、なんか普通になった。その女がどうなるかは知らないけど」

「そうじゃのお……ふむ。せっかくじゃ、妾もご主人様の世界に行く前に家族に挨拶でもするかの?」

「ああ、そういえばティオさんって一族の密命を受けてたとかなんとかですっけ?」

「もう、どっかいった設定」

「酷いなお主ら……そう言うお主もカム殿達には会っておきたいじゃろ?」

「あー、うーん……まあ、そうですかねぇ」

 

 ヒャッハー! している脳内のプレデターハウリア達に、シアの顔が実に微妙なものになる。

 

 会いたいような、やっぱり会いたくないような。ついでにシュウジをまた殴りたくなってきた。

 

「でも、ティオさんの故郷って北の山脈地帯のずっと向こう──大陸外の孤島だったんじゃ?」

「うむ。しかし、行く前にご主人様からとびきりの(お仕置き)を受ければどうということはない! 帰りはゲートがあるしの」

「興奮してるんだか、冷静なんだか」

「ゲコッ」

「どっちにしろパニックでしょうね……」

 

 ズタボロなのに恍惚としている同胞が帰ってくるのである。さぞ混乱することだろう。

 

 とりあえずハジメは菓子折り持って挨拶に行ったほうがいいと考えるシアだった。

 

 

 と、そこで扉が開く音がした。

 

 全員そちらに振り返ると、どうやら鍛錬を終えたらしい光輝が入ってくる。

 

「ただいま。南雲達も北野も……まだか」

 

 部屋の中を見渡した光輝が呟いた、その瞬間。

 

 

 

 ドウッ!!! 

 

 

 

 絶大な魔力の波動が、氷の城中を駆け巡った。

 

『っ!?』

 

 突如として体内の魔力を激しく打ったその波に、誰もが顔を強張らせる。

 

 何らかの攻撃ではない。純粋な魔力の波動が()()発生し、ぶつかり合ったのだ。

 

 

 

 明らかに尋常でない事態に、一同の視線は大きく二つに分けられる。

 

 ハジメとユエが使っている部屋の方向と、それとは正反対の位置にある部屋に向かったシュウジの方。

 

 それぞれから脈動するように広がる魔力の波動は、互いを押し合いより大きくなっている。

 

「ハジメさん、ユエさん!」

「っ……!」

 

 真っ先に飛び出していったのは、やはりというかシアとウサギ。

 

 遅れて魔力を整えた香織や龍太郎達も追いかけ、二人の後を追ってハジメ達の方に行った。

 

「……雫」

「ええ」

 

 残ったのは、奇しくも雫と光輝。

 

 顔を見合わせ、幼馴染故の以心伝心で互いの意思を察して頷くと部屋を出た。

 

 もう廊下にいない他のメンバーとは正反対の、シュウジのいるだろう部屋へと走る二人。

 

「シュー、また無茶をしてるんじゃないでしょうね……!」

「お前に借りを作りっぱしは死んでもごめんだぞ、北野……!」

 

 

 

 

 

 片や不安、片や悪態を口にしつつ、広がる魔力の発生源に向かった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 同じようにはるか後ろからやってくる波動に押されるようにして、二人は部屋にたどり着いた。

 

 シュウジが籠っているはずのその部屋から、やはり波動は発生している。

 

 

 

 光輝が剣の柄に手を置き、雫が恐る恐るドアノブに手をかける。

 

 音を立てぬよう、ゆっくりと扉を開いて中の様子を伺い──驚愕した。

 

「これは……!」

「シュー!」

 

 何もない部屋の中には、確かに素晴らしい装飾の椅子にシュウジが座っていた。

 

 体からは紫色の、まるで荊のような形の魔力が放出され、吹き荒れている。

 

 

 

 それだけではない。

 

 

 

 魔力のみならず、全身から蜘蛛の巣のように部屋のあらゆる場所にカーネイジが伸びていたのだ。

 

 極め付けに、だらんと椅子の肘置きに置かれた手の中には……アサシンエボルボトルが。

 

「嘘……いや、いやぁっ!」

「落ち着け雫! 魔力が放出されてるんだ、北野は死んだわけじゃない!」

 

 最悪の事態を想定して錯乱する雫を抑え、光輝は鋭くシュウジを睨む。

 

 つられて雫も前を見て、シュウジの肩が上下しているのを見てほっと胸を撫で下ろした。

 

「とにかく、北野の安否を確かめよう」

「え、ええ。そうね」

 

 十分以上に用心して、光輝が先に部屋に踏み込む。

 

 部屋中に張り巡らされたカーネイジを睨むが、こちらに反応する様子はない。

 

 

 

 ほっと先ずは安堵して、光輝は無言で雫に手招きした。

 

 平静を取り戻した雫も、ブローチに付与された異空間から楔丸を抜いて入室。

 

 二人とも抜き足差し足、気配も音も呼吸さえも消してシュウジの正面に回り込む。

 

「……………………」

 

 シュウジは、帽子で顔を隠していた。

 

 時折帽子の中から聞こえてくる呟きからして、また気絶しているわけではないようだ。

 

 腰を見るとエボルドライバーが巻かれているものの、真っ黒なエボルボトルが一本刺さっているのみ。

 

 エボルトの姿も見えない。シュウジと融合しているのだろうか。

 

「っ……」

 

 雫は慎重な手つきで帽子に手を伸ばす。

 

 帽子を外すと、大量に汗の浮かんだ険しい表情が露わになる。

 

「シュー……?」

 

 呼びかけ、雫が頬に指を触れさせた──その瞬間。

 

 突如顔を上げ、見開かれたシュウジの瞳が鮮烈に輝きを放った。

 

「っ!?」

「雫!」

 

 反射的に下がった雫、剣を抜きかける光輝。

 

 咄嗟に雫はその柄頭を手で止め、文字通り目を輝かせる恋人を見た。

 

 光輝も剣を収め、上を向いているシュウジを見やる。

 

「これは……映像?」

「記憶、かしら?」

 

 鮮烈な赤い眼光は、概念魔法の説明の時のような幻を空中に投影していた。

 

 映写機のような仕組みに面食らいつつも、映し出されたものを見上げる二人。

 

「これ、多分カインさんの記憶よ」

「カイン? 北野の前世の名前か?」

「ええ……いいえ、厳密には違うわ」

「え?」

 

 光輝が疑問の声を上げるも、雫の目線は動かない。

 

 

 

 誰かが、同じ年頃の子供達と一緒に組手をしている。

 

 素早い動きをする大柄な相手に、それ以上の速度であっという間に体勢を崩して組み伏せる。

 

 それどころか、そのまま足で片腕をボキリと折ってしまったことに光輝と雫は息を呑んだ。

 

 

 

 それだけで終わればよかった。

 

 だが、一瞬苦痛の表情を浮かべた後、大柄な子供は顔を絶望に染める。

 

 程なくして映像の主が拘束を解くと、どこからともなく現れた二人の男が子供を連れていった。

 

 必死の形相で何かを喚き散らす少年を、他の子供達と一緒に映像の主も見つめる。

 

 

 

〝また一人脱落した。苦痛をコントロールできなかったせいだ。おそらく明日の人体構造の把握に使われるだろう〟

 

 

 

「っ、今のは……」

「この子の、思考……?」

 

 淡々とした口調には、何の感情も込もっていない。

 

 そして映像内で視線が巡り、映り込んだ鏡には──あらゆる感情を欠如した目の少年がいた。

 

 幻に映る他の子供達でさえ、次は自分かもしれないという恐れを目に宿しているというのに。

 

 

 

 何も感じていない少年に戦慄する二人の前で、幻が移り変わる。

 

 今度は本物のナイフを規則的に振っていた。おそらく得物を扱うための訓練なのだろう。

 

 

 

 またも淡々と、最初から欠落したように無心でナイフを振る少年の前には誰かがいた。

 

 厳格な表情の、スラリとしたシルエットの老婆。  

 

 彼女はこの少年のように無の瞳で、稽古場の一段高い場所から自分達を見下ろしている。

 

 

 

 時折、型をなぞることで移動する視線に映る子供達は、僅かに顔を怯えさせている。 

 

 その怯えの先は、おそらくあの老婆。子供達にとってあれは恐怖すべき人物なのだろう。

 

「師範代、って感じでもないな……まるで、怪物でも見る目だ」

「っ、また声が……」

 

 

 

〝我らに感情は要らぬ。我らに思考は要らぬ。我ら人にあらじ。我らは刃、悪を断つがため生かされた、肉の刃なり〟

 

 

 

 それは、あまりに悲しい独白。

 

 非人道極まる言葉の羅列に、雫は以前シュウジに聞いたカインの生い立ちを思い返して拳を握る。

 

 片やこれが初見の光輝でさえ……いいや、天之河光輝だからこそ非常に気持ち悪く感じる。

 

 

 

 それからも、吐き気を催す地獄の日々が映像となって垂れ流された。

 

 

 

 人を殺す術を磨き、あらゆる場所に溶け込めるよう教養を施し、様々な耐性をつけるため拷問され。

 

 そうしていくうちに、最初は何十人もいた子供達が一人、また一人と映像の背景から消えていく。

 

 そして幾度も幾度も、何度も頭に刷り込ませるようにこの場所の〝決まり〟を心に刻むのだ。

 

 

 

〝我らに感情は要らぬ。我らに思考は要らぬ。我ら人にあらじ。我らは刃、悪を断つがため生かされた、肉の刃なり〟

 

 

 

「まさか、この子も、他の子供達もこうやって鍛えられ、洗脳されてるのか……!?」

「一人、また一人と脱落して……」

 

 最後に、映像の主たる少年だけが残った。

 

 その映像の頃には、少年の目線の高さはもう成人男性のものへとなっていて。

 

 そして、片手に握ったナイフから滴る血でできた水鏡には……やはり、無の顔だ。

 

「これが、北野の……」

「カイン……生まれた時にあらゆる未来と心を奪われ、一振りの凶刃とされてしまった人よ」

 

 やはり、映像からは何の感情も伝わってはこない。

 

 しかしその代わりとでも言うように、何度も同じ言葉が壊れたラジオのように繰り返される。

 

 

 

〝我らに感情は要らぬ。我らに思考は要らぬ。我ら人にあらじ。我らは刃、悪を断つがため生かされた、肉の刃なり〟

 

 

 

 ただ殺した。命じられるままに、己の存在価値を保つために、冷たい凶器として生きてきた。

 

 そのことを疑問視する思考すらもなく、あまりに悪魔的な所業に光輝は怒りを目に宿す。

 

「どうしたら、こんな酷いことが……! でも、これじゃあどうしようも……!」

 

 光輝らしい正当な怒りを抱くと同時に、彼は理解していた。

 

 どうやっても、何をしても……この冷え切ったナイフのような男は、ナイフにしかなれなかったのだと。

 

 表情一つ変えただけで殺されるような環境で、従う以外に生存の道はないのだから。

 

 

(もう何かを私が事あるごとになにか言ったり、フォローする必要はこの先必要なさそうかしら)

 

 

 ただ感情に身を任せるのではなく、その先も理解できる幼馴染の成長に雫は微笑む。

 

 彼女とて何も感じないわけではないが、この先がもっと残酷であることを思えば。

 

 まだ生易しいのだ、と思いながら。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「っ、誰か来た……?」

「多分、アベルよ。先代の〝世界の殺意〟で、カインのご先祖様」

 

 

 

 

 

 それから先は、雫にとっては知っている展開だった。

 

 

 

 

 

 アベルに出会い、カインは彼に心を教えられるうちに人間性を手に入れていく。

 

 無だった心には思考と感情が宿り、本当は醜悪な極悪だった飼い主達を殺し。

 

 その後に彼が死に、責務を継承した後に世界に生じるバグと……同じだけの争いを殺した。

 

 

 

 少しだけ救われたカインに光輝がほっとした直後、丁度見知った顔が現れた。

 

 人の死体を食い漁っている、くすんだ金髪の少女……のなり損ないの、人喰いの獣だ。

 

「御堂……」

 

 あの牢獄で目にした、狂った一人の少女。

 

 自分に……いいや、きっと誰でもよかったのだろう、誰かに助けを求めていた少女。

 

 

(待っていてくれ。俺は、きっともう一度君に……)

 

 

 表情を真剣にする光輝と映像に見入っている雫の前で、感情が宿り始めた記憶は流転する。

 

 孤児の少女を拾い、悪逆に倒れた女を救い、人喰いの少女を美しき妖美に育て。

 

 

 

 

 

 そして、自らの死を以って有り余る断罪の代償を支払った。

 

 

 

 

 

「な……!」

 

 自ら首を落とし、目の前に倒れたカインの体に絶句する光輝。

 

 懐疑、疑問、衝撃、驚愕……ありとあらゆる混乱に見舞われた彼に、雫がそっと告げる。

 

「彼は、救いすぎたの。そのせいで世界は命の多さに耐えきれなくなり、彼は全てをリセットした」

「そんな、だって彼は、ただ一つでも多くの悲しみを取り除こうと……!」

 

 感情を手にしてから、心の声だろうカインの言葉は全くの別物へと変化していた。

 

 一つでも多くの命の救済を。命じられるがまま殺してきた人々への贖罪を。

 

 百万の命の上に、十億の命を……その思いは、己の醜さと対面したばかりの光輝には美しいものだった。

 

 これは、本物だ。

 

 彼は理不尽に人生を奪われてなお、自分にしかできないやり方で誰かを守ろうとしたのだ。

 

 それだけ、なのに。

 

「こんな結末は、あんまりだろ!」

「そうね。これで結末なら、どんなに良かったことか……」

「……どういうことだ?」

 

 雫は、光輝の質問には答えられない。

 

 そうしてしまえば自分もこみ上げてきたものを吐き出してしまいそうで、無言で映像を見た。

 

 怪訝な表情をしながらも、光輝は宙に浮かぶ記憶をもう一度見上げて。

 

 

 

 

 

『お父さんはもう苦しまなくていいんだよ! だって──もう誰も、この世界にはいないんだもの!』

 

 

 

 

 

「な、ぁ……!?」

 

 狂った女神の満開の笑顔に、絶句した。

 

 それまでカインの心の声ばかりだったのに、屈託ない笑顔で放たれた一言は、音となっていた。

 

 同時に、周囲に散らばる様々な映像から、彼女が全てを破壊したことを理解した。 

 

 心を手に入れた彼が育てた娘が、狂いきった極悪に変わってしまったことを、理解したのだ。

 

「なんで……なんでだよっ!」

 

 気がつけば、光輝は叫んでいた。

 

 もう、子供の自分は卒業したつもりだ。

 

 これが終わってしまった、ただの記憶であることもわかってる。

 

 それでも、そうだとしても。

 

 天之河光輝の、人として当たり前の他人の不幸を悼む心が……これ以上ないほど苛まれた。

 

「あんなに頑張ったのに、どうして何もかも踏みにじられなきゃならないんだっ!」

「光輝……」

 

 何度も何度も、光輝が近くの壁に拳を叩きつけ、激白する。

 

 雫は一瞬宥めようとするが、やめた。同じ気持ちを痛いほど感じているから。

 

「どうして、どうしてッ! なんで誰も、彼を許さないんだよッ!!!」

「っ……」

 

 思わず唇を嚙む雫に、怒りから一転して悲しみに満ちた顔で光輝が振り向く。

 

「なあ、雫」

「……何かしら」

「俺は自分が唯一正しいだなんて、そんな傲慢は二度と抱かないって誓った。でも、でもさ……」

「それ以上は言わないで。私も……同じ気持ちだから」

 

 

 

 これは、あまりに間違っている。

 

 

 

 その言葉を、今にも涙を流しそうな雫を見て。

 

 光輝は煮え湯を飲み込む思いで、全力で言葉にしなかった。

 

 代わりに、今もなお続いているカインと狂った女神の記憶を、歯を食いしばって見続ける。

 

 

 

 娘が本当の悪に堕ちたことを知り、絶望から自らの消滅を望んだカイン。

 

 自分という悪の根絶を望む彼に、しかし心を失って世界の理となった女神は拒絶し。

 

 そしてカインをその記憶以外の全て、別のものへと作り変えた先に。

 

 

 

『おはようございます、北野シュウジさん(お父さん)?』

 

 

 

 贋作の、最初の記憶が映し出された。

 

「…………」

 

 二度目の驚愕に、今度は二の句すらも告げられなかった。

 

 その気持ちをよく理解している雫も二度目とはいえ全く感情の波は衰えず、悲しげに見る。

 

 

 

 そんな二人の目の前で、突然緩やかだった映像が変化する。

 

 一つだけだった記憶の窓がポツリ、ポツリと増えていき、部屋の中を埋め尽くしていく。

 

 それは強烈な光になって部屋の中を照らし、無数の窓に二人は身構える。

 

「こ、今度は何だ!?」

「っ、もしかして……!」

 

 何かに気が付いた雫が、一つの窓を直感的に選び取って覗き込む。

 

 

 

 見事と言うべきか、それは最初にシュウジが自分に秘密を明かしたあの夜の記憶。

 

 目を見開き、雫は次々と窓に目線を写して中身を確認していく。

 

 そこに映っているのは、ハジメや美空、リベル、香織、ユエ、シア、ウサギ、ティオ……そしてルイネ。

 

 

 

 いずれも場所や時系列はバラバラで、中には自分も知らないものもある。

 

 それでも、これが地球とトータスにやってきてからの記憶であることは理解できた。

 

「雫、これは何なんだ!?」

「わからない! もしかしたら魔法が完成しようとしてるのかも……」

 

 

 

 ──守らなければ

 

 

 

 雫の言葉は、脳の中枢に反芻するような声によって肯定された。

 

「っ、今のは北野の声!?」

「シュー!?」

 

 二人揃ってシュウジを見ると、あいも変わらず彼は映写機のように目を光らせているだけ。

 

 ではこの窓かと二人が周りを見回すと、応答するように再び脳内に声が響いた。

 

 

 

 ──守らなければ。俺自身が手に入れた愛と平和を

 

 

 

 それは、北野シュウジの中でずっと変わることのなかった、根底からの想い。

 

 自分の全ては奪われ、貼り付けられ、作られたモノだと知っても抱いた、一つの願い。

 

 そして。

 

 

 

 ──守るために、俺が全てを背負わなければ

 

 

 

 全てが誰かから奪い取った意思と力で、どんなにみっともなくてもいい。

 

 それでもいいから、守りたい……自分を贋作と知ったからこそ芽生えた、そんな決意。

 

 

 

 魔力を通して届いたその言葉は、分厚い嘘で塗り固められ、これまで見えなかった本当の想い。

 

 共に、いつの間にか記憶に見入って忘れていた魔力の波動が脈動する。

 

 

 

 何かが完成する。

 

 そう悟った二人の後ろで、シュウジの手の中のアサシンボトルとドライバーが光り輝き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────そのために、清算しなければ。ハジメ達のため、これまで犠牲にした人のために。俺の全てを賭けて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、部屋の中に魔力の光が爆発した。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

さあ、幕間なしで次に突入です。
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