終末の幕開け
俺は、造られた人間だ。
かつていた誰かの粗悪な模造品、滅茶苦茶にいじられた記憶を持ったクローン。
けれど、実はその誰かは俺の中に宿っていて。
そして本当に実在した誰かは、俺から引き抜かれていった。
じゃあ、俺って、なんだ?
人殺し? 悪人? 外道? 人でなし? 化け物?
──人形?
全て、全て。
操られるだけの模造品。最初から死ぬことが定められた壊れ物。
何者でもない俺は、きっと他の誰よりも価値がなくて。
だけど。
だけど、生きたいと、そう思ってしまった。
あいつらが、俺を〝北野シュウジ〟にしてくれたから。
だから、恩返しをしよう。
贖罪をしよう。断罪をしよう。修正をしよう。
だから、俺は。
最後まで、ピエロであり続けよう。
●◯●
「……ん」
極限の集中によって沈んでいた自意識が、徐々に浮かび上がる感覚。
それは湖の底から、湖面へ向かうような状況に似ている。
長年の修練によって瞬時に意識は引き上げられ、意識が五感によって包まれた。
瞼を開けると、ぼやけていた視界が少しずつ焦点を定め、輪郭が定かになっていく。
「よく寝たな……」
『目が覚めたか』
ん、エボルトか。もしかしてお前も休眠状態に入ってたりした?
『まあな。さて、目覚めて早速で悪いが……良い知らせと悪い知らせがある』
何だ藪からスティックに。ついに天之河がくたばったとか?
『残念だがそうじゃない。まず良い知らせを教えてやろう。実験は成功したぞ』
エボルトの言葉に、自分の腰に目線を落とす。
エボルドライバーの左側のスロットには、ライダーエボルボトルではない、未知の黒いボトルが。
警戒に部屋中に張り巡らせていたカーネイジを引っ込め、体を動かせるようにする。
ボトルを引き抜いて観察すると、確かににそのボトルの形をしたものは完成していた。
アサシンエボルボトルに似た、自らを荊で包んだ蛇の頭骨を模したレリーフが刻まれている。
ほっとしたのと同時に、大量の魔力を失ったことによる疲労が遅れてやってきた。
残る魔力で自己再生を行い、疲労を消してからもう一度ボトルを見る。
「完成したか、俺の
『名付けて〝エボルヴボトル〟。お前の起こす革命のための力だ』
一文字増やして新しく命名するとは、相変わらず良いセンスだ。
我ながら珍しく心からの喜びに笑い、エボルヴボトルをポケットに放り込む。
「で、悪い知らせってのは?」
『心して聞け……〝あっち〟の俺との繋がりが切れた』
……なんだと?
「それはつまり、やられたってことか?」
『いや、そうじゃない。単純に結界のようなもので接続が絶たれている。どうやらパンドラタワーから魔人領に行ったところを狙われたようだな』
「チッ、奴が本格的に動き始めたか。完全に意思疎通は途絶えたんだな?」
『正解! だが僅かな遺伝子の繋がりから察するに、どうやらファウストの施設の一つに隠れてるらしい』
「そうか。……ここで不足の事態が起きるとはな」
まずいことになった。
この世界のあらゆる場所に根を伸ばした組織があったからこそ、俺は全てを操れた。
無論その事態も想定して対策を講じてはいるが、正直心許なさすぎる。
「教会が消えた今、奴の本拠地とも言える
『警戒を怠るな。いつ奴が攻めてくるかわからなくなったぞ』
「ああ、わかって……?」
答えながら立ち上がろうとして、足に何かが当たる。
はて、この椅子以外に何かあったかと見下ろすと……そこには床に倒れている雫が。
ブーツに当たったのは、雫の手だ。
「雫? どうしてここに……」
視界の隅にアホ勇者が映った気がしたが、それよりも雫の容態を確かめる。
「かなり魔力が乱れてるな。概念魔法の発現に当てられたのか」
『どうやら俺たちが作業している間に来ていたみたいだな』
おおかた、放出された魔力の波動に様子を見にきたとかだろう。
女神様を硬い床に寝かせるなんてありえないので、雫をそっと抱き上げる。
ついでに転がってる勇者もカーネイジを足に括り付け、そのまま部屋を後にした。
リビングに行ったが誰もいなかったので、勇者をそこらに落とし、ついでに剣をパクっておく。
そして雫をソファーに寝かせ、それからハジメとユエが概念魔法を創造するのに使っている部屋に向かった。
「さて。ハジメとユエの方は成功したかな?」
『結果はどうあれ、魔力の波動を感じないってことは終わったんだろうな』
魔力回復ジュースを片手に、あいつらなら必ず成功させているだろうという確信を抱く。
ふとある事を唐突に思い出して、ポケットの中を漁った。
取り出したるは、煌く七色の光を内包した美しい宝玉──箱舟を覚醒させるための鍵。
「こっちも問題なく使えるといいがな」
『使ってからのお楽しみってとこだ』
「後でハジメ達も揃ってからフィーラーに食わせるか」
軽く投げ、異空間の穴を開けてそこに落とす。
そうこうしているうちに部屋に到着する。
またイチャイチャしてると悪いので、ノックをしてから扉を開けた。
「お邪魔しますっと」
「あ、シュウジ……」
一番入り口近くにいた美空が振り返って……何故かボロ泣きしていた。
続けてこちらを見たティオも、同じように涙を流している。
ウサギや坂みん達は、泣かないまでも沈鬱といつう文字が顔に浮き出てきそうな表情だ。
「ハジメとユエに、なんかあったか?」
「え、っと。その……」
「概念魔法を作り出す際、ご主人様の思い出が可視化されておったのじゃ……奈落の底での、地獄がの」
「……ある意味懐かしい記憶、かな」
「ああ、そういうこと」
そういえばそんな副次的効果もあったかと、今更ながらに思い出す。
もしかして俺も雫と勇者に見られたか? 余計な記憶まで投影されてなかったらいいんだが。
『記憶は曖昧だが、計画のことについては知られてないみたいだぞ』
それならまあ、いいか。
「話には聞いてたけどよぉ……まさか、あんなことがあったなんてよ」
「南雲くん、奈落の底であそこまでの思いをして、それでも帰ろうと……」
「俺の親友は、強いだろ?」
坂みんと谷ちゃんは、はっきりと頷いた。多分何もかも見ちまったんだろうなぁ。
俺も実際に一緒にはいられなかった訳だが、奈落で再会した時のあいつには驚いたもんだ。
「んぁ……なにがどうなった」
「ん……アーティファクトは」
お、どうやら二人が目を覚ましたようだ。
全員が一斉に振り返り、俺もするりと間を通り抜けて二人を見に行く。
シアさんと白っちゃんに手を貸されて身を起こした二人は、ぼんやりとした顔でいる。
「よう二人とも、随分大掛かりな実験だったみたいだな」
「シュウジ……」
「ああ。だが、その甲斐はあった」
ハジメが手を広げ、中に握っていたものをアイパッチを外して魔眼石で見る。
正十二面体のクリスタルがあしらわれ、赤と金の複雑で精緻な装飾が魔法陣を描く〝鍵〟。
名付けるとすれば、クリスタルキーか。
それを見つめていたハジメは、確信のこもった笑みを浮かべる。
「成功だ、とてつもなくデカい力を感じる」
「ん、導越の羅針盤に似てる」
「そりゃ重畳」
俺の差し出した両手をそれぞれ取り、立ち上がる二人。
白っちゃんが魔力譲渡をしたようで、ふらつきもせずに両足でしっかりと立った。
「加減がわからなくて魔力を全部使い切っちまったが、十分以上の成果が得られた」
「ん……次からはもっと調整できる」
そう言い合いながら、ハジメが虚空に向けてクリスタルキーを向ける。
クリスタルキーにハジメの体から魔力が流れ、ゲートキーとよく似た空間の歪みが発生。
かなりの魔力を持っていかれるのか、眉を顰めるハジメはそのまクリスタルキーを捻った。
すると楕円形に空間に穴が開き、その先には──
「この恥知らずのメス豚がぁっ。昇天させてやる!」
「あぁ! カム様ぁ! 流石、シアのお父様ですわぁ! すんごいぃいい!!」
恍惚とした表情のアルテナの姫さんを鞭打ちしている、筋肉モリモリマッチョマンの変態がいた。
一瞬でその場の空気が凍りついた。ゲートを開いているハジメ本人も思わずキーを手放しかけた。
『これはひどい』
ほんとだよ。
「ん?」
誰もが唖然とする中、筋肉の変態はこちらの気配に気がついて振り返る。
そして思いっきり目を剥き、鞭が止んだことに姫さんもこちらを見て驚いた顔をした。
「ボ、ボスぅ!? それにセンセイも!? どうしてここにゲートが!?」
「シア! それに北野様達も! 聞いてください、私がちょっとシアの拝見しようとしたら、カム様ったら激しくお仕置きしてくれたんですの! さすがシアのお父様ですわ、力加減も絶妙で!」
「ちがっ、こここここここれは違うんですぅ!」
シアさんそっくりの仕草で狼狽えるカムさんと、一言発するたびに地雷原をブチ抜く姫さん。
自然とシアさんの方に目を向けると……白目を剥いて気絶して、ウサギに受け止められていた。
「とう、さまが……」
「よしよし。かわいそうなシア」
「……よおカム。元気そうで何よりだ。楽しそうだな?」
「ついにご主人様を見つけたようじゃな、同士よ」
「はいっ!」
「いやぁ、友達の父親となんて実にドラマチックだねぇ。そんな関係から始まるラブコメも俺はいいと思うよ?」
「なにかとんでもない勘違いをしてませんかセンセイ!?」
弁明? しながら、テメェ黙ってろやとカムさんが姫さんを睨み下ろす。
でも姫さんは明らかにそれで更に感じてるので、完全に手遅れですありがとうございました。
「……父様…………アルテナさん…………」
「っ、シア!?」
「あっ、シア様!」
いつの間にかシアさんが復活してた。
彼女は砲撃モードにしたドリュッケンを構え……
「いっぺん死んでこいです、この変態共ッ!!!」
「ぎゃあああ!!」
「あっはぁあああん!!」
容赦無く引き金を引いた。
炸裂スラッグ弾がゲートを通過した直後にハジメがキーを停止し、穴が閉じる。
その直前に聞こえた悲鳴は、崩れ落ちるシアさんの前ではスルーする他になかった。
「……シア、元気出して」
「ひどい、事件だったね……」
「大丈夫だよシア。あれは……そう、ちょっとした気の迷いだから。きっと今ので正気になったから!」
「ぐすっ、ありがとうございます三人とも……でもあれくらいじゃあの筋肉お化け死んでないでしょうから、地球に行く前に息の根止めときます……」
「ドンマイシアさん。まあ、現実は無情だよね」
「あなたはこの先一生何があっても許しません」
あっヘイトがまた上がった。
涙が怒りで蒸発しそうな目で睨んでくるシアさんから目をそらし、ハジメを見る。
ハジメは、軽い気持ちの試運転になんとも苦々しい笑顔で肩をすくめるのだった。
「あ〜、ほら。カムは後で俺が矯正してやるから、元気出せ」
「うぅ、ハジメさぁ〜ん!」
ハジメの胸にシアさんが飛び込み、とりあえず悲惨な事件のオチはついた。
読んでいただき、ありがとうございます。