雫「シュー…」
ハジメ「今でもあれはいやな時間だったな…さて。今回はそんな俺達の前に一人の男が現れる。そいつの目的はいかに。それじゃあせーの、」
三人「「「さてさてどうなる終末編!」」」
三人称 SIDE
悔恨と無力感に満ちた絶叫に、皆が沈鬱な表情になる。
シアがいつものように明るく励まそうと口を開き、けれどすぐに口を噤んだ。
あれほどの覚悟を決めた雫も、ぼうっと半壊の玉座を見るだけ。
いつも旅を明るく彩ってきた彼女や、彼への想いならば一番である彼女でさえもそうなのだ。
いったい、他の誰がハジメに声をかけられる?
そのような暗黙の了解が広がり、一言も発せない広間の中。
劇的な登場をしたユエも寄り添うだけで、何も言わない中──コツリ、と。
開いたままだったユエのゲートから、床を踏みしめる誰かの靴音が響いた。
無音だったからか、いやに大きく響いたその音に誰もが振り向き、そして驚く。
「っと。こりゃ、ひどい有様だな」
まるで当然のように現れたのは──上質そうな衣装に身を包んだ、老齢の男。
赤く眼光を光らせ、黒い帽子を片手で押さえながらゲートをくぐってこちらに出てくる。
彼を知っている者は何故、と驚き、そして知らぬ者達は誰? と首を傾げた。
五十に近い視線を受けながらも、まるで気にせず悠々と広間を見渡す男。
やがてハジメに目線を定めると、コツコツと黒いブーツを鳴らして歩み寄る。
唯一男の登場に反応しなかったユエは、最初からわかっていたかのようにハジメから離れ。
そして、ついに男がハジメの目の前に立った。
「情けない面構えだな。俺に吠えた時の威勢はどうした」
「………………黙れ」
「ハッ、無力感と自己嫌悪でそれどころじゃあないってか? これだから目先の感情しか見えないガキは困る」
「っ、黙れって言って──」
普段ならば乗りもしないような挑発に、しかし最大級に心を抉られていたハジメは顔を上げる。
その瞬間、容赦無く男の放ったヤクザキックがハジメの顔面にめり込んで、後ろに吹っ飛んだ。
「がはっ!?」
「「「「えぇええっ!?」」」」
まさかの一撃にシアや美空達が声を上げる中、仰向けに倒れたハジメは呆然とする。
(なんだ、何が起こった? 見えたが、反応できなかった。気がつけば一撃を食らっただと?)
先ほどの強引な突撃で魔力を大部分消費し、注意力も散漫であった。
最悪な心境にもの凄く油断していたとはいえ、気がつけば顔に靴裏が接触していたのだ。
頭を疑問符で満たしていると、不意に襟首を掴まれて引き上げられる。
強制的に立たされて、目の前に写り込んだのは案の定、あの男の顔だ。
「甘ったれてんじゃねえぞ。守られてるのなんて今更だろうが。それをちょっと離れたくらいでメソメソ泣きやがって、みっともねえ」
「………………」
「終わったことを悔やむより、別に考えることがあるだろうがこのボケが。あいつはお前になんて言った? 何を頼んだ? 何を託した? お前はそれを無下にするってのか?」
「っ……!」
老人とは思えぬ力に体は宙に浮き、無防備に下からの睨め上げる視線を受けてハッとする。
そうだ。ずっと最後の言葉が脳内をループしていて忘れかけていた。
あんな胸糞の悪い光景よりも、ずっと大事なことがあったではないか。
「あいつはお前に、助けてくれと言ったんだ。お前はあの北野シュウジに、助けを求められたんだよ。それは俺が終ぞ聞くことのできなかった言葉なんだ」
「……俺に、助けを」
「親友に頼られたんだ。だったら全力で答えろ」
覚えている。聞こえていた。確かにシュウジは、自分を頼ってくれた。
人生初の言葉に返したのは怒りの叫びだったが、それでも自分は──
「挫けてもいい。折れても構わん。だが諦めるな。それだけがお前の取り柄だろう」
「…………」
男の紡ぐ言葉には、実際の音以上に〝重さ〟があった。
まるで自分自身がそう言っているような気さえ、ハジメが感じるほどに。
ああいや、そう。だからこそ。
「……随分と、好き勝手言ってくれやがって」
ガッと、男の左腕を掴むハジメ。
「黙って聞いてりゃ、甘ったれるだの俺が聞くことができなかっただの、ぐちぐちと並べ立てやがって……」
男の腕を、ギシギシと軋む音が聞こえるほど強く握りしめながら呟く。
そうして見下ろす形で男に向けた目には──いつも通りの、鷹のように鋭い眼光があった。
「上等だ。お前に言われなくても、あいつの言ったことくらい叶えてやる。俺が、俺達が神域とやらに行って、あいつを助けてやろうじゃねえか」
「……それでいい。不遜な顔でいろ。さっきのしけたツラよりよっぽど
不敵に笑う男とハジメ。不思議と、その顔は瓜二つに見えた。
男がハジメを降ろして手を離す。ハジメはシワの寄った襟を直してから鼻を鳴らした。
同時に男から発せられていた覇気のようなものが弱まり、地球組はほっと息を吐いて──
「くふっ……」
「きゃあっ!?」
「先生ぇ!」
「愛子っ!」
入れ替わるように、緊張の糸が途切れたことで意識を手放した愛子が崩れ落ちた。
ハッとした美空が慌てて治療に向かい、遅れて香織は同様にルイネの方へと行く。
「いす、石動、せ、先生がっ!」
「美空、愛子を助けてください!」
「わかってるし! 患部に触らないよう支えて!」
錯乱している清水と焦るリリアーナに、美空は早速回復魔法をかけ始める。
背中の刺し傷が凄まじく、内臓さえ垣間見える程の深傷に美空は冷や汗を流した。
すると突然、弱々しく動いていた内臓に黒い血管のようなものが走っていく。
「っ、なにこれ……」
『臓器ハワタシガ動カス。サッサト治セ』
「わあっ!?」
突然体から滲み出てきた顔に驚くも、敵意がないことが分かると美空は頷いて治療を続けた。
「ティオ、ルイネさんの容態は!」
「五分五分……と言えれば良かったのじゃがな。正直ほぼ望みがない状態じゃ」
一方、必死に香織が使徒の体の膨大な魔力で回復魔法を注ぎ込むが、ティオは難しい顔だ。
既に力を使い果たし、人間の姿に戻っているルイネの心臓はほぼ止まりかけていた。
「死なせない、死なせないよっ! シュー君があんなに頑張ってたんだっ、私だってぇ!」
一直線に死へ向かうルイネを繋ぎ止める為、香織は全力を振り絞る。
彼女にとってシュウジは、美空がいたにも関わらず、地球にいた頃からハジメのことで相談に乗ってくれた友人だった。
この世界に来てからも生き残るための訓練をつけ、ジョークで励まし、そしてこの体を与えてくれた。
そんな大事な友人が、身を挺して彼女を、そして自分達を助けてくれた。
癒す力を持っている自分が彼女を助けられなくて、どう彼に顔向けするというのだ。
「っ、だめ、分解の力が強すぎて傷が治らない……!」
現実は無常だ。
香織の思いとは裏腹に、カーペットを更に赤くする血は止まらない。
人間の体だった時より魔力が豊富とはいえ、先の応戦でもかなり使っている。
枯渇寸前で震える手を翳すが、紅煉用に特別に強くされた分解の力はその治癒を勝る。
ティオも悲しげに目を伏せ……そこにふと、香織の隣に膝をつく人物がいた。
『困ってるようだな。助けてやろうか?』
「っ!?」
「エボルト!?」
『おう、ハジメじゃなくて悪いがな』
ひらひらと手を振るのは、赤いスーツに身を包んだ怪人──ブラッドスターク。
驚いて香織がそのバイザーを見上げ、ティオが素早く入り口に目を走らせると……門番の兵士が転がっている。
紫色に全身の血管が浮き出ており、泡を吹いて絶命していた。毒でショック死したのだろう。
「てめぇ、今更どのツラ下げて……!」
「龍太郎、待て」
散々暗躍していた人物の登場に、それまで立ち尽くしていた龍太郎などが構える。
それを光輝が制した。困惑する龍太郎に、[+悪意感知]が発動していない光輝はかぶりを振る。
それを気にせず、スタークは優しく香織を押し退けるとルイネを見た。
『やれやれ。本当なら助ける義理はないが……あいつ自身が許してるんだ、仕方がない』
左手をもたげ、調子を確かめるように手を開閉するとルイネに翳す。
掌からエネルギーが放出され、ルイネの全身に満遍なく広がっていく。
毒々しいそれが強力な毒素分解作用を持っていることに、治癒師である香織は気付いた。
やがて、エネルギーの放出が止む。
エボルトはルイネの胸に手を置き、少しした後に頷くと……そのまま寝っ転がった。
『ええい、やっぱり遺伝子が半分しかないとこれが限界か……』
「あの、エボルト……?」
『とりあえず毒素は分解した。あとは傷を治すだけだ』
「え……あ、ほんとだ、すごい!」
ルイネの調子を確かめ、本当に分解の力が綺麗さっぱり消えていることに驚く。
兎にも角にも、これで治療ができる。
「ハジメくん、神水をくれないかな!」
「……ああ」
男と真正面から睨み合っているハジメは、宝物庫から残り少ない神水の試験管を取り出す。
放られたそれを危なげなく受け取り、一気飲みして魔力を回復すると治癒を再開した。
「よかった、なんとかなりそう!」
「むう、しかしどうやって……」
『白ちゃんのおかげだぜ。魂をノイントの肉体に固定して調整した時に、分解の力を解析できた。あとはそれと同じ毒を俺が生成して、解毒の方法を作ればいい』
「なるほどの。自在に毒を作り出せるお主だからこそできた解毒方法、というけか」
『正解』
寝転んだまま、ティオに人差し指を向けるエボルト。
今回はエボルトも重労働だった。
シュウジの中に半身が離れているので、本来の遺伝子の半分しか残っていないのだ。
万丈の時とは比べ物にならないほど弱体化しており、これだけでごっそり体力を持っていかれた。
ともあれ、王都侵攻の際にスタークに恐怖を覚えていた地球組はひとまず安堵する。
龍太郎もブリザードナックルを収める中で、ようやくシア達がハジメ達に近づいた。
「あの、ハジメさん。その方って……」
「お前らも覚えてるだろ。グリューエンであいつを止めてくれたジジイだ」
「おいおい、その紹介の仕方をするならもっと敬え」
「うるせえ、人の試練に茶々入れてくる野郎に誰が敬意なんか払うか」
「試練……?」
側から見れば意味不明な会話にシアが首を傾げる。
ぴこぴこと揺れるウサミミに、ふと視線をそちらに向けた男は優しく笑った。
「お前は相変わらず純粋だな。そのまま変わらないでいてくれ」
「え、あの、グリューエンの時より前にどこかで会いましたっけ?」
さらに疑問符を浮かべるシア。
それもそうか、と男は少し寂しげに笑い方を変える。わかるはずもあるまい。
そんな男を一瞥したユエが、少し逡巡した後におもむろに口を開いた。
「……シュウジは、私の本当の体をホムンクルスを保管する棺に入れて封印した。多分、完全にエヒトに気配を探られない為の措置」
「北野っち、そんなことまで……」
「とことん規格外だなあいつ……」
「ん。そして棺には魂魄魔法で鍵がかけられた。
「へえ、そうだったんですか……………………ん?」
はて、と。
シアはその説明に、先ほどとは別の意味で首を傾げた。
龍太郎と鈴も顔を見合わせる。遠目に聞いていたティオや光輝も眉を顰めて、ウサギも黙考した。
ユエは自分の体が、ハジメの魔力でしか開かない仕掛けの棺に入れられたと言った。
ではどうやってその棺から出てきて、こうしてこの場にやってきたのか。
そして何故、あの男はユエの開けたゲートから出てきたのか。
十秒、二十秒と無言の時が流れ。
「………………え!?」
やがて、目を剥いたシアの一言が広間に響いた。
徐々に意味を理解した龍太郎達の表情もシアと同じ顔になっていく。
いち早く理解したティオが「まさか……」と呟いた。
その声量になんだなんだと、愛子の周りに群がっていた地球組や美空、香織も顔を上げる。
全員の視線が集まった中、わなわなと震えるシアは人差し指を男に向けて。
「ま、まさか、あなたは……!」
「まあ、ユエの言葉は大ヒントだったからな。お前達なら気がつくだろうさ」
どこか嬉しそうに呟いた男は、ゆったりとした動作で帽子を取る。
そのまま帽子を持った右手を胸元にやり、緩く左腕を上げると不敵に笑った。
「初めまして。そして久しぶりと言っておこう。俺はロストマン。全てを捨て、過去に囚われた亡者。またの名を──南雲ハジメだ」
その名乗りに、ピキリと空気が凍りつき。
『えぇえええええええええええっ!!!???』
一瞬の後、重なった驚愕の絶叫が広間を揺るがしたのであった。
読んでいただき、ありがとうございます。
ついに明かされた正体、さていかに。
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