星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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始「おう、こんにちは。前回はメルドさんの話だったな」

エボルト「最終局面に向けて物語が収束していく感覚は良いものだな」

ハジメ「おかげで頻繁にいろんな話を見返してるがな」

エボルト「終わりそうだからこそ気になるんだろうよ。さて、今回は主に雫達の話だ。それじゃあせーの、」


三人「「「さてさてどうなる終末編」」」


兎さん?

 

 雫 SIDE

 

 

 

「どうして……どうしてなの……」

「…………」

 

 私は、目の前でか細く呟く鈴に何も言うことができなかった。

 

 

 

 真のオルクス、深層。

 

 少しでも剣技を磨くため、変成魔法の修行をする鈴と共に魔物と戦い続けた。

 

 そして私は今、これまでにないほど絶望し両膝をついた鈴に声をかけられずにいる。

 

 垂れたツインテールで顔は見えないが、彼女が涙を浮かべているのは声からわかった。

 

 

 

 うまく励ます言葉が見つからない。

 

 オカンと言われた自分のお節介癖がこんなところで役に立たないと、予想だにしなかった。

 

 それでも、仲間として友達として、彼女を放っておくわけにはいかない。

 

「鈴、げ、元気を出して? きっと上手くいくわ」

「……そんなわけないよ。もう鈴は駄目なんだ。何をやっても無駄なんだよ」

「そんなこと言わずにほら、ね? 気を取り直して次に──」

 

 私の言葉は、バッと顔を上げた鈴によって遮られた。

 

 そして予想通り目尻に涙を浮かべた鈴は、たまらないというように叫ぶのだ。

 

 

 

「もう嫌だよ……なんで虫しか従えられないのぉ!!!」

 

 

 

 ……私はそっと目を逸らした。

 

「……次はいい魔物を従魔にできるわよ」

「ねえシズシズ、どうして目をそらすのかな? かな?」

 

 香織みたいに詰め寄ってくる鈴と目を合わせられない。だって面倒臭いことになるもの。

 

 でも、気持ちはわからなくもないのだ。

 

 せっかくこんな所にわざわざ魔物を捕獲しにやってきたのに、成功したのは変な魔物だけ。

 

 

 

 例えば、強力な酸を吐く大きな──ムカデ。

 

 爆発する針を散弾銃のように発射する──ハチ。

 

 モグラのように地面の中を泳ぐ──アリ。

 

 

 

 他にもカマキリとか蝶とか、なぜか生きた昆虫展のようなラインナップばかり。

 

 今は南雲くんが空間魔法で作った捕獲用ボール(モ○スターボールではない、決して)に入っている。

 

 

 

 樹海では虎とかを従えられたのに、どうしてこうなってしまったのか。

 

 おそらく樹海のとは比べ物にならない、この深層の魔物達の強さが原因なんでしょうけど。

 

 というかどの魔物も本当に強い。理不尽なくらい強い。最初は斬り方がわからなくてかなり苦戦した。

 

 バリエーションも多いし、もうかなり魔力を消費してる。

 

 南雲くん、よくこんなの百階層も突破してきたわね……

 

「で、でもほら、地上の魔物とは比べ物にならないくらい強力よ? これならあのフリードの魔物とか、恵里の傀儡兵にだって太刀打ちできる……」

「だからって昆虫女王は嫌だよぉ! こんなの連れて帰ったら龍っちに嫌われちゃう! というか恵里にもぜっっったい引かれる!」

 

 まあ、ええ。そうでしょうけども。

 

 本性を露わにした今の恵里なら、平気でドン引きするのが簡単に想像できる。

 

 でも龍太郎なら……ああうん、「鈴が昆虫クイーンでも好きだぜ!」とか言って泣かしそうね。

 

「ううっ、ぐすっ、あんまりだよぉ……こんなのってないよぉ……」

「とりあえず、帰りましょうか。いざとなれば()()()()()にゴーレムとか作ってもらいましょう、ね?」

「うん……もうお家帰る……」

 

 だいぶキテるみたいね。

 

 

 

 シクシクと泣く鈴の肩をさすりながら、移動を開始する。

 

 探索しながら頭の中で地図を作っていたため、九十階層に戻るための階段の場所は把握している。

 

 あれやこれやと話しかけて鈴をなだめているうちに、すぐそこまでやって来て……

 

「ん?」

「? どうしたのシズシズ」

「しっ」

 

 鈴にジェスチャーをして、周囲を見渡す。

 

「今、あの遠くの物陰を何かが通ったような……」

「えっ、ほんと?」

 

 ヒソヒソと囁きあい、もう一度、今度は耳をすませる。

 

 すると少し先、下への階段の側にある上層への階段の方角から音がした。

 

「何か……移動してる。それもかなり速い」

「鈴には何も聞こえないけど……」

「多分、ネビュラガスの効果でしょうね」

 

 研ぎ澄まされた聴覚は、その〝足音〟がこちらに接近していることを教えてくれた。

 

 どうやら足音の目的は下への階段……とすると、必ずこの通路に現れる。

 

 

 

 上のオルクスの攻略時から使っているハンドサインで鈴に指示を出し、下がってもらう。

 

 私は前に出て意識を集中しながら、刀の柄に手を置いた。

 

「っ、来た!」

 

 それから数秒もせず、数十メートル先の物陰と物陰の間を横切った白い影を捉える。

 

 それは次々と物陰を経由して、こちらに近づいてくる。

 

 

 鈴の生唾を呑む音を聴きながら、腰を落として抜刀の構えに入る。

 

 そしてついに、音の主はすぐ側の岩陰から姿を現し──! 

 

「きゅ?」

「……え?」

「うさ、ぎ?」

 

 その正体に、思わずそう呟いた。

 

 赤い瞳、綺麗な白い体毛に生える、体に巡る赤色の筋。

 

 

 

 そしてありえないほど発達した後ろ足を備えた──兎。

 

 

 

 目と鼻の先にあった岩の裏に入ろうとしていたその兎は、足を止めて私達を見ている。

 

 これまで見たことのないその魔物に硬直していたが、すぐにその違和感にハッとした。

 

 迷宮の魔物は、基本的に自分の住む階層からは移動しない。

 

 だけどこの魔物は上の階層につながる階段から、こうして下への階段まで移動して来た。

 

 先ほどの隠密行動といい──この魔物、何かおかしい。

 

「鈴、油断しないで。いざとなればさっきまでに捕まえた魔物を全部解き放って」

「え、う、うん。でもこの兎さん……」

 

 答えつつも、何やら困惑している鈴。

 

 その理由は私にもわかる。

 

 

 

 この魔物が抱えるもう一つの違和感──全く殺気がない。

 

 これまでどの魔物達も見つかった瞬間襲ってきたというのに、戦意が感じられないのだ。

 

「きゅきゅきゅぅ!」

「っ!」

「はぇ?」

 

 何故と疑問を抱いた、その瞬間だ。

 

 突然鳴き声をあげた兎は──その場で飛び跳ねた。それはもう、嬉しそうに。

 

「きゅ、きゅきゅきゅ〜♪」

 

 まるでダンスでも踊るように飛び跳ね、ウサミミをみょんみょんさせている。

 

 予想外の行動に硬直していると、ひとしきり歓喜を露わにした兎はこちらを再度見た。

 

 

 

 今度こそ来るか、と刀の鯉口を切ったら……じりっと近づいてきた。

 

 その後ろ足で跳躍するでもなく、蹴りを放つでもなく。こう、ちょっとだけこっちに来た。

 

 まるでこちらを刺激しないようにとでもいうように、その赤い目でチラチラ私の顔を見てくる。

 

「え、何この子かわい──こほん!」

 

 危ない、こんなところで少女趣味を露呈するわけにはいかない。

 

 そう自分を律して気を取り直したものの、本当にジリジリと寄ってくる兎は可愛らしい。

 

 大丈夫? もう少し近づいていい? と聞くようにこちらを見る瞳に、胸が高鳴る。

 

「くっ、そんなことしたって、私は……!」

「ふわぁあああああ!」

「あっちょっ、鈴!?」

 

 何いきなり飛び出してるのこの子!? 
 

 

 私の制止も聞かずに、後ろから飛び出た鈴は兎の前に行ってしまう。

 

 

 

 思えば、これまでの昆虫採集で鈴はひどく心労を重ねていたのだろう。

 

 

 

 だからこんな可愛らしいもふもふが目の前に出てきて、きっと感情が振り切れてしまったのだ。

 

 そのせいか、次の行動には仰天こそしたものの、あまり予想外ということではなかった。

 

「第一印象から決めてました! 鈴の兎になってください!」

「きゅっ!?」

 

 頭を下げて手を差し出した鈴に、兎は仰け反った。

 

 

 

 

 

 それはもう、人間くさい動きで。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「ということで、鈴の従魔になった兎さんよ」

「きゅ!」

「やったよ龍っち! これで昆虫女王は免れたよ!」

「いやどういうことだ?」

 

 龍太郎がすごぉく不審そうな顔をした。

 

 でも兎を両手で抱えて満面の笑顔の鈴を見ると、なんとも言えない顔になる。

 

「えっと、つまりだ。その兎? は本当は一階層の魔物で、南雲が熊を殺すのをたまたま見ていて、んでそのあと立てこもってた穴倉に残してきた神水を飲んで知性を得て、いろんな魔物と戦いながら同じように見つけた神水を飲んで、武者修行しながら下まで降りてきたところを、お前らと出会ったと?」

「ざっくり説明すると、そうなるわね」

「一日四食昼寝付き、週休二日制、有給あり! さらに今なら魔石付きでステータスアップできるよって勧誘したら変成魔法を受け入れてくれたよ!」

 

 どこのセールスマンか、とツッコみたくなることを、それは嬉しそうに語る鈴。

 

 龍太郎と顔を見合わせ、目線で会話する。

 

 おいこれどうにかしろよ。嫌よあなたの彼女でしょ。俺に何を言えと。とりあえず任せたわよ。

 

「はぁ……あーまあ、なんだ。良かったな、鈴」

「うんっ!」

「きゅっ!」

 

 頷く鈴と一緒に、兎さんも短い右前足を立てた。

 

 人語を理解できるほどの知性を与えるなんて、やはり神水はとんでもない代物ね。

 

 それに、自ら南雲くんのように真の迷宮を攻略してきただけあってとても強かった。

 

 九十階層の魔物も一対一なら完勝していたし。蹴りで衝撃波が飛んだのを見たときは驚いた。

 

「とにかくこれで、鈴の戦力は問題なさそうよ」

「だな。南雲達も上々だ」

 

 私達より少し前に南雲くん達資源調達組や、樹海に行っていたシアさん達は戻ってきたらしい。

 

 色々と収穫があったようで、後でそれを聞くのが楽しみだわ。

 

「で、なんでそいつキョロキョロしてんの?」

「なんかね、南雲くんに名前つけてもらいたいんだって。『王様に御目通り願いたいで!』って言ってるよ」

「へえ、意思疎通もできんのか」

 

 あ、関西弁のところはあえてスルーしたわね。

 

「あれ、でもこの屋敷にはいないみたいね。ルイネさんのお見舞いにでも行ってるのかしら?」

「いや、違う。とりあえず案内するから、ついてこい」

「「?」」

「きゅ?」

 

 妙に歯切れの悪い龍太郎は、そのままリビングを出て行った。

 

 鈴と二人、というか兎さんも加えて二人と一匹で首をかしげる。

 

 

 

 とりあえずついていくと、龍太郎が向かっているのは屋敷の裏手側。

 

 ここに着いた昨日見た限りでは、模擬試合ができそうなくらいの敷地があったはずだ。

 

 もしかして、未来の南雲くんと訓練しているのかしら。なんて話し合いの時の会話を思い出す。

 

 

 

 

 

 そんな私の予想は、完全に的中していた。

 

 

 

 

 

「…………え」

「な、何これ……?」

「見ての通りだよ。あいつがやったんだ」

 

 そこには、荒れ地があった。

 

 均一に慣らされていたはずの敷地は抉れ、あるいは焦げ付き、巨大なクレーターまでできている。

 

 地獄絵図、そう呼ぶしかないほど破壊され尽くした荒れ地は悲惨の一言。

 

 

 

 

 だがそれ以上に驚いたのは、唯一中心だけが無傷の状態なこと。

 

 そこには黄金と黒の玉座に鎮座し、足を組んでいる年老いた南雲くんと。

 

 足元に倒れ臥す若い方の南雲くん、ユエさん、シアさんがいた。

 

「あいつ、玉座から立ち上がりもせずあの三人をのしちまった。完敗だったぞ」

「あの南雲くん達が!?」

「いえ、正確にはあれも彼なんだけれど……」

 

 話し合いの時のやりとりから、二人の南雲くんの間に実力差があることはわかっていた。

 

 だけど一番連携の取れたあの三人さえ、一歩も動かずに一蹴したというのか。

 

 

 

 そのことに驚きを禁じ得ないでいると、むくりと南雲くんが起き上がる。

 

 続けてユエさんとシアさんも起き上がり、三人とも顰めっ面を年老いた南雲くんに向けると……

 

「あークソ、完全に負けた。技術も力も、知恵もアーティファクトも全部劣ってる。何が七十近いか弱い老人だ、この魔王が」

「……たった一つすら魔法が届かないなんて、すごすぎる」

「さすが五十年も歳を重ねただけはあると言いますか。あいててて、腰が悲鳴をあげてますぅ」

「ははは、たった数十分程度で上回られたらこの老いぼれの立つ背がないさ」

 

 三人の言葉と朗らかに笑う彼の顔が、龍太郎の言葉を確実なものにした。

 

 だがいっそ清々しいくらいに南雲くん達は負けを認めていて、悪い雰囲気はない。

 

 

 

 とりあえず声をかけようとした瞬間、後ろから可愛らしい声が響いた。

 

「パパー! お疲れ様なのー!」

「ん? ミュウか」

「あら、ミュウちゃ──」

 

 振り返り、本日何度目かの思考停止。

 

 ミュウちゃんが、乗っている。六足六腕の化け物みたいな金属の生命体に。

 

「…………それは?」

「べるちゃん!」

「そ、そう」

 

 名前じゃなくて、なんなのかを聞いた……んだけど。

 

 ニコニコしたミュウちゃんにもう一度問いかけるのは気が引けて、私は曖昧に笑った。

 

「あ、そうだった! パパ、ご飯いっぱい持ってきたの!」

「おう、ありがとなミュウ」

「ん。じゃあ、みんなで食べる」

「休憩にしましょう」

「そうだな」

 

 三人がこちらにやってくる。

 

 年老いた南雲くんも立ち上がり、玉座を虚空に消すと──一言呟いた。

 

「〝錬成〟」

 

 

 

 ほんの、刹那。

 

 

 

 瞬きするたったの一瞬で荒地は平らに戻ってしまった。

 

 地面が動いた振動や音すらもなく、恐ろしいほどの静かさに鳥肌が立つ。

 

「さて。五十年ぶりにレミアの食事をもらおうか」

 

 

 

 

 

 緩やかにこちらを振り向いた南雲くんは、静かにそう言った。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ハウリア族やフェアベルゲンの人達の協力も取り付けられたのね?」

「はい。どうやらフェアベルゲンにもエボルトさんが手回ししていたみたいで、ちゃんと説明したらあっさり頷いてくれました。父様達はハジメさんに頼られたって狂喜乱舞してましたよ」

「本当にどこにでも影響があるよね……」

 

 もそもそとサンドイッチを頬張る香織の言葉に、私を含め全員が頷かざるをえない。

 

 この世界に来た直後からシューと二人で準備してきたと言うだけあって、用意周到だ。

 

 聞けば既に王都郊外に防衛拠点が完成し、戦力も整いつつあるとか。

 

「フェアベルゲンの方々は最初こそ不安そうでしたが、ハジメさんから装備が支給されると聞いたら安心してました」

「ああ、それはもう完成してる。あとで工房から持ってくる」

「お願いしますね!」

「昨日から1日半くらいずっと作業してたって香織から聞いたけど、全体的な準備はどれほど進んだの?」

「とりあえず、香織の再生魔法〝刹破〟で時間を引き延ばして、ありったけのアーティファクトは作った。だが相手はあのシュウジの体を乗っ取るんだ、一筋縄じゃいかない」

 

 その一言に、場の空気が張り詰めるのがわかった。

 

 

 

 

 

 この場の誰も、あの人の実力の底を知らない。

 

 

 

 

 

 ユエさんもシアさんも、香織も、龍太郎も鈴も。

 

 そして私も、あの人の本気を見たことがない。

 

 あの南雲くんでさえ、あの時はシューが錯乱していたから単純な殴り合いで終わったと以前言っていた。

 

 

 

 無論、エヒトがあの人の力の全てを扱えるわけではないでしょう。

 

 けれどその絶大な力が私達の前に立ちはだかると思うと……少しだけ、恐ろしい。

 

「まあ、実際相対してみないとわからないこともあるがな。そこのジジイみたいに」

 

 私達の空気を敏感に察し、南雲くんは少し冗談めかした口調でそう言った。

 

 それでいくらか緊張が解けて、それもそうだと再び食事に手をつけた。

 

「ああ、そういやミレディの方は?」

「あ、はい。協力してくれるみたいですよ。あそこから出るのは難しいみたいで、決戦開始から参加するそうです」

「そうか。また迷宮は攻略させられたりしたか?」

「いえ。攻略の証を持って最初の部屋に入った瞬間、部屋ごと乱回転して隠れ家に行きました。超ハイテンションに挨拶してきたので殴りました」

 

 に、ニッコリしてるわ。これ以上ないくらいすごく。

 

 南雲くん達もそれは仕方ないって顔してるし、本当に聞いてた通りシューみたいな性格なのね。

 

「というか、()()から連絡入ってたみたいですよ。アークさんのことを伝えた時に、同時に言っておいたみたいで」

「ああ、まあそれもありえるか。で、どんなふうに?」

「〝これからあの蛆虫に乗っ取られにいくから、ハジメ達に協力よろぴく⭐︎〟って。流石のミレディさんも呆れてました」

「あいつ……」

 

 さっきの話はどこへやら、思わず私達はため息が重なった。

 

 

 

 その後の話によると、流石のミレディさんもしばらくそれを見て放心したらしい。

 

 だがなんとなく察していたようで、シアさんに殴られた後二つ返事で了承してくれたとか。

 

「当日は自分とゴーレムと、あのキモい怪物を動員してくれるそうです。あと……これを」

 

 シアさんがおもむろにテーブルの上に取り出したのは、シンプルな作りのナイフ。

 

 匕首のように鍔のないそれは、どこかただならぬ力を感じた。

 

 自然と、魔眼石で解析をしているだろう南雲くんに視線が集まる。

 

「へえ……凄まじい力の概念が込められてるな。予想するに、〝神殺し〟か?」

「はい。〝神越の短剣〟という名前らしいです。なんでも解放者達が集まって、なかなかこれが完成しないことでヤケになって、三日三晩飲んで騒いでベロンベロンに酔っ払って、〝エヒト死ねクソ野郎〟って罵詈雑言大会やってたら出来たらしいです」

「もしかして解放者って、全員シュウジの同類なのか?」

「……全員、抜けてる?」

 

 もう、この数分だけで何回呆れ笑いを浮かべたことかしら。

 

 仲が良いというか、拍子抜けするというか……本当にあの人の話を聞いてるみたいね。

 

「思想とか知性とかそんなん全部取っ払ってたので、純粋にエヒトにだけ効くようなので、シュウジさんは傷つけません」

「そりゃ便利だ。あ、忘れるところだった。アークの核に付与されたのと同じ概念はどうだった?」

「それが、先の最後の戦いで失われてしまったらしく……」

「そうか。ま、最初からアークで乗り込むつもりだったから問題はないな」

「それと最後に、〝神言〟を防ぐアーティファクトもあったんですけど、アンチエネルギーのこと話したら〝なにそれぇ! ほんとシューちゃん最高ぉ! ミレディちゃんびっくりしすぎてもう笑っちゃうしかないよ! 〟って笑いすぎで窒息死しそうでした」

「……改めてあいつの規格外さがわかるな」

 

 またも苦笑いが広がるが、諸々の準備は整いつつあるようだ。

 

 食べ始めた最初くらいの南雲くんの話では、ティオさんも良いペースで故郷に近づいている。

 

 ウサギさんも少し前に電話があり、兄妹達の招集を終え、【神山】の最後のホムンクルスの覚醒に向かっているとか。

 

 ついでに先生の観察のために王都にいる美空さんからの報告では、彼女の体調は良好らしい。

 

「あとは、ひたすらに特訓だ。幸いこのジジイの〝結界内の出来事はなかったことになる〟とかいうトンデモアーティファクトで、いくらでも好きに練習ができる」

「ん。次は負けない」

「今度は一撃入れるですぅ!」

「私も後で少し、付き合ってほしいかな」

「それなら俺もだ!」

「鈴も!」

「おいおい、大人気だな」

 

 静かに私達の会話を聞いていた彼は、口の中のものを飲み込んで答える。

 

 不思議と様になった上品な動きで口元を拭い、それから不敵に笑った。

 

「いいだろう。まとめて面倒を見ると言ったんだ、いくらでも相手をしてやる」

「大丈夫なの? いくら強いと言っても、あまり無理はしすぎない方が……」

「俺も、年甲斐もなくはしゃいでるのさ。こうして誰かと会話をすることも、久しぶりのことだからな」

 

 

 

 ……自然と、沈黙が広がった。

 

 

 

 グリューエンの大迷宮で、唐突に私達の前に現れた彼。

 

 そして今度はあの人を取り戻すために、一緒に戦ってくれるという彼。

 

「……どうして、あなたはシューを失ったの?」

「雫ちゃん!?」

「おい、雫……」

「シズシズ、それは……」

 

 香織達が声を上げる。

 

 私自身、気がつけばその疑問が口に出ていて驚いた。

 

 けれど、南雲くんたちは何も言わなかった。彼らこそ私以上に気になっているからだろう。

 

「……そうだな。良い機会だ、少し話しておこうか」

 

 そんな私の不躾な質問に、彼は特に気分を害した様子もなく。

 

 

 

 

 

「この俺が──南雲ハジメが、いかにして絶望を味わったかを」

 

 

 

 

 

 そう、話を切り出した。

 

 

 




さて、次回は自分の誕生日に更新です。

読んでいただきありがとうございます。
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