ユエ「でも、悪い気はしてない顔」
美空「むしろそれでこそって感じ」
ハジメ「ああ、まあな。で、今回はようやく決戦前の最後の各人の視点での話だ。それじゃあせーの、」
三人「「「さてさてどうなる終末編!」」」
愛子 SIDE
「はぁ……暇ですね」
窓の外に光る月を眺め、ため息を一つこぼす。
ただベッドに座っているだけというのが、こんなに退屈だなんて。
おまけに地球では寝たことのないような、豪華な来賓用の客室のベッド。
この世界に来てから一年近く経つけれど、未だにムズムズする。
背中の傷はとっくに治っている。ヴェノムさんと石動さんのおかげで傷も残っていない。
たとえ残っていてたとしても、きっと私は後悔はしなかったでしょう。
だってその傷は、この世界で一番大事な生徒を守ったからこそのものだから。
『ドチラニシロ、オ前ノヨウナチンチクリン女デハ相手モイマイ?』
「うっ、うるさいです。余計なお世話ですよ!」
人が気にしてることをズケズケと!
ううっ、どうして小さいままなのでしょう……学生の頃から欠かさず牛乳は飲んでたのに。
ま、まあ? 私は教師ですし? 自分の身を固めるより、生徒の面倒を見ることの方が優先ですし?
『強ガリダナ』
「し、辛辣……」
でも、もう25歳で折り返しに差し掛かっているのも事実。
学生時代から教職一筋で、マスコット扱いされていたこともあってろくに恋愛はしてこなかった。
地球に帰ったら、少し頑張らないと駄目かしら……
『半端ナ男ハ喰イ殺スゾ』
「あなたのせいで難易度は跳ね上がりそうですね……」
悪意の具現たる彼は、どう考えても最悪の試験官だ。
彼がいる限りは独り身のまま、ずっと教師を続けていくのでしょうか。
それも悪くはないけど、悪意に敏感になってしまった今の私にも一応女としての欲求は……
「せ、先生。今大丈夫か?」
「っ、清水くん?」
扉の向こうから聞こえてきた声に、ハッと我に返った。
一応自分の格好が問題ないかを確認してから、了承の言葉を返した。
「先生……」
「し、清水くん!? どうしたんですか、そんなボロボロで!」
扉を開けて姿を見せた清水くんの顔は、とてもやつれていた。
髪もボサボサで、愛用している黒いローブは土だらけになっている。
「と、とりあえず入ってきてください! お水もありますから!」
「あ、ああ」
フラフラとした足取りで、清水くんは部屋に入ってくる。
こちらにやってきて、面会用の椅子にどっかりと座り込んで深く息を吐いた。
そんな彼に、枕元に備え付けらえれていた水差しからコップいっぱいに水を注ぐ。
それを差し出すと、受け取った清水くんはごくごくとそれは勢いよく飲み干した。
「ぷはぁ! あーくそ、マジ死ぬかと思った」
「いったいどうしたのですか?」
「ファウストが管理してた魔物を、片っぱしから闇魔法で洗脳する作業をさせられてさ……中には鎖なんか簡単に引きちぎる奴もいて、ちょっと逃げ回ったりもしたんだ」
「だからそんなに……」
「へへ、先生に教えてもらったおかげで、前よりもっと上手く操れるようになったんだぜ」
疲れ果てているはずなのに、清水くんは笑いながらそう言う。
照れ臭そうだけど、同時にどこか誇らしげで。
それは、あのウルの街での濁った笑い方とはまるで違っていた。
「あの時は、自分の我儘のために使った力だけどさ。でも俺にできることなら、なんだってやりたいんだ」
「……清水くん、本当に変わりましたね」
「うぇっ!?」
思わず頭を撫でてしまい、清水くんはおかしな声をあげた。
多感な時期にこういうことを教師がするのはよくないんでしょうけど、でもせずには居られない。
幸いにも、清水くんは顔を赤くするだけで逃げることはなく。
そのことに少し調子に乗って、私は彼の頭を撫で続けた。
あの夜彼に、そうしたように。
「昨日、目覚めた後にみんなに聞きましたよ。清水くんがみんなを立ち上がらせてくれたそうですね」
「あ、いや。俺はただ、先生が傷ついたのにあいつらが何もしようとしなかったのが、ただムカついて……」
「あら、嬉しいことを言ってくれますね」
思わず頬が緩んでしまう。
こんなに生徒に好かれるのは、教師としてはとても嬉しいことだ。
「誰かの為に怒れること。それは、とても難しいことです。でも清水くんには、その優しさがあったということですよ」
「……俺、変われたのかな」
ギュッと、膝の上で両手を握る清水くん。
髪で目元は見えないけれど、その目に何が映っているのかは容易に想像できる。
「変わったか、変わらないか、というのは他人には真に判断はできません。清水くんは、今の自分のことをどう思いますか?」
「まあ、前よりちょっとは好き……かも」
「それで十分です。私はそんな清水くんを、心から誇らしく思います」
普通、自分のここが好きだというのは思っていても口には中々出せない。
よほど自尊心のある人ならば別でしょうけど、彼は自分が嫌いで周囲に八つ当たりをした経験がある。
こうやって自分のことを認められるまでになったのは……私のおかげ、と自惚れてもいいのでしょうか。
「南雲くんにも言いましたが、その心を忘れないでください。優しさというのは、案外持ち続けるのが難しいですから。それは必ず、あなたの人生に役に立ちますよ」
「……先生。俺さ、ちょっとした夢ができたんだ」
唐突、と言っても良いタイミングの切り出し。
けれど特に気分を害することもなく、口を閉じて彼の言葉に耳を傾ける。
「俺。あっちに帰ったら、さ」
「はい」
「……教師に、なり、たい」
「っ!」
私は、驚いた。
生徒が、自分と同じ職業を目指したいと言ってくれたから。
あるいは、内向的な彼が教師という職に挑戦するという意気込みを持ったから。
色々と理由はあるけれど、とても驚いた。
「今でも、あの時のことを夢に見るんだ。嫌なことは全部誰かのせいにして、そのくせよく知りもしない奴の言うこと信じて、唯一この世界での顔見知りや先生のことを殺そうとして……ほんとバカだった」
「清水くん……」
「でも、そんな俺をあんたは信じてくれた。あの時の言葉通り、ずっと信じてくれた。で、思ったんだ──こういうのが人を頼ることなんだ、って」
「……私の行いが、少しでも君のためなれたのならそれほど嬉しいことはありませんね」
そう言うと、また彼は照れ臭そうに笑って。
それから顔を上げて、真剣な目で私とまっすぐ見つめ合い。
「だから、ほんと柄にもないし、自分でも向いてるはずがないって思うんだけど……俺みたいなバカがいた時に、同じことをしてやりたいって、思った」
「そのために、教師になりたいと?」
「わかってるよ、仕事なんだからそんなことだけじゃねえって。もっと色々あんだろうけど……でも、それが俺がやりたいことなんだ」
やりたいこと。
それはあの時、まだ私の中でマリスさんの部分が大きかった時に応援すると誓ったもの。
彼を見ると誓った。彼を誰より認め、力の限り支え、〝特別〟にすると約束した。
そして、彼の願いは。
間違いなく、彼自身にとっての〝特別〟だ。
ああ、だから。
「俺の夢。応援、してくれるか?」
そんなことを聞かれたら、こう答えるしかない。
「──勿論。だって私は、あなたの先生ですから!」
畑山愛子が、清水幸利の先生である限り。
彼が何かを選ぶというのなら、私が絶対の絶対に成功させてみせよう。
それがきっと──誰かを教え導くという夢をも捨ててしまった、
「あちらに帰ったら、資料を集めないとですね。教職に就くためには色々な準備が必要です」
「あ、ああ。こんな世話かける俺だけど、よろしくお願いします」
「世話をかけるだなんて、そんな。むしろじゃんじゃんかけてください! あ、そういえば清水くんは文系の科目が得意でしたね」
早速、私は彼と教師になるための相談を始めた。
必ずみんな、地球に連れて帰る。
勿論、北野くんだって。
だって彼も──私の、生徒ですから。
●◯●
光輝 SIDE
オイデ
……何かに、呼ばれた気がした。
オイデ
それは、とても悍ましくて……
オイデ
だけど、ずっと求めていたような……
「なん、だ……?」
重い瞼をあげる。
するとそこは、王城の寝室ではなくて。
どこかの道に、俺は立っていた。
「……ああ、また夢か」
〝彼女〟にまつわる何かを、また見ることになるのだろう。
心さえ呑まれることがなければ、この夢の中では基本的には平気だ。
だから俺は、一本道をゆっくりと歩き始めた。
左右を見渡せば、花々が咲き誇っている。地球でもトータスでも見たことのない種類だ。
今度は頭上を見上げれば、そこには綺麗な彫刻が彫られたアーチが並んでいた。
「庭園、みたいだな」
そして目の前にある一本道は、左に曲がっているように感じる。
歩けども歩けども、ぐるぐるとどこかを回っているような感覚。
でも、俺の心に不思議と焦りはなくて。
だから、道の先に〝それ〟が現れた時も自然と足を止められた。
「…………」
「君は……」
道の真ん中に、一人の女の子が立っている。
みすぼらしいワンピースを一枚、薄汚れた肌の上から被せるように着込んでいて。
くすんだ、けれどどこか綺麗な金色の髪の奥には──顔がなかった。
「君か。俺をここに呼んだのは」
「──オイデ」
目も鼻も、口すらもない真っ黒な顔。
なのに、この夢の始まりに聞いたものと同じ言葉を発し、彼女はゆっくり踵を返す。
そのまま向こうへと歩き始め、俺もまた足を前に動かし始めた。
ぺたり、ぺたり。
彼女の素足が石造りの道を打つ音が、やけに大きく響いていく。
後ろが大きく開いたワンピースから見える背中は、あの牢獄で見た時と変わりなく、とても華奢。
骨さえも浮き出るほどに細々しく、少し曲がっていて。
その背中を見つめていると、ふと彼女が立ち止まる。
「……?」
止まった彼女が、こちらを振り向かずに左手だけをもたげる。
そうして人差し指で示された方向を見ると、いつの間にか花の壁に別のアーチがあった。
「これ、は……」
その、アーチの中を覗き込むと。
向こうにあったのは──小さな女の子が、大粒の涙を零しながら食事をする光景。
噛みしめるように、何かを思い出すように。
ようやく取り戻せたと、そう歓喜するように、泣いている。
その対面に座るのは、あの時見た北野の元の人格の男。
彼はそんな女の子を、とても優しい目で見ていた。
「──オイデ」
「っ!」
呼ばれ、前に振り向く。
既に彼女は歩き始めていて、ついていこうとする前にもう一度アーチの中の光景を見ようと振り返る。
けれどそこにはもう何もなくて。諦めて、引き続き彼女の後を追うことにした。
ぺたり、ぺたり。また彼女の足音だけが響く廊下の中。
先ほどと同じくらいの時間歩き続け、そしてまた彼女は立ち止まって右を示した。
見れば、またアーチがある。同じように見ろということだろう。
「今度はなんだ……?」
一体何が見れるのか。どこかそんな期待をしながらも、アーチの中を見る。
今回そこにあったのは、さっきの女の子が少し成長して、黒髪の女性と入浴する姿。
……入浴する姿???
「ちょっ!」
流石にこれはダメだろ!
慌てて顔を背けようとしたが、なぜか首が動かない。
くそっ、ここで強制力が働くのかよ!
仕方がなく、視線をアーチの中に戻す。
二人仲良く、森の中の温泉? に浸かっている光景は、とても平和で。
見るのは不謹慎だと思いつつも、どこかほっこりするような気持ちが生まれてしまう。
ああ、だけど──何故だろう。
この黒髪の女性を見ていると、とても悲しい気持ちになるのは。
「──オイデ」
そこでようやく、強制力が失われた。
「ぷはっ!?」
すぐに体ごと向きを変えた拍子に、まるで潜水した後のような声が出た。
ちょっと思うところがありながら女の子を見ると、俺など御構い無しに歩いている。
ああ、この強引さは彼女らしいな。
「……なんて、考えてる時点で手遅れか」
自虐を一つ。それで気を持ち直して、彼女に三度ついていく。
そして、色々なものを見た。
カインと共に勉強を行い、はじめて楽しいとでも思ったように笑っていた。
あの女性ともう一人、現実よりも若いルイネさんと三人で昼寝をしていた。
最年少だった彼女が成人して、初めて四人でお酒を飲み、盛大に騒いでいた。
そして、彼女は御堂英子に変わり。
普通の女の子として育ち、普通に学校に通い、普通に友達と一緒に笑って。
それなのにこの世界にやってきて、元に戻った。
けれど、それは苦しいことばかりじゃなかったみたいだ。
雫と、本当に全てを曝け出した上で友達になっていた。
もう再会は期待していなかった姉弟子達と巡り会えた。
彼女は、たとえその身を再び人喰いの呪いに落とそうと──優雅に、笑っていた。
きっとこれは、彼女にとって大切な記憶を封じた箱庭なのだと。
これまで数々のアーチの中に閉じ込められた、幸せそうな記憶に。
ようやく、理解した。
そして、最後に。
「これ、は……」
もういくつ見たのか忘れてしまったアーチの中の景色に、言葉を失った。
だって、そこには。
彼女の〝幸せ〟を飾っておくための額縁に入っていたのは──。
「……ああ、くそ。幾ら何でも、こんなにあっさり…………」
短絡的で直情的というのは、身に沁みるほどわかっていたけれど。
こんなもの一つ見るだけで、完全に自分の中にあるものを認めてしまうくらい。
俺は、簡単な男だったらしい。
「──オイデ」
「……ああ、いくよ」
自分への呆れと気恥ずかしさを飲み込んで、この先へと進む。
そう思ったのも束の間に、これまでよりずっと早く彼女は立ち止まった。
ひときわ美しい、国宝のような扉の目の前で。
女の子は、枯れ枝のように細い両手で扉を押す。
大した抵抗もなく開いた両開きの扉の向こうには──一面の花園が広がっていた。
それに見惚れていると、女の子が振り返る。
「──ありがとう」
その一言が発せられたのは、暗闇からではなくて。
花が咲くみたいな綺麗な笑顔を最後に──瞬きするうちに、消えてしまった。
グッと喉にせり上がる気持ちを飲み込み、彼女の望む通りに扉をくぐる。
一歩踏み込み、その暖かさに息を飲む。
小鳥が囀り、蝶や蜂のような生き物も飛んでいる。
顔を上げれば澄み渡る青空が広がっていて、うっすらとだがドーム状の天井のようなものが見えた。
振り返ると、そこに扉はない。引き返せないということか。
「引き返す気は、ないけどな」
慎重に、花を踏みつぶさないよう足を出す。
のどかな花園の中を歩いて、その景色を少しだけ両目で堪能して。
そして、辿り着く。
「すぅ……すぅ……」
「……あどけない顔だな」
眠っている。
この世で誰より美しく、誰より厳しく。
そして誰よりも傲慢な
「俺には、君を起こせないよ。そんな〝傲慢〟は犯せない」
「ん……すぅ……」
気をつけて、小声で囁く。
色とりどりの花と茎で編まれた椅子に一人、静かに眠る彼女を起こさないように。
それは、罪に塗れた俺が決して穢してはいけないものだから。
「それが、君の本当の姿だというのなら。俺はやっぱり簡単な男みたいだよ」
だってもう完全に、見入ってしまっているのだから。
「きっと、君は俺の心なんか気持ち悪がるだろう。嘲笑うだろう。弄ぶかもしれない。でもそれでいいんだ、だってそれが君だから」
人は、人を自分の枠に当てはめてはいけない。
それは相手の一部を歪め、壊し、そして消してしまうから。
少なくとも俺は、彼女の全部に魅入った。だから歪ませたくはない。
「きっと、この気持ちは一生届かないだろうけれど。この夢が覚めたら、口にもしないだろうけれど」
それでもこれくらいは、許してほしい。
一歩踏み出し、これ以上なく慎重に彼女の手を取る。
そっと肘掛から持ち上げ、手の甲に額を触れさせて。
「君に、俺の心と傲慢の全てを捧げよう」
それが君の思う壺でも、構わない。
一度こうと決めたならば、俺は頑固だから。
この誓いをもって、俺は君とこの手を──
想い、願い、そして戦う。
読んでいただき、ありがとうございます。