星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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光輝とネルファ、その戦いの決着がついに。

楽しんでいただけると嬉しいです。



【挿絵表示】



やがて、一つに。

 

ネルファ SIDE

 

 

 

 

 

 (わたくし)にとって生とは、食らうこと。

 

 

 

 

 

 それは、単に食事をすることだけではない。

 

 人の羨望、尊厳、自信、喜び、悲しみ、怒り、憎しみ、絶望……その他の全て。

 

 それは己の中に遥か昔の悪魔の血が流れていると知った時からではなく、己を己と知った日から。

 

 人より優れるということは、自分より劣っている者の自尊心や自信を食らうということ。

 

 何かを知り、己の糧とするということは、誰かの知恵を貪るということ。

 

 人間とは生まれながらにして何かを食らっていることは自明の理。

 

 

 私にはそれが、生きる実感の全てを与えるものだっただけのこと。

 

 誰かの感情を、心を、血肉を喰らい、啜るその時にしか、生きていることを感じられない。

 

 

 

 不幸と思った事はありません。

 

 止め処ない食欲が災いして、国に、両親に捨てられたその時にさえも、己が欲望は呪わなかった。

 

 嘆いたのは、暖かく優しい……生温く甘いそれを、二度と味わえることがないと知ったから。

 

 そう、何も最初から悪食だったのではない。

 

 私とて、少しだけ空腹を紛らわせてくれる砂糖菓子のようなその味が好きだった。

 

 だってそれでしか自分の存在を確かめられないのなら、縋る他にないでしょう?  

 

 

 

 それは我が師と姉妹達に出会ってからも、変わりはしなくて。

 

 あの頃は、この歪みが発覚するまで祖国で与えられていた感情とはまた違うものを食べられた。

 

 やがて、我が師の消滅と共にそれも消えた。

 

 二度も甘やかな極上の馳走を失った私には、永遠に絶えない狂った食欲ばかりが残った。  

 

 狂気を抱えたままに、姉妹の()()()()でこの世界まで流れてきて。

 

 

 

 そして、見つけた。

 

 あまりに愚かな男を。盲目に幼稚な持論を振りかざす、空っぽな男を。

 

 それは転ずれば、己の愚かさをどこまでも追求していくような、底なしの欲望でもあって。

 

 あるいはこの飽くなき食欲と同じものではないのかと、そう戯れに考えた。

 

 だから、気がつけば師の素晴らしさを語る事で、その愚かさに指向性を持たせてみた。

 

 ただ我欲に溺れて溺死するのではつまらない。

 

 我が身では壊れて終わってしまった、無限の欲望の行く先が見てみたい。

 

 全てを破綻させてきた自分によく似たその男と命を喰らい合う事で、答えを知りたいと思った。

 

 

 

 その結果が、どうだ。

 

 予想以上だった。期待を遥かに超えていた。

 

 私が用意したもの全てを呑み込み、この愚者は舞台に上がってきた。

 

 絵に描いたようなつまらない成長をなぞるでもなく、愚かなままに、けれど溺れる事はなく。

 

 私はとうの昔に挫折したのに、この男は自分の欲望を全て糧に変えて、鍛え上げてしまったのだ。

 

 

 

 ああ、なんて嬉しい事でしょう。なんて喜ばしい事でしょう。

 

 私の探求は実を結んだ。

 

 無限の欲望とは蝕まれ、喰らい尽くされるだけでなく、御することができるのだと証明された。

 

 ああ、ああっ、ああっ! 

 

 

 

 

 

 なんて、素晴らしい! 

 

 

 

 

 

 美しくはない、けれど他の何より磨き抜かれている! 

 

 

 

 優れてもいない、だがどんな英傑よりも強く逞しい! 

 

 

 

 他の有象無象がどう言おうとも、この男は私の最高傑作! 

 

 

 

 前の世界で作った、どんな料理や芸術品よりも完成されている! 

 

 

 

 中村恵里になど渡すものか! ゴミ箱に至高の逸品を捨てるなど考えられない! 

 

 

 

 ああ、だから!  

 

 だから、天之河光輝! 

 

『あなたを、食らわせてくださいな!』

「おおぉおおおおおおっ!!!!!」

 

 刃を通して、伝わってくる。

 

 熱、熱、熱。

 

 とっくに自分自身の欲望で焼き切れたと思っていた心を満たす、熱の暴流。

 

 ネルファとしても、御堂英子としても誰にも許さなかった、逢瀬を交わすような熱さ。

 

 

 

 心地の良いそれに、思わず仮面の下で頬を緩めてしまう。

 

 今この瞬間を噛み締めるというのは、まさにこのことなのでしょう。

 

 ああ、この喰い合いは、今まで私という狂者が積み重ねてきたあらゆる食事の中でも。

 

 最初に人を食らった時、そして──我が師に己を思い起こさせられた時に匹敵する! 

 

「ぜぇぁあああああっ!!」

『ッ!』

 

 そんな思いに浸りつつも、これまでのように振り下ろされた彼の剣を受け止めた。

 

 その瞬間、凄まじい衝撃が()()私の体を骨の髄まで揺らす。

 

『っ、何が!』

「シィッ!」

 

 私の得物をずらすように横に振われた剣からは、またほぼ誤差なしに二回の衝撃が。

 

 原理のわからぬそれに少し驚きながらも、飛んできた黒針を鱗赫で打ち払う。

 

 その刹那に引き戻して右斜め上から落とされる刃を、今度はしっかりと見て。

 

 

 

 すると、そのカラクリに気がついた。

 

 両腕と剣に被せるようにして、影法師を0.1〜2ミリという差で重ねている。

 

 つまり本来の一撃が入った直後、コンマ数秒の差で影法師の一撃が入る二段構えの斬撃。

 

 まさかこの数分の間に編み出したのかと内心舌を巻いて、私は剣と幻の間に刃を挟んだ。

 

「くっ!?」

『面白い芸当をなさるのね。とてもよろしくってよ!』

 

 尾赫の二本を伸ばし、彼の全身に絡み付けるようにして全力で動きを封じる。

 

 そして、この絶技を可能としているだろう、特に強化された左の瞳。

 

 そこへ残りの一本を刺し込んで、眼窩の中で眼球を掻き回した。

 

「ぎ、ぃッ!?」

『ふふふ。いい声で啼くもので』

 

 すわね、と言葉を続けようとして。

 

 

 

 けれどその前に、ザックリと己の心臓が、赫子の二本と共に深く削られたことを自覚した。

 

 

 

 パッと黒い血が舞う。

 

 神に与えられた力で形作った鎧など簡単に切り裂いて、私の心臓は両断された。

 

 見れば、彼は左手で自分の左目を抉る鱗赫を掴んでおり。

 

 そして、我が師の破壊の力を感じる道具を嵌めた剣の一閃で切り裂かれたと理解した。

 

 

 

 

 

 それは赫子と心臓の再生を許さずに、意識が途切れ──

 

 

 

 

 

『フフフ』

「ッ!」

『良い一撃でした。私にここまでの痛手を負わせたのは賞賛に値します』

 

 ──瞬く間にこの世界に舞い戻った。

 

 同時に眷属から得た仮初の命が一つ、終わったことを実感する。

 

 そのことに怒りより恐怖より、()()()()()()()への快感を覚えた。

 

 

 

 けれど、それに浸ってばかりでもいられない。

 

 貴重な武器を二つ、そして命を一つ失った私と片目を失った彼、同じく大きな損失を負った。

 

 ほぼ同時に後退して──彼の背後にあったビルに、巨大な顔が浮かび上がる。

 

「ッ!」

 

 が、それは先ほど左足を奪った時のように彼の何かを食らうことはなく。

 

 彼が飛ばした黒針から逃げおおせるように、ビルから顔は消え失せた。

 

『残念。右腕でも頂こうと思ったのですが』

「左目はあげただろ?」

『ええ、そうですわね』

 

 唯一残った鱗赫の先端に付いた眼球を、こちらに寄せる。

 

 そして手に取り、鎧の口元を開いて口に含んで。

 

 そして、噛み砕いた瞬間。

 

 

 

 

 

『────ッ!!』

 

 

 

 

 

 ああ、なんて、美味しい。

 

 この世にただ一つしか実らない芳醇な果実を口にしたような、感動、感激。

 

 甘やかで、それでいて仄かな苦み。相反するそれが絶妙に絡み合った、極上の味。

 

『ん、くちゅ……んっ。はぁ……やっぱり貴方は最高ですわ』

「……気に入ってもらえてなによりだよ」

 

 恍惚に浸りながらも、彼を見る。

 

 羽赫の一部を顔に張り付け、尾赫でそうしたように新たな瞳を形成する。

 

 やがて、彼の左顔を覆うように三つの瞳が並んだ眼帯が固定された。

 

「仕切り直しといこう」

『さあ、次はどんな方法で私を楽しませてくれますの?』

 

 彼が、飛んでくる。

 

 真っ直ぐに、迷いなど一切ない動きで突き出された剣の切っ先を受ける。

 

 そこから重心を操作して、彼の体勢を崩した──その時だ。

 

『っ!!』

 

 また、今度は何度も鎧を切り裂かれた。

 

 左に傾いた彼の体、その胴体から伸びる影法師の腕。

 

 一対ではない。四本の腕と二本の剣が、挟み込むようにして私の体を襲ったのだ。

 

 そればかりか、片足を失ってから全く地上へ降りなくなった彼の足からも、影で作られた足が伸びる。

 

「お、らぁああああっ!」

『あははははっ!』

 

 それで倒れたビルを踏みしめて体勢を立て直した彼は、唸り声とともに剣を振った。

 

 その執念に思わず笑ってしまいながらも、本能はその一撃が影法師のものなどよりずっと危険だと知らせる。

 

 なので、温存しておいたもう二本の尾赫も露出し、三本の尾赫をチェーンソーに纏わせて防いだ。

 

『侵食を進めた事で複数の影法師を操れるようになりましたか! いよいよ私に近づいてきましたわね!』

「もう引き下がりはしない!」

 

 その言葉通りに、彼はそれはあっさりと剣を振り切り、尾赫ごとチェーンソーを叩き斬った。

 

 体の一部を失う激しい痛み。

 

 けれどその代償に、十分以上に彼に近づくことができた。

 

『突き進むのも結構ですけれど、少々出過ぎましたわね』

「っ!」

 

 右手を彼の左胸……鎧で守られた心臓へと押し当てる。

 

『さようなら』

 

 

 

 ドン! と。

 

 

 

 我が師から教わった、衝撃を貫通させて物体を破壊する技を与える。

 

 彼の場合、砕けたのは鎧だけだったが……衝撃は確かに伝わり、心臓を止めた感触を得た。

 

「か、はっ……」

 

 血を吐き、力を失う彼の剣。

 

 片手で鎧の破片が突き刺さった左胸を押さえた彼は、呆然としながら落ちていく。

 

 

 

 ある程度の再生力を備えているとはいえ、所詮彼は足先を踏み入れた程度。

 

 心臓か頭部の機能を奪ってしまえば、魂はどうあれ肉体は使い物にならなくなる。

 

 片足すら復元できなかったのがその証拠だ。

 

 

 

 けれどここで止めてはいけない。

 

 それで先ほどは命を一つ奪われたのですもの。

 

 遊ばずに、今度は確実に殺しましょう。

 

 

 

 心臓の次は頭。

 

 再生などできないよう、地面に落とす前に真っ二つにするつもりで右腕を振り下ろす。

 

 

 

 ガキン! 

 

 

 

 ああ、けれど。

 

 けれど彼は、それでも執念を絶やさずに。

 

「……今のは効いたぞ」

 

 私を、四つの瞳で睨み上げてきた。

 

 全身に浴びせられるその殺気に打ち震えながらも、疑問が頭をよぎる。

 

 あの状態からどうやって蘇生したというのでしょう。それがどうしても気になって、彼の胸を見る。

 

 

 

 すると。

 

 彼は、自ら鎧に包まれた左手を胸の中へ突き刺しているではないか。

 

 服が破れて露わになった胸板の下では、何かを揉むようにその手を蠢かせている。

 

『まさか。本当に自らの手で、停まった心臓を動かしたと?』

「自分の胸に手を突っ込むのなんていい気分じゃないな。正直、痛みで今にも叫び出しそうだ」

 

 この男、破綻している。

 

 自分の臓器に手を入れるなど、もはや気が触れているとしか思えず。

 

 ああ、いけない事だとわかっているのに。命の食い合いの最中なのに、達してしまいそう。

 

 

 

 思わず動きを止めている私の前で、彼は胸からずるりと手を引き抜く。

 

 その程度ならば再生できるのでしょう、瞬く間に傷の塞がった胸に再び、より黒く濁った鎧が張り付く。

 

 そして、血で濡れそぼった左手を剣の柄に手を戻した事で、私が押され始めた。

 

「言ったはずだ、もう引かないと。これくらいは想定済みだ」

『あは! その胆力を褒めてさしあげましょう!』

「お褒めに預かり光栄、だッ!!」

 

 チェーンソーが、上へと弾かれる。

 

 そしてまた始まるのだ、彼と私の熱を燃え上がらせる踊りが。

 

 

 

 

 

 彼が踏み込み、私が応える。

 

 

 

 

 

 私が踏み込み、彼が応える。

 

 

 

 

 

 その繰り返し。

 

 何度も何度も、時も己も神が植え付けた呪いさえも忘れて、命を熱で交わらせる。

 

 それは本当に、命と命の逢瀬と言うに相応しく。肉体同士の繋がりよりよっぽど快楽であろう。

 

 

 

 

 彼は倒れなかった。

 

 どんな魔法や呪術、怪物や技を叩きつけても決して死なず、立ち向かってきた。

 

 肉が抉れ、骨が砕け、臓物が傷ついても、シンカイで己を蝕みながら傷を塞ぎ、縫い付けて。

 

 ただただ、私の呪いを断ち切るというその為だけに自分を人から逸脱させて、追い縋ってきた。

 

「ガァアアアァアッ!!」

『う、ぁっ!』

 

 少しずつ、少しずつ。

 

 その濁流のように押し寄せる気迫に追いつけなくなっていく。

 

 魔法が届かず、呪いは破られ、魔力を代償に召喚する魔獣は時間稼ぎの為の贄と成り下がっていく。

 

 力ではとうに及ばなくなった。長年培った武器を扱う術も瞬く間に上回られた。

 

 

 

 そもそも私の〝殺し〟とは相手を弱らせ、追い詰め、嬲ることに特化したもの。

 

 ルイネのように数々の特殊能力や糸術で瞬殺するでもなく、マリスのように相手を圧倒的な力で圧殺するでもない。

 

 こんな真正面から剣士である彼と切り結ぶこと自体、おかしい。

 

 

 

 泥臭い。優雅ではない。美しくない。穢らわしい。

 

 だというのに。

 

 だというのに、何故馬鹿正直に、少女のように必死に刃など振るっているのでしょう。

 

 自分でもわからない。

 

 獣に堕した今の私に残された、美しさという唯一のモノを自分で蔑ろにしているのに、嫌じゃない。

 

 

 

 

 

 何故、何故、何故? 

 

 

 

 

 

「せいやぁァアッ!」

『あっ!』

 

 ああ、また一つ命を失った。

 

 本来のものを含めて、残りは三つ。

 

 彼に贈ったシンカイ、そして中村恵里に与えた怨の剣の命の共有は切っている。

 

 

 

 不思議と冷静に数えている間に、腕輪とベルトが破壊されたことで、鎧がガラスのように砕け散る。

 

 元より彼の攻撃で壊れかかっていたのだ、さして気にすることもなく身を引く。

 

「はぁ……はぁ……うっ、けふっ」

 

 口から血が溢れ出す。

 

 鎧だけではない、彼の攻撃は私の肉体そのものすら傷つけた。

 

 シンカイが具現化する負のエネルギー、そして〝抹消〟の力で再生は阻害される。

 

 だけど、彼も無傷なわけではない。

 

「うっ、ぐっ、ガァァアアアッ!!!」

 

 度重なる回復と再生によってシンカイとの同化が進んでおり、正気を失いかけている。

 

 彼自身ではもう止められないのだろう、その背中から新たに鱗赫が生えかかっていた。

 

 それでもなんとか押し留めようとしているのか、固く剣を握りしめながら両足で踏ん張っている。

 

「くっ!」

 

 鉛のように重い右腕を掲げ、彼へ眷属をけしかける。

 

 

 

 グォオオァアアアア!!! 

 

 

 

 制御のために地上に降りた彼の足元に顔が浮かび上がり、一気に立体化して大口を開く。

 

 星そのものを喰らおうとした白い大鯰は、動けない彼を飲み込み──

 

「グァウッ!!」

 

 けれど、完全に定着した鱗赫によって滅多刺しになった。

 

 逃げる間も無く、彼が腕を振るうと鱗赫が膨張し、尖った鱗が爆散して木っ端微塵に弾け飛ぶ。

 

「ルガァアアアァアッ!!」

「くうっ!?」

 

 それに呆然とする間も無くて。

 

 同じタイミングでこちらに飛んできたもう一本の鱗赫を、避け損ねた。

 

 ドズッ、と鈍い音を立てて腹部を太い触手が貫通して。

 

「あっ、ああああああっ!!」

 

 思わず、みっともない声を上げてしまった。

 

 そのまま鱗赫が操作されて、グン! と遠慮のない動きで彼へと引き寄せられる。

 

 そして、伸ばされた彼の刺々しい左腕が私の首を──

 

「ぐ、ぎ、あああああっ!」

「……あな、た」

 

 自分の腕に、自分で剣を突き刺している。

 

 そのまま地面に縫い付けて、咎めるように暴れる鱗赫を踏みつける。

 

 私の腹を貫いていたものも引き抜かれて、無様にその場で膝をついた。

 

「ダメ、だ! コレ以上、傷つケタく、ナイ!!!」

「──っ」

 

 なんて、愚かな。

 

 せっかく残り二つしかない、この命を削り取れるチャンスだというのに。

 

 ここまで私と自分の命を食らっておいて、それでもなお力に溺れないというのですか。

 

「俺は……君を……壊しにきたんじゃ…………ない! エヒトの呪いから解放……するために……来たんだ!」

「……天之河、光輝」

「お、おぉ、おおおおおっ、おぉおおおおおおおおおぉおおおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 雄叫びを挙げ、彼は自ら左腕を真っ二つに切り裂く。

 

 それどころか鱗赫も剣で縫い付けて、空へと飛ぶことで引き千切ってしまった。

 

「がぁああああああああああああああっっっ!!?」

 

 尋常でない痛みに、彼が吼えて。

 

 血を吐き、シンカイの鎧を肉に食い込ませ、致死量の血を撒き散らしながら。

 

 それでも、彼は私を、この舞台が始まった時から変わらない目で見る。

 

「御堂っ! 絶対に、絶対に助ける、からっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──とくん、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、胸の中で。

 

 これまで味わったこともない何かが染み出した。

 

「だから、俺はっ!」

 

 剣の輪に嵌め込まれていた道具を、癒着した左手で引き抜く彼。

 

 そしてもう一度挿入した途端──全身に黒く、荒々しい光を纏った。

 

「あと一度だけ! 君を傷つける!」

「っ」

「許してくれとは言わない! ただ、君を自由にしてみせるから!」

 

 そう言って、彼は。

 

 これまでのように、変わらずに、こちらへと一直線に向かってきて。

 

 その剣の切先は、この胸の中──魂に絡みついたエヒトの呪鎖にしっかり狙いを定めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……このまま、受け入れたなら。

 

 

 

 

 

 

 

 きっと私は、解放される。

 

 《傲慢の獣》という呪われた役目から切り離され、優雅な私に戻れる。

 

 それを彼に許した。そのために力を与えた。このチンケな楔を外す為だけに。

 

 それで彼は用済みだ。この茶番劇が終われば、あの愚か者はもういらない。

 

 ただ、元通りに終わりのない空腹を抱えながら、一人で美しくあるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 ──君を、助けに来た

 

 

 

 

 

 

 

 それなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 ──君は、そうして笑っているのが一番美しい。少なくとも俺はそう思う

 

 

 

 

 

 

 

 そのはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 ──もう、お腹はいっぱいか? 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして、私は。

 

 

 

 

 

 

 

 ──君を自由にしてみせるから! 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなに、満足しているの? 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ああ、そう。そういうことなのね」

 

 

 

 

 

 

 

 これが、そうなのね。

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、右手を伸ばす。

 

 ひどく重たいそれを、彼へと向けて。

 

「っ!? な、なんでっ!?」

 

 そして、彼の纏うシンカイの力が乱れた。

 

 彼の体内をほとんど食い尽くしていたそれは瞬く間に根を引いて、肩に戻っていく。

 

 置き土産のように彼の傷だけは治して、分離したシンカイは剣へとへばりついた。

 

「ち、力がっ!?」

 

 途端に力を失った彼は、その制御ができなくなり。

 

 暴走した〝抹消〟の力が膨れ上がって、剣は丸太のように膨張した。

 

 私の呪いだけを斬るなんて、そんな繊細なことはできないほどに。

 

 

 

 

 

「や、やめろぉおおおおおおおおおおおぉおぉぉぉおぉおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!!?????」

 

 

 

 

 

 彼は止めようとするけれど、どうすることもできないまま。

 

 情けなく叫びながら、彼は落ちてきて。

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

 

 そして、胸を穿たれたその瞬間。

 

 

 

 

 

 皮が裂け、肉が断たれ、骨が砕かれ、心臓が消し飛ぶ感触と一緒に。

 

 

 

 

 

 やっと、確信した。

 

 

 

 

 

 ああ、そうでしたのね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、この男のことを──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




彼は望んだ、本当に誰かを助けることを。

彼女は望んだ、自由に戻るための人形を。

絡まり合い、壊し合い。

その先には何がある。


読んでいただき、ありがとうございます。
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