星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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愚かな一人の勇者。



狂った一人の獣。



共に奏でるのは、何かがズレてしまった協奏曲。





さあ。この奇劇の幕を、今こそ下ろそう。







最も美しい欲望

 三人称 SIDE

 

 

 

「う……」

 

 

 

 呻き声を上げて、光輝は意識を取り戻す。

 

 とは言ってもすぐに動けたわけではなく、まるで泥水をかき分けているように五感は鈍い。

 

 どうにか瞼を上げると、左は開かなかった。どうやらえぐり取られた眼球は戻っていないらしい。

 

「な、にが…どう、なって……」

 

 極度に疲労した体は、満足な声すら出すことを許してはくれない。

 

 掠れた小声を漏らすのが精一杯で、またそれに応えるような相手もいなかった。

 

 

 

 やがて、少しずつ感覚が戻ってきた。

 

 同時に全身が悲鳴をあげるように痛みを発して、光輝は非常に顔を渋くする。

 

 奥歯を噛み締めながら、傷んだ体を気だるげに起こした。

 

 それから数度頭を振って、自分の足付近に定められた視界がクリアになるのを待つ。

 

 やっと明瞭になると、やはり左目と同じように片足は無かった。

 

 幸い血は止まっているようだが、悲しげなため息を零してから周囲を見渡す。

 

 

 

 無残に破壊された都市。

 

 あの死闘は何処へやら、完全に沈黙した瓦礫の平原には静寂が広がっている。

 

 不気味さに拍車をかけるのは、そこら中にこびり付いた夥しい血と、何かの肉片。

 

 それらが自分のものだったと思い出すと苦い顔をして、そこでハッとした。

 

「そうだ、御堂っ!?」

 

 名前を叫んだ途端、全てを思い出した。

 

 

 

 命がけで手を伸ばした、初めての女。

 

 

 

 彼女を邪神の束縛から解き放つ為に、自分の肉体をシンカイに差し出してまで戦った。

 

 少しずつバケモノに変わっていきながらも、手を伸ばして、伸ばして、伸ばして。

 

 そして、自分の剣は……

 

「御堂、どこだっ! 頼む、返事を──!」

「…………うるさい、ですわね」

「っ!?」

 

 答えた声は、腕の中から。

 

 驚いて見下ろすと、自分の両腕はいつの間にか探し人をきつく抱きしめていた。

 

 いいや、最初からそこにいたのだろう。

 

 

 

 光輝の脳裏に、気を失う寸前の記憶がフラッシュバックする。

 

 最後の攻撃を放った直後に粉砕した剣を手放し、全力で彼女に腕を伸ばした。

 

 そのまま後ろのビルへと突っ込んで、全身を打ち付けた際の衝撃で意識を飛ばしてた、というのが事の顛末。

 

「御堂、よかっ──」

 

 ……その先は、言えなかった。

 

 苦しげな顔をする彼女から腕を解き、仰向けにしたことで。

 

 ぽっかりとその胸に空いた、穴を見てしまったから。

 

「ふ、ふ。なんて顔……せっかく見てくれ、だけは整って、いるのに。台無しです、わ……」

「あ、ああ、あああああああっ!?」

 

 完全に、思い出した。

 

 そうだ、これは光輝が空けた穴だ。

 

 突然力が制御できなくなって、ボトルの力が暴走した。

 

 シンカイも体から抜けていって、そして。

 

 

 

 

 

 光輝が、殺したのだ。

 

 

 

 

 

「そんな、お、俺はなんて、なんてことを……!?」

「ああ、本当に、未熟な男……この玉体を、あそこまで傷つけておいて。まだそんなことで、悲しむ、なんて」

 

 少し前の、溢れんばかりの決意に満ちた顔はどこへいったというのだろう。

 

 怒ったように、けれど悔しそうに、そして怯えたように、また悔やむように。

 

 何よりも、悲しそうに。

 

 そんな、ありとあらゆる感情がごちゃ混ぜになったその顔は、決して格好良いとは言えない。

 

「いいの、です。これは、私が自分でしたこと」

「っ、どうして!? あのままやれば、君の呪いだけを消せたのに!?」

「少し、手が……滑ってしまった、のかし、ら……ね」

 

 それは、本当に。

 

 本当に些細で気まぐれな、ネルファの心変わりだった。

 

「あの、瞬間(とき)。自分の全てを用いて向き合ってくれた、貴方に、なら。この命を終わらせる権利を……下賜することも、良いと。そう、思ってしまいましたわ」

 

 端的に言ってしまえば。

 

 

 

 光輝に、見惚れてしまったのだ。

 

 

 

 愚直に、一つ信じたことを我武者羅に貫き通そうとするその目に。

 

 前のような濁った、自分しか写していないものではなく。

 

 

 

 たった一人、ネルファしか見ていない瞳に。

 

 

 

 ああ、この目を持つ男になら。とうに乾いたこの胸を差し出してもいいと。 

 

 だから、細々と残していたシンカイとの繋がりを使って力を暴発させた。

 

 そしてあの一撃は、残り一つの仮初の命諸共……自分の魂を完全に砕いた。

 

「ああ、本当に不思議な気分。誰にも、己の何かを委ねることなど……一度も、なかったのに」

「何を、言って……」

「ねえ。もう、目も耳もよくききませんの。返事を、するならば……もっと、近くで」

 

 彼女は、もう長くはない。

 

 彼女の言葉からそう理解した光輝は、無尽蔵に溢れ出る罪悪感と自分への憎しみに歯噛みする。

 

 だが、涙だけは絶対に流すまいと堪えながら、ネルファの言う通りに顔を近づけた。

 

 

 

 その瞬間、突然ネルファは地面に垂らしていた両手を動かして。

 

「ん……」

「──────。」

 

 

 

 唇が、重ねられていた。

 

 

 

 濃い血の味がする。

 

 自分のものか彼女のものなのか、頭が真っ白になった光輝にはわからなかった。

 

 瞠目して固まった光輝を、至近距離で見つめたネルファは満足そうに目尻を緩めて。

 

 ゆっくりと、顔を離した。

 

「……合格、ですわ」

「み、どう…………」

「ずっと、知らなかった。知りようが、なかった。一生知ることはないと、思っていた」

 

 同じ人を食らう自分に、どうしてその感情を知る機会が得られようか。

 

 師や姉妹から向けられた時も、ただ味わうだけで理解することはついぞ出来なかった。

 

 

 

 それが、こんな所で。

 

 なんて皮肉で馬鹿らしくて奇妙で……素晴らしい運命なのだろうと。

 

 そう、彼女は微笑む。

 

「まあ、けれども。こんな、人食い女には。あなたの、ような……低俗な男がお似合いなのかも、しれません、わね」

「……いくらなんでも。それは酷すぎじゃあ、ないかな?」

 

 光輝の返答は、濁っていた。

 

 つい数分前に出してはいけないと、そう戒めたものが右目から溢れて落ちていく。

 

 頬に落ちる暖かいそれに、ネルファはより一層淡く……少女のように微笑んで。

 

「無様な、顔。けれど、あの夜、よりは。ずっとまともな顔、ですわ……」

「っ!」

 

 ああ、やめてくれと。

 

 今そのことを言うのはいくらなんでも反則だろうと、思わず光輝は呟いてしまいそうになる。

 

 

 

 だってそうだろう。

 

 自分ばかりが大切だと思っていた。この心にだけ、あの日のことが鮮明に刻まれているのだと。

 

 なのに、夢の中で見たあの、彼女にとってかけがえのない思い出の迷路の。

 

 その、最後の一幕は……

 

「中村、恵里には……良い嫌がらせに、なるでしょうね。あの顔が怒りに歪むのは、見もの……ですわ」

「……俺、君達みたいな素敵な女の子に好かれる権利、ないと思うんだけどな」

「あら。もう知ってしまったのです。逃げるのは……許しません」

「ああ。それで……いいよ」

 

 努めて笑ってみせる光輝の顔は、やはりぐしゃぐしゃだ。

 

 子供のようなそれに、ネルファはまた心に何かが満ちていくのを感じる。

 

「ああ、初めて。こんなに身も心も満たされたのは。なんて、心地が良い」

 

 自分に聞かせるように呟き、笑うネルファは。

 

 その言葉を皮切りにしたように、つま先から崩れ始めた。

 

 途端に軽くなっていく彼女の体に光輝は驚き、灰になっていく様を見て顔を歪める。

 

「生きている限り…………食べ続けなければいけないのが……この身の、定めならば。ああ、満腹になった今こそ、終わりに相応しい」

「っ、み、御堂。俺は、俺も、君が」

「無粋な男。先ほどので、もう全ては伝え、ましたわ」

 

 それで、終わりにしようと。

 

 茶番から始まった、観客も主催者もいないこの舞台を、幕引きにしようと。

 

 そう微笑み、望む彼女はもう、腰まで崩れていた。

 

 

 

 だから、光輝は。

 

「……御堂」

「何、かしら?」

「名前。呼んでもいいか?」

「……はぁ。本当に、無粋な男ね」

「あれは言えないんだ。それくらいは……いいだろ?」

「……そもそも問うのが、無粋だと。そう言っているの、ですよ」

 

 呆れたように、ネルファが笑う。

 

 それが彼女なりの許しなのだと、そう知った光輝は弱々しく笑って。

 

「ネルファ。もしも次、君に出会えたら。また俺のことを叱ってくれ。きっと、俺は間違えているだろうから」

「自分の面倒を、見るくらい……自分でなさい。この……愚か者」

「そうだな。そうできるように……頑張ってみるよ」

 

 かつてのように、今となっては黒歴史になった自信に満ちた顔で笑ってみせる。

 

 それを見て、安心したように。

 

 穏やかに、これ以上ないほど優しく笑ったネルファは目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さようなら。私に、最後にして最上のご馳走を……愛を、教えてくれた人」

「……さようなら。俺に、全てを与えてくれた人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼女は。

 

 

 

 

 

 劇的にでもなく、静かに、あっけなく。

 

 

 

 

 

 光輝の腕の中で、消え去った。

 

 

 

 

 

「っ、……」

 

 

 

 ……もう、重さを感じない。

 

 

 

 温もりを感じない。

 

 

 

 冷たささえも、感じられない。

 

 

 

「っ! っ!! っ!!!」

 

 奥歯が砕ける程、歯を食いしばって。

 

「ぅ、あ、あああああ」

 

 ただただ、拳を地面に叩きつけながら。

 

 

 

 

 

 

 

「────────────────────────────────────────────────────────────ッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 無人の廃墟に。

 

 声にならない慟哭が、響き渡る。

 

 

 

 きっと光輝は、これから先の人生で。

 

 最も哀しく、また幸せであった時間は、この瞬間であると。

 

 そう、死ぬまで確信し続けるだろう。

 

 

 

 あるいはそれは、彼の人生において最大の不幸であるのかもしれない。

 

 天之河光輝は、これから先、彼女と同じほどに愛する誰かと出会うことはできない。

 

 自分に何もかも、今の人間性すらも作り上げてくれた女に勝る女など、いるはずがない。

 

 

 

 

 

 ……こんなことならば、いっそ出会わなければ良かっただろうか。

 

 いいや、たとえどんなに苦しくても、そう思うことだけはしない。したくない。

 

 片目を、片足を、そして愚かさの全てを奪い去られたとしたって。

 

 それでも、彼女の最後の贈り物に比べてしまえば、全てなんでもないことに思えてしまうから。

 

 

 

 

 だから、ここで一生分泣いてしまおう。

 

 次に彼女に出会えたその時、せめて涙を流すなんて無様なことはしないように。

 

 次こそ、笑顔でその言葉を伝えるために。

 

 そう精一杯、慟哭する光輝は。

 

 

 

 

 

 

 

 瓦礫の下に挟まれた愛剣の残骸から──とあるものが消えていたことには、気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




====================================
天之河光輝 17歳 男 レベル:84
天職:愚者・血狂イ花ノ荊
筋力:1020
体力:1020
耐性:1020
敏捷:1020
魔力:1020
魔耐:1020
技能:全属性適正[+光属性効果上昇][+発動速度上昇]・全属性耐性[+光属性効果上昇]・物理耐性[+治癒力上昇][+衝撃緩和]・複合魔法・剣術[+無念無想]・剛力・縮地[+爆縮地]・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破[+覇潰]・言語理解 ・昇華魔法・変成魔法・因果[+狂花ノ棘]
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これで、この作品での天之河光輝の物語は終わりです。

読んでいただき、ありがとうございます。
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