星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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愚か者と怪物の茶番劇が終わりを告げる。

……そこそこ見ものにはなったな。

時は少し遡り、別の舞台へ。

さあ、もう一つの喜劇を見ようではないか。





楽しんでいただけると嬉しいです。


たとえこの手が、何も掴めなくても。

 三人称 SIDE

 

 

 

 やはり、手強い。

 

 

 

 それが恵里と戦っている鈴の率直な感想だった。

 

 屍獣兵のバリエーションは非常に豊富であり、攻撃型のみならず支援型や回復型までいた。

 

 恵里の屍獣兵の操作は非常に的確で、各々の個体が正確に各自の役割を全力で発揮し、連携した。

 

 それはもはや一つの軍隊であったが、しかし鈴とて負けるわけにはいかない。

 

 だから鈴は、双鉄扇を振るった。

 

「はっ!」

 

 また一体、屍獣兵が鉄扇によって両断される。

 

 続けて発動した〝聖絶・爆〟によって、二つに分かたれた死体はそれぞれ原型を留めない肉塊に。

 

 もはや回復系の技能を持つ屍獣兵でも治せない。上から戦況を俯瞰していた恵里は舌打ちした。

 

「鈴のくせに、よく粘るねぇ……!」

 

 忌々しげに呟く恵里の耳に、轟音が響いた。

 

 さほど遠くではない位置から聞こえたそれに反射的に振り向くと……光輝とネルファが戦っている。

 

『あはははははははは!!!』

「おおぉぉおおおおおぉぉッ!!!」

 

 片や楽しそうに笑い、片や全霊の叫び声をあげている様は、完全に互いに対して没頭している。

 

 おまけに光輝の片足は別のものへとなっており、恵里はギリッと奥歯を噛んだ。

 

「あの女ぁ……!」

「よそ見してていいのかな、恵里?」

「っ!?」

 

 憎しみと嫉妬を心の奥から噴き出させていた恵里の耳に、鈴の言葉が突き刺さる。

 

 続けて視界の中に無数の、ヒラリヒラリと舞うような影が映り込み、訝しげに目線を戻す。

 

 すると、そこにあったのは。

 

「……蝶?」

 

 おびただしい数の、蝶の群れ。

 

 漆黒の羽に紅い紋様の入った紋黒蝶が、鈴の双鉄扇に描かれた絵から実体化している。

 

 揃えるように仄かに色を紅く染めた障壁の花弁と共に戦場を埋め尽くすそれは、一瞬目を奪われるほど幻想的だ。

 

「序奏は、これで終わり。次の演目は、もう二度と目を逸らさせはしないから」

「っ、あはは、鈴ごときが何を……」

 

 神秘的な光景の中、交差させた腕の奥から光る鈴の瞳に気圧される。

 

 どうにか苦し紛れに言葉を返す恵里に、鈴は胸から下げた勾玉の一つ──封魔玉に囁く。

 

「出番だよ、イナバさん」

「キュッ!」

 

 その瞬間、封魔玉から飛び出すバンダナを額に巻いた白と紅のウサギ。

 

 それは残像を残して消え──刹那、恵里の背後に姿を表す。

 

 

 

 その超スピードに、恵里は対応できなかった。

 

 使徒の製造技術と、ランダを解析して得られたデータから強化された肉体能力で視認するのが精一杯。

 

「ぁぐぁっ!?」

 

 故に、二人の魔王によって〝イナバ〟と命名されたウサギの豪脚を受け、錐揉み回転しながら吹っ飛ぶ。

 

 攻撃の直前、どうにか身体強化を行なったものの、気がつけば背後にあった廃ビルを貫通していた。

 

 そのままいくつもビルを貫いていく恵里を追いかけるように、残存していた屍獣兵達が移動を開始する。

 

 

 

 鈴は双鉄扇を振って蝶を集めると、雲のように密集させて飛び乗る。

 

 戻ってきたイナバも乗り込んだのを確認して、奇襲用に光の花弁を引き連れて後を追いかけた。

 

 同じ形の穴が空いたビルを目印に、いつの間にか静けさに包まれた不気味な廃都市を飛んで進む。

 

「きゅ、きゅう?」

「……うん、大丈夫。うまくアーティファクトは馴染んでる」

 

 まるで「大丈夫でっか鈴はん?」とでも言いたげに鳴くイナバに、鈴は答える。

 

 自動カウンターと聞こえはいいが、それは同時にある程度鈴の体力や筋力を無視する動作をするということ。

 

 再生魔法が付与されたこの装備が多少は疲労を和らげてくれるが、きついことに変わりはない。

 

「悪魔に取り憑かれてる天之河くんや、肉体全部を変質させた恵里に比べれば、大丈夫」

「きゅきゅう」

「うん、ありがとイナバさん」

 

 あんま無理したらあかんで! と鳴くイナバに鈴が微笑み。

 

「きゅぅ!」

 

 直後、飛び上がったイナバは空中で上下反転し、短い前足を鈴の頭に乗せた。

 

 その体勢のまま凄まじい回転がかかった蹴りを繰り出すと、ゴガンッ! と衝撃音が響く。

 

 彼が蹴りで受け止めていたのは、おどろおどろしい呪詛に塗れた剣だった。

 

「……そのウサギ、鬱陶しいねぇ。生意気にバンダナなんて巻いちゃってさ」

「恵里っ!」

 

 鈴が振り返れば、そこに飛んでいたのは恵里。

 

 完全に頭をかち割る軌道で不意打ちに仕掛けられた一撃は、イナバがいなければ成功しただろう。

 

 紅い宝石の嵌った、ここにはいないウサギとお揃いの黒い脚甲とせめぎあって火花を散らしている。

 

「きゅぅう!」

「チッ!」

 

 力強い剣を支えているのとは逆の足で、ブレイクダンスのように一撃を繰り出すイナバ。

 

 固有魔法〝天歩〟の派生、蹴りから衝撃波を放つ〝旋破〟が放たれるが、恵里はひらりと躱した。

 

 灰翼をはためかせ、宙返り気味に後退して剣を一振り。恵里は鬱陶しげな顔を向ける。

 

「変成魔法でそのレベルまで魔物を進化させるには、三日程度じゃ足りないって聞いたんだけど?」

「まぁイナバさんはほら、特別だから。ほとんど元からの実戦経験だし」

「何それ、反則ぅ〜……でも、その一匹だけで私の屍獣兵全部は相手できないよねぇ──〝邪纒〟!」

 

 数秒分の記憶を封じ、自分の思考を忘れさせる暗黒球がイナバの前に出現する。

 

 それで動きが止まると計算した恵里は、灰色の分解砲を解き放った。

 

 更に、いつの間にか姿を消していた屍獣兵が四方八方の廃ビルから一斉に飛び出してくる。

 

 凄まじい密度の波状攻撃に対し、鈴達は──

 

「きゅ!」

「──は?」

 

 自分の横っ面にめり込むイナバの脚に、恵里は間抜けな声をあげて後ろに吹き飛んだ。

 

 その衝撃と、展開しかけていた分解砲が暴発した反動でその場から弾き出される。

 

「な、なんで!? なんであのウサギ、動けてっ」

 

 再び後ろに吹き飛びながら、意味がわからないと喚く恵里は自分の仕掛けた包囲を見る。

 

 すると、肉体強化によってスローモーションになった視界の中で、鈴が双鉄扇を互いに打ち鳴らし。

 

「弐番、〝蟲の型〟!」

 

 その言葉をキーに、全ての封魔玉から一斉に蟲型の従魔達が解放される。

 

 体長十メートルはあるムカデが二匹、黒と赤の毒々しい巨大蜂が十匹、六腕蟷螂が四匹、四メートル強の蜘蛛が一匹。

 

 

 

 

 

 鈴の集めた魔物達の中でも選りすぐりの彼らが、一斉に攻撃を開始した。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 まず、赤熱化する武器を持った第一陣にミサイルバチ達が秒間五発の爆裂針を掃射。

 

 吹き飛んだ傀儡らは鋼糸蜘蛛が一瞬で張り巡らせた網によってバラバラになる。

 

 その二重カウンターをすり抜けてきた個体は、蟷螂達が鎌鼬を繰り出して切り刻む。

 

 

 

 第一陣がやられるのを想定し、防御の固有魔法を所持した兵が大盾を手に〝魔衝撃〟持ちの兵が突進する。

 

 鈴の結界をも打ち破った彼らは、鈴の背後に長い体を活かして陣取っていた溶解ムカデに得物を振り下ろす。

 

 接触した瞬間赤黒い波紋が広がり、ムカデが四散したのをいいことに鈴に肉薄する屍獣兵。

 

 

 

 だが、自ら分解したムカデら十の体節から一斉に溶解液を噴射した。

 

 防ぐ間も無く全身にそれを浴びた屍獣兵が、みるみる内に骨の髄まで溶けて消えてしまった。

 

 第三陣の援軍がやってくるが、彼らはビルを出る前に床や土中、壁から出てきたアリによって体を噛み砕かれ、引き摺り込まれた。

 

 

 

 そんな、数々の迎撃によって瞬く間に数を減らしていく屍獣兵達。

 

 超人じみた能力を活かしきれずに破壊されていく人形に、しかし恵里はまだ納得できた。

 

 確かにフリードですらごく少数しか所有していない、強力な魔物を隠し持っていたことは賞賛しよう。

 

 唯一納得できないのは、自分の闇魔法を受けて平然と動いていたあのウサギだ。

 

「あんなの、ありえな──」

「きゅう!」

「っ!?」

 

 呼んだ? とでも言うように眼前に現れるイナバ。

 

 目を見開く恵里に、凄まじい速度で肉薄したイナバは怒涛の蹴り攻撃をお見舞いした。

 

「きゅうぅうううう!!」

「なんなのよっ、このっ、ウサギの形をしたっ、化け物はっ!」

 

 うさ耳とバンダナをなびかせ、あらゆる角度から空中を蹴って様々な脚撃が飛来する。

 

 上中下の三段蹴り、連続回し蹴り、果てはフェイントすらも使って音速を超えた連撃が見舞われた。

 

 恵里は灰翼と、元は人斬りに堕ちた剣豪であった呪剣から読み取って憑依した剣技でなんとか凌ぐ。

 

 それでも対応しきれず、やむなしと分解の魔力を放出した恵里にさすがのイナバも引いた。

 

「はぁ、はぁ……なんで?」

 

 肩で息をしながら、鈴の元へ舞い戻ったイナバを見た恵里は呟く。

 

「なんで、僕が押されているの? 使徒の肉体と神喰らいの獣の戦闘力、分解能力、屍獣兵、あの忌々しい女から借りた呪いの剣! ここまで揃えたのに、なんでやられ役みたいに追い詰められなくちゃならないの? 相手はあの化け物でも、雫でもないのに! それなのに、何で? ねぇ、何で? 何で? 何で!?」

 

 何度も何度も、なんでとヒステリックに叫ぶ恵里。

 

 千切れてしまうのではないかという力で髪を掻き毟り、子供のように駄々をこねる姿は、狂気そのもの。

 

 そんな恵里に、パチンと双鉄扇を閉じた鈴は非常に落ち着いた様子で語りかける。

 

「イナバさんのバンダナはね。闇魔法に対する魔力防御に特化した装備なの。お爺ちゃんの南雲くんが作ってくれたんだ」

「は!? なにそれ、僕への対策ってこと!?」

「うん。だって鈴は、最初から恵里と話しにきたんだから」

「…………は?」

 

 意味が、これっぽっちも理解できなかった。

 

 一秒前まで心を満たしていた感情も吹っ飛び、鈴を見る。

 

「南雲くん達にお膳立てしてもらって、いっぱい手助けしてもらって。恵里が取るに足らないと切り捨てた鈴を、ちゃんと見てもらえるようになるまで鍛え上げてきた」

「……へぇ? で、そうまでして僕を這いつくばらせて罵りにきたんだ? 随分と鈴も歪んできたねぇ〜。いいよぉ? 好きに罵ってみたらぁ? 最後まで聞いてあげるよぉ」

 

 その静けさは、所詮住んだ湖ではなく漆黒の泥沼なのだと。

 

 鈴の底を見た気になった恵里は、嘲笑を浮かべて。

 

 そんな彼女に……鈴は、ゆっくりと口を開いた。

 

「前に、ある人に言われたんだ。鈴の笑顔は造花だって。その言葉は本当で、鈴の笑顔もニセモノ。だから、恵里のことを責める資格なんてない」

「……どういう意味ぃ? 北野みたいな言葉遊びは聞きたくないんだけどぉ?」

 

 片目を細め、首をかしげる恵里。垂れた髪が影を作り、瞳にある狂気を浮き彫りにする。

 

「恵里の言う通り。孤独と寂寥を埋めるために、鈴は馬鹿丸出しにに笑ってきた。常に光の中にいたかったから」

「まぁ、鈴はそうだよねぇ」

「恵里は、鈴にとってこの造花を支えるための支柱。馬鹿丸出しの薄ら笑いを不気味がられないために、八方美人のイミテートにも特別な支えが必要だと示す必要があった」

「ふぅ〜ん。で、それに僕を選んだってこと?」

「勿論、全部が全部そうじゃない。でもね、オルクスの時に雫に寄り添って、一緒に最後を迎えようとした香織と美空を見て。そして……」

 

 神に肉体を明け渡してまで、ハジメ達を守ろうとしているシュウジを見て。

 

 鈴は、この関係の終着点を……いいや、そんな遠い場所ではない。

 

 

 

 原点を、見つめ直した。

 

 

 

「最初から、知っていた。知っていて、見ないふりをし続けた。だって向き合うよりも、それはずっと甘くて楽で心地よかったから」

「……で?」

 

 二つの大迷宮を共に旅したためだろうか、あの男のようにあえて曖昧に語るようになった鈴に、恵里は少々苛立ってきた。

 

 そんな感情すらも見透かしたような、ある意味純粋な瞳のまま。

 

「これは自己満足。ただ鈴がスッキリしたいだけのおままごと。それでも言うね」

 

 鈴は、スッと頭を下げて。

 

「──ごめんなさい、恵里。私達は同じことを互いにし続けていたのに、一人だけ被害者面なんかして、ごめんなさい」

「……はあぁああああっ」

 

 そんな鈴への恵里の答えは、深いため息。

 

 心底くだらないことを聞いた、と。そう恵里は顔を手で覆う。

 

 無駄に時間を使わされた。鈴に蔑んだ目を送り、恵里はそう断じる。

 

「そんなクソみたいな茶番をしにここまで来たわけ? 僕が気がついてないとでも? だったらほんと、鈴って馬鹿だよねぇ」

「──うん、ありがと。そう言ってくれて」

 

 見下した目を、言葉を投げかけられたというのに。

 

 頭を上げた鈴の表情は、とてもスッキリしたものだった。

 

「ああ、スッキリした。やっと完全に、鈴は鈴自身の道化っぷりを思い知れたよ」

「……ムカつく。本当にあの男に似て口達者になって。で、話ってこれだけ?」

「ううん。あとちょっとだけ、鈴の喜劇は終わらない」

 

 故にまだ付き合ってもらうからと、そう遠回しに言って。

 

「ねえ、恵里はさ。どうして天之河くんが好きになったの?」

「────はっ?」

 

 今度こそ、恵里は虚を突かれた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 場違いというレベルではない話題の振りに、ぽかんとしてしまう。

 

 

 

 鈴はその反応を全く気にせず、ガールズトークを続けた。

 

「昔からなんとなく考えてたんだけどさ。やっぱりお家に問題あったりする? 鈴がお家に招いたことはあっても、恵里のお家に一度もお邪魔させてもらえなかったよね。ご両親と何かあった? もしかして天之河くんとはそのことで──」

 

 遠慮なく地雷原を走り抜けていく鈴。

 

 それは恵里の心の根元に傷を入れて塩を塗り込むような行為。

 

 しかも微妙に当たってるから、余計に質が悪い。

 

 

 

 だから、鈴が最後まで質問を終える前に分解砲が撃たれた。

 

 最短距離で正面からやってきたそれを、鈴は〝聖絶・鏡〟で明後日の方向に屈折させて防ぐ。

 

 同時に屍獣兵達も動き出すが、従魔達が瞬時に対応を初めて先制攻撃は失敗する。

 

「ねぇ、教えて? 鈴は恵里を知りたい。名前だけのハリボテじゃなくて、ちゃんと本物になりたいからさ」

「本当に、随分神経を逆撫でするのが上手くなったねぇ鈴ぅ? あの男にたらし込まれて、いろいろ教わりでもしたのぉ?」

「あ、それはないよ。鈴、龍っちにゾッコンだし。それより誤魔化さないで、教えてよ。ねえ、何があったの? どうしてそうなっちゃったの? 天之河くんに何をされたの? どんな気持ちで彼を見て」

「ああ、ウザいウザいウザいっ! もう黙れよぉ!!」

 

 分解砲を照射し続ける恵里に、鈴は分解し始めた障壁を張り直しながら誠意のこもった目で見た。

 

 こちらを真っ直ぐ、なんの淀みもなく貫くその瞳が、ひどく癪に触る。

 

 そんな目はできなくしてやると、恵里は怒りのままに手をかざして、新たな闇魔法を発動させた。

 

「〝無法〟!」

 

 それは、対象のイメージ補完を阻害する魔法。

 

 自分の分解砲と拮抗するほどの障壁をまずはどかしてやろうと放ったその魔法は──不発。

 

「なんでっ!?」

「忘れた? イナバさんのバンダナは闇魔法の無効化に特化した装備だよ?」

「まさか、鈴もっ」

「そういうこと」

 

 ツインテールをまとめる一対のリボンを揺らしながら、鈴は力強く笑う。

 

「それに、この程度の砲撃なら無効化するまでもなく障壁を維持できるよ?」

「……何ですって?」

「八……いや、七割ってところかな。お爺ちゃんの南雲くんの使徒人形や、香織に比べたら使徒のスペックを発揮できてない。さっきの言葉からして〝誰か〟のデータで調整したみたいだけど、むしろ振り回されてるよね?」

「何をっ」

「それに、その剣。見たところ、天之河くんのあの悪魔みたいに御堂さんのものだよね? そしてその剣から()()()()を完全に抽出できていない」

「っ、調子に乗るなっ!」

 

 苦し紛れのように恵里が叫んだのは、それが全て図星であったから。

 

 

 

 恵里の肉体は使徒をベースに、エヒトが残していた《嫉妬の獣》……ランダの肉体スペックを上乗せされた。

 

 通常の使徒より更に強靭なその肉体は、しかし魔法が戦闘の主体である恵里には過ぎたもの。

 

 凄まじい身体能力の制御ができず、分解能力の利用に舵を切ったのが現状である。

 

 

 

 それ以上に、この剣が厄介モノだ。

 

 かつて剣聖と呼ばれていたとある男は、人を守ることを生業としていた。

 

 だが、その為に人を斬るうちに快感に取り憑かれていき、やがて愛する者がいる人間ばかりを狙って惨殺する修羅になった。

 

 やがて男は殺した者達の怨念に呪い殺され、その遺骨から鍛えられたのがこの怨みを具現化したような剣。

 

 

 

 当初ではメルドあたりを殺して傀儡兵にし、後々その王国最高峰の剣術も利用しようと画策していた。

 

 だがスタークがライダーにしてしまい、完全に別の管轄になってしまったので手出しができなくなった。

 

 思えばこれを見越していたのだろう。忌々しい毒蛇だ、と恵里は内心舌打ちした。

 

 

 

 結果、シュウジと同等かそれ以上に嫌うネルファにこの剣を借りることになった。

 

 だが降霊術に秀でた恵里と言えど、何百人もの怨念を避けて男の剣技の記憶だけを降ろすのは難しい。

 

 故に鈴の指摘は全てが的中していて、耳に痛いものがあった。

 

「恵里。鈴はもう逃げない。目を背けない。知らないくせに驕ることはもうしたくない。だから、恵里のことを教えてよ」

「さっきから教えて教えて、うるさいんだよ! 今更知って何になるわけぇ!? 精神的に追い詰めようってことぉ!?」

 

 苛立ちが加速する。

 

 屍獣兵は蟲達に阻まれて使い物にならない。ならばと恵里は四方八方から灰羽を射出する。

 

 一つ一つが分解能力を持つそれは、しかし鈴が双鉄扇を振るって集めた花弁よって相殺される。

 

 再度花弁を生成する一瞬の隙をついて屍獣兵が動きかけるが、すぐさま蟲達が妨害した。

 

 まさに人蟲一体。鈴は今、蟲達と一緒にここで踊っている。

 

「恵里にはもう、そうとしか思えないよね。わかってる……それでも鈴は、恵里を知りたい。知って、ちゃんと──友達になりたい」

「──本当に何言ってるの?」

 

 恵里の砲撃が弱まり、羽があらぬ方向へ散った。

 

 三度目の予想外に、完全に意表を突かれた。今度は完全に意識が言葉の方に逸らされるほどに。

 

 だっておかしいだろう。

 

 あれだけ裏切って、殺して、今も殺し合ってるのに、この女は何を言ってるのだ? 

 

 自分の狂気さえも認識できない堕天使は、小さな少女の真っ直ぐな瞳など理解できないのだ。

 

「わかってる、これはおかしいよ。鈴も、いつかどこかで既に壊れちゃってるのかもしれないけど」

「…………」

「でも、それも鈴の一部。だからほったらかしになんてしない。どれだけ正気を疑われても、それでも鈴はこの想いを否定できない」

 

 だって、と。

 

 魔王と、そしてあの悪人に飛ぶための羽を貰った、小さな蝶のような少女は呟いて。

 

「鈴は、覚えてるから。忘れたくないから」

「何を? 何が?」

 

 理解できないと問い返す恵里に、鈴は言葉を紡ぐ。

 

「仮面の笑顔だけじゃない。手段としての顔じゃない。鈴は覚えてる。何でもない瞬間、恵里が鈴に向けていた気だるそうな顔や、皮肉げな笑みとか、呆れたような……でも少しだけ、楽しそうな顔とかをね」

「………………」

 

 それは、本当にどうでもいいような日常の一ページだ。

 

 学校の帰り道、鈴の家に恵里が泊まった時、あるいは二人きりの、ただの雑談の時。

 

 

 

 恵里にとって他者といる時間が光輝に近寄る為のものでしかない以上、決して仮面は脱がないだろう。

 

 けれど、鈴といるほんのひと時だけ。

 

 その他大勢といる時はズレもしないその仮面が、外れかかっているような。

 

 

 

 

 

 そんな気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回は龍太郎サイド。

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