星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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懺悔しようと、過去は変えられない.

壊れたものは戻らない。

それでも足掻くのは美しいことか、あるいは滑稽なことか。

まあいい。他の余興を楽しむこととしよう。






楽しんでいただけると嬉しいです。


不死身の獣

 

 三人称 SIDE

 

 

 

『オラオラオラァ!!!』

「ハハハハハァッ!!!」

 

 

 

 音が響く。

 

 怒号と、火花と、熱を孕んだ音が伝い、壊れかけた世界に沁みこんでいく。

 

 鳴いては消えるその音は、しかし決して絶えることはなく奏で続けられていた。

 

 

 

 愚者と怪物の協奏曲ではない。

 

 道化と狂者の化かし合いでもない。

 

 これは、心の火という紅蓮に身を包んだ戦士と、極悪が形を成した怪物が。

 

 命を命で削ってかき鳴らす、第三の舞台だ。

 

 

 

「そうだそうだ、これだァ! 殺し合いってのはそうでなくちゃなぁ!」

『どらぁあああっ!!』

 

 愉しそうに笑う紅煉に、ブリザードナックルを振るいながらグリスが叫ぶ。

 

 ステータスに換算すれば強化時のシアにすら匹敵する一撃を、紅煉は巨大な手で受け止めた。

 

 インパクトの瞬間空間に波が走り、強靭な毛皮と筋肉を備えた紅煉の腕さえも震える。

 

「テメェ、逃げ回ってたわりにはいい一撃だなぁ!」

『ああっ、も(・)う(・)心(・)配(・)は(・)い(・)ら(・)な(・)く(・)な(・)っ(・)た(・)からなぁ!』

 

 ナックルが握り潰される前に前蹴りを放ち、紅煉を遠ざけてからまた踏み込む。

 

 対応して紅煉が頭めがけて突き出してきた鋭い貫手を、体を少し落としてギリギリで回避。

 

 肩のアーマーに擦れて火花を散らしながら、ナックルが横腹に入った。

 

「ぐぉっ!?」

『ぶっ飛べやオラァ!』

 

 腕が振り切られ、横に吹っ飛ばされる紅煉の体。

 

 すぐさま上半身を立て直し、グリスは恐るべき跳躍力で紅煉に肉薄する。

 

『オラァァアッ!』

 

 空中で一回転を加え、さらに右肩のアーマーからゼリーを吹き出して速度を足し、右回し蹴りを叩き込んだ。

 

 痺れるような脇腹の痛みに、紅煉は反応できない……などということはなく。

 

 ニィ、とあくどく笑うと血のように濃い髪を地面に突き刺し、無理やりに体を停止させた。

 

 そして握った右拳を繰り出し、グリスの蹴りをそれで受け止める。

 

「テメェの動きなんざ見えてんだよ馬鹿が!」

『ちぃっ! それなら!』

 

 グリスがゼリー噴射を止め、ふっと体から力を抜いて自ら落下。

 

 ずるりと紅煉の拳の表面を脛の装甲が滑り落ちていき、グリスは背中を見せる形となった。

 

 

 

 刹那、もう片方の肩アーマーからゼリー噴射を噴射して急回転。

 

 左の足裏を、紅煉の顔面に食らわせる! 

 

「ぐがっ!」

『こいつはどうだ、虎野郎ッ!』

「くははっ、おもしれぇ!」

『何っ!?』

 

 紅煉は、無傷。

 

 釣り上がった目をさらに釣り上げ、ガッとグリスの足を掴むと手当たり次第に叩きつける。

 

 むしろ奇襲が悪手になったことに舌打ちしながら、グリスはボクシングのガードの構えに入った。

 

 頭部や鳩尾などへの不意打ちに備えながら耐え続ける腹づもりだ。

 

「オラァッ!」

 

 やがて、紅煉は思いきりグリスのことを投げ飛ばした。

 

 宙を舞うグリスは、しかしマスクの下でニヤリと笑った。

 

『こいつを待ってたぜ!』

 

 スーツではなく、直の足に履いたブーツへ魔力を込める。

 

 そして〝空力〟を発動して虚空を蹴り、瞬く間に紅煉の前へと舞い戻った。

 

『そらぁっ!』

「ぶがっ!?」

 

 突き出した膝が吸い込まれるように鼻頭に入る。

 

 半ば人のような肉体構造をしているならば、そこはどうしても柔らかい場所になる。

 

 案の定紅煉は赤黒い鼻血を噴き出しながら、頭を仰け反らせた。

 

『もういっちょぉ!』

 

 肩アーマーの角度を変え、ゼリー噴射して一回転。とどめに踵落としを繰り出す。

 

 額に入った一撃は避ける暇を与えず、紅煉は体を瓦礫にめり込ませた。

 

 

 

 紅煉の頭を踏みつつ、グリスも着地する。

 

『どうだ!?』

「………………」

 

 足の下にいる紅煉は微動だにしない。

 

 普通の魔物程度なら爆弾スイカのように頭が弾け飛ぶ威力だ。

 

 視覚センサーからも動きは感知されず、気絶くらいはしたかとグリスは考える。

 

 

 

 少し考えた後、完全に頭部を破壊することを決めた。

 

 足をどかして馬乗りになり、両足で極太の腕を動かせないように抑える。

 

 

《 シングルアイス! 》

 

 

『オラァッ!』

 

 そして、正面のボタンを叩いたブリザードナックルを振り下ろした。

 

 グングンと顔面に冷気を発するナックルが近づいていき──不意に、カクリと顔が下に落ちる。

 

 

 

 

 

 その時、凄まじい悪寒が全身を這い回った。

 

 

 

 

 

 センサーなどではなく、本能的な警鐘にグリスは瞬時に動きを止める。

 

 ほぼ同時に、傾いたことで切先がこちらに向いた鼻の刀が三本とも勢いよく伸びた。

 

『チィッ!?』

 

 咄嗟に仰け反り、切先は顎を掠めるだけに終わる。

 

 だがそれで終わりではなく、瓦礫や地面から赤い棘……硬質化した見覚えのある髪が飛び出た。

 

 全方位から串刺しにせんと迫るそれに、グリスの中で焦りが生まれる。

 

 

 

 極度の緊張は神経を過敏にし、視界の全てがゆっくりと引き伸ばされた。

 

 それが、彼に打開策を思いつくだけの十分な時間を与えた。

 

『上も後ろも左右も駄目ってんなら、下だぁあっ!!』

「ぐほぉっ!」

 

 選択したのは、元の通り紅煉に一発食らわせてやること。

 

 しかしそれが功を奏し、フルスイングで胸に叩き込まれた一撃は紅煉の下にあった瓦礫を破壊した。

 

 それによってグリスと紅煉の位置が少し下がり、頭部のアンテナの先スレスレでガキン! とぶつかり合った。

 

 

 

 更に、本体へのダメージによって髪の硬化が一瞬解ける。

 

 それを目敏く察知し、グリスは素早くドライバーにボトルを挿入してレバーを殴った。

 

 

《ディスチャージボトル! 潰れな〜い!》

 

 

 使用したのはヘリコプターボトル。

 

 空いていた左手にゼリーが流出し、巨大なプロペラへと変化する。

 

『そらっ!』

 

 グリスはそれを使い、高速でカッターのように回転させて髪を切断。

 

 檻から抜け出した後、プロペラを分解して床に手をつき、そのまま前転する。

 

 勢いに身を任せてわざと転がり、ある程度距離が取れたところで起き上がって膝立ちになった。

 

『ぶっねえ、串刺しになるとこだった……!』

 

 無傷で切り抜けたことにほっと胸の撫で下ろす。

 

 ドライバーにゼリーを戻し、それから手をじっと見たが……特に目立った変化は現れない。

 

 例えば、〝黄金の粒子〟とか。

 

 

(まだ平気、か……)

 

 

 

 一つ、龍太郎に幸いなことがあった。

 

 それは言うまでもなく、ハザードレベルが上昇していないことだ。

 

 そもそもハザードレベルの上昇とは、ネビュラガスの活性化による肉体の変質を意味している。

 

 しかし、先んじて摂取したチートメイトの効果で肉体は強化され、ガスの効能が抑制された。

 

 

 

 とはいえ、あまり長時間戦っていては辿る末路は同じ。

 

 気を引き締めなおして、まだ倒したわけではない紅煉を睨む。

 

「ってぇ〜! 今のは効いたぜぇ、人間?」

『っ!』

 

 そんなグリスに応えるようにして、不自然な動きで紅煉が起き上がった。

 

 鼻元を拭い、ニィとまるで攻撃が効いた様子もなく邪な笑みを浮かべる。

 

「どうやらテメェのことを侮りすぎてたようだなァ?」

『……へっ! それくらいタフじゃねえと張り合いがねえ!』

「こっからは本気だ、いくぜ人間ンンッ!」

 

 自らを鼓舞する為、あえて挑発したグリスはナックルを構え。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、目の前に紅煉が現れた。

 

 

 

 

 

『なっ、速っ』

「フンッ!」

『ごはぁっ!』

 

 メキ、と首筋が嫌な音を立てる。

 

 それは紅煉の拳が、グリスのヴァリアブルゼリー製のマスクを打ったことによる衝撃が原因だ。

 

 先ほどのお返しと言わんばかりに振り切られた拳で、グリスは後ろへ吹っ飛ぶ。

 

 

 

 そのまま近くの廃ビルにめり込み、バラバラと降り注ぐ瓦礫と共に落ちてきた。

 

『ごはっ、がはっ、はぁっ、はぁっ!』

「いい音がしやがるぜ。やァっぱりテメェは殺し甲斐がありそうだ!」

『チクショウ、テメェ今まで遊んでやがったな……!』

「言っただろ、本気だってなァア!!!」

 

 言葉と同時に、文字通り虎のようにしなやかな脚で一気に踏み込んでくる紅煉。

 

 十分な勢いの乗った拳が後ろへ引き絞られ、それを見たグリスも同じようにナックルを引く。

 

『「オラァアッ!!」』

 

 打ち合ったのは、まさしく全身全霊の一発。

 

 先ほど以上の余波が発生し、あまりの衝撃にマスクの中でアラームが鳴り響いた。

 

 だが、紅煉の拳をどうにか押し返すので精一杯な今の龍太郎に、それを気にする余裕はない。

 

「そらそらそらァ! いくぜぇ!」

『クソがぁあっ!!!』

 

 叫びをも己の勢いに加え、次々と飛んでくる紅煉の拳に抵抗するグリス。

 

 

 

 だが、明らかに体格が違いすぎる。

 

 おまけに本気を出した紅煉の猛攻は力強く、速く、何より勢いに容赦というものがない。

 

 拳の大きさ一つとってもナックルを装備したグリスの二倍はあり、まるで拳の絶壁のようだ。 

 

『ぐっ、がっ!』

「どうしたどうしたぁ! もういっぺん俺様の顔を踏んで見やがれェ!」

 

 

(まずい、ペースに嵌った! 速く抜け出さねえと押し切られる!)

 

 

 反撃は無意味と判断し、グリスは防御態勢に入った。

 

 紅煉はそれを見て一瞬目を細めたものの、すぐに牙を剥いて拳を振りかざす。

 

 来る、と腰を落として備えたグリス。

 

 その瞬間、足に巻きついた何かによって引っ張られた体が宙に浮いた。

 

『なっ!?』

「そらよっと!」

『ぐぁあああっ!?』

 

 そこに叩き込まれる強烈な蹴り。

 

 受け止めた両腕のアーマーから途轍もなく嫌な音が鳴り、それを聴きながらまた壁に叩きつけられた。

 

『ぐふっ……!』

 

 跪くグリス。

 

 垂れ下がった両腕のアーマーから、金色の破片がパラパラとこぼれ落ちた。

 

 

(さっき、何が起こった……?)

 

 

 赤い警告通知で染まった視覚センサーを無視して、紅煉を見る。

 

 自分の体勢を崩したものを探し……やがて、股の間でゆらゆらと揺れるものに気がついた。

 

 それは、髪と同じ色をした尻尾。

 

 ハッ、と口の中で嘲笑を漏らす。それは尻尾があると知っていながら脅威から度外視していた自分に対してだ。

 

 髪を操れるのだ、尻尾程度自由自在に動くに決まっているだろう。

 

『ちと、頭に血が上りすぎたか……』

「なんだ、もうおしめぇかよ。だったらこれでおっ死んじまいなぁあああッ!!」

 

 勝利宣言とも取れる言葉を叫びながら、紅煉が突撃する。

 

 片膝をついたグリスは微動だにせず、一瞬で肉薄した紅煉の振り下ろす拳を見つめ──

 

 

 ズドン! という大きな音が響いた。

 

 その振動で砂煙が舞う中、紅煉の拳は……グリスの頭のすぐ横、ビルに突き刺さっている。

 

『………………』

「………………」

 

 辛うじて死を免れたグリスと紅煉は、超至近距離で見つめあって。

 

「な、ァ…………!?」

 

 やがて、声を漏らしたのは紅煉だった。

 

 目を見開いた彼の左腕は、グリスがアッパー気味に放ったナックルをしっかり受け止めている。

 

 だが。その反対、右の脇腹には──グリスがもう一方の手に握ったツインブレイカーの切っ先がめり込んでいた。

 

『いつ俺が、武器が一つだなんて言ったよ。ええ?』

「て、めぇ……!」

『いい加減、ドライバーの音に似たテメェのやかましい声も聞き飽きてたんだ』

 

 ドクドクと血を垂れ流す傷口に、杭を捻るようにして刺し込んでいく。

 

 紅煉の巨体が震え、その腕が硬く握り締めていたナックルを離した瞬間。

 

 グリスはドライバーのレンチを素早く肘で落とした。

 

 

《 スクラップフィニッシュ!  》

 

 

『だから、こいつで終ぇだあああっ!!!』

「テメェ、人間ンンンンン!!!!!」

 

 ドライバーから供給されたエネルギーを、全て左手のツインブレイカーに充填。

 

 全力の雄叫びとともに、傷口から思い切り上へとツインブレイカーを振り上げる! 

 

 

 

 ツインブレイカーから解放されたエネルギーは、紅煉の体を蛇のように這い回り。

 

 そして光の爆発となって、紅煉の右上半身を盛大に吹き飛ばした。

 

『はぁ、はぁ……流石に、こいつもこれで、死んだはず……』

「──痛ぇなぁ」

『──っ!!!???』

 

 まさか。そんな、ありえない。

 

 そう思いながらも、グリスは自分の体に影を落とす紅煉の死体を見上げ。

 

 そして、木っ端微塵に半身が消し飛んだにも関わらず笑っている紅煉に恐怖した。

 

『な、んで……』

「い〜ぃ作戦だった。だがこの紅煉様の前では無意味よぉ!!!」

『がッ!!!』

 

 長く、長く伸びた三本の刀がグリスを斬る。

 

 一瞬の停滞の後、後押しするように発生した鎌鼬が後ろのビルごとグリスを襲った。

 

「ごっ、がっ、ぐぁっ!?」

 

 隣の通りまで飛ばされたグリスは、激しく地面を転がっていく。

 

 十回も地面に体を打ち付けたところでようやく止まり、同時に変身が解除された。

 

「ごぷっ、な、ぁ……に、が……どう、なっ、て……」

 

 血を吐きながら呟く龍太郎の体に、大きな三本の切り傷がくっきりと刻まれている。

 

 幸いスーツと咄嗟に発動した〝金剛〟、そして筋肉によって臓器までは達しなかった。

 

 だが、しかし。

 

 

 バチッ、バチチッ!! 

 

 

「ちく、しょ。ドライ、バー、が……」

 

 三つに分断されて火花を散らすドライバーに、手を伸ばす。

 

 もうあれは使えない。ならば、とにかく体の方をなんとかしなくては。

 

 混濁する意識の中でそう考えた龍太郎は、奥歯のあたりを意識して、強く噛みしめる。

 

 すると、奥歯に張り付いていたアーティファクトが壊れ、発動した。

 

 それが体内のチートメイトに作用し、魔力を代償に急速に治癒力が高まっていく。

 

 

 

 とりあえずこれで、命の危機は脱したか。そう安堵する龍太郎。

 

 だがしかし、その数メートル先、先の一撃でビルに空いた穴から大きな影がぬっと現れて。

 

 

 

 

 

「褒めてやるぜェ人間。さっきのはマジでやられた。前の俺様だったら死んでただろうよォ?」

 

 

 

 

 

 その獣は、何度も見た醜悪な笑みを浮かべた。

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回はまた鈴の方へと。
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