星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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紅煉に一矢報いたグリス。

だが、健闘虚しく紅煉の一撃に倒れる。

ふむ、どうなるか。

では、もう一つの舞台を見てみるか。





楽しんでいただけると嬉しいです。


それでも、本物になりたかった。

 三人称 SIDE

 

 

 

「あれが、恵里の本当。演じていたものじゃない、中村恵里の欠片。そう信じるからこそ、鈴はこの願いを諦められない」

「………………」

「だから、恵里」

 

 パチン、と双鉄扇を閉じて。

 

 鈴は、手を伸ばした。

 

「帰ろう。そんな汚れた翼は閉じて、一緒に」

「………………」

「他の誰が恵里を罵ろうと、鈴が守る。それでどれだけ嫌われても、もう笑うだけで全てを済ますことはしない。ずっと隣で、恵里の親友でいたい」

 

 その鈴の言葉に、恵里は答えない。

 

 俯いたことで髪が垂れ下がり、灰翼の作る陰でその表情は窺い知れず。

 

 だが双鉄扇を閉じて手を伸ばせたのは、彼女が分解砲や灰羽の放射を止めたからだ。

 

 

 

 だから、まだ諦めない。

 

 喜劇も悲劇も演じ終わって、二人であのなんでもない。

 

 けれど少し違う、本当の心で笑い合う日々に戻ろうと。

 

 

 

 ……そんな鈴の思いが届いたかのように、砲撃が徐々にか細いものへと弱まっていく。

 

 やがて虚空に溶けていき、同時に動きを止めた屍獣兵達に鈴もアーティファクトの命令を止めた。

 

 通じたのか。そう口元を綻ばせる鈴に恵里が顔を上げ──あまりに冷たい目を向けた。

 

「ばっかじゃないの?」

「──っ!」

 

 その一言に重ねるようにして、巨大な魔法陣が空を覆う。

 

 それは灰羽で作られたものであり、鈴は自分の話を聞くふりをして、攻撃に紛れてこれを作っていたのだと悟る。

 

 

 

 そして、昏い灰色の魔法陣が発動する。

 

 生まれたのは歪み。【神山】の上に現れたものと酷似したそれから溢れ出すのは──魔の者達。

 

 まるで減らした屍獣兵の数を補うように召喚されたそれらは、大戦力といって差し支えないもの。

 

「ほんっとうに、鈴はバカだよね。時間稼ぎしてくれてありがとぉ〜。じゃあ、魔物の波に呑まれて──死んじゃおっか?」

「っ……」

 

 勝ち誇ったように笑う恵里。

 

 これだけの魔物の数、いくらハイスペックな従魔やイナバがいるとはいえ防ぎようがない。

 

 鈴に対抗するように地中型や飛行型も次々と現れており、おまけに屍獣兵もまだ七十体はいる。

 

 それに従魔達は、鈴が喋る時間を稼ぐために半数以上が死に、残りも重傷。

 

 未だに遠くから聞こえる激しい戦闘音からして、光輝や龍太郎が助太刀に来る可能性も低い。

 

 

 

 圧倒的な優越感と共に、先ほどとは真逆に無言になった鈴を見下ろす。

 

 せっかく自分の予想を裏切った状況を作れたというのに、あんな戯言で無駄にするとは。

 

 本当に馬鹿な奴、と込み上げる嗤いを抑えずに曝け出す恵里。

 

「………………」

 

 鈴は、力なく手を落とす。

 

 

 

 

 

 届かなかった。

 

 

 

 

 

 いや、それは分かっていたことだ。最初からそうだと鈴はわかっていた。

 

 それでも足掻きたかったのだ。信じたかったのだ。

 

 あの老魔王のように、遠く届かない場所に行ってしまった親友の手を諦めきれなかった。

 

「ついでだし、最後に遺言くらいは聞いてあげるよ〜? なにせし・ん・ゆ・うだしね? あはははははははっ!」

 

 後悔を心に浮かべる鈴に、高笑いしながら恵里は呪剣を振り上げる。

 

 剣が振り下ろされれば、魔物や屍獣兵達の一斉攻撃が始まるのだろう。

 

 そんな、絶体絶命の状況で。

 

「……残念だよ、恵里」

 

 鈴は、唇を噛み締める。

 

 心の底からみっともなく溢れ出す、途切れることのない未練を吞み下すために。

 

 やがて、恵里の哄笑が途切れるのと同じ頃に。

 

「──これだけは使いたくなかったけど。けど、もう逃げないって決めてきたから」

 

 左目から一筋の涙を流しながら、鈴は恵里のことを見上げた。

 

 再び開かれた双鉄扇の小鈴がシャリン、と音を奏でる。

 

 今更何を、と口元を嘲笑に歪める恵里は。

 

 

 

 

 

 ドガァアアアンッ!!! 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 突如粉砕した頭上の魔法陣に、これ以上ないほど驚いて顔を上げる。

 

 

 

 

 

 そこに、光の大鳥がいた。

 

 

 

 

 

 何百、何千という光の障壁が寄り集まり、神話の朱雀のような形を成している。

 

 それは体から灰色の光の破片──魔法陣だったものを振り落としながら、上へと高く舞って消えていく。

 

「──参番、〝終の型〟」

「っ!」

 

 目を見開く恵里は、大きく聞こえた言葉に慌てて下を見下ろす。

 

「きゅっ!」

「くっ!?」

 

 すると、これまでで最大の魔力を全身から噴き上げた鈴の足元からイナバが飛び上がるところだった。

 

 咄嗟に呪剣を振り下ろし、その命令に従って魔物達と屍獣兵達が一斉に動き出した。

 

 互いを殺す為に。

 

「な、なんでっ!? 命令は届いてるのにっ!」

 

 しっかりと命令を下したはずなのに同士討ちを始めた人形達に、恵里が金切声をあげる。

 

 彼女は正しいが、間違っている。確かに命令は魔法を通して屍達に届いた。

 

 ただし、標的を違えたというただ一点を除いて。

 

「黒紋蝶、何のために飛ばしたと思ったの?」

「っ、まさか幻覚を!」

「もう少し、この踊りに付き合ってもらうよ」

 

 屍獣兵達を惑わす鱗粉を舞いた張本人の言葉に、思わず舌打ちする恵里。

 

 見れば、先ほど跳躍したはずのイナバは動いていない。恵里に攻撃を仕掛けさせるためのブラフだったのだろう。

 

 

 

 策略通りに嵌められたことに苛立ちを感じる間にも、次々と手駒は減っていた。

 

 屍獣兵の素材は対魔物のエキスパートだった騎士・兵士達だ。

 

 そこに超スペックが加わることで次々と魔物は討ち取られ、また回復型の屍獣兵の手で鈴の従魔も戦線に復帰する。

 

 ギリギリと歯を鳴らしながら、かろうじて怒りに呑まれかけていない恵里は魔物達に黒紋蝶の始末を命じた。

 

 唯一正常に動く彼らは、ヒラヒラと戦場を舞う黒紋蝶達に向かって動き出し。

 

「〝その速さ、疾風の如し〟」

 

 黒紋蝶のいる一角へ動こうとした魔物達は瞬く間に破壊された。

 

 唖然とするしかない恵里の前には、半壊したビルの上に着地する巨大な光の虎がいる。

 

「ばら撒いたのは、蝶だけじゃないよ」

「──何をしたわけ?」

「言ったでしょ。舞踊は好きかな、って」

 

 

 

 ──魂魄・昇華混合魔法〝心絵〟。

 

 

 

 鈴が心の中に描いたものを、障壁を用いて擬似的な生物などに具現化する魔法。

 

 最初の空中戦では、空に光鳥を描く為の〝点〟として障壁をこっそりと散らした。

 

 そして屍獣兵の相手をしながら、建物や瓦礫の影へと障壁を飛ばして光虎を描いた。

 

「最後の踊り、見てってよ」

 

 そう笑いかける鈴に、もう儚さなど微塵もなかった。

 

「ふ、ざけるなぁああああっ!!」

 

 ふてぶてしく笑う鈴に、ついに恵里の怒りが頂点を超える。

 

 光虎ごと蝶を飲み込んでやると言わんばかりに、先程の数倍の魔物達をけしかける。

 

 その後先を考えない思考は案外功を奏し、光虎は全ての魔物を瞬時に殺せはしなかった。

 

 ──だが、結果は彼女の思い通りにはいかない。

 

 

 

 

 

 ドォオオン!! ドォオオン!! ドォオオン!! 

 

 

 

 

 

 魔物が蝶に触れた途端、炎の花が咲く。

 

 恵里は、強力な光虎を設置したのは、蝶を守るためではなかったのかと茫然自失とする。

 

「恵里の質問、まだ答えてなかったね。このレベルの魔物を百匹以上、たったの三日くらいで揃えられると思った?」

「……偽物、ってことかな?」

「正解。半分以上は中に燃焼物を詰め込んだ、動く爆弾だよ」

「チッ、厄介なものを……!」

 

 そこかしこに飛んでいるだろう、本物の黒紋蝶と見分けがつかないそれに恵里は眉を顰める。

 

 しかも屍獣兵達の頭部や背中にまで張り付いており、迂闊に魔物が手を出せば爆弾と化すことを悟った。

 

「見た目は綺麗な蝶々、しかし紛れ込んだ爆発物にはご注意を! ……北野っちに似てるかな?」

 

 ハジメ手製のゴーレム蝶を冗談じみた言葉で示唆して、鈴は舌を出す。

 

 

 

 

 

 完全に、恵里よりも余裕を取り戻していた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 プツンと恵里の中で何かが切れた。

 

 こんな場面でジョークなど言われれば、キレない方がおかしい。

 

「あは、あはははは。まさか鈴なんかが僕をここまで追い詰めるなんてねぇ。あのまま、ずっと小鹿みたいに震えてればよかったのに」

「それはもう嫌かな。いつまでも怯えて被害者みたいな顔してたら、龍っちにも相応しくないし。あ、できれば付き合い始めた事、恵里にも祝福してほしいなぁ、なんて」

「…………ああ、もういいや」

 

 これまでのどんな一言より感情のこもっていない声で呟いて。

 

 真っ暗な瞳で、恵里は前触れなく呪剣を片手に鈴へと急降下した。

 

「あぁあああああああっ!! 死ねよぉおおおおおおっ!!」

「…………終わりにしよう、恵里」

 

 

 

 

 

 もう、迷わない。

 

 

 

 

 

 鈴は、包み込むように双鉄扇を振るう。

 

 その瞬間、ビルの中や空中に透明化して隠されていた障壁が互いを結び、巨大な光の亀になった。

 

 それは全力で飛翔していた恵里に止まる暇を与えず、そのまま巨大な口で呑み込んでしまう。

 

「くそっ、くそっ、くそぉおおおおおおおおおっ!」

 

 光亀の体内で分解砲や魔法、果ては怒りで制御可能になった呪剣に溜め込まれた呪いを打ち出す恵里。

 

 だが、攻撃を受けた箇所の障壁が隣の障壁に重なるようにずれる事で、なんのダメージも与えられなかった。

 

「〝光もて、この暗闇を切り拓かん〟──《聖絶・大華》」

 

 

 

 

 

 光が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 光亀が自分を形作る光の花弁全てを〝爆〟へと変え、自らを盛大に散らす。

 

 同時に、ついに魔物を掃討した屍獣兵らも次々とゴーレム蝶によって爆発四散。

 

 閃光と炎、衝撃が廃都市に満ち満ちて──やがて、あっけないほどに消える。

 

 

 

 その名残りである煙を突き破り、ただ一つの影だけが地上へと落下した。

 

 その影は、恵里だ。

 

 翼は千切れ、四肢は折れ曲がり、飛ぶ魔力さえも先の爆発で失った、《色欲の獣》だ。

 

「〝その雄々しさ、波打つ海の如し〟」

 

 最後の光が、鈴によって解き放たれる。

 

 小型の光の龍が残っていた障壁で結ばれ、恵里のことを受け止めた。

 

 同時に素早く体に巻きついて動きを封じ、そのまま降下して鈴の前へと連れてくる。

 

「かはっ、ごほっ………………殺し、なよ」

「……さすがだよ。まだ意識があるなんて」

 

 かろうじて意識を保っている恵里に、感心したように、少し寂しそうに鈴は笑う。

 

 対して恵里は空虚な瞳を鈴に向けることもなく、どこか遠くを見つめている。

 

「恵里……」

「とも、だち? ありえ、ない……死んだ、方が……まし」

「……」

 

 嘲笑も侮蔑も、もはやいらない。

 

 鈴など見えていないかのように話す恵里に、鈴はギュッと唇を噛み締めた。

 

「何もかも、最低、だよ。……僕は、ただ……」

「恵里? ただ……なに? 教えて」

「……」

 

 答えず。

 

 もうその気はないのだと、そう訴えかけるように口を閉ざす恵里に、鈴も一度固く目を閉じる。

 

 心の中にはまだ、恵里を助けようと。このままでもいいから連れて帰ろうと、そう喚く自分がいる。

 

「──そんな半端は、許さない」

 

 そんなことをすれば、また惨劇は繰り返される。届かなかった時点で、自分の負けだ。

 

 

 

 自分自身にそう言って、鈴は鉄扇の片方を掲げた。

 

 いくら特別に強化された使徒の肉体とはいえ、この鉄扇の切れ味ならば首程度容易く落ちる。

 

 それを見て、初めて恵里は目の焦点を元に戻して、鈴を苛烈な瞳で睨め付けた。

 

 ギュッと口元を引き締めて、鈴は精一杯の想いを込めて鉄扇を振り下ろし──

 

 

 

 

 

 

 

「────────────────────────────────────────────────────────────ッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 その時だ。

 

 この廃都市全てに響き渡るような、慟哭が聞こえたのは。

 

「この、声は……?」

「光輝、くん……?」

 

 呟く鈴と、目を見開く恵里。

 

「光輝、くん……光輝くん!!」

「え、恵里っ!?」

 

 死に体だったはずの恵里の体が一瞬、灰色に輝く。

 

 光龍を消しとばし、明滅する翼とボロボロの体をそのままに凄まじい勢いで飛んでいってしまった。

 

 驚愕で咄嗟に動けなかった鈴も、ハッと我に返ると急いで恵里を追いかける。

 

 イナバと蟲達を引き連れ、何故か迷いなく飛翔する恵里を追いかけて。

 

「ああああぁああああっ!!! ああぁあああああああああああああああッッッ!!!!!」

「……光輝、くん?」

「なに、これ……」

 

 ただ一人、血みどろの瓦礫の山で泣き叫ぶ光輝に、ぽつりと呟いた。

 

 一生分の声と身体中の水分を使い果たしてしまうのではないか、そう思えてしまう嘆き。

 

 左足はなく、片目もなく。

 

 それなのに残っている部分の肉体は、ボロボロに千切れた服とは対照的に綺麗だ。

 

 まるで、誰かがそう治したように。

 

「光輝、くん。光輝くん光輝くん光輝くん!」

「っ、まずいっ!」

 

 そんな光輝に、ひしゃげた片手を向けた恵里が〝縛魂〟を使おうとして。

 

「え…………な、なん、で」

 

 光輝の心には今、ぽっかりと大きな大きな穴が生まれていた。

 

 今なら光輝を自分のものにできると、瀕死寸前で、ほとんど本能的欲求に支配された思考で考えた恵里は。

 

 全く光輝の中に侵入することができない自分の魔法に、動揺した声を漏らした。

 

 その時、ぴたりと慟哭が止んで。

 

 

 

 

 

「──────今、俺の心を操ろうとしたな」

 

 

 

 

 

 そして恵里に──深い深い、底の見えない漆黒の瞳が向けられた。

 

「俺の、心を、今。奪おうとしたな、恵里」

「こ、光輝くん? どうしたの? 僕だよ? 君の恵里だよ?」

「天之河、くん?」

 

 あまりに異常なその様子に、恵里のみならず鈴さえも動きを止めてしまう。

 

 光輝は、肉体の一部を損傷しているとは思えないほど力強く、恐ろしい気迫を放っていた。

 

「許さない。絶対に許さないぞ。たとえ俺が君を狂わせてしまったのだとしても。この心は彼女に、俺自身が渡したもの。他の誰にも、俺の心は、奪わせない」

「光輝、く──」

「俺の心は、この命尽き果てるその時まで。彼女だけの、ものなんだ」

 

 涙で濡れそぼった顔のまま、光輝は言葉を吐き出す。

 

 彼の両腕は、まるでそこにいない誰かを想うように、強く、強く握りしめられていて。

 

「──なにそれ」

 

 その言葉に、恵里は本当に、完全に壊れた。

 

「なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ?」

「っ、恵里っ!!」

 

 カクカクと壊れた人形のように首を傾げながら、同じ言葉を言い続ける恵里に鈴は飛んでいく。

 

 光輝がなぜあんなことになっているのかわからないが、このままではまずい。そう直感したのだ。

 

 

 

 その予感は的中している。

 

 鈴が障壁の足場を用いて、恵里へと到達するほんの数秒間。

 

 その間にピタリと言葉を止めた恵里は、こちらを睨みつける光輝のことをジッと見て。

 

 やがて、ニッコリと笑った。

 

 それは、諦めと嘲笑、皮肉と呆れがない混ぜになった不思議な笑顔で。

 

「うそつき」

 

 次の言葉と共に、首から下げていたものを握りしめる。

 

 それは何の為か、彼女が最初から身につけていた、アーティファクト級に強化された魔道具。

 

 名を──〝最後の忠誠〟。

 

 自爆する為の、道具だ。

 

「恵里、だめええええええっっっ!!!」

 

 

 

 

 

 手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 けれど、光を放ち始めた魔道具が発動するまでには届かない。

 

 

 

 

 

 ならばと、鈴は死に物狂いで障壁を作り出し、光輝へと飛ばして。

 

 

 

 

 

 そして自分は、飛びつくようにして恵里へと抱きついた。

 

 

 

 

 その瞬間、ついに光が解き放たれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──世界が、白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 鈴は、不思議な場所に立っている。

 

 深々と静謐だけが支配する真っ白なそこには何もない。

 

 たった一人、鈴の前に立つ彼女だけを除いて。

 

「恵里……」

「鈴……」

 

 いつか、共にこの世界で戦っていた頃の姿に戻った恵里。

 

 そんな彼女と一定の距離を置いて向かい合う鈴は、しばらく彼女と見つめあって。

 

「変な場所。走馬灯……でも、なさそうだよね。臨死体験っていうのも、確実に死ぬからちょっと違うか」

「なら、鈴も一緒かな」

「さぁ? 思いっきり抱きついてきたんだし、道連れかもね?」

「アーティファクトがまだ機能してくれてたら、鈴も恵里もわからないけどね」

 

 鈴の体内に融合させたアーティファクトには、まだ一つ型が残っている。

 

 それは本当に何もできない状態の場合、鈴と彼女が触れているものに障壁を張るというもの。

 

 あの爆発でアーティファクトが壊れてさえいなければ、まだ可能性はある。

 

 そう微笑む鈴に、ふんと恵里は鼻を鳴らした。

 

「僕をあれだけ容赦なく爆発させておいて、よく言うよ」

「それもそっか」

 

 苦笑う鈴に、恵里の目は不機嫌な色をより強める。

 

 それに従うまま、恵里は鈴へ口を開いた。

 

「なんとなく、この世界は長続きしそうにないし。今のうちに言っておくけど。鈴ってマジでキモいからね」

「……へぇ。例えば?」

「いっつもヘラヘラしてるとことか。陰口叩かれても平気ですよみたいな顔して、やっぱ笑ってるとことか。中身エロオヤジだし、殺し合いの最中に友達になりたいとか頭ぶっ飛んだこと言うし。ていうか、あの北野の真似マジでムカついたよ。それに何より、一人称が名前とか。キモすぎてホント、ありえないよねぇ」

 

 ピキッと、鈴の額に青筋が浮かぶ。

 

 そしてニッコリと、恵里がキモいと言った笑顔であえて反撃した。

 

「そっかぁ、そうだよねー。でも恵里も大概気持ち悪いよ?」

「はぁ?」

「いつも一歩引いてニコニコして、陰口叩かれても笑ってて。実は中身根暗だし。ていうかメガネで控えめで図書委員とか、狙いすぎだから。あと一人称については文句言われる筋合いないんだけど。〝僕〟とか、属性盛りすぎたって。あとあれ、『君の恵里だよ?』って。ププッ、思い返すと厨二すぎて笑えるよ」

 

 確実にシュウジの煽りスキルを一部受け継いでいた。氷結洞窟でイジられていたのが功を奏したか。

 

 恵里の額に青筋がプラス。もはや躊躇する必要は全くなし。そっちがその気なら叩き潰す。

 

「厨二? 鈴の変態度合いには負けるんだけど。てか百合の気あるでしょ、何回か身の危険を感じたことあるし。マジキモい」

「あはは、冗談の範疇もわからないのかなぁ? それにもう彼氏いますぅ〜。初恋拗らせて、いろいろ変な方にぶっ飛んじゃった勘違い女に変態扱いはされたくないなぁ。あはは、キモい」

「「………………ア”ァ”?」」

 

 とても花の女子高生がするとは思えないメンチを切り合う二人。

 

 直後、聞くに耐えない罵詈雑言が二人の間で交わされた。

 

 もしこの場にシュウジがいたのなら、爆笑しながら喜んで実況しただろう。さすが汚い外道汚い。

 

 

 

 しばらくして、息とボキャブラリーの切れた二人が罵倒大会をやめる。

 

 二人して肩で息をすると、不意にピシリと音がする。

 

 その方向を見ると……白い空間に、いつの間にかあの呪剣が突き刺さっている。

 

 そこからひび割れ始めていて、恵里は舌打ちをした。

 

「どうやらお迎えみたいだ。それも最低最悪の女が来たみたい。まあ、この世界もやっと終わるね」

「……」

 

 その皮肉に、答えは返ってこない。

 

 両手を膝についた鈴の顔は窺い知れないが。

 

 そこから零れ落ちる雫までは、隠せない。

 

「……なに、泣いてんの? ばっかみたい」

「うる、さいよ。馬鹿って言う、方が、馬鹿、なんだから……」

 

 嗚咽が、抑えられない。

 

 拭っても拭っても、雫は溢れて止まらない。

 

 

 

 

 

 この別れへの寂しさを堪える方法を、鈴は、知らない。

 

 

 

 

 

「……さっきはああ言ったけど、さ。多分、鈴は死なない。逝くのは僕……私だけ」

「え、り?」

 

 一人称が、変わった。

 

 いいや戻ったのだ、かつて純粋だった中村恵里に。

 

 彼女は、何かを突き飛ばしたような感触が残っていた自分の両手を見て、ハッと笑った。

 

 鈴が光輝のように涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、恵里はまた不機嫌そうな顔をする。

 

「残念だったね。ほら、もう泣かない。鬱陶しいから」

「で、も」

「……ああ、本当に馬鹿。こんな裏切り者で最低のクズ女、何がそんなに惜しいんだか」

 

 仕方がない、と呆れたように笑う恵里の顔は。

 

 かつて、鈴が僅かにだが記憶に焼き付けた、あの顔だった。

 

「え、り。恵里、鈴、は」

「それもキモいから、ちゃんと一人称変える」

「うっ、うん……」

 

 二人きりの世界に、亀裂が走る。

 

 もうほとんどが消え去ってしまった世界の中で、二人の足元から呪剣への道だけが残っていた。

 

 それ自体が壊れかかった呪剣へ、恵里は体を傾けて一歩踏み出し。

 

「……あの時。あの橋の上で出会ったのが、鈴だったなら……そうしたら、どうなってたのかな。なーんて。うん、私が一番の馬鹿かな」

「恵里、すず……私はっ! 恵里と親友で、よかった! たとえ偽りでも、嘘でも、仮面だったとしてもっ! それでも、楽しかったよ! だから、私はっ!」

 

 鈴の体が消えていく。もうこの世界にいられないと、そう告げるように。

 

 なのに、そっぽを向いていたのに、不意にこちらに顔を向けた恵里は消えずにここに残っていて。

 

 その顔に浮かんでいるのは、どこかホッとしたような。

 

 

 

 

 

 やっと、見つけたような。

 

 

 

 

 

 そんな表情のまま、剣の……道の向こうに立つ、どこか上品な雰囲気の人影へと歩き出す。

 

 

 

 そして、最後に。

 

 中村恵里という一人の人間が、本当に最後に。

 

 たった一人だけ、見つけられた親友へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ばいばい。鈴と一緒にいるときだけは。ちょっとだけ、安らいだよ」

「──ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 返す叫びは、届かない。

 

 だけれども。人影に辿り着いて、なぜか鬱陶しそうな顔をする恵里が。

 

 少し振り返って浮かべた表情は、きっと何かが届いたのだろうと。

 

 そう信じるには、十分だった。

 

 

 

 

 

 ……やがて。

 

 白い世界から、一切が消え去った都市の中心に戻った鈴は。

 

「うあ、あああっ、ああああああ……」

 

 嗚咽を漏らし、座り込む。

 

 空中にいた恵里に抱きついたはずなのに、服は壊れていても、落ちた時の怪我はない。

 

 鈴からそっと離れるように空へと消えていく、灰色の羽が何かを意味しているのか。

 

 わからないけれども。

 

 

 

 

 

 それでも、鈴は彼女がそうしてくれたのだと、信じた。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回。



……その火はやがて、凍り付いて消えていく。
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