星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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地上側の戦いがしばらく続きます。

楽しんでいただけると嬉しいです。


修羅達 序

 三人称 SIDE

 

 

 

 パンドラタワー下部、対神軍要塞。

 

 

 

 雪原から空間魔法によって移動したパンドラタワーを中心に展開された、その一角。

 

 ただ一人、老いた魔王のためだけに用意された決戦場が、そこにあった。

 

「そろそろ来る頃だと思っていたぞ、アベル」

「…………………………」

 

 豪奢な王座に座る魔王が、懐かしげな、それでいて冷たい声音で告げる。

 

 ここで一人、戦況を傍観していた彼の前には今、いつの間にか男が立っていた。

 

 薄汚れたローブ。フードの裾から覗く枯れたような白い髪。

 

 装甲に包まれた()()と両足、片手で握って地面に先端をつけた細長いステッキ。

 

 アベルと呼ばれる《獣》は、黙して始の鋭い視線を受け止めた。

 

「久しぶり、と言っておこう。もっとも会うのはこれで最後になるだろうがな。俺かお前か、どちらかが死んで。それで終わりだ」

「………………」

 

 始の軽口にも、アベルは答えず。

 

 俯いてそこにぼうっと突っ立っている様はいっそ不気味だ。

 

 その異様さに眉を顰めた始は、視覚センサーに搭載された〝魂魄看破〟を発動。

 

 返ってきた結果に、ふっと曖昧な笑みを彼へと向けた。

 

「そうか。お前、自我と憤怒の境目を()()()のか」

 

 始の視覚センサーに映っていたのは、燃え盛る紅蓮の炎のごとき魂ではない。

 

 薄汚れた、炎に絡みついていた呪鎖が解け、色褪せた卑しい色に変色した魂。

 

 自分でかエヒトにそうされたかはわからないが、アベルは呪いと己の魂を溶かし合ってしまったのだ。

 

「…………っ!」

 

 ピクリ、と。

 

 これまで一度も口を開かなかったアベルの体が揺れ、顔が上げられる。

 

 初めて正面に向けられたアベルは──両目が鮮血のように赤黒く染まっていた。

 

 

 

 

 

「──我は、怒りである」

 

 

 

 

 

 紡いだ言葉は、呪詛のように毒々しく。

 

 

 

 

 

「──我は、憤怒である」

 

 

 

 

 

 そこには、感情も理性も存在せず。

 

 

 

 

 

「──我は、裁きである」

 

 

 

 

 

 ただただ、怒りの化身のみが。

 

 

 

 

 

「──我は、正義である」

 

 

 

 

 

《獣》に堕ちた男が、在った。

 

「そう、か……少し残念だ、アベル。お前のその信念の強さ、異形とも呼べる精神力にはシンパシーを覚えていたんだがな」

 

 始にとって、アベルは親友を、そして人生の全てを破壊した怨敵である。

 

 だが同時に、どのような存在になっても変わることのないその〝怒り〟には芯を感じていた。

 

 

 

 怒りを保つことと、怒りに呑まれること。

 

 

 

 それは同じようでいて、前者は後者よりも遥かに難しい。

 

 奈落で怒りを力に変えた始は、その難しさをよく知っていた。

 

 だからこそ、アベルの怒りには敬意すら評していたのである。

 

「だが、呑まれてしまったのならばそれまで。修羅道ではなく鬼道を取ったのなら……いや、どちらにせよ殺すんだ。変わらないな」

 

 始の言葉から殺気が溢れ出る。

 

 それはハジメのような、全ての理不尽を破壊するがための激しいものではない。

 

 重く、強く、粘ついた。五十年もの月日をかけて熟成された、深い深い復讐心。

 

 全てを捨てた南雲始を唯一動かしうる、たった一つの感情だ。

 

「グ、ォ、ァアアアァ」

 

 その殺気に反応して、アベルだったもの──《憤怒の獣》が姿を変えていく。

 

 前身から滲み出た鈍色に呑まれ、膨張し、やがて見るも悍ましいモノへと変じる。

 

 

 

 八つの釣り上がった瞳。下顎が二つ連なった口。

 

 それぞれ別の武器を模した六本の太腕に、膝の外側から不恰好な支足の生えた両足。

 

 それらを支える全身の筋肉は不自然なほど盛り上がっており、人型としてのカタチすらも捨てていた。

 

 ただ怒りを体現したかのような、冒涜的な姿だ。

 

『「グルゥァアアアァアアアア!!!」』

「……来い。引導を渡してやる」

 

 雄叫びを上げた《憤怒の獣》は、始を鏖殺せんがため一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 ドッガァアアアン!!! 

 

 

 

 

 

 その瞬間、《傲慢の獣》の目の前の空間が吹き飛んだ。

 

 始は動いていない。

 

 玉座の肘掛けから腕も上げておらず、砲撃したわけでもない。

 

 ただ、不敵な笑みだけを浮かべていた。

 

「お前も学ばないやつだな。この俺が、何の準備も無しにこんなところでふんぞり返っているわけがないだろう?」

 

 〝空裂爆弾〟。

 

 フリードの〝震天〟を参考に作った、空間に固定・接触と同時に爆発させる不可視の爆弾だ。

 

 起爆と同時に撒き散らされる超音波は、通常のライオットならば一撃で引き剥がせる。

 

『「グォオオオオオオ!!」』

 

 通常の状態であるならば。

 

 結びつきを強くしたライオットとの結合は解けず、一歩踏みとどまらせたのみ。

 

 

 

 何の痛痒も感じずに踏み込んだ《憤怒の獣》に──また爆発。

 

 今度は右側面から、一度のみならず二度。互いの威力を相殺しない位置に完璧に仕掛けられていた。

 

 純粋に二倍の威力が発揮され、先ほどよりも少し長く動きが止まる。

 

 煩わしいと言わんばかりに《憤怒の獣》は腕の一つ、モーニングスター型のものを振るう。

 

 始に向けて伸びたそれは、しかし到達する前にいくつもの爆発によって失速した。

 

 引き伸ばされたことで本体ほどの密度がなかった腕は引きちぎれ、さしもの《憤怒の獣》も動きを止める。

 

「どうした? お前は怒り狂うことが本分だろう? そら、来いよ。椅子に座った老人一人程度、簡単に殺せるぞ?」

 

 挑発する始。しかし《憤怒の獣》は動かない。

 

 たとえ理性を失っていようと、本能で察知したのだ。

 

 

 

 この場に、無数の爆弾が仕掛けられていることを。

 

 

 

 一撃で崩せないなら、数を重ねればいい。

 

 殺しきるまで圧殺してやるという始の殺意が透けて見える。

 

 故に動かなくなった《憤怒の獣》に、しかし始はなおも小馬鹿にするように笑った。

 

「足を止めていいのか?」

『「──ッ!?」』

 

 瞬間、何かを察知した《憤怒の獣》は全ての腕を盾に変形して上に構える。

 

 次の瞬間、凄まじい重圧が上空から落ちてきた。

 

《憤怒の獣》の巨体を軽く凌駕する範囲に降り注いだその圧は、全力を使ってなお押される。

 

 重圧と《憤怒の獣》の拮抗する力によって、特別頑丈に作られた地面が放射状にひび割れていった。

 

 

 

 その攻撃の出所は、ヴァールよりも上空、成層圏間近に浮遊する巨大な半人型の巨大兵器。

 

 撃ち落とされた重力砲は、従来のライオットが百体いても押し潰せるだけの威力がある。

 

 しかしそれだけに、あまり放射時間が長くない。底なしの始の魔力すら相当持っていくのだ。

 

 だから老魔王は、次の手を打つ。

 

「これで死ねばいいがな」

 

 初めて右手が動かされ、その人差し指が《憤怒の獣》に向けられる。

 

 すると、《憤怒の獣》の周囲に風のカーテンを纏っていた小型のアーティファクトが出現した。

 

 眼球型をしたそれらは、上からの圧にかかりきりになっている《憤怒の獣》に容赦なくレーザーを発射した。

 

 太陽光を凝縮・魔法的処理が行われた、超熱線。

 

 アーティファクト自身が回転することで、四方八方から《憤怒の獣》を切り刻む。

 

 一拍置いて、切れ込みが入る。そのままバラバラに崩れていく《憤怒の獣》の醜い体。

 

『「ゴ、ガ、ァアアアァ!!!」』 

 

 だが、それでは終わらない。

 

 

 

 

 

 二つの口から、咆哮が轟く。

 

 

 

 

 

 その瞬間、始は肌で世界そのものが()()()()()()ような感覚を覚える。

 

 直後、決して目を離していなかったにも関わらず、確実に殺したはずの《憤怒の獣》は──無傷だった。

 

 

(現実の改変、いや限定的な事実の抹消。知性を失ってなお、その力を使いこなすか)

 

 

 始が僅かに目を細めたのと同時に、重力砲の照射が終わる。

 

 すぐにレーザービットを退こうとしたが、その前に《憤怒の獣》が振るった大剣によって全て破壊されてしまう。

 

 それに反応を見せることもなく、《憤怒の獣》は怒りの叫びを撒き散らしながら進撃を再開し。

 

「……面白い」

 

 始は、獰猛に笑った。

 

 第一プランが失敗に終わった始は、すぐさま二つ目のプランを実行に移す。

 

『「ゴアアアァァアァアアアァ!!!!」』

 

《憤怒の獣》の全身にねじれた棘が突出し、始に向かって射出される。

 

 更に、大剣、モーニングスター、棘鞭、極太の槍……

 

 六本のうち武器に戻った四本の腕が自ら飛ばした飛刃ごと叩き潰すように空間を駆け巡って迫った。

 

 当然空裂爆弾が起動するが、それを物ともせずに強引に腕を進ませた。

 

「さて、その腕は俺に届くかな?」

 

 悠然と座する始。

 

 これといった迎撃体制を取らないまま、壁のような攻撃を見据え。

 

 

 

 そして、《憤怒の獣》に飛刃と武器が突き刺さった。

 

 

 

『「ッ!!???」』

 

 顔面にめり込んだ自らのモーニングスターに、複眼を見開く《憤怒の獣》。

 

 更に大剣が右足の太ももを貫き、鞭が腹部を打ち据え、太槍が肩を抉り取る。

 

 飛刃は接触の瞬間、再統合することでかろうじてことなきを得た。

 

 よろめく《憤怒の獣》は、八つある視界のうち、潰れていない五つでこのダメージの原因を探す。

 

 ある一定の距離、不自然な場所で腕が途切れている。

 

 消えた部分は勿論、今自分の体を穿っている真っ最中である。

 

 つまりは空間が切り取られ、別の場所に繋げられているのだ。

 

 

 

 思考なき怒りの化身に、それを原理として理解することは不可能である。

 

 だが、怒りの矛先が届かぬことにより一層の怒りを募らせ、最適な動きを取ることは可能だった。

 

『「アアアァアアア!!!!」』

 

 絶叫し、全ての腕を統合する。

 

 一つに集めたそれを変形させ──2秒にも満たぬ時間で、この広場全体を影で覆うほどの巨大なハンマーとした。

 

 拡大の最中にいくつもの空裂爆弾が起爆したものの、瞬時に欠損部分を補うことで対応。

 

 

 

 始は予備のレーザービットを飛ばして、支えである《憤怒の獣》を破壊しようとした。

 

 しかし、高速で動き回るビットは全て、《憤怒の獣》の全身から解き放たれた飛刃によって撃墜される。

 

 更に普通の物理攻撃では通らないと感じ取ったことで、《憤怒の獣》は〝抹消〟の力を纏わせ。

 

 それを始へ向けて振り下ろした。

 

「……なるほど、いい案だ。空裂爆弾も〝反射結界〟も、これならば丸ごと叩き潰せるな」

 

 だが、と巨大なハンマーを見上げながら始は呟き。

 

「俺の前で時間をかけすぎだ、馬鹿め」

 

 始の右目が一瞬輝く。

 

 その視界に収まっていたライオットは、気がつけば()()()()()が数メートル後ろにあった。

 

 

 

 概念特化:空間魔法《カット&ペースト》。

 

 

 

 数十年に渡る概念魔法、ひいては神代魔法の修練は、魔法適正のない始に絶技を身に付けさせた。

 

 先の迎撃も使われたその力により、体の半分を失った《憤怒の獣》の上体はハンマーを支えられなくなる。

 

 不幸中の幸いは、巨大すぎるが故に本体であるアベルが上半身に全て収まっていたことか。

 

《憤怒の獣》はすぐにハンマーを解体して、その分を新たな下半身の形成に回し始める。

 

「遅い」

 

 それを許す始ではない。

 

 再びカット&ペーストが発動され、両腕からハンマーが空間ごと分断される。

 

 宙に浮いた巨大な円柱は、再び繋げようと《憤怒の獣》が両腕を伸長させた途端に吹っ飛んだ。

 

 始の目がまた輝いている。行使したのは斥力操作だ。

 

「反転」

 

 完全に機動力を奪った《憤怒の獣》へ、今度は全方位から重力を浴びせて空中に固定する。

 

 そのまま重力の方向を操作し、下手なことができないよう、両腕を限界まで横に伸ばした。

 

『「グガアァアアアッッ!!!!!」』

 

 身をよじって重力の檻から逃れようとする《憤怒の獣》だが、始は更にもう一手加える。

 

「《概念特化:重力》──〝斥十字〟」

 

 三度、始の瞳が輝いた。

 

 直後、《憤怒の獣》は自分の体が内側からバラバラに引き裂かれていくような、筆舌に尽くし難い激痛を覚える。

 

 それは決して錯覚などではなく、《憤怒の獣》の肉体は細胞単位で反発しあい、破裂しようとしていた。

 

 

 

 〝斥十字〟。

 

 

 

 それは始が常時視覚センサーに発動している、昇華魔法の情報を閲覧する概念により解析した相手の肉体に、内部から斥力を発生させる魔法。

 

 細胞一つ一つが互いを引き離そうとすることで相手の肉体はバラバラに解け、崩壊して死に至る。

 

 同時に外部から重力をかけることで反発の性質を強め、逃げ場のない苦痛の牢獄に閉じ込めるのだ。

 

 

 

 これは、一つの概念を突き詰めることで武器とする始の切り札の一つ。

 

 名を《概念特化》。

 

 一切魔法の素質を持たない始は、失った肉体を復元するのではなく、無数のアーティファクトで補った。

 

 継ぎ接ぎの半人半機。その見返りとして、始は七つの概念を極限まで使いこなす力を得たのである。

 

「そのままズタズタになるのをゆっくり見ていてやる……などと、悠長なことは言わない」

 

 そんな始にも、いくつかの懸念が存在した。

 

「俺はかつて、お前に隙を見せた事で全てを奪われた。だから二度と油断などしない。勝利など感じない。最後まで、確実に、絶対に、殺す」

 

 だからこそ勝利を確信することは断じてあり得ず、最後の一手を仕掛けた。

 

『「ガグギィァアアァアアアァァ!!!」』

「──消えてなくなれ。お前が誰より使いこなした、その力のように」

 

 始は、まるでトリガーを引くように金属の皮膚で覆われた左手の指を引いて。

 

 

 

 そして、自壊していく《憤怒の獣》に白い極光が降り注いだ。

 

 

 

 ティオの魔力砲にもどこか似ているその光の柱は《憤怒の獣》の姿を一瞬で飲み込む。

 

 轟々と音が鳴り響き、ハジメをして舌を巻く堅牢な要塞の一角を激しく揺らした。

 

 その閃光は、接触した相手を別次元へと強制転移させるもの。

 

 行き先は虚無。始が空間魔法で作り出した、〝あらゆるものが存在できない空間〟である。

 

 逆説的に、そこに入った有機物無機物は例外なく全て消滅する。

 

 激しい光の奔流は数十秒も続き、やがて細々しくなっていくと消える。

 

 後には、パンドラタワー本体と同じ強度を持つ広場の床にぽっかりと空いた穴だけが残った。

 

 いかに《憤怒の獣》が〝抹消〟を本能的に使おうと、刹那の時間も存在を保てないだろう。

 

「……………………」

 

 完封。

 

 強力無比なアーティファクトと、この世界のユエでさえも到達していない《概念特化》の技の数々。

 

 アベル本来の用心深さを失っていたとはいえ、《憤怒の獣》に手も足も出させなかった。

 

 完全勝利。そうハジメや、五十年前の始ならば確信しただろう。

 

 

 

 

 

 ピシッ…………

 

 

 

 

 

 だが、始は知っている。その男の執念深さを。

 

 その強情さを、その頑固さを、その──類を見ないほどの、意思の強さを。

 

 だから、目の前で空間そのものが荒々しくガラスを叩き割るように破壊され。

 

「………………見事だ。正面から戦う以前に、これだけの罠を仕掛けて圧殺する技量。純粋に驚いた」

 

 開いた深淵から、その男が悠然と戻ってきても驚かなかった。

 

 むしろ、顰めっ面と鋭い目を歪ませ、これまでで一番楽しそうに笑うではないか。

 

「お前ならば、凌駕すると思ったぞ。その呪いのような怒りを」

「予想外に時間がかかったがね。だが、我が怒りは我が意によってのみ成すもの。怒りそれ自体であってはならない」

 

 だから、と盲目に戻った目を見開き。

 

 

 

 

 

 

 

「今度こそ、僕自身で君を殺す。既に〝紛い物〟の意思は消えた。我が怒りは、最後に君を倒すことで収めるとしよう」

「やれるものならばやってみろ、カビの生えた骨董品が」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、修羅と修羅の第二ラウンドが始まる。

 

 




まずは前哨戦。

読んでいただき、ありがとうございます。

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