楽しんでいただけると嬉しいです。
三人称 SIDE
「〝レベルⅦ〟!!」
まず、いの一番に白金の使徒達へ飛び出したシアが技能の名を叫んだ。
始との修練において、彼女は魔力1の消費に対し身体能力値を3上昇させる〝変換効率上昇Ⅲ〟を〝Ⅵ〟まで進化させた。
そこに昇華魔法でもう一段階上へと引き上げてⅦにすることで、ようやく始の動作を視認できるようになったのだ。
その集大成を纏い、淡青色の閃光は神の僕達へと向かっていく。
「では進軍といくかの。〝魔竜黒軍〟」
ティオが、こっそりとウサギコンビが暴れながらばらまいていた〝魔封珠〟を起動する。
〝空間ポケット〟によって地上のみならず、魔物達の軍勢の中にも隠されていたそれら、が一斉に封じていたものを吐き出した。
そうして現れたのは──フリードの引き連れた魔を超える、〝邪〟と形容すべき異形達。
通常の竜化状態のティオの三倍はあるだろう、三つ首の大黒龍。
辛うじて龍の形を保っている黒炎の塊や、全身に毒々しい色の棘が生えた虫のような体躯の黒龍。
他にもわらわらと、見ているだけで吐き気を催し、恐怖に膝をつきそうなグロテスクな黒い龍達が、総勢百体。
そんな怪物らに、ティオは鞭をフリードへと向け。
「滅せよ」
ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
一斉に、邪龍達が魔物の群れの外側から、そして内側からブレスを解き放った。
召喚から砲撃まで一瞬の、完全なる奇襲。そして互いのブレスを阻害することのない、完璧な配置での出現。
個体によってそれぞれ違う黒の閃光は、一つとして外れることなく魔物達を滅殺していった。
威力は折り紙つき。かつての白竜と同等レベルになった灰竜達程度など、到底及ばない。
事実、それによって少なくとも五百体の魔物が死んだ。首の数が必ずしも一つではないが、それでも単純計算で一体で五体は殺している。
(なんだ、この化け物どもは)
こんな強力すぎる竜、否、怪物達をどこから引っ張り出してきたというのか。
ティオに向けて銀色の砲撃を放ちつつも、背筋に怖気の走る怪物達を見て疑問を持つフリード。
白神竜を筆頭に灰竜達をここまで進化させるのに、神の力を借りながらもどれほどの労力と修練を積んだのか。
変成魔法の適正云々の話のレベルではない。この悪魔どもを、三日間でどうやって手懐けたというのだ。
(やはり、あの男か? こんな奴らを生み出せるなど、奴しか到底考えられん……くっ、忌々しい!)
ひとまず、ハジメを元凶として結論づけたフリード。
《姫ハヤラセンゾ、醜男メガ》
「……ん?」
何か聞こえた気がしたが、空耳だろうとフリードはすぐに忘れる。
とりあえず、全身の皮膚を裏返して広げた邪龍に自分の砲撃が防がれたのを見ると次の行動に移る。
次の己の一手を打ちながらも、魔物達に全身全霊をかけてあの邪龍たちを排除することを命じた。
その命令に忠実に従った従魔の何割かが、その場でくるりと標的をティオとユエから邪龍達に変える。
その様子を見て、ティオは内心で小さく喜んだ。狙い通りだからだ。
ただでさえ白金の使徒やフリード、あの白神竜の相手をするだけでも骨が折れるというのに、こんな数の魔物を相手していられない。
ユエが時間をかければ全て殺してはくれるだろう。しかし、短期決戦が望ましいのもまた確か。
故にこの状況は、四人にとってとても都合のいいものだった。
ちなみに。
この現世にいてはいけない類の邪龍達は、元はティオの故郷である隠れ里……遥か北方の彼方の孤島に生息する竜種の魔物である。
そしてフリードは間違っている。確かにこの邪龍達を用意したのは某魔王だが、ハジメではなく始の方だった。
〝蠱毒〟という言葉を知っているだろうか。
様々なファンタジー作品で使い回された実験なので説明は割愛するが、始はそれを竜達で行った。
変成魔法でティオの従魔とした後、〝望んだ力を得る〟という魂魄・変成・昇華複合魔法薬を飲ませてとある空間に放り込んだ。
その空間は、始が若い頃にネルファから習った召喚魔法で異界から呼び寄せた悪魔が無数にひしめく、地獄の壺。
悪魔達の強さは、
悪魔と殺しあわせながらも、竜同士で殺し合い、百匹まで減ること。
それだけが異界からの解放条件。
彼らは敵味方同時に殺し合いながら、死の瀬戸際の中で生まれた極限の意思で、望んだ姿へと変貌した。
ある竜達は三体で融合し、ある竜は悪魔の魂を食らってその力を身につけ、またある竜は己の屍に魂を留めたことで不死となった。
昏い昏い生存への執念を燃やし、死に物狂いで異常な進化を遂げ、ついに漆黒の邪竜達は生存競争を勝ち残った。
……そして最後に、始への逆襲に燃える彼らの傷を慌ててティオが癒し、よく頑張ったと何度も褒め、異界での苦労話を聞き。
最終的に生まれたのが……
《 《 《 殺セ! 殺セ!! 殺セ!!! 我ラガティオ姫ニ仇ナス愚カ者ヲ一匹残ラズブチ殺セ! 》 》 》
……この邪竜軍団改め、ティオファンクラブである。
「な、なんだこの怪物達は!? 今言葉を喋らなかったか!?」
《ド頭カチ割ッテヤラァ!!》
《ソノ羽モイデケツに突ッ込ンデヤル!!》
《クリーク! クリーク!! クリーク!!!》
「やはり喋ってるではないか!?」
戦場全域から聞こえる邪龍達の罵声に、さしものフリードですら狼狽えた。
「…………どうしてこうなったんじゃろうなぁ〜」
「ティオ、人気者」
「ご主人様以外からの愛は、正直ちょっと……」
遠い目をするティオに、魔物達をエレメンタルに掃討させていたユエも流石にちょっと同情した。
中身はどうあれ、彼らは一体一体がオルクスのラスボスであるヒュドラを凌駕する、本物の怪物。
しかもハジメの方で用意した、様々な技能を付与したアーティファクトを体内に埋め込んでより力を増している。
自重? なにそれゴミ箱の中にあるアレの事? である。
未だ十倍以上の差があるフリードの魔物達など、単なる食い放題の餌にしか見えていなかった。
まず、灰竜達が恐怖と空の覇権を奪われた怒りから一斉にブレスを掃射する。
《 オ デ ガ ダ ベ ル 》
灰竜達に向かう邪龍らを撃ち落そうとする、軽く三倍以上はある光の流星群に、邪龍の一匹が前に出る。
一際大きな体を持つその邪龍が大口を開けると、五重に連なった無数の牙と毒液塗れの口内が露わになった。
そこから不可思議な吸引力が発生し、灰竜のブレスはことごとく吸い寄せられて飲み込まれていく。
その邪龍の危険性を本能で察し、飛んでくる他の魔物達には別の邪龍が襲いかかった。
《Gyuaaaaaaaaaa!!!》
蝙蝠じみた体躯の邪龍が放った音波に接触した頭部や臓器が、次々弾け飛んでいく魔物達。
しかし、その死骸を隠れ蓑に機動力に優れた一部の魔物が肉迫し──
《 《 堕チロ、下郎ドモ 》 》
直後、人型に近い二体の邪龍が歪な形の爪から飛ばした〝風爪〟で輪切りにされた。
他にも三頭狼や黒豹キメラなど、以前よりも遥かに力を得た魔物達が襲い来るが、悉く種類豊富な邪龍達に惨殺されていく。
「ふふ、二人のご主人様との共同作業の集大成。こんな体験をするなど、妾は果報者じゃな」
「ウラノスッ! 薙ぎ払え!」
ティオの満足げな言葉に、フリードは更に眉を逆立てながら白神竜に命令を下した。
直後、放たれる莫大な極光の奔流。
射線上にいる、あの大口邪龍やティオの前にそびえるめくれ皮の邪龍を諸共吹き飛ばそうとする。
《サセヌヨ、小童》
しかし、半分の距離も撃ち出す前に上から降ってきた三本の黒閃に相殺された。
頭部に埋め込んだ宝玉に付与された〝先読〟であっさり邪龍達は回避し、仲間の魔物達を減らすだけに終わる。
フリードが弾かれたように空を見上げると、邪龍達の中でも一際強大な迫力を持つ三頭龍がこちらを睥睨していた。
《姫》
「うむ」
「ッ!」
同時に、ティオが黒鞭を振るう。
どうにか察知できたフリードが銀翼で防御の姿勢を取ろうとし……動きが止まる。
全身が、動かない。自分とは別の、あり得ざる程の力によって押さえ込まれている。
「な、にが!」
《姫ノ鞭ヲ避ケルナド、不遜ナリ》
発生源は骨ばった細々しい邪龍の、悍ましいいほど妖しく輝く紫色の目。
〝侵食の邪眼〟。異界の悪魔から喰らい奪ったそれは、目に収めた対象の肉体を魔力で侵し、支配する。
動きを止めるだけに収まっているのは、それだけフリードの肉体が強化されていたからに過ぎない。
動けないフリードに、五、六メートル程度しかないはずの黒鞭が振るうと同時にあり得ないほど伸長して襲いかかる。
不規則な軌道を描いて飛んだ黒鞭は、フリードの肉体を打ち付け、血飛沫が舞う。
「ぐはぁッ!?」
フリードの口から漏れ出た悲鳴に、邪龍達が魔物を惨殺しながらそれは愉しそうに目を細めた。
まだ終わりではない。そのまま音速で飛ぶ黒鞭の先端は、隣の白神竜へと向かう。
自ら避けようと身を捻った白神竜は、しかし突如として翼を全て何かに掴まれた。
《逃ゲルナ》
グルァアアアアア!?
いつの間にか白神竜の背後に出現していた黒い靄から半身を露出した、龍の形をしている触手の集合体に絡め取られていた。
主人同様に押さえつけられた白神竜の眼球を、黒鞭の先端が空間ごと切り裂き、抉り取る。
ガァアアアアアアアッ
悲鳴をこぼす白神竜。フリードにそっくりだったのはティオの幻聴だろうか。
「うむ、さすがご主人様の鞭。使い勝手が良いのう」
鋼糸に〝斬羅〟を付与した金属片を貼り付けた、先端についた〝宝物庫〟から最大三キロまで伸びる大鞭。
それがこの黒鞭の正体だ。
邪龍らの拘束を解かれ、いくらか降下したフリードと白神竜は怒りに瞳を燃やす。
特に白神竜は動きを封じられ、傷をつけられたことにプライドを傷つけたか、怒りのまま極光を横薙ぎに吐いた。
《曲ガレ》
しかし、エネルギーを屈折させる邪眼を持つ邪龍によって邪龍やティオ達からは外され、魔物だけを巻き込む。
またも仲間殺しをさせられたことに、より怒りを募らせた白神竜が怒りの咆哮をあげた。
「未熟。この程度で心を揺らすとはの」
戦場で傷を負うのは当たり前。だというのにこれしきで怒りに身を任せた白神竜にティオは告げる。
力を得ようと、所詮は年若い竜ということだろう。然程歳を重ねていない個体の邪龍ですら、傷を負おうと戦っているというのに。
「これでは〝竜王の権威〟を使うまでもなく、邪龍達で事足りるかの……して、ユエ。〝準備〟の方は?」
「ん。もうちょっと」
「そうか。ではあやつともう少し、遊んでやるとするかのう」
こちらを睨みつけてくるフリードと白神竜の主従に、邪龍達を従える竜女皇は妖艶に笑った。
●◯●
「あはっ! 粛清してあげましょう!」
「っ!」
狂気と共に、刃が迫る。
これまで数度ウサギが相対した使徒や、ナァトに強化されていた個体すらも霞む神速。
腕を刃と平行に合わせ、いなして外へと威力を逃すも、余波だけで筋肉が断裂したのではないかという激痛が走った。
「づっ……!」
「ああ、その顔! 実に良いですよ、同族!」
思わず顔を歪めたウサギに、どうしてそこまで笑えるのだという程口を三日月型に歪めフィーネが嗤う。
感情は備わっていない、という使徒の触れ込みはどこへいったのだろう。随分と楽しそうだ。
いいや。そうであるからこそ、ウサギはこれまでのどんな敵よりこの使徒が脅威に思えた。
「あはははははは! ほらほら、まだまだいきますよぉ!」
超至近距離で、一メートルを超える双大剣が縦横無尽に振るわれる。
その刃には〝劫火浪〟の炎を圧縮した白い炎を纏っており、ウサギがいなす度に炎刃が何処かに被弾した。
既に短時間の攻防で丸裸となっていた孤島の隅が、さらに焼け野原へと変わっていく。
「ふひははははは! どうしたのです!? 解放者の遺産はその程度ですか!!」
「…………!」
あからさまに挑発をしてくるフィーネに、しかしウサギは乗ることなく防戦を続けた。
もしこの決戦用に誂えた手甲と具足がなければ、今頃ウサギは四肢を断ち切られていただろう。
戦闘特化のホムンクルスとして製造されたウサギをして、フィーネの性能ははあまりにも強力。
ステータスに換算するのであれば、全数値七万は軽く超えている。
まさしく、終焉の使徒と呼ぶに相応しい。
だが。
「──見切った」
「はい?」
ウサギの呟きに、無邪気に首を傾げたフィーネ。
同時に振るった双大剣は全身から桃雷を吹き出したウサギにぬるりと回避される。
そして、彼女の真っ白な横っ面に黒い拳が深く突き刺さった。
「ぐげっ?」
「確かに速い。でも、剣筋が単純すぎる」
この短時間で、ウサギはフィーネの剣筋のパターンを全て見切った。
「もう、遅れは取らない」
「ごはっ!?」
淡々と告げながら、ウサギは膝を横に吹き飛んだフィーネの顔面にめり込ませた。
一瞬全身の力が緩んだフィーネへ、空中で一回転したウサギは回し蹴りを重ねて放ち──相手が消えた。
「──なるほど、思ったよりやりますね。
「っ!?」
気がつけば、腕組みをするように双大剣を交差させているフィーネが背後にいる。
それを横薙ぎに振るい、ウサギの首をハサミのように双大剣が両側から刎ねんと迫った。
「……私も、少し寝ぼけてた」
甘んじてその不意打ちを受けるウサギではない。
桃雷が再び放出され、一瞬双大剣を押し留めた。
その間に蹴りを空振っていた足で空中を蹴り、サマーソルトキックをフィーネに見舞う。
白の使徒は瞬時に手の中で双大剣を反転させ、逆手持ちで交差させてその蹴りを防いだ。
拮抗は一瞬。空に散っていた白い羽の一本から細い閃光が落ち、桃雷で速度を上げたウサギが退避する。
「ふひ。それでこそ、遊び甲斐があります」
「……あなた、随分使徒らしくないね」
「そう見えますか? まあ確かに、同胞達に比べ衝動的であるとは理解してますが」
そんな生温いものではない、とウサギは内心ツッコむ。
下衆という言葉が似合いそうな笑い方も、殺しを愉しむような目も、決して無感情な人形ではない。
かと言って、あまりに人間くさいその反応は演技とも思えない。それはまるで……
「まるでこの状況を、楽しんでるよう」
「あはは、正解です。なにせ昨日造られたばかりでして。ほら、初陣って高揚するものでしょう?」
「違う。あなたが楽しんでるのは──苦しめること。甚振ること。相手を痛めつけることを、面白がってる」
即座に言葉を否定されたフィーネは、一瞬キョトンとし。
その後、本当に裂けているのではないかというほど口を笑みに歪めた。
「ええ、ええ! 愉しいですとも! 同胞達から引き継いだ戦闘データで、そして我が創造主から賜った圧倒的な力で弱者を踏み潰すのは! ああ楽しみです! 地上に赴き、人間達の首を刈り取って並べるのが!」
「……ああ」
そういうことなんだ、とウサギは呟いた。
この使徒は、子供だ。
自分の力で何かを殺すとはしゃぐ。子供が面白がって蟻を潰すのと同じだ。
そんな単純で、幼児のような精神をしているのだ。
生まれたばかりだからか。あるいは、シュウジを乗っ取ったエヒトがあえてそう造ったか。
ともあれ──このフィーネという殺戮人形は、存在しているだけで災いであるとウサギは確信した。
「ではまず貴女の首から! あのフリードとかいう雑魚ではありませんが、貴女の番に直接届けてあげます!」
「できるなら、ね」
〝部分獣化〟を行い、両足を蹴りウサギのものに酷似した形状へと変える。
出し惜しみはあり得ない。その状態で桃雷を発生させ、武装の補助を得て150%程度の出力でフィーネへと接近した。
「ふぅっ!」
「あは!」
雷速の突撃へ、神速の剣技で答える。
ウサギが次々と繰り出す拳や脚と炎を纏う大剣がぶつかり、金属音のような激しい戦闘音を奏でる。
その場だけが全く別の世界となったように余波で空気が軋み、大地が崩れ、悉く環境を破壊した。
だが、それはこの戦士と狂人にとっては知覚する価値もないもの。
ただ相手を破壊するため、壊すために力をふるい、際限なく命の炎を燃え上がらせていく。
「くひひひひひひははははは!!! 面白い面白い面白い! 私の力を試すために戦った六人目の同胞は簡単に壊れたのに! とっても愉しいです!!!」
いくら双大剣を振るっても、かすり傷一つつけられないウサギにそれは愉しそうに凶笑するフィーネ。
白炎の他にも、分解能力以上の〝消滅〟とも呼ぶべき力を纏う大剣をギリギリで避けながら、ウサギは目を細めた。
ステータス的には未だ大きく劣っているものの、優れた知覚能力に加え既に剣筋を見切っており、なんとか拮抗できている。
だが拮抗しているだけで、フィーネにダメージを与えたわけでもない。
外部からエネルギーの供給を受けている以上、相手の疲労は狙えない。むしろその問題はこちらが確実に先に来る。
時間が経てば経つほどに、元来以上の出力をしている〝
既に微かな軋みをあげているのを、ウサギは自覚していた。
「はぁっ!!!」
故に、なるべく素早く決着をつけるために、ウサギはこれまでで一番強い踏み込みで拳を放った。
「あは! そうくると思いました!」
引いた拳を繰り出すウサギに、彼女ごと両断しようと白炎纏う刃が落ちる。
「〝引拳〟」
ウサギは、手甲に付与された重力魔法を発動させる。
すると大剣が吸い寄せられ、腕ごと引っ張られかけたフィーネは即座に大剣を手放した。
そして空いた手で瞬時に魔法構築を行い、縮小圧縮された〝劫火浪〟を放とうと構える。
そこをウサギは狙った。
「〝越脚〟」
具足に付与された空間魔法で短距離転移を行い、鼻がくっつく距離までフィーネに接近。
そのまま鳩尾へと拳を叩き込んだ。
重々しい音を立てて大気が震え、地震のように踏み込んだ脚から地面が揺れ動く。
「あれ? 痛くも痒くもありませんねえ?」
「っ!」
だが、これまでどんな敵も粉砕してきたウサギの拳は、腹部の筋肉だけで受け止められていた。
すぐに身を引こうとするウサギ。しかし、その目に自分の胸に向けられたフィーネの手が映り込んだ。
そこに収束した〝劫火浪〟でウサギに風穴が開くのを想像して、フィーネは嗤う。
「──なら、前へ」
「は?」
「〝
「がっ!!?」
一時的に限界の更に二倍の力を得て、この距離で前に踏み込む。
ステータス値にして五万まで跳ね上がった膂力は、さしものフィーネすらも数メートル吹き飛ばした。
発射された〝劫火浪〟は当然、ウサギより数メートル前の空間を空に向けて貫くだけに終わる。
「まだっ!」
その出力をあえて維持しながら、音速よりも速く二歩目を踏み込んでいく。
貫通に特化させた一撃で、体内を刺激した。使徒とはいえ肉体構造は人と同じ、動きはまだ止まっている。
そしてウサギは、少しはダメージを入れただろう鳩尾に、今度は貫く気で拳を構え──
「────あは」
──盛大に口元が裂けたフィーネの顔に、怖気を感じた。
「っ!」
腕に回していた魔力を全力で下半身へと流し込み、振り下ろした足を杭にしてその場で立ち止まる。
コンマ数秒遅れて、ウサギが止まった数センチ前から天に向けて凄まじい純白の炎柱が発生した。
それに驚く暇もなく、足元に突如として白い魔法陣が現れたのを見てウサギはバックステップで退避する。
一瞬遅れて、彼女のいた場所を巻き込む範囲で新たな炎柱が空へ突き立った。
「くっ!」
更に下がろうとするウサギの背後の地面が、白く輝く。
そこに魔法陣があることは明確だ。
「しまっ!」
右が左へ避けようとして、そこにも既に複数の白い魔法陣が地面に発生しているのを確認する。
ならば上──いつの間にか設置された羽の魔法陣がある。
前──膨張した〝劫火浪〟が迫っている。論外。
全てを見終えた時、ウサギは初めて目を見開いた。
(やっちゃっ、た)
誘い込まれたことを、ようやく自覚する。
逃げ道を完全に断たれた。
ならばせめて少しでもダメージを軽減しようと、その場で桃雷を放射する。
だが、彼女の体から雷が溢れ出すことはなかった。
「え……」
なんで、とウサギは超加速した思考で原因を探して。
そして気がつく。
自分を取り囲む白い魔法陣達が、
その効力は──魔力封じ。
「っ、ぁ──!」
恐怖が心の底から噴き出す。
最後の足掻きに両手で顔を庇い、胴体を守るために足を折り曲げ。
──直後、発動した魔法陣から〝劫火浪〟が溢れ出した。
●◯●
その頃、シアも激戦の只中にいた。
戦況はティオの方と比べ、芳しくはない。
いいや、むしろ
「っ!」
瞬間移動のように現れた使徒の斬撃を、
銀に紫の粒子が入り混じった、不思議な美しさを持つ大剣とヴィレドリュッケンの間で火花が散った。
「そろそろ諦めてはいかがですか、シア・ハウリア」
鍔迫り合いながらも、エーアストが至近距離でそう告げてくる。
ジワリ、と嫌悪感を抱く魔力がその言葉から発せられ、シアは振り払うようにヴィレドリュッケンを薙ぎ払った。
合わせて背後から振るわれた最後の大剣に、シアは手放した
右手を起点に回転したシアは、逆さまのまま高速回転して大剣を弾き飛ばす。
しかし、その行動を予測して首を絶つためにやってきたのは第三の大剣。
「うらぁっ!」
シアはめげずに、今度はウサミミで〝空力〟を発動して上へ移動する。
ウサミミの先を掠めたものの、どうにかやり過ごしたシアは両手でヴィレドリュッケンの柄を握りしめた。
そして、両足で本来の〝空力〟を使うと地上に向けて飛び、一気にその場から離脱する。
果たしてそれは成功し、地面の上まで戻れたシアは危なげなく着地すると使徒達を見上げた。
「驚きました。まさかそこまでの動きができるとは。〝魅了〟もかかる前にレジストしましたね」
「始さん様々ですぅ」
無機質な目でこちらを見下ろすエーアスト達に、シアは不敵に笑って答える。
始との訓練の中、シアが身につけたのは両手とウサミミで〝空力〟を発動するという技術だった。
彼曰く、〝空力〟とはあくまで足を起点に魔力で足場を作っているだけにすぎないという。
基本的に足を持つ生物は当然足で移動をするので、イメージが固定されてしまっているだけなのだと。
〝空力〟の魔力場を作る感覚を自在に操れるようになれば、なんなら頭や尻でさえ同じことができるようになる。
そしてシアは、容赦など欠片もない始の猛特訓の中でそれを身につけることに成功した。
〝魅了〟に関しては、
とはいえ、不利であることに変わりはない。
〝レベルⅦ〟を使っているというのに、それでもエーアスト達には倍に近い差を感じている。
本人達もそれをわかっている上で、シアへ圧倒的余裕の確信から生まれる呆れの目を向けてきていた。
だが、シアが警戒しているのはスペック差などという、
「……その姿に魔力。シュウジさんの魔力を使って強化されてますよね?」
大剣と同じように、見事に銀と紫が調和しあった魔力光にシアは目を細める。
旅の最中、シアは時間が空いている時に双槌術や相手の肉体を壊す殺術の稽古をシュウジにつけられていた。
他にも大迷宮の攻略中や、もっとくだらないアホみたいなことに魔法を使っていた時に何度も見た、紫の光。
どこまでも濁っているが故に熟成された、そんな悍ましい美しさを──シアはよく見慣れていた。
(ああ、ものすごく苛立ちますねぇ)
関係を言葉によって形容するのならば、シアにとってシュウジは〝兄〟だ。
ユエやウサギに力の使い方を教わったとしたら、シュウジにはさらに発展させる術を教わった。
ハジメを籠絡するコツも教わったし、ユエ達ともっと仲良くなる方法だって相談に乗ってくれた。
他にも場を和やかにする術や楽しませる術など、彼女がハジメ達を元気付ける力をも伸ばしてくれていた。
主にカム達とかカム達とかカム達の事で一生忘れない恨みはあるが、それでも深く感謝している。
だからこそ許せない。
その暖かな紫色の影を、無遠慮な銀の光で塗り潰したことが。
きっと、シュウジをシアと似たような形で思っていたユエやウサギ達だって同じはずだ。
しかしそれに身を任せはしない。
いつだって冷静に物事を捉え、冷徹に、確実に敵を殺すのが肝心なのだ。
「正確には我が主であるエヒトルジュエ様の、と言うべきでしょう。既に、あの肉体も魔力も、全ては主のものです」
「……」
けれど、その言葉にプッツンとくるのも仕方があるまい。
「……ぷふっ」
そして同時に、思い切り笑ってしまいそうになるのを堪えて声が漏れてしまった。
無感情に言葉を注げていたエーアスト達は、怪訝そうに目を細める。
「ごめんなさい、ちょっとアホみたいな言葉が聞こえたので笑っちゃいまして」
「……どこがおかしかったというのです?」
「あんな引きこもりで見栄っ張りのクソヒキニート神ごときに、あの人が乗っ取られるはずないでしょう? あ、でも理解するのは無理ですね。なにせヒキニートの〝ピーーッ〟用に作られたお人形さんですものね? 〝ピーーッ〟用の方でしたか? それとも〝ピーーッ〟用?」
ブチン、と音が鳴ったのはどこからだろうか。
明らかに瞳の温度を下げたエーアスト達にシアは満面の笑みを向けると、おもむろに〝大宝物庫〟を開く。
そこから取り出したるは、シルクハット。
シアは顔を少し俯かせながらそれを被り、被った部分から白い何かが漏れ出して彼女の全身を覆っていく。
やがてそれが形を得た時──シアは、派手な色の衣装を纏っていた。
赤いジャケットに黄色いシャツ。ワインレッドのタイに、彼女の髪色に近い淡い水色のズボン。
極めつきには、ヴィレドリュッケンがくるりとひと回転されると手品のように緑の傘へと変わった。
どこか不思議の国のアリスの〝時計うさぎ〟を彷彿とさせる装いに身を包んだシアは、今一度エーアスト達を見上げる。
「未来を垣間見られる、〝占術師〟たる私が宣告します──貴女達の、クソヒキニート神の時計の針は、これ以上先には動きません」
「……戯言を。私達に圧倒されて凌ぐので精一杯の貴女が、どう勝つと? 理解できないのですか? それとも現実逃避しているのですか? いずれにせよ──哀れですね」
シアの放つ正体不明の威圧に息を詰まらせながら、しかしエーアストは告げる。
その言葉は正しかろう。
「案内しましょう、深い深い穴蔵へ。そう──地獄への一本道に!」
叫びながら、シアは首から下げられていた懐中時計の上部のボタンを押した。
カチ、カチ、と音が鳴り始め、シアは持ち手を上にして傘を両手で握る。
とても武器とは思えないそれにエーアスト達が、さっさと殺そうと動き始めた時。
「〝大きくなあれ〟」
「っ!?」
その瞬間、エーアストはシアの体の大きさが二倍になったような錯覚を覚える。
そして瞬いた次の時には、目の前に淡青色の魔力で持ち手部分に槌が作られた傘があった。
「馬鹿なっ!?」
「ふぅんっ!」
気配すらも感じられず近づいてきたシアに驚き、そんなエーアストはかろうじて大剣を差し込む。
凄まじい衝撃が両腕を肩まで駆け抜け、一撃でとんでもない膂力であることを感じ取った。
「いったい何をしたというのです!?」
「教える義理はありませんっ!」
答えながら、シアは片手でシルクハットを取ると腕を横に振って飛ばす。
それは一人でに動き回り、エーアストへの攻撃に合わせて動き出していた他の使徒達の動きを止めた。
たかが帽子と驚く銀紫の使徒達。だが侮るなかれ、ハッター特製の帽子だ。
「そらそらそらぁっですぅ!!」
「ぐっ、ですがっ!」
輝くハンマーの乱打に、大剣で弾きながらも反撃に転じた。
「消し飛びなさいっ!」
エーアストは一瞬で分解砲を組み立てると、シアに放つ。
するとシアは魔力の供給をやめ、手の中で元に戻った持ち手を取ると傘を盾として開く。
本来の使い方で展開された傘は、なんと分解砲を接触した瞬間に外へ屈折させてしまった。
「まさかっ!?」
「からのぉっ!」
持ち手にくっついたトリガーを引いた瞬間、傘の先端から炸裂スラッグ弾が飛び出した。
それは空中で五つに分かれ、飛び回る帽子の対応にも慣れ始めていた他の使徒達にも飛んでいく。
「ぐぅっ!」
不規則な軌道で迫ったそれを、エーアストや他の使徒達はかろうじて回避した。
今のシアがどんな攻撃を放ってくるか予測不能になった彼女らは、初めて退避をする。
(いったい何が……アーティファクトらしきものだけではない、シア・ハウリアの戦闘能力が飛躍的に向上した)
戻ってきたシルクハットをキャッチして被るシアを見下ろし、エーアストは考える。
通常の使徒のスペックがオール12000に対して、彼女らの基本スペックは33000。
強化している現在では99000にも達し、これは
対してシアは、装いを変えてから明らかに倍の能力……数値にして70000を超える動き方をしていた。
そのエーアストの思考は、実は正しい。
彼女が首からかける金色の懐中時計、〝
まず、シアのステータスはチートメイトと昇華魔法を合わせ、〝レベルⅦ〟によってオール36000を超えるといったところ。
そして始の《概念特化:昇華》が組み込まれたこの時計は、
結果、シアは現在72000というありえない超越的肉体スペックを手にしていた。
彼女が肉体強化に特化していなければ、そして補助器具でもあるこの衣装がなければ、とっくに体が弾けている。
始が本当に殺す気でシアに訓練をつけ、〝レベルⅦ〟を使えるようにしたのはこの下地を作るためだった。
(しかし、どうやら我らにはまだ遠く及ばない様子。包囲し、確実に抹殺する)
負けることはないと結論を出したエーアストは、他の使徒達に伝達して動き始めた。
そんな彼女達を見上げるシアは、再び傘をハンマーにして構え直すと。
「さて。
チャリ、と揺れるシアの〝
読んでいただき、ありがとうございます。
次回は作者的には必見。