思ったより伸びたので分割。
ティオ達の側です。
楽しんでいただけると嬉しいです。
一人称 SIDE
シアとウサギが、それぞれ戦っている頃。
ティオと邪龍軍は、既にかなりの優位に立っていた。
魔物達の殆どは殲滅され、残りは数百体と数えられるほどにまで減少している。
邪龍達に欠員はない。一体一体がフリードの魔物など歯牙にも掛けない程強力ということもある。
加えて、ティオの使う〝竜女皇の下賜〟という再生魔法によってあらゆる傷は癒やされた。
だがフリードもさるもので、うまく魔法や使徒の力、空間魔法を使い二度目の傷は負わなかった。
同様に、どうにか片目を癒した白神竜も巧みに攻撃を放ち、邪龍達と拮抗している。
「ふむ。案外根性があるのう」
「──女。貴様だけは絶対に、我らがこの手で息の根を止めてくれる」
たおやかに笑うティオに、殺意全開でフリードは告げた。
その言葉を実現するために、白神竜が極光と無数の極大光弾を振り注がせる。
フリード自身も全属性魔法のフルバーストと分解砲、銀羽を解き放ち、灰竜の一斉掃射が霞んで見える猛攻をした。
《 ダ べ ル 》
前へと出る大口の邪龍。
しかし、さしもの大喰らいであるこの邪龍でも流石にこれだけの数の攻撃全ては吸い込めなかった。
他の邪龍達は魔物の残党狩りに向かっており、護衛役である邪人龍達でも凌ぎきれない。
大喰らいと邪人龍達が、集中砲火に傷を負っていく。そう時間はかからず、死んでしまうだろう。
まずは忌々しい邪龍を確実に三匹仕留める。そう攻撃の手を強めるフリード。
「ほう、中々にやりおる。では妾も手を貸そう」
そこへ、ティオが一歩前へと踏み出た。
攻撃しながら怪訝な顔をしていたフリードは、黒翼を広げた彼女を見下ろす。
そして、バキバキと骨が砕けて繋ぎ直されるように音を奏でて変形していくのを見て目を見開いた。
変形し切った時、翼は二つの竜の頭──竜化状態のティオの頭部に酷似したものとなる。
ガパリと顎門を開き、そして──大喰らい達に向かっていた攻撃がそちらに吸い込まれ始めた。
「なっ!?」
なぜ同じ力を、と驚くフリード。
そうしている間にもみるみるうちに大喰らい達の負担は軽くなっていき、やがて余裕になる。
三つに増えた受け止め口によって、フリードと白神竜の総攻撃は難なく受け止め切られてしまった。
「〝竜女皇の下賜〟」
そして、三体の邪龍の傷までもが癒されてしまう。
怒涛の展開に、フリードは少しばかり焦りとティオに疑問を覚えた。
「貴様、その怪物達の力を扱えるのか?」
「ほほ。妾が偉そうにふんぞり返るばかりの女と勘違いしてもらっては困る」
声音を低く、目を鋭く問いかけるフリードに、ゆるりと扇を広げるティオ。
ティオは何も、この邪龍達に姫扱いされて戦わせているわけではない。
変成魔法で繋がったこの邪龍達の最も強力な能力を一つ、彼女は複製して己の技能としていた。
名を〝百龍邪宝〟。彼らが地獄の中で手にした宝とも呼ぶべき力を束ねる、王の如き力を。
「忌々しい……!」
「ふむ……率いるということで思い出したが。お主、同胞達はいいのかえ? このままエヒトが地上を滅ぼせば、魔人族の国とて例外ではあるまい」
実のところ、魔人族達はフリードを筆頭としてこの【神域】に渡ろうとしていた。
今のフリードのように強化されると面倒なので、スタークが裏で魔人族を支配した際に頓挫させたが。
今も地上にて魔王国ガーランドにいるだろう同胞達は放っておいていいのか、と問うティオにフリードは鼻を鳴らした。
「我が主は貴様らを根絶した後、全ての同胞をこの【神域】に招くと仰っている。案ずることなど何もない」
「ふむ、主が仰るときたか。しかしエヒトは、人族と魔人族の戦争を扇動した元凶そのもの。思うところはないのか?」
その質問に、フリードは一言で返した。
「全ては神の御心のままに」
「……哀れな男」
「そうじゃのう。これでは戦争で死んだ魔人族達も浮かばれんじゃろうて」
ユエの呟きに頷き、ティオは憐憫の眼差しをフリードへと向けた。
自信満々に答えていたフリードは、その視線に一瞬だけ動きを止めた後──目に怒りを浮かべた。
劣勢故の焦りから来ていた怒りとは別のもの。内心的なものから来たそれにティオは目を細める。
「貴様如きが、我らを賢しらに語るな」
「賢しらも何も、貴様がエヒトに従って世界を滅ぼすことが失われた命への免罪符にはならんじゃろうて」
「そもそも前提を間違えているのだ。神の為すことに善悪など存在しない。故に散っていた同胞達は殉教者なのだ。後悔などあろうはずもなく、私の為すことも誇りに思うだろう」
「あ、ダメじゃなこれ。完全にイッてしまっておる」
「……気持ち悪い」
狂信者そのものであるフリードの、自分の言葉こそ真実という顔にドン引きするティオとユエ。
まだ同胞や国のために戦っていた昔の方がマシだろう。
今のフリードには、二人からすれば全身に操り糸が付いているよう見えた。
「何故わからん? 数々の戦争も、多くの危難も、全ては神が施して下さった試練。あのお方は共に歩むにふさわし存在を探していただけ。そして試練に打ち勝ち、我が種族は選ばれた。その神意を掴めず、異教の神と罵っていた自分の愚かさに、今では吐き気がする。だが、こんな愚かな私を許し、迎え入れて下さったばかりか、神の眷属となる資格までお与え下さった。この慈悲深さが理解できないなど、まるでわからん」
「……どう思う?」
「多分、抱腹絶倒しとるじゃろうな」
どうせあの腐れた神のことだ、この様子も観戦しているかもしれない。
シュウジの精神体が、このフリードを見て笑い転げているだろうのを想像するユエとティオ。
「もうアレじゃな、話しても通じん類のやつじゃ。さっさと片付けるとしようかの」
「ん。どうせシア達もすぐに終わるだろうし」
「ふん、ありえん。第一から第五の使徒、そして終の使徒はあのような下賤な獣達では相手にもならん」
確定事項のように言うフリードにティオはユエと顔を見合わせ、やれやれと言うように肩をすくめた。
どこまでもバカにした様子に、フリードの怒りのボルテージが上がる。殺意は高まるばかりだ。
「こやつ、本当に節穴な目をしとるの。よりによってあの二人を軽んじるとは……シアもウサギも、負けるはすがなかろう?」
「シアは、何の下地もないのにハジメへの想い一つで一番のバグキャラになった。ウサギは、解放者達が未来の人類を託した最高の戦士」
「せいぜいが人を貶めて悦に浸るしか能のない自称神のお人形が、多少強化したくらいで敵おうはずがない」
微塵も負けるなどとは考えていない。むしろ、あの二人を選んだ使徒を憐れみすらする。
所詮は滑稽な神の傀儡であるフリードに、ティオとユエは心から馬鹿にした目を向けながら。
「ということで、さっさと死ぬがよい。こちとらやることが結構あるのでのう」
「ん。そのピカピカ光るおもちゃの羽を置いて、隅っこで縮こまってればいい」
「──おのれ、反逆者どもめが!」
思わずといった様子で叫んだフリードは、しかし一転して笑みを浮かべた。
それはまるで、これまで希望を抱いていた者達を絶望に叩き落とす下衆が浮かべる醜いもの。
そして嘲笑と愉悦をたっぷりと含んだ声音で、こう言うのだ。
「私の魔物達が、これで全てと言った覚えはないぞ?」
「「知ってる」」
「………………なに?」
あいも変わらず、こいつ何言ってんだ? みたいな顔をして見上げてくる二人。
「…………? っ! っ!?」
ふと、フリードは違和感を覚えた。
いいや、違和感などというものではない。もっと大きく不快で原始的な感情──驚愕と恐怖。
その所以は、ティオ達を嘲ることのできる理由だったものが、既に存在していなかったから。
「な、何故っ!?」
「ん。周囲の浮遊島のオベリスクのこと?」
「っ! 貴様がどうしてそのことを!」
「いや、だから言ったじゃろ知ってるって。なんじゃ、数秒前に聞いたことも忘れたのかの? 本当に痴呆始まっとる?」
ハンッ、と鼻で笑うティオに、しかしフリードは今度こそ何も言い返せなかった。
ありえない。この浮遊島の周囲にある無数の島に設置していたオベリスクが、一つも反応しないなんて。
そう焦るフリードの背後から──突如として、凄まじく大きな影が戦場全体を丸々飲み込んだ。
「っ! なんだっ!」
反射的に背後を振り向き、そこにいたものにフリードは唖然とする。
黄金だ。
全身を黄金で形作った、五十メートルを優に超えるかという巨人がいた。
主人と同じようにそれを見た白神竜が、慄いて悲鳴のような鳴き声を漏らす。
そんな主従に、不敵に笑ったユエが告げた。
「──〝
フリードは失念していた。いいや、ユエの策略に乗っていたと言うべきか。
彼女が開発していたエレメンタルの魔法が、炎と風だけであると。そう勘違いしていた。
その二体しかあえて見せていないので、三体目がいるなどとは全く思っていなかったのだ。
そして、黄金の巨人はゆっくりと両腕を上げていく。
身構えるフリードと白神竜に、黄金の巨人は握っていた拳を──パッ、と彼らの頭上で開いた。
そこからバラバラと降り注ぐ、大小様々な純白の石の破片。
それが元はなんであるかを、フリードはよく知っていた。
「だ、だがどうやってっ!」
狼狽えるフリードに、ユエは妖艶に笑いながら両手を広げる。
既に答えはここにあると言わんばかりの姿勢に、フリードは血眼になって戦場を見渡した。
黒焦げた大地、そこかしこに転がった木々、流れを破壊された
「……な、に?」
全力で視線を戻すフリード。
そして、キラキラと眩く輝く黄金の川──浮遊島の縁から外界へ流れるそれを見て目を剥いた。
その反応を見て、ユエはより一層笑みを深める。
極上の笑みは、魔神の妃に相応しく妖艶で冷たく、何よりも美しかった。
「──〝
「まさ、か……」
「ようやく気がついたのかの? お主は妾達を引きつけていたのではない。ただ、鳥籠の中でふんぞり返っていたのじゃよ」
最初から、仕組まれていたのだ。
ハジメ達はフリードの用意周到さと計画性を、王都と魔王城の件でよく知っていた。
だから【神域】でもし敵として立ちはだかった時にどうするかも、当然対策を打っておいた。
フリードが偉そうにハジメと問答を繰り広げていた間に、ユエは〝
近くにあった小さな小川に一滴を混ぜ込み、そして戦闘が始まってからゆっくりと広げた。
この浮遊島から外へ、更には他の浮遊島へと、水蒸気となってフリードの隠し球がないかを探し回った。
そうして見つけたオベリスクを、こっそり〝大宝物庫〟から出した〝
ティオと邪龍達は、あくまでそのための時間稼ぎ。
讃えるべくは、それを毛ほども悟らせなかったティオの堂々とした佇まいと、ユエが二つの魔法に施した幻覚魔法。
シュウジが好んで多用した、その気になれば現実の改変に等しいことを起こせるそれを、ユエはしっかりとマスターしていた。
フリードも、これほどまでに強力な邪龍達がまさか、単なる囮であるなどとは予想できるはずがなかった。
だからこそ、自分の反撃の手が完全に潰されたのを、オベリスク達の残骸を見て理解してしまう。
「と、いうわけで……」
「もう、貴方は負けた」
「……馬鹿、な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁっ!!!!!」
フリードは、錯乱した。
ありえない。ありえていいはずがない。神に選ばれた自分が、こんな形で負けるなど。
両手で髪をかきむしり、修羅のような顔で憤怒と憎悪を表現する。
「あ、あああ、あぁあああああああああああああああああああっ!!」
そして彼は、ほぼ無意識に白神竜の背中に乗り、攻撃を命令していた。
壊れた主人の命令に、白神竜は一度スッと悲しげに目を閉じて。
ゴァアアアアアアアアアアアアアッッッ!!
そして、最大の咆哮と共にティオ達へ一矢報いようとした。
《無様ダナ》
《見ルニ耐エン》
その動きが、強烈な呪いの力によって抑えられる。
白神竜を、首と尻尾の先に一つずつ頭を持つ邪龍がじっと見つめている。
その他にも数多くの邪龍によって、フリードと白神竜は包囲をされていた。
気がつけば、とっくに魔物達は死に尽くしている。
「こん、な、こと、が……」
《死ネ。我ラガ姫ト、アノ魔神ニ牙ヲ剥イタ愚カサヲ恥ジナガラ》
細々と呟くフリードの前に、ゆっくりと降りてきた三頭龍が静かに告げ。
総勢百体の邪龍から、一斉にフリードと白神竜だけに向けてブレスが解き放たれた。
無数の光が明滅する。
炎、風、光、闇、呪い……ありとあらゆる力が愚か者を滅ぼす。
やがて、それらが全て途切れた時。
そこには、頭部と胸部、一枚の翼だけを残した白神竜の姿があった。
「ウ、ラ……ノス?」
肉体の八割が消し飛んだ白神竜はぐらりと揺れ、そのまま地上へと落ちていく。
その体を盾に守られていたフリードは、呆然と堕ちていく相棒を見下ろした。
ドシャリと、地面に倒れ伏す白神竜の骸。その瞳から光は抜け落ちている。
それを見た時、フリードの中に言いようのない激情が渦巻いた。
意味がわからない。理解できない。
宙にありながら、自分の足元がぐらぐらと揺れている気がする。
「貴、様らぁああああぁあああああああああああああああああああっ!!!」
気が付けば、フリードは絶叫を上げていた。
全ての能力をを全開にして、がむしゃらに魔神の寵姫達へと向かってゆく。
邪龍達はそれを止めなかった。無駄なことだと分かっていたからだ。
「……終わらせてあげる」
飛び込んでくるフリードに、ユエは右手を掲げた。
すると、彼女を守護するように集っていた黄金の四元素が形を崩し、一つになっていく。
炎、風、水、土。魔法の基本的要素を極限まで高めたそれは──煌めく黄金の槍となった。
その槍を操るために、ユエも全身を黄金の燐光で染め上げていった。
徐々にシルエットが大きくなっていき、やがて止まると光が弾ける。
波打ち煌く、金糸の髪。
白く滑らかな肌、大きく開いた胸元から覗く豊かな双丘、スラリとした美しい脚線。
全体的に細身なのに、妙に肉感的にも見える、そんな芸術品じみた美しき姿。
その槍を持つに相応しい美女へと成長を遂げたユエは、ゆっくりと目を見開き。
「……〝
黄金の槍を、打ち出した。
余波だけで、フリードの攻撃が根こそぎ消し飛ぶ。
ユエの圧倒的な美に魅入っていたフリードは、無防備に迫る槍を見ていた。
クルァアアアアアアアアアアアッッ!!
「なっ!?」
その進行上に割り込むものがいた。
白神竜だ。既に息絶えたはずの竜が、体を崩しながらもフリードの前にやってきた。
……意味のない行為だ。脆い骸の体では、フリードを庇うことなどできはしない。
白神竜は自分でも分かっているのだろう。
分かっていて、その瞳には強い意志があった。
それを見た瞬間、フリードの脳裏に駆け巡る記憶の奔流。
その瞬間、駆け巡る記憶の奔流。
ようやく思い出した。
自分が一介の魔人族に過ぎなかった頃、どうして大迷宮に挑もうとしたのか。
(……私はただ、同胞達が何に脅かされることもない、心安らぐ国にしたかっただけだ。その為に力を求めたはずだった。何よりも同胞達が大切だった。その為なら、何だって出来ると思っていた。だというのに……〝神の意志なら仕方がない〟、か……)
気がつけば、忘れてしまっていた。
あの時の気持ちも、決意も、死に物狂いで手に入れた力に夢を実現する実感を得た喜びも。
ウラノスは、初めて従えた竜種の魔物だった。これから先、共に魔人族を守ろうと語った相棒だった。
相棒は、忘れていなかった。いつだって自分の隣で、一緒に戦ってくれていた。
こうして今も、屍の体を引きずってやってきてくれた。
だから、こちらを見る彼に、フリードは。
「……すまん。共に逝ってくれ。相棒」
柔らかく微笑むフリードに、白神竜も「仕方がないなぁ」というように目を細めて。
そして、主従共々黄金の閃光に消滅した。
光を放ち、槍は魔力の粒子になって消えていく。
ただでさえ制御の難しいエレメンタルを束ねる為、肉体を成長させたユエはふっと息を吐いた。
「見事な魔法じゃったの」
「ん、ティオが戦ってくれたおかげ。あとは……」
二人は、未だに戦闘音の響く方向を見た。
その顔に不安の色はない。
どらちも少々
次回は兎コンビの決着を。
読んでいただき、ありがとうございます。