星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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今回はルイネの話。

鬱展開注意。

楽しんでいただけると嬉しいです。


心を、未来に

 ルイネ SIDE

 

 

 

「……ここは?」

 

 

 

 暗闇の中にいる。

 

 右を見ても左を見ても、触れればそのまま手が溶けてしまいそうな漆黒の闇。

 

 死んだのか。真っ先にそう思ったが、それにしては何かが違うような気もする。

 

「私は、確かあの紅煉という獣を止めて……」

 

 こめかみに手をやり、どうにか最後の記憶を掘り起こしていく。

 

 

 

 

 

 朧げな意識の中で、不思議な光に包まれた北野殿の下へと向かう南雲殿を見た。

 

 

 

 

 

 そして、彼の前に立ちはだかろうとした紅煉を見てカッと意識が熱くなったのだ。

 

 まるで、リベルやレミア殿、ミュウちゃんを背後に、私の前に立ち塞がった時によく似ていたから。

 

 だから、暗殺者となってからは派手すぎるが故に使うことのなかった〝皇竜体〟を使った。

 

 それから、必死に奴に食らいついて……その後の記憶がない。

 

「……だが、ふふっ。あれだけやった先がこの闇の中とは。これも因果か?」

 

 この世界の中、一人で寂しく、孤独に、もがくことも苦しむこともなく静かに消えていく。

 

 その姿さえ見てもらえない。実に、醜女にはお似合いの結末だろうなぁ。

 

「ああ、もう……疲れた」

 

 悩むのも、戦うのも、やめてしまおう。

 

 どこか意志が廃れた思考でそう考えながら、その場に座り込んでみる。

 

 そして両膝に組んだ腕を乗せて、額を埋めるのだ。

 

 するとほら、もう何も見えない。

 

 

 

 

 

 何も、見なくていい。

 

 

 

 

 

「………………………………………………」

 

 ……どれくらいの間、そうしていただろう。

 

 自分を忘れ、悩みを忘れ、記憶を忘れ……無我の中に沈んでいるのは、とても心地良かった。

 

 苦しまなくていい。悲しまなくていい。怒らなくていい。

 

 もう、何も求めなくていい。それに気がつくと、ズブズブとこの昏い毛布が暖かく思えてくる。

 

 消えよう。

 

 このまま消えてしまって、そうすればきっと、あの人にも…………

 

「………………?」

 

 

 

 何か、変だ。

 

 

 

 右手が、熱い。

 

 

 

 まるで何か、とても暖かくて、ホッとするようなものに包み込まれているような。

 

 

 

 のろりと、顔を上げてみる。

 

 ぼんやりとした視界で、緩慢に上げた右手を見てみる。

 

 輪郭がはっきりして、形がわかるようになると……手の中に光があった。

 

 小さい、人の手の形をした光だった。

 

「……なんだ、これは」

 

 思考からではなく、無意識からその言葉を発する。

 

 懐かしい感じがした。その光の手形は、私にとって何よりかけがえのない光だった。

 

 なのに、なんだっただろう。それがなんなのか、思い出すこともできない。

 

 

 

 そんな酷薄な私に、光は訴えかける。

 

 立って、と。起きて、と。

 

「……やめてくれ、頼む。もう私は、何も私の中に入れたくはないんだ」

 

 愛するのはいやだ。

 

 慈しむのはいやだ。

 

 

 

 

 

 失うのは……もう、いやだ。

 

 

 

 

 

 なのに、しつこく光は私を誘う。

 

 いくら咎めても、それでも諦めずに、私をどこかへと連れていこうと囁きかける。

 

 時間の感覚のない闇の中で、延々とそれに拒否をし続けるのは、弱りきった私には困難で。

 

「……わかった、わかったから。いくから、やめてくれ」

 

 私に、何かを求めさせないでくれ。

 

 

 

 そんなふうに悪態をついて、私は立ち上がった。

 

 どうすればいいのだと光を睨めつければ、途端にのっぺりとした手形に力が宿る。

 

 その力が引っ張る方向に、私はヨタヨタと情けない足取りで引かれていった。

 

 この光が、何を私に見せたいのかはわからない。もしかしたら何もないのかも。

 

 それだったら楽だ。最初からないのなら、失ってしまうと怯えずにすむから。

 

 嘲る思考に我ながら嫌悪感を抱いて、なのに足は止まらず、光に連れられるがままに進む。

 

 

 

 

 そして、どこまでも広がる暗闇の中で行き着いたのは。

 

 ひどく見覚えのある、とても昔に記憶の中に閉じ込めてしまった、見窄らしい木の扉だった。

 

「………………これ、は」

 

 無意識に、光に関係なしに手を伸ばす。

 

 もう要らないと自分で言ったくせに、浅ましくドアノブに指の先を触れて、伝わせる。

 

 懐かしい感触だった。冷たく、少し錆びていて、でもとっても……安心できた。

 

「っ、ぁ…………」

 

 ゴクリと自分に聴こえるほど大きな唾を飲み込んでみる。

 

 覚悟を決めて、ふやけきった心に風を通すことで少しだけ乾かして。

 

 ギュッと目を瞑って、あらん限りの力で五指でノブを掴んで捻った。

 

 そのままこちらに引いて、目を閉じたまま飛び込む。もしかしたらもっと昏い闇に落ちるかもしれないのに。

 

 

 

 でも、返ってきたのはギシリという木の板の感触だった。

 

 とても覚えのある軋みにそっと目を開いて、眼前にある光景を取り入れる。

 

 大きな木の机。四つの椅子。

 

 今にも半ばから折れてしまいそうな古びた本棚と、そこに収まった無数の書物。

 

 あちらにはキッチンがあって、こちらにはベランダへの扉が。

 

 部屋を支える柱には、昔私と姉妹達が背丈を競って削った傷跡が残っていた。

 

「………………ぁ、ああ」

 

 思わず声が漏れる。

 

 慌てて両手で口元を隠しながら、懐かしい我が家を見渡した。

 

 ……誰もいない。いるはずもない、か。

 

「っ、またか……」

 

 光が、右手の上で私の手を引く。

 

 今更歯向かう気など毛頭起きずに、なされるがままに歩いた。

 

 

 

 不気味な本棚の一角に、光は私を誘う。

 

 そこは私が訓練や、個人的な読書の為にそこかしこから引っこ抜いた本を集めていた場所。

 

 厚さや大きさの違う、立ち並ぶ数多くの本の中で、光はとある一冊の存在を訴える。

 

 ほぼ思考しないで、言われた通りにそれへと手を伸ばす。

 

 人差し指を上に乗せ、親指と一緒に力を込めて傾け、引き抜く。

 

 少し埃が舞った。

 

「けほっ、こほっ……アルバム?」

 

 咳き込みながら、本の表紙を見やる。

 

 あの人に拾われ、この場所でいつの日からかつけるようになった、日記と写真集の合わせ物。

 

 最後に書いたのはいつだったか思い出せないまま、私はページを開いた。

 

「……〝今日、ある人に拾われた。誰にも目を向けてもらえなかった私の手を、取ってくれた。嬉しかったが、私には返すものが何もなかった〟」

 

 私達の世界の言語の、ひどく拙い文字でそれだけが書き殴ってある。

 

 文章の側には、なんだかとても不恰好な、誰かが誰かの手を取る絵が描いてあった。

 

「……我ながら酷いな、これは」

 

 自嘲しながら、ページを繰る。

 

「〝彼は、私にここで暮らしながらこれから先の未来に望むことを考えるようにと言った。その行いが善であれ悪であれ、本気の思いであるのならば叶える手助けをしてくれると。なぜ、こんな無価値な女にそんなことをしてくれるのだろう。わからない〟……か」

 

 うむ。我ながら十代の女子というのは非常にメンタルが弱いな。

 

 ま、今の私の方がもっと弱いか。ははっ、情弱ワロスワロス。

 

 

 

 

 

 そんなふうに思いながら、私はまたページをめくった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 久しぶりに開いたアルバムには、色々書いてあった。

 

 

 

 

 

 私より先にここにいた黒髪の女性は、物腰柔らかで接しやすいとか。

 

 私を拾ってくれた人は感情が本当になくて、九割考えてることがわからないとか。

 

 そのうちやってきた狂犬みたいな妹分は、すごく扱いづらいとか。

 

 

 

 とにかく様々な思い出が綴られていて、ミミズ様に敬礼しなければならないクソみたいな文字も少しずつマシになる。

 

 歪みが消え、色が濃くなっていき、やがて理路整然とした文字に戻っていった。

 

 伴うように、日記の内容もくだらない無意味な自虐から、意味のある日々のものへと移ろう。

 

 

 

 ほんのちょっと、あの人の思考というか行動の癖のようなものが捉えられるようになった。

 

 姉弟子と妹弟子とも仲を深め、本当の姉妹のように互いに心を開いた。

 

 己を鍛え、技を磨き、知恵をつけ、失ったものを取り戻した。

 

 他にも、たくさん、たくさん、たくさん…………

 

「……ああ、そうだった。私って、思ったより打たれ強かったな」

 

 傷に雨が染み、汚泥に心が汚れ、立ち上がる力が両足から抜けていても。

 

 必死に這いずって、地面に爪を突き立てて、惨めな気分に嫌というほど涙を流しても。

 

 でも、最後には立ち上がった。

 

 

 

 

 

 立ち上がれたんだ、私は。

 

 

 

 

 

 私は竜じゃなかった。ビクビクと縮こまって怯える、ただのトカゲだった。

 

 けれど、私は人だった。

 

 砕かれ、踏み躙られ、嘲笑われても、何を手からこぼれ落とそうと往生際悪く立ち上がる、人間だった。

 

 そのことを、こんなに貰っていいのかというほど教えてくれた人達がいたんだ。

 

「……でも、もう、いない」

 

 

 

 

 

 なんでも一人で背負いすぎる、いつしか愛したあの人は、もう消えた。

 

 

 

 

 

 高飛車で口が減らない、プライドの高い妹は、どこかにいった。

 

 

 

 

 

 心細くなった時に、私を優しく抱きしめてくれた姉は、私から全部奪い取った。

 

 

 

 

 

「いない……いないっ…………もうっ、だれも、いない…………っ!」

 

 ふらりと、膝をつく。

 

 ボロボロと両目から溢れるものでアルバムを汚さないように、必死に拭った。

 

 それでも数滴が落ちて、大切な思い出にシミを作ってしまう。

 

「わかんない……もう、わかんないよっ……どうやって立ち上がるのか、忘れちゃった…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 ねえ、お願いだから。

 

 

 

 

 

 

 

 誰か、私の手を取って。

 

 

 

 

 

 

 

 私はただ、強がってるだけなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 本当はいつも心細くて、不安で、探してるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 だから、誰か、誰か。

 

 

 

 

 

 

 

「誰か、私を見つけてっ…………!」

 

 ……なんて。

 

 昔みたいに、か弱いふりなんてしてみても。

 

 私なんて、誰も見つけない。目を向けない。手など差し伸べない。

 

 だって私が、その手を打ち払ったのだから。

 

「えぐっ……ごめんなさい……ごめん、ひぐっ、なさいっ、北野、さんっ……本当に、うぇっ、ごめん、なさ、っい…………っ!」

 

 寂しいよ。

 

 もう一度、あの明るい笑い方で抱きしめてほしいよ。

 

 冷たくて、でも安心できたあの人とは違う、気が緩むようなあなたの温かい手。

 

 それが、今はどんなものよりも欲しいよ。

 

「……………………………………あ。そっ、か」

 

 ……私、あの人が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すき、だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅い。遅すぎるよ。ばかだなぁ、私は」

 

 同じようには見れない? 私はあの人を愛してる? 

 

 そんなの当たり前じゃないか。

 

 

 

 

 

 私の孤独を埋めてくれたあの人。

 

 

 

 

 

 私を包み込んでくれたあの人。

 

 

 

 

 

 最初から、違ったんだ。

 

 どちらも同じほどに恋焦がれて、それなのに別々で。

 

 違ったから、私はこんなに惹かれたんだ。

 

「…………あは。なくし、ちゃった」

 

 

 

 持ってた、のに。

 

 

 

 失って、なかった、のに。

 

 

 

 私が、自分で、手放し、ちゃった。

 

 

 

「あは、あはははははははは……う、ぁ、ああああっ、ああああああああああああああっっ、うわぁあああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 もう、戻らない。

 

 

 

 もう、戻れない。

 

 

 

 ……戻りたい。

 

 

 

 あの日あの場所あの時間あの選択! 

 

 

 

 ぜんふぜんぶやり直したい! 

 

 

 

 このままお別れなんて嫌だ! 

 

 

 

 傷つけたままなんて嫌だ! 

 

 

 

 あの人が、好きだったのにっ! 

 

 

 

「私は、どう、すれ、ば、ああっ、ああああああああああああああっ!!!」

 

 

 

 あの時、もう一度出会えた時! 

 

 

 

 諦めなければよかった! 逃げなければよかった! 

 

 

 

 助けてって、そう言えばよかった! 

 

 

 

 あの人は、もう一度手を伸ばしてくれたのに! 

 

 

 

「嫌だ嫌だ嫌だっ! 消えたくない! 消したくない!」

 

 

 

 消してしまう! あの人が私のために、全部消してしまう! 

 

 

 

 ……そうだ、そうだっ!

 

 

 

「今まで、何を寝ぼけていたのだ私は!?」

 

 

 

 こんなところで独りよがりの自慰などしている場合ではないだろうが、この愚か者!

 

 

 

 止めなくては、あの人の計画を!

 

 

 

 目覚めて、立ち上がらなくては!

 

 

 

 そのためなら、たとえ誰に手を借りたって!

 

 

 

「誰か! 誰か私を助けてくれ! あの人のところへ、どうかっ……!」

 

 

 

 …………誰も、答えない。

 

 

 

 全部拒んだ私は、誰にも助けてもらえない。

 

 

 

 当たり前の、ことだった。

 

 

 

「お願いだ……いや、お願いします……誰でもいいから、なんでもするから……この気持ちを、あの人にっ…………!」

 

 

 

 

 

 ──て

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 ──きて

 

 

 

 

 

「だれ、だ……?」

 

 

 

 

 

 ──おきて

 

 

 

 

 

「っ、この、声、は……」

 

 その時、私は。

 

 はじめて、右手の光が痛いくらい輝いていることに気がついた。

 

 

 

 

 

 ──ママ、おきて! 

 

 

 

 

 

「っ、リベルッ!」

 

 弾かれたように顔をあげる。

 

 聞こえた。

 

 聞こえた聞こえた聞こえた! 確かにあの子の声が聞こえた! 

 

 聞き間違うはずがない! 私があの子の声を忘れるなど、ありえない! 

 

「どこだリベルッ! 私はここだッ! お前は、お前だけは絶対に一人にしないッ! 手放したりしないッ!」

 

 あらん限り、声を張り上げる。

 

 この声が届くまで、魂が割れたって叫び続ける! 

 

 もう二度と、絶対に、失いたくない! 

 

「リベル! リベル、リベルッ!!!」

「──マ。ママ、ママっ!」

 

 声が、光から聞こえてきた。

 

 今度は激しく顔を落として、右手を見下ろす。

 

 その瞬間、眩い閃光と共に手形が光で形作られた、可愛らしい二つの手に変わって。

 

「う、ぉっ!!???」

 

 私は、右手から上へと思い切り引っ張られた。

 

 天井をすり抜け、闇を切り抜け、そして──

 

 

 

 

 

「目を覚まして、ママっ!」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「──リベルッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 目を見開き、跳ね起きる。

 

 右手を包み込む温もりを、左手で強く握りしめて。

 

 鬼のような形相で、私は手の主を見下ろした。

 

「マ、マ?」

「……リベル」

 

 いた。

 

 数ヶ月とはいえ、あの人と一緒に育ててきた、可愛い可愛い私の娘が。

 

 なぜか不思議と十代半ばくらいに成長しているように見えるが、間違いなく娘だ。

 

 呆然としている娘を、私は思い切り抱き締めた。

 

「ま、ママ……?」

「リベル! ああっ、我が宝! 我が命より大事な子!」

 

 愛しい。これ以上ないくらいにこの子が愛しい。

 

 もう離さない。誰がなんと言おうとも、絶対に引き裂かせなどするものか。

 

 不甲斐ない私のせいで悲しませてしまったこの子を、これから先の未来永劫、絶対に悲しませない。

 

「……う、ぇ、うぇえええええん!」

「ああっ!? ご、ごめんリベル! きつく抱きしめすぎたな! 痛かったよな! ごめんな!?」

 

 慌てて泣きじゃくるリベルを離し、涙を拭う。

 

 すると我が愛し子は私の手をぎゅっと握りしめて、しゃくりあげながらも不器用に笑う。

 

「ママが戻ってきて、本当によかったっ……!」

「リベルっ……本当に、本当にごめんな……! こんな不甲斐ない母親で、ごめんな……!」

 

 もう一度、今度は優しく抱擁する。

 

 リベルはがっしりと私の体にしがみついて、わんわんと泣いた。

 

 

 

 それからしばらく、二人で抱きしめ合った。

 

 

 

 リベルが泣き止み、私の動転していた気持ちも落ち着いたところで周りを見る。

 

 ここは……オルクスの隠れ家か。きっとあの人達が助けてくれたのだろう。

 

 夢……ではない。

 

 痩せ細ったこの体と手の中にある温もりが、そんな甘えは許さない。

 

「……リベル」

「ぐすっ……なぁに、ママ?」

「教えてくれ。あれから何日経った? パパはどこにいる? エヒトとの戦いは始まっているのか?」

 

 リベルは、顔を強張らせた。

 

 慌てて質問を撤回しようとしたら、リベルはキュッと顔を引き締めて私を見る。

 

 思わず口を噤むと、ゆっくりとリベルは話し出した。

 

 

 

 

 

 私は、全てを聞いた。

 

 

 

 

 

 魔王城。アルヴ。囚われたリベルと母娘、あの人の同郷人達。狙われたユエの体。

 

 あの人の裏切りと……降臨したエヒトへの、身代わり。

 

 最後に、今まさにこの世界の存亡をかけた戦争が起こっていることを。

 

「……そうか」

「パパを、()()()()()()()達が取り戻しにいってる。必ず一緒に帰ってくるよ」

「ああ……その、ところで」

「? どうしたのママ」

「いや、なんだ、その……リベル、どうした?」

 

 最初は寝起きで、目の錯覚が起こったのかと思ったが。

 

 間違いなく、リベルはそれなりに成熟した容姿になっていた。

 

 年頃は15から17くらいか。

 

 メリハリのついた体を、最初に出会った時に着ていたものに似た衣装に包み、髪をポニーテールに括っている。

 

「あのね、未来から別のハジメおじさんが来たの」

「……すまない、今なんと?」

「五十年後の並行世界? の未来から、別のハジメおじさんがやってきて、色々と助けてくれたんだ。私もここでママを守るために、おじいちゃんのハジメおじさんが用意してくれた肉体に魂を入れ替えて……」

「な、なるほど。お前が私のことを慮ってくれたということはよくわかった」

 

 故郷である世界でも聞いたことのない話に気が遠のくが、なんとか持ち堪えた。

 

 とりあえず可愛い娘の頭を撫でてみると、気分が落ち着く。本人も気持ち良さげに頬を緩めた。

 

 よし、とりあえず整理はついた。難解すぎる部分は後で処理するとして、今はすべきことをしよう。

 

「リベル。お前は、私とパパのことについて知っているか?」

「…………うん。改めて、エボルトおじちゃんに聞いた」

「そう、か……」

 

 ……知った上で、それでも私の手を握り続けてくれたのだな。

 

 なんて、強い子だ。

 

「なあ、リベル。パパのことは、好きか?」

「大好き! 世界一の、私にとってたった一人のパパだよ!」

 

 即答だった。

 

 ベッドに両手をつき、身を乗り出してまで答えた娘に、私は笑う。

 

「そうか。私もパパが……好きだ」

「え……」

 

 リベルはとても驚いた顔をした。

 

「ママ、今、ちゃんと自分で……」

「ああ、言ったとも。気がつくのがあまりに遅すぎたが……私は、あの人を愛しているよ」

 

 過去に縋るのは、もうやめよう。

 

 マスターは消えた。帰ってくることはない。

 

 だからあの人への愛を忘れずに、前を向く。

 

 それで、納得できた。

 

 たとえ戻ってくる可能性が、僅かにあるのだとしても。

 

 北野ど……いいや。

 

 

 

 

 

シュウジの犠牲の上に成り立つ奇跡など、クソ喰らえだ。

 

 

 

 

 

「もう目を逸らさない。逃げたりしない。雫殿のように、私もあの人の隣にいく……弱いママは、こんな簡単なことを言葉にするのに途方もない時間をかけてしまったよ」

「……ううん! ママは強いよ! あんなふうに泣きながら苦しそうに言うんじゃなくて、ちゃんと笑顔で言ったもの!」

「そうか。それは、嬉しいことを言ってくれるな」

 

 私が眠りこけている間に、随分と成長をしたのだな、リベル。

 

 あるいは私の苦悩こそが糧となったのか。いずれにせよ、自慢の娘だ。

 

「さあ、うたた寝は終わりだ。私も戦うぞ」

「でもママ、まだ体が……」

「なに、そんなものどうとでもなる。パパが帰ってくる世界を、守らなくてはならない」

 

 ……エボルトから聞いた、あの人の覚悟。

 

 南雲殿達ならば、きっとそれを乗り越えてあの人を連れ戻すことができる。

 

 そう信じて、私は私にできる精一杯のことをやってみせよう。

 

「リベル、ママを手伝ってくれるか?」

「っ、うんっ!」

 

 

 

 愛娘に手を貸してもらいながら、私は立ち上がった。

 

 

 

 いや、正確には立ち上がろうとして、何度も失敗した。

 

 床に体を打ち付け、リベルに心配をかけながらも、それでも最後には己の足で立った。

 

 聞けばレミア殿とミュウちゃんも戦場に出ているという。私だけが寝ていられるはずがない。

 

 リベルに肩を貸してもらいながら、一歩一歩歩く感覚を取り戻し、前へと進む。

 

 心と共に、我が身を未来へと。

 

 そう思いながら、なんとか寝室から外へも出て、屋敷の方に向かい──

 

 

 

 

 

 オオォオオオオオォォォオオオオ…………

 

 

 

 

 

 その前に立つ、禍々しい何かを見て息を詰まらせた。

 

 それは、マスターやその先代のアベルが使う禁呪による生物によく似ていた。

 

 筋肉質な見た目、髪のない頭にギザギザに釣り上がった瞳、裂けた口。

 

「なに、あれ……」

「っ、リベル、後ろに……!」

 

 咄嗟に背中にリベルを庇った私を。

 

 ゆっくりと、顔を上げたその怪物は見て。

 

 

 

 

 

 

 

「食イ殺ス」

 

 

 

 

 

 

 

 ──嗤った。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次回は神域組に戻ります。
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