というわけでまたまた長いです。
楽しんでいただけると嬉しいです。
三人称 SIDE
何者をも焼き尽くす白い奔流が、四方からウサギ一人だけを容赦なく焼く。
十秒、二十秒と続いて、やがて徐々に炎は弱々しく細くなっていき。
「ぅ、ぁ…………」
全身に火傷を負ったウサギが、ゆっくりと倒れ伏した。
(いたい。あつい。ぜんしんが、やけてる)
咄嗟に使用を自重するよう言われていた〝
だが皮膚や筋肉はボロボロだ。地面に接している部分が、激しく痛みを主張している。
これが通常の使徒のものであれば、ダメージにすらならなかっただろう。
しかしフィーネのそれは、魔力からしてレベルが違う。
これでは回復すらできない。
「あはっ! 無様ですね! とても面白おかしいですよ、その姿?」
そんなウサギに、フィーネが浮遊しながら近寄ってくる。
「気づいてました? 貴女が最初に私を観察していた時、わざと炎を外に散らさせて魔法陣を描いていたのを」
「そ、れは…………」
「ああっ、勿体ない。折角ならその惨めな顔をちゃんと見せてくださいよ」
ろくに動けもしないウサギを嘲笑い、大剣の片方で無理やり仰向けに変えさせる。
新たに地面に接した背中が激痛を発し、ウサギは苦痛に顔を歪めた。
「ああ、それですそれそれ。私が見ていて一番高揚するもの。同胞達の記録にも、そんな顔をする人間がたくさんいました」
「…………わた、しは」
「ん? なんです? 聞こえませんよ? まあ聞く気もありませんけど? あはっ、残念でしたぁ」
ケラケラと笑いながら、フィーネは大剣を構える。
その切先を、
「では、宣言した通りに貴女の首を取っておきます。あ、ついでに主がその不思議なアーティファクトもご所望なので貰っていきますね」
では、と非常に軽い口調で。
「さよなら。そこそこ楽しかったですよ、解放者のお人形さん」
刃を振り下ろした。
消滅能力が備わったそれは魔力も通っていないウサギの柔肌を貫き、
ビクンッ! と一度大きく震え……動かなくなったウサギの瞳から、光が消えた。
フィーネは刃を抜き、黒焦げた血の付着したそれを見て恍惚に表情を染めた。
血振りをすると、スッと高度を下げて自分が開けた胸の穴に手を突っ込む。
白い甲冑に包まれた手が蠢き、やがて球体状のものを握って引き抜かれた。
「さて、これで創造主からの命令は遂行──……?」
笑っていたフィーネは、言葉を止める。
表情から愉悦を消すと、ゆっくりと自分の手のなかにあるものをしっかりと見た。
血に濡れたそれは、綺麗な
だがそんなものは使徒たるフィーネには無意味であり──同時に、本来の意味でも求めたものではない。
「これは、主が所望したアーティファクトではな──ッ!!?」
刹那、背後から感じた殺気に機敏に反応したフィーネは回避行動を取る。
空高く飛んだ彼女のいた場所を、〝眩い桃色の雷〟を伴った一撃が地面ごと陥没させ、揺らした。
フィーネは目を見開く。
攻撃の威力にではない。地面から拳を引き抜き、こちらを見上げてきた人物に、だ。
「……やっぱり、〝
「──何故生きているのです?」
そこに立っていたのは、傷一つないウサギ。
黒い装甲を手足に纏い、健康的な肌色をした彼女は不敵に笑った。
「なんでだと思う?」
「──まあ、いいでしょう。どのように傷を癒したかはわかりませんが、もう一度殺します」
手の中のアーティファクトを握り潰し、フィーネはウサギへ急降下した。
振り下ろした白炎を纏う大剣に、桃雷を握りしめた拳が相対する。
激しい激突音が響き、両者必要以上に押し込むことなく次の攻撃に移った。
伸ばしたウサギの腕を切り飛ばす為に掬い上げるようにもう一振りを放つも、ガシュン! と手甲が展開して二の腕を守る。
ハジメ謹製、アザンチウム製の小さな丸盾はフィーネの斬撃をも受け止め、彼女は目を細めた。
「フッ!」
「小賢しい!」
回し蹴りを空中回転して避け、白羽を飛ばす。
右足を振り上げ、ドンッ! と叩きつけるウサギ。赤いクリスタルが輝き、発生した魔力衝撃波で羽は失速した。
「シッ!」
「甘いです!」
その踏み込みを利用して肘を打つウサギ。
未だ二万以上ステータスの開きはあれど、ハジメのアーティファクトが要警戒なことはデータで確認済み。
双大剣の腹で腕を挟み込んだフィーネは、そのまま前へと刃を滑らせて首と胴体を両断しようとした。
すかさずウサギは握った拳をもう一方の掌に打ちつけ、手甲のクリスタルが輝いて衝撃が発生した。
双大剣は大きく軌道を乱し、それをウサギはクロスさせた拳で裏拳を放って更に外に弾いた。
「はあっ!」
「──ふひ。また引っかかりましたね」
フィーネの両目が白く輝いた。
〝劫火浪〟を超圧縮したレーザービームが飛び出し、瞠目したウサギが頭を捻る前に吹っ飛ばす。
チリも残さずに頭が吹き飛び、力を失った体が崩れ落ちるのをしっかりと見た。
今度こそ──
「〝
「ご、ぁっ!?」
その瞬間、フィーネの鳩尾にめり込む膝。
それはこれまでの一撃と異なり、確実にフィーネの肉体強度を超えたものだった。
血を吐き、骨が折れる感触に目を見開くフィーネ。
そんな彼女に、膝を入れた姿勢でくるりと回転したウサギはしなやかで力強い脚を首に入れた。
ゴキリ、と嫌な音を立てながら吹き飛ぶフィーネ。
「ごっ、がっ、あがっ!」
地面をバウンドし、何度も叩きつけられながらも白翼を使って体制を立て直した。
主がユエの力を模倣して付与した再生能力で首を治すと、ありえないという顔でウサギを見る。
「何故、何故生きているのです! 今私は確実にあなたの頭部を破壊した! あなたがどれだけ優れた治癒力を持とうと、そこまでの再生能力ではなかったはずっ!」
「──いつから、再生してると言った?」
「はぁ!?」
「まあ、いいよ。もう
〝
この最強の使徒をして、霞んで見えるほどの速度で踏み込んできたウサギに──ニヤァ、と歪な笑いを見せた。
「ではその希望、瞬く間に摘み取ってあげましょう!」
フィーネの体から、紫と白の入り混じった凄まじい魔力が吹き上がる。
そして次の瞬間、今度はウサギの視界からフィーネが消えて──気がつけば全身を穿たれていた。
額、喉、肩、胸、鳩尾、手足の関節。
的確に体を破壊されたウサギは、血を噴き出しながら頭から地面に倒れ伏す。
その背後に立ち、双大剣を血振りしたフィーネは心底馬鹿にした笑い方でウサギを見下ろした。
「あはははは! いつから私が、本気を出してるだなんて勘違いをしていたのです? 実におめでたい考えですね」
これまでフィーネは、一度も身体強化を行わずに戦っていた。
強化を解放した今では、戦闘能力は全ステータス210000という超オーバースペックとなっている。
それは平均70000という基本スペックが比類ないものだからでもあるが、同時に別の理由もある。
戦闘人形として作られている使徒、だというのに悪意を埋め込まれたフィーネは戦いに意味を見出す。
そう。希望を見せた者を嬲るのが楽しいからだ。絶望しながら死ぬ顔が面白いからだ。
無感情の使徒とは思えぬ腐れ外道。
それが、最後にして最強の使徒たる所以だった。
●◯●
エーアスト達は、安堵していた。
突然力を増したシアだったが、戦う間に所詮は自分たちには遠く及ばないものであると理解したからだ。
たしかに見違えた動きとあいも変わらず小賢しい目で対応してくるものの、所詮は三倍の開きが半分縮んだだけ。
「「神罰を」」
フィーアトとフュンフトが、冷徹に告げながら四振りの双大剣を見舞う。
「見えてますよぉ!」
先に上と下から迫るフィーアトの攻撃を、シアは傘を開きながらも槌を維持して同時に受け止める。
続けて左右からやってきたフュンフトの斬撃に、シアは持ち手のトリガーを引いた。
ドドドドッ! と激しい音を立てて傘の〝骨〟から弾丸が吐き出され、フュンフトの動きを阻む。
フュンフトは銀紫羽を使ってこれに対応し、少し軌道の変わった斬撃をシアに叩きつけた。
だが、弾丸達は途中で軌道を変えると銀紫羽をすり抜けて彼女に迫った。
「っ!」
身を捻って回避するフュンフト。
追撃が消えたところでシアはフィーアトの双大剣を力一杯弾き──その後ろから、ドリッドが大剣を突き出した。
心臓めがけて迫る、ギラリと光る切先。
「おらぁっ!」
もちろんシアは〝視て〟おり、ウサミミで〝空力〟を使うと縦回転しながら大剣を蹴り上げた。
それさえも予期していたように、ドリッドの体に重なるように隠れていたツヴァイトが銀紫羽を放った。
「フンッ!」
シアは諦めない。膝で発動した〝空力〟で斜め上に移動し、銀紫羽を避ける。
ついでにハンマーを振って、フィーアトの追撃を打ち払う。
四体の使徒の包囲網から抜け出し──待っていたのは、分解砲を用意したエーアスト。
「終わりです」
打ち出される分解砲。
回避する暇も与えず、確実に受け止めるしかない位置。
「誰が終わるんですか?」
絶体絶命のピンチ程度で、このバグウサギがへこたれると思っているのなら大間違いだ。
無機質な言葉しか発さないエーアストを馬鹿にするように軽い口調で告げて、押さえていた帽子から手を離した。
シアの頭から離れた瞬間、パッとシルクハットは姿を消して、一瞬で分解砲の前に現れる。
裏側を向けたシルクハットは、不思議な波紋が浮かんだ穴の中に分解砲を受け止め、飲み込んでしまった。
刹那の瞬間、そっくりそのままエーアストへと波紋からエネルギー砲を撃ち返した。
難なくカウンターを回避するエーアストは、しかし帽子を手に取って転移したシアを取り逃す。
五体の使徒は数秒視線を巡らせ、やがて一本の木の上に立つシアを見つける。
「諦めなさい。最初は驚愕しましたが、既に貴女の力は解析しました。もう遅れをとることはありません」
「……そろそろですかね」
「はい?」
大剣の切先を向けて告げたエーアストだが、シアは彼女達のことなど見ていなかった。
手に乗せた金時計を見て、カチカチと進んでいくその針をじっと見つめ──そして、12時に達した時。
〝
「はい、時間切れです」
「……自らの終わりへの時間を数えていたと? 酔狂にも程がありますね」
「えっ、何言っちゃってるんですか自意識過剰甚だしい。相手を殺してもないのに勝った気でいるとか、馬鹿ですか?」
「ッ……先ほどから、神の使徒に対しての巫山戯た言動の数々。貴女は決して許されません」
「誰にですか? もしかしてクソヒキニート神に? だったらこう言ってやりますよ、〝お前引きこもり無職のくせして何様のつもりなの? プークスクス〟」
ビキビキと、無表情かつ無感情のはずのエーアスト達が青筋を立てる中、シアは笑う。
そして〝
「これはあなた方のタイムリミットですよ、お人形さん」
「──なんですって?」
「トイレは済ませました? 最後の晩餐は? 辞世の句も用意しましたね? では始めましょう」
「っ、我々を嘲るのもいい加減に──!」
「一体いつ、誰が、これが私の限界だと言いました?」
エーアストの言葉を遮って。
カチリとボタンを押し込んだシアは、告げた。
「〝大きくなあれ、大きくなあれ〟」
その言葉が、エーアスト達の耳に届いた時。
ゴグシャァッ!!!
「「──は?」」
バラバラに砕き千切られ壊されたフィーアトとフュンフトが、阿呆のように声を上げた。
エーアストと、ドリッド、ツヴァイトが、ゆっくりとそちらを見る。
肉片となった同胞が、血の線を空に引きながら落ちてゆく様が、超常的な視覚にはっきりと映り込んだ。
「どうしました?」
「「「っ!」」」
質問する言葉に、首が千切れそうな速度で振り返る。
相変わらず木の天辺に器用に直立しているシアは、トントンと肩を傘の
「──まさか」
今の一瞬で、フィーアト達を破壊したというのか。
ありえない。ありえるはずがない。エーアスト達とシアにはまだ三万近い能力差があったはずだ。
自分達が動いたのも分からなかったなど、そんなのシアの方が圧倒的に速くなければ──
「そんな、馬鹿な」
「気がつくのが遅すぎますよ、人形さん。言ったでしょ? ──私の限界はこの程度じゃない、って」
〝
だが
その力は──数値にして、108000。
エーアスト達のスペックを、一万近くも超えた。
使徒達の顔が引き攣る。神の尖兵たる我らに並ぶどころか、あっさりと飛び越えたのだ。
胸の中に、これまで一度も感じたことのない嫌なものが溢れ出し。
──貴女達の、クソヒキニート神の時計の針は、これ以上先には動きません
ふと、シアの言葉を思い出した。
ギリッと歯軋りしたエーアストは、両隣にいるドリッドとツヴァイトに告げる。
「あれを使います」
「わかりました」
「あの罪人を抹殺しましょう」
肯定した二人とともに、エーアストは三本の大剣を重ね合わせた。
合体分解砲に似たその動作に、シアも表情を真剣にしてハンマーにした傘を構えた。
使徒達は、魔力を揺らめかせながら大剣で魔法陣を描いていく。
迂闊に飛び込まず、
そして、大剣が魔法陣を描き切った瞬間、エーアスト達は口を揃えて宣言した。
「「「〝消合〟」」」
魔法陣が起動し、そのまま角度を90度変えてエーアスト達の体をくぐり抜けた。
するとドリッドとツヴァイトの肉体が光の粒子となり、エーアスト一人に収束していく。
粒子の全てを取り込んだ時──その身に纏う魔力光を増したエーアストは、全能感とともにシアを見た。
「今一度言いましょう、シア・ハウリア。諦めなさい、貴女に勝ち目は無くなりました」
そう告げると、シアは戦闘態勢をとったままぽかんとした顔で見上げてきた。
自分が勝っていたのに、一瞬でその希望を打ち砕かれてショックを受けたのだろうとエーアストは確信する。
〝消合〟。それはシアが警戒していた、エーアスト達にシュウジの力を取り込んだエヒトの与えた大魔法。
使徒同士で合体し、そのスペックを丸々上乗せすることができる──つまり今、エーアストは300000に近しい能力を手にしたのだ。
またしても三倍近い差が開いた。エーアストは、もはや何の憂いもなく、余裕たっぷりにシアを見下す。
「……あの、それだけですか?」
「負け惜しみですか? 強がりですか? いいでしょう、その哀れな自己防衛ごと貴女を殺して差し上げます」
そして、エーアストは一瞬でシアの首を刈り取りに動いた。
やや困惑気味な顔をしたシアも、とりあえず全身に力を溜めるとエーアストに向けて飛び出す。
愚かな、とエーアストは呟いた。そんな動き、止まって見えるに決まって。
ドッパァァアアァアァアアアアン!!!!!
(……え?)
そう、思っていたのに。
気がつけば、胴体が丸ごとなくなって頭と四肢が投げ出されていた。
それが、瞬きする間ですらなく刹那に接近したシアのハンマーに粉砕されたのだと理解する。
引き伸ばされた思考は既に肉体が死んでいるにも関わらず、そのことに疑問符を浮かべた。
(なぜ、このような。ありえない、力が、ほとんど吸収できなかったと、いうのですか?)
三倍の差?
そんなものはどこにも存在しない。
エーアストが取り込んだドリッド達の力は、基本スペックの十分の一すらもなかった。
当然シアの方が力が勝り、エーアストは攻撃に対応すらできずに絶命した。
どうしてそんなことが起きたのか。至高の存在たるエヒトがミスを犯すなどとは思えない。
ならば、どうして。
( ま さ か )
ぶわりと、死んだはずの触覚に凄まじい怖気が走る。
ミスなどという可愛いものでは断じてない。
最初からそういう風になるように、その力はできていたのだ。
(伝えなくては。
エヒト様に、知らせなければ。
その肉体の中には、まだ、あの男の意識が──ッ!)
「肉片も残さず消し飛べですぅ!!!」
エーアストが思考を終える前に、死の鉄槌が振り下ろされた。
空間そのものを叩いた淡青色のハンマーから波動が伝わり、エーアストの残骸は木っ端微塵に弾け飛ぶ。
元より不可能ではあったが、エーアストは生まれて初めて感じた恐怖を主に伝えることなく破壊された。
難なくエーアストを撃破したシアは地上に降り立ち、三倍強化を解除する。
同時に衣装も解除してシルクハットを取り、ちょうどそのタイミングで身体強化に必要な魔力も切れた。
実のところ、シアとしても時間的にギリギリの勝負だったのだ。
「ふぅ……なんか、しょぼかったですぅ」
思ったより大したことのなかった切り札に、シアは笑顔でそう告げた。
あの世で歯軋りしているだろうエーアストを思い浮かべながら、シアは轟音の響く方を見る。
「ウサギさんは……まあ、加勢しなくても平気ですよね。最強の使徒だかなんだか知りませんが、エーアストはへっぽこでしたし」
ディスりつつ、ほぼ空の魔晶石から残りの魔力を引っ張りだして回復する。
そうすると取り出したヴィレドリュッケンを担いで、ティオ達の方へと戻っていった。
●◯●
ウサギを圧殺したフィーネは、優越感がこれでもかと溢れる顔をする。
「まあ、解放者の人形とてこれ以上は」
「〝
「はっ!?」
上から降ってきた拳と蹴りの乱舞を回避したのは、ほとんど反射的だった。
全身を包み込むように翼を畳んだフィーネは、慌てて地面に降り立った人物を確認する。
「よし。この出力でもいける」
「おかしいでしょう!? さっき確実に殺しましたよ! いくらなんでもっ……いいえ、あるいは初めての強化に、私の肉体が誤作動を……!?」
「……よくわからないけど、いくね」
トン、と軽い音を立てて跳んだウサギは、空中で何回転もかけた蹴りを振り下ろす。
己の肉体を疑っていたフィーネは、どうにかそれを双大剣で受け止めた。
「くっ、また力が増したようですが……まだ私の方が遥かに強い!」
一瞬で白羽を展開し、全方位からウサギを取り囲んで放つ。
すぐさま桃雷がウサギの体から放たれ始めるが、その前に至近距離で消滅砲をフルバーストした。
更には二つの攻撃の隙間を埋める形で斬撃を放ち、確実に逃げられなくする。
白い爆炎が上がる。
戦場にまた一つ、巨大なクレーターを作った。
激しい鳴動が起こり、島全体をも揺らすほどの衝撃が駆け巡る。
そこから退避していたフィーネは、煌々と炎が燃え盛り、未だに振動のやまない地上を見下ろして荒く息をした。
「はぁっ、はぁっ、どうして、魔力も体力も切れていないというのに、私はこんなに、焦って……」
「〝
「はぁあああああああっ!?」
そして、炎を突き破り現れたウサギに今度こそ目が飛び出そうになる。
それでも回避しなければいけないという判断を体は下し、翼を使って横に飛ぶと跳んできたウサギから逃げた。
隣を通り過ぎる時、凄まじい知覚速度を誇るフィーネはゆっくり、ゆっくりとウサギの目がこちらを見るのを確かめる。
その目には、絶対にお前をぶん殴るという明確な意思が宿っていた。
「き、消えろっ!」
十分な距離を取ってから、フィーネはあらかじめこの場の上空に用意していた魔法陣を起動する。
空に十メートルを超える純白の魔法陣が現れ、極大範囲の白炎の塔が地面に向けて突き立つ。
その炎は魔力封じの力も含んでいる。どれだけウサギがパワーアップしていようと無効化した。
今度こそ絶対に、確実に殺した。殺したはずだ。どうか殺せていてくれ。
そんなふうに思考するフィーネの前で、炎の塔は消えていき──こちらに向かって宙を蹴るウサギの姿を捉えた。
「う、嘘だぁあああああああっ!?」
本来の使徒ならば絶対にあり得ないだろう、錯乱した絶叫を上げながら、フィーネはウサギに突撃して。
そして、彼女の絶望が始まった。
ウサギは、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も現れた。
どれだけ圧倒的な火力で消し飛ばそうが、細切れにしようが、消滅させようが殴り殺そうが蹴り殺そうが殺せない。
それだけならまだよかった。
「〝
「〝
「〝
現れるたびにどんどん力を上げていき、誰にも並べないはずのフィーネのスペックに迫ってくるのだ。
それは生まれたばかりで、まだ一度も敗北を知らなかったフィーネにとって極上の恐怖だった。
あらゆる使徒を凌駕し、南雲ハジメというイレギュラーですらも縊り殺せるだけの性能を持って生まれた。
なのに、倒しきれない。
(殺せない! 死なない! 消えない! いいやそんなはずはない! 私は強い! そうやって作られたんだ! ならばどんな相手だって圧倒できるっ!)
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇええええええええええ!!!」
もはや自分でも何をしているのか分からず、がむしゃらに攻撃して攻撃して攻撃した。
この世界の常識の枠から外れた怪物兵器の全力の攻撃は、ウサギなど簡単に壊して──。
「「まだ、終わらないっ!!」」
その攻撃から
繰り出される二つの拳を、双大剣で防ぐ。へっぴり腰で目を瞑りながら。
構えも何もない防御体制は、いくら圧倒的スペックがあろうと本来の役割を果たさない。
「あうっ!?」
ズドン! と音を立てて地面に叩き落とされ、可愛らしい悲鳴をあげた。
尻餅をつきながら、フィーネは全身を震えさせる。鎧がカチャカチャと音を立てた。
双大剣を握る手に力が入らない。翼に魔力を上手く通わせられない。
恐怖しているのだと、ようやく自覚した。
そんなフィーネの前に、ウサギ達が着地する。
ゆっくりと歩み寄ってくる彼女達を、フィーネは震えながら見上げる。
スペックは勝っているはずなのに、完全に心が折れていた。
「「言ったはずだよ。私の首、取れるなら取ってみなって」」
「な、なんで、二人も、いて……」
「──二人じゃない」
並んで立つウサギ達の後ろの空間から、声がした。
空間に桃色の歪みが走り、そこから歩み出してきたのは──ウサギ。
三人に増えたことに、元から白い顔をさらに白くするフィーネ。
しかし同時に直感した。
彼女が、
「まさかっ、私が戦っていたのは……!」
「そう。最初から私の複製体。まあ、私が操ってるんだけどね」
──生体ゴーレム最終型、〝ゆめうさぎ〟。
眠る時に羊が一匹、羊が二匹、と数えるかのごとく、一人が死という柵を飛び越えるたびにまた一人と現れる人形。
ただの人形ではない。
コアを空間魔法で繋げることで
魂魄魔法で同期しているため、人形が経験したあらゆるものはそのままウサギの糧となる。
そして。これまでフィーネが打倒したゴーレムは全て、
「あなたのおかげで、十分な運用データが収集できた」
「な、にを……」
「これで、
ゆっくりと、右手を握りながら上げていくウサギ。
胸に桃色の輝きが生まれ、肌を走る回路から激しい雷が腕に通っていく様をフィーネは見つめる。
同時に彼女の超常的な視力は、ウサギの口が開いていき、告げる言葉をも先に理解した。
「〝
ズゥンッ!!!!!
ウサギを中心に、焦げた大地が崩壊した。
雷の嵐。
他に形容する言葉が存在しない、絶大な魔力放出。
ウサギ自身の髪や服を激しく揺らすその脈動は、フィーネにはもはや光そのものに見えた。
最強の使徒をも軽く超えた力──全能力値250000。
その、ほんの片鱗。
「これで終わる。痛みは無いよ」
感じる前に、消えるから。
淡々と告げられた言葉に、フィーネはただただ震えることだけしか許されず。
その拳が振り下ろされるのを見ながら、一言だけを思うのだ。
敵に回す相手を、間違えた。
「〝
断末魔ごと、叩き潰す。
魔力も鎧も肌も、肉も骨も根こそぎ粉砕し、そして大地を打ち砕く。
拳一つで、孤島の一角が消滅した。
「も……無理」
最大出力を解放したことで、一時的に
雷嵐が消え、自ら足場を破壊したことで空中に放り出されたウサギは落下していく。
〝空力〟を形成する魔力すらなく、機能停止した人形と一緒に紐なしスカイダイビングをする羽目になった。
思ったよりも焦りながら、ウサギは打開策を考えた。
何も思い浮かばなかった。
「……まずい」
当たり前である。
顔に出るほど焦りが増したウサギは、しかしお空の星になることはなかった。
遥か彼方から飛来した黒い影がウサギを捕らえたのだ。
「おふっ……これは、ティオの、邪龍?」
自分を掴み取り、そのままどこかへと運んでいく物を見上げて呟くウサギ。
鋭利なフォルムをしたその龍は、間違いなく仲間の従える魔物の一匹だった。
「……助かった、ほんとに」
そんなことを呟くウサギは、しばらく邪龍に運ばれることとなった。
●◯●
「おーい、ユエさーん、ティオさーん」
「お、戻ってきたの」
「ん。シア、おかえり」
孤島のある方角に広がる森林から姿を見せたシアに、ユエ達は手を振り返す。
まったりと休憩していた二人は、傷一つなくピンピンしているシアを見て戦いの結果を悟った。
シアも同じことであり、空に集う99匹の邪龍達を見て若干顔を引き攣らせる。
「そっちは余裕だったみたいですね」
「ん。フリードごとき、相手にもならない」
「あるいは神に魅入られさえしなければ、主従共々より高みへと昇っていたやもしれぬが……まあ、もう後の祭りじゃ」
「こっちもわりとヘボかったのでさっさとぶっ殺して終わりにしましたよ。あ、そんなことよりユエさん、やっぱりその姿すごく綺麗ですね!」
「ん、当然。ハジメもメロメロ」
「ふふ、妾達も油断できぬのう?」
和気藹々と、いつも通りに会話する三人。
並大抵の人間では、目にしただけで身も心も奪われる天上の美女王。
一匹一匹が国をも滅ぼしうる、数多の邪龍を従える竜女皇。
神の使徒を歯牙にも掛けぬ、地獄へ繋がる穴蔵においでおいでと手招きする血濡れウサギ。
……側から見れば、冥府あたりからやってきたやべー魔神に付き従う女幹部達の集会である。
「おーい……みんなー……」
「あ、ウサギさんですよ」
「だいぶ疲れておるようじゃの」
「ん。さっきのあの衝撃、
そんなところへ、更にまた一人邪龍に連れられて最強のウサギ戦士がやってきた。
ゆっくりと降下してきた邪龍の手の中から、若干憔悴した顔でウサギが姿を表す。
「ありがとう」
《ナンノ、オ安イ御用デス》
律儀にお礼を言ったウサギは、四人へ歩み寄ると……おもむろにピースサインをした。
「びくとりー」
「ふふっ、信じてましたよ。ウサギさんなら楽勝だって」
「あんな色が違うだけの使徒、ウサギが負けるはずがない」
「ともかく、これで後は時計塔の連中だけじゃが……」
ティオがこの空間へ最初にやってきた方を向き、つられてユエ達もそちらを見る。
すると、噂をすればなんとやら。この孤島へと向かう小さな黒点を見つけた。
目が良いティオはそれを見て微笑み──直後、顔を強張らせる。
「? ティオさん、どうかしましたか?」
「……我が眷属達よ。誰か、あの者達を迎えにいってやるのじゃ」
シアの疑問に答えず、ティオはただ邪龍にそう命じた。
素早さに優れた邪龍の一体がすぐさま飛び立ち、光輝達だろう黒点へ向かう。
それを見送るティオの表情は、とても浮かないものだった。
ユエ達は顔を見合わせ、なんとなくその理由を理解する。
少しして、邪龍が光輝達を連れてきた。
正確には、ふらふらと羽を片方もがれた虫のように飛んできたスカイボードが落ちた時のために下にいたというべきか。
危なっかしい動きで孤島に到着したスカイボードは、ユエ達の頭上で突然糸が切れたように落下してきた。
「ユエ」
「ん」
うなずき、ユエはクルクルと宙を舞うスカイボードと一緒に落ちてきた人影に風を送る。
その風は優しく人影を受け止めて、ユエ達の前にゆっくりと下ろした。
「……すまない、助かった」
その人影──光輝は、かなり低い声音で感謝を述べる。
もう一人の小柄な人物を庇おうとしたのか、両腕で抱きしめたまま顔も向けない。
……しかし、ユエ達はそれを罵ることは絶対にしなかった。
「お主ら、いったい何があった?」
片目と片足のない光輝の、酷く憔悴しきった顔色にティオは尋ねる。
同時にその視線は──光輝の腕の中で屍のように動かない、真っ黒な目をした鈴にも向けられていた。
すると、少しだけ顔を上げた光輝は隻眼でこちらを見て口を開き……結局、何も言わない。
「本当に勇者さん、ですよね……?」
「……ん。間違いない。魂を確認した」
「……激しい戦い、だったんだね」
「………………ああ」
どう声をかけるか迷った末、当たり障りのないことを言うシア達に鈍く頷く光輝。
未だ喪失感も悔恨も激しい自分への憎悪も消えず、しかし光輝は崩れ落ちる寸前のような笑顔を作る。
それが、ネルファと約束したことだから。
「俺はいいんだ。俺は、もらえたから。希望がなくても、絶望ももう、ないから」
「それは……」
何かを言いかけて、けれどその先が頭に思い浮かばなかったシアは閉口する。
そう、だから。
ここに龍太郎がいない理由も、分かっていた。
「でも、鈴は……っ!」
「「「……………………」」」
ユエ達は、あえて言葉を形作ることをやめた。
「……そうか。最後まで、戦いきったのじゃな」
唯一年長者であり、慮ろうとしたティオも……とある言葉を口にすることを固く禁じた。
「俺は、この結末でも仕方がないんだっ……でも、あいつは、あいつにはもっと幸せな未来が……ッ!」
そのことに感謝しながらも、光輝は必死に涙を流すことを堪える。
光輝にとって龍太郎は、親友であり、相棒であり、兄弟のようでもあり、一番信じていた男だった。
十数年積み重ねた時間は、この世界で龍太郎と鈴が紡ぎ、実らせた愛に勝るとも劣るはずがない。
だから、気が狂いそうなほどに苦しくて、悲しくて。
龍太郎を殺した、既に死んだ紅煉が憎くて。
……皮肉にも、ようやく始の気持ちを完全に理解した。
「……こ……の……」
「……鈴?」
「……どこ、なの…………龍、っち」
ヒュッ、と。
その場の誰かが、全員の背筋に等しく駆け巡った冷たすぎるものに息を呑んだ。
あるいは、虚ろな目をした鈴を穴を開くように見つめる、全員かもしれない。
「私、頑張っ、た、よ。助けられ、なかった、けど。ちゃんと、恵里と、最後に…………友達、に、なれた、よ」
「す、ず……」
「だか、ら。ねえ、褒め、てよ。頭、撫でて、よ」
ぽつり、ぽつりと、今にも消え入りそうな声で呟いた鈴は。
ギュッと、手の中にある二つに割れたドッグタグを握って。
「私、ね。龍っちのおっきな手が────だいすき……なん…………だよ………………」
その言葉を最後に、カクンと気を失った。
「「「っ……」」」
耐え切れず、ユエ達は目を伏せる。
「……物悲しすぎる結末、じゃのう」
最初にその恋の成就を知ったティオは、握り締めた手で扇子を折った。
光輝は、やるせない思いに血が出るほど唇を噛む。
「こんなっ……こんなのはっ、間違ってるだろ……!」
……全員、勝ったはずだ。
ユエも、シアも、ティオも、ウサギも、体の一部を失った光輝も。
命を落とした龍太郎でさえも、紅煉を撃破した。
だというのに。光輝も、さっきまで勝利を笑顔で確認しあったユエ達も。
この場の誰の一人も、そんな気にはなれなかった。
しばらくして。
ティオは、ふと壊れた扇子を手放す。
そして二人に歩み寄ると……涙を堪える光輝と鈴、両方の頭に手を置いて優しく撫でた。
「っ、ティオさん……」
「………………」
「……よくぞここまで、頑張ったのう」
その一言に。
体の一部を失い、愛する女を失い、友を失い、心の寄る方を失い。
五体不満足で鈴を守りながら、いくつもの空間を抜け、命からがらここまで辿り着いた光輝は。
誰より長く生きた者として、慈しむような微笑みをたたえるティオを前にして。
「っ、う、ぁあああっ……!」
ようやく、嗚咽を漏らした。
「おれ、俺はただ、いっぱい傷つけたから、だっ、だから今度こそ、ちゃ、ちゃんと知りったくって、助けたくって、それで、っ、それ、で……!」
不思議な嘆きだった。
涙は枯れ果て、一滴も出ない。
だからその代わりをするように、掠れた声で。
何度も何度も、泣こうとした。
「よしよし。まだまだ酸いも甘いも覚えたての子供じゃろうに、よくぞ耐えぬいたよ。もうこれまでのように、侮れはせんな」
呟く光輝に、ティオはくしゃくしゃと頭を撫でて。
ユエ達も、自然と光輝の肩に手を置いて。
少しの間、二度目の小さな慟哭が孤島に響いた。
……自分はゲスかな?
次回は時間軸が少し戻ります。