星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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今回から本格的に動き始めます。

楽しんでいただけると嬉しいです。


そして、未来が希望を知らしめす 3

 三人称 SIDE

 

 

 

 

「っ、なんだ、あの生き物は……?」

 

 

 

 そこに立つ禍々しいモノに、ルイネは呟く。

 

 禁術によって、感情を依代に生まれる魔法生物によく似ている何か。

 

 鮮血のようなある種の美しさを持つカーネイジと比べて黒く濁った、悍ましい赤い怪物。

 

 その腹や腰から伸びる数多の触手についた〝口〟が、過剰な食欲を持つことを示していた。

 

 

(どうやってこの隠れ家に侵入した? いや、そもそもあれは敵……なのは確実だろうが、どうして無防備な私を殺さなかった?)

 

 

 冷や汗を流しながら、ルイネは思考する。

 

 不気味なその怪物は、とてもではないが今の自分には荷が重すぎる相手だった。

 

 数々の暗器を仕込んだ軍服も、自慢の操糸術を扱うための金属糸もない。

 

 体内に仕込んでいた武器も、彼女の回復を早めるためにハジメ達に取り除かれていた。

 

 暗殺者にあるまじき、丸腰だ。

 

 

 

 

 なら選択肢は一つだけ。

 

 全力でこの場から逃げる。そしてこちらの味方のいる場所まで誘き出すしかない。

 

 一人でどうすることもできない以上、誰かを頼るしか生存の道はなかった。

 

「ママ、どうするの……?」

「っ」

 

 だが、それが自分にできるだろうか? 

 

 震える両手で寝間着の裾を引く娘に、ルイネはそう不安に駆られた。

 

 いくらボディを強力なものに変えようと、リベルの心は本来は幼い子供のもの。

 

 一度も戦ったことがない故に、ハジメ達が本気で戦うようなレベルの相手と殺し合う勇気など持っていない。

 

 先ほどやっと歩けるようになったところだというのに、非戦闘員一人を守りながら逃げられるか? 

 

 不可能だ。

 

 

(だが、やるしかない)

 

 

 諦めれば、ここで自分と娘の命はあっさりと奪われる。

 

 それだけは許されない。生きて、もう一度シュウジに会うのだ。

 

 そう決意したルイネが、目線だけは前と同じほどに鋭く、赤黒い怪物を睨みつけ。

 

 それを見た魔法生物は──驚いたことに、流暢に喋りだした。

 

「──ルイネ・ブラディア。我が子孫の弟子にして、あの子に愛された女よ」

「っ、貴様は……まさか、先代の……」

 

 ルイネは、カインから聞いた話でしかアベルのことを知らない。

 

 だが、その言葉とかつて愛していた男によく似た声から瞬時に判断した。

 

「君が怒りの中で眠り続けるのならば、そのまま何もしないでいた。だが君は、怒りを忘れ戦うことを選んだ」

 

 故に、と魔法生物は触手を揺らめかせて。

 

「宣告する。この神の人形を依代とした我が怒りの一端にて、君を殺す」

 

 次の瞬間、一斉に飛び出す無数の触手。

 

 凄まじい勢いで迫るそれらを辛うじて見ることができたルイネは、素早く両手を伸ばした。

 

 その意識の先は怪物の後ろ──堂々と佇む、オスカー・オルクスの石と鉄でできた屋敷。

 

 武器がないのなら作ればいい。万物から刃を作り出す異能を、ルイネは持っている。

 

「がふぅっ!!?」

 

 だが、結果は血を吐くことになった。

 

 この異能はカイン達の世界でも希少なものであり、それだけにコントロールは至難の業となる。

 

 カインの下で鍛え上げた強靭な肉体と、体内を流れる魔力の操作を応用した技術でルイネはそれを操れた。

 

 しかし、ひどく衰えた今の体では……その負荷には耐えられない。

 

 

(ま、ずい。このままでは、二人とも死──っ!)

 

 

「ママぁっ!」

 

 倒れていくルイネを守ったのは、リベルだった。

 

 彼女の前に躍り出ると、伸ばした両手を重ね合わせて唯一の力を発揮する。

 

「〝拒壁〟っ!」

 

 始謹製のローブの力も借り、顕現させたのは斥力の結界。

 

 それは触手を防ぎ、反発する力で押し返していく。

 

「こふっ……リ、ベル…………?」

「私だって、エヒトと戦うために生まれたんだもの! 今度こそあいつらから、ママを守ってみせるっ!」

 

 勇ましく叫ぶリベルの背中が、ルイネには見た目以上に大きく見えた。

 

「喰ウ」

 

 

 

 その希望を、怪物は踏み躙る。

 

 

 

 一瞬で集合した触手が巨大な口となり、再び突き出された。

 

 大口を開けたそれに、リベルは顔を引き締め──バリン、と一撃で食い破られた結界に瞠目する。

 

「うそ……」

「リベルぅうううっ!!」

「きゃぁ!?」

 

 死に物狂いでタックルしたルイネによって、呆然としていたリベルは食われるのを回避した。

 

 重なるように二人は倒れ、そんな親子にぐるりと踵を返した口が迫る。

 

「っ!!」

 

 せめて、リベルだけは守ろうとルイネは覆いかぶさった。

 

 彼女自身も己が噛み砕かれる未来に恐怖し、きつく目を瞑る。

 

 

(目覚めてから何もしていないというのに、もう終わりか。私の決意も、呆気ないものだったなぁ──)

 

 

 そして、ぐわりと開いた巨大な口に立ち並ぶ牙が、二人を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「娘に怪我をさせたのは、お前だな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食い殺す前に、止まった。

 

「…………?」

 

 いくら待てどもやってこない痛みに、ルイネはふと目を開く。

 

 同じように目をつぶっていたリベルも、ルイネの腕と胴体の間から上を見上げた。

 

 そして、自分達にかかる影の主を見上げて──驚愕する。

 

「ゴ、ァアアアァっ!?」

「これ、は……」

 

 口は、煌めく何かで全身を絡め取られて身動きが取れなくなっていた。

 

 暴れまわって脱出していようとしているが、煌めくモノが千切れる様子はない。

 

「これって……糸?」

 

 その煌めくモノは、白い糸。

 

 擬似太陽に反射して輝く白糸を見て、リベルが呟いた。

 

 一方で触手を封じられた怪物本体も、それを直接振りほどこうと体を躍動させる。

 

「〝 破理縫(はりぬ)い〟」

 

 走り出しかけたその体を、全方位から白糸につながった無数の赤いナイフが貫いた。

 

 その体の表面を覆っていた魔力を打ち破り、赤針は地面に突き刺さって怪物を封じ込める。

 

「ガァアアアアアアッ!!!」

「〝 墓鐔留(ぼたんど)め〟」

 

 絶叫する怪物に、揺らめく白糸達が全身に絡まって先端にあったものを固定する。

 

 怪物の体に張り付いた瞬間、その〝ボタン〟は一斉に超高音の波を発生させて動きを封じてしまう。

 

 互いに共鳴効果を引き起こし、更に効力を引き上げながら、激しく暴れる怪物を拘束した。

 

「これは……」

「ママ、いつの間にこんなものを……?」

「い、いや違う、私じゃ……」

「──ああ、そうだとも。それは〝(わたし)〟がやったが、〝私〟の仕業ではない」

 

 そんな二人の前に、ふわりと降り立つ人物が一人。

 

 身に纏うは、赤を基調として金と緑のフリルや装飾、宝石が見事に調和した豪奢なドレス。

 

 大きく開いたその背中にある()()()を折り畳み、カツンとハイヒールを鳴らして体を傾ける。

 

 そして、座り込む二人を見下ろすのは──何者をも屈服させる、真紅の瞳。

 

「おま、えは……」

「ふむ、情けない顔つきだ。とても(わたし)とは思えないな」

「──ま、ま?」

 

 唖然とするルイネ、ほぼ無意識に呟くリベル。

 

 その前で、ドレスの女──カチューシャに似せた王冠を戴く女王は頷く。

 

 ルイネとまったく同じ、毅然とした美貌に笑みを浮かべて。

 

「不甲斐のない小娘と、世界で一番可愛い娘を未来から助けに来たぞ?」

 

 大胆不敵に宣言し、赤の女王は踵を返す。

 

 カツカツと、ハイヒールの音を響かせながら身動きの取れなくなった怪物の前に立ち。

 

「グォァ、アアアアアア!!!」

「不敬であるぞ、下賎な獣めが」

 

 ピンと、その体を縛る糸を弾く。

 

 その瞬間、一気に、かつ同時に締まった糸に怪物は弾け飛んだ。

 

 大量に飛び散った鮮血と肉片は、しかし空中で止まると一滴も受けていない女王の元へと集う。

 

 彼女が開いた手の上に集まった残骸は凝縮され、固形化し──黒と赤が入り混じる宝石に姿を変える。

 

「まあ、飾り程度にはなるだろう」

 

 その宝石をどこかへと消し、女王は腰に手を当てた。

 

 一部始終を見届け、いつの間にか抱き合っていたルイネとリベル。

 

「ママ、すごい……」

「もしやあれは、未来の私、なのか……?」

「言ったはずだぞ、そうだと。いささか鈍いぞ、(わたし)?」

 

 振り返り、悪戯げに笑う女王。

 

 たった一人だというのに、そこには国を統べ、背負う覇者のオーラがあった。

 

 怒涛すぎる展開にもはや何も言えなくなったルイネにクスリと微笑みをこぼし、女王は上を見上げる。

 

 

 

 

 

「さて。我が仲間達は、うまくやっているかな?」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 騎士団は、壊滅状態だった。

 

 

 

 

 

「ゴァアアアアアっ!!!」

「ぐああああっ!」

「怪我人を離脱させろ! 三人付いてこい!」

「「「了解っ!」」」

 

 吹き飛ばされてきた騎士を他の騎士が引きずっていき、比較的傷の浅い四人が前に出る。

 

 彼らの前に立ちはだかっているのは、五メートルはあろうかという緑色のおぞましい巨人だ。

 

 突如として、下手な動画の貼り付け編集のようにコクレンらを押し潰して現れた。 

 

 動き出した途端、最前線にいた騎士の全てが全身骨折しながら吹き飛んだ。吸魔鎧がなければ木っ端微塵だっただろう。

 

 あれはもう魔物や弱体化した使徒達と同じ領域にいる何かではない。

 

 嵐や津波といった、天災の類だ。

 

 しかも周りからは変わらずコクレンも群がってきており、必死に魔法部隊が緑の巨人を相手する騎士達の所へ行かせまいとしている。

 

「セントレア副団長、既に四分の一の騎士が戦闘不能です! スマッシュ部隊の方も陣形が崩壊したと! 一度退避して立て直しを!」

「ダメだ! 我々がここで退けば、この化け物が向かう先はメルド達の方だぞ!?」

「っ!」

 

 報告をしてきた騎士が、泥と血にまみれた顔に苦渋の表情を浮かべる。

 

 自分達の団長が七人の〝神の切り札〟のうち一人に対して、ファウストの戦士と共にたったの三人で戦っている。

 

 その上にこんなものまで追加されれば──間違いなく、メルド達がなぶり殺しにされてしまう。それは理解できていた。

 

「……では、貴女だけでも避難を。我々が活路を開きます」

「──貴様。天閃の白騎士などと大層に謳われている私に、仲間を見捨ておめおめと逃げ果せろと?」

「貴女さえいれば、我々もスマッシュ部隊もまだ再起出来ます。これが団長の意思です」

「っ、メルドのやつ……!」

 

 それは何も、個人的な理由で騎士に託した任務ではないのだろう。メルドとて軍人、戦争に私情は挟まない。

 

 その言葉通りに、たとえ騎士達が──自分が死んでも、セントレアさえいればどうにかなると確信しているからこそだ。

 

「なぁに、貴女が逃げられるくらいの時間は稼いでみせます。俺はずっと、あの人が貴女のために悪を背負ってきたのも見てましたからね」

「カイル……」

 

 メルドが高濃度ネビュラガスの投与をした時にも立ち会っていたその男は、ニッと笑った。

 

 両手の鎧に刻まれた魔法陣に魔力を通して光らせながら、セントレアに背を向け緑の巨人に歩き出す。

 

「行ってください。これは戦争だ、たとえ俺達全員の命が失われても、貴女の責任じゃない」

「待てっ、私はまだ逃げるとはっ!」

「──さようなら、副団長。貴女と団長の晴れ姿とか、見てみたかったです」

 

 その言葉を最後に、雄叫びをあげながらカイルは走り出し。

 

 制止しようとセントレアが手を伸ばし、叫びかけた──その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぇすとぉおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空から、流星が降ってきた。

 

 緑の巨人に向かい真っ直ぐに落下した、その淡く青い流星は怪物の胸に着弾。

 

 空中を巨躯が浮遊し、そこへ流星──赤い戦鎚を握りしめたウサミミの女は回し蹴りを叩き込んだ。

 

 ゴギンッと鈍い音を立てながら、体を横からくの字に折った緑の巨人は遠くへ吹っ飛ばされて、コクレンの水飛沫を立てた。

 

「「「………………」」」

 

 ぽかんと、死の瀬戸際で戦っていた騎士達は棒立ちになって口を開ける。

 

 そこへ、緑の巨人がいた場所に入れ替わるようにして着地した人物にビクッと体を震わせてしまう。

 

 宝玉のような髪留めが地面につくほどの長髪をなびかせ、戦鎚を定位置に担いで彼女は笑う。

 

「お待たせしました。もう平気ですよ皆さん、アレは私が殺しておくので」

「……し、シア殿、なのか?」

「あなた達の知ってる方ではありませんけどね」

「え?」

 

 事情を知らない騎士からすれば意味不明な言葉に困惑が広がる中、シアは空を見上げる。

 

 左手を日除けをするように目の上に置き、何かをキョロキョロと探していた。

 

「それよりエボルトさんは……あ、来ましたね」

 

 直後、天を貫き落ちる赤黒い光。

 

 それは彼女達よりずっと先の位置──キルバスとローグらが交戦している場所へと寸分違わず落ちた。

 

 少し遅れて凄まじい地震が起こり、半径数キロメートルに及んで戦場そのものを震撼させる。

 

 当然この場所にも響き、セントレア達がたたらを踏んだ。

 

「ま、あれで大丈夫でしょう」

「な、何が起こっているというのだ……」

「安心してください、セントレアさん。メルドさんは助かりますよ」

「それは、どういう……」

「あなた達のお孫さんとは仲良くさせていただきましたし、私としても少し安心です」

「んにゃっ!?」

 

 何を、と顔を真っ赤にしたセントレアがシアの発言を言及しようとした時。

 

 

 

 

 

「ウゴァアァアアアアアアァアッ!!!」

 

 

 

 

 

 咆哮を上げ、巨人が復活する。

 

 コクレン達を弾き飛ばし、怒りに全身を震わせ、両腕を硬く握りしめた巨人はシアを見る。

 

 緑色の肉体をさらに一回り膨張させると、無数の刃を生やすことで武装して、そのまま突撃してきた。

 

「っ、総員! 体制を立て直せ! 奴が来るぞ!」

「了か──」

「あー、いいです。あなた達は巻き込まれないように後ろに下がっていただければ」

 

 落ち着き払った声で言いながら、シアは巨人に向けて歩きだす。

 

 反射的に止めようと口を開きかけ──ドンッ! とシアから立ち上った淡青色の光の柱に閉口する。

 

 尋常でない量の魔力を吹き上げながら、シアはスッと感情の存在しない顔になりながら巨人を見据え。

 

「一撃で終わらせてあげますよ、神の犬の切れ端ごときが」

 

 ある場所で立ち止まり、体を半分引くと右足の膝を曲げ、靴裏でしっかり地面を踏みしめる。

 

 腰だめに芸術品と呼んで差し支えない装飾の施された、赤い宝槌──〝星砕き〟を構えて。

 

「ゴォオォオオオオオッッッ!!!!!」

「──〝レベルC(100)〟」

 

 ついに目の前に到達した巨人に、フルスイングした。

 

 

 

 

 

 最初に、空が砕けた。

 

 

 

 

 

 力の重さに物理的な空間が耐えられず、赤い亀裂が走って引き裂ける。

 

 その生まれてはいけない亀裂が塞がり、空間が元に戻ったところで──巨人が弾ける。

 

 肉片も骨も、他の何かも残らない。

 

 

 

 文字通りにチリも残さず、消し飛んだ。

 

 

 

「ふっ……こんなもんですか。まあこの時代の私なら苦戦したでしょうが、ヌルすぎますね」

「な、な……!」

 

 いつものように、戦鎚を肩に担いで。

 

 実につまらなさそうな顔をするシアに、散々に苦戦を強いられたセントレア達は唖然とする。

 

 使徒を核に、ライオットの肉片を利用してエヒトが作り上げた〝イミテートシンビオート〟とも呼べるこの魔物は非常に強力だ。

 

 各種が50000を超えるステータスを誇り、中でもこの緑の個体は破壊力に特化し、筋力は100000はある。

 

 聖歌や結界の効果で弱体化していたとしても、恐ろしいまでのスペックがあるのだが……

 

「こちとら、この戦いのために50年も鍛えてきたんです。もうちょっと歯応えがあってほしかったですよ」

 

 

 

 

 

 バグウサギどころではなくなったこの女の前では、蟻と龍ほど差がありすぎた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

『エボルト、なのか……?』

『くっ、なんやこのオーラ……』

『あかん……あれ、本当に存在してていいものなんか……?』

 

 突如として目の前に現れた、エボルトの声をした怪人にメルド達は困惑する。

 

 だが、既にかなり押され気味だった三人を助けたという事実は確かだ。

 

 そんな彼らに背を向けている怪人──ブラックパネルの力を得て超進化を果たしたエボルトは。

 

 不意に片手を腰に当て、もう一方の手をゆっくりと上げ。

 

『お前らも久しぶり〜。どうだメルド、この時期ならそろそろセントレアとキャッキャウフフできる関係になってる頃だったか?』

『な、なに?』

『はい時間逆行系でお決まりの反応ありがとさん。まあ、言っても理解できないか』

 

 ひらひらと手を振りながら軽口を叩く姿は、彼らの知る通りのエボルトだ。

 

 それに安心のような、それとはアンバランスな異様な出立ちに戸惑うような、複雑な気分になった。

 

 エボルトは面白そうに肩を揺らしながら、もう一度キルバスへと視線を向ける。

 

『俺達の兄弟の縁ってやつも随分としつこく絡んでくるもんだ。まさか、二度もお前と戦うことになるとはな』

『お前、エボルト……いや、だが……』

 

 さしものキルバスも、目の前にいるエボルトとパンドラタワーから感じるエボルト、二人のエボルトの気配に困惑を隠せない。

 

 分身をしているにはあまりにオーラが桁違いであり、ここにいる方のエボルトが完全体であることは確か。

 

 少し考えた後……立ち上がったキルバスは、目の前のエボルトをまず狩ることにした。

 

『ハッ、よく分からないがまあいい! 貴様を殺してエネルギーを回収した後に、パンドラタワーにいる方のお前もゆっくりと狩ってやる!』

『やれやれ、頭の悪い兄貴だ』

『ほざけ!』

 

 凄まじい速度で突撃したキルバスは、真紅の双剣を振るう。

 

 キルバスも、大迷宮で敗北を喫して以降無数にいる使徒を何千と殺して力を蓄えてきた。

 

 確かに目の前にいるエボルトは、以前とは比べものにならないほどのエネルギーを全身から感じられる。

 

 だが、一時的に【神域】からのエネルギー供給を断たれた、あの得体の知れない力には及ばない。

 

『今度こそ死ね、エボルトォオオオオッ!!』

『──相変わらず声がデカくてうるせえんだよ、クソ兄貴』

 

 ガキン、と。

 

 交差して繰り出した斬撃は、片手であっさりと受け止められた。

 

 五指で絡め取るように固定された双刃に、キルバスはそのまま切り落としてやろうと腕を引く。

 

 しかし、ブラックホールフォームをも超えるキルバスの膂力をもってしても双剣は微動だにしなかった。

 

『こ、これはっ……』

『つうかこんな棒っきれ持ってたか? ああ、エヒトにでも与えられたのか。ふんっ』

 

 実に軽い掛け声で右手が閉じられ、粉々に砕ける双剣。

 

 自分のエネルギーで極限まで強化したはずの得物を簡単に破壊され、キルバスは息を呑む。

 

『何寝ぼけてんだ?』

『ごはぁっ!?』

 

 その顔面に、エボルトは容赦なくストレートを叩き込んだ。

 

 たたらを踏んだキルバスは、すぐさま体制を立て直して低い姿勢からミドルキックを放つ。

 

 エボルトはするりと回避して、軸足を払うと宙に浮いたキルバスの腹に拳を入れる。

 

『ぐほぉっ!』

『弱いな、キルバス』

『くっ、舐めるなぁ!』

 

 再度立ち上がったキルバスが、次々とパンチやキックを繰り出した。

 

 一撃一撃が高速かつ高威力、ローグ達には腕の赤い装甲の残像しか視認することができない。

 

 エボルトは一度たりともそれを受けることはなく、むしろ一回攻撃する度に数回ほどカウンターを入れていく。

 

 どちらが優勢かは、明白だった。

 

『ガハッ! クッ、何故だ! 何故あの人間と融合していない状態のお前に俺が負ける!?』

『おいおい、本当に寝ぼけてんのか? 俺達は元からそういう種族だろうが』

『何ぃ!?』

 

 激昂して聞き返すキルバスに、エボルトは深くため息をついて呆れを表す。

 

 弟に見下されていることにキルバスはカッと怒り、拳を放つ──前に、ハイキックを入れられて地面に顔面を打ちつけた。

 

『おごぁっ!?』

『俺達ブラッド族は、たとえ血族であっても他者を必要としない。協力することはあっても、助け合うなんて言葉は存在しない概念だ』

『ぐ……!』

『確かにシュウジは大切で強力な相棒だった。だが忘れたか? 俺達ブラッド族の、使命を』

『使命だと……?』

『──星を狩り、食い尽くす。それが生まれたその瞬間からブラッド族の中に根付く宿命だ』

『っ! エボルト、貴様まさか!』

『俺がこの50年、ただ地球でだらだらとしていたと思うのか? 何百、何千の星を喰らったと思う?』

 

 嘲笑を含んだ声音で、エボルトはキルバスに告げる。

 

 シアがそうしたように、自分もまた他の星を数多く食らい、その力を増したのだと。

 

 その力は──とっくに、エヒトの犬に甘んじたキルバスなど超えているのだ。

 

『馬鹿なっ、この俺が、お前よりも弱いだと!?』

『自分が誰より強いなんて勘違いは、そろそろ終わりだ──俺の敵に回ったのが悪かったな』

『ぐぉおっ!?』

 

 エボルトが手をかざすと、赤黒いエネルギーによってキルバスが浮き上がる。

 

 強力なエネルギー拘束にもがくことすらも許されずに、キルバスは呻き声を漏らした。

 

『兄弟のよしみだ。一撃で殺してやる』

『こんなっ、こんなことがぁ……!』

 

 ゆっくりと、エボルトはドライバーのレバーを回す。

 

 不気味な音楽が流れ、エボルトの体にエネルギーが満ちていった。

 

 

《READY GO!》

 

 

『あばよ。今度こそ魂まで消えてなくなれ、クソ兄貴』

『エボ、ルトォオオオオオオオオオオォオオォオオオオ!!!!!』

 

 

《 ブラックホールフィニッシュ! Ciao(チャーオー)? 》

 

 

 叫ぶキルバスに、躊躇なく極大のエネルギーを纏った一撃が炸裂する。

 

 空中に赤い火の花が咲き乱れ、特等席にいたローグ達が大きなその炎を見上げた。

 

 やがて爆炎が消えた時……キルバスは、どこにもおらず。

 

 

 

 あまりに呆気なく、蘇った赤い凶星は消えた。

 

 

 

『やれやれ。これでブラッド族は俺一人、正真正銘絶滅種になっちまったぜ』

『じ、自分で殺しといて……』

『相変わらず怖い人やわぁ……』

『……助けられたことは確かだ』

 

 立ち上がったローグは、エボルトに歩み寄る。

 

 こちらに体ごと振り向いたエボルトは、ポンとローグの肩に手を乗せる。

 

『十分休憩したな? じゃ、後は頑張れ。あの黒い奴らはまだまだいるぜ?』

『……ああ』

『ま、心配すんな。頑張れば、ちゃんと終わるさ』

『『『?』』』

 

 その言葉に首を傾げるローグ達。

 

 

 

 

 

 彼らを放っておき、エボルトは空を見上げるのだった。

 

 

 

 

 




次回は別の人物達を。


読んでいただき、ありがとうございます。
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