楽しんでいただけると嬉しいです。
三人称 SIDE
「おいっ、くたばったやつはどれくらいだ!?」
襲いかかってきた使徒の大剣を弾き、鞭のようにしなる剣撃で斬り殺したガハルドは怒号する。
「ぜ、全体の二割といったところです! 他にも重軽傷者多数! ですが、まだ死んではいません!」
「ならいい! あの化け物は放っておけ! それより動き始めた使徒共を警戒しろ!」
「了解!」
副官が他の帝国兵に通達をしながらも戦闘に集中し始めたのを見届け、ガハルドは空を見る。
あの青い怪物が現れてから、これまでジッとこちらを観察していた使徒達がまた動き始めていた。
どうやらあの怪物の攻撃範囲や威力、反応速度などのデータを集め終わったようだ。
何より、その件の怪物はさながら地形ギミックの如く棘や触手の雨を降らしているのだ。
「くそったれが、本当に神話のレベルの戦いになりやがった!?」
見たことも聞いたこともない敵に、ガハルドは悪態をつきながら笑った。
口を動かしながらも、上から唐竹を見舞ってきた使徒に受けると見せかけてフェイントを行い、胴体を両断。
目を見開いた使徒が機能を停止し、そのまま落ちるのも構わずに新たな使徒へと狙いを定めた。
「てめぇらっ、ビビってんじゃねぇぞっ! 雄叫びを上げろ! 屍になろうが戦え! この戦場は、〝神話〟だ! てめぇら全員で紡ぐ物語だ! 後世の連中に伝説を残したくねえのか!」
全力で怪物の攻撃を回避しながら、ガハルドは声を張り上げる。
あの生物の出現で心が疲弊していた兵士や傭兵達は、死に物狂いで戦いながらその言葉に耳を傾けた。
神話。ああ確かに神話だろう、世界の命運をかけた戦場に、自分達は今立っているのだから。
「幻視しろ。てめぇらの背に誰の姿が見える!? てめぇらが倒れた後は、そいつが死ぬんだっ! 許せねえか? 許せねえだろう!? なら殺意を滾らせろ! 使徒だろうが何だろうが、敵の尽くを滅ぼし尽くせぇ!」
力強い言葉とともに、その証明をするようにガハルドは使徒をまた一人両断した。
ガハルドも鎧の下に纏う〝
彼に与えられたのは、より強力な変換効率50%の一着。特別扱いというのはなにかと士気を高めるものだ。
特にそれが、各軍において多くの兵士を率いる指揮官であるのならば尚更に。
『──まだ生きているか、ガハルド殿』
「ああっ!? こんだけ怒鳴ってて、テメェには死んでるように感じるのか!?」
その時、耳につけた〝念話石〟のイヤリングから聞こえたベルナージュの言葉に大声を張り上げる。
『それだけ言えるならまだ平気だな。それで、あの生物はどうなっている?』
「あいも変わらず大暴れしまくってるに決まってんだろ! で、打開策の一つでも考えついたんだろうな!?」
『──ああ』
その言葉に、ガハルドはほんの一瞬動きを止めた。
それを見抜いた使徒が首を刈り取りに双大剣を左右から振るい、「うぉっ」と慌てて躱す。
(無理矢理)改造された愛剣の柄頭を引き出し、叩きつけるように中に戻してエネルギーを充填。
《ヒッパーレ! ディストラクショック!》
「オラァッ!」
魔力衝撃波を刀身に纏い、高速振動させることで爆発的な破壊力を付与する一撃。
股下から真っ二つにされた使徒から降り注ぐ新たな血が、さらにガハルドへ力を与える。
「危ねえ……で、空耳か? あのふざけた野郎を倒す手立てがあると聞こえたんだが?」
『正確には我々の手で、というわけではないがな』
「ああ? そりゃどういう──」
──直後、ガハルドは凄まじい力を全身で感じ取る。
一瞬で鳥肌が立ち、本能的にその発生源を察知して空を見上げた。
そこには、いつからか時計盤を模した〝門〟が存在していた。
そして、左右へと開いたその向こう側から──桃色の落雷が戦場へと落ちたのだ。
桃雷は使徒の天幕を突き破り、咆哮と死を撒き散らしていた怪物へと降り注ぐ。
「グガァァァアアアァア!?」
「な、なんだ今のは!?」
「排除します」
「邪魔だっ!」
目の手に現れた使徒を一撃で殺し、ガハルドは初めて自分から怪物の方へと近づく。
幸いにも落雷の付近の使徒達は回避して空へと移動しており、比較的簡単にその場所にはいけた。
そして、そこにあった光景とは──
「………………………………」
「……人間、か?」
片膝をつき、握った拳を地面につけた、いわゆるヒーロー着地の姿勢で下を向いている人物。
女性らしい流線を描く体の表面を先ほど見たのと同じ桃色の雷が伝い、それが落雷の正体だとガハルドは悟る。
「……ちょっと膝痛い」
やがて、ゆっくりと立ち上がった女の第一声はそれだった。
ぴこぴこ、とピンクの頭髪の上に乗ったウサミミが揺れて、ガハルドは神妙な顔になる。
「南雲ハジメの連れてた兎人族の女の一人……か?」
見覚えのある人物──ウサギと似た容姿をした、しかし彼女よりも大人びた見た目の女。
奇妙な服……ガハルドは知らないが、チャイナ服……を着た彼女は、自分が弾き飛ばした怪物を見る。
相当な威力だったのか、体の至る所に穴を開けていた怪物はそれを修復して立ち上がっていた。
「ゴロズゥ! グォァアアアアアッ!」
「……そこのおじさん、離れて。邪魔」
「お、おう?」
怪物の殺気と、ガハルドになんの興味もなさそうなトーンの一言に、思わず言われた通りに下がる。
とはいえ見逃すこともできず、空に戻った使徒達を警戒しながらもその女から目線を外さなかった。
「シアと、ユエに先を越された。早くハジメのところにいかなきゃ」
「ガァアアアァアアァアアッ!!!」
むすっとした顔で呟く女──未来から来たウサギへ怪物が攻撃を仕掛ける。
鉤爪のように先端が鋭い無数の触手と、両腕を武器に変形させた怪物自身が突撃してきた。
対して、ウサギはゆっくりと静かな動作で八極拳のような構えをとり。
「──戦闘用義体、起動」
グッと両手の拳を握った瞬間、胸から全身に流れたラインから桃雷が迸った。
目を見開いたガハルドは、次の瞬間ウサギの体に起こったことに更なる驚愕をすることになる。
ガシュンッ!
なんと、ウサギの両腕が肘から手首にかけて四つに割れたのだ。
裏側には超小型の丸い噴射口が大量にあり、そこからは桃色の魔力が激しく噴射されている。
次いで両足もが展開し、足裏とかかとから大型の噴射口が顔を出した。
(こいつ、体そのものがアーティファクトだってのかよ……!?)
ガハルドが息を呑んだ、直後。
ついに眼前に到達した怪物の触手がウサギの姿を覆い隠し──
「〝桃雷兎壊〟」
怪物の全身へ、万の拳が叩き込まれた。
その速度は光に並び立ち、拳は全てがほぼ同時に怪物に到達する。
怪物の体は砕け、弾けて──やがて、雷の拳に耐えきれずに溶解した。
「あなたはもう、死んでいる」
「ゴ、ォア、ァァアアアアアアァアッ!!?」
怪物が悲鳴のような叫びをあげる。それが断末魔となった。
ウサギの攻撃が終わると同時に、怪物の体はドロドロと溶解していく。
三秒程度で、地面の上に広がるただの青い水たまりになった。
それを見届けたウサギは手足を元に戻し、一部始終を傍観していたガハルドが唖然とする。
「おいおい、嘘だろ……? 俺達が手も足も出なかったバケモンを、瞬殺かよ……」
「……ん、いい調子。流石はハジメの設計図を元にしただけはある」
自分が倒した相手が常識を大きく外れた怪物であったことなど、全く意識していない。
己の魂を融合させた
「──新たな脅威を認識。排除します」
しかし、その怪物を倒そうとも空の無数の使徒が撤退するわけではないのだ。
「っと、こいつらもいるんだったな……!」
身構えるガハルドと、戦場の帝国兵や傭兵達。
「……しばらく、ハジメと再会するのはお預けかな」
ウサギもまた、やや残念そうにしながら拳を握りしめた。
●◯●
竜人族は、空の覇者である。
その逞しき翼は力強く、勇壮なる姿は何者にも劣ることはない。
だが口惜しいことに、彼らのその矜持はたった一匹の怪物によって穢されていた。
『っ、来ます!』
『備えろ!』
「イィイイイイイイイァアアァァアアアアッ!!!」
完全武装した竜化状態の彼らに、神速と言う他にない速度で夕焼け色の影が迫る。
兜に付与された〝先読〟が発動し、その進路上にいた竜人達は回避行動を取ろうと体を捻る。
しかし、その時には既に自慢の翼や、あるいは胴体を二つに断たれて地面へと落ちていった。
鎧の〝金剛〟や〝衝撃変換〟が発動する前に絶命させられた同胞達に、アドゥルらは忌々しくそれを睨みつける。
竜人達に高速攻撃を仕掛けた影は、一度減速して大きな体を現した。
その姿は言うなれば、〝コウモリ〟だ。
乱杭歯と釣り上がった白い目のついた頭部、それに細枝のような胴体以外は、ほとんどを夕焼け色の翼に変形させている。
薄く強靭なその翼は刃となり、そこに竜人達をも凌ぐ凄まじい速さが加わればまさしく空飛ぶ凶刃。
おまけに定期的に地上に向かって棘を飛ばしており、空爆の様相をも見せていた。
「空ばっか飛んでんじゃねぇぞごらぁあああああああああああああ!!!」
「降りてこいやこの鳥野郎ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
実際、筋肉の鎧の上から更に鎧を着たバケモノ達が凄まじい形相で怒り狂っている。
味方の兵士も敵の使徒達もギョッとし、ついでのようにその隙を突かれて使徒は殴り殺された。
彼らの怒りは、竜人族達とて同じことだ。
『怯むな! 我らが五百年の雪辱、あの程度の相手に負けるものか!』
かつて、神の思惑により迫害された。
かの地獄を生き残り、悲しみと憎しみに耐え凌いだ者。
隠れ里で生まれ、存在そのものを隠しながら生きなければならない息苦しさに嘆いた者。
皆が積もりに積もった想いを胸に、ベルナージュの合図と共に使徒達を殲滅せんがため飛び立った。
数多くの人形を屠ったというのに、こんな醜い化け物一匹に負けるというのか。
否、否! そんなことは断じて許せぬ!
たとえ悉く滅ぶとも、あの化け物と一匹でも多くの使徒を噛み砕いてやろうぞ!
『私が先陣を切る。〝竜鱗硬化〟ができる者は全力で身を固め、奴の攻撃に備えろ。少しでも足止めをし、あとは一斉にブレスの集中砲火を食らわせて奴を焼き殺す』
『アドゥル様、それは……』
『ふっ。あの日、息子夫婦を救えなんだ老骨にも、まだ見せ場があるとはありがたいことよ』
落ち着き払った瞳で傍にいる赤き老竜に、傍らにいた藍色の竜……リスタスは目元を歪める。
いくらあの憎々しい小僧の鎧や不思議な食べ物で力を増していても、あれに追いつけるはずがない。
アドゥルはそれを分かっていて、自分を第一の盾にするつもりなのだ。
『できればティオと、あの青年との子供の顔でも見たかったものだ』
『……私は、あいつを認めません』
『はは、若いな。それだけに……惜しいことよっ!』
その言葉を最後に、アドゥルは集った他の竜人達と共に夕焼けの怪鳥へと羽ばたく。
数百メートル下にある戦場に轟くほどの咆哮をあげ、竜の大群が一匹の敵へと向かっていった。
何事かと、人類の戦士達の何割かが見上げる中で、全身に猛々しい炎を纏ったアドゥルは牙を剥く。
『貴様の翼を捥いでやろうぞ、神の作りし醜き怪物よ!』
『『『『ゴァアアアァアアッ!!!』』』』
「アアァアアァァアアアアッ!!!」
竜人達の咆哮にも劣らぬ、発狂して怒り狂った時のような金切り声を上げて怪鳥が降下する。
その軌道は間違いなく、アドゥルを初めとして鎧の下に第二の鎧を纏った竜達を両断するものだった。
「させぬよ」
その間に降り立った、黒い飛行体が行手を阻む。
聞き覚えのある声にアドゥル達はギリギリ停止し、怪鳥は飛行体から鋭く伸びた何かによって弾かれ。
両者の間に開いた距離のちょうど中間で、平安貴族の乗り物の箱だけを取り外したような物体が鎮座した。
『今の声は……』
「まったく。お祖父様ともあろうものが、少し短絡的ではあるまいか?」
ゆったりとした、どこか色気すら含む艶やかな声音がその乗り物から響く。
アドゥルが竜状態の大きな瞳を見開くと、箱に光の亀裂が走り、花開くように四方へ広がる。
中から姿を表すは──龍と赤い月、飛び交う二匹の兎や天使が描かれた、絢爛な着物に身を包んだ女。
髪は飾りや簪で芸術品のように装飾され、それでいて過剰ではなく、艶めく黒髪に見事に調和している。
さながら花魁のように華々しい装いをしたその女は、顔を隠していた扇子をパチリと閉じ。
カッと黄金の眼を輝かせ、紅のひかれた美しい唇を開いた。
「このティオ・クラルス。たかがエヒトの不細工人形ごときに祖父が殺される様など、見とうない」
『──ティオ、なのか?』
「まあ、今のお祖父様が知る妾より50は歳を重ねているがの」
意味のわからないセリフに面食らうも、全身から妖艶さを放つティオに若い竜は魅入ってしまう。
特にリスタスなど、戦場のど真ん中だというのに、竜の顔でもわかるほどにぽかーんとしていた。
けれど次の言葉に、すぐ正気に戻されることになる。
「さて。妾達のことを25年も放っておいてくれたご主人様を驚かせてやろうと、精一杯めかし込んだのはよいものの。一族の危機とあらば助太刀しないわけにはいくまい」
ハッとしたリスタスや竜達がハジメの顔を思い浮かべ、苦々しい気持ちになる。
アドゥルや年長者の竜がやれやれと思う中で、ティオは魔法生物を細めた目で睨む。
「我が同胞の命を奪った罪。貴様の命一つではとても贖えぬが、手向けにはなるじゃろうて」
「イィイイイイイイイァアア!!!」
元はアベルの怒りの一部たる魔法生物は、ろくに意味を理解もせず再び飛翔した。
はぁ、と色気のあるため息を一つ。身構えるアドゥル達の前で、ティオは呆れた眼差しを送る。
ゆっくりと腕を上げ、頭にある簪の一本を引き抜く。
それを、白くきめ細やかな掌に乗せ。
「ふっ……」
細長い簪が、ティオの手からこぼれ落ちる。
東洋の龍が彫り込まれた、金色の美しいそれは煌めきながらくるくると宙を舞い。
「変生せよ、我が僕。〝朧龍〟」
ドクンッ! と簪が震える。
不思議な波を空間に立たせたそれを、構わず諸共破壊せんと怪鳥は飛び。
グォオオオオオオオオオ!!!!!
一瞬にて膨れ上がった簪が変貌した、百メートルを越える大龍が大口を開いた。
気がついた時にはもう遅く、制止しようとした怪鳥はバクンと閉じられた口の中に閉じ込められる。
「アアァアアァァアアアアッ!!」
絶叫した怪鳥は、暗闇の中でやたらめったらに暴れまわって逃れようとした。
だが、いくらその翼で切り裂こうとしても、無数の棘を発射しても、奥の手の〝抹消砲〟を吐こうと。
仮初の命だとしても、かの竜女が作り出した龍に全く通用などせずに。
やがて、ボコリボコリと音を立てて縮小していく周囲の空間に怪鳥は怒りの咆哮を上げ、さらに暴れるものの。
プチュッ、と小さく音を立てて潰された。
「ふむ。いささか手加減をしすぎたと思ったが。むしろ過剰であったの」
元に戻って手の中にやってきた簪に、ティオは薄く笑う。
その出立ちも相まって、まさしくかの魔王ただ一人のためだけに存在する、恐ろしき花魁だった。
簪を頭に戻すティオを見て、自分達などよりも遥かに強大な龍を、たかが髪飾りから作り出したことにアドゥル達が戦慄する。
同時に、あれは自分達の知っているこの世界のティオではないことをなんとなく感じ取った。
「さてと。あとは煩わしい銀の小蝿達さえ駆除すれば、ご主人様もゆっくり休めるじゃろうて」
なおも大穴から出現している使徒達を見上げ、ティオは妖しく笑った。
●◯●
「キィェアアァァアアアアッ!!」
「──ッ!」
カムは、目の前で起こっていることに見入っていた。
そこにいるのは、毒々しいピンク色の怪物──アベルの解き放ったシンビオートの一体。
他の個体と同様に突然現れたそれが、早々に冒険者や傭兵達の命をあっさりと刈り取る。
その中には、元聖教教会神殿騎士にして愛子護衛隊隊長であったデビッド率いる〝女神の騎士(自称)〟達もいた。
使徒以上の脅威と瞬時に判断し、カムは部下達と共に誘導。こちらの戦力から引き離すことに成功。
同時にこれだけの使徒がいるにも関わらず、大して重要でもないここにアレが投入されたことを疑問視した。
弱体化を差し置いても違和感を感じ、戦場に散った部下達に確かめた所……至る所に同じ生物が出現していることを知る。
故に自分だけを残し、部下達を各地の増援に向かわせると、パル達狙撃部隊の援護だけを頼りに立ち向かった。
結果は、惜敗。
帝国の件以降、更に鍛錬を重ねて暗殺術と隠密の技、そして単純な肉体的強さを研ぎ澄ませたカム。
しかし、異様に長細く、カマキリのように鋭い両腕と額に触覚を持つその生物はカムの隠密をも見破った。
それでも元は最弱種族などとは誰も信じない戦いぶりを見せたものの、惜しくも敗北。
片脚に大きなダメージを受け、いよいよ装備も尽きた。
いっそ潔く生物の刃腕を受け入れようとした──その時。
「キュエアアアァアァァアア!!」
「──っ!」
一際大きく叫んだ怪異に、カムはくわっと目を見開く。
多分に怒りを滲ませた絶叫と共に、刃腕の鋭すぎる乱舞が振るわれる。
しかし、怪異もカムも一秒たりともその空間から目を離さずに、限界まで意識を集中した。
プシッ
だが、気がついた時にはそんな音が小さく響いていた。
怪異の左腕の肘から先が、前触れなくゴトリと腕から離れて地面に落ちる。
そのことにカムは息を呑み、怪異はより一層苛立たしく、怒り狂った声音で叫び散らした。
(……私としたことが、また見えなかった)
いいや、気がつけなかったと言うべきだろうか。
カムは、間一髪のところで自分を救った見えないその〝誰か〟を、怪異を外側から観察して見つけ出そうとする。
しかしその〝誰か〟は、彼らを嘲笑うようにおくびも気配を漏らさずに飛び回っていた。
「ギィイイイアアア」
腕を接合しようと、そちらに顔を向ける怪異。
その意識の穴を突いたように、また音が響いて……怪異の右足が離れた場所へと斬り飛ばされる。
「アアアアァアアアアアアア!!!」
いい加減にしろ、と言わんばかりに絶叫した怪異が、背中を隆起させて更に二本の刃腕を生やした。
それを滅茶苦茶に振るい、流石にカムも呆けているのでは巻き込まれるのでなんとか後ろに飛ぶ。
しかし、負傷した脚の痛みで少し挙動が遅れ、その胸に刃腕の切っ先が届きかけた。
ドパァンッ!
その時だ。どこからともなく赤い弾丸が飛来し、カムに迫る凶刃を弾いたのは。
弾丸は目を見開くカムを守るだけに留まらず、硬質化した刃腕で跳弾すると怪異の乱撃の内側に侵入。
そして、刃腕の軌道を読んでいるかのように内側で跳弾を繰り返し、ついに怪異の片目を貫いた。
「ガァアアアアアアアアッッッ!!?」
悲鳴をあげ、攻撃を中止して飛び退く怪異。
脅威が見えない敵だけでなく、遥か遠くからもやってくることを感じ取り、初めて静かに警戒する。
──その警戒の網を掻い潜り、ぬるりと怪異のもう片方の目に鋭い何かが突き刺さる。
最後に見えたのは……黒く輝く、不気味なほど美しい光であった。
「ギャガァアアアアア!!!」
両目を抑え、悲鳴を漏らす怪異。
尻餅をついたカムは、視覚不良に陥り錯乱する怪異を唖然とした顔で見ていた。
「今のは……パルか?」
最年少にも関わらず、随一の狙撃の腕を持つプレデター少年の名を呟くカム。
しかし、通信機が拾ったその独り言を聞いたパルが返した返答は違うものだった。
『お、俺じゃないです。俺達よりももっと後ろの、遠くから……』
「なんだと……!?」
バッ! と後ろを振り返り、要塞を見上げる。
すると、ネビュラガスで老眼が改善・超強化されたカムの瞳が──要塞の中心、パンドラタワーに光るスコープを発見した。
あれほどの超長距離からの精密射撃、それも連続跳弾などという神業を披露できるスナイパーは、悔しいことに今のハウリア族にはいないはず。
ではあれは誰なのかと思い、そこでハッと目の前の戦場から目を逸らしていたことを思い出す。
「──何者もいない深淵に溶けて逝け、神の人形よ」
「ギェァッ」
そして、振り返った時。
怪異の頭が、くるくると宙を舞っていた。
生首が地面に落ちるのと同時、断面から鮮血を吹き出して体が倒れる。
「な……」
「呆気ない。やはり我らがボスを差し置いて神を僭称する者の尖兵など、この程度か」
口を開くカムの前で、ようやく姿を現した〝誰か〟がしわがれた声で言う。
振り切られたその両腕には、手甲に包まれた前腕の内側から掌の方向に向けて伸びる、漆黒の短剣が装備されていた。
その人物が拳を握ると短剣が収納され、そしてカムへとゆっくり振り返る。
「──無様。我らが師に技を与えられ、同胞を率いる身で、この程度の相手に膝をつくなど」
「っ……」
170cm程度の体から溢れ出る尋常でない殺気に、その言葉が正論なこともあってカムは口を噤む。
老人と言って差し支えない声音は冷たく、固い。それでいて背筋はしゃんと伸び、黒い装束に包まれた体は逞しく。
深く被ったフードから露出した、白い髭が丁寧に整えられた口元は横一文字に結ばれており。
そして、
「……我が師、北野シュウジ殿に並びうる暗殺者とお見受けする。助命、そして御高説痛み入った。我が名は深淵蠢動の闇狩鬼、カームバンティス・エルファライト・ローデリア・ハウリア。同族よ、名をお聞かせ願いたい」
「──名など無い。光を憎み、闇を司る。我こそが無、真の暗黒である」
これでもかと塾考して考え出した名乗りをキメたカムは、その人物の言葉に激しい衝撃を受けた。
凄まじくイタッ……格好いいセリフに、カムの厨二心が非常にくすぐられた。
すなわち……この暗殺者、デキるっ! と。
「しかし、私もまた修行の身。かのお方に並び立つことはできておらぬ」
「なんと、貴殿ほどの暗殺者が……!」
「カームバンティス・エルファライト・ローデリア・ハウリアよ。此度の敗北を糧に、貴様も己をさらなる修練にて──」
『あ、ちょっといいですか』
畏敬の念がこもった目を向けるカムに、どことなく若干偉ぶった口調で語っていた男。
フードの中にある方の耳に響いた、中年くらいのワイルドな男の声にピタリと言葉を止める。
「……なんだ、〝
『
「バッ、おまっ、パル! 先にそれを言わんか!」
「……?」
突然超然とした態度が崩れ、何かにひどく慌てだす男にカムは首をかしげる。
不思議そうにしている筋肉ダルマを一瞥し、「くっ、ここまでか」と呟いた男は踵を返した。
「と、とにかく、これを期により一層修行にはげんで……」
『族長、時間切れです』
「だから先にそれを言えとぉ!?」
「どっせーい、ですぅ!」
空から、何か降ってきた。
淡く輝く青いその何かは、慌てふためいていた男の頭に槌を振り下ろす。
ある生物に食らわせたのに比べれば断然マシな威力だったが、地面を陥没させて男を埋めるには十分だった。
ポカンとするカムの前に着地したその女──シアは、戦鎚を肩に担ぐと男に呆れた目を向ける。
「まったく、やっと見つけましたよ。世話係から連絡が入って良かったですぅ」
「シ、シアなのか?」
「あ、どーもですこの時代の父様。そういえばこの頃はまだ筋肉モリモリマッチョマンでしたね」
こっちはこっちで訳が分からずオロオロしていたカムに、文字通りすっ飛んできたシアが軽い調子で挨拶した。
それから地面に這いつくばっている男を、「よいしょっと」と片手で持ち上げ、そのまま反対の肩に担ぐ。
「わ、我が娘よ……どうしてここに……」
「もうすぐ100歳のくせに
「ま、待て! それだけは勘弁してくれぇ!」
「はいはい、父様だけはさっさと元の時代に送り返しますから。あ、パルくんはそのままいてください。そろそろ他のみんなも来るでしょうし」
『了解だぜ、姉御』
「じゃ、私はこれで。この時代の父様もあんまり無茶しちゃダメですよー」
「あ、ああ……」
終始軽く済ませたシアが、地面を蹴って飛び立った。
それを見上げ、カムはしばらくの間その場に座り込んでいたのだった。
次回はクラスメイト達の方ですかね。
読んでいただき、ありがとうございます。