その最後を飾るのは、やはり彼女。
楽しんでいただけると嬉しいです。
三人称 SIDE
「こちら司令部! 聖歌隊への応援を至急要請する!」
エボルトが戦場に赴いたのを見届けたのも束の間、ベルナージュは声を張り上げる。
あの外道が誰かのために戦うの言ったのだ。今度こそ自分も、民を守らねばならない。
二人のやりとりを呆気に取られながら見ていた司令部の人間達も、顔を引き締めると各軍に連絡を始める。
しかし、結果は芳しくなかった。
なにせ、第一波のほぼ三倍だ。未来軍の助力で劣勢ではないものの、相手の攻撃も相当の勢いになっている。
各々があまりに強大な力を持つ彼女らを加え、ようやく拮抗。その事実でどれだけの猛攻かわかるというもの。
「っ、やはり私が出るか……!」
ベルナージュには、未だかつての力の一部が残されている。
肉体が滅び、魂と成り果てても、完全体のエボルトを圧倒した実力を腐らせないようにしてきた。
今もコクレンの黒波に対抗しているエボルトには悪いが、状況が状況だ。
使徒達と聖歌隊の距離は、残り五百メートルといったところ。これ以上迷う時間はない。
使徒の数体程度は屠れるだろうと、いよいよ覚悟を決めて立ち上がる。
「──〝絶禍〟」
そんな彼女の決意を押しとどめるかの如く、戦場に新たな声が響いた。
使徒の真上に、巨大で真っ黒な禍ツ星が突如として出現する。
途端に、聖歌隊へ猛スピードで迫っていた使徒達はそこへ吸い寄せられるように体制を崩していく。
三度、ベルナージュが呆然とする前で──禍ツ星のさらに上空から、暗雲を突き破って現れるモノ。
それは、巨大だった。
それは、漆黒だった。
それは、グロテスクで──恐怖そのものをカタチにしたような姿だった。
その怪物は、無数の金属の騎士を引き連れ、堂々とした佇まいでそこへ降り立ったのだ。
天空を見上げた全員、使徒達ですらその悍ましさに元々白い顔を蒼白にする。
「〝崩軛〟」
そんな使徒をより恐怖のどん底へ落とすかのように、おどろおどろしい声が響く。
次の瞬間、まるで弾き出されたピンボールのように禍ツ星ごと使徒達が彼方へと吹っ飛ばされていき。
それでハッと我に返った、神軍への応戦を再開していた地球組が、ほぼ衝動的に口を揃えてこう叫んだのだ。
「「「アィエエエエエエ!? エイリアンクイーン!? エイリアンクイーンナンデ!?」」」
そう。それは彼らの知るホラー映画のモンスターに酷く似ていたのだ。
突然、女王がいるのであればそれを守る兵士が、子供がいるわけで。
「「「「「「「キシャァアアアァアアァアアアァアッ!!!」」」」」」」
地平線の彼方。方向で言えば──ライセン大峡谷のある方角から現れたる、〝黒〟。
コクレン達にも似たそれらは、地を鳴らし、揺らし、響かせながら、四肢を振るって走り続ける。
やがて、先頭が動きを止めていた魔物やコクレンに到達し。
「「「キシャァアアアァッ!!!」」」
「「「グギャァァアアアアッ!??」」」
始まるは、蹂躙。
本能的に剣を構えていた人類軍の間をすり抜け、ゼノモーフ達は次々と神軍に食らいつき始める。
明らかに人間側ではない見た目をした怪物達の助太刀に、大多数の戦士が動揺して立ち尽くした。
瞳のない彼らが見据えるのは、己が女王が敵と定めた銀の羽虫と、黒いゴキブリ達だけだ。
「………………あれは、なんだ?」
「……わ、わかりません。ただ一つ、敵ではない、ということだけしか」
同様に立ち尽くし、呟くベルナージュに困惑している司令部の一人が返す。
この数十分で状況が二転三転しすぎて、彼らも割とお腹いっぱいなのだ。
だが、それでギブアップするのはまだ早い。
女王の周りを取り囲んでいた金属の騎士達──ゴーレム軍団が、第三の援軍として参戦する。
数体を護衛のように残したその黒軀の一部、光沢のある兜のような頭部に更なる変化が起こった。
水面のように波打ち、その内側から引き摺り出される様に浮かび上がってきた円盤の上には、一人の女が。
腕を組み、仁王立ちしたその女の容姿は非常に美しいものだった。
透き通るような白肌、ポニーテールに括られた金糸の髪、フリルがふんだんにあしらわれたドレス。
いったい誰だと、女王の頭部にまで行き届く視力を持つ者達が不思議がる中で。
パチッと、双眼を見開いてサファイアブルーの瞳を露わにしたその美女は。
「やほ~☆ 絶体絶命、最高のタイミングで現れる、世界のアイドル、ミレディちゃん参上ッ! 流石、わ・た・し♪ 空気の読める女! 連合のみんな~、惚れちゃダ・メ・だ・ぞ♡」
そう、非常にウザったらしいキャピキャピとした声でテヘペロピースを決めた。
戦場の時が止まる。
同時に、面白いくらいに全員が言いようのないイラッとした顔へと変わっていく。
「イェーイ、度肝を抜く作戦大成功⭐︎ いいよいいよ〜、その間抜けな顔! ミレディちゃんはとっても愉悦を感じちゃってま〜す♪」
人類軍、神軍双方の苛立ち度が跳ね上がった。
それさえも楽しそうにケラケラと笑ったミレディは、スッと一転して冷静な顔で人魔入り乱れる戦場を俯瞰する。
人、兵器、魔物、スマッシュ、仮面ライダー。
さらには、未来より来たる最強の援軍。
「いやはや、こっちに向かいながらエボちゃんに事情は聞いてたけど。これは相当カオスなことになってるね〜……とにかく、ミレディちゃんは精一杯暴れちゃえば良いんだよねっ⭐︎」
頑張るぞ⭐︎などと両手を握って言ったミレディは、左手を腰に当てると握ったままの拳を振り上げる。
そして、地上で憎きエヒトの軍勢を蹂躙しているゼノモーフ──自立成長型生体ゴーレム達に叫んだ。
「我が子達よ! 数千年の雪辱、同胞達の無念! 哀れにも神に弄ばれたかつての人々が為! 今こそ力を示せ! 悪しき神の魔の手を食い千切り、臓物を引き裂き、骸を踏み潰せ! 報復せよ、蹂躙せよ、虐殺せよッ!!」
「「「キシャァアアアァアアァアッ!!!」」」
女王の宣誓に、一際強く応えたゼノモーフ達が勢いを増していく。
我らが王がお望みならば、存分に暴れよう、存分に喰らおう、存分に踏み潰そう。
それこそが、我らがこの場にいる存在意義なのだから。
……そして、もう一つ。
彼女の言葉に応える存在が、ここにはいた。
オォオオオオオオオオォッ!!!
「ッ!?」
突如として、背後から吹き荒れる豪風と咆哮。
下の本体から分離した、頭脳体であるミレディの体を圧倒的な魔力が包み込み、全身に戦慄が走った。
その発生源たる、自らの背中に出現した何者かに振り返り──ミレディは、言葉を失う。
「……フィー……ラー…………?」
《──我が創造主が一人。天滅ぼす方舟アーク、遅ればせながら馳せ参じた》
その豪壮たる龍は、明確な言葉を話した。
ミレディが知っている醜い黒獣は、どこか哀しげに鳴くだけだったというのに。
それどころか、他の解放者達と共に穴蔵の中に閉じ込めたというのに、創造主と言ってくれた。
そのことに、不思議とミレディの中に得体の知れない感覚が駆け巡っていく。
やがてその情動は、つー、と頬を伝う雫となって形に現れた。
「あ、あはは。私らしくないなあ、感極まって泣いちゃうだなんて…………」
どこか自虐するように、不器用に笑いながらミレディは涙を流す。
アークはじっと、知性を称える瞳で静かにそれを見ていた。
「……でも、うん、そっか……君は、ちゃんと君を大切にして、こうして目覚めさせてくれたご主人様を、得たんだね」
《──是。あの日、我を葬らず封じた創造主達の温情故に。なればこそ、今一度感謝を》
「ちょっとちょっと、これ以上ミレディちゃんのプリティーフェイスを濡らさせないでくれないかな? いつからそんなキザになったわけ〜?」
《本心也。さあ、創造主よ。我が父、我が母、皆の無念を今こそ晴らさん》
「うん、うん、そうだね……さあ、いっくよ〜!」
オォオオオオオオオオォオオオ!!!
目元を拭い、元の調子で空を指差すミレディに、アークも応えて咆哮した。
その会話が聞こえていたわけではないが、人々も〝女神の剣〟たるアークの復活に雄叫びの声量を上げる。
そうして、規格外の増援によって士気が限りなく上昇した。この調子であれば、もう負けることはないと言えるほどに。
事実、みるみるうちに神軍は減っていく。
既に人類軍は半数以上が擬似天使化を遂げ、ファウストの兵器部隊にもようやく予備が投下された。
竜が舞い、兎が駆け、バケモノどもが化け物どもを喰らい、異世界の子供達が命と願いを賭け戦う。
人の手で生み出された者達が駆逐し、魔王のために時を超えた戦士達が蹂躙する。
アーティファクトに群がっているコクレン達も、既に六割がエボルトの奮闘により命を散らしていた。
もう、負ける要素がない。
「──諦めなさい。貴女達がどれだけ強かろうが、我々に勝つことはできない」
それでも使徒は冷酷に、嘲笑うように告げる。
自分達を見下ろしてくる使徒の内の一体に、双大剣で使徒の首を飛ばした香織が訝しげな目を向けた。
次々と同胞が屠られ、魔獣達も数を減らしているというのに、なおもそう言ってのけるのだ。
まさか、無感情をを売りとする使徒が負け惜しみを言っているのかとさえ勘繰ってしまった。
しかし、同じように金槍を振り払って使徒を葬ったカオリ/ミソラは目を細める。
「それは、【神域】からの増援のことを言っているのかな?」
「ご明察です。確かに、突然現れたあなた方は我々など足元にも及ばないほど強すぎる。人類や、異世界の兵器、我が主が召喚した者達も善戦しているでしょう。ですが、我々の数は無限に等しい。どれだけ優れた個人が集まろうとも、覆せない絶望が待っているだけです」
その言葉に、少しばかり香織の方が眉を顰める。
使徒の言葉がハッタリではなく、事実であることを理解しているからだ。言葉通り無限に等しい余軍があるのだろう。
次の増援は、これのさらに倍かもしれない。それどころか十倍の量を仕掛けてくる可能性もある。
だからこそ、ハジメ達がシュウジを取り戻し、エヒトを殺すまで持ち堪える以外に、こちらの勝利の法則は成り立たないのだ。
対する向こうは、途切れることのない増援をひたすらに送り、鏖殺してしまえば終わり。確かに絶望だろう。
静かに首元に横たわり、少しずつ喉元を絞め付けてくるその事実に、香織の背中をヒヤリと冷たいものが伝い──
「──あはははっ!」
だが。
カオリは、笑った。まるで年末のお笑い番組を見ている時のように、とても可笑しそうに。
今度は使徒が怪訝な顔をする番だった。何故無慈悲な事実を告げられて、そんな風に笑っているのだと。
「ごめんね、あんまり変なことを言うものだからおかしくて……案外さ、あんたらって間抜けだよね」
「何を……」
思わず聞き返す使徒に、カオリ/ミソラは正面から見ると吸い込まれそうなオッドアイを向ける。
そこに浮かぶ自信と、確信と、何より自分達を憐れむかの様な感情の色に、狼狽えて体を揺らす。
「なんです、その目はっ!」
「一人。大事な人を忘れてるんじゃない? ──私達の、最強の魔法使いを、さ」
一体何をと、その使徒が言葉の意味を優れた思考回路で解析して。
次の瞬間にまさかと目を見開いた──まさに、その時。
カッ──────────!!
空に、黄金が咲いた。
それは誰もが気がつくほどの光だった。
だから皆が、それを見上げた。
「──なんだ、アレは」
ガハルドが、呆然と呟く。
『え、えぇー……?』
『おいおい、嘘やろ……!?』
『この、巨大な、光は──』
ローグ達ライダーが、仮面の裏に表示された解析に引き攣った顔をする。
同様に、連合軍の者達が、スマッシュ達が、騎士団が、竜人族達が、プレデターハウリア達が。
漢女軍団が、司令部のベルナージュ達が、ミレディが、アークが、ホムンクルス達が、彼女らに守られるミュウが。
地球組が、愛子が、美空が、香織が、使徒達が、魔物やコクレン達でさえもが。
誰もが驚き、慄き、恐れ、あるいは心を奪われながら、等しく空を見つめる。
その中で、唯一。
「──始まりましたね」
血でより赤く染まった戦鎚を、肩に担ぎ直した天災ウサギが。
「……待ちくたびれたよ」
拳の一撃で、敵の頭蓋を割った暴れウサギが。
「ふふ。案外、長かったのう?」
四体の龍を操り、使徒を蹂躙していた竜女皇が。
『ふぃー。雑魚掃除もそろそろ飽きてきた頃だったぜ?』
新たに増えたコクレンを、ローグ達と共に滅ぼしていた星狩りが。
「……やっとか」
「お、こいつはすごいのう」
「相変わらず、規格外だねえ」
「……黄金の、光」
各々が児戯のように神軍を屠り、移動していた勇者達が。
「……皆、気を引き締めろ。これからが本番だ」
「……魔物達の準備はできてるぞ」
無数の〝兎〟を従える、血に濡れたナイフを握る黒衣の男と、指揮棒の様なものを携えたローブの男が。
「あれ、は──」
「凄い……!」
「どうやら、フィナーレには間に合ったようだな」
リベルに支えられたこの時代のルイネを伴った、未来の龍女帝が。
「タイムアップ、なの」
「結構倒せたね」
屍の山の上、背中合わせに立ちながら空のそれを見上げる星狩りと魔王の娘達が。
彼女達だけが、その時を待ち侘びていたのだと、そう笑った。
──それは、数百メートルもの規模を有する、芸術品のような眩い大魔法陣。
構成する何十もの魔法陣一つをとっても、常人には到底理解できない高度な術式が組み込まれている。
知性ある者は、己にできないものを恐れることがこの世の定めだ。
だが〝これ〟は、それ以前に魂の根底から服従してしまいそうになる、そんな光だった。
地響きの様な音を発しながら、超大規模な円環はゆっくりと、万人を虜にする光を放ち、廻っていく。
その中心に、たった一人。
この膨大な光を司る者が、手をかざす。
白布に体を包み、黄金の川の様な髪をそよ風に靡かせて、見ることも烏滸がましいほどの美貌に儚げな表情を浮かべながら。
ありえざる威容を放つ魔法陣を展開した、その天女──ユエは、真っ赤な空など比べ物にならないほど鮮烈な赤目を光らせる。
その瞳は、魔法陣と重なった地点にあるモノ──【神門】を、見据えていて。
「全使徒、コクレンに告ぐッ!!! あの女を今すぐに殺しなさいッッッ!!!!!!!」
気がつけば、その使徒は喉が張り裂けんばかりに叫び散らしていた。
本能が、全身の細胞が、作られた模造品の魂が、存在しないはずの心がつげてくるのだ。
アレはだめだ、アレだけは見過ごしてはならない。
今すぐ止めなくては──
《──させるはずがないだろう》
そんな神の人形どもへ与えられたのは、恐怖。
魔法陣の下、虚空に歪みが開き、そこから〝瞳〟が覗く。
赤い。ただひたすらに、これ以上ないほどに、悍ましいまでに、赤い瞳。
金に縁を塗られた、美しき極星の如き瞳に睨まれて、エヒトの生み出した全ての者は動きを止めてしまう。
「あな、た、は──っ!」
《神の木偶共。たとえ世界は違えども、我が愛する男を奪った罪──塵芥にも劣るその魂で贖え》
動きたくても、動けない。
目を逸らすことも許されないで、頭の中に響いた女の声に、彼女達は心底震え上がって。
そんな使徒を、魔物を、コクレンを、破滅という闇のどん底に突き落とさんがために。
「〝壊鍵〟」
魔法の名を告げながら、ユエはゆっくりと手を閉じた。
瞬間、超大魔法陣が一気に光を解き放ち、振り撒かれる光は目を奪われていた者の目を灼いた。
果たして皆が目を瞑り、顔を背けたのは、五秒か、十秒か、あるいはもっと刹那の間か。
それでもあっという間だったことには変わりない。
僅かな時の静寂を体感した後、瞼を焼く光が収まったのを見計らって、人類が再び顔を空へ向ける。
そして、消えた魔法陣の代わりに現れていた〝黄金の門〟に目を奪われた。
ギィイィィイイイイイイイイ……………………
彼らの目の前で、黄金門は両の扉を閉めていく。その中に【神門】の暗い昏い穴を閉じ込めながら。
やがて。
…………バ、タン
荘厳で重厚な音を立てて、扉が閉まる。
思い出した様に現れた、赤いクリスタル状の鍵が、門自体に対してあまりに小さな鍵穴に挿し込まれ。
ガチャリと、この星の隅々にまで届くような、とてもとても大きな音が響くその時まで。
他の音は、一切が存在を許されなかった。
「閉じ、た…………?」
「【神門】が、封印……された、のか……?」
「おいおい、嘘だろ……本当に、神が開いた門を、一人で──!?」
最初に、ざわめきが起こる。
信じられないものを見た、目を疑う奇跡を目の当たりにした時の、当然の反応だ。
やがて、少しずつ現実を受け入れた者達が、じわじわと実感を得て、その顔を希望と笑顔で満たしていく。
戦いは収束しておらずとも、歓声が上がるまでそう長い時間を用いる必要はなかった。
では、奇跡ではなく絶望を得ることになった者達は。
「──馬鹿、な」
いずれかの天使が、まるで意味が理解できないと言うように目を見開く。
理解できない。理解してはいけない。理解できるはずがない。理解などしてやるものか。
そんなことを繰り返し考えながら、天に固く閉じたその門を凝視し、心を蝕む黒いものから逃げようとするけれど。
「──ねえ。どうして、貴女達はまだ意識があるのだと思う?」
「っ!?」
背後から聞こえた冷たい声に、ビクッと使徒は肩を跳ね上げる。
全身を生まれて初めて感じる恐怖に戦慄かせながら、その怖さに顔を歪めながら、振り返り。
そこにある、ゾッとするほど美しい朗らかな笑顔に「ひっ」と悲鳴を漏らした。
「あの魔法はね、生物、魔法、あるいは星そのものでも、対象にしたものは例外なく支配してしまうの。それだけに、発動準備に途方もない時間がかかるんだけど……」
「っ、でっ、ではっ、貴女達が我々と、た、戦って、いた、のはっ!」
「そう。時間稼ぎだよ。そして【神門】ごとこの周囲全体の〝世界〟を掌握した今、【神域】から貴女達に供給される魔力もユエの思う通りにできる」
さて、とカオリは見惚れるような笑顔で手を合わせて。
「もう一回質問するね。そんな空間の中で、まだ貴女達への魔力供給が断たれていない理由はなんだと思うかな? かな?」
「な、何故、です、か……?」
「それはね──」
スッと、表情を消したカオリに。
その使徒だけでなく、答えをなんとなく察した隣の香織までもがチビりそうになった。
「この鳥籠に閉じ込められた貴女達を、私達が、ゆっくり、ゆっくり、ゆ────っくりと……嬲り殺すためだよ?」
あぁ、と。
そう、極限の恐怖に声を漏らした使徒が失禁しなかったのは、神の使徒としての最後の矜持か。
心が壊れた者特有の狂笑をうっすらと浮かべ、だらりと垂れ下がった両手から双大剣が滑り落ちていく。
ガクガクと、骨の髄から震える使徒に対して、また笑顔に戻ったカオリが。
「まず、その翼を引き千切ってあげる」
「ひっ……」
「次に手足を削ぎ落とす。その次は目を抉り出して、それから……」
「い、いやっ……やめ、やめてっ……!?」
「大丈夫だよ、最後までちゃんと意識は残すから。その上で、いっぱい苦しめてあげる。私達がこの五十年、ずっとずっと味わってきた気持ちの分だけ、同じだけの苦痛を、貴女達にそっくりそのまま返す」
それが、お前達がしたことなのだと。
始を、シュウジを奪い、自分たちの心をバラバラに引き裂いたのだから、その責任を取れと。
深い怨嗟が入り混じる声音で、呪詛に等しいおどろおどろしい言葉で、怨念が垂れ流されて。
「ちょっとずつ自分達が壊れていくのを実感しながら──絶望と恐怖、後悔にその心を満たしながら、死んでいってね?」
「い、いやぁああああああああぁああああっ!?」
ついに錯乱したその使徒は、無様な姿勢で背中を見せ、飛翔した。
悪鬼のようなその女の前から、一秒でも早く逃げたかったのだ。少しでも遠くに行きたかったのだ。
そうしなくては、
「あぇっ?」
結果、自分の死を早めることになると思わずに。
飛んできた黄金の斬撃波に全身をバラバラに切断され、頭だけが無事に残される。
体を失った痛みと恐怖で目を見開く頭部は、どこからか飛んできた六枚刃のディスクで両断された。
「ふふ、ちょっと脅しただけなんだけどなぁ。私達に心はありませんなんて言っておいて、思いっきり怖がってたじゃん」
「「「は、腹黒崎……」」」
あははは、とそれは愉しそうに笑うカオリ。
香織と、美空と、たまたまカオリの方を見ていた愛子が声を揃えてそう呟いた。
──程なくして。
戦場に阿鼻叫喚が響き渡る。
それは時間稼ぎのため、
彼女らは待っていた。
五十年前、心壊したシュウジと、彼の死に嘆く自分達を散々に嘲笑っただろうエヒトに、その手先に最高の形で報復する時を。
まるで鳥籠の中にいるように窮屈で陰鬱な、そんな闇に心を囚われていた自分達の気持ちを思い知らせる瞬間を。
そして、共に戦っているこの時代の人類軍がドン引きするほど、執拗に使徒や魔物達を痛めつけはじめたのだ。
使徒や魔物達、コクレンは、最初こそ怒号を上げていたものの、やがて新たな悲鳴となり、最後には殺してくれという懇願へと変わっていく。
彼女らの恐ろしい所業に戦慄しつつも、人類軍も今こそが勝機と最後の士気を振り絞って神軍に遅いかかった。
するとまた一人、また一匹、また一体と、地上から神の差し向けた者達がその命を落としていき。
悲鳴が絶えたのは、それから数時間後のことだった。
次回、ついにハジメ達の最終決戦。
読んでいただき、ありがとうございます。