そして、もう一人……
楽しんでいただけると嬉しいです。
雫 SIDE
「流石、神を自称するだけのことはあるな……」
傷だらけの南雲くんが、自嘲気味に笑いながらそう呟く。
ティオさんの邪龍を生み出す為の蠱毒で脱落した、黒竜の亡骸から厳選された素材で作られたコートは半壊。
露見した全身各所の肌は至る所が焼け焦げ、普通の人ならば発狂しててもおかしくない痛みを感じているはずだ。
「……南雲くんは回復を。私が時間を稼ぐわ」
「いや、やれる。この程度は痛みにすらならん」
側から見れば満身創痍でも、彼は変わらず獰猛な笑みを浮かべて立ち上がった。
技能で徐々に回復しているのだろうが、その強靭すぎる精神性には何度見ても驚かされる。
〝天国と地獄〟を召喚し、自らも大型のショットガンを二丁手に携えて、私に頷いた。
……ここで止めようものなら、彼の戦士としての誇りを蔑ろにしてしまうわね。
それまでと同じようにエヒトから意識を離さず、首を下に傾けることで肯定する。
彼が隣にもう一度立ち、そうして二人で睨みあげれば──エヒトは、クツクツと含み笑いをした。
『本当に、お前達はイレギュラーだ。フリードの出現で傾いた盤面を更に面白く揺らす為、異界より力ある者達を呼び込んだが……よもや本命は前座に、そしてお前達がこの場に立つとは』
……その言葉は、主に南雲くんに向けたものなのだろう。
彼は錬成師。この世界では珍しくない職業で、使う力は決して戦う為のものではない。
だが、彼は違った。
不屈の意思と無限の発想力で、〝ありふれた職業で世界最強〟の戦士として、全てを乗り越えてきた。
彼の存在はエヒトにとってはその言葉の通り、私達の中の誰よりもイレギュラーのはずで。
そして。
「それは、あの人もでしょう?」
『──そうだとも。お前達や、生きていたあの吸血姫、竜人もなかなかの異分子だったが。我にとって最大のイレギュラー……いいや、脅威はこの男だった』
初めて、エヒトは頬杖を外して自分の胸に手を置いた。
その中に隠されたシューの体を示す動作に、鋼のように硬くした心が震えるのがわかった。
『強者などという言葉では収まらぬ。神たる我が存在を直接害することができる力など、あまりに危険だった』
「……〝抹消〟、か」
「だから《七罪の獣》を召喚した。シューがその醜い魂を探し当てるより前に、殺すために」
『然り』
そのせいで、御堂さんは光輝と……あの慟哭を思い出すと、今も心が締め付けられる。
彼女の在り方は異端ではあったけれど、そんなことは関係なく大切な友人の一人であったことは確かで。
二人だけじゃない。
消し飛んだ廃墟の残骸の中で響いた、恵里を失った鈴の慟哭。
私達のことを、何より鈴のことを最後まで想ってくれながら、一人で消えてしまった龍太郎。
この世界での記憶を掘り起こしてみれば、他にもいくらだって顔は思い浮かぶ。
こんな獣にも劣る畜生が催した遊戯のせいで、私も、私の大切な人も、みんな何かを失った。
決して、許せない。
『そも、最初は単なる〝いずれ我を脅かす存在が現れるやもしれぬ〟という予感だったのだ。今より少し昔のことだがな。しかし、徐々にその予感は我を焦がす恐怖へと膨れ上がった……神たる我がそんなものを感じることなど、実に、実に遺憾である』
聞いてもいないのに、エヒトが何事か語り出す。
圧倒的に見下されているからこその言動だが、今は南雲くんの回復に少しでも時間が欲しい。
黙ってその言葉に耳を傾けると、クツクツと笑ったエヒトはゆったりとした口調で語り出した。
『我はその恐怖の根源を探し、この男を見つけた。そして、我に逆らえぬ呪いを込めた術にて、この男に悪縁を持つ奴ら《獣》を召喚した。七匹もやってきたことは嬉しい誤算だがな』
「……つまり、この世界は。シュウジを殺すためのキルボックスだったってわけだ」
「じゃあ、まさか……」
『──そのまさかだよ。我が召喚したのは、この男と、偶然見つけた貴様らの世界にて我の器たり得た勇者だ』
エヒトの告げた真実に、これ以上ないほどの衝撃を受けた。
それじゃあ、シューは最初からエヒトのちっぽけなプライドを保ち、恐怖心をかき消すために、その命を狙われて。
光輝は、叔父さんによって奈落に匿われたユエさんの代わりに、エヒトの依代として。
本当に、そんなくだらない理由で、二人は狙われたというの?
愕然としながらも、どこか自分でも恐ろしいほどに冷静な思考で言葉の裏を読んでいく。
話の内容は、大体理解した。
御堂さんの悪魔を取り込み、制御していた光輝なら、エヒトの器としての可能性はあるのだろう。
《獣》のことも、思えばカインの友だったランダさん、師匠のアベル、エボルトの兄のキルバスと、納得できる。
だったら……
『お前はこう考えているな。我に狙われたこの男、我の器たる勇者、我の刃たる《獣》。では自分達は何故、この世界に呼ばれたのだ? と』
「っ……忌々しいけれど、その通りよ」
「聞くまでもねえよ、八重樫」
この調子なら勝手に答えてくれそうだと感じていた時、南雲くんが大きく声をあげた。
隣を見ると、彼は殺意と怒りに満ち溢れた赤い隻眼でエヒトを睨みながら、語り出す。
「あのイシュタルってジジイの言葉を思い出せ。俺達の地球は、このトータスより上位の世界。そしてこいつにとって、トータスの中にいるフリードやユエ、密かに生き延びていた竜人族さえイレギュラーなんだ。ましてや、上位世界の人間を召喚するなんてミスが起こっても何らおかしくない」
「っ……!」
「俺達は、
『──然り』
また、エヒトは肯定する。
たったの一言で、先の驚愕をその数倍は強い衝撃であっさりと塗り替えられた。
『神であっても、世界の境界を越えることは至難。器なき我が身では、【神域】の外では尚更力を振るえん。結果として上の世界から引きずり下ろすことは成功したが、
「………………オマケ、ね」
正直、そんなふうに言われても三度目のショックを受けることはなかった。
南雲くん達を除けば、光輝は比肩しうる相手がいないほどの力を持っていた。
シューに至っては底が見えず、彼を殺す為に呼び出された《獣》達もまた強力無比な存在の揃い踏み。
シューと、こういう言い方は失礼だけれど変わった南雲くんがいなければ、私はここに立てすらしなかった。
だから、怒る必要もない。
「オマケ、か。そのオマケの中でも特に論外だった相手にここまで到達されてる今、どんな気分だ?」
『最高だよ。最大の脅威だったこの男の体も力も、今や我が物。これで【神域】の外だろうと別の世界だろうと、存分に力を振るえる』
楽しそうに、それでいてどこか満足そうにクツクツと元は彼のものである声で笑い。
それからエヒトは、『ああ!』と思い出したように、何ともわざとらしい声を上げた。
『ついでだ、お前達との遊戯が終わった暁にはあの器も回収しよう。元より求めていたものだからな』
その言葉を、放った時。
まるで竜巻のように南雲くんの体から立ち上った覇気に、ぶわりと髪が大きく振り乱された。
背筋に戦慄が走る。それは膨れ上がる圧倒的な殺意への怯えではなく──同じ気持ちである事への、歓喜。
「戯言も大概にしろよ、エセ神が。ユエに手を出そうものなら──殺してから一万回殺す」
「シューの体に居座っておいて、人の女にまで手を出すなんて。斬る理由が増えたわ」
『良い啖呵だ』
私達が思いを口にし、エヒトが嗤った。
『しかし、エセ神ときたか。全てを生み出し、支配する神たる我に対し、随分と大きく出たな。その根拠はなんだ? うん?』
「テメェで散々ヒントをばら撒いておいて白々しい……だがまあ、いい加減ハッキリさせたいからな」
俺達の敵が何なのか、という言葉を言外に含ませながら、南雲くんはショットガンの銃口を向ける。
まるで罪人を告発する為に指し示された人差し指のごとく、真っ直ぐに伸ばされた彼の目線。
二体の石像を伴った座する邪神は、それを真っ向から受け止めて。
「エヒトルジュエ、お前の正体はこの世界を創造し、君臨する絶対神でも、超自然的な何かでもない。俺達と同じ、
そうしてついに明かされた言葉は、奇しくもこれまでの会話から推察した私の答えと同じ。
一人狼狽えるなどという無様は見せず、先程とは異なった様で、静かに彼の言葉に耳を傾けた。
『──ほう。その不敬なる言葉の証拠、示してみせよ』
「神というには、お前の〝目〟は限定的すぎる。奈落のユエのことも、大陸の外に逃げたティオ達のことも見抜けなかった」
『それで?』
「全てを生み出し支配するというのであれば、わざわざユエやシュウジ、天之河の様に別から肉体を探す必要はないはずだ。自分で生み出せばいいんだからな」
『それで?』
「何よりも。全知全能でないはずのお前は
そう。それが何よりも引っかかる点だった。
聞けば聞くほど、エヒトには弱点とまでは呼べずとも、欠点のようなものが介在している。
その様はまるで、強い力を持っていてもそれではどうにでもできないものがある──人間、のようだった。
『──それで?』
「〝別の世界から人材を〟。その言葉が全てを物語っている。万能な存在でもなく、体がなけりゃろくにここから動けもしないのにな。ならば答えは一つ。最初から自分自身が異物だった……だ」
ある意味、私達と同じ存在。
そのことに私も、語っている南雲くん本人も苦渋の表情を隠せない。
エヒトはといえば──パチパチと、またわざとらしい仕草で拍手を始めた。
『
「人間の枠を超えた神化……か」
「……こうも腐り切れるものなのね、人って」
『そしてこの男の力を手にした今、
「何……?」
「本当の……?」
「ギィイイイ……!」
「グラァアッ!」
それはどういうことなのかと、問いかけるより前に石像達が動き始めた。
歯軋りをする様な耳障りの悪い声を漏らして、棘剣を構えながら石像の一体がこちらに殺意を向ける。
同じように、咆哮をあげたもう一方の石像が向けた怒りの目に南雲くんが引き金に指をかけた。
『さて、少しは回復したかね? そろそろ遊戯を再開しよう。せっかくだ、昔話を少々してやる。長く楽しませてくれよ? 我の話が終わる前に果てるのでは、つまらない』
「言われなくても足掻くさ、俺自身の為になッ!」
「貴方の身の上話など、興味はないッ!」
初動は、こちらが先だった。
エヒトの石像達が動き始めるより前に私は駆け出し、同時に刀の力で斥力の障壁を発動する。
その理由は、障壁を発動した直後を見計らって南雲くんが上へと撃ち放った二発の弾丸。
頭上で破裂音を放つそれはまるで散弾のように破裂し、超重力結界を二重に発動したのだ。
南雲くん曰く、並の戦車程度であれば簡単に紙のように薄くなるほどの物理・魔法的な加重が二回。
一度目で、背後で彼の人形が押さえていた光が地に堕ち、粉々に砕け散る。
二度目で石像達の初動が遅れ、おまけにエヒトの鎧にある顔のうち二つから新たに生み出された光星を破壊した。
示し合わせずとも彼の呼吸を読んだ私は、斥力障壁でその効果を逃れながら堕ちる星を避けて走る。
「ギィァアッ!!」
エヒトの力もさるもので、無理矢理に重力を振り払った棘剣の石像が飛びかかってきた。
その速度は凄まじいものであるが──先手を取った時点で、私の方が有利であることは変わらない。
「〝星描き〟」
首を刎ねる横薙ぎ、左の腕と脚切り落とす袈裟斬り、残る四肢を飛ばす斬り上げ、胴体を両断する左袈裟。
最後に返す刀でもう一度胴体を斬り捨てる、完全な軌道を描いた五連撃。
最初に防がれた時に見抜いた反応速度を超えた、対応できるはずのない攻撃だったのに。
「イァアアアッ!」
「っ!?」
奇妙な発狂を上げた石像が、同じ速度で両腕を振るってきたことで不発に終わった。
それぞれの斬撃の起点、最も力を込める一瞬前を狙い澄まして突きを繰り出してくるなんて!
瞬時に解析した迎撃の手法に目を見張る暇はなく、剣山のように不揃いな剣から放たれる一撃を躱した。
『──我の世界は、魔法を基礎とし築かれた文明の中にあった。自慢になるが、良い発展具合だったよ。人が空を飛び、一瞬で遠方と連絡が取れ、移動は転移で済ませられた。寿命でさえも魔法医療によって数百年単位で伸ばすことができた。皆が実に豊かな生活を享受していたと言える』
「ギギィアッ!」
「くぅっ!?」
石像が放つ斬撃の数は尋常ではなかった。
一撃目はこちらが先制を取ったというのに、三秒も経たぬうちに防戦を強いられたのだ。
「ギギギィァァア!!」
「なんて、理不尽なっ!」
膂力や速度、斬撃の精度が凄まじく高いことは、元はエヒトの一部だったから当然。
まるで数百人の剣豪と同時に切り結んでいるような錯覚を覚えるほどに、その石像の剣術は卓越していた。
だがそれ以上に厄介なのは、〝間の意識〟が違うこと。
どんなに腕の延長のように剣を扱えるといっても、結局それが別の物体であるのは変わらない。
その為、必ず剣の重心や体重移動、筋肉の動かし方などを意識する必要があり、熟達した剣士はこれを限りなく無意識に行える。
だが、どれだけ強くてもこの〝間〟はゼロにはできない。あるいはそれを利用することはできるだろうが。
私が見抜くのは、まさにその隙間。
相手が攻撃を繰り出す一瞬前の意識の穴を狙って、先に斬る。
特に使徒は一律にインプットされた戦闘技術を使っていたから、非常に先を取りやすかった。
何も武器を扱う者だけでなく、魔物などでも攻撃の前の〝間〟はあるので適用は可能。
それが、この敵には無いのだ。
本当に剣が体の一部だからこそ、普通はどうしても生じる〝間〟のテンポがまったく異なっている。
無論、先読みだけが私の武器ではない。
単純に術技で上回り、斬り伏せればいいだけのこと!
『しかし、盛者必衰というのはあらゆる世界の真理。理由は実にくだらないものだった。それこそ資源の枯渇や宗教的戦争などの方がよっぽどマシだという程にな。それは何だと思う?』
「「っ!」」
私も、視界の端で降り注ぐ蒼炎を巧みな銃撃でなんとか相殺している南雲くんも答えない。
答えられないの方が正しいでしょう。
エヒトの言葉に向ける意識さえも、やっと捻り出した一欠片。気を抜けばすぐに斬られる。
「アアァアア!」
「ぐ、ぅっ!」
両腕の振り下ろしを、連なる棘の隙間に刃を差し込んで受け止める。
なんとか見抜けた、最も石像の方から押し込みにくい位置に持っていくことができた。
そんな必死な私や、南雲くんを嘲笑うようにして、明朗にエヒトの声が響く。
『至ったのだ、世界の理に。世界を形作る情報に、物質に、生命に、星の力に、時に、境界に干渉できうるまでに、魔法技術が発達し過ぎてしまったのだよ。そして、そういった技術を突き詰めた人種というのはブレーキが存在しない。瞬く間に世界にその技術は広まり、世界は玩具のように弄り回され……結果、崩壊した』
棘剣が、強引に振り払われた。
拮抗が崩れる瞬間に凄まじい力で刃が軋みを上げ、即座に無拍子で自分ごと一歩引く。
斬る相手を失った棘剣は空振り、両腕を伸ばした状態の石像を見ながら刀を鞘に収め。
トリガーを引き、〝音断〟を放つ。
〝八重樫ッ! 〟
「っ!」
いざ指が鞘の引き金を押し込まんとする、その瞬間。
脳裏に響いた彼の〝念話〟、それも余裕が欠如した、名前だけを呼んだものに警鐘が思考を打ち付ける。
意識を痺れさせるほどの危機感に、咄嗟に従った私は足と指の動きを全力で止めた。
反動で激しく揺れたポニーテールが顔の横を流れて──毛先が、上から落ちてきた蒼い光に消される。
「っ!?」
「ゴァアアアアア!!」
「よそ見してんじゃねえよ、ダボがっ!」
「ギィイアアァ!!」
「くぅっ!」
こちらに攻撃を仕掛けてきたもう一方の石像、南雲くんの悪態、どちらにも反応する時間は無くて。
何かしらの重火器が使われた反響音を聞きながら、跳ね上げられた棘剣の切っ先から体を引いて逃れる。
「ホ、シ、エガ、キッ!」
「っ!!?」
次の瞬間放たれた石像の斬撃に、目を剥く。
刀を抜く暇も、無拍子を使う間も無い、五芒星を描く超速の斬撃。
驚愕を覚えながらも、後ろに傾いた姿勢で後退しながら必死に刀の柄で棘剣の五連撃をいなした。
どうにか全ての攻撃をまともに受けることなく凌ぐことができたのは、まさに奇跡だったろう。
ようやく逃れた時、四肢や喉に出来た傷が遅れて痛む。薄皮一枚の切り傷でどうにか済んだ。
一度呼吸を整えるためにもう一歩下がったところで、ドンと背中に衝撃が走る。
攻撃を受けたのではなく、温かさがある人の背中だ。誰のものであるのかはすぐにわかった。
「すまん、抑えきれなかった」
「いえ、助かったわ。これでさっきのはおあいこね」
そうだな、と呟く彼の背中越しに、随分と荒い動悸が伝わってくる。
肉が焼け焦げたような匂いまでする。引き連れていた〝天国と地獄〟もいなかった。
かなり苦戦しているみたい。それに彼は、今もエヒトが生んでいる光を阻む人形達も操作している。
そのおかげで私は横槍を案ずることなく、こうして戦えているのだ。
比べるまでもなく、彼の方が圧倒的に負担が重いのは明らか。
『理が乱され、徐々に崩壊する世界。まさしく阿鼻叫喚よ。星と共に、あらゆる生命は滅びた。一部の〝到達者〟以外は、な』
「グルゥウウウ……」
「ギィイイイッ!」
「……厄介な連中だ。最初の位置から少しも奴に近づかせてくれねえ」
「ええ。とてもやりずらいわ」
宙に浮かび、こちらを見下してくる石像を睨み上げる。
「あれは、言うなればユエの〝神罰之焔〟を物質化したようなもんだな。どんな防御も意味を成さない、対象だけを焼く焰。おまけに技も多彩だ」
「こっちもよ。それに……盗まれたわ。一度見せただけの技を」
「さしずめ、高速成長型ってところか」
『ほう、良い解析だ』
滔々と語っていたエヒトが、不意に私達を意識した言葉を投げかけてくる。
ほぼ同時に睨め付ければ、面白そうに肩を揺らしたエヒトは言葉を続けてきた。
『まずは我が力の一端を見破ったこと、褒めてやろう。〝神焔〟といってな、元は我の魔法だ。あの吸血姫も使えたようだがな』
「……ご丁寧に説明してくれることで」
『そしてもう一方だが、それにはこれまで我が悠久の時の中で使徒達に記録させた、数多の英雄の剣技を魂魄魔法で模倣し、最適化してある。名付けるならば、〝百雄倣魂〟といったところか』
「……まるで恵里の降霊術の上位互換とでも言いたげね」
でも、どうりであのような錯覚を覚えるわけだわ。
あの石像一体に、かつてこの世界で生きた無数の剣士が積み重ねた術理が詰め込まれているのだから。
腐っても理に干渉するまで魔法を極めたと豪語する、元人間の実力ということかしら。
『昇華魔法の真髄も仕込んである。お前がその卓越した剣技を放つ度、その情報を解析して強くなるぞ?』
「…………」
『ハ、言葉も出ないか。せいぜい己の全てを奪われる前に倒せるよう頑張るがいい、イレギュラー共』
「グラァアッ!!」
「ギィァアッ!!」
再び、エヒトの刺客が動き出す。
その一挙一動を見逃すまいと、棘剣の石像を注視して。
──ゾッと全身に走った怖気に、咄嗟に体を捻って南雲くんの背中に蹴りを入れた。
「うぉっ!?」
「くっ!」
彼の体が移動したのを確認しながら、私も前方に転がってその場から逃れる。
一拍遅れ、蒼炎と光が合わさった八本の槍が轟音と共に花のように咲いた。
ちょうど私達が立っていた場所の中間、それも両方の心臓や肺を貫ける位置だった。
『話を続けよう。〝到達者〟とは神代魔法とお前達が呼ぶ魔法、その真髄を一個人で扱える者達のことだ。彼らは、彼らだけは滅びゆく世界から逃れた。そう、〝異世界への転移〟だ』
「イィイァッ!」
「チッ!」
串刺しを回避したのも束の間、空から降ってきた強襲を鞘で受け止める。
体全体を使った回転斬りは芯まで響き、一瞬体が痺れてしまった。
「し、まっ……!」
「ギィィッ!」
その一瞬に、石像は左の棘剣を放つ。
歪な切先が、私の腹を貫く為に進んでいく様がまるでスローモーションのようにはっきり見えた。
ドパンッ!
響く銃声。
視界の端から緋色の光が二条飛来し、一方にもう一方が跳弾してこちらに飛んでくる。
その弾丸が、先端が肌に触れる距離まで近づいていた棘剣を横に弾き飛ばした。
のみならず彼の弾丸は、これまで強靭でいくらやっても斬れなかった棘剣を撃ち砕いていった。
「ありがとよ、八重樫ッ!」
「こちらこそッ!」
「ギィッ!」
好機を逃さず、痺れが解けた瞬間に体勢の崩れた石像へ攻勢を仕掛けた。
まず、粉々に砕け、宙を舞う棘剣の破片を見定める。
『皮肉なことよな。世界を破壊した張本人達だけは死を逃れたのだ。そうしてこの世界に来たが……驚いたものだ。我の世界より遥かに原始的な世界だったのだからな』
「セィアッ!」
腰元へ戻した鞘のトリガーを引き、射出された刀を掴み取って斬撃波を放った。
飛び出した紫の剣閃は破片に当たり、吹き飛んだそれがザックリと石像の右目を切り裂いた。
「ギィァア!?」
「シッ!」
怯んだ隙に真横へ無拍子で移動し、両手で振り上げた刀を一閃。
石像は素早く、壊れた左の剣で受け止め……パッ! とその左目から血飛沫が舞った。
「〝透斬〟」
「ギガァアァッ!」
これで、目は封じた。
視認による模倣を行なっているのならば、最大の脅威は削いだことになる。
その私の予想は、すぐに裏切られた。
「ガァッ!」
驚くほど正確に繰り出された右の逆袈裟斬りを、鞘で受ける。
そして、脇腹が切り裂かれて血が舞った。
「〝トウ、ザン〟ッ!」
「っ!?」
模倣、された!
これまでと違い、深く傷を負った脇腹から激痛が全身を駆け巡り、顔を顰める。
当然相手は待ってくれるはずはなくて、返す刀を頭を捻って避けた。
「くぅっ!?」
「ギィァアッ!!」
卓越した剣術が次々と放たれ、痛みをアドレナリンで誤魔化しながら防ぐ。
確かに目は塞いだはず。なのにどうして模倣されたのか、その原因を頭の隅から隅まで探した。
探して、防いで、探して、防いで、探しながら防いで、どうにかそのとっかかりを見つけていく。
まさか、この石像が模倣する方法は──っ!
「〝ガケ、クズシ〟」
「ガッ!?」
もしやと予想を立てたその時、左肩を貫かれた。
構えた刀を刺突が透過した、〝透斬〟との合わせ技。
使われたのは、石像が出現する前に一度使ったきりの〝崖崩し〟。
それで、ようやく、確信した。
この石像は、エヒトが見たものも模倣しているっ!
『特異な力を持つ強大な生物が跋扈し、人々は穴蔵のような住まいに息を潜める……その様を見て、我らは開拓を決意した。太古より跋扈する生物を駆逐し、人々に叡智を与えたのだよ』
「〝セン、エンギ、リ〟」
「う、ぁあっ!!」
棘の一本一本から放たれる、千の斬撃。
右手一本では到底防げないと確信し、全力で目を凝らしながら無拍子で斬撃の合間を逃げ回った。
少なくない傷を受けながらも、大きなダメージは負わないように避け──っ!?
バジュッ!
「ぎッ、ぃっ!?」
唐突に飛んできた光の槍に、太ももが貫かれた。
完全に意識の外に置いていたもの。南雲くんの人形が防いていたから、いつしか忘れていた。
何故、と目を動かして。
偶然にも、彼の人形の一体がついに破壊されて落ちていく様を捉えた。
「〝ヤマ、ダチ〟」
「っ、あぁあああああっ!」
痛みと驚愕で失われた覇気を叫びで絞り出し、振り下ろされた棘剣に刀を当てる。
刀身に斥力を纏った斬り上げによって、あえて自分を吹き飛ばすことで追撃から逃れた。
「あっ! うっ! がはっ!」
白い地面の上をバウンドし、無事な方の足と抜き身の刀でどうにか減速する。
どうにか止まった時、荒い息と共に全身から鮮血が零れ落ちた。
『最初は小さな村だったものが、やがて街となり、都となり、国となり……その頃には我らは神として崇められていたな。理の秘技を用いて人々の信仰心を力に変え、魂魄を強化・昇華を始めたのもこの頃だったか』
「ふっ……ふっ……」
エヒトの声が、酷く耳障りだ。
苛立ちを覚えながらも、着物の桜をいくつも散らして体を癒し、立ち上がる。
「う……!」
ひどい立ちくらみだ。
香織達の治癒魔法に使われる術式を応用して付与されたこの簡易回復は、血までは補ってくれない。
それでも、意識は保っている。体を支えるだけの力も足にある。両手が刀を握れる。
なら、まだ私は戦える。
『そうして数千年、この世界はよく発展した。だがそれに相反するが如く、〝到達者〟達が次々と生きる意思を失い、かつて超越した死の理を自ら受け入れてその命を終えていったよ。我には理解できなかったが……最後の一人は、〝もう十分だ〟と言っていたな』
「ギィィイイ!」
「ふぅ、ふぅ……ふー」
エヒトの一人語りと、石像の奇声をどこかぼんやりと聞きながら。
呼吸を整え、両手で柄を握り絞めた刀を顔の横に構えて。
「──参るッ!」
私は、再び駆け出した。
次回はハジメ視点で。
読んでいただき、ありがとうございます。