星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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神の力の一部を前に激闘を繰り広げる二人。

打ち破り、大切なものを掴み取ることはできるのか。

今回も楽しんでいただけると嬉しいです。


ただ一人のための、大いなる戦い 三章

 ハジメ SIDE

 

 

 

 マリオネッツの一体がやられた。

 

 

 

 そのせいで八重樫に被害がいったが、フォローする前に自分で凌いでくれたようだ。

 

 言い方が悪いが、正直助かった。

 

 なにせ、こっちも誰かに意識を割いてる余裕がないもんでなっ! 

 

「ゴアアアアア!!」

「くっ!?」

 

 悪鬼が叫びをあげ、その瞬間体の一部が空間そのものに固定される。

 

 何度か使われている、技能による抵抗や身体強化をもすり抜けて麻痺させる咆哮(ハウル)だ。

 

 恐らく〝神焔〟の対象を選定する魂魄魔法を応用しているのだろう。おまけに位置はランダムで予測しずらい。

 

「何度も効くと思うなッ!」

 

 コートの肩から伸びる裾に連なる、真紅の飾りに魔力を通す。

 

 飾りが輝き、全身各所に浸透した咆哮(ハウル)の効力がみるみるうちに消えていった。

 

 情報解析特化型アーティファクト、〝ティンクトゥラ〟。

 

 ジジイの使徒人形から学んだ分解能力の仕組みと、昇華魔法の情報干渉を組み合わせた魔法解除アーティファクトだ。

 

『結局、残った〝到達者〟は我一人。唯一の神となってから千年か五千年か……随分と時が流れた』

「くたばれ!」

 

 

 ドパォンッ! 

 

 

 自由になった体を即座に動かし、ショットガンの引き金を引く。

 

 W870をモデルにした散弾銃からは、二度の銃声で電磁加速された四発のシェルが飛び出していった。

 

 ドンナー&シュラークよりも連射性は劣るが、その威力は比較にならないほど高い。

 

「ガルァア!」

 

 結果は不発。

 

 悪鬼が開いた手を伸ばせば、前触れなく出現した蒼炎で跡形もなく弾丸が焼き尽くされる。

 

 空間ポイントの特定による座標攻撃。俺がずっと攻めあぐねている所以でもある。

 

「くっ!」

 

 〝魔力感知〟にかろうじて引っかかった反応に、〝空力〟で宙を蹴って離脱する。

 

 コンマ一秒の差で、頭があった場所に蒼い炎華が咲いた。流石にアレを直接食らったら焼け死ぬっ。

 

 回避した俺を逃さないと言わんばかりに、今度はマリオネッツが抜けた場所から光槍が大量に飛んできた。

 

 配置は変え直したが、やっぱり光の天使と光槍を同時に全部は凌ぎきれなかったか! 

 

「〝女王の鏡〟!」

 

 単語召喚で自分の周囲にアーティファクトを展開する。

 

 現れた黒縁に赤い装飾の、一対の姿見が鏡面で光槍を受け止めて波を打ち、そのまま飲み込んだ。

 

 間髪入れず、同じように波紋が広がっているもう一方の鏡面から取り込んだ光槍が飛び出していく。

 

 いつかシュウジがアーティファクトの作成に使っていた、境界石を使った代物だ。

 

「グォァアッ!」

 

 当然のように、波状に広がった炎で光槍は消失した。

 

 勿論それは織り込み済み。借り物、ましてやエヒトの野郎から奪ったものなんぞ期待していない。

 

 本命は一緒に放った、あらかじめ鏡の中に入れておいたもの。

 

 それは光槍に隠れて飛び出した、複数の小さな影だ。

 

 

 

 

 広がる炎の輪を突破したそのアーティファクト達は、空中で展開して赤い光の三角形を形作った。

 

 凄まじい速度で悪鬼の手足に飛んでいき、拘束するとぴたりと本体部分が空間に固定される。

 

 ボーラと四点結界を組み合わせた、空間固定型拘束具。物理魔法両方にちゃんと効果がある。

 

 いくらあの悪鬼が馬鹿力で、なおかつ蒼炎で全てを焼き尽くそうと、数秒は止められる! 

 

『そうして我に祈りと供物を捧げに訪れる人間達を見て、ある日ふと思ったのだ──壊してしまおう、とな』

「ガルァアァアアッ!」

「〝ケルベロス〟」

 

 悪鬼へ肉薄しながら、新たなアーティファクトを召喚する。

 

 ショットガンが消え、代わりに左の義手に装着されたのは──三つ並んだ番犬の頭を思わせる武器。

 

 歯を剥き出しに開いたその三砲門には、激しく赤雷を放つパイルバンカーが装填されている。

 

「風通しを良くしてやるッ!」

 

 最速で、真っ直ぐに奴の胸目掛けてケルベロスを繰り出した。

 

 伸ばし切った本体から、ドリル型形状をした黒杭が唸りをあげて顎門より飛び出していく。

 

 それは奴の両腕を削ぎ落とし、胴体を粉砕する──はずだった。

 

 

 

 ヴォンッ! 

 

 

 

「グォオァアッ!!」

「なっ!?」

 

 超高速回転していた鉄杭は、三本とも悪鬼の両腕と口によって受け止められていた。

 

 こいつ、空間魔法で()()()()()()()()()()拘束具から逃れやがった! 

 

 見た目にそぐわぬ知能に内心舌を巻きながらも、奴の手の中でこちらに切先を向けられた黒杭を確認。

 

 一瞬で蒼炎を纏い、魔力によって俺がそうしたように高速回転した杭が奴からそのまま返された。

 

「チッ!」

 

 その斜線上に女王の鏡を移動させ、盾代わりとする。

 

 ただの蒼炎ならばそれで吸収できた。

 

 しかし、先端にユエを封印していた封魔石をコーティングした黒杭はあっさりと鏡面の力を無効化。

 

 甲高い音を立てて大鏡は砕かれ、大量の破片を白の空間のそこかしこに撒き散らす。

 

 やってくる黒杭に、反射的に光の天使や光槍を警戒して背後に回していたもう一枚も間に挟んだ。

 

 それもまた、砕かれる。

 

「ぐっ!?」

 

 飛んできた破片に、両腕で胸部と頭部を守った。

 

 残りが心許ない魔力で〝金剛〟を重ね、破片は防ぎ切る。だが続けてやってきた黒杭までは無理だった。

 

 ズグリ、と鈍い音を立て、義手と脇腹に杭が埋まる。残りの一本は、幸いに太ももの外を掠めていった。

 

 

 

 痛みに歯を食いしばるのも束の間、〝魔力感知〟に強い気配。

 

 まさか、と思い自分の体を見下ろせば──黒杭は、その内側から悍ましいほど眩く蒼い光を放っていた。

 

「しまっ──がぁあああああっ!?」

 

 

 

 激震、爆発。

 

 

 

 空間そのものを破壊する振動、神焔の熱、そして四散する黒杭の破片。

 

 脇腹の肉が抉られる。義手も芯まで届く衝撃に、外装が内側からめくれたように弾けていく。

 

 その痛みで気が狂わないように、絶叫を上げたのは本能的な行為だった。

 

『わかるだろう? それはまるで、美しき女を怪我したくなる男の情動のように。素晴らしい芸術品が、粉々に砕ける様のように。必死に積み上げられ、作られたものとは、壊したその瞬間に最高の美を発揮する。そこから得られる快楽の、なんと甘美なことか……あの絶望と救済を共に叫んだ人々の絶叫は、幾星霜の時が経とうと忘れられぬ』

「グルガァアアアァア!!」

「ち、く、しょうがぁっ!」

 

 蒼炎で作られた大剣を手に、俺が動きを止めた隙に肉薄していた悪鬼へ悪態を投げつける。

 

 形容できない絶痛を発する脇腹から全力で意識を逸らし、ほぼ壊れたケルベロスで大剣を受け止めた。

 

「グゥァァオォオ!」

「これでも、食らいやがれっ!」

 

 義手に魔力を通し、歪んだ肩部装甲をパージして、そこから小型ミサイル群を発射。

 

 威力はそこまでないが、至近距離で何度も起こる小爆発に悪鬼は大剣を引いた。

 

 

 

 

 

 爆発の反動で俺の体も押され、それに乗じて後ろに退きながら義手を顔に近づける。

 

 見るも無惨な義手の親指を人差し指で押すと、第一関節から先が折れて開いた。

 

 そこからカシュッ! と音を立てて飛び出した金色の飴玉のようなものを、直接口で──

 

「〝繋グ虚空ノ扉〟」

「っ!?」

 

 声が、響いた。

 

 そして、これまでのものより三倍は巨大な光槍が全方位を取り囲むように現れる。

 

 嘘だろ、と思うのと大光槍が動き始めるのは同時で、瞬時に回避へ意思を切り替えて体を捻った。

 

 〝先読み〟と瞬光で上がった知覚能力を頭の血管が切れるほど全開にしたおかげで、全身を掠める程度で済んだ。

 

 代償に、巻き込まれた〝治癒飴〟はあっさりと砕けた。

 

「くそっ、何だ今のは!」

 

 毒づきながら、大光槍の回避で一瞬マリオネッツの操作が疎かになったことで飛んできた光の群から逃げる。

 

 さらに数の減っていた人形達を再度対応に動かしながらも、この状況の元凶を探した。

 

『どれだけの時を生きたか、もはや忘却の彼方。されど、あの全てが崩壊する悦楽だけは強く我の中に残った。故に決めたのだ。全てを我が玩具としよう、とな』

「──っ!」

 

 すると、いた。

 

 くっちゃべっているエヒトのすぐ隣に、三体目の石像が。

 

 そいつは顔こそ目を閉じて慈愛に満ちた微笑を称えているが、下の体にわんさか口があった。

 

 全身よりぶつぶつと常に何事かを呟いている姿からは、どこか強欲さを感じた。

 

「あれがさっきの神言の発生源かっ」

「オオオァァアアアッ!」

「しつけえ!」

 

 何十発と蒼炎の玉を放ってくる悪鬼へ、ショットガンの引き金を引く。

 

 放たれるは、ショットガンの口径に調節したリビングシェル。封魔石コーティングの虎の子だ。

 

 それらが空中で一発一発が六つに分解し、不規則な軌道を描いて半分が神焔を相殺した。

 

「ガァアアアァア!」

 

 残る半分のリビングバレットへ、悪鬼は座標爆撃を放つ。

 

 前触れなく咲く炎の華を絶妙に回避し、数を減らしながらも、それでも何発かは接近した。

 

 

 

 バシュッ! 

 

 

 

 次の瞬間に何かが弾けた音が響いて、残る弾丸の速度が増した。

 

 弾頭の尻に仕込んでおいた、小さな魔力衝撃波を放つことで一時的に加速する仕掛けだ。

 

「ウグオォオオアアアァ!!」

 

 流石に潰しきれないと感じたか、悪鬼は常時全身に纏っていた蒼炎を開放する。

 

 舞い広がった炎がリビングバレットを焼き、その代わりに奴は自分を守る鎧をほんの一瞬失った。

 

 その一瞬を突くために、両足に全力を込めて〝超加速〟を──! 

 

「〝終ワラヌ時ノ円環〟」

 

 その瞬間だった。

 

 突然、世界が酷く遅くなったのは。

 

 指一本動かせず、まるで石にされてしまったかのような錯覚さえも覚える。

 

 それなのに〝瞬光〟の力で思考速度だけは保っており、奇跡的に何をされたのか考えることができた。

 

 新たな神言。効果は時間の停止……いや、知覚が出来ている以上は鈍化といった方が正しいか。

 

「ガァアアアァア!!」

 

 当然、その効果は悪鬼には及んでいない。

 

 蒼炎を纏い直した悪鬼が、開いた口に蒼い光を集めながら凄まじい速度で接近してくる。

 

 神焔を凝縮したそれは、アイディオンも既にこれまでの戦闘で壊れた今の状態では防ぎようがない。

 

 なす術なく、この魂に狙いを定めたその光に俺は貫かれた──

 

 

 

 

 

 ドパパパパァアァンッ!!!!! 

 

 

 

 

 

 ──などということはなく。

 

 むしろ、全身を穴だらけにしたまま空中で静止したのは悪鬼の方だった。

 

「──っ、そこだぁあああッ!」

「ガ、ァアァ……ッ!?」

 

 時間鈍化が解けた瞬間、叫びながら全力で体を前へと動かす。

 

 空中でフラフラと左右によろめく悪鬼は、俺を殺意と憎悪、怒りと……何よりも疑問に満ちた目で見ていた。

 

 奴の視線を真っ向から睨み返し、マリオネッツと光群がぶつかり合う轟音を背に走る。

 

「アァアアッ!!」

 

 悪足掻きに、此方へ手を伸ばして座標爆撃をしてこようとする。

 

 跳躍した俺は、ピタリとショットガンの銃口を奴の掌、その先にある額に定め。

 

「足元を疎かにしていたのが悪かったな、木偶人形!」

 

 

 ドパォンッ! 

 

 

 真っ直ぐ飛んだ炸裂弾が手を貫通し、そのまま額に到達して──爆散。

 

 頭部を失った石像は、ガクリと力を失うと体を崩壊させながら落下していく。

 

 白い地面に落ち切る前に、石像は跡形もなく消滅した。

 

 

 

 

 奴にダメージを負わせたのは、そこら中に散らばっている無数の煌めき。

 

 たとえ粉々に砕けようとその効力を発揮する女王の鏡の破片の一つ一つに潜む、小型のシュヴァルツァー。

 

 残りの封魔石全てを注ぎ込んだ弾丸の一斉掃射は、半魔法体である奴には特大のダメージのはずだ。

 

 ずっと待ち続けた。この罠にはめる好機を、奴と戦い始めたその瞬間から虎視眈々と。

 

 その為に数々のアーティファクトを無駄に散らし、余計なダメージを負い、追い詰められていると思わせた。

 

 強かったことは認める。だが奴はやってきた攻撃に対応するばかりで、ついぞ警戒というものをしなかった。

 

 そこに勝機があったのだ。

 

「八重樫はっ!」

 

 完全に悪鬼が消えたのを確認したのとほぼ同じに、我ながら焦りで上擦った声を出す。

 

 そうして、ずっと剣戟が鳴り響いていた方向を見れば。

 

「あぁあああああああっ!!!」

「ギィィイイイイイッ!!!」

 

 真っ赤に染まり上がったそこで、八重樫はなおも戦っていた。

 

 腹の底から叫びを上げ、絶えぬ剣気を纏い、一瞬すらも視認を許さない速度で刀を振るっている。

 

 何故まだ生きていられるのか。そう案じてしまう程に、あまりにもそこは赤すぎて。

 

 それなのに、少しも八重樫の〝気〟は衰えた様子を見せていないから。

 

 

 

 不躾にも、見惚れてしまった。

 

 

 

『よそ見をする余裕があるとは、見上げたものだ』

「っ、しまっ!」

「〝溢ルル刃ノ奔流〟」

 

 エヒトの方角から、無数の空間の揺らぎがやってくる。

 

 一つでも受ければ体を両断されかねないその暴流に、三体目の出現で減っていた光群を対応させていたマリオネッツを呼び寄せる。

 

 ギリギリのタイミングで間に挟むことに成功し、瞬く間に自慢の人形達が無惨な鉄屑へと姿を変えた。

 

『まずは見事、と言わざるを得ないな。よもや我が一部を打倒するとは、実に恐れ入る。では次だ、まだまだ楽しませてくれるな?』

「チッ、死ぬなよ八重樫!」

 

 

 

 

 

 また悪態を吐きながらも、前へ出てきた三体目へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 雫 SIDE

 

 

 

 ──当然。シューに会うまで、死んでなんてやるものですか。

 

 

 

 心の中で、南雲くんの叫びにそう返答する。

 

 返答ができるほどに、自分の中に余裕が生まれているのが、我ながら不思議でならない。

 

 何度、あの忌まわしい石像の放つ、かつて誰かが編み出したのだろう絶技をこの身に受けたのだろう。

 

 何度、体から零れ落ちる自分の真っ赤な血に慄き、どうやって勝てばいいのかと絶望したのだろう。

 

 告白しよう、私はこの石像より弱い。

 

 たとえこれが故人からの借り物を寄せ集めた人形だとしても、重ねた術理は本物。

 

 あるいはその中に、解放者達のように世界の真実に辿り着き、神討ちを為そうとした人もいたのかもしれない。

 

 数千数万という年月、数多の剣客に積み重ねられた技を前に、まだまだ私は鍛錬不足だった。

 

 だけど。

 

「ハァッ!」

「ギィッ!」

 

 繰り出した斬撃が、棘剣に受け止められる。

 

 パキリと、小さく音がした。

 

「〝リクワ、リ〟」

 

 刀を引く余裕もなく、降り注ぐ五回連続の重撃。

 

 巌のような巨漢が、叩き斬ることそれのみを追求した無骨すぎる大剣を振り下ろす様を幻視する。

 

 刃の向きを斬るためのものから受けるためのものに変え、ほぼ同時に放たれる五つの斬撃を受ける。

 

 ピシリと、はっきり音がした。

 

「〝リュウ、セイ〟」

 

 失血で握力が落ち、ついに五回目の一撃で片手の外れた瞬間に、不規則な連続突きがやってくる。

 

 着物に咲く最後の一輪を散らし、切れた腕の筋肉を直して刀を握り直すと、恐ろしい流星雨を弾く。

 

 バキッと、耳が痛いほど音がして。

 

「〝リュウ、トウ、クダ、キ〟」

 

 渾身の、唐竹。

 

 痺れた腕を無理くり振るい、刀で受ければ。

 

 

 

 

 

 パキャッ──! 

 

 

 

 

 

 甲高い音を立て、粉々に刀が砕け散る。

 

 ふた振り目の愛刀。あの人がくれた、私がこの世界で私として戦うための刃が、木っ端微塵に。

 

 その代償に、石像の剣筋はブレて。

 

 悪足掻きに残った短い刃でそれに抗し、受け切れずに吹き飛ばされた。

 

「が、はっ!」

 

 ああ、こうして地面に打ち付けられるのも何度目のことか。

 

 肺から空気が抜け、背筋に痛みが迸る感覚にも、もう慣れてしまった。

 

 

 

 

 喀血と共にその感傷を吐き出して、ゆっくりゆっくりと立ち上がる。

 

 手の中を見れば、根元近くまで失われた刀身を寂しげに主張する愛刀がいる。

 

「ごめんなさい。私の腕がもっと良ければ、あなたを砕かずにすんだのに」

 

 謝罪を一つ。それで自己満足を満たして、収める意味がないとわかっていながら鞘に戻す。

 

「ギィィイイイィ!」

「珍しいじゃない、感傷に浸らせてくれるなんて。もしかして情けでもかけてくれたのかしら」

 

 こちらを睨め付ける怨敵に、戯れを口にしてみる。

 

 そうすれば相手はさらに歯ぎしりをして、眉根を寄せ、血涙の量を増やしながら、刃を向けてきた。

 

 修羅以外の何者でもないその形相は、自分の中にいる鬼をそのまま形にしたように錯覚させる。

 

「ふぅ………………負けよ。貴方の剣技、全てが見事なものだったわ」

 

 だからだろう。あっさりとその言葉が強固に塗り固めた心から剥落していったのは。

 

 私の術理は、この石像に詰め込まれた術理を上回れない。そのことを十分に実感してしまった。

 

 額を流れ、頬を伝っていく鮮血が何よりもその証明。

 

 

 

 

 

 

 

 そう。だから。

 

 

 

 

 

 

 

 私の剣一本では、到底覆せないから。 

 

 

 

 

 

 

 

 流れ落ちたこの血の一滴と一緒に、()()を捨ててしまいましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

「何者をも勝る、想いを以って。冷たく聳えるこの剣山、乗り越えてみせましょう」

 

 

 

 

 

 キンッ。

 

 

 

 

 

 音を立てて、広がる血の海が刃に変わる。

 

 一滴の血と共に生まれたその刃達に、鞘はない。

 

 鍔も、飾りも、余計なものは何もない、ただただ、在るがままの、刃。

 

 それらの先にいる、敵を見て。

 

「さあ、いつか誰かだった貴方達。最後に一度、切り結びましょう?」

「ギィアアアァアアアアア!!!」

 

 やってくる。

 

 形も大きさも違う、あらゆる剣を携えた過去の亡霊が、一心不乱に突き進む。

 

 その幻は、まるで百鬼夜行のごとく。

 

 間も無く、白い地平から赤い海へと踏み込んで。

 

 自分のため、誰かのため、何かのため、想いを込めて編み出された技が、放たれる。

 

「それは、見たわ」

「ギッ!?」

 

 私はそれを、断ち切った。

 

 石像が誰かしらの技を使おうとした途端、最も近くにあった一振りがそれを斬る。

 

 怯んだ石像は、金切り声をあげてその一刀を切り捨てた。

 

 そしてまた、私めがけて剣技を繰り出し。

 

「それも、見た」

「ガギッ!」

 

 別の一振りが、またそれを斬る。

 

 二度邪魔をされた石像は、苛立たしげに二振り目を破壊して、一歩踏み出し剣を振る。

 

「さっき、見た」

「ゴァッ!」

 

 斬る。

 

「ギェアアアア!!」

「見たわよ」

 

 斬る。

 

「ガギィアアアアア!!」

「もう、見飽きたわ」

 

 

 

 

 

 

 

 斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。

 

 

 

 

 

 

 

 斬れる。

 

 

 

 

 

 

 

 全て、斬れる。

 

 

 

 

 

 

 

「全部、見たわ」

「ギッ、アァ、アアアア……!」

 

 気がつけば、石像はボロボロ。

 

 私がやったのは、ただ単にこれまで散々見せつけられた技を、全て見抜いて、斬っただけ。

 

 斬られながら、何度も死にかけながら、見つめて、覚えて、全て脳裏に刻みつけた。

 

 もちろん、私の腕で剣を振ったのでは斬れないだろう。

 

 でも、()()()()()()()()()()

 

 

 

 それがこの魔法。

 

 私の血を用いて、想いの強さを切れ味に変える、心意の斬撃。

 

 全ての神代魔法を会得していない、その概念の叡智を理解できない私が編み出した、最高の技。

 

 シューとの幸せ、それを邪魔するもの全てを斬るという私の心がカタチをとったもの。

 

「さあ。次は、どの技?」

「ギ、ァ、ァアアァア!」

「それも、知ってる」

「ェギァッ!」

 

 また見覚えのある技に、二本の刃が飛んでいく。

 

 それによってついに両腕を斬り飛ばし、石像は得物を失った。

 

「貴方は強い。とても強い。それこそ勝てるのは南雲くんやシューであって、私ではないわ」

「ギ、ィイイィイイイ!」

「けれど。貴方自身が積み重ねた剣がない以上──それは所詮、空っぽよ」

 

 がらんどうのハリボテに、私の想いは負けない。

 

 血液不足で痺れる右手を、緩慢に上げていく。

 

 ズルリと引き抜かれた残る全ての刃に、初めて石像が金切声以外の怯えたような声を漏らした。

 

「あなたのおかげで、私の想いはより強くなった」

「ア、ァア、ァァア…………」

「そのお返しに──斬り刻んであげる」

 

 腕を、剣を振るうように薙ぐ。

 

 そうして弾かれたように動き出した刃達は、一斉に石像に飛来して。

 

 ただの一つとして混じり合わず、擦れる音もなく、振り抜かれた。

 

 

 

「アァア、ァアアアァア────────」

 

 

 

 石像は、サラサラと砂が風に吹かれるような音と共に崩れる。

 

 全て斬った時、ぽつりと積み上げられた砂の小山だけがその残滓だった。

 

「ぅ、あ…………」

 

 硬く引き結んでいたはずの口から、小さく苦悶の声が漏れ出る。

 

 ぐらりと酷く気だるい体が揺れ、意地という名の気力を使って全力で両足を踏ん張った。

 

 極限の集中、一意専心を必要とする血の刃は、それだけでほとんどが砕け散ってしまう。

 

 

 

 

 本当に、本当にギリギリの勝利だった。

 

 あと一滴でも多くの血が流れていたのなら、私はあの魔法を発動する前に失血死しただろう。

 

 あと一合でも打ち合った数が少なければ、ずっと観察し続けた技を全て見切ることはできなかっただろう。

 

 もしもあの石像が、真にかつての剣客達の技と向き合い、己の確固たる術理を持っていたのなら、刃は届かなかっただろう。

 

 まるで、蜘蛛の糸一本の上を渡り歩くような、そんな勝利だったのだ。

 

「でも……まだ、終わって、ない……!」

 

 唯一、側に残った一振りを掴み取って体を支える。

 

 南雲くんは、まだ戦っている。

 

 ならば、私も、やらなくては。

 

『──ほう、まだ立つか。流石だ。では遠慮はいらぬな』

「っ!?」

 

 背筋に氷柱を突き刺されたかのような悪寒。

 

 咄嗟に前へ体を投げ出せば、一瞬前までいた地点に天使達が光の槍を突き刺した。

 

 激しい音を散らすそれに、私はあえて追撃から外されていたのだと今更に自覚する。

 

 屈辱感に歯噛みしながらも、前転した勢いのままに南雲くんの方、ひいてはエヒトへと走った。

 

 次々と落ちてくる光の雨は、もはや人形達の援護があてにならないことを明確に表している。

 

 あまりの苦境に一瞬でも気を抜けば意識を手放しそうになりながらも、死に物狂いで駆け抜けた。

 

「〝震エ割レル世界〟」

「くっ!?」

「ハァッ!」

 

 飛び込むようにして、南雲くんと石像の間に自分ごと斬撃を割り込ませる。

 

 魔法を発動したからだろうか、ぼんやりと見える大量の〝歪み〟を斬ることで空間爆破を阻止した。

 

「八重樫……」

「……待たせたわね、南雲くん」

「いいや。そうでもないさ!」

 

 言葉を交わし、背中合わせにエヒトと対峙した。

 

 周囲は光の群に取り囲まれている。正面には〝神言〟を連発する三体目の石像。

 

 どう取り繕っても、今の体では絶望的な状況だ。

 

『ようやく揃ったか。では話の続きをしよう』

「ほざけっ!」

「シッ!」

 

 エヒトの前に立ちふさがる石像へ、仕掛ける。

 

 ほぼ同時に全ての流星が動き出して、自然と退路が断たれてしまった。

 

 ならば、押し通るっ! 

 

「〝終ワラヌ時ノ円環〟」「〝溢ルル刃ノ奔流〟」

 

 石像の口達が、同時に神言を放ってくる。

 

 途端に時間が止まったように体が動かなくなり、更に黄金の斬撃が雨霰と降ってくる。

 

「もう効かんッ!」

 

 南雲くんのコートの飾りが輝いて、時間停止のような硬直を消してくれた。

 

 即座に血刃を振るい、飾りの光で数の減った金刃の必要最低限を斬って突き進む。

 

 直後、激しい発砲音と共に、私よりも半歩ほど深く南雲くんが踏み込んだ。

 

「〝堕トス悪夢ノ牢獄〟」「〝繋グ虚空ノ扉〟」

 

 全身を、滅多刺しにされる。

 

 肌も、肉も、骨も、臓物も、目も、鼻も、口も、一分の隙間もなくズタズタにされた。

 

 間も無く、残り少ない血液を全て噴出した私は、萎びた身体をゆっくりと倒れさせ……

 

「喝ッ!!」

 

 裂帛の叫びでその幻を打ち消し、眼前2ミリの地点に転移していた光槍を斬る。

 

 両断できたのはたかだか間近の数本。何十と死の光は迫っているけれど。

 

 

 ドパォンッ! 

 

 

 その緋弾が、全て撃ち抜いてくれると信じていた。

 

 そして彼は、横に振り抜いた私の血刃を足場に更に前へと跳躍するのだ。

 

「おおおぉおおおおっ!!」

「〝遡ル刻ノ大河〟」「〝終ワラヌ時ノ円環〟」「〝閉ジル箱庭〟」

 

 そんな、私達の決死の特攻を嘲笑うように。

 

 ついには三つ同時に放たれた神言により、再び体が時を取り上げられたように停まって。

 

 瞬く間に復元された光の流星が、全方位から空間ごと凝縮したような不自然な超速度で迫る。

 

 知覚できても、避けられない。南雲くんの魔法解体よりも速く、それらは私達という一点に収束した。

 

 

 

 

 刹那、いくつもの大瀑布が一斉にぶつかり合ったような轟音。

 

 閃光と衝撃を撒き散らし、一つ一つが城をも崩す光槍が何百と弾ける。

 

 それを浴びて、生きていられる生き物など存在しない。

 

「「あぁあぁああああああああッ!!!」」

 

 それでも私達は、光を破って突き進むッ!! 

 

 私の斬撃で開けた僅かな穴を、南雲くんの一瞬だけ内部の次元をズラす絶対障壁で突き抜けた。

 

 視界の端を、南雲くんの義手の手首から外れた崩壊状態のアーティファクトが飛んでいった。

 

「いい加減見飽きてんだよ、お前らはッ!!」

「ゼィアッ!!」

「────ッ!?」

 

 炸裂弾で全身の口を焼き尽くし、何事も言えなくなった石像を一刀両断する。

 

 あくびが出るほどゆっくりと左右に分かれる石像を、南雲くんの魔力衝撃波が吹き飛ばしてくれた。

 

 そして、ついに。

 

 これまで終ぞたどり着くことのできなかったエヒトの目と鼻の先に、躍り出る。

 

「死ねッ!!!」

「斬れろッ!!!」

 

 

 

 

 

 ザンッ!! 

 

 

 

 

 

 ドパォンッ!! 

 

 

 

 

 

 放つは同時。

 

 十字に刻んだ斬撃の間を、螺旋を描いた四つの弾丸が飛んでいく。

 

 最速、最短、最高の合わせ技。

 

 たとえエヒトが瞬間移動しても、その前に殺せる一撃。

 

『ふむ。少々遊びすぎたか』

 

 渾身の一撃は、光群を生み出していた二つの顔が瞬時に変化し、盾となったことで相殺される。

 

 間抜けにも二人で息を呑む間に、スッと頬杖を外した右手の親指と中指が合わさった。

 

『褒美だ。少し本気を出してやろう』

 

 

 

 

 

 パチン、と。

 

 

 

 

 

 その軽い音と共に、黄金の波が虚空を打つ。

 

 

 

 

 

 私達は、いとも容易く吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

「がっ、はッ!!」

「うあッ!!?」

 

 玉座の足元に打ち付けられ、あまりの衝撃に血を吐く。

 

 受け身も取れず、傷つきすぎた体はその痛みには耐えれらなかった。

 

 痛い。涙が溢れそうな程痛い。血と一緒に何もかも溢れていってしまいそうだ。

 

「ゲボッ、オエッ……あ、アァあアアア!」

「ぎ、ぃいい、いいいあああっ!!」

 

 それでも、立つ。

 

 歯を食いしばり、南雲くんと互いに肩をつかみ合って、武器を支えに、立ち上がる。

 

 負けない。負けられない。そう思える限り、たとえ両足を砕かれたって立ち上がってやる! 

 

 そうして立つ私達を、頬杖をつき直したエヒトは見下ろして。

 

 

 

 

 

『魔人や亜人。あれらは、なんだと思う?』

 

 

 

 

 

 なおも、話をした。

 

 

 

 




次回、ついにエヒトが立ち上がる。

読んでいただき、ありがとうございます。
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