星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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神の威光は崩れない。

ハジメと雫の力は、及ばない。

それでも立ち続け、争い続ける。



楽しんでいただけると嬉しいです。


ただ一人のための、大いなる戦い 四章

シュウジ SIDE

 

 

 

 まさに、満身創痍。

 

 

 

 ハジメの黒衣はボロ雑巾のようになっており、血で湿った服からは血が滴っている。

 

 頭部から溢れる鮮血で雪のような白髪が赤く染まって、破れた箇所から覗く焼けただれた体も相まって非常に痛々しい。

 

 雫もそれは同様。無窮の夜天のような黒髪がざっくばらんに切り裂かれ、血と汗で所々固まっている。

 

 元より機動性と身体強化を重視した着物はあちこちが引き裂かれ、スパッツや胸を覆うさらしまで露出していた。

 

 どちらとも生きていることが不思議なほどに、その体は傷だらけだ。

 

 

 

 

 

 だが、目だけは光を失っていない。

 

 

 

 

 

 多くの切り札を尽くし、絞り出した決死の一撃をあっさりといなされてなお、諦めていないのだ。

 

 ハジメは、もはや大型の重火器を取り回すだけの余力もその体には残っていないだろう。

 

 雫も目立った傷こそ少ないものの、あの万象を切断する大太刀を振るえるのは一度きりといったところか。

 

 だというのに、獰猛に、剣呑に、鋭利に、その目は勝利を見据えていて、諦観なんて微塵もない。

 

『魔人や亜人。あれらは、なんだと思う?』

 

 それを、まるで駄々をこねる子どもを見るかのような哀れみを含んだ眼差しで見下し、告げる。

 

 問いかけの形こそしているが、周囲を取り囲む数百の光槍が無言の強制力を発揮していた。

 

 二人はそれを見渡し、一瞬だけ目線を交わすとエヒトを見上げる。

 

「……原住民、じゃないのか」

『不正解。原住民は〝人間〟ただそれのみである』

「……合成、かしら?」

『今度は正解だ。そう、あれらは我が魔法技術の落とし子。魔物と人間を掛け合わせ生み出した生命体であり、その意味では真に我が創造主といえよう』

 

 何故、そのようなことを。ハジメと雫の視線が問いかける。

 

 圧倒的余裕を体現するエヒトは、滑らかな口調で滔々と説明した。

 

『信仰と秘技を用いて魂魄を昇華させようと、体の修繕を繰り返そうと、数千年という年月に我が肉体は限界を迎えた。新たな依り代を探したが、神たる我が魂を受け止めることのできる肉体はなかったのだ』

「だから……自ら、作ろうとしたのね」

「その副産物が、魔人や、亜人……か」

『理解が早くて助かる。魔人とは魔素との親和性の高さを、亜人とは肉体的強度をそれぞれ重視し、原生生物と人間を組み合わせて作り出した生物だ。二つを合わせ、竜人も作ってみたが……総じて出来損ないだったな。特に期待をかけた竜人など、最強種族が迫害され、滅ぼされるという余興にしか使えなかった』

 

 その言葉に滲むのはかつてその試みのために積み上げた屍の山への落胆と嘲笑、そして少しの怒り。

 

 さしもの二人も、同情と怒りに顔を歪める。ティオを受け入れたハジメなど、特に殺意が漏れ出していた。

 

『過程で現在の魔物や使徒も作り出したが……結局、どうしたことか完全なる器は生み出せなかった。出来が良くてせいぜい、数十秒保つかどうかという始末だったなぁ』

「……肉体がないからこその……この場所か」

「……この神域は、貴方にとって必要不可欠な、箱庭だった」

『そうだ。魂魄のみで存在でき、かつ力が使える場所。ここで遊戯を楽しみながら、極稀にアルヴヘイトや〝解放者〟供のような〝適性者〟の誕生を待つことにしたよ』

 

 すなわち、ユエやシア、〝解放者〟達の正体とはエヒトの実験の結果、地上の人々に残された特殊な遺伝子。

 

 脈々とその血肉に根付く神の所業の残滓が発露した存在こそが、エヒトの新たなる器の候補だった。

 

 そして。

 

「そうして……はぁ、はぁ……三百年前、見つけた、わけか」

『心が躍ったのは数百年ぶりのことだったよ。最もすぐに隠されてしまったがな。せっかく我自ら〝神子〟の称号まで与えてやったというのに、思わず吸血鬼の国共々いくつかの国を滅してしまったが……まあ、今となっては過去のこと』

 

 かつては新たなる神子が誕生する可能性に後々気がつき、気を落としたこともあった。

 

 しかし、もはやどうでもよいこと。

 

 今や、かつて渇望した器よりも、ずっと素晴らしい可能性を秘めた器が手に入ったのだから。

 

『この世界とも、お前達の世界とも異なる異世界。己が欲望で全てを滅ぼした女神の作りし人形。この器と、進化(エボル)の力があれば、お前達の世界はおろか、完全なる神として全宇宙をも支配できよう』

「「……ッ!」」

『ハ。良い目だ、威嚇する子犬のようで実に可愛らしい。最後の最後にここまで楽しませてくれたこと、心から礼を言うぞ』

 

 故に、と手を上へと翳し。

 

『貴様らに最大の絶望を以って、その命を刈り取ってやろう──〝望まざる時の変革〟』

 

 その手から黄金の光──〝抹消〟の力が込められた波動が、解き放たれる。

 

 

 

 

 すると、どうだ。

 

 みるみるうちに祭壇の前へ五つの光の粒子が集まっていき──石像へと形を成したではないか。

 

 死に物狂いで撃破したそれらは、完全な状態で復元されると、浮遊したまま二人を見下ろす。

 

「おい……おいおい…………嘘、だろ……?」

「あれだけの存在を、一瞬で……」

『ああ、その顔だ。その驚愕と絶望に満ちた顔、それが見たかったのだよ』

 

 もしその顔が仮面に包まれていなければ、二人には満面の邪悪な笑みが見えていたことだろう。

 

 消滅した自らの一部を〝抹消〟の事実消失と神言による合わせ技で復元するのは、エヒトにとっても一度きりの奥の手。

 

 しかしこの顔を見られたのならば、せいぜい豊富な切り札の一枚程度どうでもいいというものだ。

 

『さあ、コンテニューといこうか。お前達は瀕死、此奴らは全快。最後にもう一度、楽しませてくれたまえ』

「グルァアアアッ!!」

「ギィイイイッ!」

 

 怒れる神焔の化身が、醜き剣技の集合体が、無口なる強欲な饒舌者が、一対の大翼を備えた重装の天使が。

 

 自分達を一度は撃滅してみせた二人の修羅に、なんの遠慮もなく全力で襲いかかっていき。

 

 

 

 

 

 パァンッ!!! 

 

 

 

 

 

 一瞬で、弾けた。

 

『………………何だと?』

「……ハッ、馬鹿が。復活するのを、ぐっ、想定してないわけ……はぁ、はぁ、ない……だろうが」

 

 

 

 ──生体奇襲弾、ヴァデクト・バレッツ。

 

 

 

 対象に必ず当たるというプログラムを空間固定と気配遮断に置き換えた、リビングバレットの一種。

 

 空間魔法でたっぷりと手榴弾を詰め込んだその弾丸が、絶大な破壊力で石像に反応する暇も与えず吹き飛ばしたのだ。

 

 あれだけ大量の弾丸をばら撒いていたのだ、こっそりとエヒトの近くに配置しておくことは可能だった。

 

『貴様……』

「いい、反応じゃねえか……」

 

 初めて苛立たしげな声を漏らしたエヒトへ、ハジメがニヒルな笑みを浮かべた。

 

 それから、凪いだ湖面のように静かな、されど地獄の業火のように激しく輝く隻眼で睨みつける。

 

「もう一度、言ってやる。お前は、神なんかじゃ、ない」

『指の一本も我に触れられない有様で、何を』

「空っぽ、なのよ。貴方」

 

 ハジメの断言に、雫が続く。

 

「確かに……貴方の力は、凄まじいわ。その力の、一部が相手でも、奥の手を使わざるを、得なかった……」

「脅威と、そう認めて、やるよ。それこそ……これまでにないくらい、死を、感じるほどに……な」

『ふん、そこまで分かっていながら』

「だが」

「だけど」

 

 呆れるようなエヒトの言葉を、遮って。

 

 その修羅達は、幽鬼のような空で今にも消えてしまいそうな、吹けば風に攫われてしまいそうな。

 

 されど、どのような嵐に打ち付けられようとも絶えぬであろう。

 

 強い、強い眼光で、吠え立てる。

 

「それだけ、なんだよ。お前には、相手の全てを凌駕し……打ち倒そうという、意思が、ない」

「どれだけ、言葉を重ねても。貴方のそれには……何の心も、感情も、込められて、ない。全部、薄っぺらい上っ面の……化けの皮よ」

 

 まるで、中身がスカスカなプラスチック製の玩具のように空虚な言葉。

 

 シュウジの魂と融合し、その感情の一部を引き継いだという言葉もそうだ。まるで響くものがなかった。

 

 だから、超常の力を見せつけられようと、人智を超えた所業を語られようと、決して、決して。

 

 心折れることなど、ない。

 

「奈落の化け物どもは、地獄の中で己の生存の為、全力で殺意をぶつけてきた。だからこそ……怖がれた」

「……恵里も、御堂さんも、あの魔人族の男も。皆、己の信念を、譲れない想いを賭けていた……だから、恐ろしかった」

 

 それだけではない。

 

 どこか遠くを見るハジメと雫の瞳には、ここにいない誰かを思い浮かべているようで。

 

「俺は、知っている……三百年、孤独の牢獄で耐え続け、それでも押し潰されずに、誰かを待ち続けた、女を」

 

 優しい裏切りによって暗闇に身を堕とされ、されど心を壊すことなく光を待ち続けた女。

 

「私は、知っている。この世界で誰より弱いと、そう言われる種族で……けれど、たった一人の男の為に、全てを乗り越えた、女の子を」

 

 泣きべそをかきながら、苦境に苛まれながら、それでもただ、〝共に〟と、そう叫び続けた兎の少女。

 

「こんな……身も心も変わり果てた野郎に、〝だからどうした〟と、そう笑い飛ばしてくれる……女を」

 

 たとえ非力でも、癒すことしかできなくても、それでも信じて信じて、信じ続けられることができる、少女。

 

「望みが、なくても……届かないと、わかっていても。それでもまだ、まだと。そう上を向き続けられる……親友を」

 

 想い人には既に決まった人がいて。だとしても止まらぬ想いで翼を広げ、男の隣まで飛び込んだ、少女。

 

「誰かの為……守る為……明日へ、繋ぐ為。その身を盾にできる、やつを」

 

 全く普段はふざけてばかり。だというのにいざという時、いつだって胸を張り、威風堂々と背中を守ってくれた女。

 

「女神に、翻弄されて……きっと、大切なものを見失いかけて。それでも、矜持を、捨てずにいてくれた、恩師を」

 

 エヒトとは異なる邪神の駒とされ、教師としてあり得ざる所業も行い、そのことから逃げずに向き合った、小さくて大きな教師。

 

 

 

 

 そして、何よりもと。

 

 どちらかが手を離してしまえば崩れ落ちそうな姿勢で、間近にその双眸を一瞬だけ交わして。

 

 掠れた声で、今にも事切れてしまいそうな体で、そんなことは知らないと言わんばかりに、力強く。

 

「愛していると……その言葉、その想いを刃に乗せて。遍く障害、全ての不運を切り裂いていける、強い女を……俺は、知っている」

「大切な、誰かの為。たった一つの、願いの為。身も心も、命をも懸けて……どんな理不尽も突き破っていく、強い男を……私は、知っている」

 

 グッと、互いの肩を強く掴む。

 

 確かにここにいる。その温もりが、熱が、たった一本の手を通して、全て伝わってくる。

 

 

 

 

 

 ただ一人のための大いなる戦いに、共に立ち向かってくれる最強の戦友が、隣にいる。

 

 

 

 

 

 恐れ慄くことなど、あるはずがない。

 

 無言の主張にエヒトは玉座の上で身じろぎする。それが気圧されたが故のものだと、気付かずに。

 

「もう一度、言ってやる……お前の中は、がらんどうだ。きっと、それは…………お前が仲間と共に作り上げた物を……全て、壊した時からな」

「過去の過ちから、目を逸らして。独りきりの寂寥にも、耐えられなくて。でも、終わりたくもない……甘ったれてるんじゃないわよ、この、クソガキ」

 

 エヒトは、学ぶべきだった。理解すべきだった。知るべきだった。

 

 かつて最後の仲間が残した言葉、そこに込められた過去への悔恨と、作り上げたこの世界の営みへの満足を。

 

 自分達のせいで理不尽に死んでしまった故郷の人々に懺悔する為に。この世界で同じ過ちを、もう繰り返さないようにと。

 

 万感の思いが詰まった一言を、けれど〝幼稚〟な神は今この瞬間まで分かっていなかった。

 

『──ハ。どのような戯言を言うのかと思えば。そうやって我の油断を誘おうとは、涙ぐましい努力だなぁ。だがその有様では、貴様のその剣も、お前が未だ見せぬ〝神殺し〟も我には届くまい?』

 

 だから、その言葉の意味を理解することも不可能なのだ。

 

 もちろん二人も、そんなことは最初から分かりきっている。

 

「ああ、そうだな……」

「今のままでは、私達は貴方に何もできない」

 

 分かっていて、あえて言ったのだ。

 

 何故ならば。

 

「八重樫。()()()()()()()?」

「──ええ」

『貴様ら、何を──っ?』

 

 ようやく、エヒトは気がついた。

 

 ハジメの全身にこびりつき、服から滴っていた大量の血が、一滴も余さず無くなっていることに。

 

 そして、大量失血で青ざめていた雫の全身が、着物から伸びた無数の赤い光の筋に覆われていることに。

 

「そうか。じゃあ俺も──出し惜しみは無しだっ!」

 

 けたたましい音を立て、義手の二の腕の装甲が、内側から外に向けて突出したものに弾き飛ばされる。

 

 現れたのは、見ていると気分が悪くなるような、蠢く赤い液体が充填された三本の試験管。

 

 それらは間髪入れず、小さな音を立てて内部に満たされたその液体をハジメの血管に直接流し込んだ。

 

「ッ──!!!」

 

 ガッ!! と瞼が千切れてしまいそうな勢いで、ハジメが隻眼を見開く。

 

 元より赤く輝いていたその瞳の中に、美しい模様を描くようにより深い真紅が浮かび上がった。

 

 刹那、その体から吹き上がる膨大すぎる魔力。〝覇潰〟をも軽く凌駕する、絶大な力の煌めき。

 

「ガアアアアアアアァッ!!!!!」

 

 獣の如き叫びに、空間そのものが悲鳴をあげるように軋みを上げる。

 

 そして、恐ろしき変化を遂げたのはその隣にいる雫も同じことであった。

 

「アアアアァアアアアッッ!!!!」

 

 喉の奥、腹の底、否や魂の根底からの絶叫。

 

 身体中を血管のように覆い尽くす光が肌に浸透していき、一体化していく様はいっそ豪華絢爛。

 

 そして、彼女の激昂に呼応するかのごとく、すっかり溶け込んだ光の一部が額に寄り集まり、一本の紫角と形を得た。

 

『貴様ら、一体何をっ』

 

 あまりに尋常ならざる光景に、エヒトは初めて驚愕を言葉に乗せた。

 

 指を鳴らし、周囲の流星を落としてしまえばそれだけで死ぬと侮っていたからだ。

 

 座りながらに身を引くエヒトへ、俯いて叫んでいた二人はグンッと顔を上げ。 

 

 

 

 

 

「「──殺す」」

 

 

 

 

 

 その姿が、かき消えた。

 

 次に出現したのは、エヒトの懐。

 

 心臓突きつけられた銃口と、視界いっぱいに映り込む白い刃に、マスクの下でエヒトは瞠目する。 

 

 速い? 違う。それだけでは元来の力とエボルによる絶対感知能力を誇るエヒトの目からは逃れられない。

 

 であれば真実はなんだという問いに答えを出すよりも先に、エヒトは防御の体制をとった。

 

 

《スプリーム・ラディアンス!》

 

 

 瞬時にドライバーから生成された、黄金と白で構成された両刃の剣を掴んで攻撃を受ける。

 

 柄頭が白刃の斬撃を、剣の腹が超至近距離で発砲された散弾の衝撃を受け止めた。

 

 その余波で玉座は真っ二つに割れ、次いで衝撃で粉々に砕けてしまう。

 

「「はぁああッ!」」

『ぬぅうっ!?』

 

 凄まじい二人の気迫に間近で当てられ、エヒトは瞬間移動で離脱する。

 

 さらに、移動した直後に〝天在〟という無詠唱かつノータイムで発動できる転移で更に場所を移し、距離を取る。

 

 そうして全く別の場所へと現れたエヒトを待っていたのは──雫の業奠と、銃とブーツが合体した武具を身につけたハジメの脚。

 

『貴様らっ!?』

「〝巌砕き〟ッ!」

「オラァアっ!」

 

 大陸の如き重圧を伴う唐竹と、一瞬で数十と放たれる蹴りに連動して発砲される銃弾の嵐。

 

 神焔の透過能力と〝抹消〟の事象分解能力を併せ持つ神剣により、その両方をどうにかいなす。

 

 これまで一歩も動かなかったエヒトに、たった一度の奇襲で()()()()のレベルまで引き出したのだ。

 

『調子に乗るな、人間共ッ!』

 

 そのことに荒々しい声音で叫び、上方へ瞬間移動したエヒトは二人へ全ての流星を振り落とす。

 

 一斉に動き出す光達。先ほどの比ではない数は、到底避けるには隙間がなさすぎる。

 

「〝無間〟」

 

 その全てを、雫は空間における距離そのものを置き去りにする究極の無拍子で。

 

 

 ゴパァンッ! 

 

 

 ハジメは膝の部分から飛び出した、一定の距離間を強制的に転移させる弾丸を持ってやり過ごす。

 

「おおぉぉおおおっ!!」

「はぁああぁああっ!!」

 

 そして一瞬でエヒトの前へと舞い戻り、怒涛の攻撃を再開するのだ。

 

『貴様らっ、まだこんな切り札をっ!』

 

 迎撃以外の手段全てを許さない二人の攻撃に、神剣でいなしながらエヒトは罵る。

 

 実のところ、鎧の顔から生み出さずともあの光の群を生み出すことはできるのだが、その暇もない。

 

 あれだけ甚振られ、嘲られ、死を間際にしながら、こんな手札を隠し続けていたことは、さしもの神にも想定外。

 

 この人の姿をした鬼共は、一体どれほど強靭無比な精神構造をしているというのだ! 

 

「目で見たものだけ判断するなんざ、所詮テメェは三流なんだよッ!」

 

 ハジメの攻撃は、足の裏側に銃身を貼り付けたような形状の靴──〝アンブラ〟が発する赤光によって非常に捉えづらい。

 

 相手の魂レベルまで干渉し、視覚や認識にズレを作ることで、本来の攻撃から意識を逸らす機能だ。

 

 それでも、一撃与えてしまえば全ての防御を無効化することができる、エヒトの神剣の方が強力。

 

「万事休すなどと、誰が言ったかッ!」

 

 しかし、その刃がハジメの足を切断してしまうよりも前に、超速の斬撃がそれを阻む。

 

 常に発動している神剣の力が発揮されるその一瞬前を突いて、絶妙に弾かれてしまうのだ。

 

 おまけに、両の手で自在に振るっている業奠は、斬ったものをこの世から切り離してしまう力がある。

 

 さしものエヒトといえど、ハジメへの対応もある中で片手間にどうこうできる代物ではない。

 

『八重樫雫はまだしもっ、貴様っ、強力なアーティファクトが取り柄ではなかったのかっ!』

「おいおい、シュウジと魂が融合したにしては無知だな? 俺が何年あいつに技を叩き込まれたと思ってんだっ!」

 

 ドンナーをはじめとした数々の兵器を生み出すより以前から、ハジメはある程度の体術を修めていた。

 

 美空を守るため、いつかシュウジに並び立つため。

 

 最初はそんな思いから始めた修練を、ハジメは今のように変化した後も欠かさずに積み重ねてきた。

 

 始と共同開発したこのアーティファクトが加わった今、その蹴り技は唯一無二の魔技となる! 

 

「どらぁッ!」

『ぐっ!?』

「シィッ!」

 

 胸元、と見せかけて太腿に見舞われた蹴りと弾丸の衝撃に、エヒトは一瞬立ち止まる。

 

 その瞬間に雫が業奠を一閃し、エヒトは数センチという超短距離を後ろへ瞬間移動して避けた。

 

 

 

 そう。後ろへ下がったのだ。

 

 その事実は、神たる身に何者をも触れさせぬというエヒトの驕りと矜持を大きく傷つける。

 

 その証拠に、ハジメ達には見えていないものの、マスクの下の顔は羅刹のように醜く歪んでいた。

 

 これでは、せっかくの整った顔が台無しではないか。

 

『おのれっ、不可思議な衣服や薬、新たなアーティファクトといいっ、貴様ら全力ではなかったのかっ!』

「貴方、本当に空っぽなのね!」

「二重三重に嘘を張り巡らせ、相手を欺き、騙す──あいつが何より好む、戦いの基礎だ!」

 

 真に精神が融合していたのであれば、その用心深さとあらゆる状況への対策を持っていたはずだ。

 

 しかし、どれだけ言葉で取り繕おうとも、所詮この神の本質は変わっていないのである。

 

 

 

 

 皮肉を返してくる二人に若干押し込まれながらも、ふとエヒトは新たに疑問を抱える。

 

 二人の口調が非常に滑らかだ。さっきまで散々に負った傷も、いつの間にかほとんど完治している。

 

 その理由は、それぞれがあの瞬間発動したとっておきの奥の手にある。

 

 ハジメが自らに投与したのは、劣化版〝越壁〟を元から発動している覇潰に、重ねがけして付与する薬。

 

 強化倍率は凡そ6倍。元となる覇潰の強化度を思えば、もはや始の領域に片足を踏み入れている。

 

 神水との混合物でもあり、体の治癒を並行して行ってくれるので、短時間でハジメは全快できた。

 

 また、雫が凄まじい高速攻撃と見切りをこなしているのは、その着物に隠された力が発現されたから。

 

 規定量の血を動力源として魔力に変換し、肉体能力を飛躍的に超活性化させる、いわば〝血塗れ吸血鬼(アルモラ・ヴラド)〟の上位互換。

 

 効果は身体機能の爆発的な増強と、ほぼ空間転移レベルの無拍子を使えるようになる〝真瞳角〟の獲得。

 

 ついでに自然治癒力も幾らか増しており、不足していた血もみるみるうちに戻っていった。

 

 

 

 

 

 ハジメの血がなければ、雫は着物の真価を発揮することができず、これ以上戦うことはできなかった。

 

 

 

 

 

 雫が血と共に傷の再生を阻害していた光群の魔力の残滓を吸い取ってくれなければ、ハジメは薬を使えなかった。

 

 

 

 

 

 どちらかが先に欠けていれば、その時点でこの戦いは終わっていた。

 

 だから、そんなことになるなんて互いにこれっぽっちも思っていなかった。

 

 必ず取り戻すと、その約束を信じていたから。

 

『おのれっ、イレギュラーどもがっ!』

「喋りすぎだ、三下!」

「その首掻っ切るッ!」

 

 罵倒し合いながら、超高速で連続転移と瞬間移動を繰り返して攻防を展開する。

 

 刻一刻とその頻度、速度共に高まっていき、やがて白い空間の中にはその軌跡が残像として何十と残った。

 

 他者がこの場にいたたのであれば、まるで映像の一コマ一コマを切り抜いたように錯覚したことだろう。

 

『我の力を削ぎ、手の内を暴くために、ここまで耐え続けたというのかっ!』

「当然。俺達はお前の力を決して過小評価していない!」

「貴方の身体は彼のもの。万全に万全を期し、なおかつ奇策を張り巡らせたっ!」

 

 どれほどの実力なのかわからない以上、確実に優勢になれる状況を作る必要があった。

 

 死を実感する間際まで策を弄さなければ、この神を玉座から引きずり下ろすこと……ましてや〝神殺し〟を使うことなど、不可能。

 

 そうして一片ずつかき集めた情報という名のピースを繋ぎ合わせ、ついにここまで肉薄した。

 

 あとは、打ち倒すのみ! 

 

『舐めるな、弱者共!』

 

 されどエヒトもただではやられない。

 

 二人の攻撃を防ぎ、回避したのと同タイミングで全身から黄金のエネルギーを放出する。

 

 空間に浸透し、無差別に座標を固定するそれによって、コンマ数秒ハジメ達の挙動が硬直した隙に転移した。

 

 

 

 

 そうして引いたエヒトは、左手でドライバーのレバーを素早く回転させる。

 

 荘厳な音楽が流れ、エヒトがレバーから手を離した瞬間、その背後に五重の光輪が出現した。

 

 

《READY GO!》

 

 

『本当に我が力を軽んじていないというのならば、確かめてやろうではないか!』

 

 

《SPREAM FINISH! Ciao~!》

 

 

 輪後光のうち、最も外側にある一輪を残して四つの光輪が姿を消す。

 

 かと思えば、ようやく座標凍結の影響から脱した二人の上方、左右、背後にそれぞれ現れる。

 

 激しく回転するそれらが互いに発する光を繋ぎ合い、空間を断絶して絶対不壊の檻を形成する。

 

 極めつきに背後の一輪より放たれるのは、これまでとは比べるのも馬鹿らしい光の暴流。

 

 どこか〝神威〟にも似たそれは、檻ごと二人を消滅させるのに十分な威力と〝抹消〟が込められていた。

 

 まさに、絶対的死の具現。

 

 

 

 

 

「〝万華万劫〟」

 

 

 

 

 

 そんなものでは、止まらない。

 

 己が道を阻むあらゆる壁を切り裂いてきた剣鬼が編み出した最後の奥義、繰り出される斬撃の極致。

 

 千では足りぬ、万でも足りぬ。

 

 

 

 ならば()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 よもや数えきれぬ、永劫とすら思える斬撃が刹那で振るわれ、光も結界も一切合切斬り尽くす。

 

 全ての光が粒子と散った時、雫が受けていたのは、右肩から二の腕にかけて走る焦げたような傷跡だけ。

 

 白刃を振り切った艶姿が、まるで華吹雪に包まれているようだった。

 

『馬鹿なっ、これを相殺するというのかっ!』

「よそ見厳禁だぞ?」

 

 慄くエヒトの耳にぬるりと入り込む、鋭利な声音。

 

 本能的に、エヒトは体ごと振り返りながら神剣を薙ぎ払う。

 

 一撃で切り裂いたのは──宙に浮遊していた、スピーカーのような形のーティファクトだった。

 

『これは──!』

 

 驚愕するエヒトの周囲の空間から、ボロボロと前触れなく大量の何かが溢れ出す。

 

 黒々とした野球ボール程度の大きさのその物体は、ハジメの手榴弾。

 

 次の瞬間、一斉に爆発した凝縮手榴弾の爆炎に、エヒトは全身を穿たれるような衝撃を味わった。

 

『がぁあっ!?』

 

 手榴弾から解放された空間震砕の力が、エボルのスーツを透過してダメージを与える。

 

 遥か昔に忘れたその感覚にエヒトは驚き、絶大な苦痛を感じ、何もすることはできない。

 

 

 

 まだ終わらない。

 

 踊る爆炎が、そのまま消えることはなく命を持っているかのように蠢き始め、エヒトを中心に収束する。

 

 二秒とかからず、鎖の形に凝縮した炎がエヒトの全身を一部たりとも動けないよう縛り上げた。

 

『これはっ、我が神焔と同じっ……! 神たる我が、このようなっ!』

「──どうだ、俺の手榴弾の味は」

 

 動けなくなったエヒトの眼前の空間が、チャックを下ろすように引き裂かれ、ハジメが現れる。

 

『貴様、どうやって我が前まで!』

「頼れる相棒のおかげさ」

 

 声を荒げるエヒトへ、接近する僅かな時間で簡潔に答えるハジメ。

 

 数千万の斬撃を放ち、エヒトの必殺技を相殺してみせた雫は、一撃だけ光ではなく空間を斬った。

 

 その裂け目にハジメは飛び込み、手榴弾が入った空間ポケット達と共に空間の隙間で接近したのである。

 

 雫が唯一負った傷は、その一撃分斬ることができなかった光の欠片が当たったから。

 

「終わりだ、エヒト」

 

 ついに、ようやく。

 

 右手に固く握られたドンナーの銃口が、その胸へと向けられる。

 

 この絶体絶命の状況からエヒトが逃れる術は、完全に封じられていた。

 

『待っ──』

「──八重樫流、我流奥義」

 

 制止しようとするエヒトの言葉を、背後より断ち切る凍てついた声。

 

 振り返らずともわかる。

 

 そこに、常識外れな斬撃の反動から復活した剣鬼がいることが。

 

 腰だめに構えた、主が斬りたいと望む全てを断ち斬る刃の鯉口が、既に切られていることが。

 

「解放者どものヤケ酒の果てに生まれた〝神殺し〟、とくと味わえ」

「〝 神祓(かみばら)い〟」

 

 

 

 

 

 ドパンッ! 

 

 

 

 

 

 キィン────! 

 

 

 

 

 

 清涼な音が、重なり合う。

 

『カッ、ハ──』

 

 放たれた青白い弾丸が、解放された白閃が、互いに引き合うように神の身を引き裂く。

 

 引き金を引いた指が、大太刀を振り切った手が、確実に届いたことを確信し。

 

 

 

 

 

……ガパッ

 

 

 

 

 

 エヒトの額。

 

 そこにある最後の顔の瞳が、見開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『時間切れだ。よく楽しませてくれたな、イレギュラー共』

「「がッ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 飛んできた神剣が、雫の背からハジメの背まで。

 

 

 

 

 

 一直線に、貫いた。

 

 

 

 

 

 




次回、終章。

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