ご確認いただけると嬉しいです。
戦いが終わる。
終末が始まる。
さあ、レディース&ジェントルメン。
シュウジ「ARE YOU READY?」
シュウジ SIDE
二人を穿った、一振りの剣。
それは正確に心臓を貫き、ハジメと雫が至近距離で見開いた目を交わす。
それを見て、
途端に神剣が一人でに勢いよく引き抜かれ、空間転移してエヒトの手の中へ音もなく収まる。
支えを失ったハジメ達は、何の対応もせず白亜の地面へと激しく打ち付けられ、体を転がすことになった。
そのまま、ピクリとも動かない。
死んだ、と。普通ならば判断するであろう。間違いなく心臓を貫いたのだから、それが当然だ。
だがエヒトの纏う仮面には見えている。その真紅の炎が、濃紺の光が、弱々しくも絶えていないことが。
『ふむ。いつまで寝ているのだ?』
神剣を片手で弄び、エヒトはもう一方の手で指を鳴らす。
次の瞬間、ハジメの体を
「がぁあああぁぁああッ!?」
「ああぁあああぁああッ!!」
『おお、まだまだ鳴けるではないか。全く、いけずだな?』
三度、この空間に現れた二体の石像の一撃によって絶叫する二人。
悪鬼が炎を操ってハジメを宙へ浮かせ、棘の剣士が釣り上げた魚を運ぶように棘剣で雫を持ち上げる。
その拍子にハジメの指からドロドロに溶けた〝大宝物庫〟が抜け落ち、雫の業奠は遠くへ蹴り飛ばされる。
そのまま石像達は二人を連れていき、エヒトの座する玉座の前で停止するとその悲惨な姿を晒した。
『心から感心するよ、イレギュラー。ああも我を追い詰め、切り札を当てるとは。ゲームで例えるのならば、コングラッチュレイション! と言うべきかな?』
「て、めぇ……」
「なん、で……」
『不思議か? 不思議だろうなぁ。知りたいか? ん?』
悦に浸った口調で賞賛するエヒトに、かろうじて言葉として成り立っているようなかすれ声で尋ねる。
エヒトは、二人の血で汚れた神剣をまるで教鞭のようにして、自分の額の顔を指し示してみせた。
『我はお前達との遊戯を始めた瞬間から〝抹消〟の力を発動していたのだよ。一定の時間が経過した瞬間、それまでの出来事を消し去るように仕組んでいたのだ。いわばリセットだよ、リセット』
そんな理不尽なことがあってたまるものかと、そう叫びたくなる回答だった。
生物として致命傷を負った二人は、もう先ほどの問いかけが最後の一声であり、答えない。
それを気にした様子もなく……否、その姿を見てこそ、上機嫌に、子供のようにベラベラと喋り続ける。
『最も、お前達の切り札など最初から効かんがな。一千年も前であれば危なかったろうが、たかだか人間が生み出した概念に滅ぼされるような段階はとっくに超えている』
「「…………」」
『加えて、あらゆる概念魔法の力を極限まで弱めるこの鎧があれば何の憂いもない……お前達はなにやら、がらんどうだ無知だと喚いていたが。このような素晴らしい力、扱えないままにするわけがないだろう?』
最初から、掌の上で踊っていたに過ぎないのだと。
何もかも、無駄なことだったのだと。
常人が聞いてしまえば、それだけで希望を奪われ、心を砕かれてしまう、神の嘲笑。
『とはいえ、だ。実際にここまで時間をかけ、あまつさえ追い詰められるとは我も思っていなかった。神に焦燥を感じさせるなど、快挙だぞ?』
「「……」」
『言葉もないか。実に無様で良い姿だ』
馬鹿にしながら、エヒトは神剣をタクトのように振るう。
すると地面に転がっていた大宝物庫の残骸やドンナー、業奠がふわりと浮き上がり、移動する。
やってきたそれらを見て、エヒトがグッと拳を握ると……少し震えた後、それら全てが塵となって崩れ去った。
これで、完全に武器は無くなった。
ハジメに残されているのは、かろうじて引っかかっている眼帯の奥に残された魔眼石だけ。
雫が携えているのは、折れて使えなくなった刀と、無駄に重いだけの業奠の鞘。
もはや何もできはしない。そのことを実感させるために、あえてエヒトは目の前で破壊したのだ。
俯く二人の顔は、何の表情も浮かべない。
とっくに薬や着物の力は失われた以上、その体から滴る血を鑑みれば、死んだようにも見える。
未だエヒトの目には、チロチロと燃える魂が見えていた。この状態でもまだ生きているのだ。
それでも絶望し、心折れたのだと確信するには十分で。
『しかし。お前達のその〝目〟は気に入ったよ』
石像を操り、二人の体を近付ける。
その顔がよく見える位置まで持って来させると、神剣を虚空に消して両の手を伸ばす。
黄金の指がそっと顎に添えられ、あくまで優しく、されど強制的に目線を合わせる。
ほぼ光を失いかけている赤い瞳と、今にもその輝きを失いそうな黒い瞳をそれぞれ見つめて。
『せっかくだ。お前達のその瞳、最後の余興の思い出として貰っておこう。案ずるな──お前達の仲間が、地上の人間共が、同郷の者達が滅びゆく様を、最後までしっかりと眺めさせてやる』
甘く、厭らしく、腐り切った、ヘドロを塗り固めたような下品な声音で、囁きかける。
『光栄だろう? お前達にとって何より大切なこの男の体と共に、全てが壊れる光景を見られるのだからなぁ?』
その、不愉快極まりない言葉に。
ハジメの目元が微かに震え……自らエヒトの仮面を見ると。
「…………ここまで、近付けてくれて。ありがとよ、マヌケ野郎」
『──なに?』
ハジメが笑った拍子に、ボロリと眼帯がついに崩れ、外れて落ちていく。
露わになった右の眼窩に──赤い雷が駆け巡る、黒々とした小さな穴があった。
『なッ』
パァンッ!
甲高い音を立て、何と眼窩に直接埋め込まれた銃口から弾丸が飛び出す。
まさかそんな場所に銃口があるとはエヒトも予想できず、硬直したままに額の顔が穿たれた。
「ぎ、ぃッ!!」
反動でハジメの髪が内側から舞い上がり、目元に走った亀裂から鮮血が吹き出す。
想像を絶するだろう痛みに、食いしばった歯をむき出しにする顔は、とても痛々しい。
『がぁああああぁあああああああああああああああああッ!!?』
しかし、それだけの価値はあった。
額の顔を砕き、中まで食い込んだ弾丸に、エヒトは立ち上がって絶叫する。
純粋な痛みからではない。その弾丸から瞬く間に身体中を駆け巡る、〝
傾いた玉座が祭壇から転げ落ち、次いで悲鳴のような金切り声をあげて石像達が消滅した。
石像の炎や棘剣に体を支えられていた二人は当然落下し、祭壇の上で死に体を打ち付ける。
「──ッ!!」
その前に、雫が開眼した。
空中で体を捻ると、ぶら下がっていた業奠の鞘の先端部分を口で掴み取る。
そのまま勢いよく右へと首を振り──シャリン! と清涼な音を立てて、短刀が引き抜かれた。
その短刀の刀身は、ゾッとするほど濃い色の紫電を纏い、なおかつ白く輝いている。
驚くべきことに、業奠の刀身よりも異様に長かった鞘にはもう一振り仕込まれていたのだ!
「今度こそ……斬れ………………雫ぅうううううううッ!!!」
「あぁぁああああああああああッ!!!」
友の激励を受けて、剣鬼は空を蹴る。
胸に大穴、貫かれた両腕。
だけど、まだ足が動く。
たとえ、これを最後に二度と歩けなくなっても構わない。
だから、だからッ、だからッ!!!!!
「シューを……返せぇえエェエエエッ!!!」
『おの、れぇええええッ!!!』
もがき苦しんでいたエヒトが、当たりもつけず激情に駆られて神剣を薙ぐ。
不思議なことに、偶然にもそれは雫を一刀両断できる軌道で。
「……〝錬成〟」
そんな神の悪足掻きは、突如として間に割り込んだ……
先の手榴弾の一部に紛れ、空中に散布しておいた金属粒子をハジメが錬成したのだ。
渾身の一振りだったが故に全速力で当たった神剣は、盾からそっくり返ってきた衝撃でエヒトの手から飛んでいく。
強制的に右手万歳の姿勢になり、その首筋を無防備にも晒せば──剣鬼を阻むもの、何もなし。
「フッ!」
『カッ!?』
一瞬で両足を胴体に絡め、間髪入れず短刀が首元に叩き込まれる。
まるで噛み付いているようにも見える姿勢。果たして短刀は……その刃を、根元までしっかり沈み込ませていた。
『ぐ、がぁあああ!』
「がはっ!?」
ほぼ反射的に腹を打った拳を、雫はモロに食らう。
「雫!」
落下してきた彼女を、祭壇に設置された階段のへりを掴んで止まっていたハジメがキャッチする。
ハジメも満身創痍、そのまま二人まとめて階段を転げ落ちていき、今度こそ祭壇の下に行き着いた。
「おい……まだ、生きてるか……」
「……え、え。それ、よりも……カフッ、エヒト、は……」
這い蹲るにして重なり合った二人は、緩慢にエヒトを見上げる。
祭壇の上では、両膝をついたエヒトが言葉にならない声を撒き散らしながら両腕を振り回していた。
やがて、首に突き立っていた短剣をついに探し当てると、乱雑に引き抜き投げ捨てる。
それでも、〝神殺し〟の力も、自分の魂が肉体から分離していく感覚も無くなりはしなかった。
『何故、何故何故何故何故何故ぇえええ!』
「成功……した、の……?」
「みたいだ……な」
喚き散らすエヒトを見ながら、ハジメが雫を刺激しないよう体を離し、立ち上がる。
錯乱していたはずのエヒトは目ざとく気がつき、恐ろしい速度で振り返った。
「……さぞ、驚いたようだな」
『貴様らっ、心臓を貫かれて、何故ぇっ!』
「そうだな……お前の言葉を……真似、するなら……」
ハジメが、自分の胸に開いた穴に手を入れる。
その痛みに顔を顰めつつも、ほどなくして引き抜いた手には……ハート形の、アーティファクトが。
「身代わりアイテムって、ところだ」
『アーティ、ファクトだと……っ!』
「〝セカンド・ハート〟……よくできてる、だろ?」
それは血管の中を超微細な粒子の形で流れていた、〝命に関わる外的要因を引き受ける〟概念を持つアーティファクト。
石像達が復元されたのを見て、二度目の事実抹消が起こった際に備えて密かに体内で粒子を結合し直し、起動していたのだ。
用心に用心を重ね、その全てを覆されることを見越してさらに用心する。
ハジメの慎重さの勝利だった。
『ではっ、八重樫雫はっ!』
「どうやら……心臓の表面に血刃を生成して…… 刃を……逸らしたらしい……な」
『貴様ら、なんという……!?』
「マトモじゃない……って? ハッ。マトモな胆力、だったら……あいつのツッコミ役なんざ……何年も、続けられる、かよ」
軽口を叩き、血まみれの顔で獰猛に、それでいて馬鹿にするようにハジメは笑う。
それが己の敗北を示しているかのようで、エヒトは屈辱に激しく顔を歪める。
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
しかし、スイカを割るように魂が二つに分離し、刻一刻と大きくなっていく
『いつからっ、一体いつから狙っていたっ!』
「……最初から、お前を、倒すには…………六手は、必要だと……思っていたさ」
憤るエヒトに、ハジメは一つ一つ説明していく。
圧倒的物量と超火力による第一手と、自分も雫も押し切れないのを見越した上で復活の第二手。
次の第三手、ハジメはセカンド・ハートと同時にもう一つ密かな対策を打っていた。
アンチエネルギーが付与された魔眼石を外し、戦いながら大宝物庫の中で弾丸に錬成し直したのである。
雫との挟撃の際に打ち込んだのはそれであり、見事に〝神殺し〟の概念が効果を発揮するレベルまでエヒトの力を弱らせた。
この戦いの中でハジメの中に芽生えた、新たな〝極限の意思〟が、事実抹消をされてもその力を維持したのである。
途中から純粋な〝魔力感知〟と〝気配感知〟だけを頼りにエヒトに追いすがっていたので、負担は格段に増した。
そうして眼窩の中に仕込んでおいた〝神殺し〟のナイフを加工した弾丸を打ち込み、更にエヒトの力を弱らせる第四手。
業奠よりも強力な万象切断の概念が込められた短刀で、エヒトとシュウジの魂の融合を分離する第五手。
そして。
「……これで、最後の一手だ」
ゆっくりと、ハジメが左手を上げていく。
つられて外装がボロボロと剥がれ落ちていき……中から、異形の左腕が顔を出した。
目を見開くエヒトの前で、ハジメはほとんど消失したスカーフを留めるリングを外し、呟く。
「〝錬成〟」
眩い赤のスパークと共に、リングは弾丸へと姿を変えた。
その弾丸が発する、〝神殺し〟にも匹敵……否、凌駕する概念魔法の力にエヒトが体を震わせる。
あれを受けた瞬間、弱まった今の自分の魂では確実にこの体から引き離されることを確信した。
『っ、だが、それを撃ち出すための武器はもうっ!』
「あるだろ? ここに」
ハジメが、弾丸を指で弾く。
黄金の弾丸が宙を舞い、その間にハジメは左腕を右手で掴み取って、擬態によってその形を変えていく。
瞬く間に変形し、ハジメの右手に収まった真紅のリボルバーに、落ちてきた弾丸がぴたりと収まった。
『まさ、か──!』
「【
『ま、待て、やめろっ!』
今更に制止するエヒトの言葉を無視して、ハジメは弾倉を嵌めたリボルバーの銃口を向ける。
それから……フッと。
とても優しく、変心する前のようなかつての微笑み方で、最後の言葉を紡いだ。
「お前から預かった
『南雲、ハジメェエエエエエエッ!!!』
ドパンッ!
紅い閃光が、白を貫く。
瞬く間もない刹那、止めるものなく突き進んだ弾丸が、エヒトの胸の一部を寸分違わず撃ち抜いた。
激しい衝突音と共に赤雷が鎧を食い破り、その胸の奥──分離しかけた二つ魂の間をぶち抜く。
途端に、仰け反った体から一人の人間が分離した。
神の鎧に封じ込められていた体が解放され、ついにその姿を現したのだ。
即座に銃を投げ捨てたハジメが階段を駆け上がり、右手を伸ばす。
「シュウジぃいいいっ!」
『おのれぇえええええ!』
同時に、スーツと共に分離したエヒトも肉体を取り戻そうと魔の手を伸ばして──
《待たせたな。余す所なく解析し終わったぜ、シュウジ?》
「──パーフェクトだ、エボルト」
『ごはぁっ!?』
「っ!?」
開眼と同時に繰り出したヤクザキックでエヒトは吹っ飛んでいき、白い空間の壁らしき場所に叩きつけられていた。
その一方で、俺が突然動いたことで驚いたのだろうハジメが急激に立ち止まる気配がした。
上手くバランスを制御できなかったのか、つんのめって顔面から倒れる所でその右手を取ってやる。
それによって体制を立て直し、さらに片足を踏み出して止まったハジメが、勢いよく顔を上げた。
「お、前……?」
心底驚いたというその顔は、いやはや実に良いリアクションだ。
だから俺も、いつものようにニヒルに笑い、こう言ってやるのさ。
「よっ、三日ぶり。元気だったか、ハジメ?」
「……そこそこ、な!」
ハジメの顔が、クシャッと歪んだ。
大 復 活 !
読んでいただき、ありがとうございます。
次回をお楽しみに!