星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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ついに取り戻したその手。

ここから始まるは最高の反撃。

楽しんでいただけると嬉しいです。



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さあ、終末を始めよう。

 シュウジ SIDE

 

 

 

 

「無茶するぜ。普通、自分の頭蓋骨にヒビ入れるような武器使うか?」

「るっせ。お前にだけは言われたか、ねえよ」

 

 

 

 いつものように揶揄えば、涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑うハジメ。

 

 きっと、これまで抑えていたいろんな感情が一気に決壊しているのだろう。

 

 もうエボルトの一部が体から離れてしまったので、その思考は読み取れないが。

 

 

『俺を使ってわざわざ盗み聞きして、第三者視点でのモノローグは楽しかったか?』

 

 

 楽しかったね。ひたすら狂言回しに徹するってのも、たまには悪くない。

 

 そんなことを思いつつも、掴んだ右手を介して再生魔法を行使し、瀕死一歩手前のハジメを治していく。

 

 ものの数秒で全ての外傷は癒え、ボロボロに引き千切れた血塗れの衣装だけが名残として残っていた。

 

 隻眼を見開いたハジメは俺の手を離すと、涙を拭い、力強く背筋を伸ばして笑う。

 

 

 

 

 俺は頷き……それから、祭壇の下で倒れている最愛の人を見た。

 

 自然と一歩引いてくれたハジメに、階段を降りて彼女の前に膝をつく。

 

 傷だらけの体をこれ以上痛ませないよう、そっと仰向けにすると頭を自分の膝の上に乗せた。

 

 両手で頬を包み込んで再生魔法を使えば、雫はすぐにうっすらと目を開いた。

 

「…………シュー、なの?」

「おうとも。いつでもニコニコお前の隣に、オンリーワンな北野シュウジだ。自信過剰な極悪ヴィランの復活だぜ?」

「……信じて、たわ。ちゃんと、私のところに戻ってきてくれるって」

 

 どんな宝よりも価値のある白肌から傷や血が消えていくのと共に、声に張りが戻っていく。

 

 無意識に魔力を多く込めたか、ハジメより幾らか早く治癒が完了すると、雫はゆっくりと起き上がった。

 

 

 

 

 至近距離で見つめ合う。  

 

 柔らかく、優しくて、それでいて曲がらぬ光を持った、俺が他の何よりも魅入られる美しい瞳。

 

 それを見ただけで、たった三日離れていただけだというのに、止め処ない愛情が溢れてきた。

 

「怒ってるか?」

「……ええ、とってもね」

「そりゃ参った。どうしたら許してもらえる?」

「とびきりの愛を込めたキスを、一つ」

 

 こりゃまたロマンチックな注文だ。実は乙女な雫らしく、可愛らしい。

 

 まあ、どのような要求でも俺に拒むことはできない。何も言わずにあんなことをしたのだから。

 

 贖罪の気持ちと、何より愛情を伝えるため、俺は雫へと顔を近づけた。

 

「ん……」

 

 自然と目を閉じた彼女に、触れるだけのキスをする。

 

 触れ合ったのは数秒。瑞々しさを取り戻した雫の唇は暖かく、とても柔らかいものだった。

 

 顔を離してもう一度目線を交わらせれば、雫はハジメと同じような表情になって、俺の胸に顔を埋めてしまう。

 

 声も漏らさずに嗚咽を漏らし始めた雫に、俺はそっと背中や頭を撫でた。

 

 

『やーい、泣かせた泣かせた』

 

 

 小学生かっ。

 

「そんないい女泣かせるなんて、罪な男だな」

「耳が痛いねぇ。でも、あんだけの数の美人さん引っ掛けてるハジメも中々だぜ?」

「言っとけ。つうかお前、やっぱりずっと意識があったんだな」

「まあな」

 

 あえて弱ったように思わせ、精神の核を守る魔法を自分にかけて、魂の根底部分に潜伏した。

 

 ある程度は本当に繋がっておいて、それとなく思考を誘導し、エボルスプリームの力を作らせて。

 

 それでいて地上にいるエボルトとハジメが持っていた腕を中継機に、あらゆる状況を俯瞰して、操った。

 

「というわけさ。二人とも俺の想定以上の奮闘だったから、感動して意識だけで泣いちまったよ」

「……もう、言葉も出ねえわ」

 

 俺が色々覗き見て糸を引いていたことか、はたまた一応は神であるエヒトの思考を操ったことか。

 

 どれであれ、呆れたような、かつ感嘆したような目と笑い方で見下ろしてくるハジメなのであった。

 

「あ、ちなみに二人の戦いぶりに感動したのは本当だぜ? あそこまで俺のことを思ってくれてたなんて、嬉しい限りだよ」

「あー……まあ、今更照れる必要もねえな」

「……そうね。ついでにどさくさに紛れて、私のこと名前呼びしてたし」

 

 いつの間にか雫が泣き止んでいた。

 

 顔を上げた雫は、驚きに引き攣った表情を浮かべるハジメを見上げて悪戯げに笑う。

 

「いや、その、あれはだな。つい感情が昂ったというか、弾みというか……だから、な? シュウジ?」

「ぶはっ、そんな焦らなくてもジェラシー感じたりしねえって。むしろ俺からすれば、なんで名前呼びじゃなかったのか不思議だね」

「と、いうことらしいわよ?」

 

 俺のことでなんやかんやと仲良かったのはとっくに知ってたし、思うところなど何もない。

 

 そんな俺の気持ちも見透かしている我が女神は、だからこそハジメのことを揶揄ったのだ。

 

「……はぁ。わかった、下手に誤魔化すのもおかしいしな。これからは名前で呼ぶわ」

「ええ。私もそろそろハジメくんって呼ぶことにするわ。この戦いを一緒に潜り抜けたんだから、ね」

「おう。改めてよろしくな、八重が……雫」

「よろしく。南雲くん……じゃなくて、ハジメくん?」

「うむうむ、仲良きことは美しきかな」

 

 そんなこんなで、ハジメと雫の友情イベントでしたとさ。

 

 

『ゲーム風な纏め方だな』

 

 

 ギャルゲーやってるのを妹に見つかって怒られた、どうも俺ちゃんです。

 

「ま、エヒトに憑依させてたのには()()()()()()()()ってことさ」

「なるほどっ──!」

 

 最後の一言を口にする前に、ハジメが勢いよく振り返る。

 

 雫もハッと反応して立ち上がろうとしたが、俺は冷静にステッキを異空間から取り出した。

 

 膝立ちの姿勢で先端を床に打ち付け、エ・リヒトを展開すると、空から降り注いだ光のスコールを防ぐ。

 

 次々と紫の障壁を打ち付けるそれは、空中にいるエボルスプリームの姿を保ったエヒトの仕業だった。

 

『殺すっ、殺すっ、殺すっ、殺してやるぞっ、イレギュラー共がぁあああッ!!!』

「おー、怖。よくあんな声出せるな」

「エヒト……!」

「まだこれだけの力を……!」

 

 しこたま概念魔法をぶつけられておいて、まだこれだけ元気があるとはねぇ。

 

 なんてのんびり考えているのもいいが、なんだかんだとハジメも雫も精神的に疲弊している。

 

 それほどまでにエヒトは強大だったのだ。さすがは何万年も存在し続けただけのことはある。

 

 ある程度の所でエボルスプリームの力を制限しとかなかったら、もっと凄まじかっただろう。

 

 

『なら、なるはやだな』

 

 

 おう、なるはやだ。

 

「シュウジの名において命ずる。〝堕ちろクソ野郎〟」

『がぁっ!?』

 

 我ながらテキトー極まる【神言】によって、急激にエヒトが祭壇の上へと落下する。

 

 同時に光の流星が一斉に消え、必要なくなったエ・リヒトを解除して立ち上がった。

 

「お前、今のって……」

「【神言】を、使えるの……?」

「人の体であんだけ連発してんだ、パクってくださいって言ってるようなもんだろ?」

 

 呆然とする二人に、ステッキで肩を叩きながら軽口を叩く。

 

 

『これが本当の睡眠学習ってね』

 

 

 睡眠ってか憑依だけどな。

 

 いつものやり取りを済ませた所で、一発で落ちたエヒトの様子を見に行く。

 

 歩きながら、ギリシャの神々が着てそうな趣味じゃない服を魔法でとっておきのものに変えた。

 

 一瞬で体が紫と黄色を基調とした衣装に包まれ、最後にあのブローチがついたシルクハットを被れば完成。

 

「ようエヒト、実にお似合いの格好だな」

『貴様……!』

 

 祭壇は粉々に砕け、瓦礫の上で這いつくばったエヒトは、必死に起き上がろうともがいていた。

 

『ありえぬっ、たとえその肉体を失ったといえど、分離した際に力の一部は奪ったはずっ! 付け焼き刃の【神言】に、何故このようなっ!』

「あえてくれてやったんだよ。三下のエセ神に等しい絞りカスみたいな力を、だけどネ」

 

 悔しがっているエヒトの肩をステッキで突き、あえて煽り口調で言ってやる。

 

 エボルスプリームの姿も、〝抹消〟の残滓とこいつのエネルギーが干渉して、仮初めの形を保っているだけだ。

 

 重圧をかけられているように体を震わせながらも、エヒトは頭を上げ、こちらに顔を向けてくる。

 

 

 

 

 露わになった顔は、ハジメに撃ち抜かれた額から左側にかけてマスクが割れていた。

 

 その奥にあるのは、魔王城の時にも見た人型の光。目元らしき場所は憤怒に歪んでいる。

 

「おいおい、お前がマスク割れしても誰得だよ。せめてゼクトと共にありィ! の方にしとけって」

『貴様っ、最初から、我を欺いていたというのかっ!』

「気付くのが遅いぜ、自称神(笑)? こんな場所で数万年も引きこもってるだけのヒッキーちゃんがこの俺と化かし合いしようなんざ、もう百万年くらい早かったな」

『き、貴様ぁああああ!』

 

 面白いくらい怒る怒る。これだからプライド高いやつを煽るのはやめられない。

 

 ここ三日の鬱憤を晴らすのに十分な美味しいリアクションを見れた所で、本題に入るとしよう。

 

「何故俺が、わざわざお前のチンケな意識に体を使わせてやったと思う?」

『貴様っ、神たる我に向かって……!』

「ハジメにゃ悪いけど、ぶっちゃけユエを乗っ取られた方が簡単に片付いたんだよね。ハジメの覚醒イベントも見れそうだったし」

「おい」

 

 冗談冗談、と後ろから飛んできた冷ややかな声に返し、エヒトを見下ろす。

 

「都合が良かったのさ」

『都合が、良かっ、た……?』

「俺の目的を果たすために必要な、残りの数ピースを手に入れるために、お前という存在を利用するのが一番効率的だった」

 

 エヒトはいわば、俺にとってのはぐれメタル。貴重なリソースを持っているいい獲物だった。

 

 いいように利用されたと聞いて動きを止めたエヒトに、手袋に包まれた右手の指を5本とも立てる。

 

「一つ。お前が数万年蓄え続けた、世界の理の知識が欲しかった」

 

 カインの記憶を持ち、全ての神代魔法を習得してその叡智を手に入れたとはいえ、所詮はペーペー。

 

 〝あるもの〟を手に入れるためには、エヒト達〝到達者〟レベルの理への深い叡智が必要だった。

 

「二つ。お前の記憶と知識の全てを閲覧し、解析する時間を作るために、使徒やフリード、《獣》達の動きを操りたかった」

 

 なにせ世界を崩壊させてしまうほどの魔法知識、それも数万年とたっぷり溜め込まれた情報だ。

 

 憑依した対象の記憶を解析・模倣できるエボルトと二人掛かりでも、ようやくさっき解析し終わった。

 

「三つ。お前と融合し、ハジメ達と死力を尽くして戦うことで……」

 

 そこで俺は、エボルトの力を使いながら自分の胸に手を突き立てる。

 

 後ろで静観していた二人が動揺する気配が伝わってくる。構わず()()()を抜き出した。

 

 外に出てきた手の中に収まっていたのは……焦げ付いたように黒々とした、二本のボトル。

 

「この体を使い、残りのロストボトルを精製するためだ」 

 

 状況を鑑みて色々と調整したのだが、結局十本のブラックロストボトルを作りきることはできなかった。

 

 そこで先んじて残りのボトルを体内に入れ、あえて倒されることで精製したのだ。

 

 しかし俺自身が死んでは元も子もないので、こいつにそのダメージだけを丸ごと押し付けた。

 

「四つ目はこの【神域】の支配権。最後の一つは……ま、いいか」

 

 人差し指を立てていた手を下ろし、ネタバラシを中断する。

 

 これから死ぬこいつに説明する必要もないし……ハジメ達が、聞いてるからな。

 

「お前のおかげで、全てが俺の望む通りになった。改めて礼を言うぜ、どうしようもない引きこもりぼっち幼児のエ・ヒ・トちゃん?」

『貴様貴様貴様貴様貴様っ、貴様ぁああぁああああああああああああッ!!!!!』

 

 これ以上ないほどの絶叫を上げるエヒトをせせら笑い、俺は数歩後ろへと後退する。

 

 それからハジメ達とエヒト、両方の中間あたりで立ち止まり──大仰に両腕を広げた。

 

「さあさあさあ! 始めよう、最後にして最高に滑稽な、楽しい楽しいショータイムを!」

「シュウジ……?」

「シュー、一体、何を……」

 

 訝しげにする二人にウィンクし、ステッキを消して異空間を開く。

 

 取り出したのは漆黒のパネル。幾何学模様が刻まれたそこに収められたのは、八本のロストボトル。

 

 空いている残り二つのスロットに、自分の体から抽出したばかりのロストボトルを同時に差し込む。

 

 漆黒の筒は、小さなガスと共に上品な黄金で彩られた。

 

「これで全てが揃った」

 

 

《エボルドライバー!》

 

 

 ジャケットのボタンを外し、エボルドライバーを装着する。

 

 ベルトが固定されてから手を離し、次いで取り出したエボルトリガーのスイッチを二度押した。

 

 

《 OVER OVER THE REVOLUTION ! ! ! 》 

 

 

 力強く、禁断の力が解放される。

 

 ドライバーにそれをセットし、続けて取り出したアサシンボトルを装填。

 

 

ASASSIN!

 

 

 正しくボトルを認識したのを確認して……俺は、虚空へと手を伸ばす。

 

 伸ばした手の先、見計らったように空間から滲み出てきたものを掴み取った。

 

「あれって……ボトル?」

「確か、天之河が持ってたよな……」

 

 手にしたのは、あの勇者に渡したエボルヴボトル。

 

 ネルファの中にあった、()()()()()()()()()()()()()()それが手の中で光を放ち、そして砕ける。

 

 手の中で新たに生まれたものは、あらゆるものを飲み込まんと口を開いた、醜く恐ろしい赤い蛇。

 

 そのキャップを開け……ドライバーに残っていたもう一方のスロットに、差し込んだ。

 

 

FAULT SYSTEM!

 

 

 低く、粘りつくような声が響いた。

 

 これまでのどれとも違う、それ自体が致命的な間違いであることを告げるような、昏い声。

 

 そして、全てを消し去る力と全てを飲み込む力が合わさり、一つになった時。

 

 

 

 

 

 

 

《 C O R R U P T I O N ! 》

 

 

 

 

 

 

 

 演奏が、始まった。

 

「さあ。終末を始めよう」

 

 俺は、レバーを回した。

 

 ドライバーから、聞いているだけで涙を流し、懺悔したくなるような音が流れる。

 

 それはまるで、朽ちた城に響く壊れたピアノの伴奏のように。

 

 それはまるで、誰もいなくなった部屋の片隅で奏でられる、錆びたオルゴールのように。

 

 それはまるで──この世に存在する生物、物体、法則、全てを憎む歌のように。

 

 荘厳ではない、恐ろしくもない。

 

 ただただ何かが壊れてしまったような、呪いの如き協奏曲。

 

 

 

 

 直後、ドライバーから弾丸のような速度で飛び出していき、空中で何十と枝分かれする六本のチューブ。

 

 それらは白い空間に突き刺さり、蝕み、グラグラと激しく鳴動させながら広がっていった。

 

『我が、【神域が】……!?』

「くっ、これはっ、一体!?」

「シューっ、何をしようとしてるのっ!?」

 

 激しく揺れる白亜の空間に、ハジメ達が叫んで。

 

 けれど。

 

 

 

 

 

 ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛………………

 

 

 

 

 

 チューブ達がその先端に広げた六つの穴から、瘴気と共にそれらが出てきた瞬間、口を噤む。

 

 広げた穴の向こうから、数十、数百という数の悍ましい骸達が、チューブを掴んで、やってくる。

 

 骨だけの骸もいた。まだ血肉が残っている骸もいた。あるいは完全な人の姿を保っている骸も。

 

 そして彼らは一直線に、ロープのようにチューブを伝って……俺の全身に群がった。

 

「シューッ!?」

「よせ雫、行くなっ!」

 

 骸達は、何者も寄せ付けない。

 

 たとえそれが、俺にとって大切な人間でも、これから殺す敵でも。

 

 ただ。

 

 

 

 

 

 ──え

 

 

 

 

 

 求めるように。

 

 

 

 

 

 ──がなえ

 

 

 

 

 

 縋るように。

 

 

 

 

 

 ──贖え

 

 

 

 

 

 責め立てるように。

 

 

 

 

ARE YOU READY ?(命を以って、贖え)

 

 

 

 

 俺に、清算しろと訴える。

 

「今してやるさ、亡者ども」

 

 レバーを手放し、ブラックパネルを宙へ放る。

 

 くるりくるりと回転しながら舞うパネルに、両手を胸の前で組んだ俺は一言。

 

 

 

「変身」

 

 

 

 瞬間、体を闇が包み込んだ。

 

 俺も、パネルも、覆い被さった亡者も、一斉に収束したチューブが飲み込んでしまう。

 

 凝縮し、一回り、また一回りと蠢くチューブの塊が小さくなっていき──弾けて。

 

 

 

 

 

《LOST……》

 

 

 

 

 

 体を覆う骸が、溶けたように流れ落ちる。

 

 

 

 

 

《LOST……!》

 

 

 

 

 

 宙に残されていた六つの穴が、手足や体、額に嵌め込まれる。

 

 

 

 

 

《EVOL LOST ! ヒャハハハハハ!!!》

 

 

 

 

 

 そうして、全てが終わった時、俺は。

 

 

 

 

 

『「エボル、フェーズゼロ」』

 

 人としての形を、失っていた。

 

 

 

 

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「あれは……エボル、なのか…………?」

「進化した人……いえ、神よりもなお……?」

『ありえぬ……ありえぬっ、そんな、そんなことが……!』

 

 自分の体を見下ろす。

 

 ひたすらに黒く、黒く、黒い。それ以外の認識を一切許さないような、澱みのない漆黒の体。

 

 ブラックホールとも、怪人態とも全く異なっている姿。あるいはその中間とも言えるかもしれない。

 

 いや、それ以前にこれは鎧ではなく──俺そのものなのだ。

 

『「……改めて感謝するよ、エヒト。お前のおかげで、ボトルも、知識も、力も手に入れ、この進化に到達することができた」』

『貴様、何故まだ意識がある……! 自分が何になったのか、理解していないというのか!?』

『「してるさ。俺は──虚無だ」』

 

 エボルロスト。

 

 パンドラボックスの力を使う、本来のエボルの進化とは異なった形態。

 

 

 

 

 

 

 

 その正体は──〝抹消〟との、完全な一体化。

 

 

 

 

 

 

 

 人を超越し、消滅の概念そのものとなる、決して辿り着いてはならない進化のカタチ。

 

 ブラックパネルの強大なエネルギー、エボルシステム、アサシンボトルに込めた〝抹消〟の力の欠片。

 

 そしてマリスが神性を獲得した際、ルイネと共に魂を奪われていたネルファの中に残った、微かな力。

 

 それらを繋ぎ合わせることで、実在しているもの全てと相反するこの力と一体化するための、概念についての叡智。

 

『「何より、概念そのものとなっても自我を失わない強靭な精神が重要だったからな。この三日、お前が理の秘技で獲得した力を一部とはいえ奪えたのは僥倖だった」』

『貴様、我が力を……我が神性を、奪ったと、いうのか……』

『「何から何まで、お前は利用しがいがあったよ」』

 

 明かした真実に、エヒトは立ち上がれない。とっくに神言の効果は消しているのに。

 

 俺にとって所詮エヒトなど、これまで利用してきた奴らと何ら大差なかったということ。

 

 奪えるものは全て奪い、目的の為に有効活用する。それが俺という人間のやり方なのだ。

 

『「だが、もう用済みだ。矮小な神に相応しいバッドエンドをくれてやる」』

『があぁああああっ!?』

 

 手をかざすこともなくエネルギーを操作し、エヒトを宙へと浮かび上がらせる。

 

 かの救世主のごとく、四肢を十字の形に引き伸ばすと、右手でレバーを回した。

 

 

《READY GO!》

 

 

『「フィナーレだ。永劫に消えてなくなれ、エヒトルジュエ」』

『我はっ、我は神だぞ! イレギュラァアアアッ!!!』

 

 

《ALL FINISH! Ciao~?》

 

 

 最後の断末魔を叫ぶエヒトへ、手をかざす。

 

 体に一体化した円環と同じ、どこに繋がっているとも知れぬ穴が四つ出現して……エヒトの体を飲み込み始めた。

 

 少しずつ先端から体が消えていく光景は、さながらミキサーにかけられて削られていく果物のよう。

 

『あッ、あぁあっ、あぁあああ………馬鹿な…………そんな……ありえない、こんなことは……ありえない……』

「「……」」

『死に、たく……ないっ……死にたくな……い……何故……同士、十分……何故……わからない……どうして、永遠を……』

 

 その身を失っていきながら、エヒトは意味をなさない言葉の羅列を行なっていた。

 

 全てに絶望し、己という存在を保つ理論を失った者の末路。自尊心の塊であるこいつは特に顕著だ。

 

 だからこそ縋るのだ、過去に。自分がなしてきたこと、実証してきたことを想起し、必死に保とうとする。

 

『「安心しろ、エヒト。お前という()()は残らない。この力で、お前という存在は完全に消え去る」』

『おのれ……おのれ……我は……神、なる、ぞ……我こそ、絶対……全て、したが、え……全て……操り……貴様らは、ただ……苦しみ……叫び……喚き…………嘆けば、それで……よいの、だ……』

 

 ああ、なんて醜いのだろうか。

 

 執着、怨嗟、独善、自己保身、傲慢、寂寥、憎悪、恐怖……数多の言葉にしてなお余りある悪意の塊。

 

 エヒトもまた、カインが憎み、アベルが怒った、悪辣なる悪だったのだ。

 

『「最後に教えてやる──お前は特別なんかじゃない。どの世界にも掃いて捨てるほどいる、ただの腐れ蛆虫だ……俺と同じな」』

『……っ』

『「何も見ず、何も聞かず、何も理解しようとせず。それでいて自分の欲望だけを他者にぶつける、自己中野郎。それがお前の正体だ」』

 

 救いようがない外道には、同じく救うべきではない外道の手でこそ、その最期を。

 

 その想いとともに、もう胴体と頭しか残っていないエヒトの姿を傍観した。

 

『いや、だ……しに、たく……な、いっ!』

『「好きなだけ喚け。誰も助けないからな」』

 

 その一言が引き金になったのか、本当にエヒトが喚き出す。

 

『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくぁあああああぁああぁああああああぁああああ ッ!!!!!!』

 

 最後の最後まで、身勝手なままに。

 

 

 

 

 

 

 

 エヒトルジュエという悪人は、その存在を全て削り取られて──消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 それを見届け、手を下ろす。

 

『「……ようやく、か」』

《ここに到達するまで、長かったな》

『「……ああ」』

 

 エヒトを殺す、その為だけに多くを犠牲にした。

 

 スマッシュやハードガーディアン、特にロストボトルの開発で積み上げた屍は、山一つ二つでは到底足りない。

 

 人が生きる領域全てに目を行き届かせ、この決戦のために支配する過程でも、多くの命を刈り取った。

 

 この力を完成させる時、償いを求めてきたあの骸達は……きっと、俺が殺めた人間全ての怨念の集合で。

 

 その意味において、俺はエヒトと瓜二つだった。

 

「……シュウジ」

「……シュー」

 

 だけど。

 

 こんな人殺しで人でなしな、外道極まりない化け物でも、まだ名前を呼んでくれる存在がいるらしい。

 

 危うく自分という存在が曖昧になりかけていたところで、すぐ後ろから聞こえた声に振り向く。

 

 黒い煙と共に、一時的に体を元の形へと戻しつつ見れば……とても、悲痛そうな顔をしていた。

 

「おいおい、なんだよその顔。ついに悪しき神を打ち破ったんだぜ? もっとハッピーな顔しろよ」

「「…………」」

「……頼むからさ、笑ってくれ。そうじゃねえと、人間やめた俺ちゃんが報われないぜ?」

 

 そう付け加えれば、一瞬で顔を形容できない感情で歪めた二人が手を伸ばしてきて。

 

 けれど、何かを感じ取ったのか俺に触れる前にその手を留めてしまった。

 

 それでいい。

 

 今の〝抹消〟と一つになった俺に触れてしまえば、お前達でさえも……跡形もなく消してしまうから。

 

 この姿は、エヒトがそうしていたように力の一部を応用して、擬態しているだけに過ぎないのだから。

 

 我がなした事ながら、その事実のなんと狂おしいほど憎いことだろうか。

 

「……帰ろう、シュウジ」

「みんな、待ってるわ……?」

 

 ああ、優しいなぁ。

 

 もう触れられないというのに、まだそんな風に言ってくれるなんてな。

 

 でも。

 

「そうだ。ハジメ、お前にこれをやる」

 

 慎重に意識を集中しながら、異空間を消さないように開いて帽子を取り出す。

 

 この世界で共に旅してきたそれを頭に落とせば、ハジメは非常に渋い顔をした。

 

「一番のお気に入りだ。大切にしてくれよ?」

「おい、ふざけてないで質問に……」

「雫。ちょっと借りるぜ」

「え、あ……」

 

 念動力で雫の髪留めを操り、するりと引き抜く。

 

 完璧に治した艶やかな黒髪がはらりと広がるのを見ながら、手元へ持ってきたそれに意識を傾けた。

 

 直後、広げた両手の中で仄かな光を放つ三日月は形を変え……煌めく指輪に変わった。

 

「左手をご拝借……は、できないな。残念ながら」

 

 優しく雫の左手を念動力で操り、その薬指に人差し指と親指の間で浮遊するリングを嵌める。

 

 念動力を解くと、雫は右手の指で指輪にそっと触れ……そして、俺のことを訝しげな目で見てきた。

 

 それは、ハジメも同じだった。

 

「シュウジ。帰るぞ」

「無理だ」

「っ、どうして!?」

「まだやることがあるんだよ」

 

 そう。

 

 これまでの全ては、いわば前座。

 

 最後にすべきことが、一つある。

 

「お前達は巻き込めない。だからここで、お別れだ」

「ふざけんなッ! お前は俺達と一緒に、家にかえ──っ!?」

「この期に及んでまた一人で背負うなんて、許さなっ──!?」

 

 一歩踏み込み、また手を伸ばしてきた二人が息を呑んだ。

 

 その理由は二人の足元に広がった……両方を纏めて落とすことができる大きさの、ワームホール。

 

 あれだけの戦闘の後、加えて俺を注視していた二人は対応する間も無く、そのワームホールに吸い込まれる。

 

「大丈夫。ちゃんと、お前らの幸せは守るから」

「くっ、シュウジ、シュウジぃいいいいいいぃいいい──────っ!」

「シュー──────っ!」

 

 最後まで名前を呼んでくれながら、二人は姿を消していった。

 

 ワームホールをじっと見つめていると、体からエボルトが分離して隣に立つ。

 

「……あいつらは犠牲にしない。それが俺が最後まで貫く、唯一の矜持だ」

『最後までお前の選択は変わらなかったな、シュウジ。あいつらに恨まれるぞ?』

「お前もだよ、エボルト」

『何? ガッ!』

 

 一瞬で首を掴み取り、エボルトの体を持ち上げる。

 

 俺の腕を掴んでもがくエボルトを、二人を【神域】から退場させたワームホールの上に移動させた。

 

「俺の〝犠牲〟の中にお前は含まれてない。ハジメ達をよろしくな、エボルト」

『お前っ、最初から──!』

「心配するな。お前がいなくても……ちゃんと、一人でできるさ」

 

 エボルトの首から、手を離す。

 

 念動力で体の自由を奪っておいた為、なんの抵抗もされずにワームホールへ落ちた。

 

 そのまま、ハジメ達もエボルトも二度と戻って来られないようにワームホールを消す。

 

 変身を維持し、かつ意識が統合できない程度の遺伝子を確保してある。もう二度と会うことはないだろう。

 

 ついでに転がっていたリボルバーも手を一振りして消せば、もう懸念はない。

 

「──というわけで。一対一だぜ、女神様?」

「──あは。粋なことをしますね」

 

 背後で、ガラスを割ったようにけたたましい音が鳴る。

 

 ゆっくりと振り返れば、空間そのものを破壊したように大きな亀裂が走っていた。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

「こうしてお互い、肉体を持ってお会いするのは初めてですね──北野シュウジさん?」

 

 

 

 

 

 

 

 そこに、俺の創造主が立っていた。

 

 

 

 




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