とある女は全てを失い、とある女はなおも狂っていた。
そしてとある男は、全てを終わらせることを望んでいた。
だから、全部リセットしよう。
楽しんでいただけると嬉しいです。
この章の一話目を読んでいただけると、もっと楽しめるかも?
シュウジ SIDE
「………………え?」
呆然と、女神が呟く。
ポタリ、ポタリと白亜の床に溢れる赤い血は、胸を貫いた物の先端から滴ったものか。
こちらに一歩踏み込んだ人形は、次の一歩で体を反転させ、その刃で創造主を害していた。
次の瞬間、背中の刺し傷から黄金の光が奔流となって溢れ出す。
一瞬でエヒトが座していた【神域】の最奥を埋め尽くしたそれは、彼女の中に秘められた膨大な力。
人形の持つナイフに込められた〝抹消〟の力によって、その全てが彼女から切り離されていく。
「っ!」
すかさず擬態に使っていた力を解除し、全力で出口になる空間の亀裂を消しとばす。
それと同時に、伸ばした左手からエネルギーを回収した。
ほとんどが空っぽだった俺の中にみるみるうちにエネルギーが満たされていき、一瞬虚無感が薄れる。
やがて、粒子を全て吸い取った左手をゆっくり下ろした。
「ば、かな……な、ぜ…………」
あちらの様子を見ると、ナイフが引き抜かれたマリスが膝をついている。
力を失った彼女は髪を本来の色へと戻し、それを腕を下ろした人形が見下ろしていた。
「──ようやく届きましたよ、マリス」
人形が発した冷たい声に、マリスが緩慢に顔を上げた。
口の端から血を吐いた彼女の目線に、感情の存在しない顔で見返した人形は。
「お、とう……さん…………?」
「貴女はいつも入念に計画し、相手を懐柔して、徹底的に堕落させ、貶め、素晴らしい手腕で目的を果たす……ですが、最後の一手で自分の計画性に驕ることだけは変わりませんでしたね」
その人形──否、人形に体に入り込んだカインの残留思念は、淡々と告げる。
いっそ冷酷なまでの無情さは、たとえかつて娘のように育てた相手だろうと変わらない。
「な、んで……元の、世界に……封じて、きた……は、ず……」
「彼が私を呼び寄せてくれました。元は私の器、今の力ならば貴女の力を打ち消し、手繰り寄せることも容易かったことでしょう」
『「礼はいらないぜ?」』
俺を一瞥したカインは、また眼鏡の位置を直すような仕草をする。
いやはや、一から十まで説明しながらカインがあの人形に定着するのを待つのは、肝が冷えた。
より確実に、より安全に糸を張り巡らせ、戦わずして勝つ……自分の用意周到さには惚れ惚れするぜ。
「あ、は、は…………おか、しいなぁ……ぜんぶ、うまく…………いって………………たのに、なぁ……」
「……マリス、もう終わりです。これ以上罪を重ねてはならない。貴女の願いは、私という存在は、あってはならないものなのです」
「…………わた、しの……ねが、ぃ…………」
そのカインの言葉に、ゆらりと俯かせていた顔を上げたマリスは。
ゾッとするような凄惨な笑み……などではなく。
どこか、あどけない笑顔を見せた。
「ふ、ふ…………ちが、ぅよ、おと……うさん……」
「…………」
「わた、しの、ねがい…………は……ぉとうさ……んに……とめてもらう、こと……だもの…………」
「…………マリス、貴女は」
そこで、ぐらりと彼女の体が横に傾く。
カインはすかさず姿勢を落とし、彼女のことを両手で受け止めた。
「ずっと…………とまれ、なかっ……た…………さびしさ、だけが…………みたし、て…………それ、だけが…………ふくれ、あがって……なにも…………みぇ、なくなって…………」
「……神格に、人格が支配されたのでしょう。貴女の中にある寂寥だけが根底に残り、それを満たすことが神としての第一の論理となったのですね」
この場面においても冷静なカインの言葉には、どこか重い熱が混じっているように思えた。
それを聞いたマリスは…………震える右手を上に伸ばして、カインの頬に添える。
「あり、がとう…………おとう、さん…………わたしを………………ころして、くれて…………」
「…………私には、それしか出来ませんから」
先ほどよりも、さらにカインの言葉に感情という名の熱がこもる。
娘への最後の愛情だろうか、血濡れた彼女の手に自分の手を重ねる様は……実に優しげだ。
「…………ごめん……ね…………るい、ね…………ねる……ふぁ…………みんな…………ひどいこと…………して…………ごめ、んね…………」
「眠りなさい、マリス。悪意に囚われてしまった、我が娘。私もすぐに…………そちらへ行きます」
優しく囁くカインに、マリスは。
「あぁ…………お父さんの手………………とっても………………あったかいなぁ…………」
満足そうに微笑みながら……光の粒子になって、消えていった。
数千年も彼女の肉体と魂を維持していた力を失い、消滅したのだ。
だが、だからこそ最後に、彼女は正気に戻り……最愛の父の腕の中で死ねたのだろう。
『「はは。実にロマンチックな、演出じゃ…………ねえ、か…………」』
「北野シュウジッ!」
そこで俺も、限界に達して崩れ落ちた。
ダメだこりゃ。なんとか踏ん張ってたが、もうほとんど命が残ってねえや。
仰向けに倒れていくと、驚くべきスピードでやってきたカインが受け止めてくれる。
『「サンキュー、白馬の王子様……かわい子ちゃんじゃない俺まで、助けてくれてよ…………」』
「まだ死んではいけません。目的を果たすのでしょう?」
『「わぁってるよ……ちょっと休憩した…………だけだって」』
一念発起し、妙に感覚のない体を動かしてカインの手からナイフを掠め取る。
そのまま今度はうつ伏せに倒れるが、どうにか起き上がって片膝を立て、左手で体を支えた。
少しだけ腕に力が通うまで待って、気力を振り絞ることで胸の中にその手を突っ込む。
『「うっ、ぐぉ……!」』
引きずり出したのは、シンプルな造形の、両刃の白いナイフ。
その柄にある随分と黒く濁った宝玉に、カインから奪い取ったナイフを近づける。
すると、カインのナイフの宝玉から漏れ出た黒い靄が俺の宝玉に移っていき、吸収した。
やがて空っぽになったナイフを投げ捨て、今度は異空間からパンドラボックスとホワイトパネルを取りだ
ドグンッ!!!!
『「ぁがっ!!?」』
体を打った脈動に、一瞬自分がバラバラになる錯覚を覚えた。
けたたましい音を立ててボックスとパネルが床に打ち付けられ、俺は胸を押さえてうずくまる。
鎧に覆われた額を擦り付け、その脈動が……俺の魂の最後の一欠片を食おうとする力が収まるのを待つ。
『「ふぅっ、ふぅっ……!」』
「…………北野シュウジ」
『「手出し、厳禁だぜ……おおぁあああっ!!!」』
起き上がる勢いを使い、もう一度腕を前腕の半ばまで胸に食い込ませる。
そうして引きずり出したブラックパネルとの繋がりを、もう一方の手にあるナイフで断ち切った。
『「がはっ! うぐっ、はぁっ、はぁっ!」』
息を荒げながら、床に転がった黒のパネルと白のパネルを拾い上げ、重ね合わせる。
すると、両方のパネルから発した光が互いを包み込み……残った白いパネルには、ボトルが収まっていた。
『「あとは……これを……」』
指先の感覚がない両手でナイフを握り、その刃を大きく掲げる。
『「お……らぁッ!!」』
何も感じないのに重い体の全体重を使って、白い地面にナイフを突き刺した。
その瞬間、カッ! と宝玉から放たれる力。
小刻みに震えるナイフの表面に夥しい数の光の筋が通い、そこを光が流れる。
宝玉は光を吸い取り、徐々に、徐々に丸く肥大化していって、やがて全ての光を吸いきった。
その途端、ポロリと外れてナイフから取れた宝玉を手で受け止める。
崩壊するナイフを手放し、手を顔の前まで掲げて、そこにある真っ黒な球体を見た。
『「……これで、全部揃った」』
誰にも、そこで傍観しているカインに聞かせるでもなく、呟く。
それからノロマに立ち上がると、全身からパラパラと黒い破片が床に落ちた。
真っ白な床でそれはよく目立って、ぼんやりとした意識で自分の体を見下ろす。
『「はっ。ヒビだらけ、じゃん」』
少しでも衝撃を加えれば、その時点で粉々になってしまいそうだ。
死に体を引きずり、パンドラボックスの前まで戻ってくる。
『「星を生かす力よ。俺の願いに、応えてくれ」』
上が大きく開いたその箱に、宝玉を手の中から落とした。
パンドラボックスはその宝玉──膨大すぎるエネルギーを秘めた果実を受け止め、内で雷を発する。
激しく散るそれに蓋をするように、俺は倒れこみながらホワイトパネルを上に重ねた。
一瞬の静寂。
後に、パンドラボックスから爆ぜた光で俺は吹き飛ばされた。
『「ぐぉあっ!?」』
「っと。大丈夫ですか?」
『「へへ。ナイス、キャーッチ……」』
またも受け止めてくれたカインに、ピースサインする。
それから、端が黒く染まり始めた視界でパンドラボックスを見ると……そこに、樹があった。
一瞬目を離した隙に、白い空間に根付いて太い幹を作り、枝を幾重にも伸ばしたそれは、輝く光の樹。
『「悪いけどよ。ちょっくら、運んでくれや、しねえか」』
「……仕方がありませんね」
カインに肩を貸してもらい、
たったの数歩分、引きずられるようにして樹の前にたどり着いた俺は、破片の零れる右手を伸ばした。
『「……全、生命記録に、アクセス」』
少し樹の光が強まり、その後にまるでゲームのウィンドウのように光の大版が現れる。
そこに細々と書かれているのは、この惑星が始まって以来育まれた数えきれない命の記録。
並行世界にアクセスし、星と星を融合させるパンドラボックスを利用して無理矢理入り込んだ。
常人では読むこともままならない奇怪な文字の羅列は、ほとんどが意味をなしていない。
それは当たり前だ。
記録として残っていても、特定の形として残っているはずがない。確実に別の命に生まれ変わっている。
だから、まだ読み解ける一部分……未だ処理が終わっていない、ここ数百年の部分を読み解いていく。
『「ネルファ……坂みん……中里…………よし、ちゃんと、記録されてる」』
他にも、これまでの計画で命を奪った全員、しっかりこの星に記録されていた。
数千人という、把握している全ての名前を確認し終えたところで、とある名前を探す。
しばらく視線を彷徨わせて……。
『「ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタール……見つけたぜ、ユエのお父さん」』
その名前を、しっかりと把握しておく。
今度こそ確認を終え、その光の版に手を伸ばして──ふと止めた。
「どうしました、北野シュウジ?」
『「……は、ははっ、はははははっ! おいおい、マジかよっ! あぐっ!?」』
「……何をやっているのです、あなたは。無駄な体力を消耗するなど」
『「っ……。いや、わりーわりー。ちょっと、すげえもん見ちまってよ」』
大きく剥がれた胸から手を離し、もう一度それを……その名前を、見る。
オスカー・オルクス。
ナイズ・グリューエン。
メイル・メルジーネ。
ラウス・バーン。
リューティリス・ハルツィナ。
ヴァンドゥル・シュネー。
『「あんたら、ずっと待ってたのか。何千年も、転生もしないで、ずっとずっと……ミレディを、待ってたのかよ」』
なんて、強い意志。
なんて、強い絆。
ああ、この人達は……本物だ。
『「……形が残っているのなら、いけるはずだ。幸い、ミレちゃんとはそれなりに
「足りるのですか?」
『「なんとか、な」』
カインに答え、顔を正面に戻した俺は、今度こそ告げた。
『「回収したエネルギーを代償に、〝この宇宙における俺に関連する記録のリセット〟と……〝未来の選定〟を、実行する」』
その言葉に、大きく音を立てながら記録版が輝いた。
文字の一部が一際強く輝き、自分を証明するように浮かび上がると、消えていく。
その現象が次々と起こり、瞬く間にこの星で起こった出来事が書き換わっていった。
『「これでいい……これで、全部精算できる……」』
腕を脱力して振り下ろすと、その反動でもう一本の足も砕けた。
いよいよ自分で自分を支えられなくなった俺を、カインは両手で樹の根元に寄りかからせてくれる。
『「ありがとよ、カイン……あんたのおかげで、計画は完遂した。これで何もかも、正常になる」』
「…………全ては、あなたの努力の賜物です」
『「お、優しいじゃん。こりゃ、頑張った甲斐が、あるねぇ……」』
……俺の、計画。
それはパンドラボックスと〝抹消〟のリセット機能を使った、新しい世界の創造。
そのためには、星を二つほど丸ごと塗り替えるだけのエネルギーが必要だった。
まず、これまでエボルアサシンで倒してきた相手……悪食やランダ、キルバス、アルヴ、《怠惰の獣》のエネルギー。
次に、【神域】で散った坂みんやフリード、他にも中里、紅煉、ネルファら《獣》のエネルギー。
戦い合うことで活性化し、何十倍にも増幅した地上の使徒や魔物、コクレン、その他全てのエネルギー。
エヒトのエネルギーと、俺の中に取り込んだブラックパネルのエネルギー、マリスのエネルギー。
これでギリギリ、帳尻が合った。
そうして生まれ変わる世界では、俺という存在は最初からいなかったことになる。
星と星は、システムでネットワークを形成している。
生まれた時から俺に根付いていた抹消の〝核〟を使うことで、トータスの記録を介して地球にもその影響は伝播するだろう。
そうなるよう、最高の適合率を求めたとも言うべきか。
必ず、俺という存在に関連した十八年弱の記録は消え去る。
結果的に、犠牲にした数多の命も復元されるってわけ。
ざまあみやがれ、天之河。
お前に、全て救える方法があるなら言ってみろと言ったが……実は俺、知ってたんだよネ。
『「けど、ま……認めてやるよ」』
妙に清々しい気分のせいか、ふと言葉を続ける。
『「お前は、本物だ。俺と違って、ちゃんと本物になれた」』
エヒトの意識の裏側で、ずっと見ていた。
奴は信じて、信じて、信じ続けた。自分の欲望のためではなく、ネルファの為に。
虫唾が走る偽善だが、きっとそれはカインの真似事しかできない俺より正しいことで。
本当の信念ってやつを、奴はついに手に入れていたのだ。
だから。
『「だから……新世界では、ネルファをよろしく頼む」』
この計画には、俺にとって失われた命を取り戻すのと同等に価値のある〝おまけ〟がある。
それは、俺に深い繋がり──〝因果〟を持つ相手に、最も幸せな未来をプレゼントすること。
俺が消えることで、エヒトは地球を見つけず、召喚は起こらない。
それどころか、エネルギーとして消費したことでエヒトそのものが消える。
つまり、ハジメとユエ達の出会う可能性が高確率で失われてしまう。
だからパンドラボックスの力で引き寄せた、理想的な世界の可能性を融合させる必要があった。
かつてマリスが俺に仕込んだ嘘を、本当にしてやろうってわけだ。
ユエであれば、おそらく新世界にてディンリードさんが蘇り、かつハジメ達と一緒にいる未来が訪れるだろう。
同様に、美空にも、シアさんにも、ウサギにも、白っちゃんにも、ルイネにも、リベルにも。
エボルトにも、アークにも、ハウリア族にも、天之河にも、谷ちゃんにも、生き返る坂みんや、ネルファにだって。
他にも先生や遠藤、清水、全て全て──俺という存在に強く影響を受けた人物全員に。
……ハジメに、雫に、最良の未来を贈る。
俺に関する記録のリセットより、こっちに大量のリソースが必要だった。
『「それが、俺の勝利の法則だ……なんちゃって、な」』
「究極の偽善。その形の一つですね」
『「偽善上等。いい悪役は……最後にちょっとした置き土産を……するもんさ」』
とは言ってみるものの、これはどう考えても悪行だろうな。
最初から俺だけに都合のいい、独りよがりの大悪行。
あらゆるものを奪い、利用した責任を放棄する、究極の臆病者。
だけどそれで誰もが幸せになるのなら……これほどスカッとすることもない。
俺は、造られた人間だ。
かつて存在した誰かの粗悪な模造品、滅茶苦茶にいじられた記憶を持ったクローン。
けれど、実はその誰かは俺の中に宿っていて。
そして本当に実在した誰かは、俺から引き抜かれていった。
じゃあ、俺って、なんだ?
人殺し? 悪人? 外道? 人でなし? 化け物?
──人形?
全て、全て。
操られるだけの模造品。最初から死ぬことが定められた壊れ物。
何者でもない俺は、きっと他の誰よりも価値がなくて。
だけど。
だけど、生きたいと、そう思ってしまった。
あいつらが、俺を〝北野シュウジ〟にしてくれたから。
だから、恩返しをしよう。
贖罪をしよう。断罪をしよう。修正をしよう。
だから、俺は。
『「最後まで、ピエロであり続けよう」』
これで、最後まで〝北野シュウジ〟として死んでいける。
もう十分に生きた。大切なものは全て得られた。だから、そのツケを払わなくちゃいけない。
俺は元から異物。なら消えることで世界は本来の形になる。それでいいんだ。
それが出来たのは、最後の最後まで俺を縛り、道を示してくれた、この男のおかげ。
『「あんたもせっかく新しい体を手に入れたんだ。新世界じゃ、今度こそ自由に生きろよ。ああ、なんだったらルイネと復縁して」』
「システムに請願。リソースの譲渡を理由に、この肉体と魂をエネルギーに還元する権利を要求します」
『「………………は?」』
こいつ、今、なんて言った?
呆然とする俺の横に、何やら頷いたカインは腰を下ろす。
「申請が通りました。これで、私もマリスとの約束を果たせます。必ず後で行くと言ってしまいましたからね」
『「…………馬鹿なやつ」』
「ええ。何せ、貴方のオリジナルですから」
それを言われちゃあ、おしまいだ。
なんてことを考えたのが、引き金になったのか。
白亜の空間が急に鳴動を始め、嫌な音を立てて外側から亀裂が入り始めた。
どうやら俺の中には、【神域】を維持する力も残っていないらしい。
『「こいつで終わりだな……」』
「……北野シュウジ。一つ、ゲームをしませんか」
どんどん崩壊が大きくなっていく中、不意にそんなことを言ってきた。
『「えぇ……今からやんの? 死ぬ瀬戸際の今?』
「簡単で、すぐに終わるゲームです」
『「うーん、ま、いいか。どうせあと数十秒で死ぬし」』
では早速、と了承したカインは。
「このゲームのルールは一つ。〝本音しか言ってはいけない〟、それだけです」
『「……え、なにそのルール」』
「簡単と言ったでしょう。さあ、スタートですよ」
『「つっても、もう何もかも出し切ったって感じで」』
「──最後くらい素直になりなさい。それくらいの権利は、貴方にならあるはずだ」
その言葉に、ふと隣を見てみれば。
そこには銀色の粒子が舞うだけで、鉄面皮の暗殺者はどこにもいなかった。
『「……最後にキザなセリフ残してくれちゃって」』
光り輝く樹に後頭部を預けながら、ぼんやりと崩壊していく【神域】を眺める。
思いの外、死ぬまでのたった数十秒という時間は想定していたよりも長くて。
とても、退屈で。
『「……………………ハジメと、またなんか勝負したかったな」』
だからつい、そんなことがポロッと漏れ出た。
『「雫と幸せな家庭、築きたかったな」』
気がつけば、次の二秒目でまた一言。
『「美空やシアさん、白っちゃんの恋愛相談、もっと聞きたかったな」
また、一言。
「ティオと語り合いながら酒飲んでみたかったし、リベルの大きくなった姿も見たかったし、坂みんと谷ちゃんをもっといじりたかったな」
またも、一言。
他にもたくさん、たくさん、たくさん。
言いたいことが、浮かんできて。
「…………クソ。なにがこれでいいだよ」
俺、めちゃくちゃ未練あるじゃん。
「あぁ…………もっと、生きたかったなぁ…!」
それが、音になった最後の言葉で。
俺は、ついに砕けた世界の中で。
誰もいない、真っ暗な闇の中で。
たった一人、鬱陶しいほど輝く樹の下で。
消えた。
世界は生まれ変わる。
次回、終章。