星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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これは、最後の物語。


この舞台を締め括るエピローグ。


どうぞ、新たな世界を楽しんでください。



新世界
巡り巡って、追った朝日


 

 

 

 

 

 

 

シュウジッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 叫びながら、飛び起きる。

 

 体を跳ねさせるようにして起き上がらせ、伸ばした右手は虚空を摑むだけだった。

 

「はぁっ……はぁっ……ああ、くそ。またか」

 

 右腕を下ろして、ベッドについていた左手で顔を覆う。

 

 触れた額も頬も寝汗で濡れていて、とてもではないが気持ちのいい目覚めとは言えない。

 

「俺は……いったい、誰の名前を」

 

 じっと指の隙間から足を覆うブランケットを眺めていると、そこに光が差しているのに気がついた。

 

 緩慢に顔を上げ、ベッドのすぐ横にあるカーテンを見れば、光はその隙間から漏れ出している。

 

 伸ばした手で一気にカーテンを開けると、両目が白い光に焼かれた。

 

「うっ……」

 

 咄嗟に左手を差し込み、その熱を左の掌で受け止める。

 

 グッと瞑った目蓋を焼く朝日が消え、暗闇が戻ったところでようやく目を開けた。

 

「……朝、か」

 

 今一度見た窓の向こうには、電線とその上で可愛らしい鳴き声を上げる雀。

 

 その向こうには立ち並ぶ様々な家があり、マンションの窓から眺める町並みはいたって平凡だった。

 

 

 

 

 しばらくそれを眺めた後に、視線を室内へと巡らせる。

 

 立ち並ぶ本棚には、趣味の本から仕事に関する本まで、多種多様なそれらで埋められている。

 

 ノートパソコンや電気スタンド、母さんのアシに使う道具が並んだデスクを挟んで、反対の棚にはゲームの類。

 

 小型のテレビとそこに繋がったゲーム機に対面するクローゼットのノブには、昨日出しておいた服がかかっていた。

 

「シャワー浴びなきゃダメだな、こりゃ」

 

 シャツからパンツに至るまでぐっしょりと湿った体を一瞥し、ベッドから這い出す。

 

 替えのパンツとシャツを片手に部屋を出て、するとリビングの方からいい匂いがした。

 

「あいつが来てるのか」

 

 トントンと聞こえる作業音にぼやきつつ、廊下の突き当たりにある洗面所へと入った。

 

 広い脱衣所で濡れた服を脱ぎ、洗濯機に放り込んだところで、ふと壁に埋め込まれた鏡を見る。

 

 平均よりやや上の身長。日本人らしい黒髪と茶色の両目。体は細く引き締まり、筋肉の線が目立つ。

 

 別に格闘技とかをやってるわけじゃないんだが……高校生の時から()()あった影響だ。

 

「……何で今更、そんなことを確かめてるんだ?」

 

 気がついたら、今の自分を眺めるというナルシストじみたことをしていた。

 

 羞恥心を覚えつつも、一人が使うにしては無駄に広い浴室に入る。

 

 そして、高めの位置にしたシャワーの蛇口を捻ることで頭から熱い湯を被った。

 

 熱湯に体を濡らされていく中、ふと空っぽになった頭に浮かんだのはついさっきのこと。

 

「……何度目だ、あの夢を見るのは」

 

 

 

 

 

 

 

 17の頃からずっと、同じ夢を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 誰かに手を伸ばす夢。

 

 その腕を掴もうとして、どんなに走っても追いつけない、歯痒い泡沫の幻。

 

 精一杯手を伸ばすのに届かなくて、たまらずそいつの名前を叫ぶけど、目覚めた途端に忘れてしまう。

 

 そいつは、俺にとって誰より大切なやつだった……その確信と、どうしようもない悔しさだけが残るのだ。

 

 大切なのに、覚えてない。

 

 いつからこんなに大きな、思い出せない記憶があったのだろうかと、毎度思う。

 

 ただ、どうにも憶えてないという事実を一つだけ確かに憶えていることが、何より嫌だった。

 

「誰なんだ。誰なんだよ、お前は」

 

 もう一回、もう一回、そう何回やったって思い出すのは、輪郭のぼやけた顔だけ。

 

 なのに、そいつと積み重ねた記憶も、名前も、なんだかぼんやりと思い出せないままで。

 

 瞼に乗った淡い雨のような水滴が、その残滓さえも洗い流してしまいそうになるから。

 

 ずっと、悪夢は終わらない。

 

「あーもう、わっかんねえ!」

 

 濡れた髪をかき回し、こんがらがった思考を隅に押しやると、さっさと体を洗い始めた。

 

 

 

 

 

 さっぱり綺麗になって風呂から上がり、体を乾かすと一度部屋に戻る。

 

 身支度を整え、再び自室を後にして、すぐそこにあるリビングへの扉を開けて中に入る。

 

「おはようさん、今日の朝食は──うおっ!?」

 

 挨拶を仕掛けて、けれど驚いたことで中断してしまった。

 

 その理由は、()()()()()()が並べられたテーブルの一角に座り、優雅な仕草で紅茶を啜っている人物。

 

 その男はカップをソーサーの上に戻すと、入り口で止まった俺にブロンドの髪を揺らしながら振り返った。

 

「やあ、おはようハジメくん。朝からお邪魔しているよ」

「……おはようございます、()()()()()

「おや、お義父さんと呼んではくれないのかい?」

「それは、またの機会ってことで」

「残念」

 

 顔を引き攣らせながらも返した言葉に、肩をすくめた彼は悪戯げに笑った。

 

 ()()によく似た笑い方になんとも言えない気分になりつつ、彼の対面に腰を下ろす。

 

 面白そうに笑ったディンさんは、何かしらの記事が映ったタブレットを手にまた紅茶を飲み始めた。

 

 天下の大企業たるアヴァタール社の副社長が、一介の大学生の部屋で何やってんだか。

 

「ん、ハジメ。おはよう」

「おお、ユエ。おはようさん」

 

 待つこと数分、キッチンの方から料理が乗った皿を手に出てくるのは極上の美女。

 

 美しいという言葉を体現したような金髪赤眼のその女──ユエは、ふわりと万人が虜になる笑みを浮かべる。

 

 そして彼女は、両手に持っていた朝食を俺とディンさんの前に置いて、最後に俺の隣へ座る。

 

「今日も美味そうだな」

「ん。また昨日遅くまで働いてたみたいだから、腕によりをかけた」

「そうか、ありがとう。それといつも言ってるが、毎朝来てくれなくても……」

「悲しいことを言わないでくれたまえ、ハジメくん。こんな可愛い姪に甲斐甲斐しく世話をされて迷惑だというのかい?」

「ふふ、ディン叔父様もこう言ってる」

 

 ぐっ、ここぞとばかりにディンさんが突っ込んできた。

 

 子供の頃に親父の会社の関係で出席したパーティーで知り合って以来、ユエを猛プッシュしてくるのだ。

 

 出会った時から幼くも美しかったユエ本人もどうしたことか乗り気であり、そんなこんなで早数年。

 

 そりゃまあ、こんなトンデモ美女に毎日飯を作ってもらうなんて、男なら悪い気がするはずはない。

 

 しかし、艶めかしくも猛獣のようにこちらを見つめる赤い瞳を見ると、どうにも心の一部が震えた。

 

 徐々に体を寄せてくるユエとディンさんの視線にたじろいでいると、でかい音と共にドアが開かれた。

 

「おっはよーございまーす! 今日もいい朝ですぅ!」

「……シア、朝から声が大きい」

 

 いつものように遠慮なく入ってきたのは、またも隣人の姉妹。

 

 片や元気潑剌といった笑顔で片手を振り上げ、片や眠たげに目を擦るそいつらもまた、とびきりの美女。

 

 シア・ハウリアとアルナ・ハウリア。高校の時に転入してきた双子の姉妹で、今も学友だ。

 

 ちなみにアルナはアラビア語で兎を意味する言葉に語感が似通っているため、ウサギというあだ名で呼んでいる。

 

 二人が来た途端にユエとディンさんが目配せし、残念そうに笑うとユエが俺から離れていった。

 

 思わずホッとする……いや、悪い気は全然、これっぽっちもしてないぞ、うん。

 

「シア、ウサギ、おはよう」

「おはようございますユエさん。それで、ご飯ってもう作っちゃいました?」

「ん。そっちは、ウサギを起こしてた?」

「姉さんはマイペースですからねぇ〜。布団をひっぺがすのが大変で」

「……眠いんだから仕方ない」

「はは、それは至言だね」

「ディンさんなら、そう言ってくれると思った」

「ちょっと〜!」

 

 たわいもない会話を交わしながら、シアとウサギも席に着く。

 

 ユエが一度キッチンに戻り、二人の分の朝食を取りに行ったところで玄関の方からガチャリと音がした。

 

「ハジメー、来たよー」

「お邪魔しまーす」

 

 タイミングを見計らったように現れた新たな来訪者にシア達と苦笑し、俺は立ち上がる。

 

 キッチンに行くと、整理整頓されたそこで丁度両手に皿を持ったユエがこちらに振り向いた。

 

「ん、美空と香織が来た?」

「ああ、みたいだな。それ貸してくれ、運ぶから」

「ありがとう、ハジメ」

 

 お安い御用だ、と答えながら料理を受け取り、その場を後にする。

 

 壁一枚隔てたリビングへ戻れば、そこには既にハウリア姉妹の隣に座っている二人の女がいた。

 

「おはよ、ハジメ。クマできてるよ?」

「おはようハジメくん。ちゃんと寝られてる? 大丈夫?」

「まあ、そこそこな」

 

 幼馴染と、高校時代からの学友の優しい言葉に応える。

 

 一瞬また夢のことが思い浮かんだが、それを打ち消すように歩き出してシア達に料理を届けた。

 

 程なくしてユエが美空達の料理を持ってきたところで、コンコンとリビングの入り口からノック音。

 

 三度目の来訪者に全員が振り向けば、そこにはユエに勝るとも劣らない美女がいる。

 

 右隣の部屋に住んでいるユエの、そのまた隣に住んでいる隣人だった。

 

「おはようなのじゃ、諸君。妾の分の朝食もあるかの?」

「ん、ティオ。今持ってくるから座ってて」

「じゃあそれは受け取る」

「任せた」

 

 ユエから皿を受け取り、美空達の前に置いた。

 

 礼を言ってくる二人の律儀さを感じている間に、ユエが戻ってきてティオ共々着席した。

 

 俺もようやく自分の席に戻ると、全員が揃ったことを確認して朝食を取り始める。

 

「ハジメさん、今日の講義は何限で終わります?」

「ん、間に一コマ休んで三限までだな。最初の講義はお前らと一緒だったよな?」

「ん、それで今日は終わり」

「四年のこの時期になると、ほとんど単位も取れてるよね」

「そうだな。最近じゃ嬉々として父さんにバイトを入れられる」

 

 子供の頃からありとあらゆるオタク知識と技能を叩き込まれ、今じゃ会社で一端の戦力扱いをされてる。

 

 加えて母さんの漫画もそこそこ手伝ってるお陰で、大層なマンションに住めてるんだから感謝しかない。

 

「いいな〜、同じ大学で悠々自適なキャンパスライフ。私はあくせく働いてるのに」

「惣一さんとこの前スーパーで出会したが、元気そうだったな。ナシタは繁盛してるか?」

「そりゃあね。何せ、この私がいるんだから」

「もう、美空ったら自慢げにしちゃって」

「香織も看護師、どうなの?」

「頑張ってるよ。あ! そういえばウサギとシアさん、優勝したんだよね! おめでとう!」

「ふふん、私達に追いつける相手なんていないですぅ!」

「レーンは、私達の独壇場」

「ふふ、みんな若いねえ」

「いかにも若者らしく、楽しんで生きておるようじゃの」

 

 女三人寄れば姦しいとはこのことだろう。

 

 目の前で和気藹々と話すユエ達は、高校生の頃教室でそうしていた時と何ら変わりない。

 

 まあ、なんの因果かその中心にいることで同級生の男どもにやっかまれたが、今ではいい思い出で

 

 

 

 

 

 

 

 〝私が来た!〟

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 カラン! と音を立て、手の中から零れ落ちた箸が皿に当たる。

 

 今の、風景……弁当を広げた俺の前にやってきた、男は…………

 

「ハジメ? 大丈夫?」

「っ、え、ぁ、ゆ、ユエ?」

 

 俺の顔を覗き込む端正な顔に、ハッとする。

 

 一瞬、目の前に広がった光景に意識を奪われていたようだ……知らないはずの、光景に。

 

「ハジメさん? どこか調子悪いんですか?」

「まだけっこう時間あるし、ご飯食べたら寝る?」

「いや……平気だ。ありがとう」

 

 慮ってくれるハウリア姉妹と、心配げな顔をする他の面々にそう言う。

 

 なおも若干疑わしげな目を向けてきたので、俺は箸を持ち直すと勢いよく飯をかっこんだ。

 

「おお、良い食べっぷりじゃの」

「ちょ、ハジメやりすぎ! 喉詰まらすよ!?」

「ハジメくん落ち着いて!」

 

 ……そうだ。

 

 もう一回、たとえ何万回やったって思い出せるのは、あの曖昧でぼんやりとした顔だけなんだ。

 

 だから、今見たものも聞こえないまま死んだことにしてしまえと、暗い声で自分に囁く。

 

 何も知らないままでいるのが、〝誰か〟を傷つけはしないかという思考にも、蓋をしろ。

 

「んぐ、ごちそうさん。すげえ美味かった」

「あ、ハジメ」

 

 そんなことを考えている間に飯を食い終わって、ユエ達から逃げるように席を立つ。

 

 キッチンに食器を捨てるように置いていき、足早にリビングから出ると一直線に自室へ行った。

 

 そして扉を閉めて……背中を預け、ズルズルと座り込む。

 

「……何やってんだ、俺」

 

 ユエ達には悪いことをした。

 

 心配をかけちまった上、あまりにそっけない態度を取ったことを、後で謝らなくちゃいけない。

 

 だけど。

 

 あそこで、いつもみたいにユエ達と過ごしていたら……騒がしくも楽しいと、そんな簡単な感情ばかり数えていたら。

 

 自分の中にある、あの〝誰か〟がくれた温もりを……その手の体温を、完全に忘れてしまいそうで。

 

 

 

 

 

 そうなったらもう、永遠に会えないと。

 

 

 

 

 

 何故かそんな気がして、一度考えるとどうしてもそう思えてしまう。

 

 そしたら、上手く笑えなくなって。

 

 どうしようもないまま、逃げてきてしまった。

 

「……どうしてこんなに、思い出せないんだよ」

 

 その呟きが、自分の中に巣食う恐ろしさの正体だった。

 

 

 

 




新たな世界。

平穏に生きるハジメ達。

その世界を創ったのは……


次回もお楽しみに。
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