理想の世界、理想の現実、理想の今。
それは全てが都合が良くて。
だからハジメは、疑った。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「…………んぐ」
呻きながら、目を覚ます。
最初に感じたのは後頭部のクッションらしきものと、体にかけられたブランケットの感触。
右手で体を覆うそれをどかしながら、左手で体を持ち上げることで起き上がる。
「ふぁ……」
最後に、緩慢に開いた寝ぼけ眼を擦りながら欠伸を一つ。
それを噛み砕いたところで、不意に脳裏から額にかけて稲妻が走るように伝う小さな痛み。
「っ……飲みすぎたか」
歩けなくなる前に八重樫家から引き上げたが、結局一升瓶の半分は飲んでいたように思う。
俺もどちらかというと強い方だが、八重樫はいわゆる酒豪ってやつだ。かなりの分はあいつが飲んでいた。
ええと、それから実家に帰ってきて……この時点でかなり酩酊していて、ソファで眠ったのか。
「いつもこうだな、っと」
足をソファから下ろし、フローリングの上に敷かれたカーペットにつける。
そのまま両手に力を込めて立ち上がり、少しくらりとしたものの問題なく直立できた。
「……結構寝てたのか」
壁に設置された時計を見れば、午前8時。もう父さんは会社に行っただろう。
母さんは……昨日は家にいたことから察するに、作業場にもう出発したといったところか。
洗面所へ行こうと静かなリビング内を移動すると、テーブルに何かが置かれていた。
歩み寄れば、そこには500mlのペットボトルと頭痛薬。ついでに下には紙が一枚。
「〝父さん達は出るから、戸締りをしっかりな。いつ起きるかわからないから、朝飯は nascitaにでも行け〟……ね」
ペットボトルを手に取り、紙に書かれていた内容を読み上げる。
優しい気遣いに口が緩みながら、さっと頭痛薬をボトルの水で流し込むとリビングを出た。
30分ほどで一通りの身支度を済ませると、スマホと財布を持って家を出る。
扉を閉め、鍵をちゃんとかけた後に、ふと体を包み込む陽光の元を見上げた。
「いい天気だな」
空は快晴。青く澄み渡る空に白雲が浮かび、燦々と太陽の光が降り注ぐ。
幸い、今日は休日。気にかけることは何もない上、こうも良い天気だと気分も上がる。
柄にもなく香織のように平和的な思考を展開しつつ、門を閉めて再び南雲家を後にした。
「着くのは……だいたい9時か。それなら店も開いてるな」
腕時計の針を見つめ、自分の歩くペースと逆算して呟く。
美空の父である惣一さんが営む〝カフェnascita〟を目指し、意気揚々とのどかな道を進んだ。
店は住宅街のすぐ近くにある商店街の路地。子供の頃からよく遊びに行っていた。
一人暮らしを始めた今でも、雫と飲むようになってからもう二年近く──
「……あれ?」
そういえば今日は何か……特別なことがあったような気がする。
ついさっき何もないと思っていたはずなのだが、意識の隅っこに引っかかるものがあった。
今日というありふれた一日に、どのような特筆事項があるのだろうか?
「ふむ……」
どうしても気になるため、ポケットに入れていた右手を顎に持っていきながら唸る。
さながら急流に攫われかけた帽子を引っ張り出すように、その違和感の元を探って──
「わぶっ!?」
そんな俺の思考を中断するように、唐突に吹いた一陣の風で飛んできた何かで視界が塞がれた。
反応する間もなく真っ暗になった目の前に驚き、その場で立ち止まることで転倒を回避する。
そして両手で顔に引っ付いたものを剥がすと、一瞬で景色が戻ってきた。
「ったく、迷惑な風だな……何が飛んできたんだ?」
胡乱な眼差しで、手元を確認して。
そこにある、妙に手触りが良くて上等そうな……
男用だろうその帽子は黒いリボンが巻かれていて、側面には
実に高そうな代物だ。こんなものを被っているのは誰なのやら。
「何にせよ、今の風で持ってかれたやつはふこ……ゔっ!!?」
ギシリ、と。
その帽子を見つめていると、自分の中で大きく軋むような音がした。
「──ッ」
一瞬、平衡感覚が無くなる。
膝から崩れ落ち、そのまま倒れてしまう前に両手を地面につくことでどうにか止めた。
それでも異変が止まることはなく、目の前にあるアスファルトの地面がぐにゃりと歪んで見える。
「はっ、はっ……!」
呼吸が荒い。酷い耳鳴りがする。全身の血管が沸騰しているような熱がある。
そのことをやけに強く実感し、意識が押しつぶされないよう両手を強く握りしめた。
そんな俺の抵抗など無意味だと言うように、耳鳴りが強くなっていく。世界が軋むような音だった。
体の方も、いよいよ爆発してしまうのではないかというほど熱が高まって、高まって……
次の瞬間、パッと全ての異常が消えた。
「くはっ!」
肺から追い出すように空気を全て吐き出し、体をもたげる。
少し前までのことが嘘のように感覚は正常で、しかし名残のように鋭い頭痛がした。
「っ、今のは、なん──」
何だったんだ、と言おうとしながら、前を見て。
道の数メートル先、そこで蠢く〝赤黒いスライム状のもの〟に息を詰まらせた。
それは、何かと色々見てきたこれまでの人生でも、特に奇妙な光景だった。
見慣れた住宅街の道、その真ん中に直立するように存在している、不定形の何か。
至る箇所が出ては引っ込んで、まるで何かの形を為そうとしているかのようにそれは変形している。
「あれ、なんだ……?」
『ようやく、思考が成立するくらいには……意識が統合できるように、なったか』
「っ!!?」
あ、頭の中に声が!?
まるで脳に直接響くような声に、まさかこのスライムのようなものが話したのかと凝視する。
すると、徐々に人に近い形になっていたスライムは──ギン、と目のようなライトブルーの光を向けてきた。
『擬態は……まだ無理か。せいぜい、少し意識に干渉する程度が関の山、だな』
「っ、お前は、何者だ……?」
『いいか、よく聞け、ハジメ』
名前を呼ばれたことに驚きながらも、何故かおとなしくその言葉に従う。
ついに人型と判別できるほどに形を整えたそれは、腕と思しきものを上げて。
『その帽子は、この〝新世界〟で唯一の……道導だ。絶対に、手放すな』
「道、導……?」
『っ、クソ、ここまでか……』
「おいっ!」
何かを聞く間もなく、その何かは目の前で霧散して消えてしまった。
立ち上がり、伸ばした手は行き場をなくし。
「……新世界って、なんだよ」
俺は、グッと手の中の帽子を握りしめた。
●◯●
……結局、俺はあの何かの言葉に従った。
確実に白夢中か何かだったろうに、どうしてか無視してはいけない気がしたのだ。
もし幻覚でも、交番に届けてしまえばいい。そんな風に思い直して、帽子を手に歩き出して。
そして、あれから何事もなくnascitaの扉の前まで到着していた。
取っ手に手をかけ、手前に引くと扉が開く。思った通り空いているようだ。
「すみません、もう店やって──」
中にいるだろう惣一さんに声をかけながら、店に入って。
パン! といういくつもの乾いた音と紙吹雪に見舞われ、俺は硬直した。
「…………は?」
『ハッピーバースデー!』
呆然とする俺に投げかけられるのは、いくつもの声と同じ言葉。
発生源は、これでもかと飾り付けられた店の中に集う、見覚えのある顔ぶれだ。
ユエ達に、昨日の夕暮れに鉢合わせした二組の母娘達、それに高校時代の恩師と旧友達も何人か。
その言葉が自分を祝福するものだと理解したのは、目の前に笑顔のユエ達が来てからだった。
「これは、一体……」
「ハジメ、22歳おめでとう」
「22歳…………あっ!」
そうだ。そうだった。
今日は、俺の誕生日だ。
家を出た直後に感じた引っかかりの正体は、これだったのだ。
普通忘れないものだが、ここ最近頻繁になった〝夢〟のことに頭が支配され、記憶から抜け落ちていた。
思い出しかけていたところを、幻覚に思考が埋め尽くされたことでまた忘れていたのか。
「その様子だと、やっぱり失念してたみたいですね」
「そうじゃのう。昨日の朝も話題に上がらなかったから、不思議に思っていたが」
「お前ら、わかってたのか……」
「ハジメ。去年と様子が、ちょっと違ったから」
ウサギの言葉はもっともだった。
確かに、一年前の誕生日は前日にユエ達と話していた記憶がある。
自分でも忘れていて、彼女達も話題に出さないものだから、すっかり記憶の彼方にぶっ飛んでいたらしい。
なんとも間抜けなことだと思っていると、不意にがっしりと後ろから肩を組まれてよろける。
「おう、南雲! 誕生日おめっとさん!」
「っと……坂上」
「へへ、いい驚きっぷりだったぜ?」
俺の顔を覗き込み、男臭い笑みを浮かべる巨漢。
坂上龍太郎。高校時代のクラスメイトであるそいつは、外見が少し大人びても変わらず熱苦しい。
「ていっ」
「うぐぉっ」
そんなことを思っていると、不意に視界の端から坂上の脇腹にチョップが入る。
突然の奇襲攻撃に驚いた坂上が俺から離れ、チョップを繰り出した人物を見下ろした。
「おいおい鈴、ビックリしたじゃねえか」
「南雲くんが困ってたでしょ、まったく……久しぶり。元気そうで何よりだよ」
呆れた表情から一転、笑顔を浮かべてこちらを見る女。
少女といっても過言ではない低身長に童顔は、高校時代から数年経っても変わっていない。
下ろした髪と落ち着いた色合いのファッションは、それを補うためか。しかしちゃんと似合っている。
「お前も相変わらず、ちっこいのに活き活きしてるな。谷口」
「むっ、せっかくゴリラから助けてあげたのにその言い草はなんだぁ!」
「おい、仮にも彼氏に対してゴリラとはなんだゴリラとは」
「事実でしょっ。それより南雲くん、今の発言に関してちょっとお話ししようか?」
「冗談、冗談だ。大人になったな……身長以外」
「な・ぐ・も・く〜ん!」
うがー! と可愛らしい仕草で怒る谷口に、周囲から軽く笑いが起きる。
本人が気にしてるのでほどほどにしているが、どうも反応が面白くて毎回いじっちまう。
それを
「はいはい、二人ともその辺で……昨夜ぶりね、ハジメくん」
「雫。もしかしてお前もグルか?」
「ふふ。さてどうでしょう」
つい昨晩酒を酌み交わしたばかりの、洋装に装いを変えた雫は悪戯げに笑う。
フリルをあしらった白いブラウスは、深い紺色のロングスカートによって腰で絞られ、その細さを強調している。
ハイヒールのブーツが俺と同じほどまで目線を高め、昨日と同じく艶やかな黒髪をストレートに流していた。
「私はどうあれ、計画していたのはユエさん達よ。大学生活最後の誕生会、せっかくだからサプライズしたかったんですって」
「なるほどな……」
今一度ユエ達を見ると、それぞれ違う様相の笑顔で頷いてくれる。
飾り付けやテーブルに並ぶ豪華な料理を見るに、昨日今日発案したような計画ではないのだろう。
おそらく両親も一枚噛んでいるのだろうが……そこまでしてくれたことが、純粋に嬉しかった。
同時に照れ臭さも感じながら、俺はとある奴らへと目を向ける。
坂上以外にここにいる、二人の旧友が察してこちらに歩み寄ってきた。
「よう、遠藤、清水。お前らも来てくれたのか」
「久しぶり、南雲」
「ラナさん経由で聞いてな。せっかくだから悪友の顔でも拝んでやろうって思ったわけだ」
遠藤浩介、清水幸利。
ユエ達といることで何かと周囲との折り合いが悪かった中、数少ない親しい間柄だった二人。
清水はオタク趣味で話が合い、よく話をしていた。新作のテストプレイなんかしてもらったこともある。
遠藤は、シアの親戚の女性に惚れ、その関係で何かと接するうちに悪友のような関係になっていた。
ちなみにこいつはすごく影が薄いので、それを利用して男子高校生らしいアホなことをよくやってた。
「ラナさんとはうまくいってるのか?」
「へへ、まあな。粘り強くアタック中だ」
「そうか。頑張れよ」
「ハジメさーん、私にももっとアタックしてくれていいんですよー」
シアからのヤジに思わず苦笑いすると、遠藤に「この幸せ者め」などと言われる。
微妙な苦笑いでいなしつつ、ややくたびれた顔をしている清水の方を見た。
「その様子だと、教師になるっていう夢の実現は苦労してそうだな」
「ああ、教育実習とかもう大変で……」
「でも清水君は、すごく頑張っていますよ。実習先の評判もそれなりにいいみたいですし」
すかさず先生からフォローが入る。途端に清水は照れ臭そうな顔になった。
クラスの誰もが恩師として彼女を好いていた中、特にその姿勢に憧れ、同じ教職を目指した清水。
憧れの対象に褒められるのは、嬉しくも恥ずかしいのだろう。
「まあ、こんな感じで愛子ちゃんも励ましてくれるから、期待には応えたいと思ってる」
「その調子だ。頑張れよ」
「おう」
表情は冴えなくても、やる気のみなぎる瞳で返事をするあたり、まだ平気そうだ。
今度一緒に新発売のゲームでもやって、ストレス発散させてやろうと心のメモに書き留める。
その後に、ユエ達の方へと視線を戻して。
「あれ? ハジメ、その帽子どうしたの?」
不意に、美空がそう聞いてきた。
●◯●
一瞬、動きが止まる。
突然差し込まれたその質問に、意表を突かれたのだ。
硬直した俺に訝しげな視線が送られ、それで我を取り戻す。
「あ、ああ。ここに来る前、風に吹かれて飛んできたんだ。あとで交番に届けようと思ってるんだが」
「へぇ……」
こちらに数歩歩み寄り、胸元まで持ち上げた帽子を観察する美空。
しばらく帽子を眺め、それから美空は目線をこちらに合わせて言った。
「なんていうか、オシャレな帽子だね。
「──ッ」
その時。
俺の中に、言いようのないおかしな感情が心の底から湧き上がってきた。
それはまるで、昨日父さん達に質問をした時にも感じた違和感……謎の苛立ちにも似ていて。
美空なら、この帽子の主を知っているのではないか──そんな根拠のない期待を、裏切られたのだ。
「……ユエは、心当たりがあったりするか?」
だから自然と、彼女にその不満をぶつけないようユエに意識を移す。
割と地元に馴染んでいた彼女だ、もしかしたら知っているかもしれないと期待を込めて。
彼女は端正な顔立ちに訝しさを乗せ、しばらく黙考した後に……首を横に振った。
「……わからない。見たことがない」
また、違和感。
今度は先ほどより……昨日よりも、強く。
「シアは」
「結構派手な紫色ですねえ。こんな帽子かぶるのって、どんな人でしょう?」
質問に質問で返してきたシアに、俺は口の中で歯噛みする。
硬い表情をする俺を慮ったのかもしれないが、自分の中の違和感がまた膨らむだけだった。
「ウサギは」
「……見覚えはない」
また、期待外れ。
誰に聞いても、それは同じだった。
ティオに聞いても、表情を渋くしながら申し訳なさそうに謝るだけだった。
香織に聞くと、懸命に思い出そうとしてくれたけれど、結局知らなかった。
レミアさんも、ルイネさんも、坂上も、谷口も、清水も、遠藤も、先生も、勿論ミュウやリベルも。
皆、一様に思案し、回想し、でも最後には申し訳なさそうな顔をして、首を横に振るだけで。
その度に、俺の中の違和感は大きく、大きく膨れ上がっていく。
もうそれは抑えきれないほどになっていて、俺は最後の望みを
「…………雫は?」
最後の一人。
質問し続ける俺を心配そうな面持ちでずっと見ていた雫に、帽子を差し出して問いかける。
きっと彼女から見える俺の表情は、不安と不満、怒りと──何よりも悲しみに満ちたものだったのだろう。
「………………」
雫は、それまでの誰もと同じように帽子を見た。
無言でそれを見る彼女に、自然と誰もが口を噤み、目線を向け、そして静寂が訪れる。
長い、長い沈黙の中で、何かを思いつめたような表情で帽子を見続ける雫に、僅かな期待が高まって。
「……ごめんなさい。わからないわ」
でも、それも空ぶった。
雫の顔は本当に申し訳なさそうで……それでいて、何故かとても悔しく、悲しそうで。
そんな彼女に、力なく帽子を持つ手を落とした俺に。
「ハジメ、どうしてそんなに
心配そうに投げかけられた美空の言葉が、トドメを刺した。
「ん。誰も知らないし、これ以上はどうしようもない」
「ですねぇ。まあ高級そうですし、傷つけないようにすればいいんじゃないですか?」
「持ち主は、きっと交番の人が見つけてくれる」
「これ以上は気にかけても仕方ないじゃろうよ、ハジメくん」
「ごめんね、ハジメくん。それよりもほら、今はお祝いしよう?」
「うふふ。腕によりをかけましたわ」
「パパ、元気出して!」
「せっかくの日だ。楽しんだ方が賢明だぞ」
「ハジメお兄さん、座って座って!」
「ほら南雲、美味そうなもんいっぱいあるぜ?」
「南雲くん、お腹も空いてるんだしさ」
「そうだぜ南雲、お前のために全員集まったんだ」
「みんなで、楽しもう」
「南雲くん、大丈夫ですか?」
次々と、言葉が投げかけられる。
それらは全て、俺のことを心配して、盛り上げようと、楽しいことに目を向けようとしてくれるもの。
どれもが優しくて、正しくて、心地良い。
心を寄せてくれる女性達や、友人や、恩師に囲まれた、幸せな今。
まさに
「──違うッ!!」
それでも。
何を考えて、目を逸らそうとしても。
どうしようもなく、
叫んだ俺に、一斉に皆が押し黙る。
子供達に至っては、可哀想なことに一度も見せたことのない剣幕に怯えさえしてた。
彼ら彼女らの驚愕の表情には、何をそんなにムキになっているんだという純粋な疑問だけがあって。
それが、酷く腹立たしいのだ。
「は、ハジメ?」
「ハジメさん、どうしたんですか……?」
「何をそんなに、怒って……」
オロオロと、狼狽えながら手を伸ばしてくる。
俺はあえて一歩下がることで、その手を受け入れないという無言の意思表明を彼女達にした。
途端に手を引っ込めるユエ達に、一度も向けたことのない鋭い目線で一瞥して、美空を見る。
「なあ、美空」
「っ、な、何?」
「この誕生会。誰か、足りなくないか?」
「足りない、って……都合が合う人は、みんな来て」
「違う、そっちじゃない。
美空に詰め寄り、詰問するように訴えかける。
「いたよな、
塾考するまでもなく、まるで栓が外れたように口から溢れ出る言葉の羅列に俺は驚かない。
やっとわかったから。ずっと探し求めていたものがなんだったのかを、確信したから。
俺が感じていた違和感──それは、
「だから、そんな人……いないって」
「っ、そんなはずないっ! 確かにいるはずだ!」
ならばとユエ達を見るけれど、誰も頷いてはくれない。肯定してくれないのだ。
俺は、とても酷い人間だ。
ここまで盛大にやってもらって、それなのにこんな風に全て、ぶち壊したんだから。
だが、皆が俺のことを怯え、畏怖の目で見ようと、なんだろうと。もう止まることはできなかった。
「雫!」
「……なにかしら、ハジメくん」
振り返り、彼女に一縷の望みをかけて問う。
「お前は、覚えてるよな。おかしいと感じているよな。
お前は、八重樫雫だけは、そうじゃなくちゃいけない。
たとえ俺が、美空が、他の誰が忘れても、絶対にお前だけは
そうに違いないんだ、だって──あいつを他の誰より愛していたのは、お前なんだから。
「………………私、は」
「ッ!」
葛藤して、苦悩して、そんな表情をしながら、俺の懇願のような問いに答えようとして。
それなのに目を伏せた雫に、これ以上ないほど感情も表情も、何もかも歪めて。
「くそッ!」
「あっ、ハジメ!」
俺は、その場から逃げ出した。
ついに、掴んだ。
読んでいただき、ありがとうございます。