星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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辿り着き、取り戻した。

結末に辿り着くまで、あと少し。


楽しんでいただけると嬉しいです。


最後に思い出した、その言葉 3

 

 三人称 SIDE

 

 

 

 ハジメは、彼女を見て硬直する。

 

 

 

 そこにいたのは紛れもなく、八重樫雫その人。

 

 上気した頬や崩れた髪、何よりも息を荒げながら両手を膝につく姿は、酷く既視感を煽る。

 

 一目見て、自分と同じようにここまで全力で走ってきたのだと、ハジメは理解した。

 

「お前、なんで……」

 

 パンドラボックスの影響で記憶が蘇ってから駆けつけたには、あまりに早すぎる。

 

 タイミングを考えると、ハジメが飛び出してすぐに追いかけでもしなければ……

 

「っ。まさか、お前……」

「はぁ、はぁ……ふぅ。ええ。本当は私も、少しだけ思い出していたの」

 

 比較的早くに息を整え、雫は深呼吸をした後に答える。

 

 それから告げられた言葉に、ハジメは困惑と、少しの憤りを目に浮かべた。

 

「思い出ていたなら、あの時肯定してくれてもよかったじゃねえか」

「……夢を見たって、話をしたわよね。それからすごく断片的に、何か思い浮かぶようになったのよ」

「それなら……」

「けれど、確証が持てなかった」

 

 ハジメとの宴会に使っていたのとは別のとある客間、あるいは自室、はたまた街中。

 

 至る所でふと想起する記憶に雫は困惑し、ひどく胸が締め付けられ……怯えた。

 

「怖かったの、完全に思い出すことが。最後まであの人を守れなかったことを。そして、ああして行動に移した貴方を見て……どうしようもなく、自分が弱く思えて」

 

 今ある幸せを捨てる覚悟をしてでも、曖昧な過去を求めることにしたハジメ。

 

 どこまでも強いその目に、同じように一人で苦悩していた雫は気圧されてしまった。

 

「でも、それではいけないと思った。このままでは私は、卑怯な臆病者だと。だから貴方を追いかけて」

「途中で全てを思い出した、ってわけか」

 

 ハジメの言葉に、雫は頷く。

 

 彼女の目は、この世界では一度もハジメが見たことのない──旧世界ではいつも頼もしく思った光を放っていた。

 

 さながら、一振りの刃のように鋭く、気高い意志という名の、八重樫雫が持つ折れ不の刀。

 

 

 

 それだけで、ハジメが雫を信じるには十分だった。

 

 

 

「……わかった。さっきはいきなり怒鳴りつけて、悪かったな」

「私の方こそごめんなさい。貴方の信頼を、裏切ってしまった」

「お互い様だ」

 

 互いに忘れて、理想の世界に甘んじていた。

 

 その点において両者は同じであり、一つ笑みを交わすだけで和解できた。

 

「……さて。これで全員揃ったか、エボルト?」

『オフコース』

 

 尋ねるハジメと、頷くエボルト。

 

 見るからにズタボロな始は再びベンチに座っており、その隣に雫が腰を下ろす。

 

 ハジメが木に背を預けて腕を組み、目線で促したところでエボルトは語り出した。

 

 

 

 

 

 明かされるのは、彼が己の全てを投じて遂行した作戦。

 

 

 

 

 

 〝抹消〟の真髄と世界のカタチ、己の罪の清算と、新しき世界の創造。

 

 

 

 

 

 あまりの用意周到さで、終ぞエボルトをも欺き、望むがままに全てを終わらせた、顛末を。

 

 

 

 

 

『──そして奴は、自分の存在が消えることで生じるデメリット。つまり、お前とユエ達が共に生きるという運命の消失を回避するため、この世界を作り上げたのさ』

 

 まあ最後の最後に俺も締め出されたのは計算外だがな、と締め括るエボルト。

 

 事の顛末を聞き届けた二人は……とても険しい表情を、顔に貼り付けていた。

 

『幻滅したか? 嫌悪したか? それとも──あいつを、憎むか?』

 

 揶揄うように問いかけるエボルトに、目を開いた二人は鋭い眼光を向けた。

 

 同じことをもし言おうものなら目線だけで殺すと、その瞳には明確に書かれている。

 

『おおっ怖え。冗談だ冗談、真に受けるなよ』

「……ブチ切れてるのは本当だけどな」

「ええ、もはや怒りを通り越して呆れるけれど」

 

 深い、それは深いため息を吐くハジメ達。

 

 怒りを押し流すようなそれは、如実に二人の感情を表した。

 

「神の如き智謀と力、か……」

「どこまでも予測できない人ね、本当に」

 

 ハジメは帽子を軽く握り、雫は指輪に右手の指を触れさせる。

 

 そこには存在しない温もりの持ち主は、最後の最後まで二人にその行動を予測させなかった。

 

 きっと誰にもそれはできず……彼本人だけが、変幻自在にして夢幻の如く、全て操れたのだ。

 

「……で。どうやったらあいつを呼び戻せるんだ?」

 

 感傷に浸るのは、そこまで。

 

 寂しげな微笑を浮かべた顔を引き締めると、()()()に意識を移す。

 

「俺の記憶と力を呼び覚まし、パンドラボックスとエボルトを復活させた……ここまでやったからには、何かあるんだろう? なあ、〝俺〟」

「──当然だ」

 

 どこか挑発的に問うたハジメに、それまで一貫して黙していた始がニヤリと笑う。

 

 自然と隣にいた雫とエボルトも視線を向け、三者三様の瞳に老魔王は悠然と語り出す。

 

「まず礼を言いたい。この未来──いいや、お前達にとってはこの現在に到達してくれたこと、本当に感謝する」

「おいおい、笑えない皮肉だな。あいつは結局救うことができなかったんだぞ?」

「私達の手は、届かなかった。彼の業を、壊れた運命を、断ち切ることができなかった」

 

 ハジメと雫が、最後に見た彼の表情。

 

 それは優しくて、二人への愛情で満ちた──けれど、とても寂しそうなもので。

 

 思い返して表情を苦くする二人に、しかし始は首を横に振るのだ。

 

「届いたさ。だから俺はアーティファクトを使い、世界の変革を逃れてここにいる。俺が見た、唯一の希望を実現するために」

「……今更どうするんだよ。あいつが集めたエネルギーも、あいつ自身も、全部この世界の創造に使われて消えたんだろう?」

「そうだ。だが、()()()()()()は残っている」

 

 その言葉に、ハジメと雫がハッとする。

 

 異世界での旅の中、彼が愛用し続けた帽子と、彼の魔力で作られたブローチ。

 

 それと同じものが形を変え、彼自身から最後に贈られた、雫への愛の証明たる指輪。

 

 どちらも、この新世界に残っているはずのないものだ。

 

「それこそが証明。()()()()()()()()()()()()、あいつの〝もっと生きたかった〟という未練。お前達はか細くもその意思を手繰り寄せ、俺の予測を超えたんだよ」

 

 そう。

 

 始の神の造眼(ヘイムダル)が観測した可能性世界に、二人が持つ遺品は映っていなかった。

 

 残ったのは、トータスの【神域】と空間座標が重なるこの公園にあった、魂の残滓が秘められたホワイトパネルだけ。

 

 

 

 

 

 それはつまり──二人が、自分の手で掴んだ希望ということ。

 

 

 

 

 

「あいつが、俺達との未来を……!」

「望んで、くれたのね……!」

 

 じわりじわりと胸に染み出すものに、顔に喜色を浮かべる二人。

 

 そんな彼らを、どこか眩しそうな眼差しで見ながらも、始は言葉を重ねた。

 

「俺が最初に、お前達と出会った時を覚えてるか?」

「ああ。あいつの暴走を止めてくれたのを覚えてる」

「貴方が来てくれなかったら、どうなっていたことか……」

 

 今思い出してもゾッとする思い出に、二人は顔を顰める。

 

「あの時、俺はとある概念魔法を撃ち込んだ。それが──こいつだ」

 

 始は、ベストのポケットから黄金の懐中時計を取り出し、三人に見せた。

 

 力を取り戻した今、ハジメと雫はその異質なオーラを感じ取って目を見開く。

 

「【見果てぬ絶望に、希望を紡ぐ(失くしたその手を、もう一度)】。俺の50年分の意思を具現化した概念魔法。効果は──存在の記録と、保存」

 

 

 

 それは、未来永劫二つと製作しえない唯一無二のアーティファクト。

 

 

 

 物質的記録(生成魔法)星の記録(重力魔法)生命の境界的記録(空間魔法)

 

 

 

 時間的記録(再生魔法)霊魂的記録(魂魄魔法)組成的記録(昇華魔法)肉体的記録(変成魔法)

 

 

 

 あらゆる概念、あらゆる理の観点から対象の情報を解析し、保管する──始の神技。

 

 

 

「これを用いて、俺は旧世界であいつという人間を保存した。完璧にな」

「それじゃあ、もしかして!」

「あいつを復活させることができるのか!?」

 

 思わず声を荒げ、詰め寄った二人に──始は、深く頷いた。

 

 まだ希望があるという確信を得た瞬間、二人の顔が一気に笑顔になるのは必然だった。

 

 あのエボルトでさえ、後ろで軽くガッツポーズをしながら『そいつは最高だな』などと呟いている。

 

 

 

 

 予想通りのリアクションをする二人を始は諌め、落ち着かせてから話を続ける。

 

「あいつが生きる未来を実現するにあたり、一番の問題はその存在が跡形もなく消えてしまうということだった。それをどうにかしなくては、どんな手段を講じようとあいつを蘇らせることは不可能だったんだ」

 

 完全に消えてしまったものを元に戻すことができないのは、覆せない世界の真理。

 

 従って、始や彼が神の造眼(ヘイムダル)で見たあらゆる他の世界の彼を復活させるのは無理だった。

 

「普通に生き延びる、って未来はなかったのか?」

「絶無だ。その場合は女神の呪いによって、強制的に18歳で死ぬ未来しかなかった」

「……ふざけてるわね」

「本当にな」 

 

 女神が仕掛けた数々の呪いの中でも、それは特別強固で、どの並行世界でも解除はできず。

 

 だからこそ、始はその前提を利用する方法を探すことにしたのだ。

 

「死ぬことでしか女神の呪いは解除されない。ならば、一度はその過程を経ることで解放するしか道はないと、俺は確信した」

「だからこそ、記録し保存する概念魔法……か」

「でも、その記録に呪いのことも残っていたら……」

「安心しろ。これには純粋な、あいつの肉体と記憶、そして魂の情報だけが残っている。臨床実験済みだ」

 

 自嘲げに笑う始に、誰を実験に使ったのかという問いを二人は飲み込む。

 

 空気を読んだ二人に頷いて、次に始はこう言った。

 

「あいつの()()は用意した。あとは器を手に入れるだけだ」

「手に入れるって言っても……下手なSF映画みたいに、誰かの体を使おうってんじゃないだろうな?」

「まさか。使うのはもっと別のものさ」

 

 始は、左手で自分の胸を指差す。

 

 次にパンドラボックスとエボルトを示し……そして、最後にハジメにその指先を向けた。

 

 当初は怪訝な顔をしていたハジメだが、徐々にその意味を理解すると、目を見開いていく。

 

「まさか、お前……」

「ハジメくん、一体どういうことなの?」

「……こいつは、〝()()()()()()()()()()()()()()()()って言ってるんだよ」

 

 ハジメの告げた言葉に、雫はキョトンとした。

 

 それは驚愕というよりも、そんなことができるのか? という純粋な疑問を含んだ表情で。

 

 当の本人も同じ心情だ。

 

 己の力ながら、ただ鉱物を錬成するだけの技能がそんなことをできるとは到底思えなかった。

 

「ただ金属や鉱物を操作するのとは、訳が違うんだぞ? そもそも星はともかく、あいつは無機物じゃ……」

「発想が硬いな、若造。必要なのはそのプロセスさ」

 

 冷静に否定しようとするハジメを抑え、始がごくごく自然と説明を始める。

 

「鉱石を操り、不純物を取り除いて純化する。それと同じだ。星からエネルギーを抽出し、このアーティファクトの情報を元にパンドラボックスの力で実体化するだけ。簡単だろう?」

「……そんなことが実現するのか?」

『可能だ。パンドラボックスは、元は俺の故郷であるブラッド星の源。人間の肉体一つくらい創造するのは容易い』

 

 エボルトが口を挟んで証明したことで、ずっと疑いの目線を向けていたハジメは押し黙った。

 

 そのまま険しい顔で沈黙してしまい、雫は始と交互に見ると不安げな顔をする。

 

「どうして俺が、五年もお前が思い出すのを待ったと思う? あいつが様々な力を使って作り上げたこの新世界は、通常の星より生み出されるエネルギーが多い。それが規定量に満ちた今、やる以外の選択肢などないぞ?」

「ハジメくん……」

「……わかった。お前のアイデアに乗ってやる」

「そうこなくちゃな」

 

 重々しく告げたハジメと、獰猛に笑う始。ここに二人の魔王が合意した。

 

 ハジメはずっと不安げな面持ちでいる雫へ顔ごと向け、はっきりと頷く。

 

 何度も見た、不可能を超える光を内包する赤い瞳に、雫は一瞬逡巡するように視線を揺らし……頷き返した。

 

 

 

 彼女が立ち上がり、入れ替わりにハジメが始の隣に座る。

 

 二人の間にある人一人分ほどの隙間に、エボルトがパンドラボックスを置いた。

 

「さて。ついに〝こいつ〟を使う時が来たか」

 

 おもむろに、始が義手を掲げる。

 

 

 

 ガシュッ!! 

 

 

 

 次の瞬間、展開した義手に袖が根本から弾け飛んだ。

 

 ハジメ達が面食らう中、始の義手は金属質な音を立てながら展開と変形を繰り返していく。

 

 最後まで終わった時、始の左腕は刺々しいフォルムをした、悪魔のようなものになっていた。

 

 

 

 

 

 名を、錬成特化型概念魔法発動用アーティファクト──〝シヴァ〟。

 

 

 

 

 

 ついに姿を現した、始の最後にして最高のアーティファクト。

 

 一部分にある円形の窪みに、【見果てぬ絶望に、希望を紡ぐ(失くしたその手を、もう一度)】が嵌め込まれる。

 

 赤いラインが黒い剛腕に走り、始はホワイトパネルの上にその掌を乗せてハジメを見やる。

 

「さあ、南雲ハジメ。このふざけた運命を、ぶち壊そう」

「──そうだ。それこそが俺達の進む道だよな、南雲始」

 

 いつものように、不遜に笑ったハジメが、その剛腕に右手を重ねた。

 

「いいか、この実験にはいくつかの段階がある。よく聞いておけ」

「わかった」

「まず、俺が星から必要な分のエネルギーを抽出してパンドラボックスに流す。そこでアーティファクト起動し、あいつの構築を始める」

「なるほど。それで?」

 

 頷きながら聞き返すハジメに、始が「ここからが本番だ」と前置きする。

 

「本体とデータを揃えても、スイッチを入れなきゃ意味がない。つまり、あいつの魂……意識を呼び起こす必要がある」

「どうやって覚醒させる?」

「そりゃあお前──いつまでも起きてこない寝坊助には、ゲンコツだろう?」

「──最高のセリフだな」

 

 いかにも()()()セリフに、ハジメは始と全く同じようにニヤリと笑む。

 

 もし、ここにユエ達がいたのであればそれを見て骨抜きにされるだろう、ワイルドな笑みだった。

 

「俺の《概念特化》で魂魄をリンクする。目覚めさせることができれば、後はアーティファクトの力であいつの記録がこの星に自然と上書きされる。だから気兼ねなく──思い切りぶちかませ」

「おう」

「ハジメくん」

 

 いざ始めようというその瞬間、雫がハジメの空いている左手を握る。

 

 そうして手の中に受け渡したのは……雫が最後に受け取った、煌めく指輪。

 

 眉を顰めるハジメに、これ以上ないほどの思いを熱を込めた声音で、雫は一言。

 

「お願い。あの人を、連れ戻してきて」

「……任せろ」

 

 最後に一度、ハジメは力強く頷いた。

 

『ヒロインとの会話は終わったか?』

「馬鹿言え、相手が違う」

『それもそうだな。じゃあ早速、始めようか』

 

 異形の左手と魔王の右手、そこに赤い異星人の手が重ねられる。

 

 雫が数歩後ろに後退し、三人の男達が視線を交差させた、その瞬間。

 

 

 

 

 

 その体から、絶大な力が嵐のように解き放たれた。

 

 

 

 

 

 何者をも圧倒する、錆色の嵐。

 

 あらゆるものを打ち砕く、鮮烈な赤い閃光。

 

 例外なく全てを飲み込む、赤黒いオーラ。

 

「「『──ッ!』」」

 

 それらが互いにせめぎ合いながらもより合わさり、一つの見たこともない〝朱〟となる。

 

 共鳴してパンドラボックスが、黒々とした剛腕が光り輝き、その力を紐解いていった。

 

 この場所だけで天変地異が起こっているかのような光景に、唯一の観測者である雫は目を奪われる。

 

 激しく振り乱れる髪を押さえる美剣鬼に見守られ、いよいよ光の鳴動が頂点に達した。

 

 まさに、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「『──〝錬成〟ッ!!』」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満ち溢れた赤の閃光に、ハジメの意識は飲み込まれていった。

 

 

 




次回、再会。



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