星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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[+絶対到達]

忘れない。

忘れたくない。

俺は、絶対にお前を、諦めない。



[+絶対不朽]

どんなに私が、世界が変わっても。

たとえ、忘れてしまったのだとしても。

この想いだけは、決して朽ちない。






もはや、余計なことは何も言いません。



ただ、楽しんでいただけると、それだけで嬉しいです。





お前の名前は

 

 

 

 

 

 

 消えるまでの刹那、思ったことがある。

 

 

 

 

 

 罪には罰が必要だ。

 

 

 

 

 

 全ての行為には理由があり、共に代償が存在する。

 

 

 

 

 

 それがどんなに高潔でも、下劣でも。

 

 

 

 

 

 贖罪は必定。

 

 

 

 

 意思あり信念あるならば、それに見合う断罪を受けなければならない。

 

 

 

 

 

 だから、()()()()が存在する。

 

 

 

 

 

 〝弱きに救いを、強きに終わりを。正しきに報いを、悪しきに罰を〟

 

 

 

 

 

 これは勧善懲悪を尊ぶ、などというものではない。

 

 

 

 

 

 命を救うことが、守ることだけが弱者への救いではない。

 

 

 

 

 

 力持たずとも悪辣な弱者は存在する。

 

 

 

 

 故にそのような者には、死の救済を。

 

 

 

 

 

 力を持とうと、全ての者がそれに驕り、悪を為す訳ではない。

 

 

 

 

 

 故にそのような強者には、最も相応しき、幸福な終焉を。

 

 

 

 

 

 力ありきで善悪は定まらず。

 

 

 

 

 

 その意思に、その行いにこそ、裁く意義が実在する。

 

 

 

 

 

 故に、見極め続けなければならない。命尽き果て、意思消えるその瞬間まで。

 

 

 

 

 

 カインはそうした。

 

 

 

 

 

 だから、俺も俺を殺した。

 

 

 

 

 

 俺を裁いた。

 

 

 

 

 

 俺を消した。

 

 

 

 

 

 

 ……けれど、もしも。

 

 

 

 

 

 

 

 もしも、俺の信念、俺の悪行に見合う罰を受けた先。

 

 

 

 

 

 全てが清算されたその時に、()()()()と、そう傲慢に望むことが。

 

 

 

 

 

 人間らしく、意地汚くそう言うことが、許されるのならば。

 

 

 

 

 

 やはり俺は、俺だけは絶対に救わない。

 

 

 

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

 俺は、あいつを待つ。

 

 

 

 

 世界が創り直され、新たな歴史が書き上げられて。

 

 

 

 それでも、誰よりも俺を救うことを望んでくれたあいつが。

 

 

 

 

 

 まだ、諦め悪く手を伸ばしてくれるのなら。

 

 

 

 

 

 そんな夢物語のような希望的観測が、実現するのなら。

 

 

 

 

 

 新たな世界、新たな〝今〟が新生するまでの、何十億という年月だって待ち続けよう。

 

 

 

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待ってるぜ、ハジメ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 最初に感じたのは、耐え難いほどの熱だった。

 

 

 

 

 

「ぐぁ──っ!?」

 

 喉の裏を引っ掻くような、悲鳴を上げる。

 

 両腕で上半身を庇い、全身を焼き付ける黒い焔から、自分という存在が壊れないよう守る。

 

 無意味な行為であるとわかっていながらも、さながら暴風のように吹き付ける焔はあまりに激しくて。

 

 熱く、熱く、熱い。

 

 それしか感じられない。

 

 苦しみ以外の何もかもを感じることは、決して許されなかった。

 

「何だ、これ、は……っ!」

 

 喋るために口を開くだけで、舌が焼け焦げるかと思った。

 

 左右上下、前方後方から、うねり、粘る、絡みつくような黒焔が迫ってくる。

 

 何でこんな場所に。そう疑問を浮かべた時、沸騰した脳裏に浮かんだのは自分の言葉。

 

 俺は今、パンドラボックスを通して、あいつと、この世界と、繋がっている。

 

 だと、するならば。

 

「これが、あいつの、精神──っ!?」

 

 俺が今立っている、ただそれだけで消し炭にされてしまいそうなここは。

 

 今もなお構築されているだろう、もう一人の俺が記録した──あいつの、中のはずだ。

 

 

 

 古来より、炎は罪を浄化する象徴とされてきた。

 

 

 

 魔女狩りに倣うように、神が人に与えたもうたとされるその熱が、咎を焼き尽くしたのだと。

 

 ならば、おぞましいほど真っ黒で、ヘドロのように轟々と燃え盛る、この不気味な炎は。

 

 あいつ自身が抱えた、罪の意識なのではないか──煮えた思考は、そんな答えを導き出して。

 

「あいつは、ずっと、こんな──っ!」

 

 両腕でかき分けても、両足を前に動かしても、延々と途切れぬ焔の海原。

 

 それが全て、己自身の中に山積された罪への罪悪感と後悔が具現化したものだというなら。

 

 

 

 いったい、どれほどの苦悩だったのだ。

 

 

 

 いったい、どれほどの後悔だったのだ。

 

 

 

 いったいどれほど──強靭すぎる心だったのだ! 

 

 

 

「この、馬鹿、野郎、がっ!」

 

 口の中が焼けることにも構わずに、自分を罵倒する。

 

 焔から、伝わってくる。

 

 あいつの悲しみが。あいつの苦しみが。

 

 あいつの辛さが、自分への憎しみが、全て全て。

 

 知らなかった。

 

 奴がその身の内にぎっしりと詰め込んだ、罪過という名の鎖の重さを。

 

 あいつの隣にいたいなどとほざいておきながら、俺は知ろうとしていなかったんだ。

 

 

 

 ああ、なんて──悔しい。

 

 旧世界で、腐るほど時間があった。数え切れないほど思い出を積み重ねた。

 

 たくさん笑って、泣いて、それなのにあいつが自分の一番奥底に隠したものを。

 

 隠し込んでいるからこそ、一番誰かに知って欲しかっただろうそれを、終ぞ知れなかった。

 

 あいつは、誰かに助けなんて求められない。そんなことはとっくのとうにわかっていたくせに。

 

 それが、たまらない程に悔しくて。

 

「くそっ、くそっ、くそぉぉおおおお!!!」

 

 声を荒げ、それを活力に両腕で黒波をかき分け、大海原を進んでいく。

 

「まだだっ! まだ俺は、諦めねぇぞッ!」

 

 もう、全部手遅れだったのだとしても! 

 

 一度その手を離しておきながら、虫が良すぎるのだとしても! 

 

 あいつ自身から裏切り者と、そう呼ばれたって! 

 

「俺は、お前の未来をッ! 絶対に掴みとってやるんだッ!」

 

 叫んで、絞り出して、そうやって進んで。

 

 進んで、焼かれて。

 

 それでも歩いて、なおも焼かれて。

 

 まだ足掻いて、そして焼かれて。

 

 焼かれ、進み、焼かれ、進み、焼かれ焼かれ焼かれ焼かれ焼かれ焼かれ焼かれ。

 

 意地汚く、進んで進んで進んでも。

 

 

 

 

 

 ああ…………クソ、ダメだ。

 

 

 

 

 

 終わりが、見えない。

 

 

 

 

 

 あいつがあいつ自身を焼く焔に、終着点が……赦しが、存在しない。

 

 

 

 

 

「く、そ……………………」

 

 そう思ってしまったのが、悪かったのだろう。

 

 指が焦げる。皮が溶ける。

 

 肉が零れ落ち、露わになった骨が黒ずんで、俺を守るちっぽけな壁が崩されていく。

 

「──────────────あ、が」

 

 腕だけじゃない。

 

 服が消し飛ばされ、足の皮が同じようにドロドロにされて、肉から骨の髄まで焼き尽くされる。

 

 その炎は太ももを伝って、腹も、胸も、背も、首も、肩も、顔も、瞳も、口も、鼻も、歯も、舌も、髪も。

 

 全部全部、焼かれて溶けて、無慈悲なほど無感動に、無遠慮に奪われて消えていく。

 

 そうでなくては、いけないと。

 

 何もかも無残に奪われ、何一つ希望なく死に絶えるのが相応しいと。

 

 その焔は、人の身には有り余るほど、あり得ざる程重い主張を叩きつけてきて。

 

 あまりにも、()()()だった。 

 

「お………………………………れ……………………は………………」

 

 俺は、どうしてここにいるんだっけ。

 

 何で、焼かれても焼かれても、進んでいるんだっけ。

 

 判らない。判らなくなってしまいそうだ。

 

 俺では、南雲ハジメでは。

 

 あいつには、届かないのかな。

 

 

 

 

 そう、思っているくせに。

 

 無意識に、縋るように、往生際悪く、黒く炭化している左手を、伸ばして。

 

 

 

 

 

「──────────あ」

 

 

 

 

 

 一人の背中を、見つけた。

 

 その背中は年老いていて、とてもこの焔に耐えられるとは思えないほどに儚いのに。

 

 そんなことは関係ないと、だからどうしたと、当然だと主張するように、一歩一歩進み続ける。

 

 終わりのない絶望のその先、実在するかも判らない光を求め、熱を跳ね除け。

 

 そうして進む姿は、あまりに力強い。

 

 

 

 もはやほぼ止まりかけている俺は、それを眺めるだけで。

 

 

 

 すると、不意にその一人は歩きながら顔を振り返らせてきた。

 

 

 

 そして、不敵に笑って言うのだ。

 

 

 

 錆色の瞳に、挑発と怒りと、悲しみと憎しみと。

 

 

 

 何より──信頼を乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

「────────道案内は、必要か?」

 

 

 

 

 

 

 

 ピキリ、と。

 

 歪んだ目元から、ひび割れるような音がした。

 

 ソイツの言葉に、壊れかけた拳を握る。

 

 腹に力を込め、錆び付いたように動かなかった両足を無理やり動かす。

 

 歯を食いしばり、黒ずんだ視界しか得られない目を怒らせる。

 

「────ふざ、けるな」

 

 枯れたような、消えかけの声が喉の奥から零れ出る。

 

 ビギリと、一歩二歩と前に進ませた両足から砕けていくような音がした。

 

「──みち、あんないなんて、いら、ねえ」

 

 熱を込める。

 

 この黒に負けないように、自分の心という名の炉に、ありったけの勇気を投げ入れる。

 

 そうだ、不要なものは切り捨てろ。

 

 諦観も、後悔も、絶望も、何もかも全て全て、要らないものは火にくべろ。

 

「こんな、理不尽!」

 

 バギッ!!!! と。

 

 跳躍し、前へと飛んだ全身から。

 

 粉砕するような音が、木霊して。

 

 

 

 

 

「全部、ぶち破ってやる────ッ!!!」

 

 

 

 

 

 そして俺は、背中を踏みつけるようにして、ソイツのことを跳び越えた。

 

 着地した時、元に戻った両足から迸る赤雷によって黒焔が少しだけ吹き飛ぶ。

 

 構わずに、〝それでいい〟とでも言うような笑顔で俺を見るソイツを置いて、走り出した。

 

「おぉおおおああぁああああぁああああぁぁあああああああッッッ!!!!!」

 

 死ぬ気で走る。

 

 走って走って走って、心臓が止まったかと錯覚するほど全身が重く感じても、走り抜ける。

 

 どんな運命も、絶望も、もはや俺の障害になりはしない。

 

 強力なアーティファクトも、物語の主人公のような特別な力も、余計なものは要らない。

 

 

 

 

 ただ、俺は。

 

 眩い赤の雷そのものとなった、この左腕を伸ばして。

 

 たった一言、こう叫べばいいんだ。

 

 何ともありふれた──俺にとって世界最強の、才能を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝錬成〟ぇええぇぇええぇえええええええええええええぇええええええええぇええ──────────ッ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焔を、暗闇を、作り変える。

 

 

 

 

 

 俺の進むべき、そこになくてはいけないたった一つの道を、創造(ビルド)する。

 

 

 

 

 

 最後まで走り抜けた、その先には────。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「──あ、れ?」

 

 

 

 

 

 ここは、何処、だ? 

 

 左腕を突き出したまま、目の前に広がる長閑な光景にそんなことを考える。

 

 鬱蒼と生い茂る木々に、その上から聞こえる小鳥が囀るような声。

 

 目の前には白い一本道が続いていて、先程までの地獄との落差に思考が停滞する。

 

「………………?」

 

 すると、どこからだろうか。

 

 音色が聞こえてきた。ピアノの演奏のようだった。

 

 何処かも分からぬ場所で、そんな音がすれば、意識が惹かれるのは当然のこと。

 

 

 

 

 いつの間にか元に戻っていた片腕を下ろして、一本道を歩き出す。

 

 無意識にその先に演奏者がいることを確信し、一心不乱に道の先を目指して。

 

 然程長くも無かった、獣道にしては小綺麗なその道を抜けた先には──湖があった。

 

 大湖水と呼べるそれはとても綺麗で、ウルの街のそれと比べても遜色ない。

 

 そして。

 

「………………ぁ」

 

 

 

 

 

 い、た。

 

 

 

 

 

 湖畔の一角、他より少し位置が高くなっている場所に、ピアノと演奏者が。

 

 

 

 

 

 たった一人で、恐ろしいほど美しい旋律で〝歓喜〟を演奏している。

 

 

 

 

 

 その傍らには、色とりどりの花が咲き誇る細い木が一本。

 

 

 

 

 

 鮮烈な赤い花。気高く鋭い紫の花。赤黒い花。

 

 

 

 

 

 見惚れるような黄金の花。活発な淡青色の花。

 

 

 

 

 

 力強い桃色の花。硬質な黒い花。寄り添うような二輪の緑の花。

 

 

 

 

 

 猛々しい金色の花に、明るいオレンジ色の花。眩いばかりの白金の花。

 

 

 

 

 

 大きいものと小さいものが一つずつの青い花に、血のような真紅の花と、濃い緑色の花。

 

 

 

 

 

 見ているだけで目を楽しませるその花々は、演奏者にとっての〝観客〟なのだろう。

 

 

 

 

 

 だが、その色は、どう見ても、考えても。

 

 

 

 

 

「俺、達…………?」

 

 思わず呟いた途端、演奏が止まった。

 

 面白いほどに一瞬でピタリと音が途切れ、ほぼ反射的に口を噤む。

 

 すると、背を向けて座っていた演奏者は、ゆっくりと立ち上がって。

 

 それから鍵盤の蓋を閉めると──こちらに振り向いて、ニッと笑うのだ。

 

「──まさか、こんなところまで来るなんてな」

「あ……あぁ…………!」

 

 声を漏らしてしまったのを、どうか許してほしい。

 

 だって、その顔は、その笑顔は。

 

 俺が新しい世界で、もう一回と、そう何回やったって思い出せなかった。

 

 ずっと、探し求めてきた──! 

 

「お前の頑固さにゃ心底負けるよ。完敗だ、ハジメ」

 

 

 

 

 

 その言葉に、目を見開いた。

 

 

 

 

 

 目を見開いて、最後の最後に思い出した、小さな言葉をもう一度思い出して。

 

 

 

 

 

 お前の、名前は。

 

 

 

 

 

「シュウ、ジ──ッ!」

「おう、なんだかんだとしぶとく生き残ることに定評のあるシュウジさんだ。体感的には五年ぶりくらいか?」

 

 そのふざけた喋りを、どれだけ聞きたかったか。

 

 俺の胸中に浮かんだ言葉は、音ではなく頬を伝う涙によって露わにされる。

 

 するとシュウジはこちらに歩み寄ってきて、ハンカチを取り出した。

 

「使うか? せっかくのワイルドなイケメンフェイスが台無しだぜ?」

「っ、ば、バーカ。お前に、言われ、てもっ。皮肉に、しかっ……聞こえ、ないんだ、よ……!」

 

 

 

 畜生、うまく話せねえ。

 

 

 

 やっと、会えたのに。

 

 

 

 想いが溢れて、止まらない。

 

 

 

「あーらら、こいつは失敗。俺としたことがハジメを泣かせちまうたあ、一生の不覚だ」

「俺だけじゃ、ねえだろうが、この野郎……!」

「おおっとクリティカルヒット。ハジメ、本当にゲイボルグ投げるの上手くなったね?」

 

 ケラケラと笑う様は、本当に変わっていなくて。

 

 一度死んだなんて信じられないほど、俺が覚えている通りなことが、なんだか可笑しくて。

 

 涙も引っ込んでしまいそうになっていると、不意にシュウジは笑い方を優しげなものに変えた。

 

「ありがとう。あの闇を乗り越えてくれて。俺の本心を見つけてくれて。お前が親友で、良かった」

「っ……そこは良かった、じゃなくて。ホッとした、だろ?」

「そいつもそうだな。何せ今までもこれからも、ハジメは俺の一番のダチだからネ⭐︎」

「ったく、しゃぁねーな。俺以外には務まらなさそうだし、付き合ってやるよ」

 

 やれやれと仕方がなさそうな態度をとってやれば、「そいつは大感謝祭りだ」などと笑う。

 

 ……本当は、もっと色々と言うつもりだったんだけどな。なんかどうでもよくなっちまった。

 

 どうせ、帰れば雫が待っている。こっぴどく説教するのはあいつに譲ることにしよう。

 

「いやー、しかし恥ずかしいな。あんだけカッコつけといて、お前らに自分の一部を残しちまうんだから。キマりきらないもんだねぇ」

「ちょっと残念なくらいが、お前にゃ丁度いいんだよ。全部完璧より、そっちの方が人生楽しめるだろ?」

 

 

 

 もう、完璧じゃなくていい。

 

 

 

 一人で全て背負えてしまう強さなど、あってもクソ喰らえだ。

 

 

 

 たとえ欠点があっても、弱さがあっても、それを補い合い、支え合うことが何より大事で。

 

 

 

 それがきっと、人が共に生きる意味だから。

 

 

 

「一理あるな。これからはそのセリフを座右の銘にしよう」

「ああ、しとけしとけ。なにせ……こっから何十年と、人生は続くんだからな?」

「……そいつは先行きが全く見えねえ、果てしないタイムリミットだ。せいぜい楽しむとするよ」

 

 そう言って笑うシュウジの笑顔からは、ずっと差していた影が取れていた。

 

 あの絶望を乗り越えた意味が、確かにあったのだとようやく確信して、思わず笑む。

 

 俺は、もしかしたら、ついに。

 

 

 

 

 

 こいつの心を、救えたのかもしれない。

 

 

 

 

 

「さって、帰りますか。正直一人でピアノ弾いてんのも飽きてたんだよネ。腰も痛いし、雫の膝枕でゆっくり寝たい」

「その前に三日三晩説教されろ、ボケ」

「こりゃ手厳しい。でも自業自得だからしょうがねえか」

 

 シュウジがケラケラと笑い、俺もクツクツと笑う。

 

 ひとしきり笑った後に、俺達はふと何かを思い付いたような、同じ顔をした。

 

「なあ、ちょっと思いついたんだが。せっかくだし、演奏対決してみねえか?」

「そいつは丁度マッチング、俺も同じこと考えてたぜ。最後に一曲、演奏会といくか」

 

 頷きあい、二人で歩き出す。

 

 一人で座るにしては無駄に長い椅子に座り、もう一度開けた鍵盤にそれぞれ指を乗せた。

 

「俺が右手側の演奏ね」

「じゃあ、俺が左側。先にミスった方が負け、罰ゲームは……一生守らなくちゃいけない約束を、一つ」

「……乗った」

 

 条件とルールを決め、頷き合い。

 

 

 

 

 

 そして、同時に演奏が始まった。

 

 

 

 

 

 最初は少しずつ、確かめるように音を合わせる。

 

 ピアノに触れたのは中学の時以来だが、指先は案外覚えているものだった。

 

 やがて、低音と高音、光と影が合わさり、交差するように、少しずつ速くなっていく。

 

「やるね、ハジメ」

「お前こそ、自主練の成果を見せてみせろよ?」

「言うねぇ」

 

 語り合いながら、重ね合いながら、共に旋律を重ねていく。

 

 序章が終わり、その次の本章へと。

 

 すると、速度も音の幅も一気に増えていき、激しく、明るく、旋律は軽快な音の宴となっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、この再会に、歓喜しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 今日という最高の日を、楽しもう。

 

 

 

 

 

 

 

 これまで重ねた苦しみも悲しみも、この喜びに比べたら、なんでもなかったと。

 

 

 

 

 

 

 

 そう、とびきりの演奏と共に笑い飛ばしてみせようじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 共に奏でるのだ、いつまでも。

 

 

 

 

 

 

 

 いつまでだって、一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 だって、俺達は。

 

 

 

 

 

 

 

 かけがえのない、友達だから。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな想いを指に乗せて、音楽という会話に乗せて伝えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 代償なんていらない。勝敗なんてどうでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、ただ。

 

 

 

 

 

 

 

 この時間が、いつしか終わったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 また、新しい世界を始めればいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 今度は一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 だから、奏で続けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 一人でじゃなく、二人で。

 

 

 

 

 

 

 

 二人じゃ足りないなら、三人で、四人で。

 

 

 

 

 

 

 

 そうやってもっともっと、大切な人達と、限りなく。

 

 

 

 

 

 

 

 俺達は、今。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界に、生きているんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 ──ふと、目が覚めていく。

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 下がっていた頭を擡げながら、瞼を開く。

 

 しばらくぼんやりとしていたが、ふと右手にあった硬い感触がないことに気がついた。

 

 熟睡した後のように緩慢な動作でそこを見ると……ベンチにパンドラボックスはない。

 

 代わりに白いパネルだけが残っていて……その向こうには、粉々に砕けた黒い義手が。

 

「これ、は…………」

 

 無感情にそれを見つめ、やがてハッとする。

 

 義手の主が、もう一人の俺がいない。

 

「まさか、アイツ……!」

 

 衝動的に立ち上がると、周囲を見渡し──すぐ側に立っている奴を見つけた。

 

 思わずホッとしながら、奴に歩み寄る。

 

「おい、実験はどうなった? あいつはどこにいる?」

 

 背後から話しかけるも、答えは返ってこない。

 

 訝しく思い、根元から失われた左の腕を押さえて立ち尽くす奴の隣に並んで、その顔を見た。

 

 すると、奴は呆然としていた。

 

 微動だにせず、目を見開き、ただ一点だけどこかを見つめている。

 

「……?」

 

 一体何を見ているのだと、その視線の先を見て。

 

 

 

 

 

「…………会いたかった。たとえ記憶がなくても、ずっとずっと、貴女を求めていたの」

「……本当にごめん。お前も、他の皆も、悲しませて」

 

 

 

 

 

 下の道で抱擁を交わしている雫と──確かにそこにいるシュウジに、納得した。

 

 衣装は記録した情報を元にしたからか、【神域】で最後に見た派手なものだったが。

 

 それでもここに、この世界に、実在している。

 

 

 

 

 成功したのだ。

 

 俺は、俺達は、あいつのことを取り戻すことが、できたんだ。

 

「俺、何度もお前を裏切った。最後は笑顔でいられるようにするって約束、破ってごめんな」

「……でも、消えなかった。ちゃんと私の中に、貴女はその証を残してくれていた」

 

 一度体を離して、雫はあの指輪を取り出して見せる。

 

 すると、あいつは少しバツが悪そうな顔をして、指輪をそっと雫の手からつまみ上げた。

 

「こいつは、もう必要ないな。最後に俺の想いを、お前に伝えるためのものだったが……」

「…………」

「物で示せる想いなんざ、たかが知れてる。だから、ちゃんと俺自身で伝えるよ」

 

 あいつの手の中で、紫の光に包まれた指輪が別のものへと変わっていく。

 

 別れのリングは姿を戻し、三日月のブローチになって。

 

 手袋を外し、輪ゴムへと変えて組み合わせたシュウジは、それで雫の髪を縛る。

 

 目を閉じ、成されるがままにした雫は、数秒もするうちに見慣れたポニーテールに結われた。

 

「何度でも、何回でも。これから先ずっと──お前を、愛してるって。そう言い続けるよ」

「……ええ、ずっと伝えて。私の隣で、永遠に。これまで裏切った分、来世でも、その先でもね」

「仰せのままに、俺だけのお姫様」

 

 愛しさが溢れた笑顔を交わした二人は、そのまま目を閉じて。

 

 そして、この世のどんなものより優しいキスを、ゆっくりと交わすのだった。

 

「ハッピーエンド、ってところだな」

「…………2218万、3447分の1だ」

 

 その光景に感動していれば、ふと隣で俺が呟く。

 

 振り向くと、頬に涙を伝わせた奴は、とても、とても嬉しそうに笑いながら、静かに告げる。

 

「俺が神の造眼(ヘイムダル)で見た並行世界。未来の数は、2218万3347通り。その中で希望を得られたのは、このたった一つの未来だった」

「…………それはまた、天文学的数字だな」

 

 応答しながら、戦慄する。

 

 数として数えられるとしたって、それだけの世界を……絶望を、体感するというのは。

 

 一体どれほどの苦難だったのだろうか。想像するだけで気が狂ってしまいそうだ。

 

 我がことながら、化け物じみた精神力に恐れを感じた。

 

「やったんだ、俺は。ついに、あいつを、救えた──あいつの明日を、創れたんだ!」

 

 そう言って歓喜に打ち震える姿に、年甲斐もないなどという戯言は口にできなかった。

 

 こいつは俺であるからこそ、わかる。

 

 50年という月日、たった独りで絶望と戦い続け、ついに希望を勝ち取った、無上の喜びが。

 

「これで、やっと。俺の旅は、終わるんだな……」

「……長い間、お疲れさ」

「どらっしゃぁあああですぅうううぅぅうう!!!」

「ごっふぁ!!?」

 

 労いの言葉をかけようとしたその時、聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。

 

 同時に、骨が砕けて何かが潰れたような音がして、バッと音の発生源たる方向を見たら。

 

「やぁっと見つけましたよぉ〜、こんの大馬鹿鬼畜野郎ですぅ〜〜!」

「シア!?」

 

 何とそこには、ジャンピングキックでも決めたような姿勢で憤怒の表情を浮かべた恋人が。

 

 ネビュラガスを受けていない、つまりここにいるはずのない人物の登場に、一瞬訳が分からなくなった。

 

 そう、おかしなポーズで地面に沈み、雫に揺さぶられているシュウジを心配できないほどに。

 

「シュー! ちょっとシュー、起きて!」

「ぐふ……生き返って早々、もう死にそう…………エボルト再生お願い……」

「なんでシアが……あいつは、思い出せないはずじゃ」

「シア!」

 

 次の瞬間、更なる事態の展開に俺は度肝を抜かれることとなった。

 

 シアの名を呼びながら、道の向こうからやってきたのは──なんと、ユエだったのだ! 

 

 

 

 呆気に取られて固まっているうちに、次々とやってくる見知った顔ぶれ。

 

 ウサギ、ティオ、香織、美空、ルイネ、リベル、坂上、天之河、そして御堂。

 

 一部を除き、店に残してきた面々が勢揃いでやって来て、シュウジの元へと集まっていた。

 

「ど、どうなってんだこれ!?」

「──行ってこい」

 

 混乱の極みに達する俺の意識に、するりと差し込まれるような一言。

 

 反応して振り返れば、元の穏やかで渋みのある笑みを浮かべた奴は言葉を続ける。

 

「なんであれ、この未来はもうお前達のものだ。お前の望むがまま、思うがままに──行け」

「お、おう!」

 

 自分でもあっさりとその言葉に従い、丘を駆け下りてあいつらの元へ行く。

 

 直ぐに皆がこちらに気づいて、こちらを向いたユエ達に前触れなく質問をぶつけた。

 

「お前ら、なんでここに? ネビュラガスの影響があるやつはともかく、記憶がないはずだろ?」

「ん。香織達が神代魔法で呼び覚ましてくれた」

「魔法で?」

「うん。共通して体験した記憶を刺激して、そのショックで目覚めさせる魔法。ぶっつけ本番だったけど、うまくいったよ」

「ま、今回はほとんど香織の手柄だよ。私、最初取り乱して気絶させられたし」

 

 なるほど。いかにも治癒師らしい、記憶の治し方だ。

 

 改めて一同を見渡すと、皆一様に俺に向かって頷く。ここにいるメンバーは思い出しているようだ。

 

 ユエ達に事情を少し聞くと、残りのメンバーも思い出したものの、店番として残っているらしい。

 

 

 

 

 

 最後に、照れ臭そうに笑っている香織に視線を戻して……おもむろに頭に手を置いた。

 

「へ? は、ハジメくん?」

「ありがとう、香織。もちろん美空も。おかげで、みんなに思い出してもらえた」

「ふふん、すごいでしょ」

「……当然だよ。だって、私達は仲間だもん」

「ん。それに……忘れてるわけにはいなかった」

 

 ユエが、スッと目を細めながらとある方向を見る。

 

 全く同じ動作を、ぞっとするほど同時に他の何人かもして……ようやく立ち上がったシュウジを見た。

 

 それはもう、全身から色として見えるほどの怒りのオーラを、これでもかと立ち上らせて。

 

「えーと…………皆さん、怒ってらっしゃる?」

「「「「「「「「「当たり前だ(ですぅ、だろうが、でしょう、じゃろ、だよ)!!!!」」」」」」」」」

 

 真昼間の公園に木霊する、計九人分の怒号。

 

 これほど声を揃え、同じだけの怒りを抱くことなど、記憶を探ってもこれが初めてだ。

 

 流石にメンタル強度が異常なシュウジも、盛大に体を跳ねさせて反応せざるを得なかったようで。

 

 

 

 

 

 それが、かつての時間を取り戻した何よりの証明だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「……よかった。本当に」

 

 

 

 

 

 シュウジ達のもとへ走るハジメの後ろ姿を眺め、始は呟く。

 

「長い、長い……永すぎる、旅だった」

 

 何度挫けそうになったのか。何度諦めそうになったのか。

 

 全身全霊、全てを賭してこの未来を勝ち取りはしたものの、それは結果論で。

 

 思い返せば、いつもギリギリで。

 

 だからこそ、何よりも嬉しくてたまらないのだ。

 

「やれやれ。俺があと二十若けりゃ、飛び跳ねて喜べたんだがな……っとと」

 

 肩をすくめようとしたが、左腕がないことでバランスを崩しかける。

 

 今更それに気がついて、始は数歩分下がり、そのまま立て直せずに尻餅をついた。

 

 体力も魔力も、そして気力も、すっからかんだ。

 

「ははっ、清々しい気分だ。ここまでスッキリしたのは、何十年ぶりだろうなぁ」

 

 一人で笑いながら、ふと顔を上げる。

 

 

 

 

 

 そこには、吸い込まれてしまいそうな広い空。

 

 

 

 

 

 どこまでも澄み渡る、その蒼天の色模様が始の心と全く同じだったのだ。

 

 ずっと、嵐の中にいた。

 

 後悔という豪雨の降り頻る、止まない嵐が始の心を打ちつけていた。

 

 だが、今。

 

 すっかり、嵐は過ぎ去った。

 

「これが物語や映画なら、俺は笑顔で死ぬのが鉄板だな……」

 

 目を閉じ、満足な微笑でブラックジョークを言ってみる。

 

 それは望んでいた結末であり、無力だった自分への断罪行為でもあったはずなのだ。

 

 けれども、それを許されないことを、許されたことを、始はもう知っている。

 

 だから。

 

「あ、いたいた。おーい、ハジメさーん」

「ん。時間を特定するのに手間取ったけど、見つけた」

 

 ごく自然と、すぐそばに開いた六角形のゲートから現れた二人には驚かない。

 

「……愛されるってのも、なかなか大変だ」

「もう、またそんなこと言って。意味深なセリフはそろそろ、ネタ切れにしといてください」

「ん。あんまりかっこつけてると、つい口を塞ぎたくなる。物理的に」

「おっと、こいつは参った。降参だ」

 

 おどける始に、「仕方がないなあ」という感情を顔に浮かべて笑う二人。

 

 

 

 

 それからユエ達は、本当に一歩も動けない始を二人がかりで立ち上がらせる。

 

 シアに残った腕を肩に回され、ユエが胸と背を支えて、ようやく自立することができた。

 

「ったく、これじゃあ本当に介護だ。早いとこ調子を取り戻さんとな」

「ちょうど壊れちゃいましたから、どうせなら失った体も再生しちゃいましょう」

「ん。それがいい」

 

 二人の返答に微かに微笑み、それから始はゲートの方を向いて……初めて驚いた。

 

 そこに、真っ白い亡霊が立っていたから。

 

「…………八重樫?」

「………………こんにちは」

 

 ゲートから出てきたのか、そこに直立していた雫が返事をする。

 

 思わずユエ達を見ると、彼女達は驚いた様子はない。どうやら最初から来る予定のようだった。

 

「…………見える。光が、見えるわ」

 

 誰に聞かせるでもなく、一人でに呟いた雫はこちらに歩み寄ってくる。

 

 そして三人の隣に来ると……徐に、両手を後頭部に伸ばした。

 

 程なくして、はらりと顔を覆う眼帯が緩んで落ちる。

 

 内から現れたのは、露わになっていた箇所と同じように透き通った肌と、白く染まった睫毛で彩られる瞼。

 

「──」

 

 ふるふると、震わせていた瞼を見開き──現れたのは、赤漆のように美しい目。

 

 黄金の瞳孔が艶やかに輝くその瞳で、雫はとある方向を見て。

 

「あぁ……!」

 

 心の底から滲み出たことがわかる、震えるも感嘆の染み込んだ声を漏らす。

 

 眼帯を手放し、両手で口元を覆うと、秘宝の如き瞳を見開き、その一点だけを見つめるのだ。

 

「見えた……! やっと、私の光が、ここに……!」

 

 雫が目の当たりにし、打ち震えているものを、始達もまた一瞥する。

 

 そこでは現在進行形で、全員にブチ切れられてオロオロとしているシュウジがいた。

 

 それでも、皆に、この世界の己が隣に寄り添う、その様は。

 

 

 

 

 

 何もかも失った雫にとっては、これ以上ないほどの希望()だった。

 

 

 

 

 

「……忘れて、しまわないでしょうか。そのかけがえの無さを、当たり前だと、いつしかそう思い込んでしまわないでしょうか?」

 

 ふと、シアが言う。

 

 彼女の言葉には不安や悲しみと同時に、この世界の自分達への〝期待〟があって。

 

 そんな彼女に、始を挟んで聞いていたユエも僅かに眉を落とす。

 

「……ん。人は、幸せに慣れるもの。それが失われるという恐怖に、いつしか知らないふりをしてしまう」

「大丈夫さ」

 

 二人の憂慮を振り払うように、強い宣言が響いた。

 

 ユエが、シアが、ひたすらにシュウジ達を見ていた雫も、始の方を見て。

 

 三人に、始は不敵に笑う。

 

「あいつらは、諦めなかった。思い出せるはずのない記憶を、自分達の意思で取り戻した」

「でもそれは、香織さんの魔法があったからじゃ……」

「思い出したくないのならば、拒むこともできた。でもあいつらは、そうしなかった。封じ込められたものに手を伸ばし、掴んだんだ」

 

 だったら、と三人の顔を見て。

 

 始は断言するのだ。

 

「それは、〝奇跡〟だ。奇跡を得た者は、その尊さを知っている。知っているからこそ忘れない……俺は、そう信じる」

「……ハジメさんが、そう言うなら!」

「ん。私も、この世界の私達を、信じる」

「……いつまでも、絶えぬ光を」

 

 

 

 答えは得た。

 

 

 

 もう、思うことはない。

 

 

 

 奇跡を手にした彼らを見て、希望を得られたのだ。

 

 

 

 だったら──頑張っていける。

 

 

 

「さあハジメさん。帰りましょう、私達の時間に」

「ん。みんなが待ってる」

「貴方の光は、まだ消えていないわよ?」

「……ああ」

 

 ユエに、シアに支えられ、案内人のように雫がゲートへと誘って。

 

 そして始は、自分という時計の歯車がようやく回り始めたことを実感しながら歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ありがとう、ハジメ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

「? ハジメさん、どうかしましたか?」

「ハジメ、大丈夫?」

「南雲くん?」

「……いや、なんでもないさ」

 

 振り上げた顔を、ゆっくり降ろして。

 

 そして、自分の世界に繋がる扉を、大切な人達と一緒に潜りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺も、ありがとう。さようなら、シュウジ」

 

 

 

 

 

 

 

 たった一言だけが、この世界に残された。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「私達がどれだけ貴方のことを大切に、家族みたいに思ってたのか、まだ分からないんですか!?」

「ん! 前にも言った、私達は貴方を一人にはさせない! 絶対の絶対に!」

「死んだくらいで別れられるなんて、思わないで……!」

「お、おぉう、めっちゃ怒られてるのにすげえ大切に思われてる……」

 

 ユエの、シアの、ウサギの、暴流のような剣幕にたじろぎ。

 

「ご主人様からの酷い仕打ちはウェルカムじゃがのぉ……この痛みに関しては、シュウジ? 一度きちんと、それはしっかりと、お話をせねばならぬようじゃの?」

「シュウジ……何回、刻んでほしい?」

「身体中壊しながら治療する拷問、100回コース……やろっか?」

「ヒェッ」

 

 黒いオーラを称え、額にこれでもかと青筋を立てたティオ達の怒気に怯み。

 

「同じように死んだ俺が言うのもなんだけどよ……お前、残された奴の気持ち考えろよ」

「ぐはっ!?」

「俺達のことはまだいい。けど……雫のことは、悲しませないでくれ」

「ぐぅッ、テメェの正論で傷つく日が来るとは思わなかったぜ……!」

 

 そして、心底呆れたという顔で言う坂上と、思い詰めたような顔の天之河の言葉に撃沈した。

 

 崩れ落ちて四つん這いになったシュウジを誰もが冷めた目で見下ろし、唯一雫だけが苦笑いをする。

 

「ていうか坂上、その顔についてる無数の小さな紅葉は……」

「おう、記憶を取り戻した鈴にしこたまビンタされた! で、その後これでもかって泣かれて、好きって言われたぜ!」

「これ異常なほどのカオスさだな」

 

 想像するだけで大分おかしな状況だ。

 

 だが、スッキリした顔の坂上を見るあたり丸く収まったんだろう。過程はメチャクチャだが。

 

「ああ、それと北野」

「……なんでせう」

「鈴から伝言だ……〝恵里も救ってくれて、ありがとう〟ってよ」

 

 その、坂上の……谷口の言葉の意味は、俺にもどういうものか理解できている。

 

 この新世界で中里は──辛い家庭の事情のことで、幼少からずっと支えてくれた谷口と本当の意味で親友になっていた。

 

 ああして狂ってしまった原因、その運命が書き換わり、谷口にとって最も欲した未来になったから。

 

 旧世界での狂気は消え去り、高校時代はいつも谷口と本音で遠慮のないやり取りをしていた。

 

「……さぁて、なんのことだかさっぱり。俺はただ、谷ちゃんに都合のいい運命をプレゼントしただけなんでね」

 

 だが、立ち上がったシュウジはあろうことかしらばっくれやがった。

 

 それが嘘であることは明白で、しかし坂上はニヤリと笑うと頷く。

 

「んじゃ、そういうことにしとくぜ。()()()()()()()さん」

「っ!」

 

 息を呑むシュウジ。

 

 贈られたその言葉は、こいつにとっては珍しく、予想外のことだったのだろうか。

 

 固まったシュウジに次に言葉をかけたのは、天之河だった。

 

「……北野」

「…………んだよ、()()()。脚と目は治してやったんだから、文句言ったらぶん殴るぞ」

 

 あいつの返答に目を見開き、驚嘆したのは、きっと天之河本人と俺だけじゃないはずだ。

 

 今、こいつはぶん殴ると言った。

 

 毛嫌いする天之河を殺すでも消すでもなく、ただ単純に()()()()で留めたのだ。

 

 しかも、普通に名前で呼んだ。

 

 

 

 

 

 それは、死から蘇ったことよりよっぽど天変地異だった。

 

 

 

 

 

「っ、そ、それは感謝してる。でも、お前に礼を言いたいことはそれだけじゃないんだ」

「なんだよ。言いたいことあるならさっさと言え。じゃないとお前の靴に犬の糞詰めてやる」

「それはとてつもなく嫌だな!?」

 

 ああ、なんだ。嫌ってんのはそのままなのか。ホッとした。

 

 ユエ達と胸を撫で下ろしていると、気を取り直した天之河が……シュウジに頭を下げる。

 

「ネルファを助けてくれて、ありがとう。俺の大事な人を……愛する人を、生き返らせてくれて。本当に、本当に、ありがとう」

「あら、熱烈なこと」

 

 シュウジが応えるよりも先に、怒号も上げず、楽しげに静観していた御堂が呟く。

 

 チラリと見れば、以前より妖艶な笑みを浮かべた彼女は……なんというか、満更でもなさそうだ。

 

 

 

 

 そして、実際に礼を言われた当の本人はというと。

 

 憮然とした表情で、ポケットに両手を突っ込みながらそっぽを向いていた。あの野郎。

 

「こら、シュー」

「……へいへい、わかったよ。おい、天之河」

「……なんだ」

 

 顔を上げた天之河に、シュウジはまたしばらく黙って。

 

 やがて、深い、それはそれは深いため息を吐いてから、ようやく言った。

 

「俺はお前が嫌いだ。大嫌いだ」

「ああ、わかってる」

「でも、()()()()()()()()()()()()。他の誰でもない。それは誇れ」

「き、北野……」

「お前の剣が呪いを断ち切り、飢えを満たした。なら、最後まで責任を取れよ。()()()()()()()()()

 

 そう告げるシュウジの顔は、これまで一度も天之河に向けたことがない真剣なものだった。

 

 本当に珍しく、本気で、本心から言っているのだと、長年の付き合いで直感的に察する。

 

 その強い光を放つ瞳に、天之河は……しっかり頷いた。

 

「わかってる。それが俺の使命、俺のなすべきことだ。絶対に守るよ、彼女を」

「ん。まあ、カインじゃない俺がこんなこと言うのも何様だって話なんだけどな」

「ははは……」

 

 イマイチきまらねえのは、わざとなんだか、俺の言葉を実行しているんだか。

 

「……まったく、本人を蚊帳の外に好き勝手言いますこと」

「不満か?」

「ええまあ。私、他人にあれこれ言われるのが屈辱でならないので」

 

 思わず投げかけた問いに返ってきたのは、相変わらず傲慢な返答。

 

 苦笑していると、「けれど」と御堂は自分の言葉を否定して。

 

「悪くはないですわね。せいぜい、あの愚者に私という至宝を守らせることにしましょう。ええ、それはもうずっとずっと……地獄の底まで、ね」

 

 ……相変わらず厄介な女によく好かれるなあ、天之河は。

 

「お前も、ちゃんと雫を守ってくれ。これは身勝手で馬鹿な幼馴染の、最後のわがままだ」

「光輝……」

「ったりめぇだバーカ。こいつが嫌だって言っても離してやるもんか」

「それを聞いて安心したよ」

 

 絶対にありえない程、シュウジと天之河のやり取りは終始穏やかに終わった。

 

 そうして天之河が戻ってきて……ふと、最後にまだあいつとちゃんと話していない人物に目がいく。

 

 まるでわざと残しておいたように、自然と最後まで待っていたのは彼女達──ルイネと、リベル。

 

 シュウジも分かっているのか、二人の方を見ると──不意に姿勢を低くした。

 

「よっしゃリベル、カモン!」

「っ、パパぁああっ!!」

 

 くしゃりと顔を歪め、両手を伸ばしてリベルが駆け寄る。

 

 全速力でやってきた愛娘を、シュウジは受け止めて抱き上げた。

 

「うぉーっし、大きくなったなぁリベル! 輝かしい成長の軌跡を見れなくて、パパ残念だぜ!」

「もうっ、もうっ! パパの馬鹿っ! もう絶対絶対ぜ────ったい、どっかいっちゃダメなんだからね!」

「はっはっはっ、もうどこにもいかないぞー!」

 

 泣きながら怒るリベルに頬ずりし、これでもかと抱きしめ、可愛がるシュウジ。

 

 リベルの表情もだんだんと和らいでいき、涙を拭って笑顔を見せるまでそう時間はかからなかった。

 

 その光景に和んでいると、慄然とした表情のルイネがシュウジへと歩み寄る。

 

「シュウジ」

「おう、そういう呼び方をされたのは初めて──」

 

 

 

 バシィッ! と、大きな音が木霊する。

 

 

 

 それは、ルイネが思いっきり右手でシュウジの頬を打ち抜いた音。

 

 物理的な制裁に、なんだかんだと緩んでいた空気が、一瞬にして凍りついた。

 

 

 

 

 張り飛ばされ、強制的に横を向いたシュウジの顔。

 

 広がる静寂と、気まずい雰囲気。

 

 その中で、事の発端であるルイネが動き出す。

 

 ベストの肩口を掴んで引き寄せ、もう一方の手で強制的に顔を正面に戻すと──

 

「ん──」

「っ!?」

「わっ! ママ大胆!」

 

 なんと、シュウジに口付けをした。

 

 もう一発喰らうと覚悟してたのだろう、先程よりもっと驚いた顔でシュウジは固まる。

 

 シアか誰かが「ひゃー!」と野次馬声を出している内に、ゆっくりとルイネは顔を離した。

 

「最初のあれは、旧世界で先に裏切った分を引いた、全てを捨てたことへの怒り。そしてこれは、貴方に対する私の好意だ」

「……えっ、と。ごめん、落差がすごくて、なんて言ったらいいか…………」

「じっくり考えて、受け止めてくれ。ただこれだけは言っておく──私はもう、貴方から離れないからな。また転生したとしても、絶対に」

 

 ルイネから明かされた大胆な告白に、けれどシュウジは困ったような顔をする。

 

「でも、俺はカインじゃなくて……救おうとしたんだけど、あいつ、自分で消えちまって……」

「ええい、うだうだと男らしくもない。私は()()()()()()()()()()んだ! あの人への想いとは全くの別物だ!」

「い、いやだが、俺なんかがお前に好かれる資格は」

「あら。あんなに私を裏切って、さっきはあんなことを言っておいて、よく抜け抜けと言えるわね?」

 

 ……雫は、言葉の切れ味も鋭くなったな。

 

 最愛の人に逃げ場をザックリと切り捨てられて、もう何言っていいのかわからない顔になってやがる。

 

 その隙を突くように、もう一度グンと顔を近づけたルイネは、至近距離ではっきりとあいつに告げる。

 

「あの人は、もう去ったんだ。貴方は貴方自身を生き、人を愛さなくてはいけない。私も私の意思で、貴方の隣に居続ける。これは決定事項だ。断ることは許さない」

「いや、あの、その、えぇーと……ハジメ助けて!」

「嫌だ」

「即答!?」

 

 俺がシアに迫られた時に散々と揶揄ってくれたんだ、せいぜい同じ気持ちを味わうがいい。

 

「えぇ、うっそぉ……なんでお前、そこまで俺のこと好きなの? 自分で言うのもアレだけど、俺ちゃんって相当なクソ野郎だよ?」

「何、この新世界で少々為政者が板についたが、私も暗殺者。卑怯汚いは褒め言葉だ」

「に、逃げ場がねぇ……」

「なんだ。あれだけ私を助けようとしてくれたのに、今はもう嫌いになったか?」

「それを言うのはズルいってばよ……はぁ、分かったよ。向き合うって先生とも約束したからな。ちゃんとお前のこと、受け止めるよ」

「それでいい」

 

 ついにシュウジが折れた。望んだ答えが得られたルイネは満足そうだ。

 

 手を離したルイネは、ずっと自分達のことを見守っていた雫に向け、不敵に笑って。

 

「雫殿も……いいな?」

「ふふ、一緒にメロメロにしましょうね。二度と馬鹿なことができないように」

「ああ、それはすごくいい提案だ」

「ハジメー、ものすんごい美女二人にこれでもかって愛されてて、俺ってばどうしたらいいと思う?」

「そうだな、とりあえずリア充くたばれと言っておこう」

「お前がそれ言うんかーい!」

 

 そりゃそうか。

 

 

 

 

 

 

 ──なんて。

 

 

 

 

 

 こんなやり取りができることが、何よりも嬉しい。

 

 皆がいる。

 

 俺にとって何より大切で頼もしい、愛する人達が、笑顔で揃っている。

 

 ありふれた幸せ。

 

 そう言ってしまえばそれまでだろうが、どんな物より価値があると俺は知っている。

 

「なあ、シュウジ」

「ん? なんだハジメ?」

 

 

 

 

 

 だから、そう。

 

 

 

 

 

 ユエ達と顔を見合わせ、頷きあって。

 

 

 

 

 

 この幸せを実現する為に、誰より必要だったそいつに、こう言うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「「「「おかえりなさい」」」」」」」」」」」」」

「…………ああ。みんな、ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、俺達の長い長い物語は幕を下ろす。

 

 

 

 

 

 ある日、異世界に召喚され、多くのものを失い、多くのものを得た。

 

 

 

 

 

 最後にかけがえのないものを失い──そして、取り戻した。

 

 

 

 

 

 もし俺達の、この奇想天外で破茶滅茶な旅に名前をつけるとするならば。

 

 

 

 

 

 きっと俺は、ありふれたタイトルを銘打つのだろう。

 

 

 

 

 

 そう、たとえば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『星狩りと魔王』、とかな。

 

 

 

 

 

 

 

 




完    結    !




【挿絵表示】


読者の皆様、数年に亘りこの作品を読んでいただき、ありがとうございました!
本当に、本当に長い長い作品でした。
途中エタったり、半年間失踪したり、なんだか荒れてたりと様々ありましたが、三百話近い大長編をようやくハッピーエンドにこぎつけることに成功しました。
もうビルド終わってから、何年も経ってるんですがね(笑)
とにかく、ここまで走り抜けられたのは皆様のおかげに他なりません!
改めて、ありがとうございました!


さて、内容の方に。
この作品を描くにあたり、作者自らとしても二作目の完結作にして、多くのことを学ぶことができた作品であったと思います。
最初は思い切りギャグキャラから入り、やがて非常に計算高く、底知れず、それでいて常に道化を演じて誰にも真実の姿を見せない、そんな主人公像を見せていく為、苦悩を重ねてきました。
こういったキャラを描くのは非常に楽しくもありましたが、同時に難しくもあったのです。
善と悪という何千何万という作品で使われてきた概念、その一方に立つことを誇りつつも、善良な幸せを求める様を、うまく描けていたでしょうか。
自分としては満足のいく結果に終わりましたが、そう思わない方もいるでしょう。この経験を活かし、次の二次創作に活用していければ良いなと思っております。
他にも数え切れないほどの達成感と反省、後悔を得ました。例えば、これほど多数のキャラの各自の心境を描く事の難しさであったり、キャラ同士の親密度に説得性を持たせるには足りていなかったなと感じたこともあったり。
いわゆる群像劇的な様相も呈していた今作ですが、かなり難しい挑戦でした。
反省点の方が多いと言うのは、世の常ですかね(笑)
それでも、目一杯楽しんで、学んで、悲しんで、苦悩して、作り上げた世界でした。そこに一切の後悔などありません。


こういった表現もおかしいですが、シュウジ達、多くのことを教えてくれてありがとう! これからもお前達の物語は、時間は続いていくぞ!



そのうちシュウジ、ハジメ、光輝、この作品の三大主人公といえる彼らを主軸に後日談なども考案しております(笑)



そして、この作品最大のイレギュラーとも言える未来のハジメ。
最後にまだ一人ではないことを知れた彼は、シュウジを取り戻したハジメ達を見て満足し、迎えにきたユエ達と共に帰りました。
それから先、もしかしたらまたどこかの世界のシュウジを救う為に、今度は仲間達と一緒に過去へ赴くのかもしれません。
あるいは、誰かに自分と同じ思いをさせない為、全く知らない未知の世界……未知の作品へ行くのかも。


その物語は、もしかしたら……





というわけで、熊0803でした。
今後とも、自分の作品達をよろしくお願いいたします。
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