星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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後日譚なのに長えよ……というセルフツッコミを先にしておきます。


道化の弱み 中編

「……取り乱してすまなかった」

「いやいや、気にするなよ父さん。仕方ないって」

 

 

 

 ソファに座り、その巨軀をバツが悪そうに揺らす剛さん。

 

 隣では、旧世界の普段の様子を彷彿とさせる落ち着いた笑みの桔梗さんが寄り添っている。

 

 そして善子ちゃんは……シュウジに引っ付いていた。

 

 絶対離さないと言わんばかりに、シュウジの腕を両腕どころか手を足で挟み、がっしりと。

 

 隣にいる美空が顔を耳元に近付けてくる。

 

「そういえば善子ちゃんって、普段はツンケンしてるけどブラコンだったよね……」

「ああ、超がつく程のな」

 

 特に心の余裕が崩れた時に、ああしてすぐシュウジに引っ付く癖があった。

 

 当のシュウジは、懐かしいような、少し嬉しそうな顔で、そんな妹の頭を撫でた。

 

 

 

 

 俺達はそれを、北野一家が集まっているソファから少し離れて見ている。

 

 色々と混乱が収まり、剛さん達も落ち着いたところで、まずは家族水入らずで話したほうがいいとなった。

 

 ちなみに剛さん達は、記憶が戻った途端父さん達やナシタなど、シュウジをよく知る相手に電話をかけまくったらしい。

 

 店番をしていた先生に俺達のことを聞き、すっ飛んできたのだとか。

 

 誕生会の飾り付けはそのままに、どこか緊迫した雰囲気がナシタを包み込んでいる。

 

「……で、俺に聞きたいことが山ほどあるって顔だな?」

「…………ああ、そうだな。正直、未だ戸惑いが無くなったわけではない」

 

 どうして、自分達は忘れていたのか。なんで唐突に思い出したのか。

 

 外野の俺達にも見てわかるほど、彼らの表情は疑念と悲しみと、後悔で満ち溢れていた。

 

 とても重々しい雰囲気の中、流石のシュウジもいつもの軽口は叩けないのだろう。

 

 言葉を出しあぐねている様子に、自然と見守っている俺達もそわそわとしてきて……

 

「パパ!」

「あっ、リベル!」

 

 もはや何も言えまいかと思ったその時、飛び出したのは一人の影。

 

 ルイネの制止も聞かず、北野一家に突撃したリベルはそのままシュウジの膝によじ登り始めた。

 

 剛さんらがギョッとする中、落ち着く位置に尻を落ち着けたリベルはシュウジを見上げる。

 

「パパ、平気?」

「リベル……」

「しゅ、シュウジ? その娘さんは誰──」

「おっ、お兄ちゃんっ!? いつの間に子供作ってたの!? 誰と!? いつ!?」

 

 剛さんが尋ねる前に、善子ちゃんが爆発した。

 

 明らかに10歳前後の少女が、実年齢二十歳も超えていない兄を父と呼ぶ。そりゃ困惑するだろう。

 

 おまけに極度のブラコンであるが故に、腕ごとシュウジの体が左右にゆっさゆさ。

 

 まるでミュウを保護した当初の俺のように、盛大に引き攣った顔をする父に、妙に空気を察した娘が一言。

 

「初めまして、パパの妹さん。私はリベル、パパの義理の娘です! よろしくお願いします!」

「義理の!? ちょっとお兄ちゃん! 説明して!」

「リベル、礼儀正しいがそれは悪手だ……」

 

 顔を手で覆うルイネの肩に、レミアの手が置かれた。

 

「そ、そうだシュウジ、お前いつの間に……」

「シューちゃん。私…………もうお祖母ちゃんなのかしら?」

「桔梗ぉ!?」

 

 混乱に次ぐ混乱、からの混乱。

 

 陰鬱などなんのその。リベルの乱入によってあっという間にカオスと化した場はしっちゃかめっちゃか。

 

 どうすんだこれ、と外野組にも困惑が広がり、いよいよ収拾がつかなくなって……

 

「…………くはっ」

 

 ふと、響く笑い声。

 

 この場に似つかわしくないその音に、一瞬誰もが幻聴か? と首をかしげる。

 

 けれど、すぐにくつくつという続く笑い声によって、それが聞き間違いではないと理解した。

 

「……お兄ちゃん?」

「シュウジ?」

「シューちゃん……?」

「くっ、くくくっ、ふはっ、あははははは! あーっはははははは!」

 

 途端、堰を切ったように笑い出す。

 

 堪らないと言うように、我慢の限界だと言うように、それはおかしそうに、いっそ純粋なほど笑う。

 

 

 

 

 誰もが呆気にとられて、何も言えなくなったのに。

 

 当の本人は、やがて笑いが収まるとこの事態の元凶たるリベルの頭に手を置いた。

 

「そうだ、そうだよな。俺にシリアスは似合わねえ。これくらいカオスなのが、俺って人間の周囲を取り巻くに相応しい」

「…………パパ、元気でた?」

「元気も元気。無駄な緊張と不安がお空の彼方にさあ行くぞだ。いつも俺を元気付けてくれてありがとな、愛娘よ」

「えへへっ」

 

 ……ああ、そうか。リベルは分かってやったのか。

 

 そうすることで、ずっと見てきた父親がいつものように振る舞えるよう、あえて場を壊した。

 

 意図的な無神経。その巧妙さは、さすがはあいつの娘と言うべきだろう。

 

「よっし、もう大丈夫。愛娘にこんなことまでさせちゃあ、きっちりやらないとな」

「うん、パパならきっと完璧にできる! だって私のパパだもん!」

「おっ、そいつは最高の勲章だ。パパ感涙にむせび泣いちゃう」

「…………あの、お兄ちゃん」

 

 いつものように流れるような軽口を叩くシュウジに、おずおずと声がかかった。

 

 それは善子ちゃんのもの。二人のやりとりで強制的に頭を冷やされたのか、表情は落ち着いていた。

 

 それは剛さんと桔梗さんも同じ。困惑しているのは変わらずも、平静な様子であいつを見る。

 

「ちゃんと説明して、お願い。いきなり叫んだりしたのは、悪かったから」

「別に怒っちゃいないさ。だがまあ、説明はしよう。一から十まで、全部な」

 

 そう答え、一度瞑目し。

 

 聞こえるほどに大きく深呼吸をして、いよいよ覚悟を整えたといった様子で。

 

 次に目を開いた時……その静寂な暗闇の如き瞳に、三人は息を呑んだ。

 

「俺は、さっきまで死んでいた。そして蘇り、こうして今父さん達の前にいる」

「なっ、あッ!?」

「う、そ……」

 

 何を言っているんだ、と疑うには、あまりにその声は、言葉は、大きな質量を帯びていた。

 

 猜疑を許さない、絶対的な事実の主張。命の終わりを何より重視する故の完全なる言葉。

 

 それでも、受け入れ難いと思ってしまうのは当然で。

 

「うそ……嘘よ、だってお兄ちゃん、ちゃんと生きてるじゃん。ここに、いるじゃん」

「ハジメや雫達のおかげでな。だが、結論だけを述べても納得はしないだろう。だからその事実に至るまで説明すると、そう言った」

 

 縋るような声を、いっそ冷徹なまでに分解する。

 

 気圧され、少し離れる善子ちゃんに、シュウジは剛さん達を見る。

 

「十五歳の誕生日。俺は自分の力と記憶について、父さん達に明かした。そのことは思い出してるか?」

「あ、ああ。はっきり覚えているとも」

「最初はびっくりしたけど、シューちゃんが本当に魔法を使ったものだから、信じざるを得なかったわ」

「で、でもそれがお兄ちゃんが死んでたってことに、何の関係があるのよ!」

「あるさ。これは、俺の過去と、正体と……罪についての、話なんだから」

 

 リベルの頭に置いていた右手を、静かに掲げる。

 

 人差し指と親指が、パチリと音を鳴らした途端──ナシタの店内が、紫色の光で塗り変わった。

 

 幻覚魔法。最も得意とするそれが展開され、驚く家族にあいつが静かに告げる。

 

「これから見せるのは、俺がかつて描いた軌跡。愚かで救いようのない、馬鹿な男のバッドエンドルートだ」

 

 

 

 

 それから、幻の過去が全てを見せた。

 

 

 

 

 

 再生魔法も使っているのだろうか、三人称視点で空中に浮かび上がる、数多の記憶。

 

 異世界に召喚されてから、奈落の底から始めた旅の軌跡と……その裏で密かに広げた支配の手。

 

 所々血生臭い所をカットしつつではあったが、要点を全て捉えた説明を添えて、一年に及ぶ道程が明らかにされていった。

 

 作られた存在という、到底許容し難い真実が明かされた時のことも、しっかりと。

 

 

 

 

 やがて一時間も経つ頃、ついに全てが決したあの聖戦と、エヒトと俺、雫の決戦に辿り着き。

 

 そして──

 

「……ここから先が、俺の最後の選択。ハジメ達にも見せなかった、北野シュウジの終末だ」

 

 俺と雫が退場させられた所で、一度幻覚が止まった。

 

 それからシュウジは、剛さん達に……俺達に視線を巡らせ、冷たく言う。

 

「これから見せるものに、同情しないでくれ。悲しんでくれても、怒ってくれてもいい。でも、それだけは、やめてくれ」

 

 二度目のフィンガースナップで、ついに幻が動き出す。

 

 最後の最後に幻覚が形作ったのは、驚くべき光景だったのだ。

 

 

 

 

 

 ──というわけで。一対一だぜ、女神様? 

 ──あは。粋なことをしますね

 

 

 

 

 

 現れたのは、女神。

 

 かつてカインによって一度だけ見た、狂気に堕ちた最悪の存在。

 

「マリスっ……!」

「ルイネさん……」

 

 後ろから、何かを押し殺すようなルイネの声や、気遣うような先生の声が聞こえるけれど。

 

 俺もまた、剛さん達と同じように、未知の過去に意識を奪われていた。

 

 

 

 ──最初こそ、エヒトを殺すために進化態に至ろうとしていたんだが……真実を知ったことで、より絶大な力を手に入れたってわけだ

 ──その結果が、今にも死にそうなその姿ですか? ふふっ、とても滑稽ですね

 

 

 

 あの絶大すぎる力を手にする為、全てを操り続けたこと。

 

 

 

 ──俺の答えはこうだ。〝創造〟も、〝抹消〟も──惑星の生命を管理するシステムの一部である、とな

 

 

 

 秘められていた、世界の法則の真実。

 

 

 

 ──お別れだ、出来損ないの人形。お前はよく役に立った。たがもう要らぬ故……跡形もなく消えよ

 

 

 

 長い問答が終わり、一部どうしてか不自然に飛ばしたが……去っていく女神。

 

 

 

 ──ようやく届きましたよ、マリス

 ──お、とう……さん…………? 

 

 

 

 創造主を欺き、ついにその刃を突き立てた、最強の暗殺者。

 

「マスター……」

 

 再びルイネの声が。

 

 それには無視できない懊悩が込められていて、自分でも無意識的に後ろを振り返る。

 

 

 

 

 彼女は、かの暗殺者を見つめて苦しげに顔を歪めていた。

 

 公園で彼女が明かした想いに偽りはない。俺からもそう思えたが、しかし思うところは多く残っているのだろう。

 

 何か言葉をかけることは無粋だろうと、正面に顔を戻して再び幻覚に没頭する。

 

 

 

 

 ──眠りなさい、マリス。悪意に囚われてしまった、我が娘。私もすぐに…………そちらへ行きます

 ──あぁ…………お父さんの手………………とっても………………あったかいなぁ…………

 

 

 

 鋼の意思と、最後の微笑。

 

 共に消えた女神の終焉に、誰かが……あるいは俺自身が、ほうと息を吐く。

 

 それは旧世界で募らせた、あの女神への怒りと憎しみが流れていく音であり。

 

 ……どこか、憐憫も入り混じったものだった。

 

 

 

 ──はは。実にロマンチックな、演出じゃ…………ねえ、か…………

 

 

 

「シュウジっ!」

「お兄ちゃんッ!?」

 

 だが、その余韻に浸る余裕はすぐに奪われる。

 

 崩れ落ちていく過去のシュウジに、たとえそれが終わったことだと知っていても叫んでしまう。

 

 見計らったように、呆気にとられながら幻覚を見ていた善子ちゃんが思わずといった様子で立ち上がった。

 

 

 

 ──わぁってるよ……ちょっと休憩した…………だけだって

 

 

 

 そして、あいつも立ち上がる。

 

 命が尽きかけていても、今にも塵になってしまいそうでも。

 

 

 

 ──がはっ! うぐっ、はぁっ、はぁっ! 

 

 

 

 独りで、立ち上がれて、しまったんだ。

 

 

 

 ──はっ。ヒビだらけ、じゃん 

 

 

 

「やめて……もう、お願いだからやめてよ、お兄ちゃん……立ち上がっちゃ、ダメだよっ…………!」

 

 絞り出すような、震える善子ちゃんの声。

 

 頬を伝っていく何筋もの涙と悲しみに。

 

 ……目で見ずとも、この場の全員が同じものを流していることが、理解できた。

 

「……それでも俺は立った。立たなければ、進まなければならなかった。それが俺のなすべき事であるが故に」

 

 彼女に、俺達に応えるように、ここにいるシュウジが独白する。

 

 

 

 

 

 ──悪いけどよ。ちょっくら、運んでくれや、しねえか

 

 

 

「やだっ、やめてっ、もう頑張らないでよぉっ!」

 

 たとえ、足が砕けても。

 

 壊れかけでも、それでもカインの手を借りて。

 

 断固とした意思で、不変の信念で、シュウジは進み続けた。

 

 

 

 ──ネルファ……坂みん……中里…………よし、ちゃんと、記録されてる

 

 

 

 開かれた星の記憶。

 

 そこに刻まれる死者の魂に、背後から強い怒りや悲しみ、後悔の感情がやってくる。

 

 それらを抱いているのが誰であるかは、明白だった。

 

 

 

 ──ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタール……見つけたぜ、ユエのお父さん

 

 

 

「っ、シュウジっ……!」

 

 

 

 ──あんたら、ずっと待ってたのか。何千年も、転生もしないで、ずっとずっと……ミレディを、待ってたのかよ

 

 

 

「……創造主様」

 

 命を削り、己を削り。

 

 到達した星の根源で、死した者達の名を数え。

 

 そして、あいつは手を伸ばし。

 

「お兄ちゃん、駄目ぇええぇえええっ!!?」

 

 察した善子ちゃんの絶叫を、叩き潰すかのように。

 

 

 

 

 

 

 ──回収したエネルギーを代償に、〝この宇宙における俺に関連する記録のリセット〟と……〝未来の選定〟を、実行する

 

 

 

 

 

 

 

 俺達にとっては、最悪の。

 

 あいつにとっては最善の選択を、しやがった。

 

『────ッ!』

 

 

 

 誰もが表情を歪めた。

 

 

 

 誰もが拳を握り締めた。

 

 

 

 誰もが、その選択を選んだことに、激しく憤った。 

 

 

 

「あ、ここから先少し飛ばすわ。絶対見せられん」

 

 突然幻覚が途絶え、少ししてまた映される。

 

 映し出されるのは、輝く樹の根元に座り込んだ壊れかけの黒い影。

 

 

 

 ──俺は、最後までピエロであり続けよう

 

 

 

「どうしてっ……」

 

 どうして、そこまで。

 

 最後まで言葉にする前に、感情のダムが決壊したのだろう。善子ちゃんは口を抑え、嗚咽した。

 

 それは彼女だけではない。

 

 後ろから聞こえる。ユエの、シアの、ウサギの、美空の、その他全員全ての人間の小さな嗚咽が。

 

 それは、声を出さないだけで、俺だって。

 

 

 

 ──システムに請願。リソースの譲渡を理由に、この肉体と魂をエネルギーに還元する権利を要求します

 

 

 

 過去は止まらない。

 

 幻が、残酷なほど時間を進めていく。

 

「……ぁあ。貴方は……本当に……最後の最後まで…………終ぞ、変わらなかったのだな」

 

 

 

 ──最後くらい素直になりなさい。それくらいの権利は、貴方にならあるはずだ

 

 

 

 その生全てを断罪に捧げた男が、粒子と散った。

 

 美しくもあまりに静かすぎる光景に、しかし押しよせる感情の荒波によって何も言えない。

 

 

 

 ──ハジメと、またなんか勝負したかったな

 

 

 

「っ、う、ぁ……!」

 

 そんな俺達を、せせら嗤うかの如く。

 

 

 

 ──雫と幸せな家庭、築きたかったな

 

 

 

「あ、あぁああっ……!」

 

 涙を、嗚咽を、押し潰すかのように。

 

 

 

 ──美空やシアさん、白っちゃんの恋愛相談、もっと聞きたかったな

 

 

 

「っ、何を、今更っ……!」

「馬鹿っ、本当に馬鹿、でずぅっ……!」

「そんなこと最後に言うくらいならっ、どうして、どうしてもっと生きてくれなかったの!?」

 

 最後の最後に、ただ、ぽつりぽつりと。

 

 

 

 ──ティオと語り合いながら酒飲んでみたかったし、リベルの大きくなった姿も見たかったし、坂みんと谷ちゃんをもっといじりたかったな

 

 

 

「いくらでも機会はあったじゃろうっ、大たわけ……!」

「…………パパ」

「死人に口なしだろうが、このやろぉ……!」

「北野、っち……!」

 

 願いだけが、零れ落ちていく。

 

 

 

 ──クソ。なにがこれでいいだよ

 

 

 

 その全てを、自ら踏みにじって。

 

 命尽き果てる瀬戸際まで、素直に求められないまま。

 

 

 

 

 

 ──あぁ…………もっと、生きたかったなぁ……! 

 

 

 

 

 

 ただ、ただ、ひたすら、無慈悲に。

 

 

 

 砕けた世界の中、輝く樹の下で。

 

 

 

 シュウジが、塵になった。

 

 

 

 




次回で終わりです。
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