今回は割と力を入れたかも。
とはいえ、ずっと構想を練っていた光輝編に比べてしまうとパッと思いついたアイデアを形にしただけですので、適当に楽しんだいただければ。
「……以上だ。これが、俺が死んだ理由だよ」
三度目のフィンガースナップ。それによって幻が、今度こそ完全に消える。
照明に照らされた明るい店内が戻り、必要以上に熱が入っていた意識が現実に引き戻された。
「あれから新しい世界……つまり今のこの世界が生まれ、時が経ち、そしてハジメ達の尽力で生き返った。その副次的な効果で、父さん達の記憶も蘇った。これが全てだ」
何度目の沈黙なのか忘れたほど、痛々しく静まり返った場に響く、シュウジの言葉。
締めくくられた言葉に、誰も何も返さない。
違う、返せないのだ。
憤怒、絶望、悲哀、感謝、無力感、やるせなさ……数え上げればキリがない。
幻を見ながら感じた、あまりに多すぎる感情を抑えるのが精一杯で、言葉を作る余力がなく。
それほどまでに、残酷で、独悪的で、自らの心をも捨て去った、あまりに完璧すぎた選択だった。
それを飲み下せないでいる間に流れた時間は、5分だろうか。10分だろうか。
やがて、ギシリとソファから軋む音を立てて立ち上がった剛さんによって、止まった時が進む。
どこか身震いするような圧を体に纏った彼は、その丸太のような腕をゆっくりと振り上げて。
「……シュウジ。歯を食いしばれ」
あいつは、リベルを瞬間移動で俺達の元へ戻させてから。
「……とっくにだ、父さん」
「そうか。ならば──」
ギシリ、とその拳が固められ。
「この、馬鹿息子がッ!!!!!」
次の瞬間、シュウジの頭が弾け飛んだ。
そう錯覚してしまうほどに、あいつの頬を撃ち抜いた拳の威力は凄まじかった。
まるでミサイルが着弾したような轟音が響き、壁や天井を伝ってこちらまで届く。
衣服が激しく揺れるほどに巻き起こった旋風は、とても一般人の拳が繰り出した一撃の余波ではない。
剛拳の余韻が消えるまで、たっぷり十秒。
こちらの意識まで吹っ飛びそうだったそれを受けたシュウジは……ゆっくりと、横を向いた顔を正面に戻した。
頬に残る拳の後と、口の端から流れる血。それだけで済んだのは肉体強度のおかげだろう。
だけど、何よりも──その目が、どこまでも真っ直ぐに剛さんを見ていた。
「…………ハジメ君達の気持ちは、考えなかったのか」
「考えた。何百、何千回と考えて、考えて、考え抜いて、その上で全部手放した」
「俺達のことを、思い出さなかったのか」
「何度も思い出した。帰りたいとも思った。それでも、俺は選択した」
悪を貫き、悪を誇り、悪のままに死ぬ。
それで守り続けた一方と、切り捨てたもう一方、両方を救えるのなら喜んで命を捧げると。
全てを拾い上げるという、豪胆で、傲慢で、不可能なことを、あいつは実行してみせた。
それは、なんて強欲な……恐ろしいほどに強固な決意だったのか。
「俺は俺を見下さない。俺の価値を見誤らない。その上で、天秤が傾く方を選択した。そこに未練があったとしても、後悔などしない」
……それは、あいつを心から愛する俺達の気持ちを踏み躙るような言葉であった。
個の幸福より全の幸福を。それは自分と自分以外の全てという、どこまでも無情な線引き。
俺が自らの為、愛する人の為、邪魔するもの全てを敵と定め、必ず殺すと、そう決めたように。
シュウジは、自分が業の全てを背負い、まとめて切り捨てることを選んだのだ。
それだけに……今際の際に漏らしたあの一欠片が、どれほどに大きなものだったのか。
それを今、実感できる。
「わかってるさ、俺は大悪党だ。父さん達に誇れるような人間じゃないし、人として在り方が破綻してる。けど、それを恥じることは…………ない」
「…………そうか」
重々しく、深い響きを持つ、剛さんの短い返答に、何故か俺達まで震える。
エヒトなどより余程恐ろしいプレッシャーを全身から放つ彼は、その眼光でシュウジを射抜いた。
「お前はあくまでも、お前を貫き通したと。そう言いたいのだな?」
「ああ。その上で救ってくれたハジメ達には、一生をかけて感謝と、愛情と、贖罪を伝えていこうと思う。それが未だに生きている俺の、新たな〝目的〟だ」
「……………………そう、か」
今度はさっきよりも長い沈黙の末、剛さんは同じように返答をする。
深く、深く息を吐いた彼は、おもむろにまた腕を、それも今度は両方上げていった。
まさか、次は両腕を使った拳の嵐で滅殺しようというのか。
俺も全くの同感ではあるが、しかし剛さんに返した言葉によって、同質量の赦しも与えようと思えている。
それはユエ達も同じであるのか、一斉に彼を止めようと、面白いほど同時に足を踏み出して。
「──ならば、そんなに頑張った息子は、褒めてやらないとな」
優しい言葉でシュウジを抱擁した剛さんに、またも同時に足踏みした。
バランスを取り損ねたのか、「おっとと!?」などと言って後ろの連中が倒れてくる。
ユエか美空か、誰かの手が先頭にいた俺の両肩に乗っかり、十数人分の体重を気合いで支えた。
「…………てっきり、もう百発くらい受けると思ったんだけどな」
「お前は自分にできる最大限のことをし、最後まで自分を通した。それに対する反省もしている。ならば、関わってすらいない俺がとやかく言うのはここまでだ」
「親不孝ものだぜ、最強級の」
「だったらその分、幸福を返せ。お前が自分で返し切れたとそう思える時まで、何年でも、何十年でも生きてやる」
どうにかバランスを立て直した時、シュウジと剛さんは穏やかに言葉を交わしていた。
先程までの覇気とは一変して、その大きな体に比例した愛情と、優しさ、暖かさを感じる。
あいつがやや戸惑うような表情でいると、流麗な動きで立ち上がった桔梗さんが剛さんの上から両手を回した。
「母さん……」
「沢山、戦ったのね。沢山選んで、沢山悩んで、沢山沢山、苦しんだのね」
「…………っ、いや、俺は、俺のしでかしたことの責任を取っただけで」
初めて、震えた。
これまで何があろうと、アザンチウム製の芯が入っているのではないかという、その言葉が。
まるで心が震えて、乱れてしまったような声音は、確かに彼女の声が届いていることを証明する。
言うなれば、そう……〝動揺〟しているのだ。
「……お兄ちゃん。私ね、お兄ちゃんのこと許さないよ」
そんなシュウジに、追い討ちをかけるように。
塵になった光景を見て、ソファに座り込んだまま俯いていた善子ちゃんが、ふと呟く。
両手を握りしめ、決して顔をあげないで、ぽつぽつと、シュウジへ言葉を投げかけ始めた。
「絶対、許さない。勝手にいろんなことして、勝手に死んだこと。たとえ雫義姉さんや、あのルイネさんって人が許しても、私が許さないから」
「……善子」
「でも、だからね」
初めて安心したように、誹られることに笑顔を浮かべかけていたシュウジは。
それを遮るように、力強い音で発せられた続きに、自然と口を閉ざした。
「同じくらい嬉しいの。これからも生きたいって、そう思ってくれてることが。自分を赦さないでいてくれることが」
「………………俺は」
「きっとお兄ちゃんは、ハジにぃやミソねぇ達が……ううん、世界中の人に罪を問われなくても、自分から自分に罪を科す。そうでしょ?」
その言葉を、シュウジは否定できなかったようだ。
切り捨てるだけの言葉を、理屈を、持ち合わせないのだろう。
だってその通りだから。
北野シュウジは、自分を呪わずにはいられない。罰せずにはいられない。そういう人間だ。
自分が行うこと、思うこと、その全てに罪の所在と罰の重さを探して。
まるでそういった病のように、自分で自分を責め続けないと、心底からは安心できないのだ。
妹という、ある意味で俺達より近い位置にいる彼女は、それを見抜いていた。
「だったらその分、
「よし、こ…………」
「生きないなんて、許さない。ずっと向き合って。ずっと許さないで。ずっとずっと、ここにいて」
善子ちゃんは、ずっと下に向けていた顔をあげて。
そして、端正な顔にユエ達がいる俺さえ見惚れる──最高の笑顔を花咲かせた。
「だって貴方は、世界で一番かっこいい……大好きな、私のお兄ちゃんなんだから!」
それは、きっと他の誰にも咲かせられない大輪の花。
北野善子が北野シュウジを心から思う、その時にだけ開花するのだろう、唯一のもの。
しかし、ただ一人にだけ向けられた、受け取らざるをえないその花束には。
あとは、リボンが必要だ。
「シュウジ。俺の大切な子。生き返ってくれて、ありがとう」
「やめろっ、やめてくれっ、俺はっ」
「シューちゃん。私の宝物。帰ってきてくれて、ありがとう」
「違うっ、違うんだっ、俺は父さん達に褒められるような、そんな──」
「「よく頑張ったな(わね)。本当に、お疲れ様」」
その、瞬間。
ピシリと。
きっと皆が、心の鍵が壊れる音を確かに聞いた。
「……………………すごく、疲れた」
鍵が壊れてしまったのなら。
ずっと隠されていた中身が溢れ出てくるのは、当然のことだ。
「辛かった。嫌だった。悲しかった。ずっとずっと真っ暗で、帰り道なんてわからなくて。最後は何もないのに、進まなくちゃならなかった」
「いいんだ。お前は走り切った。やるべきことをやりきった。それは、賞賛されるべきことだ」
「本当は生きたかった。一つも残らないのが怖かった。でも、奪ったままなのは、もっと怖かった」
「偉いわ。シューちゃんは昔から、貰ったものと同じだけのものを相手に返せる子だったものね」
「俺、いいのかな。生きてて、幸せになって、いいのかな。もっと、もっと苦しまなきゃ…………」
「馬鹿。お兄ちゃんはもう、神様みたいな存在じゃないでしょ。だったらご褒美があったって、いいんだよ」
トドメを刺すような、家族の言葉に。
「う……ぁ、ぁああぁぁああああああああ
あぁああああぁあああぁあぁあぁぁあああああああああっ!!!」
俺が生まれからこの方、少なくとも初めて見るほどに。
心の底から、何にも憚ることなく、泣き叫んだ。
「…………道化の弱み、か」
たとえ、世界さえもマジックで塗り替えてしまう道化師でも。
自分を産み、育ててくれた、あの女神とは違って心から対価なく愛してくれる〝家族〟は。
どんなに強いハリボテの裏に隠れても……どんな策略や魔法を使っても、敵わないのだろう。
子供のように泣きじゃくるという、世にも珍しい光景にそんなことを思う。
すると、シュウジの頭を撫でていた善子ちゃんがふとこちらを向き、立ち上がった。
「ハジにぃ、皆さんも。兄を連れ戻してくれて、ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」
「気にすんなよ。俺達がやりたくてやったことだ」
「それなら尚更です。あと、こんな馬鹿な兄でいいのなら……どうか、これから先もずっと、一緒にいてあげてください」
お願いします、と深々と頭を下げる善子ちゃんに、俺はユエ達と顔を見合わせて。
既に、悲しみや憤りなんてものはどこにも存在しない、ただ呆れたような笑いを見せ合った。
「それこそ、俺達がやりたくてやる一番のことだ。たとえお前が嫌って言っても、死んだ後まであいつに付き纏ってやる」
「今更、確認するまでもないし!」
いの一番に、俺と美空が肯定する。
すると、それを補強するようにユエが妖艶な笑みを見せた。
「ん、やろうと思えばそういう魔法を作る。来世もその次も、みんなで一緒」
「ちょっとユエさん、そのセリフは私の専売特許よ?」
「それもそうですね。大変な人ですけど、よろしくお願いします。雫義姉さん」
雫にだけは、どこか特別な意味を込めた言葉を送る善子ちゃん。
どこぞの
彼女も、むしろとことんやる気よ、と瞳に闘志を燃やしている。
「ですですぅ、父様達もどうせ元に戻ってるでしょうし、責任とってもらわなくちゃいけませんからねえ!」
「……旅が始まったあの時から、私にとってシュウジは家族。家族は決して離れない」
「ふふ、酒を酌み交わしたいと言っておったからのう。存分に相手しようではないか」
いつも俺達の行く道を明るく、時に物理的にしてくれた、ウサギ娘二人も同調し。
何かと変態だが、変態ではあるが、いざというとき頼りになる竜人が応用に頷く。
「シュウジは我が夫。高潔なる龍人の魂にかけ、生涯添い遂げよう」
「パパはずっと私のパパなのですっ!」
紆余曲折を経て、ようやくあいつの隣にやってきた母娘もまた、宣言した。
「下手したらまた知らないうちに暗躍してそうだし、治癒師として腕が鳴るよっ」
「南雲や光輝ほどのダチにはなれねえだろうが、俺もあいつの友達のつもりだぜ?」
「いろいろお世話になったしね!」
「待て龍太郎、俺とあいつは友達じゃない。絶対違うからな?」
「ふふ、そうは言っても切っても切れぬ腐れ縁でしょうに」
「うふふ、頑張った方が報われないのはありえないですものね」
「シュウジおじさんも、みんなも一緒なの!」
「ふふ、彼は困った生徒ですからね。しっかり目をかけておかないと」
「まあ、北野は俺のこと普通に認知してくれるしなぁ……普通に、友達だし」
「俺も……まあ、色々あったけど」
次々に声を上げていく俺達に、善子ちゃんは心底から嬉しそうに笑った。
きっと俺達も、同じような顔で見返していたと思う。
「あ、ハジメさんハジメさん。そろそろシュウジさんが泣き止みそうですよ」
「ああ、そんじゃあ行ってやるか」
タイミングを見計らい、俺達は総出でシュウジへと突撃した。
北野一家も巻き込んで、今一度シュウジにあれやこれやとして。
もう一度準備しなおした、俺とシュウジの誕生会を再開催したり。
魔法やら宴会芸やら物理的曲芸やら、やれる限りのことをやって騒ぎに騒いで。
途中、酔った剛さんと腕相撲大会が開かれたり、シュウジと天之河がテンプレの如く取っ組み合いを始めたり。
兎にも角にも、忘れられぬ一日となった。
以上、北野一家でした〜。
そのうち他のアフターで登場するかも。某南雲夫妻みたいに。