キリのいいところまで出来上がったので、更新〜。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「君、最初から狙っていただろう?」
部屋に到着し、先に送られていた荷物を片付けてからの第一声はそれだった。
二つ並んだシングルベッドの一つに腰を下ろしていた英子は、足を組み替えニコリと微笑む。
「今更、遠慮するようなことがあって? 互いの胸の内まで見たというのに」
「ブラックジョークにも程がある……」
実際、物理的に胸の中を見あったようなものなので顔が引き攣った。
同時に、車の中のやりとりも含めて翻弄されていたことへの諦めのようなものも感じる。
「なんだか、君には一生敵いそうにないよ」
「あらあら。こんなにか弱い、華のような女に酷いことを言うのね。もしこの場で貴方に押し倒されれば、抵抗もできない程なのに」
「しないの間違いだろ」
「そうとも言うわ」
くすくすと笑う彼女に、俺の苦笑いも止まらない。
呪いが消えたとしても、彼女は十分に南雲達と同じレベルの実力を有している。
その上で滅多なことでは自ら何もしないのは……俺がいるからだと、そう自惚れることを許されている。
「私の
「わざとらしい……というかコレは、結局君が第一優先だろ」
じゃなきゃ一日に平均5回はガリッとされないし。
そろそろ跡が消えなくなりそうで怖い……
「では、貴方の第一優先は?」
「……本当にわざとらしいなぁ」
そんなこと、わざわざ俺が言うまでもなくわかっているのに。
確かめさせるように、確かめるように行われる問いには、甘美な毒が詰まっている。
俺は、その毒にだけは耐性を持たない。
「
さて、どうセンスのある返しで彼女を満足させればいいのかと、頭を悩ませようとして。
そんな意識の隙間を突くように、普段はフルネームで呼ばれる自分の名が囁かれる。
少しの驚きと共に、彼女を見たら。
彼女は、今日見たどんな目よりも蠱惑的で、扇情的で……熱を孕んだ目で、俺を見つめていた。
思わず息を呑む。
体が痺れたように動かなくなって、心臓が直接掴まれたかのように縮こまった。
「よろしくてよ……?」
「っ……」
それは、とても、とても素晴らしい誘惑。
きっとどんな果実よりも甘くて、ともすれば甘すぎるほどに、心を乱す。
いつか、彼女の美しさを美しいだけにしたいなどと、そんな傲慢すぎる願いを抱いた。
運命の悪戯……というより奴が導いた無上の幸運により、それは叶ってしまった。
そして、今。
彼女から向けられる甘さは……愛は、完全に魅入られた俺にとっての猛毒で。
無意識に、自分の視線が彼女の体を舐め回すように巡る。
華奢なのに妙に色気に溢れた体は、貪ればそれこそ二度と離れることはしないだろう。
人として、男としての本能的な獣性が、囁いてくる。
自分のものにしてしまえと。彼女自身がそれを望んでいるのだから、手を伸ばせと。
そんな、魔法などよりもよっぽど強い誘いに、俺は。
「……ごめん。まだ俺には、君を汚す覚悟を決められない」
「……そう。残念ね」
僅かに眉を落とす英子に、魂が引っこ抜かれたのかと言う激痛が胸を走る。
自分でした選択なのに、すぐさま心の底から後悔した。
「誤解しないでくれ。君を愛す心に陰りはない。正直に言ってしまうのならば、心底から君が欲しい」
「ならば、どうして?」
「……俺が、君を殺したから」
今でも覚えている。
刃が肌を破き、肉を裂いて、骨を砕き。
彼女の心臓を穿つ、その感触を。
英子にとってはそれが救いで、愛を知り得た喜びの瞬間だと言う。
けれど俺は、記憶を取り戻してから二年も経っても、まだ。
俺自身を、許せていない。
「……幸福というものが、いつか唐突に終わるかもしれないとわかっていても。それでも俺は、俺が君に傷をつけることを、まだ許容できない」
我ながら、なんて情けない男だろう。
彼女の方から求められているというのに、自分への恐怖も、憎悪も、嫌悪も消せない。
それほどまでに、愛する人を害した罪は重すぎて。
もう二度と、彼女に傷の一つもつけるのはごめんだと、そう頑なに訴える自分がいる。
「いつも同じ答えね……このいくじなし」
「うぐっ」
「ヘタレ」
「ガハッ」
「タマなし」
「うぐふぅっ」
呻き声と共に、その場で四つん這いになった。
じ、自分が悪いと分かっていてもこの罵倒は堪える……
「まあ、いいけれど。今に始まったことではないのだし。せいぜい、自責の念が消えるまで私の為にあくせくと働きなさいな」
「本当にごめん……それと、英子」
「なに──」
かしら、という続きはなかった。
彼女の唇を、立ち上がった俺が塞いだから。
今度は自分から近づけた、彼女の瞳。
見開かれたそこには驚きが満ちていて、少しするととろりと奥が蕩ける。
そのタイミングで、俺は少し離れた。
「まだ、その決意はできないけれど。せめてこれくらいは、させて欲しい」
「……本当に、私の願う通りのことをしてくれる
私の心を覗き込んでいるのかしら? と言う彼女と、微笑を交わす。
「約束する。いつか君の全部を、受け止めるから」
「そうね。サプライズに免じて、待ってあげましょう。今回も」
「うぐ」
「ふふ」
ちょっとした仕返しに、ぐうの音を上げたその時。
不意に部屋に備え付けの電話から、甲高い音が鳴り響いた。
「あら? 夕食には少し早いけれど」
「俺が出るよ」
受話器を取り、耳に当てる。
『失礼します、アマノガワ様。フロントのシーザです』
「ああ、先程の。どうかしましたか?」
『お伝えし忘れていたのですが、アマノガワ様宛にお荷物が届いておりまして。中身が問題なく、身元も確かなものでしたので、部屋に置かせていただきました』
「部屋に?」
ぐるりと、室内を見渡す。
すると窓際に設置されたテーブルの上に、小さな箱を見つけた。
「もしかして、テーブルの上のものですか?」
『はい、それです。申し訳ありませんでした。問題がございましたらこちらで回収いたしますので、その際は再度ご連絡ください』
「ご丁寧にありがとうございます」
受話器を置き、英子と目線を交わす。
ゆるりと手で箱を示した彼女に頷き、俺は歩み寄るとその箱を手に取った。
中身はどうやら、危険物などではないらしいが。
やや用心しつつ、蓋を開けると……中には一眼で高級品と分かる白銀色の腕時計が。
彫刻が彫り込まれ、小さな宝石らしきものまであしらわれたそれは、一個の芸術作品のよう。
「こんなもの誰が……ん? 手紙?」
一緒に入っていた二つ折りの紙を手に取り、中を見る。
『よう、クソッタレ勇者。調子はどうだ? お前の体調が悪ければ悪いほど、俺は大変機嫌が良くなる』
……よし、これの送り主が誰なのかはもう分かった。
あの野郎、なんだって時計なんかをこんな手紙と一緒に送ってきたんだ?
『とはいえ俺との約束は守っているようだから、心底嫌だがお前にこれをやろう。以前、旧世界で作ったエボルヴボトルを真似たアンチ神性アーティファクトの試作品だ』
「っ!」
まさか、あれと似たものを作ったっていうのか!?
前に聞いた南雲の話によると、あの赤いアーティファクトやボトルは没収、それを作り出す力も封印されたらしいが。
相変わらずの技術力に驚きつつも、最後の一文を見る。
『つーわけで、実験台よろ。もし事故が起こっても必要な犠牲ってことで』
「考えうる限り最悪の締めくくりだなッ!?」
あ、あいつ、相変わらず俺への嫌がらせに余念がないな。
ものすごく複雑な気分になっていると、不意に肩に手が置かれ、次いで人の顎が乗せられる。
「北野様からのプレゼントで?」
「プレゼントっていうか、有無を言わさぬ治験のようなものというか……」
受け取りたくないかと聞かれれば、全力で首を縦に振りたい気持ちだ。
「ふふっ」
どうしようかと手紙を睨みつけていれば、ふと英子が小さく笑いを漏らす。
「どうした?」
「相変わらず捻くれたお方。貴方が心底嫌いなくせに、こんな贈り物をするなんて」
「いや、むしろ毛嫌いしてるからじゃ……」
何を言ってるのかと目線で問えば、彼女はそっと手紙に手を伸ばす。
ほのかに翡翠に輝く彼女の人差し指が、手紙の一番下……少し空いた空白をなぞって。
すると、そこからじわじわと新たな文章が浮かび上がってきた。
そしてその内容に、俺は心底驚くことになる。
『テメェがそういうの一番巻き込まれやすいだろ、ボケ勇者。せいぜいワーカーホリックやっとけ』
「…………あいつ」
「同じ偽物だったが故に、同類であるが故に。貴方を嫌い、己を嫌い、だからこそ貴方を無視できない。難儀なことね」
……この感情を、どう表現すればいいのだろう。
素直に感謝をするには、あまりにも悪意が詰まっている。
しかし、彼女の側から離れることは許さないという、それだけの理由でこれをくれた。
「……複雑な気分だなぁ」
「その顔を見るだけで、彼は喜ぶでしょうね」
「というか、確実に笑うな」
とはいえ、ツンデレなどとそんなことを口にすれば、その瞬間この腕時計が爆発してもおかしくない。
心情的にも、安易にありがとうなどと普通に言うのは嫌だったので、心の中で一言だけ言うに留めた。
「さて。それをどうするのかしら?」
「性能テストを期待されているみたいだし、一度くらいは使ってみたほうがいいだろう」
箱から無駄に凝った見た目のアーティファクトを取り出す。
元からつけていた自前のものを取り外し、入れ替えるようにして腕時計を手首に通した。
「ん、サイズはぴったりか。どうやって起動すればいいんだ……?」
まあ、アーティファクトというのだ。魔力を流せば何かしらの反応はあるに違いない。
体内の魔力を動かし、腕時計に意識を集中して注入していくイメージをする。
……カチ。カチ、カチ
「あら、動きましたわね」
「どうやら正解だったみたいだ」
一人でに現在の時刻に針が動き、時を刻み始めた腕時計。
魔力を通して感じるアーティファクトの力は、確かにエボルヴボトルを使った時と似て──
『見つけました、勇者様。どうか我が愛しき世界をお救いください』
「え?」
脳裏に響く、柔らかくもどこか切実な声。
目を見開いたその瞬間、突如として足元が光を放ったことに素早く反応した。
「これは──っ!?」
言葉を発するのと、密着していた英子をベッドの方へと突き飛ばすのはほぼ同時だった。
自分でも無意識的に行った行動で、掛け布団の上に尻餅をついた彼女は目を見開く。
「この紋章っ、術式回路の構成からして、転移のっ……光輝っ、すぐに離れなさい!」
「分かってる──っ!」
みるみるうちに輝きを増していく、魔力とは似て非なるそれ。
英子に言われるがまま、俺は紋章の力を受けまいと飛び退こうとして──
その瞬間、カッ! と見計らったように紋章から光が爆ぜた。
だめだ、間に合わない!
「光輝──っ!」
「英子っ、北野か南雲にこのことをつた──っ!」
最後まで、言い切れずに。
互いに手を伸ばした光景を最後に、俺は光の中に呑み込まれた。
さて、いよいよ本番だ。
「愚者と勇者」編、入りま〜す。