星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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「愚者と勇者」編、開幕開幕〜


楽しんでいただけると嬉しいです。


謎の世界と……

 

 

 

 

 溢れる光の海原。

 

 

 

 

 それはまるで、かつて旧世界の終わりを塗り潰したあの閃光のようで。

 

 反抗を許さない引力を併せ持つそれの先に手を伸ばすと、光は収束していき──

 

「がぼっ!?」

 

 く、苦しっ!? 

 

 半ば開いていた口の中に入り込む、大量の水にパニックになる。

 

 その焦りが影響したのか、溺死して水の底へと沈んでいく〝死幻〟が視界に映り込んだ。

 

 死んで、たまるか! 

 

 心棲(シンセイ)っ! 

 

 

 

 

 

──キャハハハハ

 

 

 

 

 

 混濁していく意識の中、自分の中に棲むうモノに助けを求める。

 

 すると脳裏に子供のような笑い声が響いて、体内──肺の中で何かが蠢く異物感を感じ……

 

「ゴボッ! ごほっ、ごほっ!」

 

 半ば暗闇に呑まれていた自意識が、急に明確になった。

 

 同時に、いつの間にかマスク状のものに覆われていた口から飲み込んでいた水を吐き出す。

 

 全て吐き出し、気管が正常になったところでようやく安堵した。

 

「ふぅ……助かった。ありがとう」

 

 

 

ヨワイ、ヨワイ♪ 

 

 

 

 煽るように響く声。

 

 しかし、それは精神を蝕むようなものでも、俺の意識を押し潰すようなものでもなく。

 

 単純に、溺死しかけた滑稽な様を可笑しそうに笑っているだけのように感じられた。

 

「とりあえず、ここから出なくちゃな……」

 

 念のため周囲を確認するが、〝悪意感知〟の範囲内に敵意や殺意などは感知されない。

 

 素早く上着やネクタイなどを脱ぎ捨て、太陽らしき煌めきのある水面の方へと泳いだ。

 

「ぷはっ!」

 

 浮上してすぐに数分ぶりの外気を取り込んでいく。

 

 もし呼吸ができないような環境でも、マスクが有害物質を捕食してくれるので問題はない。

 

「ここは……森の中?」

 

 周囲を見渡すと、どうやら森の中の泉にいるらしいと理解できる。

 

 召喚らしきことをされたのは確かだが、シンセイがいなければ初手で詰んでたな……

 

 とりあえず、すぐそばに地面が見えたのでそちらに向かって泳ぎだす。

 

 

 

 

 あと少しで泉の縁に到着できるというところで、不意に水面が乱れた。

 

「ん?」  

 

 後ろを振り向く。

 

 すると、ちょうど俺のいる地点と対極の場所で波紋が広がっていた。

 

 どうやら誰かが飛び込んだらしい。俺を助けようとしてくれた、あの謎の声の関係者だろうか? 

 

 トータスで出待ちしていたイシュタル教皇らを思い出しながら、そちらに戻ろうとして。

 

「がはっ、げほっ、ッッ」

「無事か? しっかりしろっ、全部吐き出してしまえ!」

「──ッ!!?」

 

 先ほどの焼き直しのように、飛沫をあげて浮上してきた二人の人間。

 

 一人は、チョコレートのような褐色の肌と長い白髪の、水濡れでも目を見張るような美女。

 

 そして、もう一人は──

 

「陛下、ご無事ですか!」

「何故一人で飛び込むのです!」

「まったく陛下はいつもいつも!」

「っ、人がっ」

 

 何事か言葉を交わしている、女性ともう一人を呆然と見ていた俺。

 

 ハッと我に返ったのは、大勢の第三者の声が聞こえた瞬間だった。

 

 

 

ニゲル、ニゲル

 

 

 

「あ、ああっ」

 

 激しい動揺と困惑、そして衝撃。

 

 頭の中を満たす、未だ嘗て経験したことのない驚愕に、シンセイの言葉に従って水中に忍ぶ。

 

 女性と救出された人物、そして泉に入ってくる複数の人間から気付かれないよう、静かに離れた。

 

 ただし対岸ではなく、ある程度彼女らと近い場所に。

 

 

 

 

 

 上陸してすぐ、風魔法と炎魔法を応用して温風を作り出し、ぐっしょりと濡れた全身を乾かす。

 

 出来るだけ素早く済ませると、すぐさま先ほどの集団の様子を確かめに行った。

 

 おそらく異世界であろうこの場所では、まず現地人である彼らから情報を集めるのが最善の判断だろう。

 

 そして、冷静な思考と同じ程に、さっき見たあまりに衝撃的な光景を今一度確かめたかった。

 

「っ、〝影移動〟」

 

 ある程度の距離まで近づくと、技能を応用して木々の葉によって作り出される影と半分同化する。

 

 そうして気配や物音を消すと、そっと茂みの間から泉の岸にいる彼女達を観察した。

 

「まったく陛下は、いくらなんでもというものでございますよ」

「それで彼は助かったのだ。私も無事であるし、問題はないだろう」

 

 あの女性が、戦士といった雰囲気の男性と言葉を交わしている。

 

 改めて見ると抜群のプロポーションを誇る、不思議な紋様をペイントした体を露出の多い服で包んでいた。

 

 切れ長の目に収まる翡翠の瞳は、どこか最愛の人を思い起こさせる。

 

 

 

 

 彼女の容姿はともかく、言葉遣いや敬称からおおよその立場は理解できた。

 

 言葉を交わした初老の男性や、他の人達も彼女と同じ肌の色、顔立ちをしており、正規の護衛だと思われる。

 

 戦士風の装いの男女が六人。非戦闘員が二人。侍女らしき女性が一人だ。

 

「さて。とんだ初対面をなってしまったが、兎にも角にも自己紹介をしなければ始まるまい」

 

 そして。

 

 陛下と呼ばれた女性や、護衛の集団とは決定的に違う存在が、俺以外に一人だけそこにいた。

 

 自分が話しかけられたわけでも……()()()()()()()()……ないのに、自然と緊張が高まる。

 

「私はモアナ。モアナ・ディ・シェルト・シンクレア。シンクレア王国の女王なんてものをやっている」

 

 名を明かした女性に、どくどくと強く鼓動を打つ自分の心臓。

 

 ジワリと冷や汗が生じつつも、自己紹介をされた、彼女の前に座り込んでいる男を見やる。

 

「尊大な口調ですまない。立場上板についていてな。気になるなら、出来るだけ丁寧な話し方にするが……」

「あ、いえ、そのままで大丈夫です」

 

 その男を再び見た途端に、頭の中を混乱が支配した。

 

 最初の時ほどではない。が、それでも意識しなければ〝影移動〟が解除されてしまいそうだ。

 

 不安定な心境の中で、それでも呪われているかのように男から視線を外すことはできない。

 

「そうか、助かるよ。では改めて、ようこそシンクレア王国へ。〝全ての生命の母〟、〝大いなる恩恵の意思〟──フォルティーナの御遣いよ。あなたの存在が、我らの救いとならんことを。どうかよろしく頼む」

 

 そう、手を差し出したモアナ女王の言葉に。

 

 

 

 

 

「その神様っぽい人、本当に大丈夫ですか?」

 

 

 

 

 

 条件反射のように、いかにも口を衝いて出たといった風に返事をした、その男は。

 

 見覚えがある【ハイリヒ王国】のものらしき鎧を纏い、聖剣らしきものを履いた、そいつは。

 

 どこから見ても、どう見ても…………俺と全く一緒の、瓜二つの顔をしているから。

 

 そこにいたのは紛れもなく──俺以外の、もう一人の天之河光輝だったのだ。

 

「んん??」

 

 突然の言葉に、疑問の声を上げるモアナ女王並びに護衛の人々。

 

 当然だろう、言葉回しからして信仰の対象らしき存在を、よもや正気かどうか疑ったのだから。

 

 

 

 しかし、俺には理解できてしまう。

 

 何故なのか、何なのか全くもって理解不能ではあるが、もしあれが正真正銘に俺であるなら。

 

 かの邪神──幾星霜の間トータスに君臨していたエヒトを思えば、上位存在とはまず疑う対象だ。

 

「す、すみません。ちょっと神様的な存在にトラウマがありまして」

「か、神様にトラウマ? というか、そのような存在と相見えたことが?」

 

 愉快でない雰囲気に謝った「俺」に、モアナ女王が困惑して問いかける。

 

 すると予想通り、ものすごく苦い顔で「俺」は答えた。

 

「知人に取り憑いた状態で、ちょっと。人を遊戯の駒程度にしか思ってなくて、戦争とか洗脳とか、それが飽きたら使途を送り込んで人間を絶滅させる類の」

「それ神様じゃないでしょ。吐き気を催す邪悪的な何かでしょ」

 

 全面的に同意だった。

 

 しばらく前に南雲達に奴との戦いのことを聞いたが、悪辣を体現したような外道であった。

 

 

 

 

 

 などと俺が思っている間にも、モアナ女王達と「俺」の対話は続く。

 

 聞いていると、どうやら俺のように「俺」も突然召喚されたらしく、帰れるかを問うていた。

 

 

 

フクザツ、フクザツ

 

 

 

 ……じゃあ「コウキ」にするよ。すごい変な気分だけど。

 

 そんな彼に、しかしモアナ女王達は首を横に振る。

 

 彼女らにとってもフォルティーナからのコウキ召喚の報せは突然のものだったらしく、異界の人間など御伽話の存在だったらしい。

 

 本当に異世界か確かめる為にコウキが日本や外国の名前を出すが、モアナ女王らは首をかしげるだけ。

 

 ならばとトータスの名称を出すも不発。どうやら完全に未知の世界みたいだ。

 

 それを聞いたコウキは、諦めのような笑いを浮かべた。

 

 いや、どこか望みがあるような……

 

「へ、平気か?」

「すみません。そういえば、自己紹介がまだでした。俺は天之河光輝といいます。──ただの、剣士です」

「剣士……」

 

 名前も同じ。やっぱり間違いないか。

 

 

 

 

 

 しかし、〝ただの剣士〟ね…………ふむ。

 

 

 

 

 

 その後、この世界のことに無知なコウキはモアナ女王達と共に行った。

 

 色々とやりとりをしていたが、一番驚いたのはモアナ女王達が〝恩恵術〟と呼ぶ、魔法らしき異能だ。

 

 どうやら自然に宿る力を使うものらしく、体のペイントはそのための魔法陣に似通ったものだった。

 

 そういった自然の力が収束したのがフォルティーナであり、その存在を筆頭に自然全てを愛する。

 

 彼女らは自然信仰らしきを有していたのだ。形式としては日本の八百万の神々に近いだろう。

 

 狂信者でないことに、コウキとほぼ同じタイミングで安堵した。

 

 

 

 

 この辺りは少し危険ということで、移動を始めた一行。

 

 俺も〝影移動〟を発動しながらこっそり付いていく。危険のある森で野宿は勘弁だ。

 

 しかし……

 

「……これ、俺が一番不味いよな」

 

 口の中で呟くように、懸念の言葉を零す。

 

 俺にもフォルティーナらしき声は聞こえてきたが、現状から考えればコウキが本命なのは明らか。

 

 彼は衣食住の保証をモアナ女王からされていたが、勿論こうして隠れてる俺にそんなものはない。

 

 つまり本当に、身一つでこの異世界に放り込まれたのは俺だけなのだ。

 

「……アーティファクトさえ使わなければ」

 

 チラリと腕時計を見る。

 

 今は沈黙しているそれが、この異変の原因なのは明らか。

 

 しかし外してしまえば、完全に俺の世界への繋がりが無くなってしまうかもしれない。

 

 なので、迂闊に捨てることも使うこともできない。

 

 

 

 

オコル? オコル? キャハハハハ

 

 

 

 

 ……流石に今回は、あいつといえど文句を言ってやる。絶対にだ。

 

 そんな決意をする傍らで、モアナ女王らを挟んで反対側にいる〝影分身〟で会話から情報を集める。

 

「……こんなにも自然豊かな場所の方が、今では希少なんだ」

「え?」

 

 周囲の自然や、あの泉を褒めたコウキへのモアナ女王の返答はそんなもの。

 

 沈鬱な表情は、スペンサーと呼ばれた初老の戦士や、他の面々も同じで。

 

 しかしコウキの気を病ませないためだろうか、誤魔化すように苦笑いを浮かべている。

 

「この森の外は、砂漠だ。どこまでも不毛の大地が広がっている」

「さ、砂漠……どうして」

「この世界から恩恵力は失われつつあるんだ。《暗き者》達のせいでな」

 

 曰く。

 

 この世界には《暗き者》と呼ばれる、恩恵力を糧とし、またそれを相殺する〝瘴気〟を持つ存在がいる。

 

 いるだけで自然から力を奪うそれらは、長い間人類と争い、もはや始まりはわからないほど。

 

 死の砂漠は、強い生命力を与える恩恵力でさえ再生が間に合わないほど吸収された結果らしい。

 

 しかも……

 

「奴らにとっても、糧となる恩恵力が枯渇することは死滅の危険がある。故に、奴らは……人を、飼うのだ」

「なっ!」

「……………………」

 

 ……生きとし生ける全ての生命に恩恵力は宿る。

 

 最も知性があり、それを術として転換するほどの人間は、《暗き者》には最上の栄養源なのだろう。

 

 そして、人ならば。意思があり、生きることを望むのであれば、当然その扱いに反抗する。

 

「生命と尊厳を賭けた戦いだ。偉大なる先人達は、瘴気に対抗する術を創り出し、恩恵術を研鑽し、私達の世代まで繋いでくれた……だがそれも、もう限界なのかもしれないな」

 

 どこか退廃的な、疲れ切ったような声音とともに、モアナ女王がコウキを見る。

 

 その瞳に宿る者──苦悩と疲弊、失望と絶望に、彼は心底から息を呑む。

 

 

 

 

 

「この世界は、大いなる自然は、フォルティーナ様は──だから、君を招いたのだろう?」

 

 

 

 

 

 自らに、この世界の人に失望したその目。

 

 もはや自分達の力ではこの絶望からは逃れられぬ故に、大いなる存在から自分達は見限られたのだという言葉。

 

 泣き笑うかのように、歪で壊れかけた、そんな表情のモアナ女王は、コウキを透明な目で見る。

 

 俺は知っている。天之河光輝という人間がどんな人間なのかを。

 

 当然だ、だって俺なのだから。

 

 だからそこで、何を言おうとするのかも知っている。

 

 知っていたはずなのだが。

 

「っ……」

 

 コウキは何も、言わなかった。

 

 言えなかった、という方が正しいのか。

 

 

 

 

 そのことに疑問を覚える。

 

 俺がこの世界を救ってみせる、だとか。まだ終わっていないとか、フォルティーナは失望してない、とか。

 

 そんな無神経で無配慮な、何も知らないくせに口だけは一丁前なことを言ってしまう愚か者が俺だ。

 

 それなのに、コウキが浮かべる表情や、その瞳や、同じ人間であるからか、感じ取れる感情は。

 

 

 

 

 

 

 

 ──〝分からない〟の、一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は戦闘します。

読んでいただきありがとうございます。
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