星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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今回も戦闘です。


並び立つは白と黒

 

 

 

 白い世界に巻き起こる、漆黒の竜巻。

 

 

 

 荒れ狂う炎のごときそれは、鱗竜種と呼ばれる《暗き者》達が身命を賭して起こした災厄。

 

 内にモアナ達を巻き込んだそれに、上空から太陽の光を遮って一体の翼竜が降りてくる。

 

 その背には、先の鱗竜種に比べ一回り体の大きい、長大な槍を携える鱗竜種の戦士がいた。

 

『ニエブラを焚きつけた甲斐があったというものだな。女王が有する瘴石といえど、あれだけの瘴気を取り込めはすまい』

 

 下卑た笑いを漏らす鱗竜種。

 

 隠密に行動していたモアナらにかの黒狼らをけしかけた黒幕こそ、この《暗き者》。

 

 この世界で唯一瘴気を防ぐ手立てである瘴石を使い物にならなくした上で、死にかけの女王らを狩る。

 

 ライバルと獲物の両方を仕留める、漁夫の利を狙った作戦だ。

 

『しかし、あの特攻を邪魔した者……何故、人間であるのに翼を』

 

 鱗竜種は奇襲を邪魔した、モアナ達の上空に追随していた謎の存在を思い浮かべた。

 

 その時。

 

 

 

 

 

「──《悪以悪断》」

 

 

 

 

 

 絶対的な殺意で研ぎ澄ました声が、空を裂く。

 

 共に瘴気の嵐を両断したるは、鱗竜種達の悪意と瘴気を存分に吸収して肥大化した真紅の刃。

 

 見覚えのあるそれに鱗竜種が目を剥くと、一瞬で巨大な赤が消え──蒼黒の閃光が虚空を翔ける。

 

「──斬る」

『むぅっ!』

 

 ほんの一秒。

 

 その間に目前まで接近した、黒鎧を纏いし壊翼の戦士。

 

 鎧の下で口元を憤怒に歪め、鮮烈に輝く蒼い瞳に殺気を乗せて、魔剣を一閃した。

 

「シィッ!!」

『貴様っ、何奴──!』

 

 上擦った声を上げながらも、鱗竜種は咄嗟に翼竜の背から飛び退いた。

 

 赤い軌跡が宙に半円を描く。一拍遅れ、翼竜の体が斜めに両断された。

 

『くっ、なんという一撃!』

 

 あまりの切れ味に慄きながらも、鱗竜種はそのまま地上へと落下していった。

 

 強靭な体幹と筋力で地中にて姿勢を直し、足の裏に瘴気を放出して緩衝材にすることで着地する。

 

 槍の石突きを砂に打ち、立ち上がった鱗竜種は消し飛ばされた嵐の後を見た。

 

「ここは聖域なりて、神敵を通さず──《聖絶》」

『なっ、光の守りだと!?』

 

 砂漠に倒れ臥す、近衛と騎獣アロース、そして女王。

 

 彼女達を護るため、煌めく障壁を張るコウキが険しい表情でそこに立っていた。

 

 その片腕に、ぐったりとしたモアナを抱いて。

 

『貴様ら何者だ! あれほどの瘴気を受け、どうして平然としている!?』

 

 混乱から立ち直り、槍を構えた鱗竜種の第一声はそれだった。

 

 

 

 

 片手で聖剣を引き抜き、ニエブラの時と同じような反応をしながらも睨め付けるコウキ。

 

 異形の出で立ちであるにも関わらず、彼とモアナ達に明らかに手を貸している蒼黒の剣士。

 

 並び立つ、白と黒の戦士。

 

 

 

バレタ バレタ 

 

 

 

「……最初に助けた時点で、今更さ」

 

 咄嗟に迎撃をした時点で、もはや存在を隠し通すことを光輝は諦めた。

 

 出来ることならば、別の自分と干渉など何が起こるか分からない故にしたくはなかったが。

 

 けれど、たとえもう勇者でなくても、天之河光輝に誰かを見捨てるという選択はできないのだ。

 

「シンセイ、コウキと俺にパスを繋げられるか」

 

 

 

アノヨワイヤドヌシモ、ヤドヌシ

 

 

 

 肉体から魂まで半同化しているシンセイが、同じ魂を持つコウキと光輝を繋げる。

 

 互いにそれを感じ取って、驚く顔をするコウキに光輝は語りかけた。

 

〈手短に言う。俺は君達の味方だ。少なくとも今は、疑わなくていい〉

〈……お前は、誰だ。どうして、俺と同じ声を、顔を──〉

〈疑うな。でなければ、彼女らから時間が奪われていくぞ〉

 

 冷静な光輝の指摘に、コウキがハッと腕の中にいるモアナを見る。

 

 異界人で効果のなかったコウキや、逆に瘴気を吸収できる光輝と違い、彼女らには死が刻一刻と迫っている。

 

 逡巡する暇など、どこにもありはしない。迷えば迷うだけ、その手から命がすり抜けていく。

 

〈選べ。戦え。それが、唯一できることだ〉

〈っ、くそっ〉

 

 隙のない正論に、コウキは完全に鱗竜種へ意識を定めた。

 

 けれどやはり、蒼白の顔も、震える刃の切っ先も、乱れた呼吸も、収まらない。

 

『答えろ! 貴様らは一体なんなのだ! その光は! 我らに似通った力は、どのような──!』

 

 オレンジの竜眼。纏う金属鎧など必要かと問いたくなる輝く竜鱗。

 

 筋骨隆々で様になった槍の構え方をする姿は、到底理性なき獣ではなく──意思ある、武人。

 

「彼等は、仲間じゃなかったのか?」

『なんだと?』

 

 ふと、コウキが問いかける。

 

 それは既に霧散した、六体の鱗竜種の存在を示すものであり、鱗竜種は鼻を鳴らした。

 

『ふん、奴らか。眷属に決まっておろう』

「死ねと、そう命じたのか」

『……何故、そんなことを聞く?』

 

 言わずとも、当たり前だろうにと。そう訝しむ鱗竜種。

 

 光輝は眼を細める。

 

 パスが繋がったことで、コウキが今有する感情を、感じ取っている。

 

 彼が、()()()()を必死に作り出そうとしていることを、知っているから。

 

「もし、もしもの話だ。全く新しい、別の世界があるとしたら、どうする?」

『なに?』

「この世界の動植物も一緒に移住して、その世界を恩恵力で満たして……もう、人と争わずに生きられるとしたら。逆でもいい。もし、もしそんな世界があるとしたら……」

 

 捻り出したのは譲歩の言葉。それは最大限歩み寄ろうというコウキの苦肉の策。

 

 

(……これは)

 

 

 パスを逆流して、光輝には彼の内心にあるイメージが伝わってきた。

 

 不敵に笑う、白髪の男。その手にある羅針盤とクリスタル状の鍵を、光輝も知っている。

 

 同時に悪意感知が報せたのは、屈辱と劣等感、苦々しい気持ちと……自分への諦観。

 

 それらの上で、あの男ならば──魔王ならば、なんでも出来るという嫉妬じみた選択。

 

 光輝は、眉を上げた。

 

『ハッ』

 

 けれども、そんな苦渋に満ちたコウキの提示した第三の選択肢は、嘲笑と共に蹴飛ばされる。

 

 更に繰り出される、鋭い突き。コウキは息を呑みならがらも、聖剣でそれを弾いた。

 

 

 

 

 一度ならず、引き戻した槍から刺突が次々と放たれる。

 

 尋常ならざる膂力と技量から繰り出される怒涛の連撃を捌いて、なおもコウキは声を張った。

 

「聞いてくれ! 俺は異世界からやってきたんだ! この障壁がその証拠だ! 人間と≪暗き者≫が争わなくても、双方生きられる未来があるかもしれない! だから──」

『驚いたぞ! よもやこれほどの腑抜けがいたとはな!』

 

 その声を薙ぎ払うように槍が振るわれ、聖剣で受け止める。

 

 そしてコウキは、鍔迫り合いのように武器を押し込みあいながら、嘲笑する竜眼を間近に慄いた。

 

『ああ、認めようとも! 貴様はこの世界の人間ではない! 貴様のような半端者が、この国の戦士であるはずがない!』

 

 刹那、巨体から溢れ出る瘴気の渦。

 

 突撃槍のごとく指向性を持つそれがコウキを襲い、宙に浮いた所に今度こそ槍が振り抜かれた。

 

 吹き飛んでいくコウキに目もくれず、鱗竜種は最優先事項であるモアナ達のいる《聖絶》に走り寄った。

 

 

 

 

 ザンッ!! 

 

 

 

『ぬぐぅっ!?』

 

 前触れなく上から降ってきた殺意に、瞬時に反応した鱗竜種は立ち止まって槍で防いだ。

 

 一撃で全身を痺れさせる威力に驚きながら、鱗竜種は空に浮かぶ黒星を見上げる。

 

「彼女達に手出しはさせない」

『……貴様、人間か? どうして庇う?』

「半分はな。助ける理由は──あいつだ」

「あぁあああっ!」

 

 何を、と言いかけた鱗竜種を突撃してきたコウキが真横から吹き飛ばす。

 

 明らかに同質量でないにも関わらず、砂埃を上げて宙を舞う鱗竜種。

 

 

 

 槍と長い太尾を使って、アクロバティックに体勢を立て直した。

 

 そして、聖剣を構えて悲痛な顔をしているコウキを睨みつける。

 

「何故だ。何故、どちらも生き残れる道を否定する! どうして生きる道を、選ばない!」

『くどい! 笑わせるな、小童!』

 

 数度目か、バッサリと悲鳴じみた訴えを切り捨てる。

 

『家畜如きに、食料如きに自由に生きる権利を認める? 馬鹿か貴様は! 狂っているぞ!』

「っ……!」

『貴様が異界人だからなのか、もはやそんなことはどうでも良い! だが眼を逸らしているというのなら、教えてやろう!』

 

 足で大地を踏み鳴らし、槍を空へと掲げ。

 

 大木がごとく聳えたち、何にも恥じることなく、怪異は宣言する。

 

 

 

 

 

『戦い、奪い、征服し、君臨する! それこそが生きるということ!』

 

 

 

 

 

 その言葉は、決して譲ることはなく。

 

 後押しするように、体から瘴気が溢れ出る。

 

『人を飼い、上と苦痛が消えた世界で、我ら《鱗の鎧を纏う者》が最上の地位にあるために! 女王の首は必須なり!』

 

 コウキが、一歩後ずさる。

 

 あまりの揺るぎなさに。あまりの覇気、あまりの殺意に、怖気付いたように。

 

 呼応するが如く、一歩からの方へと踏み込んだ鱗竜種が、槍の鋒を突きつける。

 

『なればこそ、身命を賭した眷属に報いよう! 聞け、未熟な心と釣り合わぬ力を持つ軟弱者よ! 我が名はラガル! ≪鱗の鎧を纏う者≫が頭領の一人!』

 

 あぁ、という声が、コウキの口から漏れる。

 

 分かってしまった。たとえ過程がどのようなものであろうが、あの鱗竜種達が自ら命を賭けたことが。

 

 それを背負い、不退転の覚悟で、ラガルが自分の、モアナ達の首を取らんと、そう決めていることが。

 

『貴様を殺し、女王の首──貰い受ける!』

 

 答え合わせをするように、ラガルがこちらに踏み込んでくる。

 

 砂柱を上げ、瘴気を第三の鎧となして、その槍に必殺の意を込めて、肉薄する。

 

「──もういいな。あれは、打倒すべき敵だ」

 

 その全てを見届けた光輝から、心の片隅に僅かにあった逡巡が消え去った。

 

 ラガルがそうであるように、一意を定めた彼は、かの戦士を殺すために魔剣を構え……

 

「待てッ!」

 

 剣に殺意を流し込もうとした時、声が轟いた。

 

 一瞬動きを止める光輝。その間にラガルがやってきて、コウキへと凄まじい突きを放った。

 

 

 

 

 風を突き破るような一撃は、すぐさま横へと振るわれコウキを薙ぎ払わんとする。

 

 それを優れた反射神経で対応し、攻防の展開を始める姿に、光輝は魔剣を下ろした。

 

〈まだやるのか。それほど迷っているのに〉

〈うるさい〉

〈殺したくないと、それだけを思っているのに〉

〈うるさい、うるさいっ! 〉

 

 最初に突きつけた言葉を、確かめるように。

 

 静かに問うてくる光輝に繋がりを通じて叫びながら、コウキは遥かに力の増したラガルへ対抗する。

 

 剛槍に腕が痺れ、太尾を織り交ぜた体術の威力に歯を食いしばり、瘴気の奇襲に死を感じながら。

 

 それでも、コウキは引き下がらない。

 

『ゼィァアッ!!』

「ッ」

 

 何重ものフェイントを織り混ぜ、ついには首に迫った槍の一閃。

 

 非常に優れた反応速度でかわすも、皮の表面を掠めた刃に僅かな血滴が飛ぶ。

 

 

 

 ──怖い。

 

 

 

「…………」

 

 悪意感知にて届けられる、コウキの恐怖。

 

 魔剣をシンセイが作り出した鞘に収めた光輝は、見定めるように黙して聞く。

 

 

 

 ──怖い。死ぬのが怖い。殺すのが怖い。

 

 

 

 ──意思ある存在を殺すことが怖い。モアナ達の味方をすることで、《暗き者》の希望を消すのが怖い。

 

 

 

 ──誰かの命運を左右することが怖い。他者の生を歪めてしまうのが怖い。

 

 

 

 ──間違えるのが怖い、怖い、全てが怖い! 

 

 

 

 ──でも。

 

 

 

 

 

 ──守れないことは、もっと怖いっ! 

 

 

 

 

 

(……そうか、君が怯えているのは)

 

 

 ふと、コウキの悪意に耳を傾けていた光輝が顔をあげる。

 

 そして下を見ると、《聖絶》の中でコウキがアロースの一匹にもたれさせていたモアナが身じろぎしていた。

 

 明確な意識は感じられない。身を侵す苦しみに、無意識に動いただけか。

 

「……貴女は、彼にとってどういう存在になるんだ?」

 

 どこか、期待を滲ませた光輝の呟きに反応したわけではないだろう。

 

 けれど、シンセイを介した通り道を抜けて、コウキの思いが届き続ける。

 

 

 

 ──守れないことは、失うことだけは、耐えられない。

 

 

 

 

 ──選ばないで、何もできないことは、もう嫌なんだ! 

 

 

 

 ──だから! 

 

 

 

「貴方を、殺す」

 

 コウキは、選択した。

 

 依然変わらない表情をしたまま、けれど瞳に悲しみをのせて、一瞬でラガルに迫る。

 

 

 

 

 まさしく光のような速度。

 

 ラガルがその一閃に長槍を差し込めたのは、ひとえに歴戦の経験からだ。

 

 それまでは無かった〝殺意〟を孕む一撃は、長槍が今にも叩き斬られそうなほどの重撃。

 

『舐めるなぁっ!』

 

 ただではやられぬと、瘴気を放出してコウキを押し返す。

 

 何度も見たことで、驚異的な記憶力と適応力を発揮してコウキはすぐさま跳躍する。

 

「はぁあっ!」

『これしきぃ!』

 

 空中で一回転してラガルの背後に着地し、胴を狙った一撃を背中に回した長槍で防がれた。

 

 くるりと体の向きを変えたラガルは、今度こそ確殺するため、己の持ちうる全てでコウキに牙を剥いた。

 

 瘴気の槍、流れるような長槍の連撃。爪、顎門、蹴り、太尾ーその全てを、コウキはいなし、交わし、弾く。

 

『っ、なんという!? 貴様っ、本当に一体──!』

 

 勢いを増す流水のように、あっという間にラガルの限界を超えたコウキのカウンター。

 

 それによって、動揺した一瞬の隙を見極め、聖剣で槍を手の中から弾き飛ばす。

 

 無防備。苦し紛れに瘴気の投槍。

 

 それをするりと回避し、すれ違い様──

 

 

 

「っぁあああああああああっ!」

 

 

 

 それは、悲鳴か、絶叫か。

 

 振り抜かれた剣閃が、凛と残響する。

 

 砂埃が舞う。残心するコウキと、不恰好な状態のラガルが背中合わせになった。

 

『なん、たる。ことか……』

 

 怒り、恨み、絶望。

 

 ニエブラや先の鱗竜種に比べ、静かな悪意を最後に生んで、ラガルの頭がずれ落ちた。

 

 瘴気が散り、頭が落ちるのに合わせるように巨躯が倒れる。

 

 

 

 

 光を失う瞳。赤黒い血の池を作り出す首無しの体。

 

 聖剣を下ろしたコウキは、全身を小刻みに震わせながら振り返り、それを見て。

 

「っ、ぉぐっ、げぇっ」

 

 限界だった。

 

 聖剣を支えにして、片膝立ちで嘔吐する。空っぽな胃からは嫌厭と胃液しか出てこない。

 

 それほどまでに心を深く抉られても、それでも気を失わないコウキを、降りてきた光輝はどこか感慨深い目で見た。

 

「……若いな」

 

 

 

ヨワイ

 

 

 

「あれほど悩めるのは、まだ彼が終着していない証拠だよ」

 

 誹るシンセイに、期待するような声音で答えて。

 

 すぐに真剣な眼差しに戻った光輝は、背後の障壁の中で今にも息絶えそうなモアナ達を見た。

 

 悪意感知の応用で、その体にじわじわと巣食っていく瘴気と、それを抑える恩恵力を見る。

 

「まだ間に合う、か。シンセイ、この剣は何ができる?」

 

 

 

命ヲ喰ラウ牙

 

 

 

「……なるほどな」

「ま、待て、一体、何をする気だ?」

 

 よろよろと、心の重りに軋む体を聖剣で支えてやってきたコウキが問いかける。

 

 シンセイの言葉を聞いていた光輝は、逆さに構えた魔剣を両手で掲げながら。

 

「彼らを、救う」

 

 その切っ先を、障壁に深く突き刺した。

 

 暗く輝く真紅の刃。「やめろぉっ」と叫ぶコウキの訴えも虚しく、剣身から黒い亀裂が侵食する。

 

 あっという間に《聖絶》を覆い尽くした魔剣は──中にいるモアナ達から瘴気を吸い始めた。

 

「っ、体から、瘴気を吸収して……?」

「この剣は、ニエブラの骸から作られた。瘴気を操る力がある。おそらく並の回復魔法は効果がないから、こうするしかない」

「ニエブラの、って……お前、一体いつから……」

 

 柄を通して魔剣に流れる瘴気をコントロールしながら、説明をする。

 

 自分よりひとまわり大き純白の背中を見つめ、コウキは呆然とした。

 

「っ、ぅあ……」

「スペンサーさんっ!」

 

 最初に呻き声を上げながら目を覚ましたのは、近衛隊長のスペンサー。

 

 その基礎能力の高さが幸いしたか、ゆっくりと目を開けた彼は──障壁に剣を刺す光輝に目を見開いた。

 

 瞬時に警戒が瞳に乗る。だが、自分達の体から滲み出る瘴気を剣が吸っているのを見て困惑した。

 

「安心してください、敵ではありません。できる限りの範囲で瘴気を除去しますので、大人しくしていてください」

「貴方は……光輝殿、なのですか?」

「……愚者(フール)と、そう呼んでいただければ」

 

 混乱を避ける為に、咄嗟に偽名を名乗る光輝。

 

 ますます疑問符を顔に浮かべるスペンサーだが、害意はないことだけは理解する。

 

 そんな彼に、少しだけ精神を落ち着けたコウキがラガルとの戦いについて報告した。

 

「鱗竜種のラガル……なるほど、かなりの大物を仕留めましたな。流石は光輝殿です」

「いえ……」

「っ、これくらいが限界か」

 

 瘴気の流入がストップする。光輝は顔を顰めながら魔剣を引き抜いた。

 

「スペンサーさん、体の調子はどうですか?」

「……フール殿のおかげで、ある程度は瘴気が抜けたようです。感謝します」

「いえ、むしろこの程度しかできなくて申し訳ない」

 

 かなり気怠げに上半身を持ち上げ、あぐらをかくスペンサー。

 

 ニエブラと特別性のナイフを素材にした魔剣であっても、十人近くの瘴気は吸いきれなかった。

 

 顔を歪めた光輝は、ラガルから瘴石を取り出せば使えないか尋ねるも、スペンサーは首を横に振る。

 

「三日から七日ほどかけて瘴気を浄化せねば、瘴石は使えないのです。かくなる上は……」

「モアナ女王だけを連れて王都に帰還、か」

「っ、スペンサーさん達を置いていけっていうのか!」

 

 光輝の呟きは、コウキにはこれ以上ないほど冷徹なものに聞こえ、激昂する。

 

 しかし、それを手で制したのは他の誰でもないスペンサー本人だった。

 

「フール殿の意見が正しい。まずは陛下を安全な場所へ連れて行くのが最優先です。その後に救援部隊を送っていただければ、我等にも望みはあるでしょう」

「…………どれくらい、耐えられそうなんですか?」

「瘴気が半減しているので、近衛部隊なら二日程度であれば。アニールが心配ですが、こいつも陛下専属の侍女。一日ならば保つでしょう」

 

 それでも一日、とコウキは歯噛みする。

 

 脳内で先刻聞いた王都までの距離と、自分がモアナを背負って全力で走る速度を計算した。

 

 その結果、これが最善の策であることを理解して、コウキはキッと黙して佇む光輝を睨んだ。

 

「……言いたいことはわかる。俺がここに残って、彼らを守ろう。一日、二日くらいなら一人でも可能な範疇だ」

「もし、スペンサーさん達におかしな真似をすれば……」

「そう思うのは仕方がないよな」

 

 警戒心たっぷりのコウキに、光輝は苦笑せざるを得ない。

 

 自分が逆の立場でも、文字通り同じことを言うだろう。

 

「本当はこの剣でも預けたいところだが……どうせ一緒だ」

 

 スペンサー達から武器を奪ってしまえば、たとえ魔剣を渡しても無意味。

 

 故に信じるしかないのだと、そう無言で訴えてくる光輝を、コウキはしばらくの間睨め付けて。

 

 やがて、何かしらの決心がついたのか聖剣を収めると、アロースの近くに倒れるモアナを背負った。

 

「絶対に帰ってくる。その時彼らに何か起こっていたら……俺の命をかけてでも、お前を殺す」

「それでいい。さあ、彼女を助けるためにも早く行け」

 

 後押しする光輝に、ぐっと表情を引き締めて。

 

 最後にスペンサーを見ると、決意した目で言った。

 

「なるべく早く、救援を呼んできます」

「はい。陛下を、頼みます」

 

 頷いたスペンサーに、コウキも首肯を返す。

 

 最後に一定時間持続する回復魔法《周天》と《聖絶》をかけなおしたコウキは王都の方角に駆け出した。

 

 小さくなっていくコウキの背中を見ていたスペンサーは、その姿が見えなくなると光輝を見上げる。

 

「では、フール殿。近衛隊長として情けない限りですが、よろしくお願いします」

「はい、任せてください」

 

 

 

 

 未だに懐疑と警戒をしつつもそう言う彼に、光輝も頷いた。

 

 

 

 




さて、次回もどうしたものか。
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