星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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鼻が詰まって呼吸がしづらい、どうも作者です。

ちょっと体調改善したので、不定期更新。


王都でのひと時 

 

 

 

 

 曰く。この王都を囲うオアシスは結界なのだという。

 

 

 

 その所以は、シンクレアの王族が持つ特別な恩恵術……天恵術にある。

 

 それぞれ個人で異なるその力。

 

 例えば侵食されない恩恵力を他者に与え、潜在能力を引き出すモアナ女王の《加護》。

 

 恩恵力の無くなった土地さえも蘇らせる、クーネ王女の《再生》。

 

 そして彼女達の先祖がこのオアシスに、命を代償に宿らせた天恵術は──瘴気の吸収・霧散。

 

 彼らにとって生命エネルギーである瘴気を奪うこの水こそが、最強の砦なのだ。

 

 

 

カレハテタイノチ キレイ キレイ

 

 

 

 再構築されても、そういうところは相変わらずだな。

 

 ……身命を賭して生み出されたこの聖なるオアシスから、天恵術のカラクリが見えてくる。

 

 己の生命を代償にすればするほど、効力を高めていく。死と引き換えにすればそれこそ絶大なほど。

 

 で、あるのならば。

 

 他の誰とも違う、姉妹であるクーネ王女とも異なった、枯れたような白髪を持つ彼女は……

 

「……今や姉妹だけの王族、か」

 

 あてがわれた客間に、独り言が木霊する。

 

 小綺麗で、最低限必要な家具だけが置かれた部屋。

 

 俺の記憶する限りでは最も豪華だったハイリヒ王国の客室には、些か見劣りする。

 

 この国の状況を考えれば当然、と言えるのだろう。

 

 

 

 

 それでも謁見の間は、実に豪華だった。

 

 白亜の空間には鏡を利用して太陽光が満ち溢れ、素晴らしい彫刻の掘られた柱や壁がよく映えた。

 

 その最奥、玉座に座する正装のモアナ女王はとても美しく、コウキが見惚れるのも当然だった。

 

 

 

 ガリッ

 

 

 

「った! そういう意味じゃないって!」

 

 あくまでコウキは、だよ。

 

 俺にとって一番、そして唯一心奪われるほどに美しいのは彼女だけだ。

 

「でも……辛そうだったな、コウキは」

 

 勇者(とついでに傭兵的な扱いの俺)を歓迎するべく、その場に集った官僚達。

 

 武官、文官、大臣、給仕に至るまで、一心にコウキへ期待をかけていた。

 

 そこに道中での活躍も知らされれば、もはや一切の疑心なしにこう思うだろう。

 

 

 

 

 

 最後の希望、と。

 

 

 

 

 

 五年前の戦争でモアナ女王ら以外の王族も死に絶えたのだから、仕方がないのだろうが。

 

「果たしてどこまで耐えられるか……」

 

 コウキは、何が正しいのか分かってない。自分のことも信じていない。

 

 その状態で、突然背負わされた命運という名の重みに対して、最後まで潰れず戦えるのか。

 

「……難しい話だ。そして、悔しいことに共感できない話だ」

 

 俺は、一度もそんなに大勢のことを背負ったことなんてない。

 

 独りよがりの子供の夢から覚めて。暗い悪夢をくぐり抜け、絶望という名の現実に立った。

 

 その時、俺の前には彼女しかいなかった。

 

 後ろには何もなくて、そうなるように南雲達がしてくれた。

 

 地上の人々のことなど気にする必要もないほど、彼らは心から頼もしかったのだ。

 

 

 

 

 だから、またコウキと俺は相違する。

 

 荷を分かち合うか。不可能だ。俺は第三者なのだから。

 

 できるとしたら、荷を少し持ち上げて、軽く感じるよう錯覚させてやることだけ。

 

 邪魔者の俺がここにいる理由なんてのは、その程度だ。

 

 ……と、結論が出たところで。

 

「失礼します、フール殿。今よろしいですかな?」

 

 ノックの後、扉の向こう側からスペンサーさんの声が聞こえる。

 

 俺は腕組みを解き、テーブルの上に置いていた仮面を被ると立ち上がった。

 

「はい。呼び出しですか?」

「お話が早い」

 

 少し軋んだ音を立て、ドアが外から開かれる。

 

 顔を見せた歴戦の近衛隊長は、重々しい雰囲気を湛えていた。

 

「陛下がお待ちです。フール殿のことについて聞きたいと」

「分かりました、行きます」

「ありがとうございます」

 

 彼と共に客間を出る。

 

 時折すれ違う人々に奇異の視線を受け、少し居心地が悪くなりつつ、宮殿の中を移動する。

 

 

 

 

 やがて、本殿からやや離れた塔の一室にたどり着いた。

 

 案内役として先行していたスペンサーさんが扉を開けると、そこにはいくつかの顔ぶれが。

 

 最奥の席に座するモアナ女王、隣にクーネ王女、壁際に戦士長ドーナルさん、リーリンさん。

 

 そしてコウキ。予想通りの面子だ。

 

「陛下。フール殿をお連れしました」

「うむ、ありがとうスペンサー」

 

 一礼した彼は、ドーナルさんの隣へ行く。

 

 自然と閉じたドアを後ろに、俺は一人で全員の視線を受け止めることになった。

 

「リーリン」

「はい」

 

 手をかざし、祈祷を唱えて恩恵術を発動するリーリンさん。

 

 風が吹く。魔法とは似て非なる力によって、部屋が覆われた。

 

「なるほど、遮音ですか」

「一応、情報管理のためにな。貴殿もその方が良かろう?」

 

 確かに、その方が都合が良いな。下手をすれば嬲り殺しの可能性もあるが。

 

 頷くと、同じように首肯したモアナ女王は真剣味を帯びた表情で話し出した。

 

「まずは、光輝と共に我らの命を救ってくれたことに、改めて感謝を伝えたい」

「その言葉、謹んでお受け取りします」

「ああ……しかし。何も素性を明かさない相手を懐に引き入れるのは、国を背負う者としては許容できない」

 

 予想していた言葉だった。俺が同じ立場でもそうする。

 

 南雲ならとりあえずボコって反抗できなくしてから尋問する。あいつは懐柔して手駒にする。

 

 俺の知り合いろくなやついないな。

 

「では、何をすれば?」

「……貴殿は先程現れた時、どうしても顔を見せろと言うのであれば別の機会に、と言っていたな」

 

 これも、予想ど真ん中か……さてどうしてものだろう。

 

 適当な話をでっち上げても、既に顔を知っているコウキ達の手前意味がない。

 

 あいつのように幻の類で見た目を偽る術も持ってないし……あ、そうだ。

 

 シンセイ、お前なんとかできたりしない? 

 

 

 

ムシニンゲン サカナニンゲン トリニンゲン

 

 

 

 やっぱ遠慮しとく。

 

 これは、もう一択だろう。

 

「……わかりました。この仮面を取りましょう」

「!」

「ただし。驚くのは仕方がないでしょうが、攻撃するのだけはやめてください」

「あ、ああ。それは約束する」

 

 言質を取った。俺は覚悟を決め、仮面に手を伸ばす。

 

 険しい顔のコウキが生唾を飲み込む。女王と王女が目を細め、スペンサーさん達が静かに見ていた。

 

 そんな中、俺は顔に張り付いていた仮面を自ら剥ぎ取り──瞬間、全員が激しく反応した。

 

 

 

 

 半分は驚愕。もう半分は困惑。

 

 前者がほとんどを占めるのは俺の顔を知らない女王や王女、ドーナルさん。

 

 後者が強いのはやはり知っていた面々で、特にコウキはもう一人の自分という存在に改めて狼狽えた。

 

「なっ、き、貴殿は、まさか!」

「ええ。俺は天之河光輝。そこにいる彼とは別の世界からやってきた、もう一人の光輝です」

 

 俺の主観ではコウキこそ別世界の自分だが、女王達にとって天之河光輝とは彼。

 

 あえて俺を切り離した口調で二度目の自己紹介をすれば、モアナ女王達の混乱は深まった。

 

「先程は大勢の前で顔を晒し、余計な火種を作ることを回避したかった。どうかご容赦願いたい」

「な、なるほど。我々のことを考えてくれたのか…………いや、だがしかし」

「むう……なんということだ」

「目覚めたばかりで、目の錯覚かと思っていましたが……まさか本当に」

「お前がそう疑うのも仕方がない、リーリン」

「はえー……クーネびっくりです。まさか同じ人間が二人も異世界から来るなんて」

 

 俺も同意見だ。まさか同じ人間が二人も異世界に召喚されるなんてな。

 

 様々な感情が渦巻く部屋の中、ガシャと音を立ててこちらに体ごと向き直る人物がいた。

 

 誰なのかは言うまでもないだろう。

 

「……お前は。お前は、本当に別の俺なのか?」

 

 実は俺の偽物なのではないか。そんな恐怖と不快感、警戒が伝わってくる。

 

 同時に悪意感知を通して伝わってくるのは、漆黒の聖鎧と聖剣を携えた、白黒メッシュの髪の俺。

 

 なるほど、氷結洞窟の試練か。大迷宮の攻略をしていたという過去は同じらしい。

 

「見た目は俺の方が大人だろ? まあ24歳だから当たり前だが」

「っ、そんなことで!」

「なら、確かめよう。互いの記憶を使って」

「……いいだろう」

 

 低い声で同意してくれた。どうやらある程度の冷静さは保っているようだ。

 

 早速始めよう。まず最初は……俺が天之河光輝である、という実証からやるか。

 

「父の名は天之河聖治。経営コンサルタント。母は天之河美耶、モデル雑誌の編集長。妹は美月。大学生。家族構成は合ってるか?」

「……美月はまだ中学生だ」

「ふむ。とするとお前はまだ高校生の年齢だな?」

 

 頷くコウキ。結構年齢の差がああるんだな。

 

 ちょうどいい。美月から固めるか。

 

「美月は、小さい頃から人気者だった。才色兼備で優等生。だが……」

「……だが?」

「ソウルシスターズの創始者にしてトップ……合ってるか」

「……………………合ってる」

 

 だいぶ間を置いてから、苦々しい顔で答えた。やっぱりそこも同じかぁ……

 

 同じ学校の後輩から近隣の小中学、果てはご近所にまでいたという、雫の自称魂の妹。

 

 その発端は恥ずかしながら美月なのだ。いい子なんだが、そこだけが不肖の妹である。

 

 

 

 

 こっちの世界じゃ、本当に雫の義妹になった善子さんと長年喧嘩してる。

 

 恨みつらみっていうより、喧嘩友達って感じだけど。

 

 ただ、あの野郎は上手い具合に美月を手懐けて、雫への狂愛ゆえの憎悪を回避してるのだ。

 

 この前実家帰った時なんて、「北野さんの妻になれば間接的にお姉様と家族になれるのでは……?」とか世迷言を言ってた。

 

 あのクソ野郎、次会ったら謝らせた後にぶった斬ってやる。

 

「なんであいつのダメなところを力説したら、俺が変な目で見られるんだ……〝お兄ちゃん、もしかして……〟じゃねえよ。絶対あいつ斬る」

「お、おい?」

「っ、すまない。ちょっと憎っくきピエロをぶっ殺す計画を立てていた」

「どういうことだ!?」

 

 あいつのことは尊敬してるしライバルみたいに思ってるが、人の妹誑かした件は別だ。

 

 八つ当たりだろって? 俺が何回あいつにストレス発散の嫌がらせされたと思ってんだ。

 

 

 

タノシイ タノシイ

 

 

 

 人の悪意啜って喜んでんじゃないよ、この悪魔。

 

「話を戻そう。幼少から八重樫流道場に通っていた。龍太郎と一緒にな」

「ああ」

「最初に虎一さんに稽古をつけてもらった時、全く歯が立たなくて、あとで必死に素振りをしてた。自分の部屋で密かに」

「……そうだ」

 

 いくつも質問を重ね、共通した記憶と事実を重ねることで真実性を増していく。

 

 それは彼を納得させるのと同時に、自分が改めてコウキの存在を受け入れる為の行為だった。

 

 

 

 

 

●◯●

 

 

 

 

 

 それからしばらく。

 

 あまり細かすぎても伝わらない可能性があるので、質問は厳選した。

 

 結果は良好。ほぼ全てのことが一致し、同一存在であることは確立されていく。

 

 黙している女王達も俺達のやり取りを聞いていて、徐々に納得したような顔になっていった。

 

「っと、だいぶ聞いたな。もうネタがなくなってきた」

「……お前が、俺だってことは十分わかった。だけど、そろそろ別の俺だってことを証明してくれないか」

 

 半信半疑といった顔ではあるものの、少し険の取れた口調でコウキは言ってくる。

 

 どうやら土台作りは成功したようだ。

 

 ここからが本番。トータスでのこともそれなりに共通しているようだし……

 

 ならば、次に聞くのは。

 

「オルクス大迷宮。魔人族の襲来」

「っ」

「奮闘するも俺は敗れ、何も出来なかった。そして仲間を、香織達を失いかけて……北野達に助けられた」

「…………北野? 誰だそれは? 助けに来たのは南雲達だぞ?」

 

 ……初めて、明らかに食い違った。

 

 モアナ女王達の空気がざわりと揺れ、コウキ自身も目を見開く。

 

「やっぱり、か……そっちには北野がいないんだな」

 

 質問への返答やさっきの反応で、薄々勘付いてはいたが。

 

 なるほど。実に憎たらしい。

 

 

 

 

 

 俺とコウキの分岐点は、あいつの存在だ。

 

 

 

 

 

 あいつの本心を聞き、知ったその瞬間から、俺という人間は変わり始めたのだから。

 

「北野というのは、一体誰だ?」

「最低最悪のクソ野郎さ。多数の幸福のために自分(一人)を殺す……大悪党だ」

「それは……」

 

 悪なのか? と、コウキは迷うそぶりを見せた。同時にモアナ女王が難しい顔をする。

 

 彼女は王族。いざとなれば自分自身が()()()()こともあり得る立場の人間。

 

 深く考え込む彼女を視界の端に、俺はコウキをまっすぐ見て話し続ける。

 

「北野がいないということは、ルイネさんも、先生にマリスの記憶が植え付けられることもなかったのか」

「る、ルイネ? それに先生に誰かの記憶が、って……」

「……なるほど」

 

 これは、英子もいないんだろうな。

 

 そのことに落胆と寂しさと、なぜか安堵を覚える。

 

 ともかく。これ以上はもういいだろう。

 

「次が最後の質問だ」

「な、なんだ」

「──君は愛する人を救うことになった時。その為に相手を殺すことができるか?」

「っ!?」

 

 酷い質問だ。

 

 俺自身がそのことに苛まれているくせに、答えのない問いを別の自分に投げかけた。

 

 だから、彼がまるで怨敵でも見るような憤怒の表情で睨みつけてくるのは当然だ。

 

「何故、何故そんな残酷なことをっ……まさかっ!」

「あの選択は間違っていたし、正しかった。唯一の偉業であり、最大の罪過だった。それが俺の答えだ」

「お前っ!」

「光輝!」

 

 掴みかかってくるコウキ。モアナ女王が彼の名を叫ぶ。

 

 

 

 

 頭半分ほど低い場所から、睨め付ける瞳。

 

 そこにはありとあらゆる怒りが凝縮されているようで。

 

 同時に、どこか()()()()()()()()()()が入り混じる、複雑な目だった。

 

「それが証明だ」

「ッ!!」

「俺はお前であって、お前じゃない。根幹が同じでも、既に結末したのが愚者()なんだよ」

「貴様っ、どれほど心を捨て去ればそんなことをッ!」

「まあ、その結果が彼女を一生守り続けることなんだから、分不相応な幸せってやつだ」

「………………は?」

 

 まあ、そんな反応になるよな。

 

 呆けているのはコウキだけじゃない。俺達のやりとりに固唾を飲んでいた全員がぽかんとしている。

 

 詳しく説明しても意味が分からないと思うしなぁ。世界の再編なんてあまりに突拍子がない。

 

 コウキだけは、再生魔法やら魂魄魔法やらを思い浮かべたのか、非常に険しい顔ながらも納得している。

 

「理解できたか?」

「……ああ、よく分かった。お前は、俺じゃない」

 

 コウキは俺の襟から乱暴に手を離す。

 

 何が正しいのかわからなくても、何を拒むのかくらいは分別できているようだ。

 

 しばらく俺を睨みつけて、元いた場所に戻っていった。

 

「そういうことですので、女王陛下、皆様も。俺のことはフールと。誰もが知る〝勇者〟天之河光輝は、一人でいい」

 

 最奥に座する女王に、俺は目線を向ける。

 

 瞑目して考えていた彼女は、やがて瞼を開くと俺を見た。

 

「…………分かった。最後の質問の意味は私には測りきれなかったが、貴殿を信じよう」

「感謝します。救援が来るまでの数日ではありますが、この剣を預けましょう」

「うむ。よろしく頼む。皆もそれでいいな」

「「「陛下の仰せの通りに」」」

「……分かった」

 

 軽く会釈をして、仮面を被り直す。

 

 そうして話が終わると、妙な間が生まれた。

 

 俺という大きな謎が解明された今、何を話せばいいのか決めるまでの一瞬。

 

「バァ──────ンッ!! 王女だけど一周回って王女じゃないかもしれない、クーネでぇすっ!!」

「んぐふぉっ!?」

 

 なんだ!? 突然背中に誰かが飛び乗ってきた!? 

 

 慌てて両手で下手人を支え、同時に拘束しながら振り返ると、そこには宣言通りクーネ王女。

 

 初対面から見事にペースをずらされまくってるアクティブ幼女は、見事に神妙な空気を破壊した。

 

「クーネたん!? いつの間に……」

「別世界の自分にひねくれた質問をする、ねじ曲がった性根のお兄さんの正体もわかったところで、辛気臭い顔はやめましょう!」

「おい王女。その通りだが王女。ちょっと話をしようか王女」

 

 身から出た錆ではあるが、それはそれとして一回OHANASHIしないと気が済まない。

 

 しかし、そんな俺の言葉などまるきりがん無視して、それはそれは笑顔の王女は宣言した。

 

 

 

 

 

「親睦を深める為に、城下町に行きましょう!」

 

 

 

 

●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、勇者様! 捻くれたお兄さん! 王都のどこにでもこのクーネが案内しましょう!」

「おい王女。最終的な呼び名がそれか王女」

 

 てへっ⭐︎みたいな顔をフードの下で浮かべるクーネ王女。

 

 わかってる。あれは俺が大人気なかった。隣のコウキから睨まれてるのも仕方ない。

 

 受け入れよう、雫あたりに聞かれたら鳩尾に一発くらいそうな言い草だったと。

 

 だが、それでも思うところはある! 

 

「せめて偽名で呼んでくださいよ。往来でそんな風に呼ばれたら、周囲の目線が痛くなるでしょう?」

「美味しい食べ物をご所望ならこちらですよ〜。あ、支払いはお姉ちゃんのお金で!」

「よしわかった、確信犯だなこの王女」

 

 どうやらとことん俺のことを揶揄いたいらしい。

 

「任せてクーネたん! こういう時のためにお小遣い貯めてあるから!」

 

 そして女王はお小遣い制なのか。戦時中だからか? 

 

 そういえば、謁見の間に、真っ白に燃え尽きそうな財務関係を取り仕切ってるご老人がいたな。

 

 あの人にお小遣いをもらってほくほくしている女王……ううん、何ともシュール。

 

 

 

 

 しかし、王女の提案で城下町に来てみたものの。

 

 良い活気だ。人類の存亡をかけた戦いの最前線とは思えないほど人々は精力的である。

 

 無論、その筆頭はそれはそれは楽しそうなそこの幼女王女であるが。

 

 ちなみに周囲には密かに護衛をしている戦士団の方々付きだ。

 

 

 

ムダ

 

 

 

 こら、そういうことを言うな。

 

「モアナ女王、いくらなんでもクーネ王女に甘すぎでは……」

「待てコウキ、そんなことを言うと……」

「それでは勇者様は、八歳の女の子にお金を出して欲しいんですね。無一文で無職な勇者様!」

「「ぐはっ」」

 

 お、俺にまでダメージが……

 

 この幼女怖い。某魔王の娘とか某道化の娘が脳裏をチラつく……ッ! 

 

 

 

ヒーモ ヒーモ♪ 

 

 

 

 ぐふぅっ。

 

 い、いや待て。そういえばケースの中に宝石があったはずだ。

 

 そういった類のものは、文明の中ではある程度の価値があるからだろう。

 

「それをどこかで売れば一文なしじゃない……っ!」

「仮面で見えませんが、実に真剣な顔で情けないこと言ってるのが丸わかりですよ、ヒネモお兄さん?」

「ストップ王女。今捻くれたとヒモを混ぜて略したな王女?」

「何か反論が?」

「うぐぅ」

 

 何一つ言い返せない! 

 

「……わかりました。今この場では女王様のご好意に甘えることにしましょう。なっ?」

「お前と意見が一致するのはなんか癪だが……仕方がないよな」

 

 これ以上社会的恥辱を受けたくない。数日後に去るとしても。

 

 などと決意していると、ふと何かを見つけた表情になったクーネ王女が走り出した。

 

 

 

 

 俺は目を見開く。

 

 彼女は、人の視界や視線から絶妙にズレた場所を次々潜り抜け、魚が泳ぐように進んだのだ。

 

 もしものことがあったらと気配は掴んでいるものの、姿は瞬く間に見えなくなってしまった。

 

「あれは……」

「人の視線や思考、意識をよく察知してる。恐ろしいな」

「なんだ、説明する前に理解されてしまったな。その通り。クーネに言わせると、よく見て、聞き、感じれば人の意識から外れることも可能らしい」

 

 本当に恐ろしい。

 

 何が恐ろしいって、もし魔王や道化がいたら喜んで愛娘の護衛に育て上げそうなところが。

 

 娘達に這い寄る邪な輩に、背後から笑顔で「王女かと思った? あなたの死神、クーネでぇす」とザックリ……

 

「……クーネ王女の特技は胸の内にしまっておきましょう」

「???」

「何故だ? この王都の皆が知っていることだが……」

 

 ほら、と指差す先では、果物屋の店主に背後から忍び寄る王女の姿が。

 

「バァ──────ンッ!! いつから王女だと錯覚していた!? クーネでぇすっ!!」

「ギャァアアアアッ、何事ッ!?」

 

 ひっくり返る主人。胸を張るクーネ王女。呆れるコウキと苦笑する女王。

 

 だが俺は戦慄していた。

 

 再び脳裏に、ナイフを携え黒衣を纏うクーネ王女の姿が思い浮かぶ……

 

「絶対に、秘密にします」

「そ、そうか? まあフール殿がそうしたいのなら構わないが……」

「何をそんなに怯えてるんだ、お前……?」

 

 ただでさえ双子人形(教育係)がいるのに、これ以上増やしてたまるものか! 

 

 まだ見ぬ恐怖に怯えるのもそこそこにしておいて、現実に立ち直ろう。

 

 立ち上がっている店主の隣には、いつの間にか奥さんと思わしき恰幅の良い女性がいた。

 

 ククリというらしいリンゴに似た果実を手渡す彼女に、モアナ女王が申し訳なさそうにお金を払っている。

 

「いつもすまないな。どうやらこの店の果物がことのほか気に入っているようで、迷惑をかける」

「あら、嬉しいこと。別に気にしなくても平気ですよ、なんだかんだ言ってうちの主人もクーネ王女が来ることを楽しみにしてますから」

「そう言ってもらえると心が軽くなるよ」

 

 常習犯らしい。本当に王女なのだろうかこの幼女。

 

 リリアーナを思い浮かべてみる。彼女も気さくに接してくれたが、ここまでアグレッシブじゃない。

 

 今も即位したベルナージュ女王と二人、執政官として頑張ってるのだろうか……モン◯ナ片手に。

 

 

 

 

 

 だが、気さくといえばモアナ女王もだろう。

 

 対等に、というわけではないが、王都民と堅苦しくない関係を築いているように見受けられる。

 

 笑顔で話し合う様は、ハイリヒ王国の王族とは違う意味でよく慕われているのだろうと理解できた。

 

「おや? そっちの奇妙な仮面の人は? 勇者様のお仲間ですか?」

「申し遅れました、フールと申します。傭兵として雇われました。以後お見知り置きを」

「あらまあご丁寧に。勇者様だけじゃなくて、頼りがいのありそうな紳士が来たもんだねえ」

 

 こうも快活に笑われると、数日のみの雇われであることが少し申し訳なくなるな。

 

 それにしても……

 

「この都の人々は、常に武器を携えているのですね」

「ん? ああ、他所から来たのならら珍しいですか? そりゃあ世界の最前線ですからね、これくらい持ってないと」

 

 からからと笑うご婦人の腰には、剣が吊り下げられている。

 

 ほとんどの人が武装していることを、王城を出てからずっと気にかけていた。

 

 それはコウキも同じで、むしろ目線や表情が見えている分俺よりも顕著だったろう。

 

 この反応を見ると、どうやら特別なことでもないようだが。

 

「果物屋だけでなく、戦士としても活躍していると?」

「まさか。私も主人も生粋の果物屋ですよ。けれど、戦士じゃないからって武器を持っちゃいけないなんてことはないでしょう?」

「確かに。〝彼ら〟に情け容赦がない以上、戦う術は持って然るべきです」

「《暗き者》は選り好みなんてしちゃくれませんからね。もしもこの王都が戦場になった時、何もできずに死ぬなんてまっぴらごめんですよ。もちろん、そうならない事を祈りますけどね」

 

 旦那をいつも引っ叩いてるんです、《暗き者》の一匹や二匹どうとでもなります、とご婦人は笑った。

 

 ……強い人達だな。

 

 そうしなければならない世界であるとしても、そう思えるというのは凄いことだ。

 

 覚悟があるからこそ、彼女達や、王都の民は最前線たるこの地に()()()()()のだろう。

 

 モアナ女王や、クーネ王女はそれを受け止め、また彼女達も覚悟を決めている。横にいる二人の表情からそうわかる。

 

 明日死ぬかもしれない。もしかしたら次の瞬間には戦果に包まれるかもしれない。

 

 

 

 その時は、誰もが共にと。

 

 

 

 どれほど強固に団結した意思であろうか。

 

 けれど、それは……

 

 

 

 

 

「……怖く、ないんですか?」

 

 

 

 

 

●◯●

 

 

 

 

 

 俺の心の内は、コウキが言葉として引き継いだ。

 

 震える声で尋ねた彼。

 

 すると、キョトンとしたご婦人は力強く笑う。

 

「そりゃ、怖いに決まってますよ! けどねえ、この家のククリと、これを楽しみにしてくれる人達のためなら少しは頑張れます。ねえ、あんた」

「そうだな。戦ってる連中がククリを食べたいって言った時、果物屋のうちが売らないで誰がこの王都でククリを売るんだってんだ」

 

 二人の笑顔はそっくりで、とても眩しいと感じるものだった。

 

 コウキは驚いたような、それでいて納得したような顔をして、そうですかとだけ呟いた。

 

「お兄さんお兄さん、これをどうぞ」

「ん? ああ。ありがとうございますクーネ王女」

 

 差し出されたククリを受け取る。

 

 仮面を外し、少しだけ上にずらすと齧り付いた。

 

 ……ん、美味い。甘酸っぱさがちょうど良く、芳醇な香りが鼻を突き抜けるのが気持ち良い。

 

 味としてはスモモに近いだろうか。それも高級品のレベルだ。

 

「美味しいです」

「そりゃ良かった」

「そうでしょう、そうでしょう! 勇者様はどうですか?」

「……美味いよ、すごく」

「ふふん、クーネのお気に入りなのだから当然です!」

 

 ドヤ顔で胸を張る王女の、何と憎らしく愛らしいことか。

 

 口元は果汁でベトベトだが。

 

「……でも、そうか」

 

 

 

 

 

 譲れない理由、か。

 

 

 

 

 

 食べ終わると果物屋を後にした。

 

 他にも様々な場所へと赴いた。武器屋や川の渡し屋、服屋などにも。

 

 行く先々でクーネ王女の奇襲は猛威を振るった。武器屋の倅も、渡し屋の男性も、皆仰天してひっくり返った。

 

 終いにはドーナルさん達の背後に回り込み、盛大に「クーネでぇす!」をかます始末。

 

 しかし、驚かされた誰もが憤ることなく、苦笑いで済ませたことに、彼女が親しまれていることを改めて感じた。

 

 

 

 ちなみに道中知ったことだが、クーネ王女には色々なあだ名がついてるらしい。

 

 

 

 〝神出鬼没のお転婆王女〟、〝いつもニコニコ這い寄る王女クーネたん〟、〝お願いですから仕事の邪魔しないでください、王女様〟。

 

 〝いい加減私の武具をデコレーションするのは止めてくださいクーネ様〟、〝ギャァアアアアッツ、王女様!? 〟、etcetc……

 

「ロクなものがなかったな……」

 

 一番酷かったのは、〝出会って三秒で混沌〟。なるほど言い得て妙だ。

 

 しかし、クーネ王女はただ単に破天荒で予測不能なアグレッシブ幼女などではない。

 

「俺達に知らせるため、か……」

 

 見て、聞いて、感じ取る。

 

 自らが何より得手とすることを用いて、このシンクレアという国を俺達に見せつけたのだ。

 

 いや、きっとコウキに、だな。

 

 

 

 

 彼女はおそらく、俺がそこまでこの世界に執着しないことを見抜いている。

 

 できる範囲で力を貸したいとは思う。一度首を突っ込んだ以上はそれが道理だ。

 

 けれど、命を賭けるかと聞かれてしまえばノーと即答してしまえる。

 

 そんな俺の薄情さを、あの見た目以上に腹黒で狡猾な……聡明な王女は、察してるはずだ。

 

 

 

ヒトデナシ? ヒトデナシ? 

 

 

 

「かもな」

 

 昔だったら、別の答えを出したに違いない。

 

 その反面、コウキにはよく響いただろう。

 

 おそらくは最も効果的な人物を選び出し、引き出したのだろう言葉の数々。

 

 それを一つ聞くたびにコウキの心は震え、悩み、怯え、そうして変容していた。

 

 皆、この国の人間は生き生きとしていた。

 

 確かな信念と意思を持ち、自信と誇りを兼ね備えた生き様を見せつけられた。

 

 

 

 俺は素晴らしいと思った。

 

 

 

 でも、それで終わり。

 

 尊敬するし、残酷な目にあっていいはずのない善人達だと確信したが、結局は他人だ。

 

 ひどく凍てついた理性的な思考は、それだけ俺という人間が毒されたのだと自覚させる。

 

 でもコウキは、悩めるのだろう。

 

 そして自分に当て嵌めて、これから先どうするかの指針に加える筈だ。

 

 それこそ、クーネ王女の狙い通りに他ならない。

 

 コウキ本人も今頃、気付いているかな。

 

 

 

ホントウニ? ホントウニ? 

 

 

 

「俺はそう信じるよ」

 

 それが出来ないほど馬鹿のままならば、あんな顔はできないだろう。

 

「……さて。なんだかんだと俺も精神的に疲れた。今日は休もう」

 

 ぼんやりと考えを巡らせながら眺めていた、夜空を反射して輝くオアシスから目を離す。

 

 美しい双子月から目を離すのは名残惜しいが、そろそろ瞼が重くなってきた。

 

 寝巻きに着替えると、質素だが程よい弾性の布団に入る。

 

 そうして目を閉じ、意識を暗闇へと落とす………………前に。

 

「……いないよな?」

 

 念の為、〝気配感知〟と〝悪意感知〟を最大限に発動する。

 

 あの悪戯王女の気配の誤魔化し方は一級品だ。忍び込んでいても気づかないかもしれない。

 

 とりあえず、めぼしい反応はない。

 

「まったく、こんなところでまで気が休まらないとはな」

 

 ほっと安堵のため息を一つ、今度こそ瞳を閉じて暗闇へと没入する。

 

 余程疲れていたのだろうか。

 

 

 

 

 

 すぐに、俺の意識は闇の中に溶けていった。

 

 

 

 

 




なんだろ、うまく書けないのは体調悪いせいかな。それとも完結していて筆が乗り切らないから?

読んでいただき、ありがとうございます。
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