星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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寝る前にぽいっと更新。

調子も戻ってきてますね。


泡沫の夢

 

 

 

「──意思の欠片?」

 

 

 

 告げられた言葉を、鸚鵡返しに聞き返す。

 

「ああ。どうやらお前の魂魄に引っ付いてるモノが、シンカイ以外にいるらしい」

 

 すると、質の良さそうなレザーチェアーに座った〝そいつ〟は、背中越しに返答した。

 

 俺と顔も目も合わせたくないという内心が丸分かりな姿勢だが、今更特に文句はない。

 

 代わりに、俺は自分の足元で緩やかに回転している紫色の魔法陣を見下ろした。

 

「この魔法、そんなことまで分かるのか?」

「当然。なんせ俺ちゃん……というかカインの魔法だからな。そこらへんの精度は間違いない」

 

 へえ、と未知の異世界の魔法に感嘆せざるをえない。

 

 〝眷属錬成〟。かつて九の悪魔を狂った死人の魂より生み出し、人喰いの妖美に与えた呪法。

 

 その呪いを応用して、俺の中に残っているシンカイを残骸から再構築するらしい。

 

「意思の欠片って、何のだ? シンカイ以外に心当たりなんてないけど……」

「さあな。意識の残骸がそれなりに残っていたシンカイと比べると、微弱すぎて何だかわからん」

「えぇ……不安になるんだが」

「ぶっちゃけ片手間以上にお前のために思考割くのが面倒くさい」

「おい」

 

 それが本音かこの野郎。

 

 ……文句を言ってやりたいが、さっきからずっと忙しそうで口に出しにくい。

 

 いつもならもっと悪態が酷いし、盛大に煽ってくるだろうに、それもできないという様子だ。

 

 ペンを走らせる音や、キーボードを打ち込む甲高い音が絶え間なく書斎に響き続けていた。

 

「……お前、何の仕事してたっけ?」

「世界征服中とでも答えれば元勇者クンは満足か?」

「それはもうしてるんじゃないか?」

「さてな」

 

 本当にしてるんじゃないだろうな、こいつ。

 

 まあ俺には何もできないし、こいつの本質を少しは知っている以上するつもりもないんだが。

 

「じゃあ、その片手間に使ってもらってる思考でいいから、予想くらいは教えてくれよ」

「チッ」

「おい舌打ちしたな今」

「相変わらず要望の多いこって」

 

 机に積み上がった束に書類らしきものを放り投げたあいつは、深くため息を吐いた。

 

 それからまた次の何かに取り掛かりつつ、少しの間をおいて話し出す。

 

「あー、そうさな。聖剣のことはそのチンケな脳味噌に残ってるか?」

「一言余計だ。勿論覚えてるさ」

 

 ハイリヒ王国の王城、その宝物庫から借り受けたアーティファクト。

 

 芸術品のような見た目のみならず、鋭い切れ味と類を見ない頑強さが特徴的な良い剣だった。

 

 帝国のパーティーにて英子に叩き折られ、その後こいつと南雲が回収したと聞いたが……

 

「あれがどうかしたか?」

「それなりのものだったんで、残骸をパクった後に解析した。第三者の弱体化、呼応による即時召喚、何より他のどれとも類似しない構成物質。色々と面白いものが見られたよ」

「それで?」

「腹の立つことに、俺もハジメも組み込まれた魔法陣や組成とかの簡単なことは理解できたが、その()()()()()()()が全く理解できなかった」

 

 自分が面食らった表情になるのがわかった。

 

 異世界の仕組みさえも理解し、神をも凌ぐ力を手にしたこいつが理解できなかっただって? 

 

 その言葉を聞いた途端に、今は無きかつての愛剣が急激に不気味なものに思えてきた。

 

「解析魔法でブラックボックス部分の情報は丸ごと頂いたが、結局聖剣としての力は失われて鉄クズになってた。それを再利用してハジメが錬成したのが、お前にくれてやったあの剣だ」

「前半はあえてスルーさせてもらうぞ……じゃあ結局、聖剣って何だったんだ?」

「…知らね」

 

 ……浅くはない付き合いだから、南雲ほどじゃないがちょっとだけわかる。

 

 

 

 こいつ、何かを隠した。

 

 

 

 どうせ問い詰めても返ってくるのは罵倒だろうし、最後は言いくるめられて終わりだ。

 

 早々に頭の片隅にしまいこんで、それよりも姿を変えた愛剣がずっと共にあったことに嬉しさを感じた。

 

 特別な力を失っていたとしても、それでも最後の瞬間──あの時まで、道を切り開いてくれたのだ。

 

「……感慨深いものだな」

「あっそ。だが、ひとつ気がかりなことが残った」

「気がかりなこと?」

 

 ああ、と答え、それから初めて仕事をする音が止まった。

 

 そして、後頭部以外のほとんどを隠す椅子から、人差し指を立てた右手が突き出る。

 

「叩き折られた際に飛び散った破片が一つ。いくら探しても、それだけが見つからなかった」

「聖剣の破片が……」

「で、お望みのくだらない即興の予想をすると……その破片は一緒に斬られたお前の体に傷口から入り、そのまま()()()した」

「まさか。いくら聖剣なんてファンタジーの代名詞でも、流石にありえないだろ?」

 

 規格外が人の形をしたようなこいつの言葉でも、流石に信じられなかった。

 

 

 

 

 シンカイはまだわかる。

 

 眷属として生み出された悪魔は霊魂的、もっと言えば概念的な存在で、他者に取り憑ける。

 

 だけど、ただの無機物だった聖剣の破片が体内に入ったまま融けて消えたなんてのは不可能のはずだ。

 

「相変わらずお前の頭は鶏にも劣るな」

「あ”ん?」

「俺とハジメ、神代魔法の所持者二人掛かりでも大部分が理解不能って言ったろうが。この意味もそのおめでたい頭じゃあ分からねえのか?」

「ふざけんなよ、それくらい覚えて……」

 

 言いかけて、ようやく気がつく。

 

 星のシステムに干渉し、世界を作り直したこいつと、神をも打倒してみせた概念魔法を生み出した南雲。

 

 その二人がたった一本の、それも壊れた剣の全容のごく一部しかわからなかったというのだ。

 

 これは──とても恐ろしい事実ではないか? 

 

「……お前達ですら、未知の何かだっていうのか」

「ハッ、せいぜいガタガタ震えながら眠れ。お前が正義(笑)と一緒に振りかざしてブンブン振ってたあれには、とんでもない何かが潜んでたかもしれねえぞ?」

 

 ……その何かが、もしかしたら俺の中にまだいるというのだろうか。

 

 残り滓のようなものしか残っていないシンカイにすら劣る、弱々しいものだとこいつは言った。

 

 でも、それがいつ目を覚ますか、俺の体をどうこうするか、全く予想がつかない……? 

 

 全身を悪寒が駆け巡る。胸の中心に何か、重くて粘ついたものが染み出す錯覚さえした。

 

 

 

 俺の中に、何がいるんだ──!? 

 

 

 

「いい顔だな。それだけで無駄話をした駄賃になる」

「……悪趣味め」

「お前の不幸で飯がこれ以上ないほど美味い。どうもありがとう」

「今絶対いい顔で言ってるな、お前!」

「…………ま、その何かに対する封印を、一応術式に組み込んでやる。効果があるかは俺もわからん。むしろないと嬉しい」

「このクソ野朗」

 

 しばらく睨んでいたが、それ以降あいつが何かを言うことはなかった。

 

 はぁ、とため息をひとつ。これ以上考えても俺の気分が悪くなる一方だろう。

 

 予想もつかない未知への不安を、無理くり心の一番奥に押し込んでおいた。

 

 

 

 

 

 

 

キャハハハハ

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 今、聞き覚えのある笑い声が……

 

「魔法陣が……!」

 

 まさかと思い、尻の下にある魔法陣へ顔ごと視線を落とす。

 

 すると、話し込んでいるうちに何重にも難解な式へと変貌していた魔法陣が光り輝いた。

 

 次の瞬間、凄まじい勢いで魔力が上へと吹き上がり、俺の体に余すところなく衝撃が襲い来る。

 

「ぐぅう──っ!?」

 

 これは、まるで全身を芯から這い回られているかのような……! 

 

 魔法陣から伸びた紫色の魔力光が、足から身体中に伝い、食い込み、蝕むように広がっていく。

 

 その感覚はまるで注射針を血管という血管に突き刺されているようで、血液が沸騰しているかのようで。

 

 

 

「ぐ、ぅあ、あぁあああああ────ー!」 

 

 

 

 やがて、異物感が臨界に達した時、俺は思わず絶叫を上げた。

 

 それは痛みからではない。むしろ妙に意識がはっきりとしていて、ふと胸の中心を見た。

 

 そこに収束していた魔力光の糸が魔法陣を描き、その中から青黒いものがにじみ出て──! 

 

 

 

 

 

キャハハハハハハハハ!! 

 

 

 

 

 

 そして、生まれた。

 

「くはっ!」

 

 刹那、魔法陣ごと光が消え失せ、俺は両手を床につく。

 

 入れ替わるように全身に大量の冷や汗が滲み出してきた。

 

「はぁ、はぁ……くそ、こんなにきついなら先に言えよ」

「わざとだ」

「だろうな……!」

 

 一体これまでに、何度こいつを殴り倒したいと思っただろうか……! 

 

 怒りを込めた目であいつを睨みつけていると、その視界に上から入ってくるものがいた。

 

「……虫?」

 

 ゆらゆらと、まるで揺蕩うように落ちてきたもの。

 

 それは青黒い芋虫のような、羽だけの生えた足のない昆虫のような、奇妙な何かだった。

 

 三角形に並んだ三つの青い目がギョロリとこちらを見る。

 

 そして、人のような白い歯を見せて三日月のように笑ったのだ。

 

キャハハハ オロカモノ オロカモノ

「……お前なのか」

 

 かつて体に巣食っていた時よりも甲高く、頭蓋の中で何重にも反射するような悍ましさもない。

 

 だが、その小さくも不気味な虫が、かつて美しき怪物から与えられた悪魔だとすぐに理解した。

 

「お前、どうして残ってたんだ?」

オマエ オイシイ  オマエ シラナイアジ  オモシロイ

「……つまりは、俺の悪意を食い足りないってのか」

 

 主人に似て、なんて食い意地の張った悪魔だ。

 

オマエ ヨワカッタ  オマエ ツヨカッタ  オマエ タノシカッタ  ダカラ クワセロ クワセロ

 

 言うや否や、答えも聞かずにそいつは俺の首筋にかぶりついた。

 

 避ける間も無く痛みが走り、苦悶に顔を歪めているうちに体内に入り込まれしまう。

 

「っつつ……少しは遠慮しろよ」

 

 

 

ヤドヌシ ヨロシク

 

 

 

 まったく、本当に蘇らせてよかったのか。

 

 他でもない英子の言いつけから聞かざるを得なかったが、実に不安な心持だった。

 

「用事は済んだな。んじゃ帰れ。さっさと帰れ。可及的速やかに帰れ」

「言われなくても帰るよ」

 

 立ち上がり、なおもこちらに振り向きもしないあいつをもう一度見る。

 

 しばらく見つめていたが、俺への興味を完全に捨てたあいつは何も言わなかった。

 

 それがムカついた訳でもないが、ふと疑問が口から漏れる。

 

「今度は、何を背負ってるんだ?」

 

 一瞬。音が止まった。

 

 それは本当に瞬く間よりも短くて、気がつくとあいつは答えることなく仕事を再開している。

 

 やれやれと呆れつつ、今度こそ背を向けて書斎を後にしようと歩き出す。

 

 

 

 

 

「ここは俺の作った新世界。そこで生きているお前達に決まった未来を押し付けた以上、責任がある。お前はお前の誓いを全うしろ、クソ勇者」

 

 

 

 

 

 今度は俺が足を止める番だった。

 

 後ろを振り返るが、そこにはさっさと出ていけと主張する背中とカリカリという音だけ。

 

「……この捻くれ者め」

 

 ぼそりと、あれこれ投げつけられた悪態へ一言だけ言い返し。

 

 

 

 

 

 俺は書斎(ユメ)を後にした。

 

 

 

 

 




あと何話かで終わります。
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