久々にっと。
楽しんでいただけると嬉しいです。
中庭に当たる場所でヴァーゲの素振りをしていた所、モアナ女王に呼び出された。
使いの兵士に案内され、執務室に行くと既に要人は出揃っている。
モアナ女王にスペンサーさん、クーネ王女にコウキ。
そして今にも砕け散りそうな老人。筆頭文官のブルイットさんといったか。
もう一人、理知的な印象を受ける男がいた。
「おや、貴方が噂の傭兵殿ですか。私はリンデン、戦士団の筆頭術士を預からせていただいております」
「フールと申します。以後お見知り置きを」
簡単に挨拶を交わす。爽やかな笑顔はそれだけではないものを感じさせる。
なるほど、中々用心深そうな人だ。
「お兄さんも来ましたよ、お姉ちゃん」
「お待たせしました。それで、何か異常事態でも?」
「うむ。では単横直入に本題に入ろう」
重々しい声音で彼女が取り出したのは、開封済みの手紙。
どこからの書状か。どこかの紋章の刻印に俺とコウキ以外の全員が表情を固くする。
「これは先ほど到着したアークエット領の使者が持ってきた書簡だ」
「それは?」
「お兄さんと勇者様には、昨日この大陸のことをお教えしましたよね? アークエット領は、砂漠のない西の領域の中で最もこの国に近い領で、食料をはじめとした様々な物資を王都へ運び込む上での重要な場所なんです」
「同時に、領自体が広大な穀倉地帯を有す、国一番の食料庫でもある」
「なるほど……戦線の要というわけですね」
そんな場所から届いた、見るからに尋常でない内容だろう書簡。
これが何を意味するのか。部外者の俺でも既に悪い予感を感じてしまう。
「陛下、その使者は?」
「この書簡を届け、領の状況を簡単に説明し終えた途端に倒れてしまった。今は別室で休ませている」
「二日はかかる道程を、休憩もなしに一日で走破してきたようじゃの。無理をするわい」
「それはまた……」
女王と筆頭文官、二人の言葉にリンデンさんと同時に眉根を寄せた。
ますます只ならぬものを感じるが……
「領主ロスコーの報告によれば、穀倉地帯の一部が枯れ果てたらしい」
「枯れ果てた……」
「っ、それは……」
ドーナルさんが何かを言いかけ、慌てて飲み込むように口を噤んだ。
ありえない、とか、不可能だ、とか言おうとしたのだろう。
何故ならそれは、《暗き者》達の仕業かもしれないから。
昨日の話では、この砂漠地帯と王都こそが緑地を守るための城塞であり、箱庭だ。
北の海と南の山脈にも厳重な警戒態勢が敷かれていると言っていたし、恩恵術で迅速な報告もされると聞いた。
それなのに、あっさりとそれらを飛び越えて、西の地の一部が侵攻されたかもしれない。
つまり、国の背後に刃が忍び寄っているかもしれないということでもある。
あり得るはずがないと言いたくなるのも頷けることだった。
「以前からその兆候が?」
確認のために尋ねると、モアナ女王は重々しく頷く。
「作物の成長が遅いという報告はあった。土地の地力が衰えていると考え、ブルイットと相談していずれクーネを派遣しようとしていたのだが……」
「その前に今回の事態になってしまったと……《暗き者》の存在は?」
「今のところ確認されてはいないが……だからといって無関係と切り捨てるのも、な」
……きな臭いな。
「早急な対応と、原因の究明が必須だ。穀倉地帯だけでも大打撃だが、それが転じてアークエットそのものを滅ぼしてしまうような事態ならば、いよいよ目も当てられん」
的確な判断だ。さすがは年若くして国一つを維持するだけはある。
しかし、どうしても何かが俺の中でしつこく引っかかっていた。
「ということで、クーネ」
「はい、クーネがアークエットに行ってきて、穀倉地帯をなんとかしてきますっ」
「……一つ、意見をよろしいでしょうか」
「何かな、フール殿?」
全員の視線がこちらに向く。特にコウキの目線は、好意的ではない意味で強烈だ。
いや……昨日とは少し違う、か?
まあいい。会議の結論を待たせていることだし、早急に話してしまおう。
「これが罠である可能性は、当然陛下であれば考えていらっしゃるでしょうが」
「ああ。それでもアークエットを見捨てることはできない」
そうだろうと思っていた。彼女は民をこそ第一に想うタイプの為政者だ。
昨日見た王都の様子を見るに、おそらく物資を生産する場所は一つではないのだろう。
アークエット領が最大というだけで、万が一そこが失われたとしても別の場所があるに違いない。
ただ、どうしても王都は一時的に傾く。
モアナ女王が泉へやってくることは《暗き者》達に漏れていた。つまり、王都から先導者を欠くような状況を敵は望んでいる。
そこにこのアークエットの事態……どうにも怪しい。
「おい、結局何が言いたいんだ?」
っと、考え込んでしまった。コウキがしびれを切らしている。
「これはあくまで想像の話ですが……もしも今回のこの事態が、モアナ女王、あるいは《再生》の天恵術を持つクーネ様を狙ったものだとしたら?」
「つまりフール殿はこう言いたいのか? アークエットにて《暗き者》達が待ち構えていると」
「一定以上の数がいる可能性は低くないと考えています」
方法などいくらでも考えられる。
例えば、エボルの持つ空間転移や、南雲のゲートのような超常的な移動方法。
例えば、監視の目や恩恵術といったものを欺く力を持つ隠密に特化した《暗き者》。
例えば──人類側の誰かが暗い未来に絶望し、裏切っていたり、な。
まあ、最後のはあまり考えたくはないが。人というのは善性だけで出来てはいない。
状況によってはどうにでも変わってしまえるのが、人という生き物だ。
「ですがお兄さん、クーネが行かないとアークエット領が……」
「わかっています。俺に陛下の決定に反対するような意思はありません。ただ、アークエット領で何かが起こる──その前提意識をある程度強く持っておくべきかと」
「ふむ……わかった、意見感謝する。ブルイット」
「アークエットの情報を今一度精査する為、隣接する領と監視部隊へ人員を送るべきじゃな」
ブルイット老の言葉に、部屋の全員が深く頷く。
俺はぽっと出の人間の意見が加味されたことに、安堵で胸をなでおろす思いだった。
「護衛はどうします? 近衛から?」
「ああ、そうしよう。情報の漏洩のことを考えると、私はおいそれと陛下の傍を離れることはできないが……そうだな、副隊長とリーリンを筆頭に部隊を編成しよう」
スペンサーさんは動けないか。王都の防衛も鑑みるに各団長も同様だろうな。
俺もつい今朝方クーネ王女にああ約束したばかりだ。ここは声を上げておこう。
「モアナ女王、俺も護衛隊に参加することを許していただきたい」
「む、それはありがたい申し出だが。良いのか?」
「ええ。いざという時は鉄砲玉になれる傭兵は、こういう事に適しているでしょう?」
無論、別世界で命を散らす気など毛頭ない。
だが、もし危惧するような事態になったとしても、クーネ王女を無傷で連れ帰る程度はできる。
逆に言えばそれが限界なのだから、俺という個人の力の小ささには少々呆れてしまうが。
「わかった。よろしく頼む」
「全力で働かせていただきます」
クーネ王女の方を向き、小さく頷く。
彼女は今朝方のことを思い出したのか、ちょっと悪戯げに笑った。
「っ、……」
……悪意感知に反応。出元はコウキか。
疑念。そして嫉妬。
俺のことを深く疑っているのだから当然だ。昨日の会話ではむしろ警戒させるだけだった。
そこに混ざる、少しの羨みのようなものは……正直なところよくわからない。
彼が羨むようなものは、俺は何も持っていないはずなのだが。
ドウスル? ドウスル?
俺というよりも……彼女がどう出るかだな。
「加えてだ。光輝、これは私個人の希望なのだが……君もクーネの護衛隊に参加してはくれないか?」
「え? 俺もですか?」
「何?」
まさか、嘘だろう?
それは俺にとって予想外すぎる提案だった。
勇者であるコウキと、対外的には素性の知れない正体不明の傭兵でしかない俺。
このわかりやすいシンボルが人々にどう影響を与えるのか、彼女なら理解できないはずもない。
だからこそ、コウキを安全性の高い王都に残すための提案でもあったのだが……
「フール殿の言う通り、未知の敵が潜んでいる可能性はあるだろう。その時光輝の戦闘能力や異世界の魔法、何より〝瘴気の影響をほとんど受けない〟という特性は非常に心強いのだ。もちろん、光輝の意思を尊重するが……どうだ?」
「ま、待ってください。クーネは反対です。勇者様は安全な王都にいてもらったほうがいいです。お兄さんだけで充分ですよ」
姉を守ってほしい、そうコウキに頼んだクーネ王女がいの一番に反論した。
それは俺の意見でもあるのだが……いや。
まさか、もしかすると……そういうことなのか?
「女王陛下」
「何かなフール殿?」
「それは……コウキのためですか?」
「「え?」」
揃ってコウキとクーネ女王が声をあげた。
女王もわずかに目を見開き、俺は仮面越しにじっとそれを見つめる。
「いやはや、フール殿に先を越されてしまいましたなぁ」
「ドーナルさん?」
「陛下。僭越ながら私からも意見をよろしいか」
「なんだ、ドーナル」
目線を向けられた戦士長は、一度コウキの方に気遣うような目線をよこしてから。
「先ほど模擬戦を行なった限りでは、どうにも光輝殿は……戦いというものに強い忌避感を持っておられるようだ」
「っ……」
「最初は実戦でない故かと思いましたが、そうではない。武器を振るう、つまりは命を奪うことを……彼は拒んでいるように思う」
「……うむ」
重々しく、女王は頷いた。
コウキが居心地が悪そうに体を揺する。
訓練場に早朝から行っていたのは知っていたが、そんなことがあったとは。
「しかし王都では、嫌が応にも勇者である彼には期待が高まってしまうでしょう。それは戦うことに消極的な光輝殿には重いでしょうな」
「そんな、ことは……」
ないとは、彼は言い切ることができなかった。
同時に吹き上がる不安や恐怖。
本当ならば、すぐにでも逃げ出したいという心情が手に取るようにわかる。
「だからこそ陛下は、その影響が少ない場所に光輝殿を生かせられるこの機に領地を見回ってもらおう……そう考えたのではないですか?」
「…………」
言葉でこそ答えなかったが、女王の困ったような表情が全てを物語っていた。
彼の言葉はまた、俺の予想していた内容通りでもあって。
この部屋に来てから感じていた、昨日に比べても増していたコウキの心の不安定さ。
俺より深く話し合ったのだろう。女王のそれは明らかに気遣いそのもので。
「でも、でも勇者さまは……」
「クーネ。わかっているのだろう? 光輝はこの世界になんの義理も責務もない。だというのに我々は無責任にもそれを押し付けようとしている。それはいけないことだ」
「…………」
「クーネも、そんなことはないと光輝に伝えたくて、昨日はあんなことをしたんじゃないのか?」
諭すような声音。包み込むようなその弁舌に、クーネ王女はキュッと口元を引き結ぶ。
なんだかんだと姉には勝てないというやつか。ドレスの裾を握った彼女は俺の方を見てきた。
…………仕方がない、か。
「シンセイ、影狼はどの程度の距離までなら俺から離れても平気なんだ?」
「え?」
50キロ ソレガゲンカイ
「そうか、結構な距離だな……モアナ女王。アークエットはアロースで休み無く走れば、一日で到達できる距離なんですね?」
「ああ、そうだ」
「わかりました。では──影狼をクーネ女王の護衛に。俺は王都に残らせていただきたい」
何人かが息を呑んだ。
最初にコウキ。次にクーネ王女。他は感心したり、悩ましげに唸ったりとそれぞれだ。
「ふむ……あの狼は、完全に制御できるのか?」
「先ほどまで色々と試みていたのですが、俺の魔力を持つ人間が制御すれば問題ありません。つまり……」
俺や女王達は、自然と彼に目線を向ける。
俺と同じ魔力を持ち、なおかつクーネ王女の護衛としてついていく人物。それは一人しかいない。
こちらを若干怪しげに睨んでくるコウキに歩み寄り、俺は……腰に下げていたヴァーゲを差し出した。
「これで操れる。クーネ王女を守ってくれ」
「……俺に、預けていいのか?」
「君は俺だろう? なら信じるさ」
そう言うと、コウキはしばらく思い悩むような顔をした。
様々な葛藤や、根強く消えない俺への疑念をぐるぐると混ぜ合わせながら思考する。
「……見もせず、聞きもせず、感じもしないで、答えは見つからない、か」
やがて。
「……もし俺がいない間、モアナ女王達に何かあったらただじゃおかないぞ」
そんな脅しをかけながらも、コウキはヴァーゲを受け取った。
「もちろん、必ず守と約束しよう」
「必ずだぞ」
答えつつ、クーネ王女の方にも仮面越しに目線を向ける。
人の意識を読むことに長ける彼女はちゃんと気づいて、驚きながらも呆れたように微笑んだ。
「モアナ女王。俺も、護衛隊に参加します。そして……この世界の他の場所や人達を、もっと見てこようと思います」
「ああ、そうしてくて。そして光輝がどんな風に感じtなおか、どんな結論に至ったのか……帰ってきた時、定まっていたら教えてほしい」
「はい」
「よし、方針が決まったな。それでは各自、くれぐれも頼むぞ」
かくして、アークエットにて事態は動いていく。
よもや、あのようなことになるとは……俺もコウキも、予想だにしていなかった。
安易に二人とも行かせるのもどうかと、初期案から変えましたとさ。
読んでいただきありがとうございます。