星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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思ったよりも早く出来た。アフターなのに。


20話まではいかないくらいで終わらせたいなぁと思いつつ、今回もどぞ。


悪意の胎動

 

 

 

 

 翌日、正午の少し前にコウキ達はアークエット近郊へ到着した。

 

 

 

 それは一目でわかった。

 

 一際大きな砂丘を越えた時、それまでとは一変して見渡す限りの大草原と緑の山々が現れたのだ。

 

 呆気に取られ、また感動するコウキにクーネ達は微笑ましげな反応をし、彼が恥ずかしそうにしたのは言うまでもない。

 

 その後、一時間ほど西へ向かうと、ついにその都へと到着する。

 

 イヴァナ=ボルジャー率いる自警団に迎えられ、アークエットへと迎え入れられた一行。

 

 早々に領主ロスコーの館に案内され、そこで領主夫妻と対面。

 

 挨拶もそこそこに、事情を聴取する運びとなった。

 

「では、穀物の一部が突然前触れもなく枯れ果てたと?」

「はい。まるで削り取られたように、ぽっかりと……」

 

 紳士然とした中年の男──ロスコー=アークエットは、深刻な表情でクーネに頷いた。

 

 その隣では妻のシーラ=アークエットが、普段は意思の強そうな目元を不安げに緩ませている。

 

 その二人の様子は、コウキの目にも一目でいかに切羽詰まっているのかが明白だった。

 

「それも一つではなく複数、ということですか……」

「単に大地の恩恵力が弱まったことで鈍った、などという生易しいものではありません。とても自然現象とは思えず……こうして殿下をわざわざお呼びすることになったのです」

「《暗き者》の目撃情報は、本当にないのですか?」

「ええ、光輝殿。それに侵入して穀物を枯らしたのだとすれば、移動の形跡がないのもおかしなことですから……」

 

 ふむ、と隣に座るクーネと揃って唸るコウキ。

 

 ロスコーの言い分に違和感はない。もし《暗き者》が空や地中から来たとして、その痕跡もまた無いのだ。

 

 

 

 

 そんな不気味な状況の中、警備団の巡回も虚しく穀物畑の穴は次々に増えていくばかり。

 

 領主夫妻もあまり健康そうな面持ちではなく、心労が積み重なっているのだろう。

 

 だからこそ王都へ救援を求めてきたのだから。

 

「殿下、どうです?」

 

 あまりにこの世界に対して、自分の知識が少ないと判断したコウキは隣を見る。

 

 幼い顔に渋面を貼り付けていたクーネは、顔を上げるとニッコリドヤ顔を浮かべて。

 

「さっぱりですね! 原因が何なのやら、クーネには見当もつきません!」

「で、殿下ぁ」

 

 夫妻が困った顔になった。コウキも苦笑いを浮かべざるをえない。

 

 一同を見渡し、クーネは続けて言葉を重ねる。

 

「前例がない以上、実際に見てみないことにはわかるものもわかりません! 現場百回、調査は足で! 土地のことは土地に聞くのです! 最悪、土地の恩恵力だけ再生してしまえばいいのですし」

「原因はまず置いておいて、ということですか……」

 

 再生できるのだろうか、という不安をクーネ以外の三人全員が抱える。

 

 とはいえ彼女の言うことにも一理あり、全員で領主館を出て穀物畑へ向かうことにする。

 

「あ」

「? どうされました殿下」

「忘れていました。ロスコー、シーラも。これから見るものに悲鳴をあげたりしないでくださいね」

「「はぁ……」」

 

 一体何のことだ、と首をかしげる夫妻に、事情を知っているコウキは微妙な顔をした。

 

 そうして四人が、館の出入り口を閉ざす立派な観音開きの扉を開いて外へ出た時──

 

 

 

 グルル……

 

 

 

「「────っ!!?」」

 

 そこに鎮座する、巨大な黒狼を見て盛大に喉を引きつらせた。

 

 先んじてクーネに何かがあると聞いていたので悲鳴こそあげなかったが、腰を抜かす寸前だ。

 

 それもそうだろう。武装した自警団に包囲されている、《暗き者》にしか見えない狼がいたのだから。

 

「で、殿下、此奴はっ!?」

「何で、ここに《暗き者》が……」

「お下がりくださいお二人とも、何をするかわかりません!」

 

 ベリーショートの金髪を振り乱し、切れ長の瞳を尖らせたイヴァナ自警団長が叫ぶ。

 

 そんなリアクションにクーネはちょっと面白そうな顔で、コウキは右手で顔を覆って呆れた。

 

「ご安心ください。それは《暗き者》に似通っていますが、クーネの護衛なのです」

「で、殿下の?」

「ええ。勇者様と同じくらい頼りになる、意地悪で捻くれた……でもお節介なお兄さんからの、贈り物です」

 

 大いなるフォルティーナから使わされたコウキと同じほど、と言う部分でその場の全員が息を呑む。

 

 それは、これまで対外用に猫の皮を被っていたクーネが心から浮かべた、柔らかい顔にも起因する。

 

 それを見てコウキは──昨晩よりも、ちょっとだけ険の取れた顔をした。

 

「とにかく、危険はありません。このまま穀倉地帯へと向かいましょう」

「は、はぁ……」

 

 てくてくと無警戒に黒狼へ近付くクーネとコウキに、毒気を抜かれたような顔をする夫妻。

 

 イヴァナ達も困惑気味だったが、その怪物が頭を下げ、二人を背に乗せたのを見て武装を解除した。

 

 

 

 

 

 ロスコー達の案内で、二人+一体は穀倉地帯へと到着する。

 

「うわぁ……綺麗ですね」

「そう言っていただけて光栄です、勇者殿」

 

 初めて見たコウキの印象は、黄金の絨毯。

 

 小麦かそれに近い作物だろうか。穂が風にそよぎ、海原のように凪ぐ様は美しい。

 

 だが、美しい故に()()は──虫食いのごとく点在する黒点が、よく目立った。

 

 中でも一際大きい、直径5メートルはあろうかと言う大穴にクーネ達は向かう。

 

「殿下、どうです?」

 

 巨狼の背から降りたクーネは、言葉を返すことなく地面に手をつく。

 

 同じように真剣な表情でコウキが黒化した地面を詰め、しばらくの後にクーネは口を開いた。

 

「この場所から恩恵力が失われているのは確かなようです。砂漠化寸前、ですね」

「ふむ…………」

「ですが、周囲の土地には恩恵力があります。こうなった部分に少しずつ流入してますから、いずれ元に戻っていくでしょう」

「では、このまま放っておいても問題ないと?」

「はい」

 

 ほっとするロスコー達。最も絶望的な状況でなかったことは幸いだろう。

 

 ひとまずの安心を得たところで、シーラがおずおずと尋ねる。

 

「原因の方はわかりますか?」

「……これは、《暗き者》が瘴気を纏った際に恩恵力を吸収した跡に似ていると、クーネは思います」

「しかし、そうだとしたら……」

 

 どこから現れたのか、どうやって消えたのか。その全てを把握しているわけではない。

 

 コウキに言わせれば、地球の現代のように科学的な防壁や、監視カメラのような昼夜関係ない目も存在しない。

 

 しかし、だからと言ってあまりに中途半端であると、部外者の彼にでも理解できる。

 

 

 

(もしも《暗き者》の仕業ならば、やろうと思えばこの一帯を焼き払うことも、街を襲撃することもできた。何故枯らすだけなんだ……?)

 

 

 

 グルル……

 

 

 

 不意に、黒狼が唸る。

 

 誰もが危険はあまりないとわかっていても、それでも敏感に反応したのは仕方がないだろう。

 

 クーネとコウキも見る中、一歩にほと歩みを進めた黒狼は黒い地面に向けて鼻を鳴らした。

 

「これは、一体何を……?」

「さ、さあ……」

 

 流石のクーネも困惑する中、コウキだけが真剣な様子で黒狼の動きを静観する。

 

 その横顔に──瞳の中に、昨夜見たものと同じ知性の光があることを、見抜いていた故に。

 

「…………」

「勇者さま?」

 

 皆が注目する中、その場の何かを嗅いでいた巨狼は顔を上げる。

 

 何人かが無意識に肩を跳ねさせるが、コウキの方を一瞬見た巨狼は……そのまま踵を返した。

 

「な、何だったのでしょう……」

「クーネ様、ここを再生できますか?」

「え? まあ、元からそのつもりですけど」

「じゃあ、遠慮なしにお願いします。ここには何かがあるわけじゃないみたいなので」

 

 呟くようなコウキの言葉。

 

 それは要領を得ないものであったが、しかし聡明なクーネだけは何となく意味を理解した。

 

 頷いた彼女は、宣言通りに儀式を開始した。

 

 

 

「──古き血を継ぐ者、クーネ・ディ・シェルト・シンクレアが祈願する」

 

 

 

 その腕を広げ、歌うように祈祷を捧げる。

 

 半ば閉じられた翡翠の瞳は、その小さな体に見合わぬほど静謐な光を称え。

 

 体に刻まれた紋様が、豊穣の聖句と共に断続的に輝き始めた。

 

「─大いなる意志よ、我等が母よ。貴女の子が身命を捧げる」

 

 二つ側頭部で結ばれた金髪が、その体から放たれる不可思議な力により靡く。

 

 その力は、彼女のみが有する恩恵力であり──彼女は大地へとその奇跡を卸していった。

 

「地に豊穣を、水に癒しを、風に実りを、火に意思を──死した世界に今一度、生きる力を」

 

 まさに、生命の神秘であった。

 

 脈動する様に輝いた枯れ地から黄金の粒子が舞い散り、新たな芽が顔を出したのだ。

 

 死にかけた大地が、息を吹き返した。

 

 

 

 

 その光景にロスコー達は歓喜し、コウキと黒狼も見惚れた。

 

「すごい……」

 

 コウキには、その行いが単に再生の力を流し込むだけの作業には思えなかった。

 

 よく知る再生魔法とは異なる──心よりこの地、この世界を想う気持ちが篭っている。

 

 なんとなく、そんな風に感じ取れた。

 

「ふふん、そうでしょうそうでしょう! クーネはすごいのです! なんなら崇めてくれても構いませんよ!」

 

 物凄く偉そうなクーネである。

 

 ちょっとハリセンが欲しくなるコウキ、その横で呆れ笑うように大きく鼻を鳴らす黒狼(in光輝)。

 

 とはいえ、やった事は善行そのもの。とりあえずコウキはロスコー達と一緒に拍手しておいた。

 

 緩んだ空気もそこそこに、次の段階へと話は進む。

 

「どうやら土地の状態は戻ったようです。恩恵力も安定しています。経過観察は必要ですが……」

「ううむ、どうにも全てが明瞭にというわけにはいきませんな……ですが、殿下の力で対応できるとわかっただけでもありがたい。今後の調査も含め、改めて感謝いたします!」

「これがクーネの役目ですから。では、しばらくアークエットに滞在して原因の究明にあたろうと思います」

「どうか、よろしくお願いします」

 

 引き続き滞在する運びとなり、護衛役でもあるコウキも改めて気を引き締める。

 

 そうして一行は、領主館に寝泊まりするクーネ達も含めて全員で来た道を引き返していった。

 

《…………》

「どうした?」

 

 立ち止まり、クーネの力で復活した箇所を見つめる黒狼にコウキが小声で尋ねる。

 

 黒狼は言葉を以って返答する事なく、それどころかクーネ達に背を向けてその場に尻を下ろした。

 

「おい、何やって…………」

「あれ? 勇者さま、どうしました?」

 

 そこでコウキが追随してきていないことに、クーネ達が気付いた。

 

 そして、どっかりと鎮座した黒狼に目を瞬かせる。

 

「どうしたんですか、それ?」

「いや、なんか動かなくて……」

 

 誤魔化すように愛想笑いを浮かべつつ、コウキは黒狼の耳元に頭を寄せる。

 

「どういうつもりだよ。クーネ様の護衛が目的じゃなかったのか?」

 

 少し待つが、反応はない。

 

 いよいよコウキは意味が分からなくなり、その横顔を見て──既に()()がいないことを理解した。

 

 そこにいるのは、ただ赤い瞳を監視カメラのごとく黄金の海原に向けた、獣の形をした置物だ。

 

 

 

(……あの男が無意味なことをするとは思えない)

 

 

 

「…………わかった、今聞こえてるかわからないが、クーネ様は俺に任せろ」

「勇者様?」

 

 こちらにやって来るクーネ達。

 

 黒狼から離れたコウキは、振り返ると努めて冷静な表情を装った。

 

「クーネ様。一応こいつを置いていきましょう。もし何かあったら、俺がすぐにわかりますから」

「しかし光輝殿、それは、その……平気なのですかな?」

 

 ロスコーがやや不安げに言う。既に穀倉地帯に痛手を受けている身としては無理もないだろう。

 

 そんな彼に、コウキは頷きながら黒狼の首元の毛をかき分け、そこに刺さるヴァーゲを見せる。

 

「これを抜いてしまえば、こいつはいつでも消滅します。いざとなれば俺が倒すので、ご心配なく」

「そうですか……殿下」

「……そうですね。勇者さまがそう言うのであれば、信じましょう」

 

 ロスコーに答えながら、クーネはコウキを見る。

 

 その目には「こう言えばいいんですよね?」と書かれているようで、コウキは相変わらずの察しの良さに内心苦笑した。

 

 クーネの了承を受けたロスコー達は、やや渋い顔ながらも頷く。

 

 

 

 

 そのままコウキ達は、黒狼を残し穀物畑を後にする。

 

 ぽつりと残された一匹は、それから何時間も微動だにせず、じっと畑を見つめ続けていた。

 

 風が冷たく変わってゆき、物見台の見張りが交代して、日が西に傾いても動くことはなく。

 

 そのうち、監視していた物見台の若い自警団員二人も興味を失い。

 

 やがて、夕刻に至った頃。

 

 再びその瞳に光が宿った。

 

《……ようやく調子が戻った》

 

 数時間の休息と食事などのエネルギー補給を経て、三度〝陰狼〟に宿った光輝の意識。

 

 彼は、使い魔を通して紅色がかった美しい金の海原を見て少し笑う。

 

《さっきはコウキのおかげで助かったな》

 

 実を言うと、日中にここで光輝が動かなくなったのは二つの理由があった。

 

 一つは、まだ完全に意識を飛ばすことに慣れておらず、意識力や魔力の消費が限界になった事。

 

 もう一つは……この畑にやってきた時、〝悪意感知〟に近い悪寒を何故か感じたから。

 

 そして。

 

 

 

《…………!》

 

 

 

 この光輝の第六感は、滅多に外れた事がない。

 

 吊り上がった目を細め、黒狼の体で光輝は立ち上がる。

 

 その視線の先、傾いた陽によって東に伸びた陰の中に…………

 

《やはり、来たか》

 

 いた。

 

 黒く、吐き気を催すような靄を纏った人型。

 

 この世界において、それが自分のこの使い魔以外にどんな存在なのかを、光輝は知っている。

 

 その証拠に、後ろの物見台からはこれでもかと警鐘の鐘が叩き壊さんばかりに鳴らされていた。

 

 だが、それでは終わらない。

 

《っ、これは!》

 

 増えていく。

 

 一面黄金の畑の中に、黒いインクを垂らしていくかのように、闇色の球体から這い出る人型が次々と。

 

 それは徐々になどというものではない。瞬く間に濃密な〝闇〟が、数十、数百、数千と膨張していった。

 

《やはり空間転移か……!!》

 

 器に引っ張られたのだろうか、光輝は四肢で地面を強く踏みしめ、紅い牙の奥から唸り声を漏らす。

 

 同時に、優秀な使い魔の耳が、物見台で閉門とロスコーへの伝令が急ぎ進められていることを捉えていた。

 

 目の前で増えていく《暗き者》の軍勢、混乱している物見台。

 

 それら二つを鑑みた光輝は、この場で最も最適な行動をとることを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 アォオオオオォォ──────ン…………

 

 

 

 

 

 

 

 空に向けて、遠吠える。

 

 

 

 長く、大きく、強く。

 

 

 

 アークエットの中心近くに位置する領主館まで届くほどに、光輝は吠え続けた。

 

 

 

 





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