星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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今回は光輝の視点で。

楽しんでいただけると嬉しいです。


Fool or …?

 

 

 

 

「くっ!」

 

 

 

 シンクレア王宮内を、今出せる全力で駆け抜ける。

 

 すれ違う侍従や文官、戦士や術師が驚愕に振り返るのを横目に、ただただ足を動かす。

 

 我ながら足取りが重い。それどころか全身に倦怠感が纏わりつき、今にも座り込みたくなる。

 

 顔を極力見せないという事情がなければ、魔力を通して視界を得るこの仮面も脱ぎ捨てたいくらいだ。

 

 だが、走らなければいけない。たとえ血を吐いてでも、伝えなくてはいけない。

 

 

 

ヤドヌシ、ゲンカイ

 

 

 

 わかってる、だが止まりはしない! 

 

 静止するように響く声に内心で叫びかえしながら、俺は無心で手足を前に出し続けた。

 

「フール殿!」

 

 やがて、三度ほど角を曲がった頃だろうか。

 

 前方からスペンサーさんが走ってきて、俺は衝突しない為にやむなく足を止める。

 

 その間もこちらに接近していた彼は、両手を膝についた俺を見て怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「どうされました、そんなに急いで。王宮中で噂になっておりますぞ?」

 

 そりゃ、そうか。

 

 覆面男が全力疾走していたら、そりゃあ近衛戦士団長がすっ飛んでくるというものだろう。

 

 だが、今この状況においてはその警戒心と情報伝達の速さがありがたい。

 

「はっ……はっ……彼女は……モアナ女王は今、どちらにいらっしゃるか」

「陛下は執務室だが……何か問題が?」

 

 表情を少し険しくしたスペンサーさんに、息をだいぶ整えた俺は姿勢を正して頷く。

 

 余計な言葉で飾らない俺の肯定に、彼は「ふむ……」と視線を落として思案する素振りを見せた。

 

「……わかりました。あのフール殿がそれほど鬼気迫る事情だ、余程の事なのでしょう。私も同行します」

「ありがとうございます」

 

 助かった。

 

 意外にもスペンサーさんが、この世界の知り合いでは最も俺に好意的だったことが幸いした。

 

 スペンサーさんを伴い再び移動を始め、先ほどよりも更に速く駆けると一昨日記憶した執務室へと向かう。

 

 

 

 

 五分も走っただろうか。

 

 広大で入り組んだ王宮内、その主が国の采配を執り行う場所へようやく到達する。

 

 蹴破らんばかりの勢いで扉の取っ手に手をかけた俺を、スペンサーさんが諌めた。

 

「落ち着いてください、フール殿」

「っ、申し訳ない」

「いえ……陛下、スペンサーです。フール殿がお見えになっています」

『む、そうか。少し待て』

 

 その一言の後、数十秒ほどの沈黙。

 

 中で人の動く気配がして、程なくして入室の許可を告げられた。

 

 握ったままの取っ手を遠慮なしに回して、部屋に飛び入る。室内にいたモアナ女王とブルイット老が驚いた。

 

「どうした、フール殿。そこまで慌てる貴殿は初めて見るな」

「急ぎ、お知らせしたいことがあり参上しました。不躾なことはどうか容赦願いたい」

 

 なるべく丁寧に、平静に勤めようとした声音は、自分から聞いても非常に硬かった。

 

 それはモアナ女王達にも同じように聞こえたのか、ブルイット老と顔を見合わせるとペンを置く。

 

 両手を組んで膝を机の上に乗せると、こちらを非常に真剣な目で見つめてきた。

 

「それで? 火急の要件とは?」

「……単刀直入に言います」

 

 胸の内に浮かんだ様々な前置きや、これから告げることの真実性を訴える言葉を切り捨てて。

 

 仮面の奥でゴクリと生唾を飲み込むと──俺は、自らが見たその絶望を口にした。

 

「──現在、アークエットは《暗き者》の軍勢に包囲されています」

「「「なっ!?」」」

 

 息を飲む声が三つ。背後にいたスペンサーさんのそれが最も鮮明に聞こえた。

 

 一瞬で凍りついた彼女達の顔に奇妙な罪悪感を覚えながら、俺はモアナ女王の言葉を待った。

 

「そ、それはどういうことだ? 意思を使い魔に飛ばす力、というのは報告を受けていたが、まさか……」

「昨日の夕刻のことです。どうにも拭えぬ違和感にクーネ殿下の護衛を一時コウキに預けて、穀倉地帯を監視していました。すると次々と《暗き者》達が現れ、俺が最後に見たときには千を超える軍勢へと膨れ上がりました」

「なんだと……」

 

 呆然とした呟きに、我ながら陰狼を通してみたものを想起して乾いた笑いを浮かべる。

 

 やはり《暗き者》達は、空間を超越した移動方法を会得していた。最悪の予想が的中したのだ。

 

 増加の頻度からして、今では万の軍勢になっていてもおかしくはない。

 

 たった30分しか、その光景を見られなかったことが悔しかった。

 

「……それで。貴殿が見た限りでは、現状アークエットはどうなっているのだ?」

 

 しばらくして、混乱からどうにか立ち直ったという感情を発した女王が問うてくる。

 

 その悪感情も当然だろう。

 

 砂漠も王都も飛び越えて、後ろから剣先を突きつけられているようなものなのだから。

 

「最初の《暗き者》が出現した直後、見張り台から警鐘が発令。俺も領主館にまで緊急事態を知らせ、すぐに臨戦体制へ以降しました。おそらく防衛の準備に取り掛かっているかと」

「そうか……出現した《暗き者》の特徴は覚えているか? わかる限りで教えて欲しい」

「俺が見た限りでは……牛のような頭を持った者、砂漠で遭遇したラガルと同じ鱗竜種、そして骸骨のような個体、でしょうか」

「牛頭種に奇骨種だな。人型で構成された軍隊か……」

 

 ニエブラ達を見る限り、《暗き者》には人型でない種も存在するのだろう。

 

 だからこそ、おおよそ人型で構成されたその集団は──まさに軍勢、と感じる威容を放っていた。

 

 万に増えていても、などと考えたが……俺が見たのは昨日の日が落ちるまでの僅かな時間。

 

 現在あの都市が阿鼻叫喚になっている可能性も……

 

「アークエットでの防衛はどの程度持ちますか?」

「……絶望的だ。あの都市はあくまで物資集積地でしかない。自警団以外にこれといった戦力がないのだ」

 

 やはり、か……俺が見た限りでも彼女の言葉通りだった。

 

 城砦のような防壁こそあったものの、籠城戦をしたとしてもあまり長くは保たないのだろう。

 

 その自警団も、トータスで見た王国騎士団や、あいつの作ったファウスト軍のように統率されている様子ではない。

 

 ああ……これはまさに、絶望的だ。

 

 この状況を打開するには、彼女に──この国の女王に、対抗できるだけの軍勢を要請するしかない。

 

「……フール殿」

 

 クーネ王女やコウキの顔を思い浮かべ、どう切り出したものかと考えていたその時。

 

 ブルイット老に偽名を呼ばれ、顔を上げると、彼は垂れ下がった瞼の奥から俺を射抜くように見ていた。

 

 

 

 

 長い時を生きた人間特有の、重圧を備えた視線。

 

 肉体的優位をものともしないその目に、俺は反射的に喉を鳴らす。

 

「その情報は、誠に真実であるか?」

 

 そして告げられた言葉は──言われるだろうと確信していた一言である。

 

「ブルイット!」

「陛下。分かっておられるでしょう」

「っ」

「むう……」  

 

 諫めようとしたモアナ女王も、唸るスペンサーさんも反論しない。

 

 ……こうなることは予想していた。

 

 だってこの情報は、俺が見たというただ一点の根拠しかないのだから。口からでまかせでも確かめる術がない。

 

 そして、言葉だけを信じてもらえるほどの信頼や実績が、俺にはない。

 

 むしろこう思う方が自然だろう。

 

 実は俺が姿を変えることのできる《暗き者》で、王都に潜り込んで混乱させようとしている、と。

 

 あまつさえ王都の守りを緩め、《暗き者》を呼び寄せようとしているのではないか、と。

 

 この場で最も長年この国を守ってきたブルイット老が、真っ先に疑ってかかるのは至極仕方のないこと。

 

 嘘であると断じられ、すぐに拘束されないのは、コウキを手助けして女王達を助けたから、ただそれだけ。

 

 そのたった一度の功績では、到底口先だけで信じてはもらえないのだ。

 

「貴重な情報をお知らせいただいたことは感謝する。が、それを真実であると示す証拠を提示してほしい。国の命運を左右する事態だ、貴殿も言葉だけで頷けることではないとわかるじゃろう?」

「……ええ、その通りです」

 

 そう、その程度の懸念は最初から分かっている。

 

 ただ無鉄砲に何かをしても上手くいかないなんてことは、とっくに学んだ。

 

 しかし形として目に見える証拠がないのは変わらない。

 

 だから。

 

「ですので、俺の一番大事なものを差し出します」

「何?」

「……ほう?」

 

 俺は、ゆっくりと腕の裾を捲りながら胸の辺りまで持ち上げる。

 

 そこにあるのは、この世界に来てから一度も外すことのなかった腕時計型のアーティファクト。

 

 俺の生命線。唯一俺の世界へと帰るための細い蜘蛛の糸。

 

 それを、

 

「っ!」

 

 外そうとした途端、強い抵抗を受ける。

 

 紫色の放電が起こり、腕と繋がっていた魔力の神経のようなものが激しく傷んだ。

 

「ぐっ、ぉ……!」

「フール殿、何を!」

「陛下、その場を動かないでください!」

「…………」

 

 く、そ。なかなかに頑固だな……! 

 

 

 

 

 それに、わかる。

 

 これを外してしまえば、地球に送られているはずの信号は途絶する。二度と帰れなくなる。

 

 それは最愛の隣に戻れなくなることを意味する──俺の生きる意味を失うことそのものだ。

 

 だが、それでも。

 

「ここでっ、見捨てたら……! 彼女が愛した、愚者()じゃない……!」

 

 全力を込めたつもりで、俺は一思いにアーティファクトを引き剥がした。

 

 

 

 激しい放電が飽和する。

 

 

 

 光にも似たそれに部屋の全員が目を細め……止んだ時、アーティファクトは沈黙していた。

 

 その代償に残ったものは、反動で焼け焦げた俺の腕。思ったよりも派手に跡が残ったな。

 

「……これは、俺の世界に帰るための道具です。これを貴方達に預けます」

「っ、本当に、それでいいのか……?」

 

 どこかこちらを慮る表情で、恐る恐る聞いてくるモアナ女王。

 

 本当に優しい人だ。その優しさという強さこそが、彼女が王である所以なのだろう。

 

 だからこそ、向き合うだけの価値がある。

 

「それと……シンセイ」

 

 

 

イヤダ

 

 

 

 頼む、言うことを聞いてくれ。

 

 いざというときはお前に頼るから。

 

 

 

……ヤドヌシハ、オロカ

 

 

 

 苦労かけるな、相棒。

 

 直後、全身に広がっていた神経が根本から丸ごと引き抜かれたような違和感が体を襲う。

 

 そして、ややゆっくりと俺の左肩から黒い三つ目のムシが這い出してきた。

 

「それは……?」

「俺の相棒です。こいつがいなければ、俺の力は十分の一もありません。だからこいつも一緒に預けます」

「フール殿……」

 

 背後から、呆れたような感嘆したような、そんなスペンサーさんの呟きが聞こえた。

 

 分かってる、これが愚かでしかない行為だと。実質的には丸裸になったようなものだ。

 

 それでも……これが一番、彼女に誇れる自分でいる道だ。

 

「俺自身を監禁するなり、ご自由に。そのかわり……もしアークエットからの伝令が来た時のために、軍の編成を」

「………………存外、冷淡に割り切った傭兵というわけでもなさそうじゃな」

 

 小さく呟いたブルイット老は、こちらへ皺の刻まれた細腕を伸ばしてくる。

 

 数歩歩み出て、俺はその手の上にアーティファクトを置いた。

 

 その上に、やや不服そうにこちらを睨みつけるシンセイが乗った。

 

「相分かった。その心意気に免じて、準備はしておこう。陛下、それでよろしいか」

「……ああ」

 

 モアナ女王も頷いてくれた。

 

 良かった、これでコウキやクーネ王女が助かる。

 

「ありがとう。私達の為にここまでしてくれて」

「いえ。知らぬふりはできませんので」

「やはり貴殿も……光輝なのだな」

 

 それはそうだ、と仮面の下で笑い。

 

 

 

 

 

 がくりと、俺はその場で両膝をついた。

 

 

 

 

 

「「フール殿!?」」

「すみ、ません……少し、眠り、ます……」

 

 ああ、だめだ。さっきのと昨日の〝魂飛ばし〟の疲労で、限、界……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ヤドヌシハ、オロカ。デモ、ホントウニオモシロイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が闇に落ちる直前、シンセイの声が聞こえた気がした。

 

 

 





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